わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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鳥みき忘年会

29日に「ミレニアム4」を読了した。ラーソンの遺稿の補筆ではなかった。著作権者と出版社の依頼のもと、ダヴィド・ラーゲルクランツが書き上げたものだった。リスベットが一段と屹立していて、かっこいい。ミレニアム4はハリウッド映画になるようだ。そらにミレニアム6まで構想はあるようだ。妹との対決もあるだろし、、楽しみだ。

きのう30日、19時に鳥みきで恒例の忘年会。パドルテニスの件で、典子さんの叱責あり、ごもっともと詫びた。右足の痛みで、ずっと参加を怠っていたからだ。

今年は長女を連れていかなかった。長女から断ってきた。正直、いない方が解放感があっていい。この二、三年がつまらなかったのも、そのせいかもしれなかった。

鈴木陽ちゃんが、ひさしぶりに来ていた。奥さんが親の介護で倒れてしまい、意識がないのだという。また克己の奥さんも、親の介護で岡山にいるらしい。私たちの世代は、親の介護でバタバタして、忙しい、とあらためて思った次第。

宮本家は、宮本さんはジョギングしていて不参加、奥さんと三男が、いた。三男も中二だという。長男は自動車学校に入社したと。月日はアッというまに、、流れるな、、


新宿御苑前の忘年会

28日、新宿御苑前のイタリアンRに、高校の同窓。9人が集まった。「君の名は。」のモデルになった店て、二階が吹き抜けになっていて。開放感がある店だった。川上と佐藤晴美さんが呼びかけ、奥村、テイ、西原さん、中村さん、松井さん、小田さん?、そして自分。2時間を超え、話し、飲み、食べた。卒業から44年は過ぎている。しだいに気分がフワフワしてきて、心地よい。卒業30周年で集まったときの気分も、フワッとした独特な感覚になった記憶がある。

浅沼という中退した人が話題になった。とんと忘れていた名前だが、不思議とわっと、面影がよみがえった。シンナーか何かをやり過ぎて、学校に警察が来て、浅沼は補導され、、退学した。それをみな覚えていて、テイは何かテレビドラマの少年を見ると、浅沼を思い出すと言っていた。45年前の出来事なのに、みんなの記憶に残っている不思議。

西原さんと話していて、突如、2年3組のとき、助けたことを思い出した。教室の後ろに席があり、わたしの隣に西原さんの席があった。授業が始まろうとしたとき、誰だか、わるい奴がいて、西原さんの椅子を後ろに引いたのだ。授業が始まり、全員が着席しようとして、そのままでは、尻もちをつくのは必至。当時は私服になっていて、女性はミニスカートのひとが多かった。とっさのことだったが、ヤバいと右手が出て、西原さんの背中を抑えたのだ。

タイミングが良かった、尻もちは免れたが、他の人の目線が気になり、焦って、とりつくろった。西原さんも、ドキンとした表情をして、少し、ほほえんだ。その出来事を、俯瞰した光景のように思い出したのだ。そのことを45年ぶりに、「覚えている?」とたずねたら、西原さんは覚えてくれていた、、あぁ、優しい子がいるなと思ったという。そのころだって、ふだんの自分は、優しくはなかったはずだが、、ささいな出来事を覚えている不思議。

基日出美さんの死は、ずいぶん前に聞いて知っていたが、肝がんだったと中村さんが話してくれた。いったんは。手術に成功したと連絡があったが、そのあと程なく亡くなったのだと。たぶんC型肝炎からの肝がんだろう。肝がんの8割方はC型肝炎からとわかっているからだ。

松井さんは、ある都立高校の家庭科教師をしていて、流山から世田谷の方まで、毎朝5時起きして、勤めていた。その高校を65歳まで働くようだ。立派だ。顔に自立する志が、現れていた。

二次会は、新宿三丁目の中で、どこも満席だったが、松井が探しあてた、その世界?の真ん中にある中華屋で、紹興酒とか、呑む。8人いて、8千円あまり、何という安さだ、店の人に礼をいった。。


追記、ふりかえると、高校の同級生同士で結婚したのは、分かっているだけで6組いた。堀口、内城、大岡、長谷川、猪狩、整形外科医の◯(名が出てこない)。群ようこ「桃耳高校」の物語の通り、恋愛結婚にいたる流れが、たしかに、あった。

生前の太宰治を知る人

引き続き、太宰治の心中のこと、

牟礼4丁目の玉川上水は、太宰治の遺体が発見された場所だった。入水した玉川上水は三鷹駅に近いところで、碑もあるようだ。近くには作家の山本有三の洋館がある。入水場所と洋館との距離は、200メートルくらいか?

そこから2キロちかく、太宰治は流されたのだ。入水と発見が同じ場所と思い込んでいた。当時の上水は水量も多く、流れの速い川だった、ようだ。

思い出した、太宰治は山本邸に、たびたび石を投げたらしい。文学界の大御所と芥川賞が欲しかった太宰治、、よっぽど癪だったのだろう。

さっき検索して知ったが、、
太宰治に会ったことがある西荻窪の安藤久蔵さんは、心筋梗塞で倒られたようだ。今、どうされておられるか気になる。ご存命なら今年105歳になる。

11月、西荻窪の薪能のときに、安藤さんのコーヒー店「アロマフレッシュ」に行こうとおもっていたが、寒くてパスしてしまったな、、

2年前の対話は、絶対に忘れない。

遠く、安藤久蔵さんの背中をみつめて歩むこと、、

肝臓友の会のこと。

1,髪を切りに行ったあと、太宰治が心中した三鷹市牟礼4丁目あたりの玉川上水に行ってみた。明星学園の高校の近くらしいが、碑のようなものはなかった。武蔵境の方ではないかとイメージしていたが、実際は、普通の家家が川沿いの道に面していて、記念碑など訝られるだろう、と感じた。

2,ある方が、肝臓友の会を退会される方が増えていて、会の運営がきびしくなっているとコメントをくださった。
「要は2点です。
その1.ウイルス排除、と喜んでばかりいないで肝炎友の会の 活動を支援すること。 
その2 世界でも最も優れた健康保険制度を守るために 不必要な医者通いをしないこと、の2点です。 」
と、

投げかけられた。新鮮に驚き、悩ましい気持ちになった。

3.わたしの場合、友の会には入らなかったせいもあり、支援する意識は希薄だったからだ。
ただ、友の会が主催する講演会に3回ほど、参加したことがある。とりわけ2015年7月の八橋先生の講演後の質疑は、誠に、ありがたかった。八橋先生の回答を聞き、治癒を確信したからだ。

4.講演会で、いつも感じたことがある。B型肝炎とC型肝炎は似て非なるもので、B型肝炎の話になると外国語を聞いているような気分になることだった。核ウィルスとレトロウィルスの違いなのだろうが、違和感は如何ともしがたかった。正直言って、B型肝炎は眼中になかったし、今も、さして関心はない。

5.支援の仕方に、賛助会員みたいな工夫があれば、いいかもしれない。また、友の会をNPO法人化して、国や都道府県から大幅な助成金を受けられるような働きかけがあっても、いいのではないか?、もうやっているのかもしれないが、、

6.想像だが、結核の患者会があったとしたら、歴史的に、その伸張と退縮があったと思う。
支援を継続される方々を賞賛したい。けれど、うまくいえないが、退会される方々をとやかくいうのはいかがなものか?、と思う。それぞれの置かれた状況が、たとえば新たな病とかが、立ち上がってくることもあるわけで、、と。

訃報、ジョージ・マイケルが、2016年12月25日午後、イングランド南部オックスフォードシャー州の自宅で死去した。死因は心不全。ベッドに横たわったまま亡くなっているのが見つかった、と。53歳没。本当に、きのうが「ラストクリスマス」になった。

追記、、今、件(クダン)の方が新たにコメントをくださった。
SVRを喜ぶだけでなく、その治療情報の恩に報いることは、人として大事だろうし、その方の仰られることは、ごもっともだと感じつつ、こう思う、、
大掛かりな組織にしても、一つの集まりにしても、加わるなり、離れるなりは、個々の選択の自由でないと、いけないと。目的が達成されたなら、あるいは目的と違えていたならば、やめていい。念頭にあるのは、友の会ではない、全く別の組織なのだが、、

わたしの、選択の自由へのこだわりは、
病気はマクロに基づくエビデンス志向ではなく、ミクロというか、パーソナルなナラティブ志向であるべきと考えることと通底している。

今、もっとも心配している「他者」は、膵臓がん予後のMさんのことであり、具体的なやりとりができる方だ。また、肝炎のお仲間では自然耐性が二つある女性がどうなったか、が気になっているだけで、いずれもリアルに、フェイストゥフェイスの人だ。マクロ的なC型肝炎の母集団を思い馳せることは、苦手なのだ。わたしは、リアルな立ち位置で、十分。。

カチ歩きの会報

11月13日に新宿から青梅まで43kmのカチ歩きの会報が届いた。参加者875人、完歩者785人と、雨天でもないのに参加者は減少傾向になっている。

86歳の男性が最高齢で、80歳だいのひとが9人おられた。その86歳の人は、わたしより1時間くらい前にゴールされていた。さらに、過去2回の会報を照らし合わせるると、ずっと参加されている感じががした。常連とみた、、90歳までやっていただけたら、励みになる。毎日、相当歩かれているに違いない。どんな方だろう。次回は、3月はパスして11月だろうが、参加者を注意深く見つめてみたい。

また、70歳だいのご夫婦が、毎回一緒にゴールしていることも分かった。

以上の3人は、探し出そう。そうだ、80歳以上と思わしき人がおられたら、了解のもと、写メを撮らせもらおう。

景色より人がおもしろい。

次女が吐いて、

1.いつものように8:55に保育園に到着し、一通りの準備をして、保育士にお願いした。恒例となった次女とハイタッチしたあと、すぐ笑顔でリオ君がタッチを求めて来た。このところ、いつも次女のお友だちがタッチを求めてくる。いつでも希望に応じよう。みんなの記憶にのこれば、幸甚。

2.ところが11時、家内から連絡があった。次女が吐いたのだ。ノロかロタか、ウィルス感染の症状、二度勢いよく吐いたようで、仕方ない、午後の予定をキャンセルして、11:45に、迎えに行った。次女は職員室で寝ていた。服は、保育園のものを着ていた。発熱、38度近くありそうだ。空気感染するし、大人がうつると相当キツイからと、マスクをもらった。が、PM2.5ならマスクをするが、このような場合、わたしはマスクの有効性を疑っている。なので、すぐにはずした。

3.家に着くと、気のせいかな?わたしも胃がやや痛みだした。ウィルスが体内に入った感じがした。さあ、ここからは、腸内フローラとの攻防になるな、、

4.昼、次女がゆで卵を食べたい、というので、食べさせると、、やはり、吐いてしまい、あらたなパジャマに着替えさせ、寝かせる。下痢はしていない。しばらく、空腹はガマンさせるしかない。17時前に家内が帰宅し、一安心。

ザバスを始めた

諸事雑感
1.今日から明治のプロテイン、ZAVASを飲み始めた。痩せたくない。筋肉をつけ、縮むのをできるだけ遅らせるのだ。

2.最後のワンルームMの売却ができそうだ。引渡と決済は1月末になる。これで、わたしの肝炎ナラティブは終焉となる。どんな繋がりがあるのか、、前に書いたのでくりかえしは書かない。不治の病い、業病に対する怒りがベースにあった。褒められるような動機ではない。

3.断想を。魔は、がんとおなじで、他者でなく自分の内部に自生する。また、鬼はいる。鬼はウィルスのように外部から入り、増殖を繰り返す。数年前に中国地方、島根県でおきた猟奇的殺人事件、未解決だったが、容疑者は自分の母親を巻き添えにして、交通事故死した。容疑者の写真を見て、顔はわるくない、、やっぱ、鬼はいるなと感じた次第。

3-1.今、「100分で名著」で中沢新一(1990年代の、不可解な宗教学者だったはずが、人類学?者を語っていて違和感あった。また、いとこと顔が似ていることに気づいた、、)がレヴィ=ストロースの「野生の思考」を取り上げている。呪術的思考を侮ってはならないと指摘していた。つまり、魔や鬼をイメージしていて、一向にかまわないと見切る。「野生の思考」にはこう書かれている。

「すなわち、呪術的思考や儀礼が厳格で厳密なのは、科学的現象の存在様式としての因果性の真実を無意識に把握していることのあらわれであり、したがって、因果性を認識しそれを尊重するより前に、包括的にそれに感づき、かつそれを演技しているのではないだろうか?そうなれば、呪術の儀礼や信仰はそのまま、やがて生まれ来たるべき科学に対する信頼の表現ということになるであろう。」

「それゆえ、呪術と科学を対立させるのでなく、この両者を認識の二様式として並置する方がよいだろう。」


4.高校の仲間から、28日に会わないかと誘いがあった。京都からこっちに来るひとがいる。そこでアベちゃんにラインしてみると、その日はディズニーに行くとのこと。残念、またの機会に。そういえば、30日は恒例の忘年会が、鳥みきである。ホントに、あっという間に1年が過ぎるな、、

5.YouTubeで、最後のスマスマを少し観たが、タモリの立ち居振る舞いは、見事だった。赤塚不二夫への勧進帳のような弔辞をよんだタモリを思い出させた。木村拓哉の顔は、明らかに精彩がなかった。今は耐え忍ぶしかない、そういう顔だった。たぶん、ドラマは大コケする感じがする。

ボブ・ディランの言葉

ボブ・ディランのノーベル文学賞、その受賞の言葉を、以下に載せておきたい。

皆さん、こんばんは。スウェーデン・アカデミーのメンバーとご来賓の皆さまにご挨拶申し上げます。

本日は出席できず残念に思います。しかし私の気持ちは皆さまと共にあり、この栄誉ある賞を受賞できることはとても光栄です。ノーベル文学賞が私に授与されることなど、夢にも思っていませんでした。私は幼い頃から、(ラドヤード)キップリング、(バーナード)ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、(アーネスト)ヘミングウェイなど素晴らしい作家の作品に触れ、夢中になってのめり込みました。いつも深い感銘を与えてくれる文学の巨匠の作品は、学校の授業で取り上げられ、世界中の図書室に並び、賞賛されています。それらの偉大な人々と共に私が名を連ねることは、言葉では言い表せないほど光栄なことです。

その文学の巨匠たちが自ら「ノーベル賞を受賞したい」と思っていたかどうかはわかりませんが、本や詩や脚本を書く人は誰でも、心のどこかでは密かな夢を抱いていると思います。それは心のとても深い所にあるため、自分自身でも気づかないかもしれません。

ノーベル文学賞を貰えるチャンスは誰にでもある、といっても、それは月面に降り立つぐらいのわずかな確率でしかないのです。実際、私が生まれた前後数年間は、ノーベル文学賞の対象者がいませんでした。私はとても貴重な人たちの仲間入りをすることができたと言えます。

ノーベル賞受賞の知らせを受けた時、私はツアーに出ている最中でした。そして暫くの間、私は状況をよく飲み込めませんでした。その時私の頭に浮かんだのは、偉大なる文学の巨匠ウィリアム・シェイクスピアでした。彼は自分自身のことを劇作家だと考え、「自分は文学作品を書いている」という意識はなかったはずです。彼の言葉は舞台上で表現するためのものでした。つまり読みものではなく語られるものです。彼がハムレットを執筆中は、「ふさわしい配役は? 舞台演出は? デンマークが舞台でよいのだろうか?」などさまざまな考えが頭に浮かんだと思います。もちろん、彼にはクリエイティヴなヴィジョンと大いなる志がまず念頭にあったのは間違いないでしょうが、同時に「資金は足りているか? スポンサーのためのよい席は用意できているか? (舞台で使う)人間の頭蓋骨はどこで手配しようか?」といったもっと現実的な問題も抱えていたと思います。それでも「自分のやっていることは文学か否か」という自問はシェイクスピアの中には微塵もなかったと言えるでしょう。

ティーンエイジャーで曲を書き始めた頃や、その後名前が売れ始めた頃でさえ、「自分の曲は喫茶店かバーで流れる程度のもので、あわよくばカーネギー・ホールやロンドン・パラディアムで演奏されるようになればいいな」、という程度の希望しか持っていませんでした。もしも私がもっと大胆な野望を抱いていたなら、「アルバムを制作して、ラジオでオンエアされるようになりたい」と思っていたでしょう。それが私の考えうる最も大きな栄誉でした。レコードを作ってラジオで自分の曲が流された時、それは大観衆の前に立ち、自分のやり始めたことを続けられるという夢に近づいた瞬間でした。

そうして私は自分のやり始めたことを、ここまで長きに渡って続けてきました。何枚ものレコードを作り、世界中で何千回ものコンサートを行いました。しかし何をするにしても常に中心にあるのは私の楽曲です。多種多様な文化の多くの人々の間で私の作品が生き続けていると思うと、感謝の気持ちでいっぱいです。

ぜひお伝えしておきたいことがあります。ミュージシャンとして私は5万人の前でプレイしたこともありますが、50人の前でプレイする方がもっと難しいのです。5万人の観衆はひとつの人格として扱うことができますが、50人の場合はそうはいきません。個々人が独立したアイデンティティを持ち、自分自身の世界を持ち、こちらの物事に向き合う態度や才能の高さ低さを見抜かれてしまうのです。ノーベル委員会が少人数で構成されている意義を、私はよく理解できます。

私もシェイクスピアのようにクリエイティヴな試みを追求しながらも、「この曲にはどのミュージシャンが合っているか? レコーディングはこのスタジオでいいのか? この曲はこのキーでいいのか?」などという、避けて通れぬ人生のあらゆる俗的な問題と向き合っています。400年経っても変わらないものはあるのです。

「私の楽曲は文学なのか?」と何度も自問しました。

この難題に時間をかけて取り組み、最終的に素晴らしい結論を導き出してくれたスウェーデン・アカデミーに本当に感謝しています。

ありがとうございました。

小説のヒロインが実在する感覚

1.実は、先週「ミレニアム」を3まで読了した。3シリーズとも、下巻に入ると一気に読んでしまう、読まされてしまう不思議な力がある。ジグソーパズルの終盤の、ピースがはまっていく感覚に近い。

あと、リスベット・サランデルが実在していて欲しい、、そうした思いにかられる。作者が急逝しまっていて、続編の4は、他の作家な補筆で出来上がった。図書館から借り、これから読むのだが、筆力がダウンしている印象は払拭できない。ピースがはまっていく感覚は期待できないだろう。

1-1.ミレニアム4の48ページに、こういうくだりが、
たぶん、あのまなざしのせいだろう。外側ではなく内側を見ているような、あのまなざし。たいていの人は微笑んで、この子はきっと内面がとても豊かなんだね、と言う。

2.小説の中の存在なのに、今、読者が世界中で何千万人もいて、その脳裏に印象深く刻まれた「現存在」は、バーチャルであっても、実在感が出てくるのではないか?

言葉が立っている人がいる。たとえば今、若松英輔さんの言葉は、私には、立って響いてくる。小林秀雄の講演会の言葉の力を彷彿させる。そこに、真剣がある。

また、ときおり有名無名を問わず、文章が立っている場に遭遇することもある。

そういう感じで、うまく言えないが、リスベット・サランデルは屹立している。せつない感じがして、いじらしい。

3,明日、わたしの次女は2歳になる。いい子に育っている。

4.さっき、姉から連絡があった。生まれてすぐ養子に出た妹の父親、つまり養父が97歳で亡くなった、というのだ。闘病で苦しむこともなく、朝方亡くなられたようだ。就学前の幼い頃、その養母(88歳)には、目黒あたりで会った記憶がおぼろげながら、あるが、養父は全く記憶にない。実の父親と友人関係で、当初、わたしが養子になる手はずだった、らしいのだが、母が猛反対したと聞き覚えている。

わたしの母も、じきに95歳になる、、今世の別れはそう遠くないと、こころに刻まないといけないな、、
それと妹の一人娘は、東大の理Ⅱの3年らしい。すごいな、、

5.父母の友人で、戦後のドサクサのなか、山手線内にある大学構内の片隅に、平屋の居所をかまえ、一家で生活していた人がいた。一等地の占有だ。遠い昔のある日、母と姉と私が偶然、その家族に遭遇し、家にうかがったことがあった。そのことを先週、突如想い浮かんだ。あの家族の名前が何というか、知りたくなった。母にたずねると、即答だった。今の首相の姓とヨミは同じだった。ただ、たぶんその漢字は違うだろうが、、

つれづれに、取り留めもない話になったが、、備忘のために書いた。

勇気をあらわす言葉

勇気に関する言葉をかかげておきたい

・ エネルギーのない所に功績は光らない。強さのない所に徳はなく、勇気のない所に栄光はない。
(ラテン・アメリカ解放の父シモン・ボリバル 『シモン・ボリバール』ホセ・ルイス・サルセド=バスタルド著 水野一監訳)

・ 崇高な精神によって立つ人が、畏縮(いしゅく)した弱者の立場に甘んじている限り、社会の悲惨を転換することはできない。だから、未来の人類のために打って出よ。(ペスタロッチ)

・ 非暴力は臆病をごまかす隠れみのではなく、勇者の最高の美徳である。非暴力を行うには、剣士よりはるかに大きな勇気がいる。(マハトマ・ガンジー)

・ 金を失うのは、人生の半分を失うことだ。しかし勇気を失うのは、人生のすべてを失うことだ。(ユダヤ人のことわざ)

・ 戦いは勇気なり。(中国の古典 『春秋左氏伝』)

・ なにごとも逃げてはいけない。敵に対しても、もしも、こちらが逃げれば、ますます激しく攻めてくるものだ。それと同じように、人生のさまざまな苦しみも、私たちが恐れおののいているのをみると、いい気になって、更にいじめてくる。しかし、強い心で立ち向かっていく人には、向こうのほうが逃げ出し、降伏するのである。だから、断じて強気でいかねばならない。
(フランスの思想家モンテーニュ 『エセー(随想録)』)

・ 小舟は揺れ 波に洗われ 海は逆巻く、
舟人行く手に迷い、帆はやぶれている
いま 楫(かじ)をとるのは誰か?勇気のあるのは誰か?
進み出でよ、たくましき若人(わこうど)よ、運命が叫んでいる
嵐はつよまる、されど舟は乗り越えねばならぬ、と
(バングラデシュの詩人カズィ・ノズルル・イスラーム)

・ 臆病な人間にとっては一切は不可能である。なぜなら、彼には一切が不可能に見えるからだ。
(イギリスの小説家ウォルター・スコット)

・ 不可能とは臆病者の言いわけなり。(ナポレオン)

・ 諸君には勇気がある
栄光は諸君のものだろう
(エクアドルの詩人ホセ・ホアキン・オルメド)

・ 勇気ある人々の財産は破壊しえても、勇気そのものは破壊できない。
(ビクトル・ユゴー 『海で働く人びと』山口三夫・篠原義近訳 潮文庫)

・ ともかく、あなたは屈服してはならない
忍び寄る恐怖の闇に
闇の暗い顔の前で、ドアを閉めよ
そして、あなたの心から追放するのだ
私は、私の勇気を萎(な)えさせない
そして、あなたの中、あなたの心の奥にある希望の灯を
過ぎる風に吹き消させはしない
あなたは、あなたが思っているよりも尊貴なのだ
あなたが感じているよりも、はるかに勇敢なのだ
あなたの中には、まだ発見されない力がある
やがてそれは勢いよく、命の上に、ほとばしるに違いない
(マハトマ・ガンジーの直弟子ラマチャンドラン博士)

・ 一つが切り抜けられたら、次には何でも切り抜けられるはずではないか。立ち止まって、恐怖と正面から対決する度(たび)に、人には力と勇気と自身がついてくる。そして、「この恐ろしいことが切り抜けられたのだから、次にどんなことが来ても大丈夫だ」と言えるようになる。
(アメリカのルーズベルト第32代大統領夫人エレノア・ルーズベルト女史 『生きる姿勢について―女性の愛と幸福を考える』佐藤佐智子・伊藤ゆり子訳 大和書房刊)

・ どこに行っても逃げて歩いていたなら、自信は失われるばかりである。
(前掲書)

・ 健康と健全たる勇気は
君が前進するかぎり
常に君とともにある
(ネパールの詩人ビクシュ)

・ あらゆることのなかで、ただ一つ
後悔しないことがある
この地上において、だれ一人として
それは“勇敢であった”ということだ
勇気は常に最高のものである
(アルゼンチンの文学者ボルヘス)

・ 勇気がなければ幸福は得られない。戦いなしには美徳はありえない。
(フランスの大思想家ルソー 『エミール』今野一雄訳 岩波書店)

・ われわれは真に勇気ある人間であったか?すなわち「敵に対抗する」勇気のほかに、必要な場合には「自己の仲間に対しても抵抗する」だけの勇気を持っていたか。「私利私欲に抵抗する」勇気だけでなく、「多数の圧迫に抵抗する」勇気を持っていたか!
(アメリカのケネディー大統領)

・ さあ、元気を出して行動に打って出よう
どのような運命にも立ち向かう勇気を持って。
いよいよ励み、いよいよ求め、
労苦し、時を待つことを学ぶのだ。
(アメリカの詩人ロングフェロー)

・ 恐怖は、マラリアや黒熱病(こくねつびょう)よりも恐ろしい病気である。マラリアや黒熱病は、体を蝕(むしば)む。しかし、恐怖は精神を蝕む。
(マハトマ・ガンジー)

・ 精神性の最大の要素は「恐れない心」である。
(マハトマ・ガンジー)

・ 太陽の輝きは
人間の勇気の中でかがやく―
陽の光はこの世のすべての闇を追い払う
(ドイツの詩人タゴール 『春の先がけ』森本達雄訳)

・ 臆病者は数の力を喜ぶ。しかし、勇敢なる精神をもつ者は、一人戦うことを誇りとする。
(マハトマ・ガンジー)

・ 力強い勇気は、万人の心を打つ。
(古代ローマの哲学者セネカ)

・ 勇気は恐怖より、はるかに爽快である。
(アメリカのルーズベルト第32代大統領夫人エレノア・ルーズベルト女史)

・ 強さと勇気が、人生に前進をもたらす。(フィリピンの格言)

・ 戦いの決着は戦う者の戦意できまり、
勇者のみが勝利を収めることになる
(イギリスの詩人ドライデン 『世界名詩集大成』イギリス篇 加納秀夫訳 平凡社)

・ 剛毅―ライオンは恐怖を知らぬ。いな、奮然群がる狩人(かりうど)に反撃して激戦を挑む。
(ダ・ヴィンチ 『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』杉浦明平訳 岩波文庫)

・ 幸福を得るには、あらゆに人間の性質の中で、勇気が最も必要である。
(スイスの思想家ヒルティ 『幸福論(第一部)』岩波文庫)

・ われわれが恐れなければならないただひとつのことは、恐怖それ自体だ。
(アメリカ第32代大統領フランクリン・ルーズベルト(演説))

・ 勇気こそ逆境における光である。
(フランス ヴォーヴナルグ)

・ もし勇気、汝より去らば、すべてのものは汝より去る。
(ゲーテ)

・ 勇気のあるところに希望あり。(ローマの歴史家タキトゥス)

・ 勇気を修養するものは、進む方の勇気ばかりでなく、退いて守る力の沈勇もまたこれを養うよう心掛けねばならぬ。両者がそろって真の勇気が成る。(新渡戸稲造)

・ 人生に対して惰性になるのは臆病である。
(アルゼンチンの思想家・医学者ホセ・インヘニエロス)

・ つねに恐れつつ進まぬ者は、数々の侮辱(ぶじょく)にあい、しばしば悔いることになる。
(レオナルド・ダ・ヴィンチ 『レオナルド・ダ・ヴィンチ』セルジュ・ブランリ著 五十嵐見鳥訳 平凡社)

・ 臆病者は残酷である。
(イギリスの詩人、劇作家ジョン・ゲイ)

・ 臆病はざんこく性の母である。
(フランスの思想家モンテーニュ 『エセー(随想録)』)

・ すべての残忍性は臆病から生まれる。
(古代ローマの哲学者セネカ)

・ 自殺は、このうえなき臆病の結果である。
(イギリスのジャーナリスト、作家ダニエル・デフォー 『投機論』)

・ 死のうとすることよりも、生きようとすることのほうが、たいていは、ずっと勇気を必要とする試みなのである。
(イタリアの劇作家アルフィエリ)

・ 死ぬよりも苦しむほうが勇気を必要とする。
(ナポレオン)

・ 自殺するのは卑怯である。
(ナポレオン)

肝臓病教室の素描

先週の土曜日、国府台病院の肝臓病教室に行った。参加者は60人弱だった。後半の講師は溝上先生がなされることから、昨年9月のように、同じ教室は満席になっていてもおかしくないなと思っていたが、あにはからんや、今回は席に十分ゆとりがあった。

ハーボニー治療がはじまって1年4ヶ月がすぎ、ウィルスが消えた方々は、もうすっかり安心されてしまい、フォローアップの意識が薄らいでいるのかもしれない。けれど、本当は、ここからが大事になるのではないか。

全体レビューはどなたか書いてくださるだろうから、、私にとって収穫となった情報を2つ。

1.ウィルスが消えた人は、食べ物の鉄制限は中止して、普通の人々と同じ食生活でよい。

2..M2BPGiの数値が1.0以下の人は、5年以内に肝がんになるリスクはほとんどない、ということ。

早速、家に戻ると、検査表を見てみた。私の数値は直近が0.60であり、治療中の最高値でも0.80にとどまっていた。

ひとまず、肝がんのリスクは遠のいたと、見切ることにしよう。ただし半年の定期健診は怠らずにやろう。少なくとも65歳までは。とりわけ、すい臓と胆管に注意したい。「試してガッテン」でやっていたが、エコーの前に、市販のミルクティーを飲むと、すい臓の画像が鮮明になるようだ。1月、エコーを診ていただいている是永先生に相談してみよう。

溝上先生は、サウジアラビアからの帰国直後でお疲れのご様子、お酒が飲める国ではないのでお辛かったに違いない。講講演が終わるとすぐ退出されてしまい、、個人面談は村田先生が引き受けられておられた。

ひとこと、溝上先生に、SVRのお礼申し上げたかったが、それはまたの機会となった。。

帰りしな、お仲間の、造船スペシャリストのHさんの言葉が響いた。
「去年2月、品川で川西先生の講演会で、みんさんと知りあっていなかったなら、
このようにウィルスが消えることがなっかただろう」と言われたのだ。

わたしも、、全くそのとおり、と感じた次第。あの品川の出会いは、一つの大きな縁起だった。

その日お仲間の有志は屋形船の宴に向かわれたが、わたしは94歳の母親のもとへ。途中お茶の水で、毎年お決まりの日本能率協会№C229の卓上カレンダーと、初めての生産性出版№527「B6月間ブロック薄型・日曜始まり」手帳を買った。わたしの場合、手帳はB6サイズが一番馴染むようだ。

三重に読む「一心欲見仏」

今日は12月18日だが、10日前に遡り、書き留めておきたいことがある。

それは、必ずある、信じていた文章との邂逅である。

2013年の春から3カ月、日蓮の遺文である御書を集中して、音読した。60兆細胞を揺り動かす闘病のカタチとして、分からなくてもいいから声を出して読む、と決めた。

御書後半。弟子一門に対するお手紙等は、ほぼ読了した。そうして分かったこととして、

1,釈迦が説いたとされる経文を基本書とされている。
2.歴史的な叙事の引用、比喩が多いこと、ら
3,日蓮は16歳のときに、虚空蔵菩薩に祈っている最中、突如として悟りを得ていて、それを検証するために一切経を習学したこと。
4.四箇の格言は同時に主張ではなく、まず念仏を一凶として断じたこと。
5.お手紙ごと、一期一会で、伝わるように書かれていること。
6.支配階級の武士だけでなく、その女房宛に多く書かれていること。
7.弟子には、農民もいたこと。おそらくは日本全体で僧俗合わせ、最大千人以上の一門になったのではないか?

まだ、あるが、都度書き込むことにする。
そうして、マイ御書を発見したのだ。それは清澄寺の兄弟子であった義浄坊に宛てた手紙だ。義浄坊御書という。1頁に過ぎないので、掲げることにしよう。

カテキンと口内フローラ

2014年に直腸がん手術された、52歳?東京の男性のブログを、ひさびさ、訪問した。肛門に近いがんだったのだろう、排便に苦労されているようだ。がんが肛門から何センチ離れているかで、予後の生活の質の差に、相当の違いが出て来る。

6年前の直腸がんは肛門から7cmだったわけで、わたしは幸運だったのだ。今、排便はスムーズにいっている。感謝。

口から肛門まで、ひとはミミズとかわらない「一本の管」だと聴いた記憶がある。

なので、先週「ガッテン」で、腸内フローラではなく、「口内フローラ」を取り上げたとき、さもありなんと納得した。そして悪玉と善玉の割合が1:9が望ましいようだ。志の輔さんが善玉が10だとバランスが悪いらしい。「だれが善玉か悪玉か、わからなくなってしまう」と、、何気に、深い。

悪玉菌は、むし歯菌と歯周病菌が主な菌だと言われた。

そうして、歯周病菌を退治するには緑茶、カテキンでうがいするのがよい、と。これが今回のキモだった。

実は、カテキン粉末茶を常用している。カテキン茶でブクブクを、ときよりやってしまうことがある。長女に見つかると、いつも咎められてしまっていた。けれど、それで良かったんじゃん、、

それから夜の歯磨きのあと、カテキン茶ぶくぶくを意識してやってみた。その3日後、半年おきの歯科検診、メンテナンスで、歯科衛生士から前回より歯垢は少ない、と言われた。

引き続き、カテキンぶくぶくをやって行くことにしよう。

ベンズアルデヒドのこと

今、長女はハリーポッターを読むことに夢中だ。学校の図書室から借り、二冊目を読んでいる。長編ものを読むこと、ページの閾値を超えて、造作ない感覚になれば、一つの壁を超えることになる、だろう。

さて、京都の開業医、存命なら80歳だいの岡崎公彦さんが書いた「がんの特効薬は発見済みだ!」(たま出版 2011)を図書館から借りて20分で読了した。1000円は高い、買う必要はない。55頁なのにハードカバー、発行者は北野武さんの番組で有名になった韮澤潤一郎氏だ。眉唾ものとみなして読んでみたが、、

1.がんの特効薬とはベンズアルデヒドである。

2.ベンズアルデヒドは、ベンゼン核にアルデヒド基が付く構造である。

3.酵素の基質受容体がチロシンと誤認してベンズアルデヒドを受容するので、本来の基質であるチロシンが基質受容体に付着できなくなり、酵素活性が低下し、発がんプロセスが停止する、というメカニズム。

4.ベンズアルデヒドは生のアーモンドに少量含まれる。30から50個を毎日食べれば、初期のがんは治る。

5.三共製薬のビオタミン、東和薬品のビオトーワは、分子構造の中にベンゾイル基を含み、内服すると消化液で加水分解を受け、ベンゾイル基が遊離して吸収され、制ガン作用を発揮する。どのような種類のがんにも有効。

6.エドガー ケーシーがアーモンドを食べるようにリーディングしていたこと。

7.ゆで卵を1日20コ食べるとよい。
(ポール ニューマンの映画「暴力脱獄」のような話だな)

という内容になる。最後のゆで卵は、三石巌博士は1日5コ食べなさいと言われていたことを思い出した。考え方は同じなのだろう。

この本から学ぶことは、アーモンドとゆで卵を意識して食べることかな、、たまたまだが、それはやっていた。

それにしても、アルデヒドと聞くと、ホルムアルデヒドとアセトアルデヒドが思いうかび、果たしてがんに効く薬なのか?と疑いたくなる。

また、

2012年にすい臓がんで亡くなった広島の男性も、ブログでベンズアルデヒドを取り上げておられていたことを、検索してわかった。手術ができない方だったので、懸命に治療法を模索しておられたことを、あらためて知った次第。

天皇退位と四権分立

1.毎週金曜の昼間にやっているアンパンマンを録画し、次女がすっかりはまり、見ている。
そこで、先週の2題、ロールケーキちゃん、アンコラ・コアンコラは10年前にも、長女といっしょに見た記憶があった。やっぱり再放送しているんだな、と思い、長女に「覚えてる?」とたずねると、「全然覚えていない」と返してきた。本人はとっくに忘れ、つきあって見ていただけのわたしの方が覚えているとは、、なんだか悲しい感じがした。

2.平成天皇が退位をおもとめになられているが、、どうやら審議は賛成反対に二分されているようだ。審議する側の資質もなんだか心もとない。みなさん自説に頑ななようだが、天皇機関説を説いた美濃部達吉のような、命がけの学者は、もはや、いない感じがする。

3.素朴に、天皇制は象徴の名のもと、モンテスキューの三権分立とはレベルが違うが、強制力を伴わないというか、力を根こそぎ奪ってしまった祭祀、祈りを核とした4つ目の国家権力なのではないか?と思う。

3-1.九条も大事だろうが、むしろ象徴天皇制こそ、人権条項を加えた憲法を再考すべきだし、近代法と二千年スパンの伝統的な日本法?をうまく折衷して、、四権分立を明確にした方がいいのては?と思うのだ。殿上人だからといって、逆に、基本的人権が不十分な象徴天皇制は、制度疲労に陥っている。100年後、皇位継承する方はおられなくなる、、かもしれない。

4.30年におよぶ平成天皇の終身のお働きは、その心労たるや、、想像だにできない大変なものにちがいない。8月、前代未聞の抑制のきいた悲鳴のビデオ、そのお言葉を宣明する前に、学習院の幼なじみに電話で相談されていた、とラジオで聴いた。国民によりそうことを自らかされた今上天皇にとって、侍従や宮内庁(内閣府の所管)以外にも、きちんとお気持ちを受けとめる三権の長がいない、基本的人権にかかわる意思伝達の「パイプがない」という仕組みは、人間社会の制度として、いかがなものか、、国民は天皇に甘える仕組みから少し切り替えないといけないと思う。また、皇族の裾野を拡げることも、ありではないか、、

5.右翼のような国体思想でもなく、左翼のような天皇制否定でもなく、中道の国家観が醸成されること、それが望ましい。「のような」とか「みたいな」とか所詮、底の浅い、雑駁な話しかできない。が、平成天皇にご納得いただける制度になることを、、心から願う次第。

ちなみに、巨大な中国には、こうした日本の天皇制は、マネしたくてもできない羨望にちがいない。。


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