わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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乾癬の現状ほか

1.先週の温泉が効いたのか、、ここに来て乾癬は鎮静化してきている気がする。かゆみが減少してきているのだ。かゆみはときおり、頭皮とか足のスネとかに、やって来る。温泉はそうしたカユミを払拭してくれるが、日が経つにつれ徐々に、ぶりっかえす。

2.今、乾癬の塗り薬は新薬の「ドボベッド軟膏」だ。8月の下旬から塗っている。なんとなくだが、、効く感じがしている。高価だけのことはあるかも。なので、薄く塗っている。

3.ダクラ/アスナ投与で、失敗した方や、ウィルス再燃した方々に対する治験が始まっている。全国で100人の被治験者。全員が著効になることを祈る。ダクラ/アスナの導入してしまった日本には、そうした患者さんたちが、おそらく1万人はいるだろうから、朗報になって欲しい。年末にはエビデンスが見えてくるだろう。その薬剤に、リバビリンが入る。わたしの身体は、、もう、リバビリンはゴメンだ。

4.1980年代のプロティノス全集(中央公論社)に寄稿した井筒俊彦さんのコトバを、以下に掲げておきたい。

プロティノスは「開かれた精神」の思想家だった。特にインド哲学に対しては、情熱的関心を抱いていた。彼の思索の基底をなす根源的主体性の自覚はあきらかにヨーガ的である。

大乗仏教も無縁ではなかった。燦爛と交錯する光の海として彼が万物相互滲透の存在ヴィジョンは海印三昧意識に現れる蓮華蔵世界海を想起させ、華厳哲学の事実無懝法界を憶わせる。

それだけではない。

ギリシア哲学の史的展開そのものがプロティノスに続く新プラトン主義を起点として、東方に通路をひらく。西アジアにおけるイスラーム哲学は完全に新プラトン主義の生み出したもの。しかもギリシア哲学の遺産が、このように一度イスラーム化された上で、はじめて西洋思想の本流に摂取されていくのだ。

東西をつなぐプロティノスの、そして新プラトン主義のこの開放性は、世界思想の現代的状況において多元多層的国際性を志向しつつある我々に示唆するところすこぶる多いのではなかろうかと私は考える。


井筒さんは、「東洋」のカテゴリーをギリシアから東として、その学問的射程は広い。東西の境界線は、さまざまでいいのだと、井筒さんは語っていた。プロティノスは東洋ということになる。線引きにどんな意味があるのか、、知りたいものだ。

また、井筒俊彦さんのCDを講演「コスモスとアンチコスモス」を聴いた。力強い、高い声だった。冒頭で「お聞き流しください」と言われた。たしか小林秀雄も講演の冒頭で、似たような言葉を使っていた気がする。

ちなみに二人とも、鎌倉に住んでいた。墓所も北鎌倉にある。小林秀雄は東慶寺、井筒俊彦さんは円覚寺だ。ただ、対談はしていない。

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