わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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わが乾癬の機序につき

1.知らなかった、作家車谷長吉さんは2015年5月17日、誤嚥による窒息のため亡くなられていた。享年69歳。伊藤整を嫌い、その文学賞を固辞した作家だったが、わかる気がした。

2.乾癬の発症原因は千差万別と考えている。わたしの場合は、C型ウィルスに罹ったことと、その治療のためにインターフェロン及びリバビリンを投与したことが引き金になったと見ている。何度も書いてきたが、わかったような口調で乾癬治療について得意げに主張する気はさらさらない。乾癬の情報商材小遣いかせぎをするのは、あざとい。個体差が必ずあるから、そんな情報は役立たない。自分の乾癬の状況を記憶か記録していった方がいい。

2.わたしの場合の乾癬機序における事実と気づきを、思いだした都度、書き込むようにしたい。治癒のヒントは細部にやどる。

①2010年5月25日に直腸がん手術をしたとき、乾癬は落ち着いていた。➡5月のはじめに、大腸内視鏡検査のリフレックを1.5人分飲んでも一向に腸内はきれいにならなかった。長い歳月をかけ宿便が溜まっていたのだ。また術前と術後の断食で腸内は活力が出てきたのではないか?

②2010年6月下旬に3日間入院し、最初の抗がん剤の点滴を始めたとき、たちどころに乾癬が下火になったことは強烈に覚えている。機序は不明。皮膚科の医師は沈黙していた。そのとき、皮膚科の医者はほとんど絶望的に
乾癬に無知であり、ただ塗り薬を処方するだけなんだと痛感した。

③乾癬は1992年ころから発症しだした。頭髪からフケ、ひたいのかゆみと赤み、右手の甲の赤みが最初の症状だった。

④本当にひどい乾癬になったのは2003年のインターフェロンとリバビリンの併用療法を24週間を行った頃だ。体重74kgはあった。ただまだ、その治療と乾癬がつながりあるものとは思わなかった。




Comment

一瞬の記憶を記録すること
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ひろさんへ

日記とよべる程のものではないのですが、
のようなものは書いていたのです。

仕事上の愚痴が多い、つまらない内容で
今にして思えば、意味ね〜なと思うばかり。

それでも時々体調のことを、ちょこっと書いてあり、
思い出すキッカケができる、そんな感じです。

今後も、その都度、追伸したいと思います。

コメント、ありがとうございました。
2015年07月08日(Wed) 22:12
No title
編集
このようにその時々の乾癬の状態や良好だったときや、悪化した時
その後の経過などなどを書いてみると、乾癬の出口が見えてくるように感じました。

自己免疫疾患である。と自分では思ってますが、
やはり食事、睡眠、ストレス(疲労)は、当たり前ですが、乾癬にはてきめんに出ますね。
2015年07月07日(Tue) 14:36












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