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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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玉村豊男さんも完治

あぁ、やっぱここから、遠のいてしまう。
またまた断片的に、、

1.玉村豊男という74歳のエッセイストがいる。たしか東大仏文の出で、あまり読んでないが、博識の印象を持っていた。

2.玉村豊男さんがC型肝炎患者だったこと、軽井沢の奥だったか、ワイナリーを持っていることなど、記憶していた。

3.月刊誌「潮」に「わたしと平成」という特集に「自分らしい生き方ができた時代」というタイトルで、玉村さんのエッセイが載っていた。

こう書かれている、、
41歳のとき突然、吐血して病院に運ばれ、そのときの輸血が原因でC型肝炎になってしまった。

平成の30年の歳月を振り返って強く感じるのが、医療の進歩です。長年、患っていた肝炎は、平成27年に新しい薬によって完治しました。肝炎とのつきあいも、ほぼ平成という時代とリンクしているのです。

ただ肝炎が治ったと思ったら翌年には肝がんが見つかりました。

でもがんを告知されたとき、なぜかさっぱりしていて、心の重荷が下りたような気がしました。

現在、検査や治療を続けながら、がんのことをネタに「病気自慢」という本さえ出しています。


以上だが、共感することしきりだった。
驚いたのは、、

いま振り返ると、ワインに限らず、ライフワークとなる活動は、平成になって本格的に取り組んできたことです。絵を描き始めたのも、肝炎になってハードな仕事ができなくなったからです。

とあった。画家でもあったのか、知らなかった。

わたしの場合も、平成は、まるまるC型肝炎闘病の日々だった。

身の回りの片付けをしていて宮沢りえの写真集「Santa Fe」が出てきた。1991年11月に肝炎で最初に入院したとき、買ったもので、全身倦怠感でぼっとし寝ながら眺めていた。美しかったし、宮沢りえの潔さを感じた。

今日の大女優、宮沢りえにいたる一貫した心のありよう、凛としたものが、すでにその写真集に写し出されているように、思う。

それにしても四半世紀の闘病、長かったな、、肝炎がなかったなら、精力的にうって出て、もっと違う選択があったろうに。

たしかに重荷が下りる感覚は、わたしにもあったのだが、恬淡としたもので、玉村さんの絵を描くような創造力は、とてもじゃないが、、ならば65歳になる令和からわがライフワークをやるかな、、

5.あともう一人、
気になるC型肝炎患者は、90歳を超えた歴史家の色川大吉さんだが、山梨に一人で住んでおられる。C型肝炎はたぶん完治しているだろうが、、高齢だからな、、肝臓は硬くなっているかもしれない。

1975年だったか、色川さんが書かれた本に感動し、東京経済大学の授業を聞きに行き、授業のあと、本にサインしてもらったことがある。

笑顔はなく憮然として「なんだ、そんなことか」といわれたのを覚えている。そのときを境に、わたしの色川熱は徐々に冷めていったが、、もしかしたら、あの頃すでに色川大吉さんも肝炎を発症していたのかもしれない。
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