折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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山中伸弥さんと渡辺謙さん

NHKで山中伸弥さんと渡辺謙さんの前半の対談をみた。渡辺さんの問いがいい。共感したのだ。

細胞に意志があるかを知りたい、そんな問いであり、わたしの闘病生活においても、似た問いをもっていたので、妙に嬉しかった。わたしの場合は、「人体の、60兆細胞の司令塔は常住する」というのが、体験的結論だったな、、

1.渡辺謙さんが、C型肝炎にも罹っていたことは知っていたが、ペグリバで治癒されていたのでは?と思っていたが。対談の中で、ハーボニー治療をされたと知った。ブロードウェイで「王様とわたし」を演じていた頃だとすると、アメリカで、自費で、のまれたのではないか?、その演技の疲れで足にダメージがきていた映像をみたが、ハーボニーの影響もあったのかもしれない。渡辺謙さんの回復力はすごい。立派だ。

2.山中伸弥さんは、ノーベル賞が決まったときに、責任の重さを語る硬い表情が印象に残った。「10年後には治療に結びつく」と、難病の子をかかえる母親に報告した話を会見で語ったとき、山中先生は涙ぐみ、ハンカチを取り出されていた。

3.前に似た映像があった。HIV治療薬を最初に開発した満屋裕明先生がある患者さんとの思い出話で涙するシーンを、やはりNHKで見たことがあったのだ、、

あぁ、お二人とも、一人の患者との対話を思い出し涙する、、日本人の優しい心ねをもった方々だなぁ、とあらためて感じた次第。お二人の姿勢もそうだし、われらの溝上先生もそうだが、医は仁術を感じさせる。三人とも声がいい。感謝。

4.山中先生は35歳くらいのとき、研究者をやめようとしていた。丁度その頃、肝硬変で亡くなった父親が母親の夢枕にたって、研究者をやめてはいけない、思いとどませるように言ってきた。母親からその話を辞める寸前に聞き、思いとどまり、研究者の道を続けたと、淡々と語ったのだ。

霊的なことを対談のメインストリームに持ってきて話さず、余談のように話すところがいい。東大病院の矢作直樹さんは、こうした話を前面出してくるので、全体がおかしな方向に向かってしまう。矢作さんは人間学?のリテラシーがやや欠けているように思う。小林秀雄のような境涯にはなれないだろう。



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