わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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パート労働の風景

1.先週決まった営業事務の仕事は、23日の金曜日から始め、26日、28日と3日間、労働をしたことになる。

2.事務所は1階の25㎡程の、狭い事務所だが、空気感は悪くない。2015年9月に3週間勤めた会計事務所の空気感とは、だいぶ異なる。難点はトイレが和式であることと冷蔵庫がないことだ。

3.そこに、半年前に入った30だいの女性Eさんが、明るく、テキパキと仕事をしていた。Eさんのご主人は「マチ鳶(トビ)」と話してくれた。が、鳶職はわかるが、マチは町か街か、マチ以外の鳶は、きっと高層タワーなんかの鳶職は、なんて呼ばれているのだろう、と思った。

3.最初の仕事は、4月に取得した建設業許可の、取引先向けの案内文を作ることだった。Eさんは苦手なようで、手間取っていたのだ。ネット情報で、あれこれ収集し編集して作文した。そこに社長のチェックを入れてもらい、完成した。造作ないことだったが、Eさんは、だいぶ四苦八苦されていたようで、お役に立てて、よかった。

4.それにしても、2016年に、建設業許可の種類に解体工事業が追加されたことを、知らなかった。いやいや、その士業の一員として、恥ずかしい。リサイクル法やアスベスト除去で、区役所に届出が必要なことも、これまた、新鮮だった。

5.昨日は、Eさんが、建設業職人向けの求人フリーペーパーを持って来てくれ、初めて手にして、新鮮だった。わたしは建設業の仕事を、紙のうえでしか、理解していないのだな、、と分かった。

今、ガテン系に対する敬意を感じている。リアルであることは大事だ。自分の中の、仕事の意識が変容して来ている。。

6.昨日の昼すぎ、練馬区役所に届出に行った。リサイクル法に基づく届出とアスベスト処理の届出で、それぞれ別の階に受け付けがあり、担当者と話していて、感じることが多々あった。アスベスト処理の方は、「遅延理由書」を添付して、その日のうちに提出しなければならず、、焦ったが、17:13に持ち込みができた。

7.区役所のロビーのところで、大学の同期のツルタ氏に遭遇した。都議選の期日前投票に来たようだ。連絡先を確認しあった。秋に、大学卒業して、40年になるので、大学で集まりがあるらしい。創立者はもうじき90歳になられるわけだし、いい機会の集まりになる。それと、同期の旗頭のM氏のことを尋ねたが、やはり、わからないと言われた。

肝臓病教室に行った、、

1.24日14時、考藤先生が講義すると知り、1年ぶりに国府台病院の肝臓病教室に行った。受講者は30名程度と少なく、あらためてその空気は、2015年9月の白熱教室とは程遠く、C型肝炎の終焉が近づいた感じがした。

慶事であり、とてもいいことなのだが、目的の達成は、その喪失でもあり、さびしい感じが、した。

2.考藤先生の前の、古田先生は食事について、レジュメにある「まとめ」は

「肝炎ウィルス治療後の肝がん予防には、食事管理が大切」として、
①C型肝炎のSVRになった者は一旦、鉄制限はやめていい。

②ウィルス排除前に肝組織が受けた傷害は、ウィルス排除で帳消しにはならず、加えて、加齢や飲酒、食行動などの要因によって発がんリスクが高まります。

③食行動の「ずれ」と「くせ」について、、
「自分の食べた量はそれほどでもない」と感じる摂食量に対するずれ
「自分は滅多にお菓子は食べてはいない」と感じる認識のずれ
「目の前の食べ物につい手がでる」というクセ
「いらいらすると食べる」というクセ
「何もしていないとつい食べてしまう」というクセ

④主食、主菜、副菜をそろえたバランスの良い食事をする。

⑤食べすぎないで、糖や脂肪の摂取は、量や種類を選ぶこと。

以上だった。

3.終了後、古田先生に質問した。
「ショートニングやマーガリンなどが、例えば最大手のパンメーカーのものには、ほとんど入っているが、どう思われるか?」と。

「米国ではショートニングは全面的に禁止になったが、厚労省は5年ごとの審議会で禁止に至ってはいない。パンや菓子の取りすぎに注意した方がよい」と古田先生は応えられた。

4.つづいて考藤先生の講義では、「薬剤耐性HCVの存在と出現」と「次世代治療によるSalvage治療の対象は」が一番気になった。とりわけINFフリー(DCV+ASV)での治療不成功例では、多重耐性変異が60〜70パーセント存在する。当面は治療待機になる、と。

5.迂闊だった、、ここしばらくお会いしていなかったHさんが見えていて、ご挨拶し、笑顔で握手をしたのだが、、Hさんはsalvage治験で一旦はウィルスは消えたが、また再燃されていた、、私はその波乱の経過を知らないでいたのだ。さぞかし、憤りを感じたことだろう。

あらためて、つくづく思った「これは明らかに医源病である」と。中でもT門病院のK先生らが誘導した治療薬が悪すぎた。彼らは訴えられるべきなのだ。

6.終了後、考藤先生にこう質問をした。
「C型肝炎のSVRになった者は、他の健常者と比べ、新たにC型肝炎ウィルスに感染しやすいのではないか?
というのは、昨年の肝臓病教室で考藤先生は、C型肝炎のSVRになった人が肝がんを発病し、そのとき同時にC型肝炎ウィルスが見つかったという症例を話されていたからです。いかがでしょうか?」

これに対して考藤先生は「ふたたび感染するリスクは、違法な薬物注射や受刑者とか、特異な社会状況でなければ、通常はありえない。昨年の話した症例、よく覚えていましたね、その原因は不明であり、ウィルス量も少なかった。今後の研究としたい。」といわれた。主治医の青木先生の話と重なった。自分に向けて「安心宣言」しよう。

講義が終わり、教室を離れながら、最新の肝炎治療の細かいことが、よくわからなくなってる自分がいた。

Hさんに申し訳ないなぁと感じつつ、
最新の治療法に関心を持てなくなっているとは、、なんともゲンキンなものだ。

今回が、最後の肝臓病教室の参加になるかもしれない。

安倍首相は肺がんか?

最近の安倍晋三首相の顔がむくんでいる感じがして、少し気になっていたが、ネット上で「肺がん」だという情報が流れている。以下に、言い出しっぺのフリージャーナリストの記事を、、

本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」
安倍晋三首相は、慶応大病院で精密検査、「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節、脳幹に転移、余命3か月」と告知される

◆〔特別情報1〕
 「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節までに転移しており、脳幹までの転移するのは時間の問題、余命3か月」-安倍晋三首相は6月17日午前、母・洋子夫人(安倍晋太郎元外相の妻、岸信介元首相の長女)に付き添われて慶応大病院で精密検査(MRI検査など)を受けた。

この結果を、こう告知された。安倍晋三首相本人も、主治医も、「肺ガンが末期」になるまで気づかなかったのは、「潰瘍性大腸炎」に気を取られて、胸にまで気が回らなかったからだったという。

東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」内の「NAGOMⅠスパアンドフィットネス」の個室で主治医の診察を度々受けていても、ここでは、精密検査(MRI検査など)を受けることができなかった。

そのせいか、6月19日午後6時から、通常国会の閉幕を受けて首相官邸で記者会見したときの安倍晋三首相の表情は、精彩を欠き、覇気がなかった。

元気がなかったのは、主治医から「多臓器不全」(潰瘍性大腸炎)により、ドクターストップ(6月10日)をけられていたためではないかと受け止められていたけれど、「手遅れで、余命3か月」と告知されたのが、原因だった。

このことを耳にした麻生太郎副総理兼財務相が、「ポスト安倍」狙いで、自民党内に言いふらしており、衆参両院議員は、安倍晋三首相亡き後の身の振り方に悩み、右往左往しているという。


以上、「多臓器不全」は死因の病名であり、ジャーナリストにしては、言葉の使い方がおかしい。眉ツバの疑いはある。

今、ウィキペディアで「板垣英憲」を検索してみた。医療系に情報源がありそうだったが、言葉の表現は大仰であり、怪しい印象は拭えなかった。あまり信じない方がいい。ただ騒がれているのは事実なので、このままに、しておく。

安倍首相の持病、潰瘍性大腸炎は、薬物治療していても、治っているわけではなく、その薬によって腸内細菌のバランスが良くなり、免疫力がある身体になっていた、、とは到底、言えなかっただろう。

それにしても、62歳の男の病理検査結果を訊くために、母親が同行するとは、庶民感覚では、、あり得ない。

1928年生まれの89歳の母親が、診察に同行したことがホントだとしたら、ステージはともかく、、その「肺がん」はあり得て、、深刻な病状かもしれない。

ステージの確定は、採血やMRIではできないのでは、、
脳に転移が、画像で確認出来ているなら、ステージ4は決まりだが、、リンパに飛んでいるだけなら、ステージ4は確定できないはずだ、、、2010年直腸がんサバイバーとして、そう思う。

いずれにしても、肺がんだとしたら、安倍さんはきっと隠蔽して、ギリギリまで首相を続け、突然引退を発表すると予想する。第1次安倍内閣の終わり方そうだったし、すい臓がんでなくなった父親の安倍晋太郎氏も、ギリギリまで外務大臣をつとめたからだ。

外国のスパイは情報収集に動いているはず、、とりわけ中国政府は、、

そうして遅くとも、年内までに、病気の真偽は明らかになるだろうし、麻生太郎氏は、にわかに元気になるに違いない。

週刊新潮が安倍首相の病気を取り上げ出した。
はたしてニュースソースは大丈夫か、板垣某がソースだとしたら、その信憑性は疑わしい。

追記、、勝手な想像だが、
もし安倍首相が、ガンだとしても、肺がんではなく、父親からの遺伝で、すい臓がんではないか?
エコー検査ならば、「グランドハイアット東京」に機材を持ち込むことは、簡単にできるだろうし、、
咳き込むイメージはないし、肺がんはフェイクではないか?

検索すると、2014年9月「週刊実話」の記事が出てきた。板垣某よりは真面目な内容だった。長いがそのまま、、

難病に指定されている潰瘍性大腸炎に長年苦しんできた安倍首相は、特効薬とされる『アサコール』を服用して、何とか公務をこなしているのが現状だ。ただ「最近はトイレに行く回数が急に増えてきた印象がある」(全国紙政治部記者)といい、悪化している兆しがある。アサコールと併用しているステロイド剤の影響も大きいという。

「安倍首相は腹痛がひどい場合、ステロイド剤を9錠も飲むことがあるようです。その副作用で、最近は顔が満月のようにむくむ“ムーンフェース症状”が出たり、もともと良くない滑舌が悪化している場面によく出くわします。さらに、ステロイド剤の多用は歯の組織もボロボロにするらしく、歯医者通いが増えてきました」(首相側近)

確かに新聞に載っている安倍首相の動静記事を見ているだけでも、7月から歯科に通う回数が増えた。6月まで月1回ペースだが、7月は3回、8月に至っては4、6、11、12日の計4回。とりわけ12日は静養のため訪れていた地元の山口県で、各地であいさつ回りにいそしむ途中で、支援者の歯科医に診療を頼んだほどだ。「急な通院と称して、会議や宴席をドタキャンするケースも出てきた」(政府高官)という。

一時は「寛解宣言」までして完全復活をアピールした安倍首相だが、今も大腸、さらに口腔の状態に悩まされている姿が浮かぶ。

しかし、こうした問題はすべて潰瘍性大腸炎に起因するもので、ある意味では想定内といえる。本当は、もっと深刻な病が安倍首相を襲っていたのだ。

広島市が激しい土砂災害に見舞われた8月20日、夏休み中だった安倍首相は、別荘のある山梨県でゴルフに興じていたが、いったん帰京した。そして当日の午後7時半過ぎには、別荘にとんぼ返りしている。

「首相周辺は『書類を取り帰った』と釈明しているが、絶対に会わなければならない人物がいたのです。それは、慶応大学病院の主治医でした。いつものように大腸を診てもらうなら、わざわざ批判を浴びてまで別荘に引き返す必要はなかった。実は、すい臓に腫れが見つかったようなのです」(安倍首相に近い政治ジャーナリスト)

すい臓--。そういえば、安倍首相の父・晋太郎氏は首相の座を目前にして、すい臓がんで亡くなっている。晋太郎氏は当初、周囲から本当の病名を隠されていたが、「がんです」と告知したのは、当時秘書を務めていた次男の安倍首相だった。
「腫れが自己免疫性すい炎によるものであれば、ステロイド剤が非常に効果があるとされています。ただ、安倍首相は潰瘍性大腸炎でずっと服用しており、その中ですい臓が腫れたというのは、どうにも解せない。何より、すい臓がんは強い遺伝性があることで知られています。もしかすると安倍首相は、すい臓に公表できないような病気を抱えているのではないでしょうか」(同)

ちなみに、安倍首相が通う歯科医は、ほとんど永田町にある衆議院第1議員会館内の「歯科診療室」である。「国会議員お抱えだけに、歯科をカムフラージュにして別の医師の診察を受けていても、周囲は気付かない」(全国紙政治部デスク)のも事実だ。

首相の“本当の病状”は、国家のトップ・シークレット。側近として仕える官邸スタッフなら、兆候どころか、ある程度の説明は受けていても不思議ではない。そんな中で敢行された官邸の“封じ込め人事”は、何を意味するのだろうか。
永田町に、怪しい暗雲が漂い始めた。


菅官房長官にゆる首相の病気の隠蔽工作は、ネグレクトという形で徹底している。TVのニュースコメンテーターはともかく、虎の門ニュースやラジオのニュースにでる人びとまで、一応に、首相の病気話を避けている。ソースがはっきりしないから、というより、菅さんら官邸の圧力ではないかな、、

パート労働のこと

1.おととい火曜日17時に、池袋ハローワークに行った。火曜日は19時まで開かれている。東池袋駅からサンシャイン3階に向かいながら、今日は、空振りはないだろうという予感があった。そういう空気感があった。方針は正社員ではなく、パート労働ワクでチェックするのがネライだった。

2.先々週は、はずみで飯田橋ハローワークに行き、正社員ワクでチェックしてみて、、一社を紹介してもらったが、、書類選考で落ちた。

その通知を受け取ったとき、あぁ、わたしを「使いづらい奴」とみたな、、言霊のような、そういう言葉が頭の中を去来した。と同時に思った、「その判断は正しい」と。

仮に、面接に至っても、さんざん悩まされきた「組織論」が頭をもたげ、ミスマッチと感じるだけだったろう。組織の大きさなんて、全く関係ない。森敦の話を思い出した。

ちなみに、池袋ハローワークの担当者に聞いてみた。そこは6名応募があったが、40代の男女のどちらではないか、と話してくれた。

3.さて池袋ハローワークの続き、、
52番の専用モニターの前で、約40分チェックした。自宅から近い地域で、受付から3日以内の最新の求人票しか見なかった。報酬単価より、年齢不問、定年制なし、資格を必要としないもの、そして何より、自分の本業と関連性のある求職票だけ、意識し、絞りこんだ。本業からみて繋がりのないものは、報酬単価が良くても、意味がない、、と決めていた。

なので、飲食系やマンション管理系や介護系は、無視した。ただ、東京都の最低賃金932円を上回る単価1000円のものが、実に多い。マルクス主義は不毛の議論だが、彼の人間疎外論は生きているな、、

4.そうして建設業のX社だけ、浮かび上がった。仕事内容は次の5つだ。
①官公署への提出
②工事近隣挨拶
③電子マニュフェスト、紙マニュフェストの管理
④委託契約書作成業務
⑤顧客管理

うーん、この求人票は産業廃棄物系の話だ、、
けれど、普通の目線では意味不明じゃないか?

ということは、、これって、おれだけに向けた案内だな(笑)、と妙にうなづいてしまった。何というタイミングの良さか、あの予感は正しかったのだ。

5.さっそく、紹介状を出してもらうために、相談窓口にいき、X社の求人票をサイトウという担当者に渡すと、求人票をいろいろ分析してくれた。その単価は通常より割高で、求人票が女性を想定しているよりは男向けではないかとか、さまざまに、読み込んでくれた。去年12月に、ハローワークの紹介で女性が入っているから、やはり男の営業を求めている、と。卓見だった、ズバリ的中していたのだ。

18:30を過ぎていた。通常、ハローワーク担当者が先方に問い合わせをして、62歳でもいいか確認してくれるのだが、X社はもう営業を終了していた。そこで、明日の朝、わたしが直接、問い合わせてくれというご返事。わたしは了解した。

そして、昨日の朝9:05に電話した。社長の声は小さく、ききとりにくかったが、もしかして自閉症ぎみの2代目か、という印象だった。しかし「今日、18時に来てくれ」と、毅然と言われた。

わたしが62歳であることは言わなかった。見た目で行こうじゃないか、会ったときに告知すればいい、そこで午後から履歴書の作成にかかった。履歴書の用紙はハローワークからもらえ、コンビニに買いに行かずに済むことは、飯田橋マターのときに知ったので、池袋ハローワークでも貰うことに。日本のハローワークって、至れり尽くせりだな、と正直、思った次第。

6.履歴書は、賭けに出た。普通は禁じ手だが、本業を書き込むことにした。ただし、今は休業と書き、にげ道をつくったが、全くウソとも言えない。

18:05 面接をした。その小さな事務所に入って、社長を見たとき、電話の印象より、明らかに、良かった。40歳くらい、叩き上げの好青年だった。要望は一つ、「営業をして欲しいと、、」
面白いなこの面談は、、ひとまず、うなづいて、了解した。

話はまとまり、ひとまず、採用となり、23日金曜日、10:00に出社した。なかなか新鮮な一日であった。

ふたたびウォーキングをはじめた。

1.最近の体重は、69.0Kgと1年前より5Kg増えた。
スーツのズボンがキツい。これはショック。油断した。

2.油断のもとは、体重計の記録を、半年以上前から怠ってきたことにある、と見ている。記録をつけることで、深層意識に働きかけ、体重をコントロールするスイッチがはいる、、そんな気がするのだ。

3.そこで、おとといから、水を毎日、ペットボトル2リットルを、飲むことにした。他の飲料と併せれば、1日の摂取量は3リットル近いのではないか、、

4.乾癬治療法としても、水をできるだけ多くとることは、治癒を早める効果があるのではないか。3週間は試してみよう。

さまざまな断想

1.つらつら思うこと、、
正岡子規の「病牀六尺」を敷衍して、実は、私たち普通の人々の、日常生活においても、広がりと流れのある世界を持っている。それはTVやネットを見ることと同じではない。もっと内在的なものだ。

2.赤羽雄二「ゼロ秒思考」によると、、
その思考は「メモ書き」によって思考と感情の言語化をトレーニングすること。誰でも、どこでもできて、お金もほとんどかからないシンプルな方法だという。ま

具体的には、A4の紙に1件1ページで書く。ゆっくり時間をかけるのではなく、1ページを1分以内にさっと書く。毎日10ページ書き、フォルダに投げ込んで瞬時に整理する。それだけで、最も基本的な「考える力」を鍛えられる。

さぞかし、習得したら膨大なA4用紙の山になるのだろうが、そうすることで、深く考えることができるだけでなく、「ゼロ秒思考」と言える究極のレベルに近づける、、
のだと言う。

こりゃ、いわば「メモ道」だな、

メモの早書きを習慣化、それをすすめているわけだ。前に、ブログに取り上げた前野隆司さんの受動意識仮説に通底する。無意識を整える方法として、メモをとることをすすめていると見た。

3.かつて、大熊信行(1893〜1977)という経済学者がおられた。わたしが、はじめて大熊先生にお目にかかったのは1973年4月、、大学の入学式だった。壇上最前列に座られて、大学創立者の講演を聞いておられたのだが、手帳に書き込む姿をずっと続けられていて、他の教授陣とは明らかに雰囲気が違っていた。何を書いているのだろうと、不思議に思ったものだ。

もしかしたら、その姿も、ゼロ秒思考みたいなものだったのかもしれない。創立者の言葉を、聞き書きしている感じではなく、俳句か短歌か、書き連ねている感じがしたのだ。あの姿は虚心坦懐で、空に浮かぶ言葉を拾い上げていたのかも、、

しかしながら、あるとき、大熊先生はこんなことを学生たちに言われた、という。「君たちは創立者の偉大さに魅せられて入って来たのだろう、、だがね、本当の意味で、、その偉大さは、てんで、分かっちゃいないだろうな」と。

4.結局、ここで何が言いたいか、、諸法実相というか、虚空に浮かぶ言葉をつかみとり、それが内在することを確かめたい、、そう思うのだ。大腸がんの予後は、そういう作業をしていたのだ、と思う。健康になった今、経済的な、なりわいにおいて、今一度、それを確認したい、、あぁ全然、うまく言えてないな、、

5.先週金曜日に高田馬場で、久しぶり、仕事上の知り合い46歳のK氏に会った。20分ほど対話だったが、いろんな情報が見え、聞こえてきた。言葉にしてないこともわかってくる。彼が発するエネルギーはかつてより数段上回って感じられた。正直、うらやましかった。



検査データのこととモモ散歩

1.かつてC型肝炎だったお仲間、akioさんがブログで、ハーボニー著効率は98.7%である旨、エビデンスを紹介してくださった。あらためて、すごい事実だ、、真ことに、ハーボニーは革命的な薬に違いない、、と思った次第。

2.検査データで、コリンエステラーゼが直近の検査値では219と、国府台病院の基準値(240〜486)より約20低い。これまでも194〜220の間を行き来する値だった。
そこで一往、気に留めておきたいので、コリンエステラーゼについて以下に掲げておこう。

<健常時>
コリンエステラーゼとは、肝細胞でのみつくられる酵素で、血液中へ放出され、からだ中に存在しています。
神経伝達物質の一種を分解する働きをします。

<異常時>
低値の場合
何らかの異常で肝機能が低下すると、肝臓のコリンエステラーゼをつくる能力が低下するため数値が下がります。
肝硬変が進行すると減少します。
高値の場合
脂質代謝にも関連するため、栄養過多による脂肪肝などでは多くつくられ、数値が上がります。


3.前立腺炎などのチェックに、「血清PSA測定」があると知った。今度受診の時に、検査項目に入れてもらえるか?相談しよう。立花隆さんのように、加齢に伴うリスクの一つだと思うからだ。

4.コーギーのモモは、午前中から、ワタナベさんという方の自転車に乗り、光が丘公園に散歩に出かけた。わが家では、わたししか面倒をみていないので、疎外感があるかもしれない。それに、わたしの接し方は、正直、優しくはない。

ありがたく、ワタナベさんに散歩をお願いした。ただ、
13時近くにモモは帰ってきたが、だいぶ緊張したようで、公園に着いても動こうとしなかったようだ。たしかに目はショボンとしていたかも。モモは15歳4ヶ月になった。やっぱ歳をとったな、、

4.次女が「タノシイの、やりたい」と言ってきたので、14時すぎ、わたしの自転車のチャイルドシートに乗せ、ロケット公園とタコ公園に行った。すべり台はそれぞれ1回だけで、すぐ「カエル」と言い出した。タノシイ自転車に乗っていたいだけなのだ、とわかった。

楽しいチャイルドシート

今日で、丁度2歳6カ月になる次女は、わたしの自転車の後部に付けたチャイルドシートが「タノシイ」と言い、気に入ってくれた。昨日、東長崎のセオで購入し、取り付けてもらったのだ。

家内が仕事で電動アシスト自転車を使いだしたので、昨日までのひと月の間、ベービカーで登園していたのだが、15分近くかかり、いささか疲れてしまったのだ。これから夏になるし、暑さの中、それで登園するのはたまらない。

途中二匹のワンちゃんの所に立ち寄っても、5分で到着する。いやいや、当たり前だか、スムーズに登園できて楽だ。

そのチャイルドシートは1歳から大丈夫とあったし、長女のときは、1歳からわたしの自転車の後ろに乗せていたかもしれない、と思い出した。

次女が「楽しい」という言葉を使ったのは、はじめてかもしれない。新鮮に響いたのだ。日常の変化で、そう言ってくれるのは、なぜか嬉しい。こういうことで、よろこんでくれるなんて、ありがたいな、、

さまざまな予後と健康寿命

1.先週、子宮頚がん手術から3ヶ月たった人と会ったが、ストレスから解き放たれ、元気な印象を受けた。血液データを見せてもらった。肝機能はいずれも10台、血小板は30近く、白血球は4000近く、ステージ1a、、ラッキーだった。抗ガン剤はやらずに済んだ。転移はないとの医者の見立て。

ただ、HPVは消えていないことを本人が自覚しているかどうかは不明。それでも免疫力を保てば、このまま再発はなく、うまく、5年寛解に至るのではないか、、そんな気がした。

「朝暮に青天に訴う 除病の由 今日之を聞く
喜悦何事か 之に過ぎん」(1298
)

2.一方、すい臓ガンの、63歳の女性Mさんは、術後1年6ヶ月がたったが、メールによると、腫瘍マーカーが400くらいあると。術後残ったすい臓がん内に、がん細胞は再燃している可能性は高い。倦怠感があり、排泄、下痢に悩まれているようだった。倦怠感は、長いC型肝炎の体験から、程度の差はあるにせよ、想像できる。たぶん、今月から抗ガン剤アブラキサンを始めている、だろう。副作用は侮れない。来年1月の仕事を、きっちりやり遂げてたいと言われていたが、、

2-1.Mさんとはお会いしてなく、メールだけだが、どう寄り添う言葉をおくったらよいか、、わたしのガン体験とは深刻度合いが違う、、今、思い浮かぶのは柱は二つだ。
①統計値、エビデンスではなく、個人のナラティブ、物語を軸にしよう。
②人生の砂時計で、最後の一粒を寿命ではなく、健康寿命として、そこから逆算する考え方を話そう。
③医学という科学を超えて、スピリチャルや宗教など、いま一度、何でもありで、見つめなおすことをすすめよう。

これからも、Mさんにひと月に1回はメールするつもりだから、そう決めた。

2-2.検索すると、
健康寿命とは、健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のことです。平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年の差があります。
男性は、平均寿命 80.21歳、健康寿命 71.19歳
その差 約9歳
女性は、平均寿命 86.61歳、健康寿命 74.21歳
その差 約13歳


Mさんは今年64歳なるので「健康寿命74歳まで、あと10年、サバイバルしましょう」と伝えた。

3.たまたま俳優、田村正和(1943.8.1生)の動画を見た。心臓の手術後で、一段と声が小さく、滑舌は悪く、痛々しい。
確実に健康寿命に近づいている感じがした。近いうちにオンエアされる眠狂四郎を最後に、、ご本人は引退を考えているのではないか、、

4.わたしの乾癬は、依然として、背中から臀部にかけて、発症している。背中の痒みは、あるが、すっかり乾癬を忘れている状態のときもある。引き続き軟膏をぬっていけば、ゆるやかに治癒していくのではないか、と楽観視している。


C型肝炎SVR1年後の経過観察

1.この半年のうちに、体重が68kgになっていて、5kgは増えた。だが、炭水化物ダイエットや一日一食とか、無理なことは、もうしない。贅肉が筋肉に変わるならば、痩せなくていい。痩せていると、縮みだすのがはやまるのではないか。

2.昨日、3ヶ月ぶり、市川の国府台病院に行った。保育園の送りとか、何だかんだで9:05に出て10:40到着。今迄ずっとエコーをやっていただいていた女性の是永先生はおられず、大澤先生という方だった。4月から代わったのだと。

村田先生もおられないし、あらためて、C型肝炎治療の歯車が回った感じがした。

今まで指摘されていた胆のうポリープは「今回は確認できない」と大澤先生はコメントされた。

すい臓がクリアに見えるらしいので、前回と同様に、エコーの前にミルク紅茶を飲んでいたが、それがかえって、胆のうを縮めることになり、よく見れなくなるようだ。次回は、何も飲まないようにして、検査に臨む。

エコーの結果は問題はなかった。フィブロスキャンは6程度、問題なし。

3.12時ころ、青木先生の診察。採血結果は、問題なし。「もともと、あなたは軽かったから」と言われた。そうだな、と思いつつ、かつての全身倦怠感を思い浮かべ、(あのダルさは決して軽くはなかったのに、)と、遠くを見つめる感じになった。次回は10月3日で、エコーはやらないで済む。コスパは、ありがたい。

アルブミン 4.7
AST 18
ALT 13
γGTP 13


このところ毎日 、青ラベルの金麦220mlを1缶飲んでいるのに、まぁ、何という正常値なのか、、少し驚く。

ハーボニーを飲み終えてから1年4ヶ月がたち、あらためて、わたしのC型肝炎はこれでひとまず、治癒した!と「安全宣言」しよう。

4.そこで、青木先生にこう尋ねた。
「C型肝炎患者がSVRになったあと、再び感染する割合は?」と。

すると、「かれこれ、肝臓専門医として15年やっているが、再発した症例は二人だけで、、二人とも」と言いながら、左腕に自分で注射する仕草をされた。

「その、、注射って、何ですか?」

「シャブ注、です。なので、普通の生活をされてる人は、まず、、再び感染することは、ないと思いますよ」と言われた。

こころ強いお言葉で、この日一番の収穫だった。

5.昼ごはんを初めて千葉商科大学の学食で食べた。床も天井も、ウッド調で洒落ていて、学生の皆さんは満足そうに見えた。1996年以降に生まれてきた人たちばかり、なんだか幼い感じがして、、当たり前か、わたしが老いているだけなのだから。

テーブルに置いていたKindleで正宗白鳥「入江のほとり」を、食べながら読み終えた。戦前の瀬戸内の家族、一人愚直に独学で英語の勉強する男の話だったが、尻切れトンボで終わり、だから何?という感じだった。小林秀雄は正宗白鳥をリスペクトしていた。

学食のメニューは、セットで450円のものと550円のものと二通りあったが、前者は終了してたので、後者を頼んだ。鳥肉系、美味しかった。次回も来よう。

6.千葉商科大学のキャンパスは思いのほか広いが、道路をはさんで、となりにそびえ立つ和洋女子大の学舎から見下ろされているのは、関係者でないものの、愉快な気がしない。

和洋女子大は、看護学部の設置を申請しているようだ。市川駅プラットフォームの広告看板で知った。看護師不足といわれている。需要がある看護学部の創設はブームかもしれない。

7.何気に、市川から飯田橋経由で有楽町線で帰った。ふと、飯田橋て寄り道したが、そこでもまた、いい情報が取れた。

自分に向けての断想
おもしろいもんだ、、うまく言い表せないが、、
何かいいことがあったら、そう感じたのなら、上げ潮と見切って、それに上乗せする行動をとること、一気呵成、これが人生のアヤというか、、一瞬の意思というか、紙一重の選択というか、人生の機微になる、というのが現実なのでは、、と思う。華厳経に「心はさながら、匠なる絵師の如く」とあるが、そんな大仰なものではなく、普通に起きる一瞬の意思が、、そういう心の連鎖が、人生なのだろう。常に、自分の心を、上中下、左中右、と吟味しよう。

6月16日追記、飯田橋マターは「お断り」の通知が来たが、、負け惜しみでなく、これでよいと、今、思っている。他の行動に向けて、思考の整理になったし、足がかり、踏み台になったからだ。


8.おととい、山口果林「安部公房とわたし」をパラパラ読みで、読了した。思い出したこと、1991年だった、前職にいた頃のことだが、山口果林さんが自宅マンションのリフォームした。そのときの、室内写真を見たことがあったのだ。モノトーンのような感じがした。安部公房のために、リフォームしたんだな、、

安部公房は前立腺がんで睾丸摘出していたが、心不全で亡くなられた。


ボロボロになるまでに着古した綿のシャツが、いま、穴があいた、、もう限界、捨てよう。

わが手もとに置く文庫100冊

年をとるにつれ、手もとにおいてすぐひっぱり出せ、何度も読み返す、、そうしたもっとも必要な文庫を、あらかじめ、きちんと整理して、一箇所に固めておくことが大事だなと、気づいた。それを回すことで、わたしの脳内革命(そんな名の本があったな)の下地をつくるのではと。あとはいらない究極の文庫100冊を以下に掲げておくことにした。徐々に書き込むつもり。

1.マルティン・ブーバー「我と汝・対話」(岩波文庫)
2.スピノザ「知性改善論」(岩波文庫)
3.デカルト「省察」(岩波文庫)
4.デカルト「方法叙説」(角川文庫)
5.日蓮「三世諸仏総勘文教相廃立」(聖教文庫)
6.キルケゴール「死に至る病」(岩波文庫)
7.白川静「孔子」
8.プラトン「ソクラテスの弁明」
9.ベルグソン「思想と動くもの」(岩波文庫)
10.群ようこ「都立桃耳高校」(新潮文庫)2冊
(あらためて10.は、群ようここと本名、木原ひろみさんが、主に1970から73年にかけて在籍していた鷺宮の生徒に対して、を意識した四半世紀ごしの、ユーミンの「卒業写真」ようなの物語なのだと気づいた次第、、2000年に万感の思いで、そう書き下ろしてくれた作家のギフトに、同級生の一人として、感謝している)

11.辻邦生「背教者ユリアヌス」(中公文庫)3冊
12.森敦「意味の変容」
13.堀田善衛「方丈記私記」
14.山本七平「小林秀雄の流儀」(新潮文庫)
15.井筒俊彦「意識と本質」(岩波文庫)
16.宮本輝「錦繍」(新潮文庫)
17.宮本輝「春の夢」(新潮文庫)
18.安部公房「砂の女」(新潮文庫)
19.内村鑑三「代表的日本人」(岩波文庫)
20.S・キング「刑務所のリタヘイワース」

100.「岩波文庫解説目録」 若いころの羅針盤だった。


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