わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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感想「エイズ治療薬を発見した男」

1.NHKのドキュメンタリーで知った満屋裕明博士のノンフィクション本を読了した。絶版本から文庫化。待望の声は高かった。私は借り本で読んだ。じきに図書館に返さないければならないので、とりあえず気になったところを掲げたい。

①看護師の母親との約束は、「長生きの薬」を見つけることだった。77年、熊本大医学部の第二内科で、血液や免疫の研究に入る。指導教授は岸本進、厳しい先生だが、免疫不全の臨床研究は深かった。

②満屋先生は、佐世保北高から熊本大医学部に入られた。政治的には左翼思想に心を傾け、原子力空母エンタープライズが佐世保港に入ることに反対し、投石していたという。さらに、市民部落解放研究会を組織し、リーダーをつとめた。米国に行くまで活動していた。なぜ部落解放なのか、動機は不明。私見だが、原発性免疫不全症で亡くなられたポン引き青年に対する思いと通底するものがあるのでは?一方は被差別される人、他方は重篤な患者に対する親愛の情をもった仁の医者と、見立てた。番組で見せた涙に、崇高なものを感じた。

③岸本先生の配慮により、82年に米国NCI(国立がん研究所)に留学。当初の研究は原発性免疫不全症であったが、ウィルス感染で引き起こされる免疫不全へと研究目的はシフトした。

④80年代に入り、エイズの脅威が全米に巻き起こる。恐怖の拡大。レーガン大統領は、なんの施策も打ち出さない。

⑤84年5月、エイズウィルスの発見。満屋博士の上司、サミュエル・ブローダーがエイズ研究をやろうともちかけられる。エイズ治療薬の研究の第一歩、開発の鍵を開けることに伴う身の危険は歴然だった。リアルタイムでニュースでHIVを知ったとき、薬は無理だろうな、と感じていたな、制御なんて困難。こんにちのエボラウィルスと変わらない恐怖が取り巻いていた。



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