折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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乳がんになった婦人Yさんの話

1.今朝はくもりで肌寒い。7度くらい。ハーボニー36錠目は9:05に飲んだ。残り48錠だ。5週を過ぎた今、時間が1時間、2時間くらい前後しても、気にしなくなった。

2.満一歳が過ぎて7日目に次女は、冬至のきのうの夜、つかまり立ちから4歩、歩き出した。拍手、偉大なる歩き始めだ。

3.さっきまでコーギーの散歩をしていて、ご近所の70歳くらいのご婦人Yさんと立ち話になった。
「実は今年乳がんがわかって手術したのよ、恥ずかしいけど」と明るく、話された。20分の立ち話。コーギーのモモはすわってしまった。わたしが直腸がんだったことを覚えておられ、がん繋がりで、話しておきたい、そうおもわれたようだ。要点はこうだった。

①秋口に、ふと左脇の下に、あれもしかして?とシコリらしきものを感じた。

②検査なんて、歳をとったらもういいんじゃない?と、検査はしていなかった。

③桜台の南町医院に診察してみると、永田院長は親身になって、「紹介状はすぐ書きますが、たまたまエコー専門の先生が夕方来ますから、エコーをやりましょう」と言われた。早速、エコーをやってみたら、ドンピシャだった。

ちなみに、南町医院はわたしの病気のベースキャンプだ。30年の長きにわたり、C型肝炎や直腸がんや、さまざまなご縁のある医院だ。

④練馬高野台の順天堂病院を選び、あらためて検査すると脇の下ではなく、乳首に近いところに発見された、という。

⑤手術は11月まで順番待ち、混んでいるようだ。4日の入院、手術はリンパ郭清はなく、乳房は温存された。ステージは1だと。2日は個室で3目目からは4人部屋へ。

⑥そこに80歳代の同病の女性がいた。既に全身にがんは広がっていたようだが、術後5年過ぎても、元気なのだ。会話が聞こえてしまい、そうわかった。退院するとき、あいさつすると、お互いこころ根に共通するものがあり、大いに励まされたという。「もうそろそろいいんだけど」「いえいえ、まだまだこの人生を楽しみましょうよ」とYさんは言って、笑顔でおわかれした、、

以上、いいお話だった。何気ないことで、病巣を探り当てる、ぶち当たる体験は、わたしの直腸がん体験と同じだ。内部生命は知らせてくるのだ。

4.わたしは、Yさんに
①がんは1日5000個生成される。免疫力で退治されるけど、加齢とともに免疫力がおちてきて、がんは定着しやすくなる。
②がんは敵、他者ではなく、自己の細胞の変容なのだから、祈るようにさすりながら「対話」はすれば、原点に回帰しますよと話した。

Yさんは、わたしと同じように「がんサバイバー」になるだろう。うまくいえないが、5年後、2020年の元気な様子が、パッと、想像できた。



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