わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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体調はいい、SVR24まで待たなくていい?

1,昨日は国府台病院の診察日だった。エコーは是永先生。やはり是永夫妻は似ている。広島ファンのご主人先生は優勝を確信しておられることだろう。エコー検査の結果、胆嚢ポリープ4.4mmは間違いなく、ある。是永圭子先生は「肋骨走査からは観察できるも、肋骨弓下からは抽出不良なので、疑いとした」と書かれたが、画像をみて、あるなと思った。昔、肝臓に血管腫があることを知らされたときも、ドキッとしたが、何回も検査していくうちに、鈍感になった。胆嚢ポリープは10mmくらいに大きくならなければ、心配はないようだし、あまり気にし過ぎないようにしたい。

2.フィブロスキャンは、、
肝硬度 4.4kPa
CAP 222dB/m 200以下になるのが望ましいようだ。

3.エコーの後、皮膚科の診察。乾癬の新薬を処方していただいた。追記、ただし、この薬価が高い。10g、2500円くらいかかり、いたかった

4.最後は肝臓内科の村田一素先生。開口一番「SVR12が確定しましたから、大丈夫。もう再燃することない」と握手していただいた。「24週をすぎた今日の採血結果でSVRが決まるんではないですか?」とたずねると、「それはインターフェロンの場合です。ハーボニーは12週を過ぎてから再燃するといった症例はない」と。

5.なんかあっけない出口だった。2014年8月のはじめ、シノプレ投与開始8週目で、ケンシュツセズが判明したときにはヨロコビで絶叫したが、、今回の決着は恬淡としていた。それに、まだ再燃の危惧が、ある。

6.採血データは
AST 17
ALT 13
γGTP 13
血小板 16.4
M2BPGi 0.46
HCV定量PCR 検査中だが、たぶん、今回もケンシュツセズは、間違いないだろう。

7.村田先生はわたしの肝臓のダメージはそれほどではないので、今後の検査は3ヶ月おきではなくても、、と言われたが、わたしは即、「ブロトコルとおり3ヶ月ごとにしましょう」とお応えした。2016年10月20日に検査する。来年になったら半年ごとにしようかな。

8.先日、ピア二ストの中村紘子さんが大腸がんで亡くなった。72歳。
2014年、腸閉塞になり虎ノ門病院で、腹腔鏡手術をした。すると大腸がんがみつかりステージ2と判明。が、転移していたのか、大腸の他の部位ががん化したのかはだが、大腸がん手術はせず、抗がん剤治療をしたようだ。

なんだか辻褄が、合わない。ステージ2はウソだろう。もしかすると、腹腔鏡手術のときに、すでに腹膜播種があって、手の施しようがなかったのではないか。以前、従兄弟の元外科医に聞いたが、腹膜播種があると、大腸がん切除はせず、化学療法、抗がん剤治療になる。何もせず、お腹は縫合すると。

ちなみに、腹膜播種の色は白く、あったときは無数にちらばり、摘みとる意味はなく、どうしようもないと、従兄弟は教えてくれた。「白い巨塔」の財前五郎のがんは黄金の色と書かれていたと記憶していたが、、

虎ノ門病院は腹腔鏡手術がプロトコルになっている。本当にステージ2ならば、他の病院で、オーソドックスな手術をして、しっかり目視してもらっていたら、別の展開があったのではないか?わたしは腹腔鏡手術に懐疑的である。

ピアニストは座ってばかりいるだろうから、大腸がんを引き起こす可能性は高い。中村さんはウォーキングなどの運動をしていただろうか?

追記、31日だが、千代の富士がすい臓がんで亡くなった。61歳。1991年5月に横綱を引退した。「体力の限界」と万感のコトバは心に残っている。その年の8月、わたしがC型肝炎であるとわかった。あらためて、25年の歳月を感じさせる葬送のニュースだった。

今、思った。これから25年は、ボケずに健康で、仕事をしようと。借りは返さなければ、、



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合唱コンクール

1.今日は、長女の小学校の合唱団が新小岩でTBSラジオの合唱コンクールに出るので、聴きに行った。去年に続き二度目だ。終了後、現地解散になるので、長女をひきとり、2人で帰ることになる。

2.合唱は、どの学校の歌も、感じるものがあり、良かった。長女の合唱団の曲は「夏がきた」は複雑な曲で、賞をとろうとしているのかな?

3.

ハーボニー治療後24週経過した

1.今日で、ハーボニー治療後24週目に入った。明後日、国府台病院に行って検査する。

2.体感では、無事SVR24になる、感じがする。ハラハラ、ドキドキ感はない、というか他人事のように鈍感になっている。肝臓周辺に取り立て違和感がないからだ。わたしの場合、再燃したら、みぞおちのあたりがキリキリ、ゴワゴワしてくる。シノプレのときの再燃は、そうだった。

3.メルロポンティの「眼と精神」について、、長谷川宏さんの言葉から気づいたことが、ある。中断

4.朝の散歩で、大量の、200冊はあっただろう、文庫本がヒモでくくられゴミ出しされていた。カバーはすべてはずされていた。いつもそうだが、少し立ち止まり、そのタイトルを眺めて、捨てた人の読書傾向を推し量った。ヒモをほどいて抜き取りたくなるほどのものは、、なかった。図書館で借りればいいのだ、と反芻していた。見知らぬ、この人も、本の整理をしはじめたのだなと感じた。遺族?による整理には思えなかった。わたしも、本の整理しないと。家族は処分に困るだけだ。

文人ではないのだから、手元におきたい本を絞り込むことは、ボケ防止のために、重要ではないか?

そうだ、その廃棄の文庫の山から、ヒモで閉じられていない岩波文庫のオースティン「高邁と偏見」上下を、いただいた。矛盾してるな。岩波文庫好きなので、つい手が出てしまった。2015年度26刷で、富田彬さんが訳されていた。



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濫読雑感

ざっと感じていることを。

1.このところ朝の、モモ散歩のときはベルグソン「時間と自由」をながめるように読んでいる。2001年初版の中村文郎訳は読みやすいと気づいた。

P20の「ひとたび深い情念に取り憑かれると、同じ対象がもはや同じ印象を生まなくなる。すべての感覚、すべて観念が新鮮さを帯びて現れてくる。、、自分の情念の新しさ、、ある種の夢の中で体験する。そこで大したことが起こっているわけではないが、それでもかつて聞いたことのない音が夢を通じて聞こえてくるのだ。」

わたしは夢で何度か美しい音楽を聞いたことがある。目覚めるとメロディは雲散霧消してしまう。現実にはない曲だったので、ということは自分が作ったの?、まさかな、、と不思議な気分になる。

2.長谷川等伯の「松林図」は、空間ではなく時間が描かれていると感じている。空白部分は時間を伝えてきている。うまく言えないが、あの墨彩画は動いている。松と松の間に呼吸がある。



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ポケモンゴーの淋しみ

1.昼すぎ、江古田の八百屋に行きすがら、なんともスマホを見ながら、歩く人の多いことに驚いた。ざっと50人以上いた。ポケモンゴーが解禁になったんだな、とすぐに気づいた。先週、アメリカで一大ブームが起きていると知らされて、運転しながらやって交通事故が起きたり、イスラム教のモスクに持ち込む輩が出たらしい。
さて、江古田に出没するポケモンは何なのだろう。

そもそも、むかしからゲームを全くやらないで来たので、ポケモンゴーの具体は知らないし、関心もなかった。

2.だから思う、これも一種の同時多発テロではないかと。
無論、殺戮はないし、テロの恐怖の流布はないが、、新しいカタチの洗脳の現象の現れように感じてしまった。感情移入できないせいかもしれないが、なんだかゾンビが歩いているように見えた。

3.美しい光景ではない。むかし「書を捨てて街に出よう」という言葉があったが、、ポケモンのせいだけではないが、いまや「スマホを片手に街に出よう」に変貌した。

4.ポケモンゾンビは、現代の「淋しみ」がいよいよ露わになってきたのだと思う。

5.漱石は「こころ」の中で、

自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならない。

と書いた。

6.尊敬する詩人、西脇順三郎もまた「淋しみ」をこう詩っている。

淋しく感ずるが故に我あり
淋しみは存在の根本
淋しみは美の本願なり


と、詩った。「淋しく感ずるが故に我あり」はデカルトの「コギトエルゴスム われおもう故にわれあり」を踏まえている。

淋しみの根は深く、いまやポケモンゴーによって、白昼に突如、街にあらわれはじめたんだなと思った。

警察が歩きスマホはダメと働きかけても、大きな事故でも起きない限り、道交法とか、条例などによって、取締りはできないだろう。モラルの段階。

はたして、ポケモンゴーはどこまでこの国を、席巻するのだろうか?

それと、中国は、ポケモンゴーに寛容ではないだろう。おそらく規制をかける。街にポケモンゾンビが現れたりしだしたら、暴動の下地が醸成されてしまうからだ。中国共産党は、そんな鈍感な放任はしないだろう?


夜、今度は、右上の奥歯のかぶせものが、とれた。いつ治療したのか、わからない。接着剤の経年劣化かな



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アーサー・クラインマン「病いの語り」

1.新聞で、がんの5年生存率は62.1%に上がった書かれていた。部位別で、生存率が低いのは、1位 すい臓がん、2位 胆管が、3位 肺がん、だと知った。胆管がんが2位とは新鮮な驚きだった。

2,部屋の片付けをしているとアーサー・クラインマン「病いの語り」(誠信書房)の「第8章 大いなる願望と勝利〜慢性の病いへの対処」のコピーが出てきた。10頁ほどだか、読んだ記憶がない。章題が気に入ってコピーしたのかも。そこで、風呂に入りながら読んだ。

章題の次に、作家コンラッドの言葉をかかげる。
「希望すること、愛すること、、そして生を信じることを、若いときに学ばなかった者は不幸である!」

あっ、コンラッドは「勝利」という小説を書いていたから、インスパイアはあったかもしれない。

3.著者クラインマンは精神科医として、感覚麻痺、運動麻痺の患者たちの定期的なミーティングを開き、勇気や希望を声高に語るなか、年少の患者から「あんたが麻痺がどういうものか、何がわかるんだ」と怒りと悲しみが向けられ、著者自身どうしてよいか、わからなくなり、いつ日か治療的ニヒリズムに逃げ込んでしまった。

4.そんななか、慢性の病いをもつ人生を勝利であると呼べる人、パディ・エスポジストという名の、臨死患者のカウンセラーに出会う。パディは原因不明の進行性の心筋炎を患っていた。

5.パディには、ハンサムではないが、存在感があった。彼が部屋に現れると誰の目も彼に引き寄せられ、誰もみな気分がよくなった。暖かみと率直さと洗練された礼儀正しさがあり、深い心の穏やかさもあった。

とまあ、ベタ褒めなのだ。だが、わたしも、そういう存在感がある人を知っているので、想像できる。

6.著者はパディに、治療の悩み事を話した。すると、
①欲望が不幸の源泉であること
②喪失が超越の基礎であること。
③大いなる願望は、ささやかな人間の幸福のためだけに、燃やされるべき。友情や心の平穏や、人を助ける喜びや、勇気や、生きる支えとなるような意味の探求などのために、燃やされるべきだ、と。

そうしてパディは、著者が陥っている絶望状態や自分が遭遇している末期状態の今こそ、本当の意味を創り出すために不可欠なのだ、と語り、「ジョセフ コンラッドの本、読んだことありますか?」と著者に尋ねた。

コンラッドは、その人の勇気が試される状況に置かれた普通の人間を主人公にして、「ロードジム」「勝利」を書いたでしょ。どちらの主人公も、はじめは、私のように失敗しました。彼らは、青年のすべてを襲う、自分の能力についての表面的な恐れや自己同一性という問題を見抜けなかったために、失敗したのです。

彼らは、自分自身と、物事に対する自分自身の反応にとらわれ過ぎていたのです。主人公たちは、大いなる試練に躓き、その後、自分の意気地のなさがひどく恥ずかしくなって、逃げ出したのです。

彼らは、自分を他人に結びつけている責任を回避するために、逃げ出しました。

しかし彼らは、たとえ南太平洋に行っても、隠れることはできませんでした。それぞれの人生においてやむをえずに他人との新たな関係を築いたとき、試練はくり返されたのです。それらのきずな、それらの新しい関係は脅威にさらされました。

そして彼らはその難題に応じたのです。それは、私たち各自の大きな試練です。他人のためにつくし、それを通じて私たち自身をよりよくする試練なのです。それは私にしても同じでした。

私は、みじめにも、恥ずかしくも、自分の自己中心性ゆえに失敗しました。しかし、私にも第二のチャンスが訪れました。私の人生をある勝利へと変えるチャンスでした。

それはおそらく、成功というアメリカ人の大きな夢とは違うものでしょう。それを小さな成功と呼ぶことにしましょう。

こんなことを言っても信じてもらうそうもないけれど、私にその二番目のチャンスを与えたのは、この忌まわしい病いなのです。


わたしの、のこりの人生も、莞爾として、立ち向かうしかない。



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長谷川宏さんの本

1.岩波書店は在野の研究者に光をあてることが、ある。お二人の先生、研究者が思い浮かぶ。

お一人は、植木雅俊さん。法華経や維摩経のサンスクリット語の原典を現代語に訳された、仏教史上、画期的な研究をされた方だ。ベースは理系の頭脳、中村元博士と邂逅され、サンスクリット語を深く研究されたことが決定的だった。静謐な師弟のドラマがあると、凡庸な私にも、感じ取れた。なお、その現代語訳は、まだ岩波文庫に組み込まれていない。普及を願う。

もう一人は、長谷川宏さん。ヘーゲルの改訳をされた方だ。岩波文庫のヘーゲルは、今、長谷川さんの訳本になっている。全くの想像だが、安定的な大学教授の道はあっただろうに、所沢で学習塾を開き、生計を立てられた。

2.ヘーゲルは、正反合の弁証法という言葉しか、イメージできない。何も知らない、ドイツ観念論の巨魁?みたいなイメージだ。好きではないが、長谷川宏さんのことは興味があった。

3.今般、長谷川宏「いまこそ読みたい哲学の名著」(光文社)を手にした。分かりやすい。
アラン「幸福論」…愁眉
シェークスピア「リア王」
デカルト「方法序説」…今でも読む、
プラトン「饗宴」…プロティヌスが賞賛していたな
孔子「論語」….全く関心なし
マックス・ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
ルソー「社会契約論」
ミル「自由論」
ドストエフスキー「死の家の記録」
アウグスティヌス「告白」…ボッティチェリのフレスコ画の肖像画の絵はがきは、いつも見ている。
パスカル「パンセ」 …信仰にかけの話だけ記憶している。
フェイエルバッハ「キリスト教の本質」…名前だけしか知らなかった、今回、一番衝撃的だった。
ボードレール「悪の華」
ウィドゲンシュタイン「色彩について」
メルロポンティ「眼と精神」…昔、一橋大の学生がその名を出して話してくれたな。

都知事選挙は鳥越俊太郎さんが圧勝するか?

都知事選挙は鳥越俊太郎さんが圧勝する、記者会見を見ていて、そう感じた。市民という言葉を使う、戦後民主主義教育の最初の世代を自認されていた。市民という言葉は野党勢力の共通言語なのだろう。新たな帝国主義の台頭に対する鳥越さんの認識は甘いが、国政ではないのだから、、鳥越さんで決まりだ。

1位 鳥越俊太郎さん

2位 増田寛也、(卒のない、有能な官僚だろが、都民感覚?は欠落してないか)

3位 小池百合子さん、(冒頭解散はどうにもまずかった。自業自得、目はなくなった)

順位は、そうなるだろう。鳥越さんは副知事に古賀さんを選ぶだろう。

1.公約を見てから判断すると決めていたが、公約は似たりよったりだろうから、決めてにならない。

2.鳥越さんは、市民として納税者の視点を重視されていた。増田氏、小池氏の二人は税金を使う側に長くいるわけで、感覚が鈍っているだろう。

3.増田氏は、東京の財源を地方に振り分ける施策をやった大臣であり、根っこは都民を見ていないかも。過去の政策との一貫性は保てないだろう。また岩手県知事のときに箱物行政で、膨大な借金をこしらえたらしく、知事としての能力に疑念が残る。

4.小池さんのケンカ腰は、大人気ない。小泉さんのマネはできない。仮に知事になれたとしても、議会はギクシャクしだし、ふたたび停滞するだらう。都民のストレスがたまるだけだ。また、米国の国防の専門家との対話で、知ったかぶりしたようだ。英語はできたとしても、米側はすぐ見抜いたようだ。ニュースキャスターの限界。

5.鳥越さんのステージ4のがんは、問題ないようで、目出度い。転移したがん細胞はリンパ節を通じて、何処かに棲息すると見なければならない。鳥越さんは運動と食事療法でうまくコントロールできているのだろう。淡々と語っておられたが、みごとだ、起死回生とはこういったことだろう。

6.票読みはさまざまあるだろうが、多くのがん患者のかたがたは、生きる希望として鳥越俊太郎さんに一票入れるだろう。がんサバイバーの浮動票は侮れない。

7.鳥越さんは参議院選挙の結果を見て、都知事選挙のスイッチが入ったようだ。憲法改正に危機感を持っておられるようだ。

8.全くの私見だが、今はまだ、憲法を改正しなければならない条項は、ない。
しいて言えば、象徴天皇制から、天皇家がもう少し政府に直接コミットできる(権利)条項を入れるべきだろう。皇室典範の総則が憲法にあっていい。つまり、皇族に基本的人権があってしかるべきた。人として、選択できない、不自由が過ぎる、と素朴に思う。天皇皇后両陛下はギリギリにのところまであゆみよられている。両陛下は憲法改正に反対と、みる。鳥越さんと、通奏低音、阿吽の呼吸でつながっている、気がする。この呼吸は圧勝となってあらわれるだろう。

9.七夕に亡くなられた永六輔さんの、今までの言動は、鳥越さんへのエールとなって、浮動票を取り込むことになるだろう。面識のあるなしは関係ない。この選挙の争点は、東京人としての愛嬌があるかどうか、悪い言葉かもしれないが、人たらしとしては、鳥越さんは二人より優っている。

愛嬌といえば、
先日、ザピーナッツの さんも亡くなった。昭和は遠くなった。大橋巨泉さんは大丈夫かな、オオトリは黒柳徹子さんかな、、長寿を祈る。

追記
1.弁護士の宇都宮さんも出馬されるようだ。鳥越さんがダントツにはいかなくなった。混沌している。この二週間、ネットをうまく使った人が勝つだろう。

2.今13日19時だが、宇都宮さんは不出馬を表明したようだ。これで、鳥越さんの可能性が高くなった。

3.山本一郎という人が、鳥越さんのことを酷評している、こうだ。
「民進党は最後の最後まで単独公認で揉めた挙句、ジャーナリストの「病人」鳥越俊太郎さんを担ぐことが決定しました。しかも、野党統一候補にするというから驚きです。末期がん患者なんですけど。現状批判勢力が結集してうっかり鳥越さんが当選したところで、ほどなく命数が尽きてしまうのではないかと見ているこちらが心配になります。個人的には鳥越さんは政治面ではたいした人物ではないと思うんですが、ここまでボロボロの状態で這うように出馬出馬言ってる時点で「お爺ちゃん、頑張って」と言いたくなります。そんなん担ぐ民進党もどうにかしろと思いますし、野党四党が額あわせて鳥越さん推薦したという話を聞いて正気を疑うレベルです。」鳥越さんはがんサバイバーであって、「病人」は軽率な評価だ。鳥越さんは、この転移したがん細胞が再発して、知事をやめたりしない、と見る。

追記、告示前の4候補者の会見を見た。4人とも、問題があるなと感じた。鳥越さんには都政に対して具体的な政策が乏しかった。現場一筋で管理職はやらなかったと言われていた。何万人も職員がいる東京都のオサになり、政策を実行するには、厳しいものがある。舛添要一氏にも及ばないかもしれない、そう感じてしまった。残念だが、、

4.天皇陛下が、生前退位の意向を政府に伝えておられるようだ。退位されると、平成が終わり新しい元号になるわけで、、少しさびしい。

5.追記、、結論としては、書き出しの予想を訂正する。三度目の正直、都民はそこまで愚かでない、と信じよう。

6.この際、投票権を持つという立場だけで書いたルソーの「社会契約論」をひもとく。その本のキーワードである一般意志に基づと、、個人の内から一般意志は消えてなくならない、とある。さらに、都民の一人ひとりが、自己の意志だけに従って投票することが重要であると読みかえることができる。つまり、どこの党が推薦する候補者なのかは、どうでもいい。

となると、①きちんと東京都の官僚を束ねられ、信頼関係を醸成できる人。②くだらない案件で議会と虚しい議論はしない人。③健康にあらかじめ問題なく、謙虚な人。

以上の条件で、消去法で選ぶことにする。



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肺がんサバイバー長谷川一男さん、


前にEテレで見た長谷川一男さんの行動は時間が経つにつれ、こころに響いて来る。冒頭で「正しくこわがる」みたいな言葉を言われていて、深くうなずいた。患者会を立ち上げていく、そこが決定的で、いい。きびしい病いに遭遇した患者は、同病の患者につながるのが、行動として一番いい。正しく立ち向かえる。
検索すると、次の記事が見つかったので、コピペする。

日本肺がん患者連絡会代表・長谷川一男さん

フリーランスのテレビディレクターで横浜市在住の長谷川一男さん(45)は、2015年4月に首都圏でおしゃべり会を開催する「肺がん患者の会ワンステップ!」を設立しました。同年11月には、ワンステップ!を含め全国の六つの患者会で「日本肺がん患者連絡会」を結成。日本肺癌(がん)学会の医師らと肺がん医療が患者にとってよりよいものになるように活動しています。患者会の効用と患者連絡会の活動について、長谷川さんに聞きました。

患者会に参加する効用

−−「肺がん患者の会ワンステップ!」を設立したきっかけは?

 私は2010年、39歳のときにステージ4の肺がんが見つかり、余命10カ月と宣告されました。受診したきっかけは、せきが止まらなくなったことです。数日間は風邪だろうと思って放っておいたら首の周辺が腫れてきてしまい、慌てて夜中に救急病院へ行きました。

 がんは骨にまで広がっていて、「手術はできず治らない状態」と医師に告げられました。「腺がん」という種類の肺がんでしたが、私は喫煙の経験もなく、なぜ自分が肺がんになるのか分かりませんでしたし、2人の子供はまだ幼稚園児と小学生でした。この頃までに、肺がん治療薬として劇的な効果を上げていた「イレッサ(一般名ゲフィチニブ)」が、どのような患者に効くのかが分かってきたのですが、私の場合は効くタイプではなく使える薬も少ない。不安な気持ちでいっぱいだったときに勇気づけられ救われたのが、インターネットの中で出会った肺がんの先輩たちの存在でした。

 当時、大勢の肺がん患者がアクセスするインターネットの掲示板があって、その主宰者が自分の使った薬の効果や副作用の情報を詳細にアップしていました。肺がん患者の先輩たちがいろいろ教えてくれたり、自分も情報発信できたりする場が存在していたのです。

 ところが、ネットの情報は、掲示板やブログの開設者が亡くなると、その多くは消えてしまったり更新が止まったりします。患者会を作ったのは、新たに肺がんになる人に継承できる、患者同士の情報交換や気持ちを分かち合う場を作りたかったからです。首都圏には肺がんの患者会がなかったので、自分が作るしかないと考えました。

 それと、肺がんだと分かってから5年たって再発・転移したことも大きかったですね。最新の放射線治療である陽子線治療や重粒子線治療を受けてがんが小さくなったことから、12年には右の肺を全摘して、10カ月と言われた余命は大きく超えることができました。ところが昨年、腹膜のリンパ節にがんの転移が見つかったのです。「こんな時どうしたらいいんだろう」というような情報を最も必要としているのは、私のようなステージ4で「治らない」と言われた人だと思うのです。具合が悪くなったら続けられるだろうかとか迷っていたら永遠に肺がんの患者会はできません。とにかくやるしかないと思ってスタートしました。

最初は誰でもがん患者初心者

−−「ワンステップ!」の活動を教えてください。

 2カ月に1回、東京都内でおしゃべり会を開催しています。現在の会員は140人、おしゃべり会の参加者は毎回20〜30人程度で、年会費はなく参加費も無料です。がんの進行度を限定しているわけではありませんが、私がステージ4だからか、参加者は手術ができず治らないと言われた患者さんがほとんどです。

 おしゃべり会の目的は三つあります。一つは仲間を作る、二つ目は患者力アップ、三つ目は発展・継承することです。私もそうでしたが、肺がんだと分かったときには患者にとっては何もかも初めてです。告知のショック、治療法の選択、副作用、治療費の問題、次々と疑問や不安が湧いてきます。同じような体験をしたからこそ気持ちを分かち合えますし、不安の中にいる患者さんたちと仲間になり「一人じゃないよ。ここに居場所があるよ」と伝え、支え合いたいのです。

 二つ目の「患者力アップ」が必要なのは、がんが進行していればしているほど納得して治療を受けることが重要だと思うからです。私は、テレビディレクターという職業柄なのか、分からないことをそのままにしたりうやむやで済ませたりができない性分です。納得できる治療を探すために、これまで15人以上の肺がん治療医の診察を受け、意見を聞きました。納得して治療を受けていれば、もし病状が悪くなっても「自分で選んだのだから」と受け入れられます。納得して治療を受けるためには情報が必要ですし患者力をつける必要がありますが、それは一人では難しいですよね。例えば、点滴の抗がん剤治療を受けて働き続けられるのかと不安ですが、経験者の話を聞くと「大丈夫なのだ」と実感できます。患者会は、そうした患者力アップのための情報が得られる場でもあるわけです。

 三つ目の発展・継承は、私や患者会の仲間の模索・経験を蓄積して、今後、不幸にも肺がんと言われた人、特にステージ4の人の「道しるべ」にしてほしいという意味です。

肺がん医療をよりよいものに

−−日本肺がん患者連絡会の目的は?

 医療者や社会と一緒になって肺がん医療をよりよいものにすることです。連絡会には、北海道肺がん患者と家族の会▽秋田県肺がんネットワーク「あけびの会」▽マスカットクラブ(福井県)▽三重肺がん患者の会▽神戸肺がん患者会「肺ゆう会」▽そしてワンステップ!−−の六つの患者会が参加しています。

 結成直後の昨年12月、免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(商品名オプジーボ)が適切に使えるように、日本肺癌学会と一緒に要望書を厚生労働相へ提出しました。幸い要望が受け入れられ、患者会と医療者が一緒になって政策提言をする重要性を実感しました。

 今年7月に神戸市で開催される日本臨床腫瘍学会学術集会では、出版社で働く肺がん患者の山岡鉄也さんと一緒に「患者が変える、がん医療」と題した講演をすることになっています。その中で私は、特にステージ4の人に対しては最初の治療法を始める前から、選択肢の一つとして、未承認薬の治験の情報を伝えていくべきだということを強調したいと考えています。現在は、治験の情報は、かかっている病院で実施していれば、保険で承認されている薬を全て使い尽くした人に伝えられる程度です。肺がん治療は急速に進んでいて、有望とみられる未承認薬の治験が進んでいますから、その情報が患者にも伝えられるべきです。

 一方で、医療者や政策立案者に要望していくだけではなく、患者会が主体的に動いて本当の意味で患者中心の医療を実現していきたいですね。その一歩として、肺がん患者連絡会では、この4月には、「肺がん患者が作る!トコトン患者応援マガジン 肺がんBOOK」を創刊しました。16ページの情報誌ですが、私たち患者の思いや経験を継承していくような情報も盛り込んでいます。全国のがん診療連携拠点病院の相談支援センターで閲覧できるほか、ワンステップ!のホームページでも内容が公開されています。立ち止まっている時間はないので、今やれることをひとつひとつ実現していきたいです。(医療ライター 福島安紀さん)




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ゴーヤジュース

以下は、全くの備忘録。

1.暑い日が続いている。昨日は、家で、ゴーヤと酒粕とココナッツミルクと豆乳を、ミキサーでスクランブルさせて、飲んだ。あぁ、夏だ。ゴーヤジュースを飲むと夏を感じる。ゴーヤは家でとれたものだ。去年はゴーヤができなかったので、二年ぶりのジュースだった。家内に1杯ふるまったが、おいしくないと言っていたが、わたしには十分うまかった。

2.高校のときの同級生クニオカとケイタイで30分以上話した。楽しい。クニオカは走行中だが、マイクでしゃべっているから問題ない、という。オクムラが那須にきて3日間いっしょにいて、甲子温泉に行ったという。クニオカは脳幹に白いモヤがかかっていると言っていたが、その後、問題はなかったゆうで、よかった。クニオカの二人の子は宇都宮と金沢の国立大たが、どう育てたのか、聞いたが、取り立てて教えていないという。ただピカチュウとか、当時のはやりものには関心がなかった、自分の好きなことをやっていたと。うーん、参考にならない。
⚪︎背が縮む話、奥さんより小さくなった。
⚪︎子どもさん二人は英語に堪能で、世界との距離感が私たちとは違う。
⚪︎それにしても還暦過ぎの男二人で、日帰り温泉か、、想像しただけで、おかしい。

3.オクムラはシルバー人材センターの斡旋で、参議院選挙の分析?か何かの仕事をしていて、このあとは、都知事選挙の仕事があるらしい。なんだかわからないが、元気そうでよかった。澁谷⚪️芸のようなアウトドアの作業はこりごりだと。

4.あっ、永六輔さんが7日に亡くなった。ものすごい昔、1965年か?内幸町のNHKで、「夢で逢いましょう」だったと思うが、30代の永六輔さんをまじかに見たが、怖かった。反対にダークダックスのゾウさんは優しい目をしていた。

中村八大といっしょに作った「たそがれのビギン」は名曲だった。

「青が散る」Award(賞)

宮本輝さんが母校追手門学院大学第9回文章表現コンクールに寄せたメッセージを掲げたい。2015年度は6620作品の応募件数だった、という。

目の前には、なんにもない校庭がどこまでも広がっていた。校舎は1号館だけ。そこかしこで土煙を上げるブルドーザー。産声を上げたばかりの追手門学院大学に、ぼくは1期生として入学した。

「テニスする気ないか?」
「コートもなにもないやないか、どないすんねん」
「みんなで作るんや」

学長が、自分の財布から出してくれた5万円で土や工具を買い、真っ黒になってコート作りをした。

そう、ぼくのこの体験が後年、小説の「青が散る」になる。手さぐりしながら、みんな一生懸命だった。ぼくらはまさに追手門の青春期の中で青春を過ごした。

あれから四十年が過ぎ、大学は見違えるように整い、立派になった。

でも、君たちの前には、きっと、ぼくらのころと同じように、広い大地が広がっている。臆せず、探し、作り、挑んでほしい。(談)



追手門学院ではないが、わたしも、1971年に新設された大学の三期生だったので、「なんにもない」と「土煙」の空気感はあざやかに蘇ってくる。学食の窓に近いテーブルから、グランドを眺め、左奥にテニスコートがあり、アメフトやテニスをしている光景をじっと見つめていた。遠く西方に奥秩父の雲取山の稜線が見え、空の限りなく澄みわたる青とコントラストをなして、美しかった、、とりわけ秋が。
今、そのテニスコートがあったところには大学の本部棟が建っている。法科大学院があるらしい。



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帯津良一氏のこと

1.前に書いた記事に、コメントをくださる方がおられる。きのう、医師の帯津良一さんのことを取り上げた記事にコメントをくださった方がおられた。

2.帯津さんに感化されて、寛解になられる方もおられるのだろうが、その方のお身内は、亡くなられてしまった。わたしの場合も、亡くなってしまった方を知っていたので、帯津さんを批判する目を持って、2010年 月、記事にした。が、記事内容はもう、忘れてしまっていた。その旨を正直にリコメしたが、どうも同じ応え方をしていることに、気づかされる。考えはカタマリのように自分の内部に生成するのだと、あらためて、自覚した。

3.わたしは主張したい。西洋医学をベースにした医師は、それ以外の代替療法を展開するときは、立ち位置の線引きを、根拠とともに明示すべきだ!と。大概は根拠が薄弱とわかってしまい、とどのつまりはエピソードにした改善例と「わたしを信じなさい」だけになる。それは科学ではなく、宗教のカテゴリーであり、、医者でありグルだと、そう明示すべきなのだ。

4.帯津さんの善悪を言っているのではない。たぶん見た目には好感触の患者さんは多いことだろう。

5.わたしは、科学を絶対とは思っていない。医学は経験知にすぎないと養老孟司さんが言っていた。わたしたち患者の場合自分を軸にしたエビデンスで、気功も、宗教も、何でもありなのだ。わたしの場合、チープな代替療法をいろいろやってきたわけだし、、もし帯津さんががん患者だったなら、もう少し違う見方ができたかもしれない。

6.しかしながら、石の販売で、お金をとるのはいかがなものか?帯津さんはこんなことを表明する。

「一方、呼吸法は大いなるいのちの場にして私たちのふるさとである虚空と一体となることによって、生命力を高める方法論です。その呼吸法にこのクリスタル・クリアリングが合うのですよ!まあ一度試してみて下さい。」帯津良一(日本ホリスティック医学協会会長・帯津三敬病院名誉院長)

大丈夫なのかな?医師免許をもったスピリチュアルな世界の人になっていて、医師法に引っかからないのかな?薬事法のようなシバリはないのかな?

7.帯津さんだけでなく、東大病院の矢作直樹さんにも、そう言いたい。患者の不安につけ込むような誘導は、慎むべきだ。
驚いた。矢作直樹さんは参議院選挙の比例区で出馬されていた。日本のこころを大切にする党という政党からだ。本気かな?



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考えて選択する時代

1.バングラデシュの、ダッカのテロの犯人は比較的裕福な家庭の出身で、高学歴の人たちだった。1995年に起きたオーム真理教の事件を想い起こす。理系の村井某の顔がよぎった。

2.英国のEU離脱の投票結果は、後悔が渦巻いているようだ。直接民主制の危うさを感じた。離脱派の領袖の二人が、揃いも揃って、逃げてしまうなんて、国民を二階にあげてハシゴをはずすという卑劣なリーダーだった。とりわけ保守党の元ロンドン市長は、キャメロンに勝ちたいだけではなかったか。

3.民主主義の先達である英国が、こんなにデマゴーグに弱い国民だったか。英国はもはや模範にはならない。たぶん米国のトランプ現象も、根は同じで、一人ひとりが考えるという根幹が、溶解していっている気がする。わたしが米国人なら、サンダースに入れる。

4.そこにきて都知事選挙だ。小池百合子さんはわが選挙区の代議士だが、直近の衆議院選挙には入れなかった。任期途中で投げ出すなんて、、予感したわけではないが、彼女に入れないでよかった。都知事選挙はじっくり考えてみたい。

7/7追記、小池さんの「冒頭解散」がわからない。普通に、知事が会議の冒頭で解散と理解した場合、時系列として、ありえない。不信任案が可決した後に、知事の辞任か解散か選択となるわけで、手続きに時間が相当要する。それを「冒頭」という言葉を使うか?意味が、不明だ。都民のウケ狙いはしない方がいいのに。

5.たった1票だが、侮られたくない。主役である都民一人ひとりの政治を見るチカラが問われている。そこで、新しい都知事にやってもらいたいのは、2つ、

⑴猪瀬さんがやるはずだった「営団地下鉄と都営地下鉄の統合」だ。是非、新しい都知事には道すじを立てて欲しい。不便で、分かりづらく、バカ高い運賃になったまま放置していては、、いけない。

⑵都立中高一貫校を現状の11校から30校くらいに増やしてもらいたい。都立高校の学力低下は想像以上に深刻なんだと実感している。偏差値50以下の都立高校が驚くほど多い。文科省の寺脇某が唱導した「ゆとり教育」は、天下の愚策だった。

ちなみに、アメリカの場合だが、2011年に小学校の入った子どもたちが大学を卒業して社会に出るとき、2011年現在の職業の65%はなくなっている、という。AIが進展するからだ。たぶん、日本も同様になる。
例えば、流しのタクシーは無くなり、その運転手は削減されるだろうし、企業の経理部門の人員は不要になるだろう。社会でどんな仕事をするか、試行錯誤が個人に求められる。



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授業参観と七夕まつり

1.午前中、九段中等教育学の授業参観に、長女とともに行った。おそらく参観者は300人はいたと思う。2階の4年生のクラスを見た後、4階の1年2組の中に入った。

2.そのクラスは「変わる動物園」のプレゼンがテーマだった。動物好きの長女には興味をひく話だった。マインドマップのような表であったり、各自工夫を凝らしていて、いい授業だった。吉永先生は、言葉をそぎ落とすが大事、意見と根拠はセットで表すことを強調していた。そうしたことをわたしの場合、大学のときに知ったことだったが、早いにこしたことはない。

3.そのあと、5階の生物室で、2年3組の授業を参観した。長尾嘉崇先生の授業は、お笑いのような要素があり、飽きさせない。うまい授業だと感心した。しかも、生徒たちに対し敬語を使い、九段中であることに誇りを醸成させている、ように思えた。根っこの話、光合成の仕組みで、グルコースを光によってこわし、おにぎりのようなエネルギーを生み出している。太陽の光がなければ生物は成り立たないと。

4.午後4時すぎ、保育園の七夕祭りに長女と次女を連れて行った。200人くらい来ていたかもしれない。暑い。腰に蚊取り線香をぶら下げて行く。みっともなくても、かまわない。家内は先にいて、宝探しコーナーの担当だった。いい企画で、けっこう盛況だった。17時からは出入り口で警備?係りで20分立つ。最近、不審者が現れたらしく、警戒するにこしたことはないのだ。

5.祭りでおどろいたのは、、
5年前まで、長女も同じ保育園に通っていたのだが、その頃のお母さんが数人みかけたのだ。その人たちは互いに談笑してOB会のようだった。つまり、我が長女がいたころにお子さんがいて、そのあとに弟や妹が保育園に入ってきたことになる。そのお母さん方の中に、3人姉妹のお母さんがいて、上の二人は通園時によく見かけた記憶があったが、3人目がいたのか、、いやまて、お母さんのお腹が大きいぞ、、いゃ、これには驚いた。話しかけ、お名前をお聞きした。「ニシ○カ」さんといわれた。そのお母さんも、わが長女を覚えていたようだ。さらにお腹の子は、9月の出産予定、男の子のようだ。目出度いし、偉大だ。

ちなみに、練馬区は第三子以降を出産すると、その都度20万円が支給される次第。



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歯医者と内科医と

1.今朝は次女の保育園送りのあと、左上の奥歯がポロリととれた件で歯医者へ。診察台に腰掛けると、お若い院長は「その奥歯を持ってきてください。当面の処置として接着しましょう。それでまたとれたら、その奥歯の土台を抜歯して、両サイドの歯を使ってブリッジにしましょう。ブリッジできないと入れ歯になる」と言われた。入れ歯は嫌だな、、口も肛門も、手がかからないようにしたいものだ。

それにしても、そんな処置があるんだ、、捨てずに置いといてよかった。ただ、とれた奥歯を持って来なかった。なので、家にもどり、、たしか机の引き出しの中に、、見つかり一安心。院長先生は、その歯をクリーニングし、また奥歯の土台を洗浄し、10分ほどで終了。あと3年くらい、65歳くらいまで、この接着状態を維持させたいんだが、、

1-2.院長は、地元のT中学校を出たあと、日大二高に行き、日大歯学部を出たと以前聞いた。そこでさらに、高校のとき、どのように判断し、選択したのかたずねたのだ。すると、、話してくださった。
⑴日大系列高校の共通試験みたいなものがあり、理系文系に分かれ、偏差値が決まって来る。
⑵最も高い偏差値は、宇宙工学、続いて医学部、その次くらいに歯学部か来る。成り行きで歯学部を選んだ。
⑶獣医学部もある。えっと聞き返すと「日大ですから、何でもあります。薬学部も」と言われた。
ナルホド、日大は総合大学、ユニバーシティの典型なんだな、と感心した。

2.練馬区の健診を受けるために、14時、練馬総合病院に行った。これまでは練馬区役所東館で健診していたが、そろそろ住居に近い病院で診察していた方がいい、と思っていたのだ。

3.練馬総合病院は、移転してから9年くらいで、まだ新しい外観、スタッフの対応はまあ良かったし、わざわざ検査着に着替える煩わしさもなかったので、気に入った。来年からは、ずっとこの病院で健診しよう。

4.健診の最後は医師の問診。診察室に入るなりKですと軽い感じで、名乗られた。、メッシュの茶髪がはいった医師がすわっていた。31歳と若い、そうか、甥の精神科医と同じくらいか、あぁ、自分も年をとり、こういう時代になったかと少し慨嘆した。世代間の差(格差ではない)を感じたのだ。しかしこれからも若いお医者さんたちとフラットな関係がだいじになる。

既往歴で、6年前の大腸がんと、C型肝炎のハーボニー話をして、7月末に著効が決まると話すと、、
「MBTの靴履いているんですか、高いですよね、」と言われた。
「わたしはこの病院の前は、国府台病院の溝上先生のもとにいました」と言われた。なんという偶然!一挙に話が拡がった。
・ハーボニーは本当にいい薬ですね、、と感慨深げだった。
・溝上先生は肝臓病の日本一の、立派な先生だ。
・下の医師たちに対して、決して怒ったりしないと、二度三度と、言われた。K先生が溝上先生を心から尊敬しておられると感じた。

5.あらためて思った。溝上先生は、幕末以来、日本に西洋医学が入ってきた中で、もし「名医の殿堂」というものがあったなら、これに入って当然の先生なんだな、と。

忘れられない溝上先生の表情がある。遠くを見つめながら「(ウィルスが)ほんとに消えていく。この人は?と思う人まで消えてしまった」と、微笑みながらも恬淡とした表情をされたのだ。

それほど高い効果なら、わたしの場合も、もはや治るしかないだろうと、溝上先生の表情から感じた次第。



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「持続する志」はいつまでも
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