折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
TOPC型肝炎治療の話 ≫ 天野秀雄著「C型肝炎では死なせない」を読んだ。

天野秀雄著「C型肝炎では死なせない」を読んだ。

1.昨日、国府台の行き帰りで、天野秀雄さん、天野總子さんの共著「C型肝炎では死なせない」(杉並けやき出版)を読んだ。ふだん本読みは遅いのだが、この本はあっという間に読了した。

2.あらためて、C型肝炎の進行は、千差万別だなと実感した。感想を列挙すると、、

①1988年、40歳のときに肝炎とわかるが、そこから3年くらいで肝硬変からくる食道静脈瘤破裂になる。その手術で、肥大化した脾臓を摘出されたようだ。血小板が低下したのはそのせいだと、脾臓摘出を肯定されている感じだが、そのプロトコルは正しいのか、疑問が残った。今も摘出するのだろうか?

②肝性脳症にもなられた。

③サブタイプは2aで、ウィルス量は多くない感じ。タックマン以前の計量法なので比較できない。3度目のインターフェロン投与が功を奏し、50歳のとき、見事、ウィルスを除去された。ただ、後の医師の所見では、このとき既にがん因子は発生していたようだと述べられている。

④5回目の肝がん治療のあと、多臓器不全で亡くなられた。59歳だった。大事なことは、インフォームドチョイスは間違っていなかったことだ。なのに進行が速すぎた観が強い。その理由が、わたしの体験上では、全く、想像できない異次元の、肝臓の病歴だ。1991年にC型肝炎とわかった私より3年先に判明し、肝硬変、ウィルス除去、肝がんと病歴19年のうちにドンドン先に、わたし病歴24年では遠く及ばない異次元の闘病ドラマであった。なので今後も、参考となる闘病記に違いない。

⑤さらに、仕事人間から、体を大切にする人生観に切り替えられた。それだけでなく東京肝臓友の会の推進役を担われた。立派な方だ。肝炎検査普及活動や、任意団体からNPO法人化への尽力は、頭がさがる。

天野さんたちの、地道な働きによって、今日の肝炎検査の公費化や肝炎助成がなされたのだ、、という歴史的経緯をしっかり踏まえ、、つまりは先人の屍を上に私たちはいるわけだと感じとりながら、11月のハーボニー治療に臨みたいと思う。おいしいとこどりままでは、いけないだろう。何んらかのかたちで、報いないと。。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

Comment

ペグリバの副作用
編集
前向きさんへ

あらためて、天野秀雄さんのことを、
教えてくださり、ありがとうございました。

わたしも、ペグリバの副作用はきつかったです。
後半12週は、好中球が下がることに合わせ、
どんどん減量しました。うつのような症状があり、
体調はかなりつらかった記憶があります。
もう、インターフェロンはゴメンですね。

k先生の発言は、その声まで想像できます。
人間として大切な何かが欠落した医者ですね。
そういう人に権限を与える病院は、
いかがなものか、、

神の存在や、その沈黙について
コメントできる立場でありませんが、、

天野さんの生死は、必ず、ご本人にとって
意味のあるものだと、思います。。
2015年10月04日(Sun) 11:27
溝上先生も「肝炎では死なせない」と おっしゃった
編集
つとむさんに天野さんのことを話しただけなのに、多大なる関心を持って頂きまして有難うございました。
私はペグリバでウイルス消えず4ヶ月頃に薬の副作用で殺されかけました。「薬ではなくウイルスに殺されかけたの書き違い?」いえいえそうではありません。
治った他の方々には苦い良薬だったかもしれませんが、私にとっては死にそうな劇薬でした。
ところがですよ、中止して治らなかった悔しさより、ああこれで辛い副作用から逃げられる、ほっ、が正直な胸のうち。ここで一句。

治すぞと気合を入れたペグリバは毒薬並みの劇薬だった

辛い副作用を乗り越え陰性化した方々の中には難病になってしまった方もおいでです。こういうのは新聞・TVでは報道規制されているのん?

ウルソとグリチロンを飲むだけの痛くも痒くも無い生活に♪戻れるんだー♪(アリスのチャンピオンの心境)でした。
この感覚は門外漢の方々には奇妙に感じられるでしょうが、ペグリバの表門をくぐった戦友なら、「分かる分かる」でしょう。

天野さんや一旦でも陰性になって大喜びしたお仲間が、再燃した時の、がっかり度は いかばかりだったか。
絶望的になったであろう、自殺なさった方もあろう事は容易に推定できます。
そういえば昔、○田氏におそるおそる「ペグリバで亡くなった方はいるのですか」と聞くと「いますよ」と顔色ひとつ変えずのお返事。
さすがに「何人くらい死んだのですか」とは突っ込みませんでしたが。
「神様、テンプターズ様、♪御願い~だ~、おいたをしないで~よ~♪」

それでも天野さんは諦めるどころか、闘病しながら友の会で私達の悩みを解決して下さりました。
しかし、神様は よそみでもしていたのでしょうか、彼を救えなかった。 
私は無宗教です。

フランダースの犬に出てくるネロも絵がうまく優しい心の持ち主で、これっぽっちも悪い事をしなかったのに、
いじめ・村八分にあい、誰もネロを救えなかった。
こんな時こそ神様の出番だと思うのですが、出てこないんだな~これが。
神様を信じていらっしゃる方々から「神様は忙しいんだ。一人々までは目が届かんよ」との反論を喰らいそうですが・・・
2015年10月03日(Sat) 18:45












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();