折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2016年08月
ARCHIVE ≫ 2016年08月
      

≪ 前月 |  2016年08月  | 翌月 ≫

東口高志著:「がん」では死なない「がん患者」

1.副題の「栄養障害が、寿命を縮める」が、この本の結論といえる。全くその通りだ。2015年に肝硬変で亡くなった叔父は、明らかに栄養障害だった。それも亡くなるまでの10年間で、相当障害が進行していた、と思う。もっと前に会っていたら、と申し訳なく、、思う。

2.がんは代謝異常の病気である。まず、糖の代謝を異常にする。ブドウ糖に対応する酵素の働きを狂わせてしまう。

3.脂質代謝の異常は、がん細胞が放出するサイトカインやLMF(脂質動員因子)によって、脂肪細胞から血液の中に脂肪が溶け出す。ところが、がんが放出するサイトカインの影響で、血中脂質をうまく代謝できなくなる。そのため、がんが進行すると、高脂血症になる。そうして、がん患者は筋肉が減り、体脂肪も減って、あっと言う間に痩せる。

4.がんとともにであっても、必要な栄養を補給できれば、いきいきと生きることができる。本当の終末期になると、私たちの身体は、栄養を受け付けなくなる。

森林公園でプロティノスを

1.台風が関東を上陸するなか、東上線の奥、森林公園のホテルへ。長女がそこのプールが気に行っていたからだが、この暴風雨に、ゲンナリ。家内の不機嫌はとてつもなく、、そういえば、このひとは旅行となるといつもそうなるな、、と思いおこすことしきり。14歳の老犬は隣家に預かっていただいたが、来年は老犬を連れて、どこか別のところに行こう。

2.ホテルには無事到着した。まずは最上階の風呂へ。ただその風呂は温泉ではない。夕食後に、本館から3分?離れた温泉施設へ。昨年来て、そこの風呂が気に入っていたのだ。

3.台風到来で、誰もいない。温泉につかりながら、井筒俊彦著「プロティノス神秘哲学」を読んだ。面白い、、本のコピーで20頁ほどだったが、どんどん読めてしまう。井筒さんの文体が、感覚的に合う。井筒さんは1993年に亡くなられたようだ。晩年は、私たち一般人に対する講演とかはされなかったようだ。声を聞きたかったな、、

4.しかし、さっき調べると、最近出た井筒俊彦全集の9巻にCDが付いていることが分かった。具体は不明だが、新宿区の図書館にあったので、予約した。古い落語家のような小林秀雄の声もそうだが、その人の声を聴けば、読みとは違う何かが、立ち上がってきて、得られるものがあるだろう。

5.井筒俊彦さんは、南方熊楠と同じように、異能の人だ。ブログにこんなのがあった。
「19歳の時、井筒は日本で英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語などで、日本の誰よりも寸分たがわず、迷いなく、完璧に読解することができた。20歳では、アラビア語の通訳として、サウジアラビアのお姫様に随行した。外務省に、井筒ほどアラビア語を含む、中東の語学を全部、完全にマスターしている職員はいなかった。20歳の井筒には、10か国語くらい、完全にネイティブのインテリレベルになるのは、いとも簡単で、井筒が晩年、いくつくらい、自由自在ですかと問われ、忘れたものもあるので、30前後でしょう。自分でもわかりません。と答えた。井筒が学習しなかったのは、インドのマイナー言語、それと、アフリカの言語の一部で、理由は読むべき文献がないからで、ほかにやることが山ほどあったからだ。
井筒は、ロシア語の講座のない慶応文学部で、ロシア文学の助手として採用された。『ロシア的人間』は井筒が24歳で、1週間くらいで書いた、本人にはレポートみたいなものだが、井筒が主なロシア文学を全部、原書で読み、その解説書まで読んでいることがわかる。この本を超える、ロシア文学の研究はまだ誰も日本人が書いていない。
普通の人間は、ロシア語習得して10人以上の全集を読むのに20年以上の歳月がかかる。しかし、井筒は、2か月で文法から学習し、2週間後には自由に読めるようになり、3週間語には、日本語と同じ速さで読めるようになり、トルストイの全集を2日、ドストエフスキーの全集を3日で、読み、チェーホフなら半日で全部読んでいた。ロシアのインテリでもこの速度では読めない。例外はトルストイくらいだろう。
同じようにして、2-3か月で、フランス文学、ドイツ文学、イタリア文学などを読破し、合計しても1年程度なので、文学はそれ以降、読むものがなくなり、ヘブライ語で旧約聖書、ギリシャ語で新約聖書、そして、ラテン語で神学に関する本や哲学書を読破し、30歳の頃には、地球上の古典は全部読破し、イスラムにはまっていった。中東の語学は、井筒でも、習得に本の少し負荷があったので、読み応えがあった。その他の言語は、簡単すぎて、漫画と変わらないと思って、何が専門なのか、わからないようになった。ただ、イスラムは井筒でないと、正確に訳せないので、コーランなどは丁寧に訳した。イスラム圏の主要な本はほとんど井筒が訳しているが、それは、井筒しか、わざわざ日本語にする、またできる人がいなかったからだ。イスラム研究者は、井筒のイスラム思想史にいくつかの異論や解釈の間違いがあるという。しかし、井筒以外に、イスラムの思想史を書ける人物がおらず、その本が今も入門書、必読の書らしい。3つか4つの解釈の異論は、ないほうがおかしい。なければ、それは人間ではないからだ。井筒は思想史の本を30歳代で書いている。イスラム研究者は、一生かけてもその3分の1も読めないとコメントしている。井筒は2-3年で読破し、翻訳もしたが、思想史もついでに書いた。初学者向けに。井筒が日本語で論文を書く意味は、晩年の『意味と本質』くらいだろう。」
「神秘哲学」は日本語で書いているから『意味と本質』だけではないので、厳密ではないが、概ね、その通りだろう。井筒俊彦さんは、哲学も思想も文学も、すべて原書を読んでいった稀有の人なのだ。司馬遼太郎は、

6.キーワードは「共時的構造化」である。井筒俊彦さんはこう言う。「日本語によって存在を秩序付け、日本語特有の意味分析の網目を通して物事を考え、物事を感受し、日本語的意味形象の構成する世界を「現実」としてそこに生きる我々は、、日本人の実存そのもののなかに、意識の表層と深層とを二つの軸として、、西洋と東洋とが微妙な形で混交し融合しているということだ。」

7.さて「プロティノス神秘哲学」は以下の点が、腹に落ちた。

ベルグソン「時間と自由」

ベルグソン「時間と自由」(岩波文庫、中村文郎訳)の、P20にこうある。

ひとたび深い情念に取り憑かれると、同じ対象がもはや同じ印象を生まなくなる。

すべての感覚、すべての観念が新鮮さを帯びて現れる。まるで子どもにかえったかのようだ。このようにして諸君は自分の情念の新しさに気づくのではないか。

私たちもこれに類したことをある種夢のなかで体験する。

そこで大したことが起こっているわけではないが、それでもかつて聞いたことのない音が夢を通じて聞こえてくるのだ。このため、意識の深いところへ降りていけばいくほど、心的諸事実を事物の並列として扱うわけにいかないのである。

或る対象が心の大きな部分を占めているとか、否、全部を占めているとか言われるが、

そういう言い方で理解しておかなくてはならないのは、そのイメージが無数の知覚や思い出のニュアンスを変形してしまったということ、その意味ではそのイメージはそれとは認められないが、知覚や思い出のなかに浸透してしまっているのだ、というだけである。


1.夢のなかで、音楽が流れることは、わたしの場合も、たまにある。目覚めたあとに、メロディを思い出そうするが、、思い出せない。でも、世の中に、無い感じがしたし、美しい曲だった。となると、自分が作曲したのか?と、不思議な気分になる、、上記のベルグソンの文章から、このことを思い出した。

2.直腸がん手術直後の、2010年5月27日の1時ころ、熱と痛みのせいか、幽体離脱こそしなかったが、一種の変性状態にあった。閉塞感があったし、いつもの自分ではなかった。自分の身体を、もう一段下から見ているというか、感じている自分がいた。幸せな気分ではなく、むしろ寒々しかった。これが俺の基底の感覚なのか、、と思ったのだ。と同時に、この知覚から、始めないといけない、、と。

次女の発語

1歳8ヶ月になる次女の語彙を以下に。
・パァー パンでもあり、オッパイでもあり、わたしへの呼びかけでもあり、語尾が微妙に変化する。

・バイバイ 右手を挙げて、手のひらを見せて、
・シュッパーツ 出発のこと NHKのワンワンの影響
・ももちゃん 飼い犬に呼びかける
・センセィ お気に入り保育士の先生に
・スイカ 西瓜のこと
・イチゴ イチゴが大好きで、軽くシコを踏むように踊りだす

11年ぶりに

1.午後、三鷹まで自転車で行こうと思ったが、この暑さでは無理だなと、大江戸線と中央線にした。2014年の6月から11月まで、20回くらい自転車で行き来したが、還暦人間がよく通ったものだ。とりわけ8月はバテたな、そのことを思い出した。

2.三鷹で髪を切る。かれこれ30年近く、そこで切っている。髪を切って、ヘナをして、顔のマッサージをしてもらう。落ち着いた気分になれ、よく眠れ、疲れがとれるのだ。時間は100分くらい。今は、2ヶ月に1回しか、行かないが。

3.一番奥のイスにつくと、隣に福田シンイチさんがいた。おぉ、奇遇だ、11年ぶりに会った。前職の、10歳下の同僚だ。わたしがその店を紹介したら、すっかり、常連になっていた。わざわざ千葉の鎌ケ谷から三鷹に来るのだ。

3-1.その会社は、勤続20年すると、休暇と金一封を与える。福田さんはその休暇でタイに行き、お土産に、カランダッシュの黄色のボールペンを呉れた。不思議となくならず、今も使っている。

3-2.店長から、福田さんは毎回疲れきって爆睡していると聞いていたが、ハナ肇のような容姿は、思ったより元気そうで、嬉しかった。

4.わたしが、前職の会社に居続けていたら、大腸がんの悪化して、還暦まで生きてなかっただろう。リストラで、早期退職したから、今がある。

5.店を出ると、いつも啓文堂による。岩波文庫でベルグソン「物質と記憶」を、熊野純彦さんが新訳されていた。ドイツ語だけでなく、フランス語もできるのか、、さすが栄光学園を出た東大教授だな、、人は、高校で、決まる。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

ブログのタイトルを変えた

当面、私から、がんは遠ざかったと確信した。なので、「がんパラダイムシフト」はやめて、「レジリエンス日記、逆境に立ち向かう力」に変えた。その方が、今の自分にしっくり来るからだ。

レジリエンス(resilience)とは、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などとも訳される心理学用語である。心理学、精神医学の分野では訳語を用いず、そのままレジリエンスと使うことが多い。「脆弱性 (vulnerability) 」の反対の概念であり、自発的治癒力の意味である。

さらに、レジリエンスには、思考の柔軟性が必要な事が分かってきた。つまり、厳しい状況でもネガティブな面だけではなくポジティブな面を見いだす事ができる人が、逆境を乗り越える事ができる。また、レジリエンスには、状況に一喜一憂しない感情をコントロールする力や、自分の力を過小評価しない自尊感情が大きく関係する事が分かってきた。
一方、挑戦を諦めなかった人たちからも、一定の傾向が明らかになった。課題の失敗を繰り返す中でも、少しずつ成長していると感じている人や、いつかできるだろうという気持ちを持つ人が多くいた。自分が成長前進していると感じる事ができる、自己効力感という要素。そして失敗の中でもいつかできると考える楽観性も、レジリエンスには重要な要素である事が分かってた、、
とあった。

2.レジリエンスという言葉は、渡辺謙さんと山中伸弥さんとの対談番組で知った。アメリカでは、よく使われているらしいが、あてはまる日本語はないと、お二人は話していた。白血病という大病を克服し、さらにハリウッド進出とジャンプアップされて行った渡辺謙さんの生き方をみて、レジリエンスが高いと山中先生は評されていたのだ。その通りだ

3.その言葉は妙に引っかかった。なんとなく、、逆境の中で折れない、弓のような、しなやかな心みたいなイメージがある。

ともあれ、大腸がんとC型肝炎を克服した自分にも、多少、レジリエンスの力はあると思うが、さらに、その逆境力を高めていきたい。

今月中に、ブログ村のカテゴリーは肝炎から退場して、ただの日記のカテゴリーに、変えたいと思う。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

インターフェロンの有意性と肝炎治療戦略会議

1.先日の川西先生の講演会で、わたしのようにインターフェロン投与歴が有るものと、インターフェロンフリー薬を投与する方々と、発がん性に違いがあるかどうか、先生にお尋ねしたが、、

尋ねていて、意味ないなと感じつつだったが、、

先生は、インターフェロン投与に一定の発がんリスクを予防する効用をお認めになっていた、と記憶する。武蔵野赤十字病院の泉先生に診ていただいたときに、同じような発がん予防効果がインターフェロンにある話をしていただいたことをにわかに思い出しだした。

2.ではインターフェロンフリー薬だけだと、がんリスクが高いかというと、なんとも未知数みたいなお応えだった、と思う。そりゃそうだな、、インターフェロンフリー薬もさらに進展するだろうし、、

3.今月、第17回肝炎治療戦略会議が開催される。
1.日時 平成28年8月22日(月)10:00~12:00
2.場所 航空会館201会議室(東京都港区新橋1-18-1)
3.議題(予定) (1)「肝炎研究10カ年戦略」の中間見直しについて (2)その他


第16回からは国府台病院の考藤先生が委員として入られていた。議事録をさらっと眺めていて、共通の感性をもたれた方々の会議だなと、感じた。それにひきかえ、第15回のK委員の言動は、大人気なく、さらに中座するとは、傍若無人な立ち居振る舞い、しかも議事録に明記はない、、いかがなものか、だった。どなたか、スズを付けた方がいい。

4.昨年8月の終わり、ハーボニーの動向が知りたく、第15回肝炎治療戦略会議を傍聴しようと、残暑のさなか都市センターホールまで、足を運んだのだ。そのことが、やや遠い出来事に感じられる。懐かしい。

5.バンバンさんのブログにこうあった。

「そろそろ、ハーボニーを含めて注意しなければならない有害事象事案が出揃ってきた感があります。先日患者会の方に聞いた所、4月末時点でハーボニーで治療している方が5万人を超えたそうです。4月から薬価も下がったことからこれからも順調に治療数が増えてくると思われます(良かったな)。」

5万人か、、その5万人の中の1人がわたしなんだな、、、まだまだ、これからもっと増えることだろう。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

天皇陛下のお言葉

天皇陛下「象徴の務め難しくなる」
その、お言葉全文を、繰り返し読むために、以下に載せておきたい。

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。

私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉(しゅうえん)に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2カ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることはできないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。

川西先生と大団円の宴

1.昨日は、品川で行われた川西先生の講演会に参加した。昨年の2月に行われて以来、1年半ぶりの講演会になる。場所に迷い、遅れてしまった。小さな会議室で、参加者は10人程度だったかもしれない。いい話なのに、もったいない。

2.ウィルスが消えた今だからこそ、川西先生の講演は意義深いものになる。身体の、健康寿命が大事になるからだ。とりわけ食事について、先生自らの試行錯誤されながら、話されていることは貴重だ。気付きは、、
①オリーブ油、亜麻仁油の取りすぎは良くない、と言われた。レジュメには書かれてないが、そう言われた。
②ココナッツ油、チーズ、バターはオススメ。マーガリンはダメ、昔はマーガリンが推奨された話は、本当にそうだったなと思いだす。ココナッツ油を毎日、少しずつ、とることにしよう。
③魚介類は全体をたべるのが理想。
④ブドウもマンゴーもOK。
⑤鶏卵はオススメ。コレステロールを下げる効用がある。
⑥ナメタケ納豆のすすめ
⑦野菜スープ(たまねぎ、キャベツ、ニンジン、カボチャ)ファイトケミカル
⑧アーシングのススメ。静電気を逃がす卓上導電マット(1500円)とアースコード(700円)
アーシングは新鮮な驚きで、近いうちに始めてみたい。

3.講演の最後は、恒例の川西先生の歌になる。正直言って、去年と違い、沁みた。一つ一つの歌詞をうなづきながら、聴けた。いい歌だな、と素朴に思った。C型ウィルス肝炎が治癒して、わたしの中の何かが変わったのだ。

3-1.akioさんが、治癒後の定期検診の期間について質問された。川西先生は「半年ごとの検診が良い」とこたえられた。その理由は、仮にがんが出来てしまった場合、半年の期間ならば2cm以内の成長にとどまるからだと。
いつもながら、akioさんの質問に感謝。まさに、これからの問題として、知りたかったことだった。

4.講演終了後、東口に出て交流会。酒宴に。万感の思いで生ビールを飲んだ。

本当に、いいかたがたに、お会い出来た。ひとに会えたから、、治ったのだと、思う。

5.Hさんの名刺を頂戴した。来週、治験の対象者に入れるかどうかが決まる。その治験は全国で100人ほどだ、という。いただいた名刺は早速、、東京都に返さず永久保存と決めたハーボニーの医療券のホルダーに、入れて置くことにした。リレーのバトンのような、、ささやかな願掛けた。

口はばったいが、これからは、
国連70周年の基本理念である
no one will be left behind.
「だれも置き去りにしない」をモットーに、
マスではなく、目の前にいる、その人を意識して、、
生きて行きたいと思っている。


講演会に行く途中、渋谷駅で、超弩級の、ネズミ色の浮浪者がベンチに腰掛けていた。昔、よく池袋で見かけたが、、他人事ではない、、明日はわが身。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

遠ざかるC型肝炎

1.引き続き、体調はいい。体重が65kgだいに突入。2kgオーバーしている。毎朝体重測定し卓上カレンダーに記録しているが、ダイエットはしない。筋肉をつけたい。C型ウィルスは消え、大腸がんの転移もないだろうから、これからは骨を強くし、筋肉をつけることが大事になる。

2.14歳6カ月になったコーギーのモモに、1年くらい前からビタミンCを朝晩1錠ずつ、砕いて、ドックフードに入れて食べさせている?そのせいか、白内障が目立った形では、出ていない。なので、今月から私も意識して、モモと同じビタミンC錠を1日3錠くらい、適当に飲むようにしている。ナトリウムフリーなので、噛み砕いても、大丈夫だ。

モモは右目の下が、1年前から眼窩下膿瘍(がんかかのうよう)になっている。それは口腔内の炎症が深部に広がり、上あごの骨を溶かし、目の下が腫れ上がり、膿が出てくる病気。消毒と軟膏を塗っている。ところが最近、左目の下も、そうなりそうだ。そろそろエンディングになるのかな、、

3.昨夜は、1歳8ヶ月の次女と、初めて風呂に入った。泣かれることもなかった。徐々に長女のときのやり方を思いだした。髪を洗ったとき、何の抵抗もなく、拍子抜けした。長女のときは、ずいぶん抵抗されたような記憶がある。

4.肝炎が遠ざかって行く。このように健康になってみると、もっと前にこうなっていたらよかったのに、、と欲はつきない。煩悩に際限は、ない。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

東京10区の補欠選挙

1.次女は、先週あたりから、飼い犬をモモ、わたしをパパと、はっきり呼ぶようになった。順調に育ってくれて、嬉しい。

2.小池百合子さんが都知事になる。わたしの予想は、木っ端微塵に、はずれた。4年間、政策を押しすすめて欲しい。冷静にみていたい。

3.それで、衆議院の東京10区の補欠選挙を10月にやることになる、らしい。自民党は候補者がいるようだし、民進党はすでに新人候補者のポスターが貼り出されている。2回続けて落選した江端貴子さんはどうするのかな?
さらに、自分の地盤であると信じているであろう小林興起さんは再び、立候補するだろうか?

追記、時間が経つと、都民が小池さんを選択したのは、妥当だったのかもしれない、と思えてきた。

それと、年内に衆議院は解散されるらしい。なので、補欠選挙はしないですむのかな、、
訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();