わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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労宮の痛みと肝臓専門医

1.このブログは、基本的に公共圏に属さず、自分の備忘のために、検索のためのフロントとして、自分が使い勝手がいいように、してある。継続するには、備忘という動機付けは大事だ。実際、書いたこと、コピペしたことを、すぐわすれてしまい、他人の文章に思えてしまう。たとえばカテゴリーは煩瑣で、何だこれって感じがする。なので、カテゴリーを徐々に整理するつもり。

2.おとといのパドルテニスで右手を使い過ぎた。手のひらの労宮という部位が痛む。
その痛みは、乾癬性関節痛と決め込んでいたが、使い過ぎも災いするわけで、これからパドルテニスを続けるなら、クールダウンは大事だな。

3.わたしの肝炎治療は1991年に始まった。その間に診察していただいた医師は、
順天堂病院 渡辺純夫先生
東大病院 小池和彦先生そして三好秀征先生
清河病院 飯野四郎先生、いや、怖かった。
武蔵野赤十字病院 泉並木先生

といった方がたで、いつも藁をもつかむ思いで受診したものだ。誰に診てもらうかは、極めて重要なこと、、その医師とのインフォームドコンセントで、前途が決まる。わたしの場合、結果的に、そうそうたる先生方になった。

今、あらためて思うが、
虎ノ門病院の熊田博光さんのところには、行かなくて正解だったなと。一度だけ彼の講演を聴いたが、功を焦る感じがしたし、患者に対して誠実じゃないな、という暗黙知のような印象をもったのだ。「ダクラ/アスナ」導入のけん引者である言動を知るにつけ、今も、自分の見たては揺るぎない。

C型肝炎治療は、間違いなく、大詰め段階に来ている。90年代の歩留まり悪いインターフェロン単独治療や肝機能庇護療法のような雑駁なマインドであってはならない。大規模建築でいえば最終段階は0.1ミリ単位の精度が求められる。それなのに、どうして彼は「薬剤耐性など半年もすれば消えて、問題はなくなる」などと言えたのだろう?その言動には驚くばかりだ。数百人、数十人、数人であっても、多剤耐性の患者を作ってはならない。

1bの私たちには、今年夏頃?には始まるだろう希望のギリアド「ハーボニ」が待っている。



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