折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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小林秀雄と白洲次郎の最初

ひさびさ白洲次郎のことを書いたので、生まれが同い年の、白洲次郎と小林秀雄は、どういう対話をしていたのか、前から気になっていた、そのことを思い出した。

昨日、新宿区の図書館で白洲正子さんの自伝を見つけた。ざっと眺めてみて、こう思った、小林秀雄と白洲家は気持ちの通じ合うものを、会った瞬間に感じとっていたのではないかと。余人にわからない「同じ言語」で対話ができた。肝胆(かんたん)相照らすという言葉通り、おそらくは、互いに出会えて、さぞかし嬉しかっただろう。

やがて、白洲次郎・正子の長男と小林秀雄の長女が結婚したわけで、両家は姻戚関係にあることからしても、その親しさは想像できる。

白洲正子さんは、かく語りき、、

小林秀雄さんに私がはじめて会ったのは、終戦後(1946年)のことである。その頃白洲(次郎)は吉田茂氏のもとで働いていたが、重大な話があるというので河上(徹太郎)さんの紹介で鶴川村へ訪ねてこられた。

重大な用件とは、吉田満の「戦艦大和ノ最期」の出版の許可が降りないので、GHQに頼んでくれ、というのだった。

それは、秋の夕暮のことだった。家のまわりは田んぼで、小田急の鶴川駅との間に家はほとんどなかったが、その田んぼの中の一本道をせかせかと歩いて来る男がいた。

すぐ小林さんとわかった。土間に入って外套をぬぐ間もなく、暖炉の前にすわっていた白洲と、ろくに挨拶もせず、早口に喋りはじめた。まわりにいる河上さんも私も子供たちも完全に無視され、進駐軍から貰ったとっときのウィスキーにも手をふれなかった。

これこれしかじかで、、今、どうしても出版しなければならない本なのだ。よろしく頼む。。会談はそれだけで終わった。小林さんの単刀直入の話ぶりは気持よく、初対面の人間を全面的に信用している風に見えた。

白洲もそういう人間が好きだったから、話は一発で決まり、必ず通してみせると胸を叩いた。あとは酒宴になり、世間話に打ち興じたが、著者の吉田満のことを小林さんが、「そりゃもうダイアモンドみたいな眼をした男だ」と、一言で評したのを覚えている。

敗戦で虚脱状態におちいっている日本人に、作者はもとより周囲の人々も、いわばこぞって活を入れたという点で、これは記念すべき作品であった。今、読んでみても新鮮で、軍国主義の片鱗も見出すことはできない。


以上。吉田満の小説が、小林秀雄と白洲次郎をつなげたという不思議な話だ。二人は政治家ではないわけで、歴史の教科書にのることはないが、二人の「心ある日本人」の出会いは、歴史的な事件だろう。

ダイアモンドみたいな眼をした吉田満は寡作家で、日銀に長く勤務し、56歳で肝不全で亡くなっている。C型肝炎だった可能性は少なくない。

追記、その本は「戦艦大和」と題して角川文庫から出ている。その解説は阿川弘之が書き、跋文として、吉川英治、小林秀雄、林房雄、河上徹太郎、三島由紀夫が書いている。こういうところには司馬遼太郎は出てこない。そこから醸し出される気分の高揚は何なのか。みぎとかひだりとかいうレベルではないことは、たしかだ。

その中で、小林秀雄の跋文は次の全文だ。

吉田満君の「戦艦大和の最期」を原稿で読んだのは、確か昭和21年の夏頃であったと思う。大変正直な戦争経験談だと思って感心した。今度のものはよほど手を加えたものだと聞いたが、吉田君の人柄から思うに、根本は変わっていないと考える。推薦の言葉を求められたので以前読んだ時の印象を思い浮かべるのだが、やはり、大変正直な戦争経験談であるということで推薦の言葉は足りると思う。

それほど正直な戦争経験談なるものが稀なのは残念なことである。

僕は、終戦間もなく、或る座談会で、僕は馬鹿だから反省なんぞしない、利口な奴は勝手にたんと反省すればいいだろう、と放言した。今でも同じ放言をする用意はある。事態は一向に変わらぬからである。

反省とか清算とかいう名の下に、自分の過去を他人事のように語る風潮はいよいよ盛んだからである。そんなおしゃべりは、本当の反省とは関係がない。過去のガンロウ?である。これは敗戦そのものより悪い。

個人の生命が持続しているように、文化という有機体の発展にも不連続というものはない。

自分の過去を正直に語るためには、昨日も今日も掛けがえなく自分という一つの命が生きてることに就いての深い内的感覚を要する。

従って、正直な経験談の出来ぬ人には、文化の批評も不可能である。




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