折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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年越し蕎麦

1.ハーボニー44錠目は8:00に飲んだ。残りは40錠か、40日で大丈夫なのかな、やや再燃の不安がある。

2.家内が、自宅の近くに蕎麦の製麺所はないかと聞いて来た。今は、そういうところは蕎麦屋をやっていると思いながら、検察すると、新井薬師に浅見製麺所という名の蕎麦屋?さんが店頭売りしているとわかり、昼過ぎ、家族総出で行ってみた。自転車で20分、意外と近い。4人前そばつゆ込みで2100円とリーズナブル。

3.蕎麦は夜食べるとして、帰りはどこかファミレスかなと考えていたら、長女が回転寿司の「銚子丸」がいいと主張。そのペースに巻き込まれ、豊玉南の銚子丸へ。14時頃は混み合って待つことなく、すんなりテーブル席へ。次女も眠りから覚め、物珍しくキョロキョロしていた。ここのあら汁を家内と長女は気に入っている。わたしは今日は穴子がうまかった。

4.大晦日、1年をふりかえり象徴となる出来事は

⑴待望のハーボニー治療を始めたこと。

⑵叔父がC型肝炎による肝がんで死んだこと。

⑶次女が無事満一歳になったこと。

⑷本はマルティンブーバーがいい。

生老病死を実感した1年だった。



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忘年会の日が来た

1.ハーボニーは折り返し、後半に入った。その43錠目は8:50に飲んだ。

2.午前10時、豊島園のスタジオアリスで次女の1歳の記念撮影に。途中、長女が自転車でこけて、あごを打撲し涙目に。結局、姉妹でとる撮影は別の日にした。

3.昼食をとると眠くなる。この感覚は懐かしい。91年にC型肝炎とわかった頃、昼食とるとストーンと眠りにおちたものだった。

4.さて今夕は、年1回しか会わない、気のおけない仲間たち(わるい言葉では、ない)との忘年会だ。なんだかつい最近やったような気がする。1年は瞬く間に過ぎるな。

5.忘年会には、去年から長女を連れていっている。12人程度の集まりだが、みな元気だった。話題は確定申告、年金のこととか話題になっていた。去年はシメプレ直後でぼっとしていたが、今夕は話題に参加できた。

①クリエイティブディレクターの廣澤は、94歳でなくなった父親の話、亡くなる直前までピンピンしていて、ひいて聞いていると、まさにピンピンコロリと理想的だなと感じた。

②役者の山本が、「おまえのC型肝炎、いい薬が出たんだってな」とふってきたので、「そう、1錠8万円、もう42錠のんだ、335万円は使った。今折り返しであと335万円使う。ほとんど助成される。みんなの納税のおかげだ」と。「そうかおれのタバコの税金は、おまえに回っているんだな」「そうだ、ありがとう」と荒唐無稽の対話。

③小学校の校長福川が来年3月に退職すると知った。その小学校のサイトの前文は、福川が考えているようで、みんなで読み上げ、大いに笑った。船に例えていて、福川らしいからだ。

「 いよいよ平成27年度 125名の一年生を迎え全校児童766名を乗せた「H27◯小丸」が出航しました。船長としては、何より「安全な航海」と「学び、かかわり、元気な子」の育成をめざし、職員一丸となって取り組んでいく体制を整えたところです。一年間の長旅なので、時には荒波に揺られることもあるかもしれませんが、その一つ一つの波を真摯に且つ謙虚に受け止めながら、学校教育目標に向かって舵取りをしていきたいと思っております。」


61歳の男たちの会話を見聞きして、長女は「同窓会って楽しいね、来年も行きたい」と喜んでいた。ツボに入ったようだ。



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第10クールの症状まとめ

1.今朝も快晴、ハーボニー42錠目は7:42に飲んだ。これで丁度半分、335万円を費消したわけだ。C型肝炎はGHQが目論んだ集団予防接種に始まる医原病といえるが、それはそれとして、今回の助成に感謝している。すでに何度か書いているが、くりかえし書くだろう。

2.ハーボニーのスタートは11月18日、そこから4日ごとに区切り、おとといで第10.クール(12月24日から12月27日まで)4日間が終わった。そこで症状をまとめておきたい。前クールと同じ内容でもよしとする。

①頭痛、咳はもうしなくなった。
②睡眠は、よく眠れる。実は昼すぎも、かなり眠くなる。
③乾癬は、依然かゆみがある。
④右の足裏の痛みは、依然として痛む。
⑤便秘はなくなった。
⑥著しいのは「肝臓の痛み」だ。差し込む様な痛みもあれば、ちりちりした痛みもある。説明は難しいが、わたしの場合は確実にある。

そこで肝臓を温めることがいいと知り、28日から使い捨てカイロを肝臓の部位にあてがってみた。なかなかいい。多くのかたは既になさっていることかもしれないが、新鮮な感動だった。

おかげて肝臓の痛みは緩和した。当分続けてみる。

3.私見。ハーボニー治療の場合、ウィルスの「ケンシュツセズ」が4週目だろうと8週目だろうと大差ないのでは?と。むしろ後半の6週の生活習慣(食事、運動、排泄ほか)が大事ではないか、と思っている。とりわけリンパの流れは重要だと。どうやったらウィルスを 退出させらるか?試行錯誤が続く。



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4週目「ケンシュツセズ」に。

1.今、市川から帰る途中。4週目のウィルスの結果が「ケンシュツセズ」と出た。ありがたい。シメプレ治療後の再燃が1月だから、ほぼ1年ぶりの検出せずになる。

2.担当のM先生と、にこやかに対話した。
あらためて、やはり検出せずは、気分がいい。

「ただ、まだウィルスはいますから、安心しないでください。わたしの患者さんで、ウィルス量が6から1週目で「検出せず」でしたが、8週目で再燃した方がいましたので。ただこの方は2型でしたが。1型の場合ハーボニー終了後3週すぎて、検出しなければ、そのあとは大丈夫。エビデンスがそうなっている」と。

3.ハーボニーが登場してからは、1型より2型の方が治癒率が下がるという。かつては2型の方が圧倒的に治癒率は高かったのだが。ふと、ソバルディとリバビリンでは交差耐性を防御できないのでは、素人考えした。それだけハーボニーの薬効が驚異的なのだな、、

シメプレのときのような有頂天には、なっていない。検出せずは、ウィルスがいないという意味ではなく、検出限界により見出せないことを表明しただけ、なのだとわかっているから。

4.今日、6週目の血液検査の結果(カッコ内は4週目の数値)は、
AST 17(=17)
ALT 16(=16)
γ-GTP 17(↙︎21)
(上記3つが20を下回ったのは初めてだ)
e-GFR 89(=89)
白血球 57(↗︎49)
ヘモグロビン 14.1(↗︎13.8)
血小板 19.1(↗︎18.6)

以上で、前回と大差ない。4週、6週といい データが続いたことは、何より嬉しい。

5.今朝も肝臓の痛みは続いている。でも、このことはM先生に話さなかった。一笑にふされるだけだ。けれどこの痛みこそ、正念場だと思っている。

6.今朝から使い捨てカイロを肝臓の部位にあてがうことにした。乾癬は後回し、気にしない。肝臓の痛みは和らいだ、いや消えたかもしれない。ただし、身体が暑くなりすぎる。調整しないと。



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肝臓を温める

1.今朝のハーボニー39錠目は8:28に飲んだ。
ダルさはないが、やたらと眠い。鈍い肝臓の痛みが続く。今が正念場と見切り、無理はしない。

2.テレビでダイエットの方法として、ある医師が次のことをすすめる。
①肝臓をカイロて温める。
②みそと鰹節にお茶をそそいだ汁を飲む。
③食後30分、足と頭を高くして、肝臓に血が回帰すれようにする。
以上の3点だ。

3.わたしの場合、ハーボニー治療で、肝臓が痛くてしょうがない。みぞおちから肋骨のヘリにそって、鈍い痛みがあるのだ。どちらかというと、みぞおちのあたりが痛む。フィブロスキャンでF1F2のあたりが硬いことがわかっている。そこはみぞおちのあたりだ。治療による好転反応とみよう。あとはいつまで、痛みがつづくか?だ。

4.ハーボニー治療の副作用が全くないという人がおられる。現役で、バリバリお仕事されている方に多い。
副交感神経より交感神経に負荷がかかっていて、脳が副作用のダメージを感じにくくしているのではないか、と思う。
ハーボニーとウィルスのバトルがあるのに、ラッキーな感覚だ。わたしは副交感神経に比重があるせいか、痛みを感じやすいのかもしれない。全て、仮説だ。

5.そこで、今夜から
①湯たんぽを肝臓にあてがって眠る。使いすてカイロは乾癬があるし、低温火傷も気になるし、しばらくしてからにする。
②みそ汁に、さらに鰹節をかけて食べる。日頃カテキン茶は頻繁にのんでいるから、これでいい。

以上の二つをやってみることにしたい。



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80歳を超えて元気な人々

1.クリスマスの夜空に満月なんて、初めて見た感じがする。美しい。

2.今朝のハーボニー38錠目は8:05に飲んだ。このところ、うっすらとしたダルさがある。

3.クリスマスプレゼントとして長女に、角川つばさ文庫から出ている
「小公女セーラ」 バーネット作
「少女ポリアンナ 」エレナ・ポーター作
という小説2冊をあたえた。気に入ってくれたようで、学校最終日の今日、ランドセルに入れて行った。

4.本題、11月8日に行われた43km歩きの会報が届いた。雨天のなか参加者863人、完歩者639人だった。1着は、72歳の男性で5時間36分59秒でゴールしたようだ、素晴らしい、しかしわたしの関心は、80歳以上の方々が何人おられたか?にある。

数えると7人おられた。驚きだ。あえて、会報に出ているお名前をリスペクトする意味で、載せておきたい。
8時間10分台 203位 石川克己さん 85歳
同上 211位 髙橋正雄さん 80歳
8時間50分台 308位 坂本富夫さん 82歳
同上 311位 渡会富夫さん 82歳
9時間30分台 413位 菊地晃さん 82歳
9時間50分台 425位 浦野光生さん 81歳
同上 431位 天野晴行さん 80歳

あの、寒い雨の中、よく完歩されたものだ、、

11月に86歳、末期の肝臓がんでなくなった叔父の姿を思い浮かべると、感慨深いものがある。

5.NHK「100歳万歳」の動画を検索すると、福井福太郎さんという、100歳を過ぎの現役サラリーマンを、見た。驚いた。声、ものごしの全体が柔らかく、70歳代にしか見えない。


聖路加の日野原先生や西荻窪の安藤久蔵さんだけでなく、現役の方はおられるわけだ。わたしはその姿をお手本にしたい。

福井福太郎さんは1912年生まれ。慶應義塾大学の助手、毛皮を扱う「福井ファー」を開店後、49歳の時に望月証券に入社。同社の合併交渉などで活躍後、70歳から現在まで務める東京宝商会に勤務。100歳を超えても、約1時間の電車通勤をしながら会社に通う現役サラリーマン、とあった。



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第9クールの症状まとめ

1.クリスマスイブの今朝は快晴、ハーボニー37錠目は8:02に飲んだ。あと残りは47錠だ。みなさん、ともに頑張りましょう、、

2.ハーボニーのスタートは11月18日、そこから4日ごとに区切り、きのうで第9クール(12月20日から12月23日まで)4日間が終わった。そこで症状をまとめておきたい。前クールと同じ内容でもよしとする。

①頭痛、咳はもうしなくなった。
②睡眠は、よく眠れ、途中でトイレに行くこともなくなった。
③乾癬は、かなり目立たなくなってきたが、かゆみはまだある。
④右の足裏の痛みは、鈍い痛みとなったが、依然としてある。
⑤首の痛みがあるが、これは枕せいだ。
⑥便秘はしなくなった。今朝の排泄もスムースだった。残便感はない。ココアと酒粕と豆乳スクランブルのおかげか?

⑦問題は、肝臓の痛みだ。18日に飲んだ生ビール2杯による痛みは、けっこうきつかった。その日の尿は、細かい白い粒が確認できた。ハーボニー服用中は、いわば化学工場である肝臓をどう正常にするか、ショック療法的な、アルコール摂取もありかとも、思ったのだ。

なぜそんな考えをもったかというと、昨年のいまごろ、シメプレが終わって、ひと月たち、忘年会で少々、焼酎とか飲んだ。そのあと肝臓に違和感があり、翌1月の血液検査でウィルス再燃という経緯があったわけで、、

私見だが、肝臓の奥に潜んでいたウィルスが湧き上がってきたように、感じたのだ。
そこで、このハーボニー服用中には、何度か肝臓をスクランブルさせる工夫が必要ではないか、ウィルスをたたき起こす、それにはアルコールも、その方法のひとつとして、ありではないか、と考えた次第。

無論これは、体験に基づく勝手な自己判断にすぎない。エビデンスはない。みなさんは、マネしないでくださいませ。肝臓の鈍い痛みは、今朝もある。当分痛みは続く気がする。

⑧在野のヘーゲル研究者、長谷川宏さんの言葉。近著「日本精神史」を書くにあたり、こう語られている。
「作品を読み、画集などを見ては書く、書いては読み、見るということを繰り返していると、自分はどこに立っているのか、何をもってよしとしているのかが見えてきます。基準となる価値観が見えてくるのは意味のある経験でした。」と。

遠く及ばないが、このブログを続ける意味も、そういう感じを持つ。




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乳がんになった婦人Yさんの話

1.今朝はくもりで肌寒い。7度くらい。ハーボニー36錠目は9:05に飲んだ。残り48錠だ。5週を過ぎた今、時間が1時間、2時間くらい前後しても、気にしなくなった。

2.満一歳が過ぎて7日目に次女は、冬至のきのうの夜、つかまり立ちから4歩、歩き出した。拍手、偉大なる歩き始めだ。

3.さっきまでコーギーの散歩をしていて、ご近所の70歳くらいのご婦人Yさんと立ち話になった。
「実は今年乳がんがわかって手術したのよ、恥ずかしいけど」と明るく、話された。20分の立ち話。コーギーのモモはすわってしまった。わたしが直腸がんだったことを覚えておられ、がん繋がりで、話しておきたい、そうおもわれたようだ。要点はこうだった。

①秋口に、ふと左脇の下に、あれもしかして?とシコリらしきものを感じた。

②検査なんて、歳をとったらもういいんじゃない?と、検査はしていなかった。

③桜台の南町医院に診察してみると、永田院長は親身になって、「紹介状はすぐ書きますが、たまたまエコー専門の先生が夕方来ますから、エコーをやりましょう」と言われた。早速、エコーをやってみたら、ドンピシャだった。

ちなみに、南町医院はわたしの病気のベースキャンプだ。30年の長きにわたり、C型肝炎や直腸がんや、さまざまなご縁のある医院だ。

④練馬高野台の順天堂病院を選び、あらためて検査すると脇の下ではなく、乳首に近いところに発見された、という。

⑤手術は11月まで順番待ち、混んでいるようだ。4日の入院、手術はリンパ郭清はなく、乳房は温存された。ステージは1だと。2日は個室で3目目からは4人部屋へ。

⑥そこに80歳代の同病の女性がいた。既に全身にがんは広がっていたようだが、術後5年過ぎても、元気なのだ。会話が聞こえてしまい、そうわかった。退院するとき、あいさつすると、お互いこころ根に共通するものがあり、大いに励まされたという。「もうそろそろいいんだけど」「いえいえ、まだまだこの人生を楽しみましょうよ」とYさんは言って、笑顔でおわかれした、、

以上、いいお話だった。何気ないことで、病巣を探り当てる、ぶち当たる体験は、わたしの直腸がん体験と同じだ。内部生命は知らせてくるのだ。

4.わたしは、Yさんに
①がんは1日5000個生成される。免疫力で退治されるけど、加齢とともに免疫力がおちてきて、がんは定着しやすくなる。
②がんは敵、他者ではなく、自己の細胞の変容なのだから、祈るようにさすりながら「対話」はすれば、原点に回帰しますよと話した。

Yさんは、わたしと同じように「がんサバイバー」になるだろう。うまくいえないが、5年後、2020年の元気な様子が、パッと、想像できた。



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「サウンドオブサイレンス」は無所属の時間にやって来る

1.最近はテレビをリアルタイムでみることがなくなった。録画を細切れに見ている。ラジオもうるさく感じることが多い。とりわけ過剰な借金返済を取り戻すコマーシャルは、辟易する。すぐラジオを切ってしまう。多すぎる広告打ち出しで、節操がない。広告料が欲しい放送局の足元をみた、宣伝時間のバク買いを、公共広告機構はどうみているのだろう。

2.すっかり無音が気に入っているのだ。身体の内部の音、頭の中で思い浮かぶ曲で十分になっている。これって「サウンドオブサイレンス」だな、と思い当たった。その言葉は、矛盾はしていない。

2.それは、映画「卒業」で知られ、サイモンとガーファンクルが歌い1963年に大ヒットした曲だった。ポール・サイモンの作詞作曲。検索してみると、佐藤弘弥さんという、市井の方?の訳が、いい感じがしたので、以下にコピペしたい。


Hello darkness, my old friend
( こんにちわ暗闇くん。君は僕の古くからの友人だ)
I've come to talk with you again
( また君と話しに来てしまった)
Because a vision softly creeping
(その訳は、ひとつの幻想がやさしく忍び寄ってきて)
Left its seeds while I was sleeping
(僕が眠っている隙に一粒の種残していったからだ)
And the vision that was planted in my brain
(そしたらその種が僕の脳の中で大きく成長し始めたのだ)
Still remains
(だけど幻想はまだ沈黙の音の中でじっとして動かないままでいる・・・)
Within the sound of silence


In restless dreams I walked alone
(落ち着かない夢の中で、僕は独りで歩いていた)
Narrow streets of cobblestone
(敷石の狭い通りに差し掛かり)
Neath the halo of a street lamp
(街灯の円い光に近づいた時、)
I turned my collar to the cold and damp
(思わず寒気がして僕はコートの襟を立てたのだ。)
When my eyes were stabbed by the flash of a neon light
(その時だ。僕の目はネオンのフラッシュに射抜かれ、)
That split the night
(夜は、引き裂かれてしまった)
And touched the sound of silence
(そして、僕は沈黙の音に触れたのだ。)


And in the naked light I saw
(僕は見てしまった。裸電球の下で、)
Ten thousand people, maybe more
(一万か、いやもっと多くの人が、)
People talking without speaking
( 口を動かすこともなく語っている姿や )
People hearing without listening
(耳をそばだてることもなく聞いている姿や)
People writing songs that voices never share
(歌われることもない歌を書いている姿を)
And no one dare Disturb the sound of silence.
(だけど、誰も沈黙の音というものを遮ろうとするものはいない・・・。)


"Fools" said I, "You do not know
(「馬鹿」って言うよ。君たちは何も分かっちゃいないのだ。)
Silence like a cancer grows 
(沈黙の奴が癌のように大きくむしばんでいるのを。)
Hear my words that I might teach you 
(僕が諭す言葉をよく聞くのだ)
Take my arms that I might reach you 
(僕が差し伸べる腕をしっかり取るのだ )
But my words like silent raindrops fell 
(しかし、僕の言葉は沈黙のままで滴り落ちる雨粒のようなもの。)
And echoed In the wells of silence 
(沈黙の井戸に、落ちて、ポチャリと、こだまするだけだ。)


And the people bowed and prayed
(人びとは、ぬかずき祈りを捧げていた。)
To the neon god they made
(自分たちが勝手につくり出したネオンという神に。)
And the sign flashed out its warning
(すると、ネオンの掲示板に、ふいに警告の言葉が現れた。)
In the words that it was forming
(光が織りなすその言葉で)
And the sign said
(ネオンの掲示板は次のように語る。)
"The words of the prophets are written on the subway walls
(「予言者の言葉は地下鉄の壁にも」)
And tenement halls.
(「そして安アパートの廊下にも書かれてある」と)
And whispered in the sound of silence
(それでも沈黙の音の中で人々のささやきは続く・・・) 

(日本語訳:佐藤弘弥 2003年5月21日)


以上だ。

3.私見だが、、これは明け方の「無所属の時間」の詩だ。幻想の夢に始まり、身体の内部の話声を書いたのだと思えた。

わたしのサウンドオブサイレンスは、2010年5月27日の深夜、無所属の時間に起きた。直腸がん術後の個室にいた。静寂な場所だが、身体の内部は地震と火事と嵐が起きていた。

翻訳者は暗いイメージにとられておられるが、わたしにはブーバーの「われ、なんじ」がよぎる。ちなみにブーバーのその文庫は2冊あった。読まないまま、二度買っていたのだ。



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自転車に乗って赤羽へ

1.今朝は快晴、ハーボニー35錠目は8:19に飲んだ。あと残りは49錠だ。あと7錠で半分、頑張ろう。

2.昨日は、自宅から赤羽まで、初めて自転車で行ってみた。家内は次女を乗せて電動アシスト自転車だが、わたしのは高校生が通学に使う自転車、でもママチャリみたいな自転車にすぎないが。

3.環七を北上し、45分かかった。常盤台のあたりにあったラーメン屋、土佐っ子だったか、とっくの昔に無くなっていたことを知らなかった。栄枯盛衰だな、そこのは、食べたことはなかったが背脂系のラーメンは、半世紀前に平和台の屋台ラーメンでよく食べた。もうコッテリしたものは嫌だが、少し懐かしい。

4.赤羽は「丸健水産のおでん」を食べること、それが目的だ。これで2度目だが「ドキュメント72時間」で知った。ナショナルトレーニングセンターを過ぎると、急な下り坂になり、赤羽が低い土地にあることを知った。

5.アルコールはとらず、おでんだけを食べた。農林水産大臣賞をとった「はんぺん」が美味い。商店街からの指示なのかテーブルの数は減らされていて、少し待った。繁盛しているから、近隣のやっかみもあるのかもしれない。

6.初めての経路は、赤羽に着くまで遠くに感じたが、楽しめた。
うまく言えないが、自分の住んでいる場所から四方八方、自転車でさまざまなところに行くことで、何かを体感してみることは意味があるように思えた。

7.脳は揺らいでいる。適切な時期に適切なやる気が湧き上がるかどうかは、たまたまだという。念じるだけでは、スイッチは入らない。あと一押しはノイズであり、ゆらぎによってノイズがうまれる、と脳科学はいう。

そのためには、散歩や近隣サイクリングは、ゆらぎを生む方法としては、格好ではないか?



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第8クールの症状まとめ

1.今朝はくもり、ハーボニー34錠目は7:25に服用した。残りは、あと50錠だな。

2.ハーボニーのスタートは11月18日、そこから4日ごとに区切り、おとといで第8クール(12月16日から12月19日まで)4日間が終わった。そこで症状をまとめておきたい。前クールと同じ内容でもよしとする。

①頭痛、咳はしない。
②乾癬は、やや目立つ。寒さの影響か?
③18日に生ビールを飲み、土曜日の夜に肝臓あたりが痛みだす。21日の今は、元の感じに戻った。
④右足の裏、親指の付け根からさらに下の部位が痛む。尿酸値は5.6と正常なので、痛風ではない。
⑤鬱とかはない。
⑥夜は、疲労感あり、23時にはとても眠くなるが、寝るのは24時を過ぎる。
⑦便通は徐々に改善。ただ根こそぎ出ていく感じではない。



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肝臓の痛みは生ビールのせい?

1.今朝も快晴で寒い。ハーボニー33錠目は6:55に飲んだ、あと残りは51錠だ。

2.金曜の夜に生ビール2杯飲んだが、その副作用か?、影響か? 土曜の夜寝るとき、仰向けになると右肋骨あたり、肝臓の痛みとなって出てきた。そうとしが思えない因果関係を感じ、いささか驚いた。まぁ、肝臓にしてみれば、ビールの受け入れは想定外であり、ビックリしたかもしれない。

3.ハーボニー投与中は、酒は控えた方がいいのだろうが、わたしの場合、酒粕や安いブランデーを肝臓は受け入れていたから、厳密な意味で断酒とはいえない。適当に、良しとしている。

4.そうした中にあっても、ビール2杯は肝臓の許容量を超えていたかもしれない。

5.それじゃ、後悔したかときかれると、そうでもない。というのは今朝の尿をみると、ハーボニー第1週の頃のような、ウィルスの残滓らしきものをかなりの数、発見したからだ。

6.全くの素人考えだが、、
人体の化学工場である肝臓において、ウィルスを除去するには、腹式呼吸による物理的負荷だけでなく、アルコールを投与した化学的負荷も、周期的にはアリではないか。

7.今般、買い換えた浄水器には、「逆洗浄」というレバーがある。周期的に逆洗することで、浄水器のクオリティが維持できる、らしい。それと同じように、そういう周期的な負荷はオプションとして、あっていいのかもしれない。エビデンスはない。医者にこの機微は伝わらない。自己責任で、試行錯誤するしかない。決して、おすすめはいたしません。



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選択の違い

1.今朝も快晴で寒い。ハーボニー32錠目は8:05に飲んだ。残りはあと52錠だ。

2.昨夜は、医者の従兄弟のご馳走になり、さしの宴に。断酒の掟を破り、ビール生を2杯飲んだ。心地よい。
ただ、みなさま、まねしないでください、ませ。
なにしろ従兄弟と飲むのは、全く初めてで、お酒のチカラが必要でしたので。

3.先月亡くなった叔父にまつわる、さまざまな話をした。叔父もC型肝炎だったのだ。すでに末期の肝がんだった。理系の頭痛の持主なのに、客観的な評価ができなかった不思議。

4.残念な話、叔父は医師の長男の話を虚心坦懐、きちんと聞けなかった。それならば、ほかの医者を探すとか、同病の人から知恵をもらおうとか、すべきだがそうした動きも、全くしなかった。何もしないという選択は、わたしにはありえない、、

5.C型肝炎は、もう「難病」と位置づけられないだろう。けれど叔父も私も四半期、C型肝炎患者だったし、C型肝炎が難病に指定された時期もあった。叔父はこの病に対して独りよがりだった。が、わたしの場合は医者の選択にはじまり、さまざまな集合知を心にとどめるように、努めた。

6.従兄弟は、わたしの血液検査データをじっとながめ、、「いい数値です。ハーボニーで決着がつくでしょう」と言った。今はギリアドが強気だが、さらにこれから先、ハーボニーを上回る薬剤が出て来て、治療期間は12週から8週乃至4週に短くなるでしょう、とも言った。

7.本日は土曜日、午前中、長女の小学校では、音楽会が行われた。1年から6年まで、各学年ごとに合唱と合奏を披露する。そのあと24名の合宿団と、別の24名の吹奏楽団の演奏が行われた。5年生が一番良かった。6年生は中学受験を控えているせいだろうか、集中がなく、気がそぞろのように感じた。

長女は4年の部と合唱団と2回出た。発表は勇気を培う。

達成感ある表情で帰ってきた。



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教誨師というボランティア

1.今朝は寒かった。ハーボニー31錠目は8:04に飲んだ。

2.10時のNHKニュースで、死刑囚二人の死刑が、今朝執行されたと聴いた。

3.シクロニシティ、共時性を感じた。昨夜武田鉄矢さんの「今朝の三枚おろし」で、「教誨師」をとりあけだノンフィクション話を聞いていたからだ。

その本は、半世紀にわたって、東京拘置所で死刑囚の教誨師を務めた、渡邉普相( わたなべ・ふそう)さんという浄土真宗のお坊さんからのインタビューが下敷きになっていた。



4.1970年代、何人もの女性を殺めた凶悪犯、大久保清も渡邉普相さんがおくったという。大久保は何度も拒否してきたが、「坊主がたちあわなければ、殺人になる」という信念を刑務官に主張し、、大久保が折れたのか、読経のなか、執行されたという。被害者のこと、国家の存在感、親鸞の歎異抄など、思い浮かんだ。

教誨師はボランティアで、全国1800人おられるという。この人たちも「おくりびと」だろう。誰かがやらねばならない、葬送のカタチであり、さまざまな本質的な問いが内在している。



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第7クールの症状まとめと「むすひ」

1.ハーボニー30錠目は7:55に服用した。残りは、あと54錠だな。

2.ハーボニーのスタートは11月18日、そこから4日ごとに区切り、おとといで第7クール(12月12日から12月15日まで)4日間が終わった。そこで症状をまとめておきたい。前クールと同じ内容でもよしとする。

①頭痛、咳は、ほとんどしなくなった。

②右肩肩胛骨の下部の痛みは緩和された。クシャミも普通にできるようになった。前は痛くてできなかったし、できたとしても立ち上がって軽いクシャミにとどめた。

③右足の親指の付け根の痛みは、消えない。左足の親指のつけ根は痛くないから、シンメトリーではない。痛風ではない。

④便秘は依然として、ある。この残便感は、直腸がんのときのものとも違い、新鮮な感じがする。歩こう!

⑤気分は、回復傾向にある。ウィルスがたぶん消えたことと、ハーボニーにようやく身体が慣れてきたこと、
それらが影響しているのかもしれない。
ただ、思考のキレ?がいまいちで、勘違いや物忘れがある。副作用か加齢のせいかは不明だが。

⑥冷え症は解消された。ラフターヨガのとき、いろいろなかたと笑顔で握手したが、ある年輩の女性が「あたたかい手ですね」と言われた。15年前は冷え症だったが、いい変化だ。

⑦尿の目視をしても、ウィルスの残滓らしきものは、確認できなくなった。

以上であり、全体としては、いい傾向にある。

3.火曜の国府台病院から帰ってきて、夜、発酵玄米酒「むすひ」720mlを家内とシェアして飲んでみた。栓をいきなりあけると吹き出ししまうので、開けたり閉じたり、5分くらいかける。味は、正直言って、上手くない。が、これは薬だなと直感した。アルコールは絶っているからかもしれないが、胃のあたりがグウグウ鳴りだし、身体が喜んでいる?気がしたのだ。

酒蔵当主の寺田敬佐さんの本を読むと、体験者の声として、
①血圧が下がる。
②便通が良くなり、痔が治った。
③花粉症が良くなった。
④手足が暖かくなった。
等々、書かれていた。

わたしの場合、便通が良くなった感じは「むすひ」が影響したのかもしれない。ただこの発酵玄米酒はそれで終わりだから、また便秘ぎみになると思う。ハーボニーを飲み終わるまで、便秘は続くとみている。




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満一歳とアタマジラミ

1.次女は今日1歳になったので、ささやかな、お祝いの宴?をしようと思ったが、次女も、家内も、長女もアタマジラミがみつかり、大慌てになった。きのうきょうと処置におわれてんてこ舞い。全員スミスリンシャンプーで髪を洗う。

2.たぶん持ち込んだのは、小学4年の長女が学校でもらったのではないか?どうやら流行している、らしい。ケジラミとは違うらしい。戦後のDDTをかける映像を思い浮かんだが、わたしたちの時代はもう知らない。アタマジラミなんて、もらったことはない。長いこと、そういう話は聞いたことがなかったので、ギョッとした。

こんな感じで、今、結核も忍びよっているのかもしれない。

3.次女はつかまつり立ちから、支えなしで立ち上がることはできるが、歩きだせないでいる。長女は満一歳になった日には歩き出してあたが。

4.次女の満一歳の今日、カートリッジ式の浄水器を新しいものに付けかえた。この日に交換しておけば、経過年数が見当つきやすくなるからだ。



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4週間が過ぎ国府台病院へ

1.ハーボニーを11月18日に始めて4週間が過ぎた。昨日は午後、国府台病院の診察と2週間分のハーボニーを処方していただくために、行ってきた。

2.血液検査の結果は(カッコ内は1週間前の数値)
AST 17(↙︎18)
ALT 16(=16)
γ-GTP 21(↙︎26)
e-GFR 89(↗︎84)
白血球 49(↗︎44)
ヘモグロビン 13.8(↗︎13.4)
血小板 18.6(=18.6)
M2BPGi 0.75(↘︎0.93 ハーボニー投与直前)

以上、いい数値だった。

3.前回から担当していただいているM先生は
・M2BPGiの数値から、繊維化が改善されていること。
・AST 17 ALT 16と2週の数値が20未満なので、「これなら、もう検出せず、になっているね」と言われた。わたしもそう思った。

4.副作用で、便秘があることを告げた。あらかじめ想定していたが、「ハーボニーの副作用に便秘はない」とバッサリだった。
しかし、わたしの場合、第7クール(12/12〜15)はガスと便秘の4日間だった。便は出てもポロリで終わってしまい、残便感がある。S字結腸から下行結腸にかけて、その蠕動が弱いのだ。自律神経がおかしいのでは、と思う。

家内曰く「薬にたよるのではなく、できるだけ歩いてみて。帰りは一駅前で降りて歩いてみれば」と。少し腹立たしかったが、全くただしい判断だ。
早速、昨日国府台病院の帰りは、一駅前の小竹向原から歩いた。昨日の万歩計は、1万6千歩になっていた。

5.院内のデイリーヤマザキのイートインで昆布のおにぎと赤飯のおむすびを食べた。庭とは言えない中庭を眺めながら食べていると、「前は、先の方まで見通せてよかったのにな」と70代くらいの男性が独り言のように、声をかけてきた。わたしは微笑みながら頷いたが、昔のお化け病院のような旧建物時代を知らない。前を懐かしむ患者さんもおられるのか、、と思いつつブーバー「われ、なんじ、対話」(岩波文庫)を、圧倒されながら読んでいた。もし、宮沢賢治がこれを読んでいたら、どう思っただろうかと、知りたくなった。ブーバーも宮沢賢治も、行動的な思想家だから通底するものがあると感じる。



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どうやら便秘になった

1.今朝のハーボニーは8:05に飲んだ。

2.どうやら便秘になった。便意があっても出ない。この感覚は、直腸がん術後、便があるのに、蠕動(ぜんどう)運動がなかなか起きてこなかった、その感じと似ている。自律神経がおかしいのかも。

以下に、じきにハーボニーが終わるkunikuniさんのブログをコピペしておきたい。明日、診察なので、先生に話す際に参考にする為だ。kunikuniさんは了解してくださる、だろう。
「ちょっと便秘気味でして・・」
「下剤だそうか?でも癖になっちゃうからねえ。野菜とか食物繊維を摂って、運動するほうがいいんだよね。」
「マグミットもってるんですが、使うとよろしくないみたいで・・」
「あれ?そうだっけ。じゃあ別のを出しときます。」

であとで見たら「ピコスルファートナトリウム」という水滴をたらすような、内服液が処方されていて、昔入院時に使った記憶があります。あくまで最終手段。


以上、「ピコスルファートナトリウム」はラキソベロンのことで、何度も大腸内視鏡検査前に飲んでいる。たしかに蠕動運動を促す薬で効果はあるが、あまり飲みたくない。まずは食物繊維をよくとるようにしよう。

3.10時、練馬区役所地下ホールで行われたラフターヨガという、90分ほどの講座に参加した。参加者は60代くらいで50人前後おられた。
①欧米でうみだされた、笑いのワークショップとヨガをつなげたプログラムに思える。
②先生の誘導が上手い。いつのまにか全員が5歳児になった気分になり、笑いが醸し出される。
③こころを変える、、変わるようになる。「こころはさながら絵師のごとし」の華厳経が浮かんだ。
④最後の15分、クールダウンで肝臓あたりが、やはり痛むなと分かる。

4.昼、従兄弟からメールがあった。実は、従兄弟は都内の病院で、消化器科・肝臓専門医だが、担当するハーボニー患者さんの中で、副作用が出ている方がいることを知らせてくれた。やはり、ハーボニーは副作用がないなんてことは、ないのだ。個体差は確実にあるし、服用してみないとわからない。

5.夕方の尿の目視、つぶや沈殿物は見当たらない。とりあえず、ウィルスは消えたと思う。さて明日で4週間、そこからが本当の勝負だ。

要は、これからが、今までを決める!



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長女の合唱を聴く

1.ハーボニー26錠目は、7:45に飲んだ。

11時20分に練馬文化センターへ。練馬区の7つの小学校の合唱を聴いた。長女の学校は3番目にうたった。24名とやや少ないが、練習を積み重ねたからできる透明度の高い歌声だった。姉に鑑賞してもらった。かつて姉がいた小学校も出ていたので、良かった。ただ姉は、その小学校に5年までしかいなく、そのあとは板橋区西台に移ったと話してくれた。そういえばそうだったな、私たち3人兄弟の、暗黒の幼少期を思い出した。

姉は「こういう機会がなければ、小学生の歌声を聴くことはできないのだから、子どもがいるって、シアワセなこととおもわなっくちゃね、、」と言った。

2.昼ごはんは、久しぶりに練馬の蕎麦屋「176」に行った。店主の「のうちゃん」にあいさつ。覚えていてくださった。半世紀以上、この場所で店を構えてる。かつては「茶居茄」という名の、ジャズバーみたいな、いい感じの店だった。

3.長女が、頑張ったご褒美に、妖怪ウォッチの映画の前売りをユナイテッドシネマのサイトで購入したが、、
日にちを完全に勘違いしていた、、さっき長女に指摘され気づいた。訂正はきかない、、なんてこった、やはり私は今、ミスをしやすいな。

4.社会人になってからの友人Kの父親が、どうも2014年の暮れに亡くなっていたようだ。今日KのFacebookを見て知った。次女が生まれた頃か?わたしのカラダは、シメプレでかなり弱っていたし、なんの行動もおこせなかっただろうが。



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意味不明の下痢もどき

1.ハーボニー25錠目は8:34に飲んだ。遅れた。

2.今朝の体調は良かったが、午後3時頃から、やたらガスが出る。トイレにいっても、出ない、ガスばかり。そのくりかえし。原因は不明、風邪をひいたわけでもない。ハーボニーも関係ないだろう。腸内環境がおかしくなっている。最近ミルミルを飲んでないな。

3.昼、半年に一度の歯科の診察。そのあと練馬駅北口の酒屋で、「真澄」の酒粕を買った、500gで432円。この時期だけ売られるようだ。うかつだた、この5年間、スーパーの廉価な酒粕しか知らなかったので、酒屋に酒粕を売っていることを、気づかすにいた。

4.土曜深夜、ヒューグラントの「リライフ」を見た。観客はまばら、それがいい。映画は映画館で観る、、それがオリのように心に沈殿していく。いい映画は、内部生命で反芻が起きる。細部がふと蘇って来る。大学の教師に戻ると決める直前のシーンがいい。教え子の脚本をキャッチアップして、ハリウッドにつないで上げる対談場面の表情だ。心理表現が絶妙だ。ヒューグラントはパニック症を抱えている。いい役者だ。わが友人の堀口は、かつてよく似ていたな。二人とも老いた。



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第6クールの症状まとめ

1.昼前に雨は止み、風が強い。暖かく12月の陽気ではない。ハーボニー24錠目は8:10に飲んだ。あと60錠、ちょうど2ヶ月だ。

2.ハーボニーのスタートは11月18日、そこから4日ごとに区切り、今日で第6クール(12月8日から12月11日まで)4日間が終わる。そこで症状をまとめておきたい。前クールと同じ内容でもよしとする。

⑴咳はもうでない。
⑵頭痛はないが、肋間神経痛?は続いている。
⑶乾癬は治癒目前のように感じる。ただしかゆみはある。乾燥肌でもあるからだ。
⑷尿は、相変わらずよく出ている。便秘でもない。
⑸右足の裏、親指の付け根が痛む。前からだが。
⑹眠けは、だいぶなくなった感じがする。
⑺朝8時ころにハーボニーを飲むと、だいたい8時間経過した夕方の尿に、ウィルスの残滓が顕著に現れる?そんな気がする。尿の凝視は、すっかり習慣になっている。

以上、振り返ると治療開始から3週間が過ぎた、上記の第6クールあたりから、少しずつ気分は良くなっていく感じがする。

3.12月8日の夜から、自宅内でブーツタイプの履物、色は黄色、グンゼのものを履くようにしたが、これが暖かく、快適だ。靴下だけだと温まり方が違う。これには少し驚いた。身体を温めることは、大事だと思う。

4.寺田啓佐さんという千葉の、300年の伝統がある醸造元23代目を知った。残念ながら、2012年4月18日に63歳で亡くなられていた。「発酵道」という本を書かれているので、近々、借りて読む。

そこで造られる酒粕と発酵玄米酒を注文した。日曜日に来る。ハーボニー治療中だが、15日過ぎたら、飲むことにする。普通の酒ではないからだ。医薬同源、おそらくだが、発酵玄米酒は、まさに百薬の長ではないか?

寺田本家

ちなみにほぼ毎日、酒粕豆乳や、廉価なブランデーVOを少し入れた紅茶を飲んでいるので、アルコールを断ち切ってはいない。こうした料理酒と同等レベルのものなら、肝機能に大した影響はない、と思っている。



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第5クールの症状まとめ

スタートは11月18日、そこから第5クール(12月4日から12月7日まで)4日間の症状をまとめておきたい。前クールと同じ内容でも、あえて掲げる。

1.咳は、ときおり出る。

2.頭痛はない。

3.肝臓の重っくるしさがある。みぞおちから右肋骨のエッジあたりが、ときおりさしこむ痛みが出る。これはハーボニーとウィルスのバトル戦によるものか?先行されているyukettaさんに、同じような症状があったようだ、心強い。この期におよんで、肝臓が沈黙しているわけがないのだ。「沈黙の臓器」はウソだ。まぁここは好転反応と見なそう。

4.眠けは常態化していて、すぐ眠れる。

5.右肩の肋間神経痛、痛みで仰向けに眠れない。医師は副作用とは認めないが、私は肝臓の痛みとつながりがある、とみる。対処はロキソニンのみ。

6.食欲は旺盛、体重は少し増加傾向にある。

7.尿は十分出ている。白っぽい粒は、以前と比べて減ったが、まだ散見される。それがウィルスの残骸なのかは不明だが、「ケンシュツセズ」の表示より、こちらの目視の方が信じられる、そんな気がしている。

8.乾癬は大分治ってきた。ハーボニー治療のおかげだ。肝臓専門医は、この機序が想定できないようだ。副作用ではなく、副次効果が分かっていない。昨年のシメプレのときも、わたしと認識が違っていた。けれどその違いを利用して、皮膚科治療が出来たのは、幸運だった。

以上だ。
肋間神経痛の対処として、銭湯の電気風呂に15分近く入った。これは正解で、だいぶ楽になった。



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3週目の検査結果

1.このブログは、自分本位に書いてきたが、ハーボニーを始めた今は、その莫大な費用に鑑み、自分さえ良ければいいではすまされない、自分の経験知の公共性?を意識しなければ、と思うようになった。当分の間、このあとハーボニー治療を始められる方々に、少しでも、参考になるような記事をこころがけたい、と。

ただ、文体はこのままに。こういう語り口でないと続かないので。

2.昨日12月8日、11時30分に国府台病院に行った。

ハーボニー開始後3週間がたった。この日の血液検査の結果は、次のとおり(カッコ内はハーボニー開始日の前日の数値)
AST 18 (↙︎38)
ALT 16(↙︎56)
γ-GTP 26(↙︎58)
e-GFR 84(↙︎91)
白血球 44(↙︎64)
ヘモグロビン 13.4(↙︎14.5)
血小板 18.6(↙︎19.5)

以上であり、3週目のAST18、ALT16は、正直うれしい。それぞれ20未満になったのは久しぶりのことだ。2014年6月に始めたシメプレのときは、8週間目になってからだった。けれど11週間目には20台に戻ってしまった。10台の数値が維持されるのは、もしかすると、大事なことかもしれない。

3.第1週目のウィルス量がわかった。

HCV RNA定量は 1.4だった。治療前は5.9であっから、昨年のシメプレのときよりも、やや急勾配で、下がったことになる。ちなみに、シメプレのときは治療前が6.6であり、1週間目が2.3だった。なので、下げ幅はだいたい同じになる。勝負は来週、4週目の数値だ!

4.今回から医療券を使うことができた。これは本当にありがたい。この国の医療保険制度に、あらためて素朴に、感謝したい。また11月の限度額認定との差額請求の証明書も、その日のうちに作成し、手渡してくれた。

5.溝上先生はお休みで、M先生に診ていただく。
副作用の確認で,ハーボニーを始めてから皮疹はあるかどうかを、確認された。ない、と応えた。背中の痛みを告げても、副作用ではないと、無下もない。あれこれ言っても、ムダとさとった。

また、3週間目での来院は間違いと言われ、来週また行くことに。4週間目のデータは大事とわかっていたので、素直に了解した。溝上先生は本当にお忙しいとわかっているので、次回以降はM先生に診ていただくことにした。

6.あと、うまくいえないが、5週目以降は、自分の身体が感じとることが大事、医者ではなく自分自身が主治医になる必要がある、、と見切る。5年前の直腸がんは、そうやって自分で治す努力をし、サバイバルしたのだから。あえて言おう、検査データ本位の医者には、本当の治癒の機微はわからないものだと、、



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飲んだ瞬間の記憶が、ない?

1.今朝の目覚めは、気分よかった。カラダはさほど重たく感じなかった。もしかすると、峠を越えたかもしれない?

2.肋間神経痛も少し楽になっているし。これはカラダの部位ごとに、体温調整をうまくやれば、克服できそうだ。寝ているときはポカポカなのだが、起きたときの部屋の冷気に注意しないといけない。

3.しかし、トラブル発生。20錠目のハーボニーを飲んだかどうか、イマイチ定かでないのだ。
①7:45の時計は見た。
②今日の日付けが入った分包を切ったのは、覚えている。
③そのあたりで家内が、最近の自覚症状で、便鮮血の話をし始めたので、一気に5年前にやった直腸がんのことをあれこれ思い出し、どこで検査するかとか、会話しているうちに、飲む瞬間の記憶が飛んだ、、
④おまけに、飲んだ?あとに、あんパンを食べたから、ハーボニーの独特の胃に入った感覚がぼやけてしまって、いた。
⑤記憶がないのに気付いたのは8:00頃、テーブルや椅子の下をチェックしたが、ハーボニー1錠は、落ちていない。

ということは、消去法で、飲んだということになるだろう。と書いていて、おぼろげながら、飲んだ感覚が少しあるかも、、20錠目は、思わぬ油断をした。午から夕方にかけて尿を、よく凝視してみる。

本当に飲み忘れは、他人事ではない。自分の課題だ。
飲むときは8万円を頭に浮かべ、集中しないといけない。そうしないと申し訳ないことになる。

12/9追記、、
家内の血便は、痔だった。ひとまず、安心した。

sunnysideさんがコメントをくださった。
わたしの記事は、全く自分本位に書いてしまっていて、読み返すと、たしかに、わかりずらい。

わたしが通院する国府台病院は、ハーボニーは院内処方で、薬もボトルで処方されるのではなく、1錠ずつ分包されている。分包には名前と日付けが印字されている。わたしはの場合は、分包はつらなったままにしていて、その日の分だけ、分包を切って取り出し、飲むようにしている。全ては、飲み忘れ防止のためだ。わたしは忘れやすいので、助かっている。




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躊躇なく横になる

1.今朝、体重は61.50kg。19錠目のハーボニーは7:30に飲む。

2.依然として、カラダは重い。犬の散歩で、ややふらついた。
24年前にC型肝炎とわかった。そのときの倦怠感ほどではないが、少し似た感じがする。5年前の抗がん剤の苦しさとは違い、懐かしくもあり、典型的な慢性肝炎の倦怠感、眠気だ。たぶん今、強ミノをうったら、わたしの場合は快感になるだろうが、、無論、今さらしない。

3.こうしたときは、躊躇なく眠ることにしよう。カラダが眠ることを求めていると見切るのだ。

4.やはり、乾癬は治癒に向かっている。あらためてC型肝炎ウィルスと乾癬の因果関係を実感する。凸凹とした角質化がなくなり、スベスベに近づいている感じがする。

どなたか、わたしと同じようにリアルタイムで、C型肝炎ウィルスと乾癬を患っておられる方はいないものか?、やりとりしたいのだが、、

5.今日の症状まとめ
⑴右背中から右脇の下にかけて、肋間神経痛あり。仰向けになると背中が痛い。今日で3日続く。

⑵やや倦怠感と眠けがある。

⑶寒さのせいか、再び咳がでるようになった。

⑷尿は、依然としてウィルスの残骸とおぼしき粒が認められる。この白い粒はいつまで出るのかな?

⑸乾癬は、確実に治癒に向かっている。



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カラダが重い

1.昨夜寝る際、仰向けになると、右背中が異常に痛かった。筋肉痛ではなく、肋間神経痛みたいな痛みだ。検査データに依存する医者には、理解できないだろう。そういえば、2年前に鍼灸師に五十肩の治療をしてもらった際、わたしの背中を見て、右半分が隆起していると盛んに言っていたな、、これらはみな慢性肝炎の影響ではないか?

2.今朝は8時すぎに目覚めたが、身体が鉛のように重い。次女がハイハイしてきて起こしてくれた。今のところ、風邪ではない。たぶん、副作用だ。
夕方、みぞおちあたりが差し込む痛み、あり。

3.今日で18錠目、そのハーボニーを飲んだのは8:25だった。自分で決めた基準時間の帯?より30分、遅れた。

4.yukettaさんが腹式呼吸について、コメントをくださった。

肺はお腹方向だけでなく身体全体に向かい広がり、そして萎みます。ですから呼吸の時、お腹だけでなく背中、脇腹…とにかく、身体全体に息が行き渡るイメージ(実際には行き渡りませんが)を持たれると良いです。さらに大切なのは、行き渡った空気を残らず吐き出すことです。まずは吐き出すこと、吐き切ることが吸うことよりも大切と学びました。

なるほど、私の自己流呼吸法には、そのような肺の膨らみ方のイメージは、なかった。ありがとうございました。

5.きょうの四文字造語は「小志決着」だ。自己満足だが、この四文字で心にギアを入れよう。ちなみに、これは、大志より日々些細な懸案事項を、一つ一つ自分で決着をつける意味で、つくってみた。

6.本日の郵便で、厚生年金部分の年金証書が届いた。61歳なんだな、、気分は51歳くらいなのだが。

7.直腸がんはケリがついたし、これから先は筋肉をつけたいと思う。若返ろうなんて思ってはいない。叔父のようにカラダが極端に小さくなることを恐れるのだ。安藤久蔵さんのように丈夫なカラダと、三石巌さんのような探究心を、自分の、内部に取り込むようにしたい。

8.ともあれ本日は、寝込まなかったけれど、肝臓が重っ苦しく、録画でハリソンフォードの「ランダムハーツ」を見ても、だからなに?と、感情移入できず、一日絶不調だった。

もしかしたら、、ハーボニー3週目は苦しみのピークなのかもしれない。



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MRI余話

1.さかのぼる話だが、11月10日に診察した際、なぜ溝上先生は、ハーボニーをやる前に、急遽MRI検査を課されたのか?

2.ふと、血液データの推移を見て、気づいたことを。それは、その日の肝機能が悪化していたのだ。ASTもALTも60台で、日頃の数値の2倍近かった。だから検査したんだな、とわかった。

3.なぜデータが悪化していたか?なんのことはない、11月8日に雨の中、43kmを歩いたからだ。低体温になって、かなり肝臓に負荷がかかっていたのだ。

あらためて、次回43kmを歩くときは、雨だったらハーフでやめよう。



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第4クールの症状まとめ

スタートは11月18日、そこから第4クール(11月30日から12月3日まで)4日間の症状をまとめておきたい。

1.咳はだいぶ出なくなった。夜、咳で目覚めることはなくなった。ただし痰は出る。

2.頭痛も、しなくなった。

3.右足裏、親指の付け根あたりが、歩くと痛む。

4.12月3日の今日は、背中に痛みが出る。右肩甲骨の下あたりが痛む。クシャミをすると激しく痛む。肝臓の重っ苦しさが確かにある。もしかすると、おととい腹式呼吸をやり過ぎたかもしれない。少し加減しないと、な。
だが、この痛みは、肝臓に棲息するウィルスとの最終局面であり、肝臓がロックオンされた痛み、なのかもしれない。

5.前クールまではなかったが、今はフワフワ感みたいなものがある。鬱ではないが、軽い倦怠感がある。

6.夜になると、たちどころに眠くなる。すぐ眠れる。

7.乾癬は、やや治癒に向かっている気がする。左目の下、左ホッペの上にボツん赤みがあった。何か作業をしていると、決まってかゆくなる赤みだったが、それが治癒し始めている。赤みから薄い黒になって、かゆみは消えた。乾癬治癒の兆候に思える。

8.尿に白い小さな粒は確認できる。かたまり、沈殿物のようなものはなくなった。

以上であり、個体差はあるだろうが、
私の場合、ハーボニーも副作用がある。副作用を感じない方も、きっとおられると思うが、私の症状はそうとは言えない。ただし、十分耐えられるレベルだ。

このクールあたりから、肝臓内のウィルスはひとまず区切りがつき、わがハーボニーは、身体のあらゆる部位に棲息しているHCVとのバトルが始まっているに違いない。

なぜそういえるか?というと、前述の左ホッペの赤みだけでなく、両手の甲にある乾癬部位が治り出したからだ。。



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ハーボニーの「井戸を掘った」3人の医師

1.私見だが、、日本にハーボニーをもたらした医師は、3人の日本人医師だと、わたしは思っている。

2.製薬メーカーであるギリアド社の研究員の努力や多くの治験者の勇気がなければ、できなかったに違いない。

3.その上で、肝心のギアを入れたのは、やはり次の3人だと思える。この3人がおられなければ、私たち患者はハーボニーの恩恵を受けられなかったと。

満屋裕明 先生(1950年生)・・・
1985年、アメリカ国立衛生研究所で世界初のHIV治療薬「AZT」を開発した。同年にAZT開発について論文発表をしたが、アメリカでの特許は、実験に協力していたバローズ・ウェルカム社が、満屋に無断で取得してしまった。満屋は同社が高価格でAZTを売り出したことに怒り、さらに新しいHIV治療薬の研究に励んだ。その結果、世界で2番目と3番目のHIV治療薬(「ddⅠ」と「ddC」)も満屋が開発した。なお、満屋がライセンスを企業に与える際には、適切な価格での販売を条件にしている。

脇田隆字 先生(1958年生)・・・C型肝炎ウイルス(HCV)は、遺伝子の複製力が弱く、生体外で増殖させることができず、ワクチン開発が困難とされてきたが、脇田先生は、世界で初めて、C型肝炎ウイルス(HCV)の感染性ウィルス粒子を、培養細胞を作製することに成功。つまり、試験管内でウィルスの増殖を可能にしたのだ。

9月12日の肝臓病教室で、脇田先生はギリアドより前に、ハーボニーの原型となる薬を発見していた、と知った。ところが国立大の公務員だから特許出願をしなかった。もし特許権の帰属を国にしていたなら、廉価なハーボニーが提供できていただろう、と。そうした権利の工夫を、是非、国は率先して検討すべきだ。たぶん今は、そうしていると思うが、、

溝上雅史 先生(1946年生)・・・
溝上雅史先生は、肝炎ウイルスを分子進化学的手法でデータベース化し、いち早く世界に情報発信してきた肝炎研究の第一人者。2008年に国立国際医療センター国府台病院の肝炎・免疫研究センター長に就任後は、世界的にも最先端の肝炎研究を行い、国の肝炎対策の中核を担っている。1978年に国内一の熱傷センターをもつ病院に赴任。当時、火傷患者に血しょう輸血が頻繁に行われ、輸血後の肝炎感染が多発していた。職員にも感染して院内がパニック状態の中、肝炎診療と予防を担当する。1989年ロンドン留学中にさまざまな国の肝炎患者を診て、民族によって肝炎ウイルスの型が違い、それによって臨床像も変わってくることに気づく。分子進化学的手法を、世界で初めて実際の臨床に応用することを試みた。患者側の遺伝子解析を行い、国によって病状や肝炎ウイルスの型が異なるということを見出し、肝炎治療の新たな治療法の確立に貢献した。肝炎ウイルスの完全撲滅に向けて全力で取り組んでいる。

以上、日本人医師の3人が、ハーボニー治療に貢献したことは間違いない。

4.三人の医学博士に共通することは、、
医薬品開発の常道である動物実験からではなく、人の血液を通じて、「ウィルスに直結するアプローチ」であったこと。時間のショートカットは、開発において、計り知れない貢献だ。

5.満屋裕明先生は、谷内江明宏医師から採血し、そのヘルパーTリンパ球とエイズウィルスを別々に増やしながら、試験管の中で交わらせる手法を、独力で獲得するのだ。そしてHIVがDNAに逆転写するときに使う酵素にヒントがあることをつきとめてしまうのだ。そのヒントはそのままHCVにあてはまる。

AZTのあと、満屋先生は製薬会社に頼らずに独自にエイズウィルスをたたく薬を開発してしまう。熊本大のときの生化学の教科書を読み直す、、基礎しか書かれていない教科書を二日間読む中で、突如、ひらめくのだ。
「DNAチェーンターミネーターが効くかもしれない」と。同じ考えをいだいた研究者はいたという。ただ彼らは机上の話。それを実際に検証する方法を持っていたのは、世界中で、満屋先生ただ一人だった。1984年の話だ。

6.それから30年、今年5月の第14回肝炎治療戦略会議で2型治療薬とソホスブビルを泉委員が説明されたとき、チェーンターミネーターという言葉を知った。満屋先生のひらめきが、私たちのHCVでは、ソホスブビルに結実したのだ。



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就労証明書

1.ハーボニー15日目は、体重測定のあとの6:59に飲んだ。

2.次女の保育園申込みで、わたしの就業証明書に問題が見つかり、家内は私に怒りまくる。今日の時点で、3ヶ月分の就労状況書を作りなおし、私が区役所に行き、前提出分と差し替えてもらった。基本、自営だから調整はきく。保育園の部署は、混雑していた。必死な表情のお母さん方を見て、9年前の長女の時とは、様変わりしているのに驚いた。区の人口は増加傾向にあり、また仕事に出るお母さんたちが増えているから、必然的に待機児童が増えてしまうのだ。さて次女はどうなるか、、

3.今日の症状
①咳が夕方に出るが、激しくはない。

②尿のチェック、午後になると白い沈殿物が少し出る。ちなみに、洋式トイレは立ったまま用はたさない、必ずすわるから尿は泡立たない。じっくり見るようにしている、、
5年前に直腸がんになってからは、日々、排泄物をチェックするようになった。がんになる前は、全く見ようとしなかったわけで、排泄物に対する態度が変わった、といえる。看護師の家庭内指導のおかげである。

③背中の、肝臓のあたりが依然として痛む。両肩を揺らすと感じる。



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