わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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疾走するシールド

なんの脈絡もない
自由詩的断想を書きたくなった。
01
人は疾走すると、
空気の流れからシールドが生まれる。
70代の光景だった、丹木町の丘、、
その人はエントランスで、
俊敏な動きで歩き、
タバコの吸い方も、目まぐるしい。
こころのギア、その回転がうずをなしていて、
天井に拡がっていた、、
だから、わたしは気づいたに違いないのだ。
いま、閑散とした大学にみえたのだと。
遠目に、周囲の人びとと、
動きが違うのだ、、
じっと窓ぎわ学生であったわたしは
茫然、見ていただけだった。
「休みに入ったか、学生は来ていないのか」と、
二階からエントランスへ、足が動かず、、
近づくことができないのだ、、
この固まった身体はどうしたことか
無明の出現、、
鎌倉のときも、同じ自分が、
たぶん、いたことだろう、、
近づくのだ。臨終正念じゃないか、、
「第七書簡」の飛び火、その触発は、ここにしかない、、ぜよ。
題目の持続は、60兆細胞への疾走の促しなのだ、、
「わたしがあなたがたのシールドになるよ」と。

以上、唱題しながら、、メモった。

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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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