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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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続、柳田國男が創価学会を語る

前回に続いて、柳田國男「故郷七十年拾遺」から、牧口常三郎と創価学会について書かれていたものを、以下に転載する。

温厚で謹直で、本も読み、研究も一所懸命にしていた牧口常三郎君が、あんな一つの哲理(注:おそらく価値論のこと)を発見して、新興宗教の開祖のようになったわけは、牧口君の個人的事情が元であったかと思う。

創価学会の人たちには気に入らない臆測かもしれないが、牧口は人のことを心配する性質で、自分が苦しんでいても他人の世話をするといった気持ちをもっていた。
それにもともと自分一家が貧苦と病苦とに悩まされたので、仏教のうちでも、殊に特殊な法華教(ママ)に入ったのだろうと、私は実はその点に対して大変な興味をもった。

私見だが、
1.柳田國男は牧口初代会長を、、『山の人生』の炭焼き男に関心をもったように、つまり民俗学の調査対象者のように牧口先生を見ていたのかもしれない。

2.苦学はもとより貧苦と病苦と家庭の災難の中に、牧口常三郎初代会長もおられたこと。
今日の創価学会がどんなに華々しく、にぎやかな本部幹部会を行い、≪職業としての組織人≫によって官僚的なstatementが繰り広げられたとしても、、大事なことは、ひとりひとりの、人間の苦悩から転換、人間革命というレジリエンスが「個人的事情」から始まることを、はからずも柳田の文章は気づかせてくれている。これは永遠に変わって欲しくない原点だと、強く思っている。

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牧口君がうまく働いてくれさえすれば、色々の事が明らかになるだろうという希望から、彼の立場に同情を寄せていた。

後に彼の著書「価値論」に私が序文を書いたのも、そんな因縁からである。

ところが先方は、私が信仰までを一緒にやってくれるものと誤算した。

今度の戦争に入って間もなく、牧口君は一晩若いのを連れて話に来て、泊まり込んで行ったが、私は大した印象も受けなかった。

それにあれの哲学のシステムが少し違っていると思ったので、深入りしても役にたたないと思いながら、一緒に話して泊まったのが最後であった。

若い者をつかって熱心に戦争反対論や平和論を唱えるものだから、陸軍に睨まれて意味なしに牢屋に入れられた。妥協を求められたが、抵抗しつづけた為、牢の中か、出されて直ぐかに死んでしまった。宗祖の歴史につきものの殉教をしたわけである。

その時はまだ宗派がこんなに盛んではなく、三十人ばかりの青年が法華を信じつつ愛国運動を続けている程度であった。

そして元気に人を説得、設伏することに努めていた。

戸田城聖のことは縷々牧口から聞いたが、一二度会っただけである。大井かどっかに中学校をやって成功したが、宗祖となる牧口君は少し不適当で、それほど深い信仰ではなかったから、物足りなかったと思う。本も沢山読んでいたわけではなかった。

私はこの宗派はどうも宗教ではなく、マジック(魔術)だと思っている。マジックとレリジオン(宗教)とを区別する一番主な点はアフタア·ライフ(来世生命)を考えるかどうかにある。

「郷土会記録」
牧口君もむろんその仲間に入っているが、もうそのころ既に五十歳に近く、余り無口だったから人から愛せられなかった。

然し実にいい人で一緒に田舎などを歩いていても気持ちがよかった。

宗教の方の人はどう思うか判らないが、私の見るところでは、やはり家庭の不幸がその方へ走らせたものと見ている。

創価学会も牧口君から戸田城聖君を中心にしていたが、今は誰が主になっているのであろうか。『聖教新聞』というのがあの派の機関誌になっているらしい。

「牧口君入信の動機」
郷土会は段々会員が増えて一番多い時は十人位の人が私の処へ集まった。

早稲田大学の小田内通敏が熱心な分子であったが、今度の戦争後に創価学会で世間に知られている牧口常三郎などもよくやって来た。

経済地理学であったか、人文地理学であったか、何でもそういう標題の大きな本をそのころ既に出して居た。細々した処では議論の余地があろうが、プランがいかにも大きく面白いものであった。農商務省の嘱託をしているという話をきいたが、よくあんなものを書く暇があると感心に思った。

越後柏崎の人で、早く北海道に移住し、向こうの師範学校を出、それ以後は独習であった。

口が下手で余り物を言わないで居ながら、言う時には、はっきりしたことをいう人であることが判って来た。

北海道には札幌農学校があるだけであったが、それ以外にも後々に本当に学者になった人も大分あって、みな多少は牧口君の影響をうけたり世話をうけたりしていた。

つまり彼は師範学校を出てから附属学校の教師か何かをして後進の世話をしていたわけであろう。

独習の社会学者で田辺寿利君という東京のどっかの教授をしていた人があるが、あれなどは北海道時代から特に眼をかけて貰っていたらしい。牧口君自身もその人に非常に望みを託していたようだ。 

創価学会の二代目で最近、病気でなくなった戸田城聖なども北海道以来のお弟子で東京に連れて来たものだから、宗教に入る前からの師弟であった。

牧口君は家庭の不幸な人で、沢山の子供が患ったり死んだりした。細君も良い人だったが、夫婦で悩んでいた。

貧苦と病苦とこの二つが原因となって信仰に入ったのかと思う。

以前は決して宗教人ではなかった。

創価学会というものも自分の経済学の方の意見から来た名前で、それを新興宗教の名にしたのは、戸田城聖の仕業か、そうでないまでも、ずうっと後の考えから来ていると思う。

富士山の麓にいくつか日蓮宗の寺があるが、牧口はそのうちの本門寺というのに参り出した。

その原因として三谷という一人の面白い人間が介在していた。どうも正体が判らない変わった人物で、盛んに嘘をついた。

処がいくつかの珍しい妙薬を持っていて、大して大きくない塗り薬とか、煎じ薬とかであったが、それが不思議に良く効いた。

それで私はいつか聞きに行ったことがある。貴方はどうしてそんなに沢山いろんな薬の秘密を知っているのかといったところ、やはり嘘の返事をした。

シナの牛荘から何十里とか何百里とか入った処に旧いお寺があって、色んな珍しいものが伝わっているのみならず、大変な書物を持っていた。

そんないかにも私の喜びそうな話をしてから、三谷はそこに暫くいて、そこで覚えて来たというのだが、聞いているうちに出鱈目が判るような話ばかりであった。

それが本門寺の信徒だったわけである。

牧口君とは早くから知りあっていた間柄らしく、牧口が私に「一度三谷君に会って御覧なさい、三谷君の処に面白い薬がありますよ」といって紹介してくれたのが最初であった。

私もその薬の恩恵だけは受けているが、その成分は少しも知らせてくれなかった。

その男が牧口君を仏教の方へ導いて行った。

ところが、ある時、牧口がやって来て、「私はこの度深く考える処があって三谷君とは絶交致しました」といったのには驚いた。

それっ切り三谷は私の前に現れなくなって、消息を絶ってしまった。

私より大分年上だったから、もう生きていないと思うが、法華の信者としては、牧口君の指導者であったわけである。


以上、
三谷素啓は目白学園の草創期、学園長を務めていた。

ずいぶん昔、神田の古本屋で、三谷素啓の箱入り著作集を、その背表紙を見たことがある。手にとって中身を見たりしなかった。てっきり学者だと思っていたが、柳田の眼では怪しい人物と映っていたようだ。

創価学会の歴史の中でも、三谷素啓の名前は牧口先生を折伏した人として出てくるが、その内実を示すものを読んだことはなかったので、柳田の評価は、新鮮に驚いた。

ある本によると牧口先生は自らすすんで創価学会の会長となろうとはされず、大分時間がたってから担われた。学者肌の方だったのではないか。
俯瞰してみて、カリスマ性のある宗教者は戸田先生からだった、、と素朴に思う、、

お二人は共通して、厳しい指導、しかし人に対してあたたかい心を持った師匠であったことは、確かだ。

柳田國男は、とてもじゃないが、お二人に及ばない。今、日蓮大聖人の「草木成仏口決」にある一文が浮かんだ。

一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼陀羅なり、当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり

仏法の眼からみれば、柳田國男は『習い損ないの学者』なのだと、この「故郷七十年」の牧口常三郎論から感じた。全然、わかってない。柳田は、ただ他人の「人間苦」を読むのが好きなだけだ。。解決方法は「マジック」と、遠ざけている。

話はかわり、、伝聞だが、
牧口、戸田両先生は、会員にとどまらず、さまざまな人たちに接する中で、その身の上におきたことを聞いて、ぐっと抑えながら目に涙を浮かべられることが、多々あったという。

『心こそ大切なり』、、これこそ
牧口、戸田、そして池田という三人の創価学会の会長に共通する、奥底の姿勢、本地である、、と私は、、そう信じている。
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「持続する志」はいつまでも
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