わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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矢作直樹さんの言葉の危うさ

1.最近、矢作直樹さんという1956年生まれの医師がおられることを知った。東大医学部救急医学分野教授とか長い肩書きがついた「人は死なない」という本を、借りて読んだのだ。文章からは誠実さを感じたが、中味は心霊、オカルトとみていい。肩書きとタイトルとのギャップが影響したのか?何十万部と売れたらしい。

2.YouTubeで矢作直樹さんの対談している映像をみた。偉ぶらず、誠実そうであり、当たり前だが、科学的な知見もおありのように見えた。でも、天下の東大教授が、たとえ本人としては事実だとしても、嫌な言い方だが、社会的立場をわきまえなくていいのだろうか?と素朴に問いかけたくなる。退官が近いから次のステージのための著述だったのかな。

3.以下に新聞記事をコピペする。

矢作直樹(やはぎ・なおき)
 1956年、神奈川県生まれ。金沢大医学部卒。麻酔科、救急・集中治療、外科、内科など経験し、2001年から、東大医学部救急医学分野教授、同大病院救急部・集中治療部長。著書に「人は死なない」(バジリコ)など。

 最先端の救急医療に携わながら、霊や神といった科学の枠を超えた存在について語り、話題になっているのが東京大病院救急部・集中治療部長の矢作直樹さん(57)。仕事の性質とは相反するような思索の理由を聞いた。(藤田勝)

 ――2011年9月に「人は死なない」というタイトルの著書を出版し、その後、気功や超常現象の専門家との対談本まで出されましたね。

 「最初の本は、知人の作家の出版記念会で出会った出版社社長に、個人的な関心から調べたり、考えたりしていたことを話したら『面白い。本にしたい』と勧められたのがきっかけです。タイトルは、<肉体は滅んでも霊魂は残る>という意味です。様々な霊的な現象や研究を紹介しているのでキワモノに思われそうですが、日本人古来の死生観からすれば、そんなに理解できない内容ではないと思います」

 ――医師としての仕事とは関係があるのですか。

 「最近、人はいつか死ぬという当然のことを忘れているように見受けられる患者さんやご家族が増えました。病院に来れば治ると思い込み、いざ死に直面するとあわててしまう。いくら医療が進歩しても死は避けられないのです。生と死についてもっと深く考えて、豊かで幸せな人生を送ってほしい。医療はサービス業の面もありますから、とにかく患者さんやご家族に少しでも満足してもらえたらと思います。それが執筆の大きな動機です」

 ――なぜ死や霊に強い関心を持つようになったのですか。

 「何度か、死を覚悟した経験が大きいです。小学校3年生の時に車にはねられて、病院のベッドで医師と母親の会話を聞きながら『死ぬんだ』と思いました。幸い助かりましたが、以来、死がとても身近なものになりました」

 「大学では単独登山に熱中し、冬山で大きな事故を2回経験しました。最初の墜落事故では、落ち始めた瞬間に死ぬと思いました。奇跡的に助かったのに懲りず、同じ年、また冬山で滑落しました。その時も助かって下山した後、どこからか『もう山に来るな』という声が聞こえたのです。以来、ぱったりと登山をやめました。あの声は単なる幻聴だったとは思えないのです」 (続く)

(2013年2月14日 読売新聞)

――医療現場でも不思議な経験はありますか。

 「治療がうまくいったはずの患者さんが急変して亡くなったり、逆に助からないはずの患者さんが回復したり、現代医学で説明できないことは多くあります」

 「いわゆる臨死体験を患者の口から聞くこともあります。光を見た体験などを語るのです。脳内ホルモンの作用で説明されることがありますが、それだけで説明し切れない場合もあります」

 「代替医療としての気功に関心を持ち、講習に参加したことがあります。物理法則では説明がつかない力があることに衝撃を受けました」

 「科学は現象のメカニズムは説明しますが、例えば、なぜ宇宙があるのか、という根源的な問いには答えません。この世界は神秘に満ち、人が知りうる部分はわずかです。欧米では著名な科学者が心霊研究に取り組んできた歴史がありますし、今も代替医療などへの関心は高いのですが、日本は明治時代に古来の思想を捨ててしまいました」

 ――もっと宗教を大事にすべきということですか。

 「特定の神様を信じる必要はありません。人知を超えた大きな力の存在を意識すればいいのです。それを宗教では神と呼びますが、私はそれを『摂理』と呼んでいます。日本人はよく無宗教だと言われますが、古来、森羅万象に神々の存在を感じ、死者の霊の存在も信じてきました。そうしたすばらしい感性は、今でも残っていると思います」

 「摂理によって人は生かされており、肉体は滅んでも霊魂は永遠である。亡くなった人の霊に、いつも自分は見守られている。そのように考えれば、生きている限りは感謝の気持ちを持って生きられ、死に直面してもあわてずに済むのではないでしょうか」

 「危険な宗教には近寄ってはいけません。見分けるのは簡単です。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」(終わり)


冒頭の知人の作家とは、田口ランディさんだ。

4.立花隆さんは、矢作直樹さんを次の通り、痛烈に批判する。

『文藝春秋』の2014年10月号でジャーナリストの立花隆氏が『人は死なない』の著者で東京大学医学部教授の矢作直樹先生を痛烈に批判しています。該当部分を引用します(p. 77)。

「本の中身(ここで言う「本」は『人は死なない』の続編の『おかげさまで生きる』)は羊頭狗肉もいいところだ。「人は死なない」の結論部分はこうだ。「寿命が来れば肉体は朽ちる、という意味で、『人は死ぬ』が、霊魂は生き続ける、という意味で『人は死なない』」
 要するに、人間を肉体と霊魂に分けて、肉体は死ぬが、「霊魂は生きる」という昔ながらの心身二元論に立って人は死なないといっているだけ。さらに霊魂不滅の実証として、さる霊媒を通して死んだ母親と語り合ったという話が出てきたりする。総じて文章は低レベルで「この人ほんとに東大の教授なの?」と耳を疑うような非科学的な話(たとえば、百年以上前にヨーロッパで流行った霊媒がどうしたこうしたといった今では誰も信じない話)が随所に出てくる。これは東大の恥としかいいようがない本だ。」

「今回の番組は矢作流の『死後の世界はあるという確信』、それも『私たちのごく身近に別世界としてある』などという考え方のまったく対極で作られている。
 すなわち単純明快に死後の世界などというものはそもそも存在しないし、たとえあったとしてもこの世の住人たる我々とはいかなる意味でも通底するところがないという考え方の上に立っている(我々の世界と死後の世界を結ぶ隠された[オカルト風の]回路はない)。」


5.「人は死なない」に戻るが、読後の感動はない。なんじゃこれ?その体験が事実だとしても、木村秋則さんの不思議のような、愉快に、ぶっ飛んだ気分にはなれない。ご自分の眷属の呼び寄せることがネライなのかな、結局は霊魂不滅論だけ?という感じになる。
わたしも世の中、不思議な出来事は否定しない、あると思っている。人の「気のかたまり」は見たことがあるし、、ただ、矢作さんは「摂理」が象徴的だが、使う言葉が紙一重で危うい、違和感がある。また、遠隔操作のような外気功は、どんな気功師であれ、信じ難い。東大教授なら、そういう言動はひかえた方がいい。

さらに普段、東大のご自分の研究室で寝泊まりされているという。オカルト本の執筆を研究室でされているとしたら、公務員として、いかがなものか?社会的なリテラシーが欠落してはいないかな。それと老婆心だが、西洋医学から離れない方がいい。抱き合わせの方が与信があるからだ。

だが、もしかすると、すでに本の出版から5年たち、スピリチュアルでビジネスする人びとつながりができていて、そろそろ被害者が生まれ、週刊誌や霊感商法を糾弾する弁護士と対立する局面を迎えているかもしれない。


20160531 追記 保江邦夫氏と矢作直樹さんの対談本を借りて読んだ。なんというか、無垢な人たちの対話であって、深くまとまりことは、、何もない。保江さんの「ただいま」は響いたが。

矢作さんは、この後も、本を出されるとしても似たかよったかなものに終わるだろう。矢作さんは東大を退官したという。怪しい方向に行かなければいいが。



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