わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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映画「スポットライト」をみた

としまえんユナイテッドシネマで『スポットライト 世紀のスクープ』を見た。満員だった。

2002年に実際にあった話に基づいている。米国ボストンの、カトリック教会の神父87名による性的虐待、組織的隠ぺいを暴いた、ボストングローブという地方新聞の記者たちを描いた映画だった。

殺人があるわけではないが、重いテーマだった。内容をコピペする。

弁護士(スタンリー・トゥッチ)の下、記者のマイク(マーク・ラファロ)が被害者のパトリック・マクソーリーにインタビューをする印象的なシーンがある。パトリックはマイクをはじめとした記者たちと同様に実在し、勇気を持ってつらい過去を明かした人物だが、映画で描かれた出来事のその後を彼は生き抜くことができなかった。

 「これは身体的な虐待であるだけでなく、精神への虐待でもある」というセリフは、劇中にも“神父による性的虐待の被害者の会”の代表として登場するフィル・サヴィアノが強調していたことだとトム・マッカーシー監督は明かす。「というのも、被害者はまだ若い子供たちで、彼らにとって神父は神同然。そこにいきなり虐待が起こる。信仰が何であれ、もし自分が信仰心のある人間で、そんな衝撃的なことが身に起きたら、真っ先にその信仰にすがり付くと思うんだ。でも彼らはその信仰、信頼を取り上げられてしまった。そんな時、何にすがるというんだ。もう神はいないも同然。だって、子供にとっては神父=神であり、その神に残虐極まりなく裏切られてしまったんだからね。そうすると次にすがるものはもう何もないんだ。相談相手もいない」

 虐待の被害者たちはほとんどが低所得者向けの公共団地に住んでいて、頼れる人も場所もなく、唯一行ける場所が教会だった。「それがこんな風に状況が急変してしまったらどうすると思う? 飲酒やドラッグに走ったり、悪事を働いたりしてトラブルを起こすようになる。人生の道から逸れてしまうんだ。だからこそ、彼らのことを“サバイバー(生存者)”と呼んでいるんだ。生き抜くことのできなかった犠牲者も多いからね」(マッカーシー監督)

その一人としてマッカーシー監督が挙げたのが、インタビューシーンでジミー・ルブランが見事に演じているパトリック・マクソーリーだ。「パトリックは生き抜くことができなかった。このストーリーが明るみに出た2年後に、麻薬の過量摂取で亡くなったんだよ。何とかして生き抜こうとしていたし、この問題に関しての運動にも参加していた。ニュースが報道された時も積極的に発言し、人々も彼の話に耳を傾けていた。それは彼が治安の悪い地域にある公共団地出身の貧しい子で、『子供のときに性的虐待を受けた』と恐れずに真実を話していたからだ。そんな子供だらけだったから、街の人たちは仲間として彼を受け入れ、耳を傾けた。でも生き抜くことはできなかったんだ」

 被害者たちのその後を知れば、これがいかに非道な犯罪なのかが一層強く感じられる。マッカーシー監督は「映画は、教会や似たような状況で性的虐待を受け、力を奪われてしまった人たちの声を代弁していると思う。今現在、そんな彼らの声は小さくて、耳を貸そうとする人も少ない。聞くに堪えないようなトピックだからね。こう言ってもらえるとうれしい。『この映画を観に行って、話そうじゃないか。今まではずっと臭いものに蓋をしてきたけど、もうそれはやめて向き合おう』とね」と力を込めていた。


町山智浩さんによると、

私見だが、人道への罪、聖職者と組織という問題は、いつの世も、多かれ少なかれ、あったのではないか、、それにしても、無垢の幼児、子どもを相手にするのは、赦しがたい。その後、アルゼンチン出身の266世のローマ教皇は、問題を解決させるべく、何がしか行動していると期待するしか、、ない。

ショーンK「プロフェッショナルの5条件」そして渡辺謙さん

1.図書館からショーンK「プロフェッショナルの5条件」を借りて、今、眺めている。絶版でAmazonで高い値段がついている本だ。

2.目次から、5条件とキーワードを掲げておきたい。
①自問力…気づき、定義力、ポータブルスキル、類比が得意、フレームワーク力、ドメインを定める

②構想力…パラレルタスク。プライドがクオリティを上げて行く。

③失敗力…仮説のない失敗は「事故」。

④協創力(初めてみた言葉だな)…ファシリテーター能力を高める。プラットフォーマー力をつける。

⑤愚直力…持続可能性、胆力をつける。

という5つだ。◯◯力という言葉使いが辟易ぎみのわたしには、すこし恥ずかしさを感じる。けれど内容は悪くない感じがする。しかし、このブログに載せておきたいのは、末尾の質疑応答で、こう書かれていることだ、、

Q学歴は必要ですか?
A大事なのは「学歴」ではなく「学習歴」

今日のビジネスの前線において、ある一定の学歴が必要なのは受け入れざるを得ない現実でしょう。それがなければスタートラインにさえ立たせてもらえないのです。

なので、能力を発揮する機会や選択肢が限定されてしまうことを知っていながら、スタートラインに立つ努力をしないのは間違いでしょう。

しかし、本質的には、必要出席日数を満たして、適当なレポートをだしておけば卒業できてしまうような学歴自体には意味はなく、何より主体的に、できれば必要に迫られながら、一から一0を学ぼうとする貪欲さ、その一を一0にも二0にも学習、探究できる能力や意識の高さこそ、重要だと思います。

これからの世の中は、座学ではなく、実学の時代です。座学が無用だと言っているのではありません。

現場での体験を通じて得た、あるいは現場に応用可能な「実学」の重要性がますます高まっていると言いたいのです。

仕事の現場で何を経験し、どれだけのことを学習し、自分のものとして体系化し、普遍的なフレームワークとして他の分野、ケースにも適応可能な順応性を持ち得ているか。これが重要です。


正論だ、揚げ足を取る気はない。書かれたとおりに、川上伸一郎さんは最終学歴だけ書かれていればよかったのだ。

あえて比べると、、
尋常ではないオーラをもつ俳優 渡辺謙の学歴はこうだった、今検索したのだが、、

「新潟県北魚沼郡広神村にて共に教師をしていた両親の元に生まれる。両親の転勤で幼少期を入広瀬村、守門村(ともに魚沼市)、高田市(上越市)で過ごす。新潟県立小出高等学校在学時には吹奏楽部に所属し、幼少の頃から親しんできたトランペットを担当。高校卒業後の1978年、東京の武蔵野音楽大学進学を目指す。しかし正規の音楽教育は受けておらず、また渡辺が中学生の時、父・亮一が病に倒れ仕事が出来なくなったこともあり、学費捻出の困難などの問題から断念。

同年、芥川比呂志演出による演劇集団 円公演『夜叉ヶ池』を観劇して感銘を受け、翌年に同劇団附属の研究所に入所。アルバイト先で知り合った猪俣公章の紹介で唐十郎作、蜷川幸雄演出『下谷万年町物語』のオーディションを受け、研究生ながら主演の青年役に抜擢された。」

二人の英語の言葉を聴くと、、面白い。

そうか、40年前、場合によったら、渡辺謙さんは江古田界隈を歩いていたのか、、
渡辺謙さんは、トラペットが吹けるんだな、。

さらに面白い記事を転載する。

俳優の渡辺謙(55歳)が5月31日、自身が入信している“宗教”について、Twitterで語っている。

この日、渡辺は「ヤクルトのCM秘話」として、「10数年前まだ病気から復帰のイメージが強くCMは声がかかりませんでした」と、苦労した時代を回顧。そのとき、「当時の宣伝部長が同じ病を克服され、『あの生命力が必要なんだ』と、僕を推薦して下さいました」と、ヤクルトのCMに起用された経緯を告白した。

しかし、このCM契約は、渡辺の“信仰”に対する宣伝部長の大きな理解があって成立したそう。「宗教上の理由から大阪の球団を応援することも、黙認して下さる懐の深さです」――、そう、もちろんこの“宗教”とは、渡辺が愛して止まない阪神タイガースのことだ。

そして、「補足」として、次のような“宗教”エピソードを披露している。

「甲子園に向かうべく阪神電車に乗っていた時の事。はっぴにヘルメットの6歳位の男の子が呟く様に、前奏から六甲おろしをフルコーラスで唄われていました。これはもう宗教と言わざるして何ぞや!以来わたくしも信心を重ねて参りました。排他的でない阪神タイガース教の信者として。あしからず」

このとても信心深い言葉に、同じ教徒からは「わたくしも信心を重ねて参ります」「苦しいときこそ信心が試されますね」「排他的原理主義の信者もおりますが、博愛と慈愛の気持ちを忘れたくはありませんね」などの声が上がっている。


渡辺謙さんがTwitterをやっていることを、今知った。女優メリルストローブが「王様とわたし」の楽屋に来たようだ。すごいな、、フォロワーになってみようかな、、



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ハーボニー終了後11週目に入る

26日でハーボニー終了後11週目に入った。相変わらず、朝方は肝臓あたりが重っくるしいが、起きてしまえば、沈黙の臓器になる。

採血は連休明け、13週目の5月12日になる。おそらくは、大丈夫だろうが、、待ち遠しい。



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断想 ことばの力

1.俳優 渡辺謙さんと山中伸弥さんの、後編の対談もまた刺激的だった。二人とも、「目に見えない力」の存在を信じておられる。また渡辺謙さんに風圧のような全開のオーラを番組スタッフは感じたようだ。二人の会話は気取りはなく、本音トークになっていた。山中伸弥さんは、相手が渡辺謙さんだからこそ、しゃべられたことが多々あったに違いない。あともう1回は見るつもりだ。

1-2.渡辺謙さんは、かつて白血病を発症し、その5年後に再発し、さらにはC型肝炎にも罹患するという闘病生活を送っていた。そのときの心持ちに触れながら「役作りも、役柄の“細胞”に備わる価値観やものの見方などを自分のそれと置き換えていくような作業に近い」と語る。その言葉に対して、日々細胞と向き合う山中伸弥さんは細胞について「単なる科学的対象というより、毎日『すごい』と驚かされるかわいいやつら」と応じられていた。ちなみに山中伸弥さんのお父さんはC型肝炎による肝硬変で亡くなられている。

1-3 渡辺謙さんは1989年、30歳の年に白血病になった。同じ1989年、ハリウッド映画「ブラックレイン」が遺作になった松田優作さんは、膀胱がんで11月6日に亡くなられている。米国進出の挑戦と応戦、「禍福は糾える縄の如し」のような人生のあやを感じさせる。

1-4 渡辺謙さんには、フィロソフィーがある。師匠は山崎努さんだろう。いい師弟関係だ。対談中に二回山崎努さんの名前をあげていた。二回とも、渡辺謙さんが役者人生のギアを切り替える際に、山崎努のことばが登場するのだ。「それでいいんじゃないか」と背中をおすことばだ。そうか、バカボンのパパの口ぐせ、「それでいいのだ」と同じだ。

2.バルセロナが舞台の「風の影」をあともう少しで読了するが、、正直あまり感動してはいない。ドラマは映画だけでいい。小説を面白いと感じなくなっているのも。

3.今、九段中等学校のパンフレットをきちんと読み続けている。アダや宣伝と侮らないで、その真意、フィロソフィーを読み取ろうと考えている。まじめに読むことで、長女の受検に役立つヒントを得たいのだ。

肺せんがんサバイバーと公立中高一貫校説明会

1.明け方、起きる少し前「ハセガワカズオ」という名前が浮かんだ。遠い昔の俳優の名だな、なぜと思っていたが、さっき録画していた肺せんがんステージ4の男性のEテレのドキュメンタリーを見たら、、その方の名前が長谷川一男さんだった。おっと思った。6年生存しておられる。闇雲に恐れず「正しく恐れる」と言われた、ものすごい知力を持たれた方だ。お会いすることはないだろうが、その思いは無意識の世界で飛んでくるのだろう。

1-2 今、検索してみると長谷川さんの後悔として、次の言葉があった。これは、治療全体に言えることで、患者自らが解を引き出さねばならない。

Q あの時こうしておけばよかったことはありますか?
(長谷川一男さん)
治療方針を流されて深く考えずに決断したのは後悔している。薬をいくつか併せて飲んでいたが、新薬は合併【注意】のため使わないでいたころ、肺癌学会があった。 3つ目の薬を使っていたら、もっと効いていただろうという発表。 調べれば出てきたはずの情報を調べず投薬しなかったのは血が逆流するほど後悔している。あとあと後悔しない選択って本当に大切。


本当にその通りだ。C型肝炎の治療も、情報を集め、方向性を決めることが大事であることは間違いない。

2.ある団体の理事長をやめられたMさんの病状を知ることができた。まわりの期待に応えて動きまわりすぎて、身体をこわしたのだ。地で生きることを矜恃としていた。既に糖尿病とその合併症が出ておられるようだ。タバコもすうかただし、身体を酷使したのだ。遠い昔、自分はMさんとは真逆を生きようと決めていた。一度も話したこともなかったが、心配になる。仁徳のある愛すべき男だからだ。起死回生を祈る。

3.土曜の午後、都立中高一貫校の説明会に行った。長女の進路を考えるためだ。九段中等学校に、小石川、九段、桜修館、白鴎、両国の5校の校長、教員、生徒によるプレゼンがある。その雰囲気を知る絶好の機会だ。九段の生徒の説明会が秀逸だった。長女はすっかり九段が気に入ってしまった。家に戻ってからも学校のパンフレットをずっと読みこんでいた。わたしの目論見とおりだ。さて、どうやったらなら、入れるか?親として支援できることを考えないと。他校との比較、校長の言葉「160人の生涯の仲間」とか、反芻している。

4.いま頭にあるのは、学校の教育理念と入試問題をつなげて考える習慣が大事ではないか?と考えている。そのフィロソフィーを踏まえ、過去問を徹底的に分析してみることだ。たぶんどこの親もやらない、わたしの試行錯誤にすぎないが意味はあるだろう。ちなみに、九段の
1.教育目標は「豊かな心 知の創造」。
2.「思考力、判断力、表現力、課題発見能力、問題解決能力」などの知識を活用する力を育てるため、特色と創意工夫のある教育活動を行う。

小石川のような理系優先ではないことはわかった。ありきたりの言葉だが、真剣に捉えてみたい。そうすれば、ここから問題の出し方を導きだせるかもしれない。必ず王道はある。



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九段中等教育学校の適性検査

九段中等教育学校の適性検査の出題方針は、、

「育てたい生徒像」を踏まえ、
小学校で学習した基礎的・基本的な内容と関連させ、
単に教科の知識の量を見るのではなく、
学習活動への適応能力、問題解決への意欲や
自己の将来展望、時事への興味・関心を
見いだせるような出題を基本とします。

「育てたい生徒像」とは
⑴自らの意志と責任で判断し、行動する力を身に付けた生徒
⑵自らの志を見出し、実現に向けて努力する力を身に付けた生徒

出題の詳細
①文学的文章や説明的文章などについて理解し、表現する力を見る。
②数量や図形の意味を的確にとらえ、多面的にものを見たり、考えたりする力を見る。
③日常生活に関連する課題を発見し、広い視野から分析し、解決する力を見る。
④自己の興味・関心・適性を理解し、将来の生活や生き方を考える力を見る。

以上である。

つまり、九段中等教育学校は「知識」そのものを聞く問題ではなく、「なぜそうなるのか」という問題を出している。仮説の提示が、正しく問う姿勢が醸成されていれば、適性を認めてもらえることになる。

乾癬退治の方針

1.最近、乾癬の治癒を実感してきている。ひたいや手の甲の赤みが退出してきているし、例年春先から、皮膚の内奥から乾癬が吹き出してくるような熱い感覚?は、今のところ、ないのだ。

2.首尾よく乾癬退治できるとなると、この夏は白のTシャツも気にせず、着られるかもしれない。



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井筒俊彦と司馬遼太郎の対談

最近とみに気になるのは井筒俊彦(1914-1993)だ。そこで、井筒俊彦が司馬遼太郎に語ったことを転載しておきたい。とりあえずコピペだが、いずれ原典から全て転記するつもりだ。

司馬遼太郎は、まさに「知の巨人」に遭遇した、、そう直観したはずた。なのでさすがに、他の対談者とは平気でよくやる我田引水をひかえておられる。気持ちの上で、正座していたのではないか?

〔井筒〕
少なくとも大乗仏教では普通は絶対者は真如、つまり「空」と同定され、「縁起」と同定されるようないわば抽象的なメタフィジカルな絶対的実在原理ですね。それが空海においてはメタフィジカルなままで大日如来(永遠の光の如来)という特異な姿をとって現れてくる。
それと反対のプロセスが、イスラームで起こるんです。イスラームではご承知のよう初めは素朴そのものといっていいほどの人格主義で生きた神の宗教ですね。それがモンゴル後、「真如」的な理念として思想的に働き始めるんです。
(中略)
真如という形で絶対者が表象されるようになる。
それからもうひとつは、光という形で表象されてくる。全存在世界は光の世界、神はこの宇宙的光の太源としての「光の光」。華厳経みたいなものです。


井筒俊彦は、イスラム帝国がモンゴル帝国との衝突の後、イスラーム哲学が大きく変化し、その結果、イスラム教は仏教と同質に語ることができると言う。

アッラーは普通言われている神ではなく、イスラム教が最も深いところで理解しているアッラーというのは、仏教がいう真如と同じだと言い切る。

別途腹に落ちたらぜひ取り上げてみたいが、井筒俊彦は、大乗起信論(意識の形而上学)において、仏教もイスラム教もユダヤ教もキリスト教もありとあらゆる宗教が合流した、それぞれの歴史で単独ではなし得なかった、新しい夢のようなもの、宗教なき宗教、宗教の先にある宗教を立ち上らせようとしている。
その立ち上る為には、それぞれの宗教がメタ宗教の観点として仏教のような思想形態がどうしても必要だと言う。

ここまででも相当深いが、二人の対談はさらに唯識にまで広がる。

〔井筒〕
阿頼耶(アラヤ)識のどん底というか、西田哲学では「無底」といっていますけれども、「無底の底」という世界を考えてみると、どろどろした本当のカオス的な世界で、無じゃない。無じゃなくて有なんだけれども、何ひとつものが形をなしていない。そういう全体が無定形の言語的意味志向性のみ渦巻く世界で、神がそこに君臨している。
(中略)
私に言わせれば、阿頼耶識とは、第一義的には、意味が生まれてくる世界なんです。意味というのは存在じゃない。存在じゃなくて、「記号」なんですね。つまり、記号が生まれてくる場所。それが言葉と結びつくと、言語阿頼耶識になる。
(中略)
つまり、結局すべてコトバだということですね。まだ言語そのものではないんだけれども、言語化されるべきものである。
言語すなわち名称性を志向している浮動的流動的な意味単位の群れが自己顕現しようとして、いつも動いている内的場所。
自己顕現して、たまたま因縁があえば経験的な存在の世界になってあらわれてくる。それを、外的な世界だと思ったら、間違いになる。というのが、ごく簡単にいえば唯識の哲学的立場ですね。


ここまで、そして以下は被コピペ者の言葉だが、、

非常に明快に、簡潔に唯識のいう阿頼耶識を表現している。
阿頼耶識とは意味が生まれる世界。ラズロー博士はCOSMOSの中で、アカシックフィールド(アーフィールド)と表現し、情報の染み渡った宇宙全体と表現している。情報の源泉であるが、意識上の情報ではもちろんなく、全ての源となる物質やイメージの元型が存在する、「心」そのものであり、「宇宙」そのもの。

華厳でいう帝釈天では、玉が網の目ように張りめぐらされ玉の1つ1つはお互いにお互いの姿を映し合うことで全体像をつくりだす。それぞれが影響しあい、「私」はすべてのものとの関係の総和によって規定される。

華厳の世界観が、最新の量子論であり、唯識は最新の深層心理学とリンクしている。井筒俊彦は、仏教が生きる為の知恵であり、かつ普遍的な宗教の導き手として仏教、諸宗教にとってのメタ宗教としての仏教を語られているが、現代の最先端の物理学は実験実証プロセスでようやくおいつきつつあるように思える。

追記、たぶん若松英輔さんが書かれた(By Padova - 2011/4/28)のでは?と思う
井筒俊彦著「神秘哲学」のコメントを掲げておきたい。

井筒俊彦自らが、後年「無垢なる原点」と呼んだ『神秘哲学』(1949)のオリジナル版である。
著作集版にくらべて、術語、文体ともに、若き井筒俊彦独特の風合いを備えている。この本を、一度で理解したいと思う、せっかちな読者には、著作集版の方がよい。しかし、井筒俊彦の思想的遍歴を垣間見たいと思う読者には、ぜひ、本書を薦めたい。

ことに、本書の序文は、著作集版にはない、執筆当時、井筒が直面していた実存的危機と、それを打ち破ろうする熱情に満ちている。序文を読むだけでも、本を買う意味はある。

こうした本は、数年かけて読んでもよい。『意識と本質』そして、この初版『神秘哲学』を繰り返し読むだけで、
ほかの著作を手にしなかったとしても、井筒俊彦を誤認することはないだろう。

また、ギリシア神秘思想史を論じた著作としても秀逸で、日本は、この著作を超える同質の論考を有していない。

通読する時間的余裕を持たない読者は、索引を頼りに、関心のあるところだけに触れても、これまで見たこともない思想世界へいざなわれるに違いない。

犬の散歩で行きかう人たちの素描

1.今朝の肝臓は少し重っ苦しいかったが、痛みはなかった。黄色マーク。

2.家内が職場に復帰して4日目だが、次女が38度の発熱で保育園を休むので、家内も職場を休んだ。それを受け入れてくれる環境は、ありがたい。普通の企業だと、そうはいかないだろうが。

3.朝と夕方のコーギーの散歩は、わたしがやっている。朝は文庫本を読みながら、夕方はスマホでYouTubeを聞きながら、30分ほど散歩をしている。散歩のコースは決めている。

4.コーギーのモモは人好きで、人がモモを見ると、見つめ返し、近づいていく。社交家だ。モモを通じて、散歩中に、知らない人とあいさつ程度だが、会話することが多い。また、あいさつすることはないが、よく見かける人が何人かおられる。若くはない女性を、よく見かける気がする。モモ散歩しなかったなら、こんなにも同じ人に会うことなど、気づかなかっただろうに。

5.たとえば
・いつも黒っぽい服で、手提げの荷物を抱えて歩いている女性で、遭遇すると、切ない気分になる。
・ペギニーズの散歩していた女性(たしか北詰さんかな?)は、会うといつもモモにおやつをくださった。いつの間にか引越しされ、ご自宅は取り壊され、売り出しされていた。家内も、お別れのご挨拶もできなかったことが、気にかかると言っていた。その方のお母さんがある日、自宅近くの道を歩行中に倒れられ、亡くなられたと言っていたな。
・いつもモモを見てから毎回おなじ質問をする70歳代の女性がいる、、「お嬢ちゃん?お坊ちゃん?」と。「メスです」と微笑みながら、応えている。



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杉並区の民泊

ハーボニー終了後10週目に入った。今朝はやや肝臓の凝り?を感じた。さしこむ感じではない。なので黄色マーク。

さて備忘として、産経の記事を、以下に掲げておきたい。もしかしたら、と思っていたことが新聞記事にあった。不思議た。こりゃ、縁起だな、、

杉並区も民泊条例制定へ 地域振興、外国人観光客受け皿に
2015.12.5 07:00

2020年東京五輪・パラリンピック開催決定などで、都内を訪れる外国人観光客が増加傾向にあるなか、杉並区は、住宅などの空き部屋を宿泊施設として活用する「民泊」を認める条例の制定を目指す方針だ。条例制定で、外国人観光客を取り込み、地域振興につなげたい考えだ。

旅館業法では、宿泊施設として営業する場合、フロントなどの必要な設備を整備することなどが求められている。

国家戦略特区の対象地域になっている同区は、特区による規制緩和を利用し、住宅の空き部屋などを宿泊施設として活用する「民泊」を認める条例制定を目指す。

区内にはアニメ「機動戦士ガンダム」をはじめ、アニメ制作会社約70社が集積する。声優の仕事に挑戦できるアフレコ体験などができる「杉並アニメーションミュージアム」(同区上荻)の昨年度の外国人入館者は約3900人で、17年度の約160人の約20倍に増加。今後も、区内を訪れる外国人観光客が増えると予想される。

その一方、住宅地が区全域の約85%を占める同区では宿泊施設も高円寺、阿佐ケ谷の両駅周辺など6カ所しかなく、増加傾向にある外国人観光客の受け皿となる宿泊施設が不足していることが課題となっていた。

区は「商業地域などを中心に民泊できる施設を整備し、旅行会社と連携して外国人観光客を呼び込んでいきたい」と話している。

都内では、大田区議会で今月、民泊を認める条例が制定される見通しになっている。羽田空港を抱える同区では、区内宿泊外国人が昨年、前年比45・5%増の13万3000人に急増。区内旅館・ホテルの稼働率は9割を超え飽和状態という。

諸事雑感

1.今朝は8:30に家を出て、保育園で着替えなど準備を終え、保育士に預けるために次女を抱きかかえると、次女は少し微笑んだ。きのうはすこし涙を浮かべたが、泣かなかった。長女のときと違い、順応がはやいかもしれない。

2.長女は、昨日、5年になっても、学校の合唱団を続けたいという。いったんは辞めると言っていたのだが、合唱の先生に続けて欲しいと言われたようだ。長女の意志がだいぶ出てきた。身長は141cmになっているし、昨夜、ふとまた身長が伸びた感じがした。この1年で変貌するのだろう。

3.昨夜もピケティの白熱教室を聞きながら眠った。ピケティその人に、過度な、思い入れしても意味はない。21世紀にマルクス偶像は要らない。ピケティは、過去300年分のデータに基づいて資本のメカニズムを注視することを、喚起してくれたのだ。大事なのは、資本は成長を上回るという現実だ。

4.わたしにできるのは、15年くらいのスパンで、子どもたちに資本のメカニズムを感じ取らせるような環境づくりなのだろう。ジュニアNISAを武器にして。

5きのうざっくり、401Kを概観してみたが、商品がよくないし、発展、拡大はしないだろう。
またスルガ銀行がかかわっていたりして、虫唾が走る。冷静に見て、街金以下であり、日本にあってはならない悪徳銀行だからだ。かかわった人にハッピーな人が、いったい何人いただろうか?

知恵袋にこうあった、
「スルガ銀行は,銀行法施行規則13条の6の7等に違反して,個人情報の違法収集を組織的に行っていましたが,我々が裁判を起こし(東京地方裁判所平成19年(レ)第467号),金融庁に違法事実について申立を行った後の平成19年12月に,日本で唯一の違法規定の廃止に追い込まれました。違法銀行スルガと闘う被害者の会VAIBSの回答でした。」

6.昔「金持ち父さん 貧乏父さん」は大いに売れた。わたしも買って読んだが、あの話はフェイクだった。その作者ロバート キヨサキを痛烈に批判する町山智浩氏の言葉を以下に。







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上野動物園と「風の影」

1.15日の金曜日は、快晴のなか、家内の要望に従い、次女を連れ3人で上野動物園に行った。大江戸線で35分で上野御徒町に到着。上野公園まで5分。そこに来るといつも思い出すこと、、彰義隊と西郷隆盛が率いる薩摩軍と、東大病院の所から発射されてアームストロング砲を想像してしまう。大村益次郎の采配、戦いは一日で決着したという。司馬遼太郎から教わった。

動物園の正門や不忍池の出口は工事中で、いつもより入場者はすくなかった。次女のお気に入りはゾウたちだった。驚きだったようで、ずっと動こうとはしなかった。それと、親が隠れて見えなくても、泣かずに、自販機の釣り銭口に手を入れたり、一人遊びをしていたことも、意外だった。

2.昼は東口のところで食べた。自宅から持ってきたものばかり。玄米のオニギリは美味い、生ビールが550円で売られていたが、その前を金麦ね缶をもった女性が通った。それがいい、次回は家から保冷剤とエビスの缶ビールを持ってこよう。贅沢な気分に浸れるだろう。

3.動物園の行き帰りで「風の影」上巻を読了した。遅読だな、、気に入った文章をいかに掲げておきたい。

302-3
あの瞬間にはじめて、これが不在と喪失の物語であり、孤独な人たちの物語なんだと理解した。この物語のなかに逃げこんで自分の人生に重ねてしまったのは、たぶん、それだったのだろうと。小説に逃げ場をもとめる者のように。なぜなら、そういう者にとって、自分の愛したいと思っている人たちは、知らない人間の魂に住む影でしかないからだと。

377-15
人生は、われわれの知りえないことを知っているらしい。


4.練馬駅には15時すぎに戻った。M酒店に酒粕は在庫してないかたずねると、「ない」という返事。もう春だし、そうだよなと思った、が、売りものではない酒粕をくださるという。驚きと恐縮。それではとエビスとプレミアモルツを2缶ずつ買うことにした。

5.同じころ、前職のときの友人カワセ氏からメールがきていた。
「ご無沙汰してます、カワセです。今、あの山下さんと練馬駅前にいます」と。が、メールに気づいたのは翌日だった。

そこでこう返信した
「ご無沙汰してます。昨日、その時間は、家に戻ったところで、メールチェックしていれば良かったのですが、残念でした。5月下旬になれば、C型肝炎が一応、治癒が確定しますので、あらためてご連絡いたします。また軽い宴を、しましょう」

するとさらに、返信がきた。
「山下さんは練馬駅前に賃貸マンション経営とNPO法人の役員をやられてご活躍のようでした。色々と相談に乗ったり、就職の紹介をした吉川氏の消息がなく、転職して失業して辛いとの相談が最後とのこと。神崎さんが昨年、会社が倒産し京都に戻られたとのこと、、、等々、、、豊田さんが色々な意味で元気なら囲む会もあるのにと、二人で少し懐かしんでいました。色々とネットワークの広い方なので、企画開発商品の販路紹介をお願いし、今後も会いましょうと、別れました。だいぶお酒は弱くなられましたね」

固有名詞を出したが、社名がない限りつながりは見えず、特定はできないと思い、そのまま表示した。こうしておかないと、固有名詞も忘れてしまうだろうし。

一瞬だが、すっかり遠ざかっている前職の空気を感じた、が、過去を懐かしむ心境になってはいない。会うのは、夏の暑気払い頃がいい。

そういえば25年前の8月21日に、電話で医者からC型肝炎を告げられたのだ。会社から南町医院に電話したら、院長が明るく「全身倦怠感の原因がわかってよかったね」と言われた。そのとき、そばにカワセ氏がいたな、、



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ピケティと久松湯

1.新宿区の図書館からピケティ「21世紀の資本」を借りた。マルクス資本論よりは読みやすいが、やはり分厚い。みすず書房から出た本だった。

2. この本でピケティが着目しているのが、資本の力。 富を生み出す力は、働いて得られる所得よりも株や不動産などの資本のほうが大きいことを示し、それが格差拡大につながっていると主張する。ほとぼりがさめた今、図書館から借りて読むタイミングとして、丁度いい。無論、全部は読めないし、その気もない。マルクスだって読んだのは向坂逸郎訳の第1巻・第1章だけだった。

2.なので、まずは目次をみて、おもしろそうなところ一箇所みつけて読み込むだけだ。ずっと記憶に残りそうな一文がみいだされればいい。それが傍論でも構わない。その参考に、NHK白熱教室のピケティの講義をYouTubeで見ている。マルクスとピケティの違いは、後者は各国の膨大な税務データによる統計があり、その分、マルクスのような精緻な理屈をこねたりしていない。つまり資本の圧倒的な優位性は共通している。

3.近所の久松湯が5月21日かな?テレ東の「昼の銭湯酒」とかいう「孤独のグルメ」みたいな番組の舞台になるようだ。久松湯近くのギョウザやさんでロケをやっていた。スタッフに近づき、話しかけて尋ねたので、ADの女性がにこやかに応えてくれたが、あぁおれは迷惑な通行人オヤジなっているなと気づき、謝って離れた。撮影は大変な作業だな、、これでまた久松湯のお客は増えることだろう。

4.久松湯の創業者は、先祖代々の地主であり、不動産の資産は相当ある。ピケティの資本の論理そのものだな、と感じさせる。あと5年くらい続けば、損益分岐点を超えるだろうし、すでに、この地域のランドマークとして、揺るぎないものになっている。



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次女のならし保育

1.今朝は肝臓の痛みはなかった。が、左肩が痛む。8週ころまでウィルスが検出されていた方も無事SVR12になられたようだ。よかった、めでたい。みんなみんな、治っていく光景は、さんさんと陽のあたる春の草原に立つ人々を見ているようで、気持ちがいい。こうしてハーボニー効果が星火燎原のようになってくると、遠からず、わたしも、草原の椅子に腰かけ、25年分の深呼吸ができるだろう。

2.今週から次女を、保育園に送るのがわたしの日課となった。5年前まで、長女が通った保育園なのでラクなはずだが、園についてから支度に戸惑う。エプロンは3つ、足拭きタオル、着替え一式、フックにかけるバッグの下げ方に注意し、最後は次女の靴下を脱がし、裸足にして保育士さんにわたす。

3.月曜はものすごい泣き声だったが、その音量が徐々にダウンしてきた。楽しみ方がわかってきたのかもしれない。食事のときは、全員もくもくと食べていると保育士さんの連絡日誌にあった。次女は順応が早いようだ。




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肝臓の痛みとPTA

1.きのうからハーボニー終了後9週目に入った。ここから12週までが最大の関門?かもしれない。

2.何故関門かというと、朝、目を覚ますと肝臓のあたりの痛みは依然として、あるからだ。もっとも、痛みはそのときだけで、起きてしまうと、痛みは感じなくなる。副交換神経から交換神経に切り替わるところで、痛みは感じなくなるのかもしれない。

3.みぞおちあたりがキリキリする、といった痛みではない。それが起きたとしたら、再燃かな?と思っているが、キリキリとした痛みではないので、不安はない。

4.今、乾癬は下半身に集中している。手や顔や胸は落ち着いている。軟骨は使っているが、在庫がなくなってきた、さてどうするか。追記、夕方、南町医院に行き、従来と同じ軟膏を処方してもらった。ひさびさの院長の診察だった。
あぁ、25年前、この先生からC型肝炎を告げられたんだな、、わたしもそうだが院長も老いたな、、

5.5年生になった長女のPTA会合に出た。私の他に父親の参加者はいない。クラスごとに学級委員とか各種委員を決めなけれならない。よそのクラスより早く決まって行ったが、一つだけ、広報委員が決まらない。仕方が無い、手を上げた。年3回広報紙を作る。

6.長女のクラスの先生に初めてお会いしたが、落ちついた話し方で、好感がもてた。早速お願いをした。テストの解答用紙に日付けを入れて欲しいと。出来てない問題がいつ実施したものなのか、知りたくなるからだ。先生は了解してくださった。



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山中伸弥さんと渡辺謙さん

NHKで山中伸弥さんと渡辺謙さんの前半の対談をみた。渡辺さんの問いがいい。共感したのだ。

細胞に意志があるかを知りたい、そんな問いであり、わたしの闘病生活においても、似た問いをもっていたので、妙に嬉しかった。わたしの場合は、「人体の、60兆細胞の司令塔は常住する」というのが、体験的結論だったな、、

1.渡辺謙さんが、C型肝炎にも罹っていたことは知っていたが、ペグリバで治癒されていたのでは?と思っていたが。対談の中で、ハーボニー治療をされたと知った。ブロードウェイで「王様とわたし」を演じていた頃だとすると、アメリカで、自費で、のまれたのではないか?、その演技の疲れで足にダメージがきていた映像をみたが、ハーボニーの影響もあったのかもしれない。渡辺謙さんの回復力はすごい。立派だ。

2.山中伸弥さんは、ノーベル賞が決まったときに、責任の重さを語る硬い表情が印象に残った。「10年後には治療に結びつく」と、難病の子をかかえる母親に報告した話を会見で語ったとき、山中先生は涙ぐみ、ハンカチを取り出されていた。

3.前に似た映像があった。HIV治療薬を最初に開発した満屋裕明先生がある患者さんとの思い出話で涙するシーンを、やはりNHKで見たことがあったのだ、、

あぁ、お二人とも、一人の患者との対話を思い出し涙する、、日本人の優しい心ねをもった方々だなぁ、とあらためて感じた次第。お二人の姿勢もそうだし、われらの溝上先生もそうだが、医は仁術を感じさせる。三人とも声がいい。感謝。

4.山中先生は35歳くらいのとき、研究者をやめようとしていた。丁度その頃、肝硬変で亡くなった父親が母親の夢枕にたって、研究者をやめてはいけない、思いとどませるように言ってきた。母親からその話を辞める寸前に聞き、思いとどまり、研究者の道を続けたと、淡々と語ったのだ。

霊的なことを対談のメインストリームに持ってきて話さず、余談のように話すところがいい。東大病院の矢作直樹さんは、こうした話を前面出してくるので、全体がおかしな方向に向かってしまう。矢作さんは人間学?のリテラシーがやや欠けているように思う。小林秀雄のような境涯にはなれないだろう。



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米国株市場を知る

1.このところ、朝ほぼ毎日、肝臓の部位に痛みを感じる。何故かはわからない。痛みがあった朝はカレンダーに書きこむようにしよう。

2.昨日は午後、大手町サンケイホールで行われた米国株市場の話を聞いた。あぁ、おれは何も知らないなという、新鮮な驚きがいくつもあった。まずは、メモったことをランダムに載せておきたい。系統的に理解するための下準備。全く自分のためだ、おゆるしあれ、、

01 講演 広木隆氏の言葉 (このセミナーを差配しているのでは?)相場の一般概論。学者みたいな人だな。
・日本は社会主義に近い国、本物の資本主義は米国だけだ。米国で投資をやる。
・ピケティは、歴史的事実として「R > G」を証明した。つまり、資本のリターンは経済成長率より高い、といった。
・バルザックの話を踏まえ、昔は結婚しないと資本家になれなかったが、今は株主になればよい。

02 バネリスト 川田重信氏の言葉
・資産運用の視点で、短期でなく長期的に取り組む。
・アクティブ運用よりパッシブ運用が優る。
・アメリカ市場の右肩上がりは、過去の米国株価の対数表から明らかだ!
・わたしは講演者を一人も知らなかった。松本大さんは登場しない。川田さんの話しぶりは面白い。大和証券におられた頃と、様変わりしておられるようだ。akioさんのコメントでそう感じた。

03 パネリスト 岡崎良介氏の言葉
・フィンテックがいずれやって来る。

04 あらためて思うが、この業界は山師の集まりだな、だれも、何も、わからない世界だな、、無知の知を自覚した。

今日がちょうど9000日!

1.2016年4月10日の今日は、1991年8月21日C型肝炎と診断された日から、丁度9000日目にあたる日だ。ふりかえると8000日以降になって、にわかに光がさしはじめた。きっかけはNHKで見た泉並木先生の話だ。スイッチが入った、自分もどうにかなるのでは?と思ったのだ。オーダーメイド治療という言葉によって心のギアがはいった。

それまでの7000日間は不治の病と決め込み、意固地になっていて、肝炎のお仲間に縁しようなどとは、考えないでいた。

ともあれ、もうじきハーボニー終了後9週目に入るが、ウィルスは、消えたまま行けるとみて、いいだろう。

2.昨日は、午前中、家族4人で東上線ふじみ野駅北口から15分、イチゴ園に行った。次女がすこぶるイチゴが好きなので、自分て摘んで食べさせてみたかったのだ。30分食べ放題、1歳4ヶ月の次女は、ひとパック以上食べていた。ビニールハウスから出ても、一人引き返し、食べようとした。次女のお腹はポンポコリンになっていた。

午後は、ふじみ野駅の反対側にある天然温泉、真名井の湯に初めて行った。高濃度の炭酸泉が秀逸だった。が、食事はあまり、、ギョウザは家庭のものと大差ない。

3.この温泉には、気圧調整ルームがあったが、2年前に、二人死亡する事故があり、現在は利用できないと知った。死因は特定できたのかわからないが、、実際にその場所に行ってみて、装置に対する安全管理に問題があったのではないか?

吉祥寺の進盟ルームのように、必ずスタッフ一人がルームの中にいて安全確認するような態勢は、そこにはなかった。気圧を上昇、下降をくりかえさせることは身体に負荷がかかるわけで、真面目に管理しないといけない。

この日は14.52kmと、よく歩いた。健康寿命は、歩くことが基調となるのではないか、、



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任意後見契約

1.昨日は、雨のなか、中央区の公証役場に行った。公証人による任意後見契約書を締結するにあたり、立ち会うためだ。契約書原案は、わたしがサイトから妥当なひな形をピックアップし、それを少しアレンジして、公証人に送っておいたものだ。

2.委任契約から後見契約と移行型の契約書にしたが、それよりキモは、後見人を二人たて、それぞれ単独で後見できるようにしたことだ。理由は3つある。
①後見人の2人は被後見人の子であり、仲はいい。ただ二人とも還暦が近く、潜在的な病気のリスクがあるから。
②いずれ家裁が選任する後見監督人との関係で、十分対抗できるようにするため。
③実際に、後見の開始の見極めが一人では判断しにくいから。この見極めは難しい。たとえ、後見人の一人が医師であったとしてもだ。むしろ、親となればかえって判断難しくなるのではないか?

3.担当いただいた公証人は事前に確認を済ませていて、契約書正本と副本3通を作り上げておられた。一通り契約書を読み上げ、正本に3名の署名押印し、完了した。正味30分。公証人手数料等は73千円ほどだった。これで今後、認知症が進んでも、法的にはクリアできそうだ。またいくつか公証人に確認したことは有意義だった。その公証人は前は検事をされていた。公証人は家裁の判事だった方が多いと聞いていたが、

4.任意後見はいい制度だが、法定後見はいい制度とは思えない。裁判所が選任する後見人のクオリティがマチマチだからだ。申し立て人の希望は、財産が一定を超えるとまず、かなわず、後見人をおいそれと取り替えることはできない。

5.申し立て人が後見人になると使い込みをする事例が多いという認識が家裁にあるようで、今は、第三者が後見人になる傾向が鮮明になっているというが、、何かおかしい、齟齬があるように思えてしかたがない。

あえて言えば、親族 申し立て人の側には、それなりの正当性のある「合理的使い込み」もあるのではないか?



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ハーボニー余話

1.先日、国府台病院で診察を受けた際、M先生のデスクに、ギリアド サイエンシズ社が制作した
「ハーボニー配合錠を服用される皆様へ」
「C型慢性肝炎について ジェノタイプ1型と診断された方へ」
の冊子が平積みされていたので、いただいた。

2.監修が熊田博光(虎ノ門病院 分院長)とあった。思わず「なぜ熊田さんなの?よく監修なんかできるな」と声を上げた。2015年8月の肝炎戦略会議のときの、この方の高圧的な態度、越後屋、悪代官のような歩き方が蘇った。その議事録には記載はないが、途中で退席する姿が、強烈な印象として残ったからだ。

3.今、なんとなくわかる、肝臓病における虎の門病院の圧倒的な知名度を援用する意図がギリアドにあったのだろう、と。前に、武蔵野赤十字病院の泉先生がテレビで、医療関係者がハーボニーを知らないリスクを訴えていた。多くの医者は肝炎といえば、未だにインターフェロンを想像し、誘導してしまうのだろう。

4.そうだ、聞くところによると、武蔵野赤十字病院はハーボニー治療に積極的でなく、アッビイか何かに注力しているらしい。あらためて去年7月に、武蔵野赤十字病院から国府台病院に移ったのは、正解だった。あのまま、武蔵野赤十字病院にいたら、今だに、C型肝炎ウィルスが身体を巡っていたかもしれない。

5.実際、どうなのだろうと思い、武蔵野赤十字病院の口コミを検索してみると、膵臓がん末期患者の記事に遭遇した。2010年5月に分かったようだ。その頃、わたしは直腸がんが見つかり、心穏やかでなかったし、この方のような透徹した文章は書けないでいたな。

さらに検索すると、その人はアニメ監督の今敏氏という方だった。2010年8月に亡くなられた。
「突然の訃報および別れを告げるエッセイは多くの人の涙を誘い、制作中だった新作「夢みる機械」を完成させるべく多くの人が奔走していたわけだが、昨年夏の武蔵野美術大学での回顧展と第2エッセイ集の発売を最後に同氏のホームページの更新はぱたりと止み、そして昨年暮れで「夢みる機械」の公式サイト(http://yume-robo.com/)は見られなくなってしまっている」とあった。死せる人、生き残る者と、人生はさまざまだ、、



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勝負の、終了後8週目の診察

ハーボニー終了後8週目の今日、午後国府台病院に行った。さほど不安はない、C型肝炎が終息するかもしれない状況なのに、平静であり有頂天にはなっていない。もう、なるべくしてなる、、淡々と、肝炎のお仲間の方々のうしろについて一列に並んでいる、、ようなイメージに変容していた。勝負の8週なのに、平安寂静としていて、心境って、ホントに絵師のごとく、かわるものだなぁという感慨にひたる。

こころは想像以上に多様で、繊細だ。あたかも、小さなギアがいくつも噛み合い、回転しているように、微妙にして小さな心理の動きが一瞬一瞬重なり合って動いているわけで、肝炎のお仲間とのやりとりの機微、その影響は計り知れないほど、大きい。

選択のスイッチを入れるためには、まず人と対話することだ、と確信している。

採血の結果はつぎのとおりだった。

AST 18
ALT 15
γーGTP 13
アルブミン 4.7
血小板 18.9
白血球 51
M2BPGi 0.70(前回 0.67)
HCV 検査中(前回の第4週目は「検出せず」)

4月2日に皇居から後楽園まで16km歩いたので、まだカラダが回復してなかったから、全体の数値が低いのでは?と思った。

M先生は「AST18 ALT15と数値がおちついているのでウィルスはいないだろう。もし、再燃していたらその2つの数値は暴れ出すから」と言われた。

次回は第13週目の5月10日に検査する。25年間かけた「決算日」になる。

ここまで来たら、今度こそ、いい結果になるだろう。



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足の痛み

1.明日はハーボニー終了後8週目の検査をする。まだ、肝臓の部位に鈍い痛みがあるが、ウィルスが再燃している感じはしない。うまく説明できないが、カラダがそう感じている。無論、明日の検査ですぐにわかるわけではないが、肝機能が暴れていなければ、8週目はたぶん大丈夫だろう、と見切っている。

2.94歳の母は6日間、虎ノ門に入院し、先週金曜日に退院した。午後実家に見舞いに行った。両足のひざが硬くなり、あしが動かないのだ。意識はしっかりしていて、ボケてはいない。ただトイレに行くのがこれほど大変だとは、わからなかった。バリアフリーにはできないのだ。

3.常に、健康な足腰でいることは喫緊の課題だなと感じている。右足の



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花見三昧

1.今朝も明け方、肝臓の部位は痛かったな、、

2.皇居乾通りの花見は。当初31日までだったが、明日3日まで延長された。たぶん両陛下の配慮だろう。明日は晴れるようだし、混雑するに違いない。そこで、今日、次女をベビーカーに乗せ家内と3人で出かけた。桜田門→坂下門→乾通り→田安門→靖国神社→九段中等学校→神楽坂→後楽園と、5時間近く、よくまぁ歩いた。

3.皇居の中は、「自撮り棒禁止」とあった。正しい、その棒は日本人の発想ではないだろう。韓国か中国の発想ではないかな、、あまり美しい光景ではないからだ。通り道にたちはたがり、写真をとる中国か台湾の人がいた、日本人と違うのはすぐわかる、マナーの悪さ、こうした光景は、これからさらに増えていくだろう。つい日本こそモンロー主義もありではないか、と思ったりした。経済は成り立たなくなるし、偏向した考えとはわかってはいるが、、福沢諭吉の脱アジア論が浮かんだ。

4.家内が皇居前の広場は、なんだかパワースポットではないか、と言っていたな。GHQ本部があった第一生命ビルや御成婚記念の噴水を遠くに見ながら歩いていると、戦後の歴史を感じ、今上天皇の国民を見守る目線を感じるのだ。花見の行列をどこかで微笑みながら見ておられる。そして平成天皇は、日本国憲法を最も深く、2000年の時間軸で読み込んでおられるな、といつも、強く感じる。もとよりわたしは国旗を振ることは好きじゃないし、天皇制崇拝者でもないが、素朴に、今の平成天皇と皇后を尊敬する。

5.坂下門のボディチェックの場所にたどりつくまで、砂利道ではなく、長い道が続くが、高齢者やベビーカーはバリアフリーの舗装路を歩けた。ボディチェック附近にいた皇宮警察幹部の3人に「ありがとうございます」とお礼すると、三人とも、敬礼ではなく頭を下げられた。恐縮したし、皇居はいい空気が流れている、と感じた。



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長女の銀行口座

1.早朝、肝臓あたりが痛んだ。いつになったら払拭されるのだろう。
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「持続する志」はいつまでも
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