折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
TOP宮本輝文学評論 ≫ 「青が散る」Award(賞)

「青が散る」Award(賞)

宮本輝さんが母校追手門学院大学第9回文章表現コンクールに寄せたメッセージを掲げたい。2015年度は6620作品の応募件数だった、という。

目の前には、なんにもない校庭がどこまでも広がっていた。校舎は1号館だけ。そこかしこで土煙を上げるブルドーザー。産声を上げたばかりの追手門学院大学に、ぼくは1期生として入学した。

「テニスする気ないか?」
「コートもなにもないやないか、どないすんねん」
「みんなで作るんや」

学長が、自分の財布から出してくれた5万円で土や工具を買い、真っ黒になってコート作りをした。

そう、ぼくのこの体験が後年、小説の「青が散る」になる。手さぐりしながら、みんな一生懸命だった。ぼくらはまさに追手門の青春期の中で青春を過ごした。

あれから四十年が過ぎ、大学は見違えるように整い、立派になった。

でも、君たちの前には、きっと、ぼくらのころと同じように、広い大地が広がっている。臆せず、探し、作り、挑んでほしい。(談)



追手門学院ではないが、わたしも、1971年に新設された大学の三期生だったので、「なんにもない」と「土煙」の空気感はあざやかに蘇ってくる。学食の窓に近いテーブルから、グランドを眺め、左奥にテニスコートがあり、アメフトやテニスをしている光景をじっと見つめていた。遠く西方に奥秩父の雲取山の稜線が見え、空の限りなく澄みわたる青とコントラストをなして、美しかった、、とりわけ秋が。
今、そのテニスコートがあったところには大学の本部棟が建っている。法科大学院があるらしい。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();