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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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丹木町の風景

「100分で名著」の法華経4回目、録画撮りは消されていた。そうやったのは家内だろうが、騒ぎ立てるのはせず、いずれYouTubeに載ってくるのを待つことにしよう。

3月18日、八王子の丹木町にある創価大学で、セレモニーのあと、一期生の佐野さんにお会いした。同期の石戸さんが引き合わせてくれなければ、、わからなかっただろう。お会いできて、良かった。  

三人は明治牛乳の宅配をバイトしていたのだ。たしか一年間やったが、私がやめたあと、佐野さんがその地域を担当したようだ。

大学の新しい建物の中にある生協ちかくテーブルで、わたしはべらべらとしゃべっていたが、佐野さんの話を聞いていて、徐々に大学の頃の記憶がよみがえってきて、驚くことしきり。わたしは佐野さんから、

1.ドストエフスキーを選んだら、その全集をよむこと。
2.ベルグソンの岩波文庫「思想と動くもの」は読んだ方がいい。
3.「ロゴスとパトス」というサークルの存在
4.松島淑さんという論客のこと。
5.田中美知太郎という存在、、

さまざまなことを話してくれたことを思いだす。

いきなり、私に「そういえば、宮崎俊行さんのゼミだったよね。あの先生は良かった。当時、数少ないいい先生の一人だった。」と佐野さんは言われた。同じ法学部だったんだ、、

「宮崎先生は、たぶん2003年頃に、75歳で亡くなられたようです」とわたしは応じた。正確な日付を知らないのだ。多くの学恩を受けたわけで、忘恩の徒になってしまった。ついに学陽書房から「農業法」の基本書は上梓されなかったようだ。あらっためて学陽書房を検索してみて、やはりなかった。

思い出すこと多く、しばし中断、、

今、手元にある本のこと

本は、ほとんど図書館から借りて読むようにしている。いや違う、読むというより置いておくばかり。少し眺め読みして、返してしまうかのが、ほとんどだが、、それでいいと思っている。

先月、岩波文庫のコンラッドの小説を買ったが、行方不明になってしまった。返すことが念頭にないから、こうなるのかもしれない。

ただ、図書館からなにを借りたかを手帳に書いておくようにしている。

今借りてる本一覧は、
1.小林秀雄「感想1」(新潮社)長い間出版されなかった。これはベルグソン論だ。

2.アンリ·ベルグソン「思想と動き」(平凡社)

3.アンリ·ベルグソン「精神のエネルギー」(平凡社)

4.若松英輔「小林秀雄 美しい花」(文藝春秋)

5.永井龍男「青梅雨」(新潮文庫)、高等小学校を卒業しただけ、16歳で文壇に出た、言葉をきわめた作家だった。

6.デイヴット·ミッチェル「クラウド·アトラス」(河出書房新社)、映画を観たので。

7.山口真由「7回読み勉強法」賢いコメンテーターとして、最近よくTVに出ておられる。

8.熊谷頼佳「脳が若返る食事術」(ダイヤモンド社)、予約待ち本。何で知ったか、思い出せない。

以上だが、借り本とはいえ8冊並べた本を見て、気に入っている。

この中で、さっき8.を眺め読みしたが、「脳内糖尿病」がキーワードとわかったが、これは表紙のタイトルの下に「あなたも脳内糖尿病かもしれない」と出ていて、分かりやすい内容だった。

しかしながら、昨日読了したのは、
アンドレ·マルロー/池田大作「人間革命と人間の条件」(聖教文庫)だった。22年ぶりの再読だった。

二人の対話は、ケンカと思えるほど、ものすごい火花があった。機関銃のように話されていたであろう池田先生は、マルローに全く負けてない。先生と加藤周一との対話と重なるものがある。西洋知識人の小我と東洋の大我。

再読は収穫があった。私見だが、21世紀は、日蓮仏法が流布し、世界的地平で、法華経が新たに創られるということ。対談を通じて先生には、そうしたビジョンが見えておられる、、という気がした。
近々、その感想をブログに載せよう。

乾癬の現状

最近、乾癬の状況は改善してきている。
乾癬に罹患していることを忘れていたほどに、、改善した。

胸からお腹にかけての赤みは、ほとんど消えた。あとは、腰に近い両足のサイドと背中の、赤みだけである。

かゆみは、まだ背中とくに両肩甲骨にあたり感じる。ときおり孫の手?で掻いたりするが、我慢できなくはない。

たぶん、治る時が、今、来ている。

これから夏を向かえ、内部から湧き上がってくる微妙な熱さで、また悪化するかもしれないが、、もし、それをやり過ごすことができたなら、

年末までには、乾癬はさらに快癒する、、そんな気がする。

依然同様、「ドボネックスとトプシム」を混合した塗り薬と、近所の温泉銭湯を週一ペースで入り、

それとともに、毎日、たとえ長くなくても、ひたすら深く題目を唱え、
きちんと「乾癬治癒」を一念におき、祈れば、、

治る気がする。

創価学会を定義する大切さ

昨日、解体工事会社で事務作業をしていて、夕方、ふだん来ることのない社長が現れて、暫く雑談していると、、

すると、いきなり「公明党とは何か」そして「創価学会とは何か」とたずねて来られた。私の学歴を覚えていて、問いを発したのだ。あっけらかんとした、白い画用紙を差し出されたような問いかけだった。

いやー、迂闊だった。面食らった。

社長は40歳。なんでたずねるのかと思いが先立ち、自分の言葉で、即答できる力がなかったのだ。「折伏」という基本的行為に、如何に無縁でいる自分かと、慚愧の念が徐々に。

全く持って、すぐ切り返せないとは、おはずかしい。

今のままでは、わが人生は「声聞」の次元で終わってしまう。どんな場でも、尋ねられたら、しゃべらないと、日蓮大聖人そして池田先生に申し訳ない。

創価学会とは、、世間的に、ダークなイメージで十分に流布されているのではないか、、という先入観が、実は私にあって壁を自ら作っているのかも、、とあらためて気づかせていただいた。

とりあえず、1930年にできた日蓮系の宗教団体とか、と言ったが、これじゃ、なんの説明にもなってない。200字くらいで、近日中に自分なりのキャッチコピー、「わたしの中の創価学会とは」という定義を、長いのはダメ、短文で3つくらい、用意しておこう。

また、説明するときは、しなやかに、法華経の常不軽菩薩を範としよう。

訃報
元広島の衣笠祥雄氏が23日に死去した。
死因は上行結腸がん(大腸がん)、71歳だった。   

早期発見ができてれば、「鉄人」の人生がまだまだ持続しただろうに、、

前職社長の読書録に思うこと

13年前に辞めた会社の社内報のコピーが出てきた。豊田徳昭社長の1991年頃の読書録。思想信条は異なるが、さまざま影響を受けた社長だったので、コピーをどこかに残し、たまたま出てきた次第。

20年、C型肝炎もあり、辛酸の続くサラリーマン生活だった。その最後の方で、社長は、ほぼ決まっていた異動をひっくり返す人事の差配をしてくれた。そのとき人事部長らが苦みばしった眼で、わたしを見つめ「もう一度やり直しか、、」と私に聞こえるように言い、会議室に向かって行ったのを思い出す。

しかしながら、その差配は会社にとっても功を奏したと断言しよう。火災保険営業で、抜本的な成長をもたらす仕組みを、作り上げたからだ。4年前か、樋口彰さんがその劇的成長の淵源は私だとを言ってくださったとき、どれだけ溜飲が下がったことか、、

早期退職したとき、退職者十数人で、既に社長を退任されていたって豊田さんを囲んで宴をもうけたが、、くだんの人事の差配は確認はしなかった。ただ、お礼を申し上げたのに対し、元社長は、微笑みで返されただけだったが、、いい大団円だった。

当時、読書録は意味不明のものばかりだったが、、今みるとやや感じるところがあり、、原文のままを以下に載せておきたい。

精神のたべもの

達者で長生きしたいと思う時がある。どんなときかというと、一つは美味いものを食った後、もっと食べたいが腹一杯で、次また食べようと思う時である。

そういう時が頻繁にあるので、食べたいもののリストがあふれ、こりゃー長生きしないと全部喰えないなあとしみじみ思うのである。

もう一つも食いものに関するものであるが、精神の食べものというべき読書でも同じことがいえる。とくに今という時代が面白い。

人類社会の破局と地球生命体の破滅期を迎えあらゆる魂の参戦が始まったことが実感として分かる。いずれにしろ、食って飲んでその間に本を読んでいるのが自分の姿であることがよくわかる。

さてずっと今後読みたい人、もしくは書物の名前を書きつらねてみる。今まで約一万冊接して来た中からどうやらしぼられて来たようだ。それでもあと数回生まれ変わらなければ読み切れないが。

先ず
①ルドルフ・シュタイナーの著作、高橋巌の訳のイザラ書房発行のものが一番良い。難解だが何故現在読まれはじめたか分かる気がする。

②出口王仁三郎「霊界物語」(八幡書店)、これはもう面白い最高の謎である。破格の人物。

③バグワン・ラジネシー、少し食傷気味だが、めるくまーる社から昨年発刊の「大いなる挑戦―黄金の未来」は分かりやすい。相変わらず美しい訳語である。

④名前は知られていないが、太田竜と八切止夫。太田竜は本モノだ。著作には、「日本原住民序説」「日本原住民と天皇制」(新和泉社) 「たべもの学入門」(緑光出版)などがあるが、こんな本は余り売れないので書店から消えている。とくに「たべもの学入門」はすばらしい。

⑤八切止夫は知る人は知る。知らぬ人は全く知らない歴史学者、現在三井記念病院で生活をしているはずだが、もう亡くなったかも知れぬ。この人のも書店にはない。六万円送ったら余った著書を数十冊送ってくれた。戦国史専門だが独自の史観で、アカデミズムにない痛快さがある。私は、歴史は大学教授のものは殆ど信用しないことにしている。

⑥コリン・ウイルソン「アウトサイダー」からずっと追いかけている。もう少し東洋から学べば良いと思うのだが、東洋に媚びないのが、いいのかもしれない。

⑦「一遍上人語録」(岩波文庫)死ぬまで手が放せない書物の一つ。私は親鸞より一遍でス。

⑧南方熊楠・・・大きすぎて食べられない。いつも食いはじめるのですが、「十二支考」(平凡社・東洋文庫)で精一杯。後に残しておこうと思うものの大手。それはそうと東洋文庫を発行している平凡社は一番好きな出版社である。東洋文庫は宝の山、平凡社の歴史選書は中世の宝の山。

⑨今はやりの解読物、イメージリーディング叢書「異形の王権」「住まいの人類学」etcは一気に読んだ。これも平凡社、つぶれないで頑張ってほしい。

⑩現代作家では何といっても中上健次である。村上春樹、龍なぞは何を考えているのかと言いたくなる。

⑪それから森敦、堀田善衛、石川淳、とくに森敦の「われ逝くものの如く」の土着性と宇宙感覚が中上健次と共通しているように思う。女性では上野千鶴子「私探しゲーム」など・・・ 吉本ばななより、コミックの大島弓子の方が上と井上奈美さんが云っていたが、その通りだった。普通は小説の方がイメージが豊かにふくらむのだが、大島弓子の方がイメージが豊か。

⑫文体が好きなのは東海林サダオと椎名誠、そしてジャズピアニストの山下洋輔。その他ではシドニーシェルダン、「明日があるなら」「ゲームの達人」最近新しいのが出たが、書店で上巻が売り切れ。芹沢公治郎の話題作「神の微笑」ほか「神の・・・」シリーズ。


以上。まず、感じたのは、わたしも似たような書き方をするな、ということ。

私見だか、うまい下手関係なく、どんな文体であっても、書いた人の気が醸し出してくるという現象がある。さしづめ「気文」とでも、造語しようかな?

読みが一向に進まない文体もあれば、絵画のようにサァーと腹に落ちてくる文体もある。読解力とは関係ない。



三歳の次女のこと

ブログは備忘録と位置づけているが、先日、久々コメントをくださる方がいて、正直、嬉しかった。あらためて感謝

今日は快晴、夏日のような暑さだ。半袖のダウンを手放せなかったが、もう冬は終わったな、、季節感が他人より遅いと分かっていたが、明らかにもう春だな、、

3歳の次女は慶事を迎えた。少しわだかまりはあるが、本人の為になることだし、、具体は書かない。

わたしと60年のひらき、2014年12月生まれの次女は、元気よく育っている。食べ物はイチゴが好きで、毎日よくおしゃべりをするし、歌いだすこともしきり。天真爛漫。

保育園に行く途中、すり鉢のような下り坂、のぼり坂をかけあがり右折すると、大きな ケヤ木が現れる。

それを指さして、「古時計」を二人で歌い出すことが習慣なっていて、次女が「歌って」とせがむと、歌うようにしている。
大きくなって、断片的でも、想い出してくれたら、いいな、と思っている。

きのうは、コーギーの散歩していて、
前方の車庫入れの車を見て、次女は
「赤いクルマがバックしてはいったねぇ、、」と私に実況解説してきた。

「バック」なんて英語、いつ教わったのだろう。

ほかには、こんなことを言った。
先に手洗いした母親に「ママ、すごいじゃない」とか、まぁけっこう評価発言をするのだ。長女に対してもそうなので、長女はイラッとくるようだ。次女はわたしと似た性格かもしれない。

生まれた当初は、一重まぶたで、長女のときと、比べると、あれれれ、と思ったりしたが
、2歳を過ぎた頃から、しだいに二重まぶたになり出し、今は長女のときとかわらない、かわいさになってきた。

原則、このブログに子どもの写真を載せることはしないのだが、今回ばかりはいいかと思ってやってみたが、うまくいかない。

最近とった次女の、お風呂あがりの顔が
あまりに可愛かったので、今回だけ載せることにしよう、、と思ったのだが、、

感想「人間の建設」

15日(日)16:50、豊玉リサイクルセンターのテーブルで、岡潔と小林秀雄の対談本「人間の建設」(新潮文庫)を読了した。

借り本だから、図書館に返さねばならない。また読みたくなったら、買うことにしよう。なので、今は雑感を掲げておきたい。

1.本の題名は、おそらく二人が出したものではなく、対談を企画した新潮の編集者が名前をつけた、と思うが、いいタイトルだ。

2.読むというより、対談話を聞いてる感じで、読後、心地よい余韻が残った。ずっと二人の語らいが続いている感覚になるのだ。互いの目線はフラットで、互いにリスペクトしあっているのがわかる。

3.さまざまなことが語られているが、一番響いたのは、天才数学者である岡潔の、次の言葉だった。言葉に強度があった。二人の対話をそのまんま載せると、、

44頁 
岡潔『そこをあからさまに言うためには、どうしても世界の知力が下がってきていることを書かなければなりません。さしさわりあることですが。
数学の論文を読みましても、あるいは音楽を聴き、ごくまれに小説を読みましても、下がっているとしか思えない。それにいろいろな社会現象にしても、だんだん明らかな矛盾に気づかなくなって議論している』

小林秀雄『間違いがわからないのです』
 
岡潔『情緒というものは、人本然のもので、それに従っていれば、自分で人類を滅ぼしてしまうような間違いは起きないのです。現在の状態では、それをやりかねないと思うのです』

小林秀雄『ベルグソンの、時間についての考えの根底は、あなたのおっしゃる感情にあるのです

岡潔『私もそう思います。時間といものは、強いてそれが何であるかといえば、情緒の一種だというのが、一番近いと思います。

以上だが、二人の対話には「客観」「主観」という言葉は、一切出てこない。

以下、断想の端々を、、

岡潔は、「小我」「無明」という言葉を多用されていたが、わたしはその言葉を、母校創立者池田先生から、おそわった。とりわけ「無明」は1974年11月に、直接face to faceでおそわった。信心の骨格になっている。

時間を知る。定義するのは難しいが、ベルグソンは果敢に挑み、珠玉の足跡を残してくれた。

時間を知るのは、頭ではなく、わが全身であると見ている。そこに、緊縛、足かせをはめてはならない。

病気は、その病名の共同幻想であって、本来は病いになった人が、個々におられだけであって、その方は直ちに「時間」の縁(ふち)に立ち、固有のナラティブが生まれる、とわかる。たとえ、難病と国がみなしても、それに囚われるのは小我にすぎない、勘違いと見切ろう。

よくよく吟味すれば、病を見つめる健全な大我は、必ず、現れてくる。四半期罹患していたC型肝炎、当初は都の難病指定で助成対象であったが、その後、助成ははずされ、平行して、その治療方法の変容ぶりは著しかった。なので、C型肝炎の時間軸を総覧して、吉本隆明の言葉を勝手に引用するのだが、病名は共同幻想の撒き餌、と感じるわけだ。

遠い昔、よく周囲から「情緒不安定」と言われたことがあったな、、

岡潔は、シンガポールの海辺にたったときに、その夜景をみて、なんともいえない懐かしさにとらわれたという。「春宵十話」の冒頭に出ていたかな、、

「時間は情緒に近い感情にある」というのは、わが生活のヒントになった。

もとより時計は、時間を計量するという形で、空間化したもので、時間そのものではない。

例えば、スポーツ選手がZONEに入るという情況があるが、そうしたときの感情が時間なのではないか、、

私たちの場合、それは、つまり時間という感情は、、題目を唱え続けているときに、忽然と、現れてくるのだ。そうして時間の経過を感じない状態になったとき、私たちは一人ももれなく、時間の中に入る。法華経こそ、情緒の深きところに流れているからだ。しかも、それは共同幻想ではない。

追記4/22
岡潔の晩年の主張は超高次元の理想である真善美妙を大切にせよというもので、真には知、善には意、美には情が対応し、それらを妙が統括し智が対応すると述べた。一方で日本民族は人類の中でもとりわけ情の民族であるため、根本は情であるべきとも語った。また日本民族は知が不得手であるため、西洋的なインスピレーションより東洋的な情操・情緒を大切にすることで分別智と無差別智の働きにより知を身につけるべきと提唱している。さらに現代日本は自他弁別本能・理性主義・合理主義・物質主義・共産主義などにより「汚染されている」と警鐘を鳴らし、これらを無明と位置付け、心の彩りを神代調に戻し生命の喜びを感じることで無限に捨てるべきと述べた

聖教新聞スクラップ帳

1.かれこれ20年になるが、毎週日曜日の朝は、聖教新聞の配達をしている。部数は45部程度で、自転車に乗って配っているが、45分ほどかかる。

2.今朝は雨で、ビニールに入れる作業が加わるので、多少難儀になるが、、配達も意味あることと、体験としてわかっているので、恬淡と作業する。

実際、多くの学会員の方々(おそらくは3万人を超えるであろう「無冠の友」の人々)は、わたしと同様に週に1回程度、代配をされておられるだろうし、、出来る限り続けようと決めている。

3.発行部数550万部、『言葉ともに生きていく』とうたう聖教新聞は、不思議な新聞に違いない。
私の場合、私より上の年代の、普通の方々の体験談とその画像が心をとらえ、滋養になる。長い歳月をかけ、苦労をのりこえた、たおやかな「人格の完成者」を見る感じがして、、虜になる。洋の東西の有名な画家、その画集を見ることよりいいかもしれない。

また、切り抜いた記事を寝かせておくと、、うまく言えないが、豊饒なお酒のように発酵してくるのだ。それは、様々な出来事や、自分の体験的記憶が織り込まれていくせいかもしれない。

そうした市井の感動する人たちの画像を見ていると、創価学会の信仰が、いわゆる「おすがり信仰」でないことが、はっきりわかってくる.。たぶんこうした信仰観あたりが、もっとも肝心なところで、わかりにくいところではないか、、しかしながら、それが世界に広がって来ている。

4.そこで、最近、切り取ってクリアファイルに入れていた新聞記事をスクラップ帳にはることにした。
いまさらだが、これがいいのだ。保存のためではない、座右において、すぐ取り出せることが目的。スクラップ帳の見開き右上には、ナンバリングを打つことにした。そうしておくと、自分だけの本のようになり、このあとも、継続してはることができる気がした。ベルグソンがヒントをくれたのだ。

5.振り返ると、代配を始めた20年前は、慢性C型肝炎で、全身倦怠感の日々だったのだが、よくまぁ、やっていたな、、と自分をほめてやりたくなった。今は、そうした倦怠感が湧き上がってくることは、、ない。

大学の創立者、池田先生は2月に「健病不二」という言葉を聖教新聞の1面で発信されたが、まさにその通りだと感じている。

8年前、大腸がんステージⅢbとの闘いを経験して、寛解を告げられた中で、こうした経緯の的確な言葉はないか?と思いめぐらせていたからだ。その四文字をみたとき、大きく頷いたのは、私だけでなく、おそらく、多くの闘病中の学会員は、そう感じ取られたのではないか、、、

今月の「100分で名著」は法華経だった

今しがた、宮本輝公式サイトに、以下の書き込みをした。

今月のEテレ「100分で名著」は法華経と、たまたま知り、
誰が案内をするのだろうか、と気にしながら、再放送で見ると、、

オーッ、懐かしい、、植木雅俊さんだと分かり、
「あぁ、ようやく、出るべき人が出て来られたなぁ」と
感慨深いものがありました。植木さんにお会いしたことはないのですが、
メールでのやりとりは、何度かさせていただいた方だったのです。

サンスクリット語の法華経原典を日本語の現代文に翻訳され、
岩波書店から出版されたのは10年くらい前のことでした。

それまでの、たとえば岩本裕氏の岩波文庫『法華経』が
とてもわかりにくいものだっただけに、
ストーンと腹におちるものがあり、
植木さんの訳文にいたく感動したものでした。

さて今回、植木さんの語り口、表情をみることが
できたわけで、想像していた通り、
その法華経を体系的な整理が行き届いていて、、

芝居「錦繡」の、女優の余貴美子さんの朗読も
声の抑制がきいていて、すばらしい。

MCの伊集院さんの表情もそうでしたが、
聞き手の側がスカッと晴れ渡るような
そんな心地よさをもたらせてくれました。

まだ1回しか見ていませんが、おススメいたします。

追伸、
昨夜、銀座の観世能楽堂で、金春禅竹が作った
家元や学者の話す「芭蕉」の解説を、初めて聞きました。

能の「芭蕉」は草木成仏が主題と知り、
謡のなかに「諸法実相」というコトバが出て来たりして、
能の奥深さを感じました。

言葉では言い表せないから、能を舞うのだと家元がいわれたとき、
たしか、輝先生も、同じようなことを小説を書く意味として
言われていたなぁ、、と記憶が蘇った次第です。


以上、私の書き込みは、ほかの方々と違って、全くの散文で
毎回恐縮するのだが、その公式サイトの空気感が好きなのだ。

植木雅俊さんに戻る。
植木さんは、鳩摩羅什の漢文訳も誤りがあるとするくらい、
法華経に対する言説は、畢竟、「植木思想」といえるものだと見定めている。

法華経の理解は抜きんでているが、これから先、
その思想を敷衍する人々が出てきているならば、よいのだが、と懸念する。

西部邁と高畑勲、生死のそれぞれ

1.西部邁さんの自殺幇助で、いわば弟子筋の会社員二人が逮捕された。

西部さんが懇願され、やむなく助けたのだろう。なぜなら、犯人の一人、青山忠司という人は「先生の死生観を尊重して、力になりたかった」と供述した、というからだ。

追記(4/20)
上記の供述は、窪田哲学さんの言葉だった。

もう一人、窪田哲学という人は、同日未明に西部さんと新宿区内を歩いていた。その姿を防犯カメラがとらえ、捜査一課が任意同行を求め、供述をもとに逮捕したようだ。

おそらく、二人とも勤務先との雇用関係は、解雇を余儀なくされるだろう。
ふと、三島由紀夫の腹切りのときに介添えした森田必勝を思い出した。

西部さんには、法をおかしても実現すべきものがあるというコトバを「友情」という本のなかで、述べておられたような気がする。

しかし、人を不幸にさせておいて、その上で、満足な事をなす所業は、善悪を問われれば、やはりそれは悪だろう。

西部さんの病が進み、更に手足不自由になって、ベッドから立てなくなっても、生きねば、自身の60兆細胞に申し訳ないだろうに。

ALSや筋ジストロフィーの人たちの生き方を引き寄せて、考えていただきたかった。


2.ジブリの高畑勲さんが肺がんで亡くなった。82歳。西部さんより3歳上だが、60年安保闘争のとき、同じ東大出だから、あの疾風怒濤の中で生きていたわけで、、

たぶん二人は出会ってなんか、いないだろうが、やがて、右に舵をきった西部邁さんと、
左翼系のスタンスを続けた高畑勲さんとの違いに、人生の綾、感慨深いものがある。

樺美智子さんは、60年安保のとき、国会議事堂の前で圧死されなければ、80歳になられていた、かもしれない。

ちなみに、西部さんと樺さんは二度くらい対話をしたらしい。

岡潔と小林秀雄の対談

小林秀雄の文章を「ドーダ」偉いだろう文と評し、遠ざけようとする知識人がいる。例えば、鹿島茂さんはそういう批判本を書かれている。曰く、小林秀雄の文章を英訳か仏訳かするのは難しい、文章になっていないのだと。

私見だが、小林秀雄は隋自意の人であって、隋他意の人ではないのだ。それでいて、経済的にも自立していた稀有の文人だった。イザヤベンタサンこと、山本七平氏が羨望していた人だった。山本七平は小林秀雄に会おうと思い切れば、会えただろうが、結局、会わなかった人なのだ。仮に、会った後の印象のズレが怖かったのかもしれない。

昨日から、偉大な数学者(らしい)岡潔と小林秀雄の対談本「人間の建設」(新潮文庫)を読んでいる。その中で、岡潔がしきりと「世界も知力は低下してきている。」「水爆なんかできているから、人類が滅亡するまであと長くて200年くらいじゃないか」と言っている。

たしかに、2018年のイランや北朝鮮の核開発は脅威だし、残された時間は少ないとみる知識人は世界にいいっぱいいるに違いない。だからアイキャンがノーベル平和賞を受賞したのだろうし、、

二人の対談は真剣が飛び交う感じがして、司馬遼太郎のときような、うがった空気はない。
賢者の対話は快感をもたらす。小林秀雄の聞き方は的確であり、全くドーダではない。岡潔という賢者との対話で、逆に、小林秀雄の尋常でない個性があぶり出されてくる。

小林秀雄から遠ざかってはもったいないことだ。この対談本だけからでも、揶揄してはいけない人とわかる。各自各様に、小林秀雄の文章の中に、自分だけの問いに対するヒントを見出すことが、できる。

まだ途中読みだが、拾い掲げてみると、、

・ベルグソンとアインシュタインとの論争とは何だったのかを、小林秀雄は教えてくれている。
・デカルトは「神様を信じておりました。しかもそれは、哲学史家がばかばかしいと思うほど平俗な形式の信仰を通じて信じていたのです」(全くそうに違いない。うまく言えないが小林秀雄らしい洞察と感じた次第)
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