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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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Negative Capabilityと中動態と

時間に追われ、ここに書き込むことが億劫になっているが、放置もしたくない。

掲題の最初の英字とちょっと前に知った中動態は、重要な結びつきがあると思い、メルクマールとして、そう書いておきたかった、、だけだ。

4月16日か、パリのノートルダム寺院の火災は衝撃的で、、日本なら法隆寺が燃えるようなもので、なんとも、、人は茫然とするばかり、だろう。

「遥かなノートルダム」を書いた森有正が、塔の崩壊を知ったとしたら、
彼の「経験」はどう「変貌」したのだろう。上っ面な悲しみではないのでは、、

大聖堂の火災で森有正を想起する人は、何人いるのだろう。キリスト教徒だけは思い浮かべて欲しい、、なと。

森有正のキーワードは「経験」だが、今あらためて、わたしは「体験」が性に合っているとわかる。経験か体験か、あの頃よく自問していたな、

中動態は、長く時間のかかる体験といっていい。それはNegative Capabilityと通底する。

不治の長患いの場合は、とくに、
やり場のない混沌に、、
宙ぶらりんの状態に、
ひたすら耐えるしか、ない。

ただし、だ。
耐えることに深い意味を感じ取り、臨む

それしか、普通であるわたしたちには
できない、、のだ。

きっと、それが、人間性の究極のあり方、、なのだろう。掲題の二つの言葉はそう暗示させてくれる。

能動態でもなく受動態でもなく、
中動態という言語表現があったことを知った今、なるほどサンスクリット語は中動態
が主軸になっていたのだと、合点がいった。


ともあれこんな感じで、さらに一層、断片的に書くことになる。

ここを見にこられても、おそらく、全く意味不明だろう。もともとの主旨が備忘録なのだから、ご容赦あれ、、



作家ハハキギホウセイは、
「答えの出ない事態に耐える力」とNegative Capabilityを説明する。そのエッセンスを、作家はこう書いている。


追記、いや驚いた。
ノートルダム大聖堂、再建=修復に、莫大な寄付に暴動が起きているというのだ。以下、時事通信のコピペ。

【パリ時事】大火災に見舞われたフランスのパリ中心部にある観光名所、ノートルダム大聖堂の再建のため、大富豪らから多額の寄付金の申し出が相次いでいることに対し、マクロン大統領の政策に反対し昨年11月からデモを続けている抗議運動参加者らは「不公平だ」と不満を募らせている。

抗議運動の中心となっている女性は17日、「社会的な惨状には何もしないのに、わずか一晩で膨大な金を拠出できることを見せつけた」と高額な寄付を批判。インターネット交流サイト(SNS)上では「人間より石が優先されるのか」などと反発する投稿が相次いだ。
 有力紙フィガロは、20日に予定されているデモについて「怒りを募らせたデモ隊が結集する可能性がある」と指摘。再び破壊行動が起きる恐れがあると報じた。(2019/04/19-08:06)

我が断想

形あるものは、千年スパンでみれば、いづれ崩れる。

そして究極の「宝塔」とは、大聖堂でも法隆寺でもなく、

生身の、普通であるわたしたちの
人生の中ににある、、そうわたしは信じている。

技能検定随時3級

二日続けて書く。

今勤める塗装会社にはベトナム青年が3人いる。うち一人のビエ君は技能実習生としての三年を終わろうとしている。

三年で国に帰るのかと思いきや、昨年暮に27歳まで、日本で働き、27歳で彼女と結婚する計画だ、、という。

ならば技能実習制度のプロトコルとして、技能検定3級に合格しないといけない。

2/4、ビエ君は果敢に技能検定3級に挑戦した。実技と学科と、いずれも会社の一角を提供し行われた。

最初に学科があり、試験官が私に、会社から1時間出ていて欲しいと云われた。

仕方ない、早めの昼食を光が丘のジョナサンでとったが、、気分は悪くなかった。

膵臓がんサバイバーとの対話

1ヶ月ブランクができるとスポンサー広告が出ててしまう。腹立たしい。

それが心のキックになって、鈍重ながら、今書き込んでいる。ひたすら散文で

2週間前の土曜日の午後、東陽町で、膵臓がんサバイバーのM先生と2時間、お茶した。

Mさんは術後3年経過し、再発し、抗がん剤をやりながら、仕事を続けておられた。すでにガンマーカーは桁違いに高い。医者は余命宣告はしてこないと。そうだろう、その時間の針は飛んでいても不思議ではない、、からだ。

ビックリした。重篤なのに、関西に出張されているようで、わたしには耐えられないだろうな、、と感慨しきり。

その声は変わらなかったが、体重は50キロくらいなられていて、変貌ぶりは、痛々しかったが、一期一会で、励ましたかった。

65歳のMさんは、ただただ、やり遂げたい仕事があると云われ、できるだけ生きていたいと云われた。黒澤明監督の「生きる」を目の前にしている感じがした。

ひたすら聞いた。わたしの大腸ガンの体験知なんか、遠く及ばないからだ。

偉そうなことは言えなかったが、わたしの場合との違いで、Mさんには、何でもありでやってみたりすることなさそうで、外科医の判断に委ねているな、、と感じた。受動態で生きている。そういうがん患者は多いかも。

気功も、太陽凝視も、題目三唱も、実験と決めてやってみては、何度か、やんわりすすめてきたが、あらためて話題ならなかったので、心のキックにいたらなかったんだな、と判断した。

信心したら治るのか、という素朴な問がある。

たしかに、死はさけられない病気もあるかもしれない。が、、誰でも、やっていれば、、

あるとき忽然と、ははぁ、そうだったかと

にわかに病気の意味を、体感するようになる、、と今の自分は思っている。

別れ際、握手をした。まだ大丈夫と感じ、そのまま、そう伝えると、暮にご子息の結婚があるから、頑張るわと言われた。
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