わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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人間というキーワード

1.きのうからリチャードドーキンス「神は妄想である」(早川書房)を眺めるように読んでいる。
キリスト教を中心に宗教を、何もそこまで容赦なく攻めなくてもいいじゃないの?と感じつつ。ドーキンスの眼には、見えている現実に対してかなりの憤りがあるのだろう。原書には、各国のキリスト教から無神論者になるための救済センター?まで掲載されている、というのだから。

2.同時に、中村元訳「ブッダ最後の旅」(岩波文庫)を読んでいる。人として、ブッダの最後の言動は美しい、とあらためて確認できた。涅槃経などと、漢訳により後代のブッダを祭り上げる言辞を払拭して、サンスクリット語の原典から現代語に訳された文章を読むと、最期のブッダの息づかいが伝わってくる。初めて「ソクラテスの弁明」を読んだときもギリシャの法廷にいるかのような、時空を超えて、「今まさにここに」という感覚になる、そういう文章なのだ。現代人がサンスクリット語を学ぶ意義は大きい。あらためて仏教は、キリスト教やイスラム教といった「神の宗教」ではなく、「人間の宗教」と分かってくるからだ。

3.今朝は、植木雅俊著「仏教学者中村元」を読了した。何年か前に「舟を編む」がベストセラーになり、映画化もされたが、それをしのぐ人間のドラマが東方学院にはあるんだな、と感じた。中村元さんも、たぶん武蔵野赤十字病院に入院されておられたようで、なぜか嬉しい。それにしても中村元さんの笑顔は、もっとも美しい日本人の笑顔ではないか、ネットの動画を見ていて、そう感じた。かつて田中美知太郎さんの講義を一度だけ、母と一緒に聴いたことがあるが、中村元さんの講義も、一度だけでもいいから、講義を聴いて見たかった、同時代を生きてきたのに残念だ。植木雅俊さんが紹介された中で、中村元さんの以下の言葉が、もっとも響いた。

「西洋近代思想の一つの特徴的な主張は
人間の平等ということである。

しかし、西洋におけるその主張が、
人間はすべて神の前に平等であるというのに対して、

インドのそれは、
人間はその究極の本性においては
神そのものであるという見解に基づいている。」

「西洋においては絶対者としての神は
人間から断絶しているが、

仏教においては絶対者(=仏)は人間の内に存し、

いな、人間そのものなのである」
と。

優しい現代語でここまで言い切る人文学者、比較思想家を、わたしは知らない。それと、ちょうど5年前、大腸がんの予後で痛感した「60兆細胞の司令塔」という表現は、中村元さんの言われた「人間の究極の本性」と同じだと思っている。

4.多摩霊園には、中村元・洛子さん夫妻、辻邦生・佐保子さん夫妻、森有正さんのお墓があるとわかった。



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