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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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膵臓がんサバイバーとの対話

1ヶ月ブランクができるとスポンサー広告が出ててしまう。腹立たしい。

それが心のキックになって、鈍重ながら、今書き込んでいる。ひたすら散文で

2週間前の土曜日の午後、東陽町で、膵臓がんサバイバーのM先生と2時間、お茶した。

Mさんは術後3年経過し、再発し、抗がん剤をやりながら、仕事を続けておられた。すでにガンマーカーは桁違いに高い。医者は余命宣告はしてこないと。そうだろう、その時間の針は飛んでいても不思議ではない、、からだ。

ビックリした。重篤なのに、関西に出張されているようで、わたしには耐えられないだろうな、、と感慨しきり。

その声は変わらなかったが、体重は50キロくらいなられていて、変貌ぶりは、痛々しかったが、一期一会で、励ましたかった。

65歳のMさんは、ただただ、やり遂げたい仕事があると云われ、できるだけ生きていたいと云われた。黒澤明監督の「生きる」を目の前にしている感じがした。

ひたすら聞いた。わたしの大腸ガンの体験知なんか、遠く及ばないからだ。

偉そうなことは言えなかったが、わたしの場合との違いで、Mさんには、何でもありでやってみたりすることなさそうで、外科医の判断に委ねているな、、と感じた。受動態で生きている。そういうがん患者は多いかも。

気功も、太陽凝視も、題目三唱も、実験と決めてやってみては、何度か、やんわりすすめてきたが、あらためて話題ならなかったので、心のキックにいたらなかったんだな、と判断した。

信心したら治るのか、という素朴な問がある。

たしかに、死はさけられない病気もあるかもしれない。が、、誰でも、やっていれば、、

あるとき忽然と、ははぁ、そうだったかと

にわかに病気の意味を、体感するようになる、、と今の自分は思っている。

別れ際、握手をした。まだ大丈夫と感じ、そのまま、そう伝えると、暮にご子息の結婚があるから、頑張るわと言われた。
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