折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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天野秀雄著「C型肝炎では死なせない」を読んだ。

1.昨日、国府台の行き帰りで、天野秀雄さん、天野總子さんの共著「C型肝炎では死なせない」(杉並けやき出版)を読んだ。ふだん本読みは遅いのだが、この本はあっという間に読了した。

2.あらためて、C型肝炎の進行は、千差万別だなと実感した。感想を列挙すると、、

①1988年、40歳のときに肝炎とわかるが、そこから3年くらいで肝硬変からくる食道静脈瘤破裂になる。その手術で、肥大化した脾臓を摘出されたようだ。血小板が低下したのはそのせいだと、脾臓摘出を肯定されている感じだが、そのプロトコルは正しいのか、疑問が残った。今も摘出するのだろうか?

②肝性脳症にもなられた。

③サブタイプは2aで、ウィルス量は多くない感じ。タックマン以前の計量法なので比較できない。3度目のインターフェロン投与が功を奏し、50歳のとき、見事、ウィルスを除去された。ただ、後の医師の所見では、このとき既にがん因子は発生していたようだと述べられている。

④5回目の肝がん治療のあと、多臓器不全で亡くなられた。59歳だった。大事なことは、インフォームドチョイスは間違っていなかったことだ。なのに進行が速すぎた観が強い。その理由が、わたしの体験上では、全く、想像できない異次元の、肝臓の病歴だ。1991年にC型肝炎とわかった私より3年先に判明し、肝硬変、ウィルス除去、肝がんと病歴19年のうちにドンドン先に、わたし病歴24年では遠く及ばない異次元の闘病ドラマであった。なので今後も、参考となる闘病記に違いない。

⑤さらに、仕事人間から、体を大切にする人生観に切り替えられた。それだけでなく東京肝臓友の会の推進役を担われた。立派な方だ。肝炎検査普及活動や、任意団体からNPO法人化への尽力は、頭がさがる。

天野さんたちの、地道な働きによって、今日の肝炎検査の公費化や肝炎助成がなされたのだ、、という歴史的経緯をしっかり踏まえ、、つまりは先人の屍を上に私たちはいるわけだと感じとりながら、11月のハーボニー治療に臨みたいと思う。おいしいとこどりままでは、いけないだろう。何んらかのかたちで、報いないと。。



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ハーボニー投与の日程

1.肝炎のお仲間は、ハーボニーを始められいる方が増え始めている。が、わたしは急がす、助成の医療券が届いてから、と決めている。

2.本日、国府台病院は11:30の予約だったが、11:45に着いた。ところが溝上先生の患者さんは、まだ前に10人おられた。2ヶ月前とだいぶ状況は変わったようだ。こりゃ、あと1時間はかかる。そこで院内コンビニで、きなこ揚げパンを食べ、燻製ゆで卵を食べた。

3.診察は13:40、二時間かかった。おまけに溝上先生は会議あり、A先生に代わっていた。こうなることはある程度、予想できたが、それでも2時間は待たせすぎだ。はっきり「2時間は待たせすぎです」と申し上げた。A先生にしても急遽呼ばれたわけだが、お詫びの言葉をいただいた。

4.診断書を書いてもらう、それが今回の目的だったので、心配したが、溝上先生の部下?A先生は、要望をすぐ対応いただけた。理解がはやい。「診断書は今日中に、わたしが書いておきます」とキビキビしたお応えだ。そこで助成の申請から医療券が届くまで、二週間くらいかと言われたが、、大事をとって、結局、11月10日に溝上先生の診察とした。その日が、ハーボニー投与の初日になる。この病院では、院内処方であり、分包になる。きっちり確実に飲むことがねらいだ。飲み忘れが一番大敵だから。病院では、週に5人の枠で、ハーボニー投与を受け入れている。正しい判断だ。

5.ちなみに、診断書の郵送はありがたい。武蔵野赤十字病院のときは、出来上がりの連絡が来てから取りに行った。なんという配慮の欠落か、と怒ったことを思い出した。どんなに大きな病院であっても、患者のこころをくみとれない病院は、冷ややかな評価がくだるだろう。わたしは24年間、対等の思想を堅く持ってきた。遠慮はしない。

6.帰りは港区の実家に行き、母と姉に近況報告をした。叔父の病状を知った。悲しくなった。80歳まで理系の大学教授として働き、賢い立派な人だったのに。。



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ミスマッチ

1.やはり、この9月は不思議な月だった。会計事務所は近々に辞めることになった。在籍期間は4週間、だが実質は14日程度で終了。理由は3つくらいある。

2.先週、肝炎治療の話を所長にした。なんで事前に言わない、と強い語気できりかえされた。今回の新しい治療は非常に慌ただしく、未確定なことが多い、日程はタイトであり面接のときはまだ、、と説明しても、72歳の所長の頭のキャパを超えていることが、わかった。なんというか、他の人にうつる心配もされている、ようだ。その認識の低さに、ガックリきた。

3.有能な、52歳の仕切り屋さんは、わたしが作業が遅いと、さかんにあげつらい、負のスパイラルに導いたようだ。会計ソフトのJDLは、そのoemパソコンが独特のキーボードで、使い辛い。JDLという思想に馴染むのに時間がかかる。それほどのものか?

4.そのほか、他の人たちとの協調性がないとか、、こうなると、全て悪い方向に心理は働く。メモ用紙でなく、ノートをとるようにしていると、本でも書くのかといわれ、絶句。ノートをバカにする見方は理解不能だ。マインドマップなんか書いたら、もっと酷評になるのだろう、、良かれとしたことが、裏がえって捉えられる。要は「わたしと事務所とはミスマッチなのですね」というと、所長はそうだとばかりににこやかになった。気をよくしたのか、いろいろとご自分が苦労されてきた話をされた。高卒後大きな事務所に入り苦学して税理士資格をとったと、、リスペクトした。いずれにせよ、わたしがいることが、みなさんのストレスになってはいけない、そうわかった。つまり、3つとは、病気、仕事の効率、協調性というところだ。さらに、わたしをつぶしにかかる人が増えるのかもしれない、まったく、世間によくある話だ。

5.残念なのは、事務所のために、顧客開拓していたことだ。先々、責任がもてないことは、してはいけない。

6.役立ったこともある。伝票番号と日付は連動しなくていいという会計処理、これはショックだった。企業会計の現実と異なり、税務会計ってそれでいいんだと。

7.なぜ、雇用契約に走ったか、、次女の保育園のためだ、、そこから見直そう。

以上、、全く関係ないが、川島なお美さんの胆管癌は、ワインは近因で、C型肝炎ウィルスが遠因ではないかと思っている。明日は、いよいよ市川の国府台病院に行き、診断書を書いていただく。まずは、、肝炎の治癒だ。



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髪を切る

1.昨日は2ヶ月ぶりか、髪を切った。短めにすると、全面白髪だ。これが実相だろう。次女が10歳くらいになるまでは、70になるまでは、ヘナをやることにしよう。70からは地でいこう。

2.給料袋は、まだ開けていない。まだ何も貢献できてない感が立ち上がってくる。不遜な態度かな?開けて、感情的になりたくないのだ。

3.金曜日の夜に、9月末で辞める、27歳の人のお別れ会が東新宿であった。少し道に迷い、遅れた。所長の隣りに座った。自重し、言葉を選びながら宴に加わった。ビールを一杯、日本酒を二杯飲んだ。もうそれで十分だ。あとは焼き鳥食べていた。焼き椎茸が肉厚で美味しかった。所長は飲まない人であり、AB型だった。わたしと同じだ。実に、覚めている。

4.よぎったのは、税理士試験のことだ。経理から遠ざかっていたので、全く最近の状況は知らない。さて、どうするか、、事務所には、72歳の所長の他に、税理士がいないのだ。もしものことがあったら、所員は退職金代わりに顧問先を持って次に移るのだろうか?これは、重い現実だ。



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今月は不思議な月だった

この9月は、仕事上の節目だった。以下、なんの脈絡もなく、断想を。

1.川島なお美さんが亡くなった。54歳、若い。胆管がん術後1年たったか、抗がん剤は、まず効かないことは知られている。昔、友人が少し?やりとりがあったなと思いだす。ワインのイメージがある。もう少し、その趣向を変えていたら、とよぎる。どんなに酒がつよくても、ほどほどにしないとダメージは歴然と訪れる、、これは、大げさかもしれないが、わが人生観だ。

2..朝は8:30すぎに家を出て、普通の歩きで8:40頃に到着する。通勤のストレスのなさは、ありがたい。見上げると、池袋行きの満員電車が見える。あの中にいなくていいことは、ささやかな幸せだ。

3..8月31日に応募し、9月2日に面接、9月7日から通い始めた。仕事は効率を求められる。キーパンチャーとしての自負心などなかったが、それも当然のような空気がある。けれど、そこにしっちゃ気にはならない。かといって浅い知識のひけらかしもしたくない。自分のポジション二ングは、自分の顧客を創ることだ。それこそが、ねらいだったのだから。後工程として、キチッとした会計事務所はあって欲しかった。その関係作りがホンネだ。

4.建設業、運送業、風俗業等の許認可がからむ会社が、わたしのターゲットと決めている。大きな会社でなくていい。連休中にお会いした社長は、つい最近、顧問契約をしてしまった、そこがダメになったらと約束した。消費税とマイナンバーを気にされていた。貸借対照表が苦手だと。。国はフローからストックに、収奪の目線を切り替えている。マイナンバーは名寄せであり、個人財産をガラス張りして、収奪のための橋頭堡をつくることがねらいだ。なので、個人も貸借対照表が大事なってくる、、そんな気がする。

5.25日の夕方、手渡しで所長から給料をいただいた。昭和に舞い戻ったようでもあり、さまざまな思いが去来し、驚いた。所長には、ジレンマがあることだろう。集客しないと。



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天野秀雄さんを知らなかった、

1.コメントをくださった前向きさんが肝臓病友の会の天野秀雄さんという方のお名前を出されていた。

2.恐縮、、先人を全く存じ上げなかった。わたしより6歳上の方だった。2008年(59歳)に亡くなられたことをすずめさんのブログで知った。ハーボニー治療まで待つことができなかった方々が、多勢おられるのだろう。このことは、ダグラ/アスナ治療を選択された方々に通じる。オフリミット、時間との闘い。

3.お名前で検索すると、筆頭に、天野さんの病歴が出てきた。肝硬変になると、一気に、助成制度がなくなる現実、その悲惨さを実感した。

4.天野さんは1988年の健診、私は1991年のウィルス検査と、病歴の古さは近いものがある。しかし、天野さんの肝臓は繊維化が相当進んでおられたようだ。対して、わたしの場合は、F1だったし、それがそのまま今日まで、保ってきている? 何の作用かは主治医に聞いても、わからない。肝臓病といっても、本当に、百人百様であり、感慨深い。

5.天野秀雄さんは本を出されていた。区の図書館を検索すると、あった。早速予約したので、近々読めるだろう。

次は、本を読了した後、天野秀雄さんのことを書きたい。先人のくやしさをきちんと受けとめて、ハーボニー治療に臨みたいと思う。



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風邪をひいた

1.土曜日の夜から、喉が痛みだし、日曜日は37.5になりダウンして、一日眠った。転職による疲れも重なったかもしれない。このところ便秘ぎみだったが、発熱とともに、5回以上大きい方が出た。22日の今朝は62.25まで体重が落ちた。腸内の便は1kgくらいはあるのだろう。

2.ブログ村筆頭の冷凍サンマさんが、先鞭をきってハーボニー治療を開始され、記事にしてくださっている。あとに続くものとして、これほどありがたいものはない。副作用か目眩がする、と書かれている。過度な運動は自重した方がいいのかもしれないと思った。秋の43km勝ち歩きは辞めて、来年からにしよう。

3.乾癬が若干、気になり出した。薬を塗り忘れているせいもあるが、素人考えだが、C型ウィルスの再燃と増殖?も影響しているのでは、と想像している。

4.溝上先生はハーボニー治療は最初の一週間が大事と言われていた。私見だが、一週間を過ぎたあとは、全身の血管、それも毛細血管に棲息するウィルスをいかに退治するかにシフトするのだろう。「ウィルスが1匹でも、いれば再燃する」と溝上先生が言われたことが忘れられない。

5.わたしの場合の乾癬は、C型ウィルスの毛細血管の延長、吹き溜まりみたいなものだと仮定すると、できるだけ乾癬の悪化を防ぎ、血の巡りをよくしておいた方がいいと、今、見たてている。

午後3時半すぎ、ひさびさのパドルテニスをやった。動態視力がガタ落ちしている。全くのヘタッピだ。



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転院の手紙

1.先般、武蔵野赤十字病院から国府台病院に切り替えるにあたり、前者にその旨を告げる手紙を書きましたか? という確認のコメントをいただいた。

はたと考えた。肝炎の拠点病院はどこも、大勢患者を抱えておられるし、それに、そもそも患者と医者はイーブンな関係だろうという気持ちが正直なところ、あって、とんと手紙は思い浮かんでいなかった。しかし、なるほど、このブログに泉並木先生のお名前をさんざん出してきたことから、信義は大事だなと感じ、書くことにした。

2.泉先生に対する感謝の気持ちを率直に書いた。とりわけ、2013年の秋、初診で泉先生に、インターフェロンフリーのダグラ/アスナを希望する旨をお話したところ、にわかに、厳しい言葉が返ってきた。何がなんだか、そのときは全く分からず、面食らったが、今となって、つくづく思う、、そのインフォームドコンセントほど、ありがたいものはなかったと。もし、その初診がなかったら、ダグラ/アスナの無効の患者になっていた気がしてならない。本当に感謝している、、そのことを書いた。

手紙は、9月12日の第19回肝臓病教室で、国府台病院に行き、国立病院のバス停を下り、すぐそばにあったポストに投函した。

そのとき、一つのケジメがついた。
ハーボニーとともに武蔵野赤十字病院を去りぬ、、
という言葉が浮かんだ。



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東京都のサイトに出ていた

1.最近、少々忙しくなり、これまでのように記事を書くことができなくなってきた。東京都のサイトをチェックし忘れていたが、今朝みると、次の案内が出ていた。

セログループ1型のC型慢性肝炎に対するインターフェロンフリー治療(レジパスビル/ソホスブビル配合錠による治療)が医療費助成の対象となりました。ただし、インターフェロンフリー治療が初めての方に限ります。

 平成27年9月10日、インターフェロンフリー治療(レジパスビル/ソホスブビル配合錠による治療)が医療費助成の対象となりました。薬剤名は、「ハーボニー配合錠」です。

 対象は、セログループ1型のHCV-RNA陽性のC型慢性肝炎又はChild-Pugh分類AのC型代償性肝硬変で、インターフェロンを含まない抗ウイルス治療を行う予定、又は実施中で、肝がんの合併のない方です。

 上記治療は1回のみの助成ですが、インターフェロン単剤、2剤、3剤併用治療の制度利用歴がある方も対象となります。また、インターフェロン治療ができる方でも、インターフェロンフリー治療が第一選択できます。

 医療券の有効期間は4か月です。

※平成28年3月31日までの間にインターフェロンフリー治療(レジパスビル/ソホスブビル配合錠による治療)の医療費助成の申請を行う方は、お申し出に基づき、医療費助成の開始日を保険適用開始日(平成27年8月31日)までさかのぼることができます。

 なお、インターフェロンフリー治療不成功後の再治療については、国から開始の連絡があるまでは、医療費助成の対象になりません(遡及適用もありません。)。


2.なぜ、上記のような、厳しい対応になるのか、というと、直近のガイドラインに、こうあるからだ。

SOF/LDV治療を選択する場合には、L31/Y93変異を含めた耐性変異を詳細に測定し、少なくともL31/Y93多重変異がないことを確認する。DCV/ASV治療によって誘導されたL31/Y93多重耐性をもつ症例ではSOF/LDVの有効性は確認されておらず、再治療の効果についてのエビデンスがない。したがってウイルス性肝炎疾患の治療に十分な知識・経験をもつ医師により検討される必要がある。

それまでのガイドラインと比較して、格段のレベルの高さであり、とても慎重な判断を、肝臓専門医に求めていることがわかる。

3.具体的に、各区の保健所に申請書類が届いているのかは不明だ。今日、問い合せてみることにする。

追記、17日朝、区の保健所に問い合わせたら、診断書は、今までのインターフェロンフリーの用紙をそのまま使うことになったと担当者が応えてくれた。東京都福祉保健局に確認済みですと。

私見だが、「インターフェロンフリー治療不成功後の再治療」について、語弊があるが、シャットアウトだ。そう決定したからこそ、従前の流用で済ますことになった、、とみる。

それにしても、、1.と2,の通知は、なんとも辛い通告だ。。

ダグラ/アスナ治療を選択した人たちに、何の落ち度も、ないからだ。

全ては、、検出感度の低い、
愚にもつかない遺伝子検査で
安易なゴーサインを出し、
安全配慮義務を怠たり、
患者の不安感に乗じて、
欧米にもエビデンスがない薬を誘導した、
お粗末な医者のせいであり、

まさしく、新たな医原病である。





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溝上先生のお話、その2

1,個別連絡。デルさん、コメントくださり、ありがとうございます。当日見えておられるのか、気になっておりました。お互い、目じるしになるものはありませんでしたし、またあんなに盛況な会場では、直接お会いするのは、なかなか難しかった、ですね。もう少しこじんまりした、失礼、川西先生の講演会とか、あると思いますので、また足を運んでいただければ、と思います。ウィルス除去の後こそ、肝炎仲間はつながっていった方が、断然いいと思いますので。

溝上先生の話にもどる。もうランダムになる、だからなに?といった感じになるが、おゆるしを。

2.エイズ治療薬の延長線上で、C型肝炎治療薬が格段の進歩を遂げた。ギリアドはエイズ治療薬でナンバーワンの会社である。また、ウィルスを培養できるようになったことも大きい。

3.抗ウィルス剤は、必ず耐性ができる。イタチごっこだ。とりわけ、ヘソから下は難しい。(わたしは友人の子宮頸がんが思い浮かんだ)結核やマラリアなど、次から次と耐性が出てくる。

4.「陰性」というのは、本当に難しい。安易に、そう判断してはいけない。1匹でもいれば、やがて再燃するからだ。検出感度以下は、責任は持てない。0.1%以下の検査は手間がかかりすぎて、ほとんど不可能。だから投薬が終わって、最低3ヶ月に過ぎないと、SVRなど出せない。(本当は1年くらいスパンが必要なのかもしれない、と思った)

5.NS3やNS5Aと異なり、そんなやわでなく、NS5Bの構造は堅固であり、NS5Bの抗ウィルス薬であるソバルディは、その堅固さに幸いして強い効果が表れる。その3つの構造の比較は新鮮であった。NS5Bが堅固だからこそチェーンターミネーターとしてソバルディ薬は決定的なのだな、とわかった。

5.ハーボニーを飲み始めたら、最初の一週間がとても大事。飲み忘れてはいけない。やるからには24時間ごとに、朝なら朝、夜なら夜と、毎日しっかり飲むことだ。

6.国府台病院では、瓶詰め処方ではなく、分包にする。ギリアドに、日本ではそうあるべきと、主張した。

7.ダグラ/アスナで耐性できた患者さんたちに対し、どう対応するかは、今月18日に全国の拠点病院の担当医を招集して、話し合うことにしている。(こうした手の打ち方は、溝上先生だからこそ、できるのだろう)

8.治療中、もうウルソは飲まなくていいでしょう。

だいたい以上だが、溝上先生の声は暖かい。医は仁術という言葉を想起する。




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第19回肝臓病教室は盛況でした。

1.国府台病院で行われた第19回肝臓病教室は、受講者が100名以上こられていて、大変、盛況であった。わたしは前半の是永先生のお話しが終わるころ、教室に入った。前回が初めての肝臓病教室で、その時は、後ろの方は空席があったが、今回は3人掛けのテーブル席はほぼうまり、後ろで椅子席の人たちもおられた。今回も入り口にペットボトルのお茶が用意されていて、こういう配慮がありがたい。

2.肝炎仲間の、すずめさんは栃木から自転車で来られていた。既に、ハーボニーSVRになられてから、たぶん1年は経つだろうが、体調が全く違うとおっしゃっていた。ウィルスが除去できると、気分もポジティブになられるのかもしれない。しかし、サイクリストとして、そう実感されるのだろうとも、想像した。私も、いずれハーボニー治療を終えて、、ウォーキングで爽快感を味わってみたいものだ。

3.溝口雅史先生の話は、わたしが肝炎患者として、24年間、数々の講演を聞いてきた中で、最高であった。講演後の大きな拍手も、とても美しく、心に響いた。内容はきっと、お仲間のどなたかたがつまびらかにしてくださるだろうから、わたしは、断片的に、ノートしたものを掲げておきたい。

⑴肝がんはピークを過ぎた。発症率は1位が佐賀県、次いで福岡県。但し、死亡者数では大阪府がダントツ1位である。

⑵エイズで死ぬ人はいなくなった。それはアメリカが莫大なお金を使って、治療薬開発の促進したおかげであった。

すこし、疲れているので、次回に続く、



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ダグラ/アスナで無効となった方々へ

1.さきほど、ダグラ/アスナで無効となった方「しもくん」がコメントをくださった。肝炎のお仲間であるHさんのことが思い浮かび、慄然とした。読み終えたあと、いたたまれなくなり、、とりいそぎ、すぐハーボニー治療に入る危険性を、リコメした。

2.新たな、「ダグラ/アスナ無効による難治性C型肝炎」という巨人が進撃して来たのだ。そのパンドラの箱を開けたのは誰か?肝炎治療議事録を読めば、簡単に、あぶり出される。

2.にわかに、そうしたダグラ/アスナが無効で、ハーボニーに乗り移ろうと考える患者さんが、増えるのではないかと、心配になった。信号機のない横断歩道を目をつむってわたるのとおなじ、大変、危険な目にあうことになる。なぜなら、かなり多くの医者も、、目かくしして、横断歩道の向こうで、手招きしているようなものだからだ。

医師によるミスリードが、何よりも、恐ろしい。。

3.第15回肝臓治療戦略会議を傍聴するまでは、問題は「情報の非対称性」だと思っていたが、事態はもっと深刻だと実感するようになった。ノウテンキなのはk委員だけで、他の委員は、「そこにある危機」が十分に、分かっていたのだ。さらに言えば、遺伝子検査機の精度まで、討議すべきだったのだ。検査機が良くないと、医師の目はブラインドになる。

4.それは、患者がインフォームドコンセントによって、医師から十分な情報を提供されなくなる、という結果をまねく。コメントをくださった「しもくん」の担当医師の言動は、度し難い。ガイドラインをよく読みこんで確認されていない、としか思えない。その医師はC型肝炎の薬剤耐性のことを、よくわかっていないのだ。

こんな医師が日本中に、ゴロゴロいるのかもしれない。患者の私たちは、努力して、賢くならないといけない!

そこで、まずは、

東京肝臓友の会(←ココ)をクリック

に電話して、相談してみることを強くオススメする。

さらに、、

こうした、少しでも不安のある方々は、9月12日の土曜日に、千葉県市川市の国府台病院で行われる肝臓病教室に参加されることを強くおすすめする。ハーボニー治療の第一人者である溝上雅史先生が話されるからだ。

遠方にお住まいの方は、遠くて難儀かもしれない。
事実、東京の西のはずれにすむ私も、遠いな、と思ったからだ。

でも違う、、たとえ遠くても行く価値は大いにある。
トップクラスの肝臓専門の先生がたが、無料で、相談にのってくださり、、

1.知識が一気についてくる。
2.医師のクオリティの違いが実感できる。
3.自分の治療方法が見極められる。見通しがたってくる。

そうして、、おそらく、
こう慨嘆されるだろう、、
「なんでもっと早く、ここに来れば、良かったのに」と。

くわしくは、肝炎仲間の

akioさんのブログを、(←ココ).を

クリックしてみてください。



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ハーボニー670万円のこと

1.肝炎助成を利用した場合、順当にいけば、たぶん10月下旬からハーボニーに治療を開始できるだろう。わたしも多くの方と同様に、今回の治療でウィルスは消えると思っている、確信している。

2.ハーボニーの薬剤は総額670万円ほどかかる。振り返ると、肝炎の根本治療は治験か助成制度を利用していた。
1991年の初期インターフェロンαそしてβは治験で、
2003年のインターフェロンとリバビリンは助成で、
2014年のシメプレビル三剤治療も助成で、治療していて、過去の薬剤費用は400万円は超えているだろう。
ハーボニーと合わせれば、累計で1100万円以上、国費を使わせてもらうことになる。

3.シメプレ治療をした去年までは、これは元々、医原病なのだから当然の権利なのだ、という意識が支配していた。しかし、治ると見込める今は、正直、ありがたく感じている。今までの恩恵に対して、報いていかなければ、という気持ちが強まっている。

4.今後2年以内に、1兆円は超えるだろうハーボニー治療は、日本の若い人々、未来の日本人の負担になってしまうことへの心苦しさが芽生えている。9歳と0歳の子がいることから、そう感じてくるのだろう。

5.宮崎駿の「風の谷のナウシカ」の、映画ではなく7巻のコミックでは、随所に、風の谷の老兵たちが活躍する。みなナウシカを大事に育てた大人たちである。その表情がいい。ナウシカを守ろうとする強い意志が目にあらわれている。コミックだが、いい表情だ。わたしも、そうありたい。。稼がねば、、ならない。



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新 白い巨塔

1.昨日は、武蔵野赤十字病院の診察日だったことを、今朝、思い出した。病院を替えたから、もう行かなくていいのだが、いま一度、泉先生にお礼を申し上げたかった。ハーボニーを待つことができたのは、泉先生の指導があったからこそ、てきたのだ。つくづくおもう、わたしは医師に恵まれていると。

2.明け方、「白い巨塔」の大河内教授が見たくなり、動画を検索したが、何話に登場していたのか、わからない。その役を演じる品川徹さんは、それほど登場してこないが秀逸で、屹立していた。雰囲気が他の役者たちと違っていた。「ブラックレイン」の松田優作のファーストショットに近い。能の世界だ。

3.「白い巨塔」の中で、財前五郎のことを指して、「医者はみな患者の病気を治そうとはじめたのに、次第に、嘘をつき、やがて傲慢になることが、、」というセリフがあった。あの名だたる病院のk先生の顔が浮かんだ。肝炎治療の30年の歴史の中で、故飯野四郎先生に次いで、輝かしいリーダー的存在だったからだ。そのよく響く声に多くの患者は信頼をよせているに違いない。

4.しかし今は、悪役を見事に演じておられる。作家山崎豊子さんが存命だったら「新 白い巨塔」の題材にしたかも知れない。それほどに根深い問題を含んでいる。なぜなら、、はオフリミットにする。

5.肝炎治療戦略会議の傍聴は、淡々と流れ、1時間30分くらいで終わるが、「新 白い巨塔」をリアルタイムでみている感じがした。お仲間のブログを読んで、さらにそう感じている。



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乾癬とウォーキング

1.最近思う、、乾癬を治すためには、
①腸内環境を整え、脾臓を意識する。
②有酸素運動により血流をよくする。
③温泉に入る。
④糖質をできるだけ抑制する。
⑤ミトコンドリアを活性化させる。
⑥口腔内を清潔にし、口呼吸をしないように意識する。
⑦皮膚科が処方するステロイド軟膏等にできるだけひかえる。その場しのぎの対処療法にすぎないから。ぬりたくっても根本解決しないと見切ること。

2.有酸素運動は30分以上のウォーキングが一番いい。途中、早歩きを1分間、それを3回以上やる。ジョギングで脇腹痛くなることがあるが、これは脾臓から赤血球が放出されることに起因するらしい、いいことではない。歩きでいいんだ。



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職住が近いことのありがたさ

1.雨の日が続く、9月2日の今朝も雨だったが、就職の面接に行った。昨日何十年ぶりかの履歴書を書き、自己アピールをこめて職務経歴書も書いた。1時間の面接で、採用が決まった。還暦の自分には、ありがたい好条件で、ポンポンと決まり、今、不思議な気分でいる。今、雨はやみ、日がさしている。

2.その情報は、次のように得たものだ。
長年縁を切りたかった銀行口座を全額1円まで引き下ろした帰り、ふとその銀行の下の階にハローワークがあったことを思い出し、まあ、試しに検索してみるかと思いたち、ふらりと入り、席番号シートをもらい、検索すること30分。まわりの人たちをみると、誰もがそうなるだろうように「冴えない」表情をしていた。検索は住居地域に限定していた。報酬提示も低いものばかりだった。下流社会、社会全体の所得が下がっていることを実感した。わたしもそうした一人に違いない。しかし、もう山の手線やその管内の都心で働きたいとは思わない、、で、、あった、一件だけ興味が湧く所があった。しかも、その日に募集をかけた新鮮なものだった。内容もきちんと誰を求めているかよく伝わってきた。早速相談してみた。待つこと20分。

3.窓口担当者は親切だった。「まずは登録をしてください」と言われ、登録票を書いた。素朴に、種々たずねた。あらためてわかったのは、余所見せず、過去にやってきた経験を武器にすることだと。担当者が、その事業所に電話をした。還暦でも、二日後の今日、面接してくださる、という。よしギアを入れて、面接に行こうと決めた。

4.履歴書は手書き、職務経歴書はパソコンで作成。書きながら履歴を端折りたくなったが、事実ありのままを書いた。職務経歴書は、その事業者が興味がでるように抽出して書いた。誇りは、35年長期火災保険の販売スキームだった。さぁ書いたはいいが、自宅で印刷ができない。フラッシュメモリーに落として、コンビニに持って行くと、ワードではダメでpdfにしてないとダメとわかり万事休すか、、まてまてアクロバットを買ってどこかにあったはず、と思いだし、インストールし、ようやくpdfにおとすことができ、ことなきを得た。

5.朝、気合いをいれて9時面接の30秒前にピンポンした。事業主と面接。70代前半かな、直観で「いい人」と感じた。12年前フジテレビでやった「白い巨塔」の大河内教授(品川徹さんという役者が演じていた)に雰囲気は似ていた。5年前に大腸がん手術をしたこともきちんと話した。強調したのは、この住んでいる地域に恩恵を感じていること、なので、恩を返していきたい、迷惑をかけたくないということだった。また、20代の方が退職することから、その交代であることもわかった。対話していて、いろいろな情報が五感から入ってくることがわかる。失礼する際、事業主から書類を全てしまってから出なさいと言われた、、ハッとした、見事な指摘だった。

来週月曜日から、スリッパと湯のみと電卓を持って、出社する。家からゆっくり歩いて15分だ。そこのロケーションは気に入っている。

あらためて思った、なんというタイミングの良さなのだろうと。毛穴ほど一瞬をつく感じで、雇用関係がガチッとはまったのだ。その絶妙な縁に、感謝の気持ちが、ふつふつと沸き起こってくる。



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