わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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あるハーボニー治療困難者をおもう

1.今回の肝炎治療戦略会議は、ハーボニー治療の助成については、異論は出ず、現状のダグラ/アスナが無効となった方々への対応が議論の争点だった。一説ではすでに、ハーボニー治療困難者は全国に8000人はおられるようだ。ひかえめに見ても5000人はかたい。結局、無効の原因となった薬剤耐性の台頭は、その自然耐性に比べ、はるかに治癒を遠くにおいやった、といえる。何もエビデンスはない。そもそもダグラ/アスナを、米国FDAは治療薬として認めなかったから、エビデンス皆無は当然の帰結だった。

2.会議を傍聴していて、ハーボニー治療困難者であるHさんのことが思い浮かんでならなかった。今年2月の患者同志の集まりで、Hさんの話を聞いたのが最初だった。今は、Hさんも私も、同じ病院に通っている。先だっても診察待合で一緒になり、院内コンビニで軽く食べながら対話した。Hさんは明るい表情で、カラッとした声のトーンで話される方だけに、わたしの方がその心配をしてしまう、なんとも不思議な心の変容が起きる。決して他人事ではないと、ついわが身におきかえて考えてしまう、、

3.Hさんに、患者としての落ち度?は全くない。かつて、長きにわたり通っていた名だたる病院とその医師を信頼して、あげくに、ハーボニー治療困難者になってしまったのだ。しかし、わたしも、その名だたる病院を選択していたら、間違いなく、Hさんと同じ道を歩んでいただろう。さらに付言する。Hさんは70代、上場企業のエンジニアだった方だ。理系であり、その思考は、論理的整合性を保っておられる。悲劇の要因は「情報の非対称性」であり、きちんとした情報の開示がなかったことにある。

4.ダグラ/アスナを牽引した、その病院の領袖であるK委員は、会議が始まって45分くらいして、突如、のっそりと幕内力士のように悪びれもせず、会場を出て行き、中座してしまった。剛胆なお人だ。会議を甘くみているのか、議論の行方にいたたまれなかったのかは、わからないが、わたしはフツフツと怒りが込み上げてきた。

5.K委員が発した言葉は「治癒率60%という数字の考え方だが、60%も治ったとみるべきで、インターフェロン時代は40%それ以下だったので、、」と思考回路は90年代のままだ。そのアナクロニズムの脳はもう終わっいる、これには心底、驚いた。治療困難者8000人の患者に対する責任感は皆無だ。嘆かわしい。わたしは、はっきり悪はこのように生まれるのだな、その瞬間をみた思いがした。往々にして、悪はひとの不幸の上に成り立つ自己保身として体現される。



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第15回肝炎治療戦略会議のブログ集成

1.ともあれハーボニー治療の助成が決まった。翻ってみると、第15回肝炎治療戦略会議は、C型肝炎の歴史において画期的な出来事だったと思う。だが、祝杯をあげたくなる気分かというと、実は、そうでもなく、その先のハーボニー治療困難者のことが心配でならなくなってしまった。手放しでは喜べないのだ。

2.あらためて傍聴を認めてくださった厚労省の肝炎対策推進室に感謝したい。なぜなら、配慮があった、前回の会議室なら入りきれなかっただろうし、おまけに今回は机上でメモることもできたからだ。

3.参加された患者のみなさんのブログは、マスコミ報道とは異なり、気持ちがこもっていて、貴重な情報発信になっている。わたしも傍聴したが、そのような記事はとても書けない。ここで一種の編集とコメントを書いておく。

トマトッとさん、、第一報を発信してくださった。

miyaさん、、推進室長が「空中戦」と言っておられたが、その論点をキチンと整理してくださった。

yukettaさん、、克明に説明されておられる。実は私と同じでシメプレでダメで、今回ハーボニー治療にあたり、わたしと同じ病院でNS5A遺伝子検査を行い無事、耐性がないことを確認された、、いわば同志に違いない。

kunikuniさん、、議事録より、はるかに臨場感のある議論の争点を描写されていて、驚いた。マネできない。わたしなんかキーワードをメモしただけだった。なにしろ委員は早口な人ばかりなのだから。

sunnysideさん、、脱帽。ハーボニー治療のマクロ経済?の視点で書かれている。戦略会議では争点にならないが、肝炎対策推進室はこの問題で、今年度より来年度の予算の概算要求で、財務省と喧々諤々になる予感がする。

4.さらに、この会議の傍聴はされてないと思うが、新しく、これからハーボニー治療をする方々のために、同じ患者の立場で、有益な情報源となるブログをふたつ上げておきたい。

akioさん、、正直な気持ち、リスペクトしている。優しく、親切。知見は広く、病気全般にわたり相談できる。せんだってもゲノム編集のことで、みごとな回答をくださった。

バンバンさん、、10年以上?長きにわたり、冷静に、ブログ上の灯台のような役割りを果たされてきた。お会いしたことはないが。心から感謝している。わたしと同様に今回のハーボニーでウィルスを除去できるに違いない。

5.最後に、室長が新聞記者のぶら下がりで話されていたことなど、この戦略会議の余話としてあげられること掲げておく。
⑴8月26日の中医協はやや紛糾したようだ。その翌日の今日会議だから、見切りながら動いたわけで、過去にこのようなタイトな日程はなかっただろう。

⑵このあと。すみやかに全国の都道府県の関係者にお集まりいただき、説明する機会を設ける。その日は秘密。なるたけ早くやる、と。説明会のやりとりが重要になるだろう。

⑶当初のシナリオになかった議事の流れから、とりきめの文章が、少し変わる。

⑷2型ソバルディのときの診断書をそのまま援用できなくはないが、そんないじわるな質問はしないで、正攻法で、あらたな「診断書」で申請して欲しい。

以上、これはあくまでわたしの主観的聞き書きだし、ニュアンスの違いはあるかもしれない。それでも、東京都の場合、その区市の自治体に、9月25日の金曜日ころまでには、申請書・診断書は届くのではないか、、と予測する。

まだ前哨戦だし、ハーボニー困難者の闇は深いなと感じたが、ひとまずは素直によろこぶことにしたい。



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第15回肝炎治療戦略会議

1.佐賀新聞は次のように報道した。

 厚生労働省は27日、C型肝炎の新しい飲み薬「ハーボニー」(一般名レジパスビル・ソホスブビル配合剤)による治療を医療費助成の対象とすることを決めた。1錠(1日分)は約8万円で12週間、毎日服用するが、助成で患者の自己負担は月額最大2万円となる。保険適用となる今月31日の治療から助成する。
 C型肝炎患者の7~8割を占める遺伝子型「1型」で、慢性肝炎と初期の肝硬変の患者に効果があるとされ、重い副作用を伴うことがある従来のインターフェロンの注射が不要となる。
 別の飲み薬による治療で助成を受けたことがある患者については、肝疾患拠点病院の専門医が、再治療が適切と判断したことを主治医が確認した上で申請できる。【共同】

また、読売新聞では、、

 ギリアド・サイエンシズ社のハーボニーは、C型肝炎感染者の約7割を占める遺伝子型1型を対象とした飲み薬。治療に必要な12週間の服用で約670万円かかるが、類似薬の半分の治療期間で安全性も高いことなどが評価された。同社は治療対象となる患者を約26万人と推計している。

2.佐賀新聞の最後の段落は、シナリオになかったことで、会議で決まった。専門家の、見えない空中戦が繰り広げられた。それだけ、ダグラ/アスナによる無効、薬剤耐性になった患者に対する措置は難しい見極めになるということだ。



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乾癬と脾臓

1.久しぶりに、図書館のサイトで「乾癬」の検索をかけてみた。すると

三戒堂水宝 著 「乾癬は病気じゃないんだ」柏艣舎

という本が目にとまった。予約し、今手元にある。

2.本は寄贈図書だった。たぶん著者本人の意向だろう。寄贈本にはトンデモ本もあるが、ときおり秀逸なものがある感じがする。なんにせよ、タイトルが気に入った。借りて見たくなる。著者は、整体師のようだ。整体には、野口整体とかもそうだが、師弟の世界が根強くあるようだ。

3.リアルタイムで、興味深いキーワードをメモする。
①内部乾癬→クローン病は内部乾癬だ。
②脾臓の機能低下によって乾癬は起きる。
③テアテマンドール(気功と指圧の中間みたいな施術?であり、わたしには関心がない)

であり、とりわけ脾臓への着目は、新鮮だった。西洋医学の消化器系の入門テキスト「病気がみえる 消化器」(メディックメディア)には脾臓のページがない。載らないのは、大きな疾患が脾臓にはないからだろう。

4.さて脾臓だが、直観で、そうかもしれないと思えたことがある。先週、家族で近場の温泉に行ったのだが、一風呂浴びて、脱衣場によく置いてある足裏マッサージ機をやってみたのだ。
すると思いだした。2014年6月シメプレ三剤をやるために4日間入院したが、そのときが右足裏の土踏まずのヨコが痛くて痛くてたまらなかったことを。その部位に関係する臓器は何だったっけ?と見たら、脾臓だった。それを今、思いだした次第。

5. 以下、面白いと思った文章を箇条書きに。
⑴乾癬は、外から影響をうけた皮膚病ではなく、内側の問題である。
⑵乾癬は、鬱血による皮膚の状態。
⑶鬱血は、脾臓の機能低下によって起きてくる。
⑷脾臓の働きは2つ。1つ目は、赤脾髄による一日150万個の赤血球を破壊して鉄分を回収する働き。2つ目は、白脾髄によるリンパ液の浄化である。
⑸脾臓は第二の心臓と呼ばれ、血液を保有し、緊急時に放出する。急に走ったときに起きる脇腹の痛みはこの働きによる。
⑹脾臓は、圧迫などを受けると機能を低下させてしまう。素朴な疑問、慢性肝炎による腫れは脾臓を圧迫しているのか?
⑺脾臓機能が低下すると、大人で120日を超えて古くなった赤血球が体内を巡る。その古くなった赤血球の細胞膜は固くなり、そうなると「動脈の毛細血管→細胞に入る→ATPの供給→細胞を出る→静脈の毛細血管」という流れが阻害されるため、鬱血が生じる。鬱血は体外に排出しようとする働きであり、症状ではなく、排出現象。
⑻脾臓機能の低下は、膵臓の腫れによる。糖分摂取過多による膵臓の疲労からくる腫れと肥大が、脾臓を圧迫する。
⑼各細胞には、それぞれ電位があり、神経は電気的伝達をして細胞を動かしている。
だいたい以上である。

6.私見と方針
⑴皮膚の鬱血とみられる乾癬の写真がたくさん載っているが、わたしの乾癬はそこまでひどくはなく、乾癬の多様性がわかる。とりわけ男女の陰部の写真には驚いた。

⑵私見だが、赤血球の鬱血とは別に、C型肝炎ウィルスによる乾癬は、あるのではないか?



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芭蕉の俳句

1.まず、ひろさんへ、、S字結腸あたりのポリープはガン化しやすいと聞いてますので、発見できて良かったです。S字結腸の大腸がんは本当に多いですから、内視鏡による切除は絶対です。上手い内視鏡の先生にあたるように、祈ります。腸相がいいことは何よりです。あと白血球の数値も気にするようにしてくださいませ。わたしも素人ですので、機序は説明できないのですが、乾癬患者として、継続的に記録しておかれるといいと思います。


2.本題に、、芭蕉の俳句に、

蛸壺やはかなき夢を夏の月

という句がある。数学者の岡潔さんはこう書かれている。

私はこの句を見るとこう思う。明石の浜に蛸壺がある。蛸が良い隠れ家だと思ってその中に入っている。上を見ると、空一面の月である。水面は静かに波が打っているから、それがキラキラ光って、何ともいえず綺麗である。私は美しい夏の月だなあと思う。夜が明けるまでの命とも知らないで。

私は、岸辺に立っている私に帰る。夏の月は中天にあって、その柔らかな光は空も海も人の世も、暖かく包みいたわっている。私は、美しい情景だなあと思う。(岡潔「春風夏雨」角川ソフィア文庫 P97)


そして、岡潔さんは芭蕉の言葉を書き加える。これがわたしの目を引いた。

俳諧とは浅きより深きに入り深きより浅きにもどる心の味なり、

この言葉に、日蓮の「浅きをさって深きにつくは丈夫のこころなり」(顕仏未来記であり、元は最澄の言葉、その引用)を想起したからだ。芭蕉は、日蓮か最澄の、その遺文を読んでいたのかもしれない。だが、「深きより浅きにもどる」こと、ブンメランみたい気分が俳諧の真骨頂なのかもしれない。

中医協から薬価収載予定

1.たまたま、先ほど中医協のサイトをみたら、本日会議が行われ、その資料が告知されていた。事前の開催告知をしないようだ。8月31日に薬価収載予定として、ハーボニーが掲載されていた。明日の肝炎治療戦略会議前に中医協から何か出ていないと、辻褄があわないと思っていたので、ひとまず安堵した。ということは、薬価収載と同時である保険開始は8月31日になる。急がれる方は9月1日からでも、限度額認定証を利用して治療できるはずだ。

追記、コメントがあり、ハーボニーの販売は9月7日から、と教えてくださった。感謝

2.日刊薬業のサイトをみると、、
「ハーボニー」の薬価収載を了承、中医協、ピーク時予測は2年度後1190億円( 2015/08/26 13:21 )、
とあった。ハーボニー投与は初動から時間経過とともに幾何級数的に伸びると、その記事は見ているのだろう。

3.その算定薬価は、1錠80,171.30円とある。以前聞いた想定価格は約6万円だったから、高い感じがする。ドル円相場の影響か?このへんの薬価の流れはわからない。マスコミがどう報道するかが、多少、気になる。

4.いずれにせよ、明日から、ロケット発射台のようなカウントダウンは、残り5カウントになる。

5.助成を遡及できるハーボニーの基準日は、8月31日になる。その28日前後の9月下旬は、東京都のサイトをウォッチしていないといけない。そのウォッチャーをかってでることにしよう。



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遺伝子検査結果

1.昨日は、国府台病院の診察日。採血結果と遺伝子結果を聞いた。結果は次の通り。

①IL28B関連遺伝子多型は、Heteroであり、インターフェロンは効かない。

②ITPA関連遺伝子多型は、Majorであり、貧血を起こしやすい。

③C型肝炎ウィルスコア蛋白アミノ酸変異 Core70は、変異なし。これには驚いた。2013年に武蔵野赤十字病院で泉先生から、「Core70は変異」と口頭で告げられたからだ。その判定の紙はくれなかった。その時は、何がなんだかさっぱりわからなかったので、とりあえず泉先生が書かれたメモをいただいた。今、思うに、遺伝子検査結果の紙をくれない病院は、やはり忌避した方がいい。いろいろな意味で証拠になるからだ。

④C型肝炎ウィルス NA5A 蛋白アミノ酸変異
NS5A L31 は、wild 野生
NAp5A Y93 は、wild 野生
といことは、ハーボニーが効く確率は高い。

⑤血小板は16.1であり、その他のデータからF1の状態である。

⑥HCVは5.3であり、再燃後、依然と高い。5以上はハーボニーの治療対象に十分なる。

⑦AST39、ALT58と、絶妙な高さだ。全く恐れていない。今後も強ミノやウルソはやらない。

以上であった。このような遺伝子検査結果の場合、国府台病院では、シノプレビル三剤治療はやらないらしい。わたしの場合、昨年やったシメプレ三剤治療は余計だったかな?、、いやいや違う、乾癬治療を想定していたのだから、あながちムダではなかったと見切る。

2.明日27日、肝炎治療戦略会議がある。その後、東京都は対応が早いだろうから、9月末に、ハーボニーの診断書用紙を持って受診することとなった。ちなみに、2型のソバルディのときは、保険適用開始から東京都のサイトに案内が告知されるまで、28日がかかっている。1ヶ月後の受診は妥当だろうと、思った次第。



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腸内環境と乾癬

1.新谷弘実さんのYouTubeをみて、さまざまな腸内環境があることを実感するようになった。新谷先生が容姿の美しい女性が、その腸内環境はとても悪い状態にある症例を話されていた。またアトピーと潰瘍性大腸炎 とは表裏の関係であり、つながっているとも言われていた。腸内の映像を軸にして身体全体を俯瞰して見る眼は、あらためて、「あり」だと思った次第。

2.アトピーの方も、乾癬の方も、そのブログを見てみると、食べ物の選択とか熱心に書かれているが、ご自分の腸内がどんなだかについて、実際に見て、記事にしている人は、ほとんどいない。あらためて、これには驚いた。

3.しかし、私にしても、直腸がんをやらなければ、同様だったに違いない。決して、偉そうなことは言えないのだ。

4.大腸内視鏡検査を初めてやったのは40歳頃、結局それは切れ痔だったが、それより、内視鏡は奥の上行結腸まで入れることができずに終わった。次が2010年4月、区の検診で大腸の潜血反応が出て、二次健診で内視鏡検査を行い、直腸がんが発見された。そのときも大腸内はかなり宿便があり、横行結腸あたりから、痛みで難儀した。直腸がん手術によって、ようやく腸内の宿便は排出されたことになる。しかし今省みると、大腸の洗浄は、乾癬の治癒に向けて、重要な意味があったように思えてならない。

5.直腸がん手術から退院までの14日の入院中は、乾癬は相変わらずの症状だったが、そのひと月後、抗がん剤の点滴治療で3日間入院したときに、たちどころに乾癬が緩和したのには、驚いた。原因は不明。当然だが、外科医は沈黙し、わからないという表情をするばかり、、だった。

6.2010年以後、年1回、大腸内視鏡検査をやっているが、腸内は、かつてと比べ、格段にきれいになった。検査機を抜く際、医師がリアルタイムで映像を見ながら説明してくれる。今はその映像を見ながら、乾癬とつなげて考えるようになっている。なんらかの機序が感じとれないか、、、記憶を掘り起こし、過去と重ねて「腸相」を観る?のだ。

以上、体験的な乾癬の話でした。



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数学者 岡潔の懐かしさ

岡潔のエッセイ「春風夏雨」を読むと、懐かしさがキーワードであるとわかる。以下、こうある。
私の生涯というアルバムにただ一枚しか貼られていない「印象」を話してみる。
1929年の晩春、私は日本を発ってフランスへ渡るため、インド洋を船で回る途中、シンガポールで上陸して独りで波打ち際に立っていた。
海岸には高いヤシの木が一、二本ななめに海につきでていて、ずっと向こうの方には床の高い土人の家が二、三軒あるだけの景色だった。
私は寄せては返してうまない波の音に、聞きいるともなく聞きいっていたのだが、不意になんとも名状しようもない強い懐かしさの気持ちにひたってしまった。これが本当の懐かしさの情なのだと今でも思う。

スキル性胃がんによる逝去

1.今日知った。8月1日20:30に、ツチノウツワさんが亡くなられたことを。享年50歳。2013年6月、スキル性胃がんの末期と告知される。抗がん剤治療は行わず、QOLを保ち、日々真剣に生きてこられた。美保さんというお名前とわかった。偉大な人だ。

2.ウツワさんのことは、このブログ機能の訪問者リストから知った。なんと潔い人なのだろうと驚いた。一度、コメントをくださったことがある。第二子の誕生直後のコメントであり、ありがたかった。以下のとおり

2014年12月18日
おめでとうございます
2人目のお嬢様の誕生、おめでとうございます!
人生を生き抜くすべての力を内に秘めた小さな生命の誕生…神秘ですね…。
小さな赤ちゃんのいる新しい生活を、奥様と上のお嬢様と3人でめいっぱい楽しんで下さい!


3.今、あらためて読み返すと、ずっと前から、誕生と死 を俯瞰してみておられたのではないか、、そうなのだ、美保さんは、俯瞰する力の高みにおられる気がする。

4.アメリカ人のご主人と、5人のお子さんの中の長女の方と、お二人による見事な弔辞がブログにつづられていた。いつの日か、美保さんはご家族と邂逅されることだろう。



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医者が書いた本

1.2010年の直腸がん以来、多くのがん患者と同じように、有名なお医者さんたちが書かれた本を、藁をもつかむ思いで読んだものだ。よくよく考えると、本の売上収入を上げるために、出版社の目論見に呼応して書き続けておられるお医者さんも少なくない。いわゆるトンデモ本の量産である。

2.ただし、それらの病気本に対する見方は、全肯定でも、全否定でも、よくないと考えている。Amazonレビューのように、信用度合を星でイメージし、、大事なのは、自分にとって意味のあるキーワードを抽出すること、そう感じた年月を記銘しておくことなのだろう。わたしの場合、著者を過大に評価したり、感情移入しやすい傾向を戒めなければいけない。

3.例えば、前回の新谷弘実医師の本だが、牛乳を飲まない、ヨーグルトは食べないように、激しく主張する。牛乳業界から公開質問状が送られ、やりとりするほどだ。新谷さん内視鏡専門の医者にすぎない。いろんな患者の腸内を見た積み重ねで「腸相」という概念が生まれ、独自の食育理論?を編み出したのだろう。わかりやすい思考回路だ。前回、新谷弘実さんののYouTubeを見て驚いたのは、90歳の美しい腸内と30歳代の悲惨な腸内のコントラストが著しさだ、自分の5年前を腸内環境が思い浮かんだ。

私見。私たち乾癬患者は大腸内視鏡検査をやって、自分の目で、大腸内部を凝視して、乾癬と関係があるかないか、読み解く必要がある。そこで、つながりがあると感じとれたら、治癒の道が開かれるのではないか、、

4.TVでよく医者がコメントする世の中になったが、食べものの是非については、医者の国家試験にはなかった知識だろうし、患者の診察を通じて、経験値で語っているだけだろう。つまり、場合によっては患者の私たちの方が、正しい判断をしているのではないか?

5.2010年当初、安保徹さんの書き物をよく読みリスペクトしていたが、今はさほどではない。慶応の教授になれずに終わった近藤誠さんについては、5年まえに感じたときより、今はもっと問題人物だろう、と思えてならない。医者の視野はかなり狭いものだと、患者である私たちは、あらかじめ、注意していなければならない。



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腸相という言葉

1.腸相という言葉は、内視鏡によるポリープ除去の先駆者である新谷弘実医師の造語だ。1960年代、アメリカで新谷さんと大根田勝美さんとオリンパスが、内視鏡の技術力を格段に上げていったことは確かだ。

2.新谷さんのYouTubeを見て、腸相というコンセプトはあるなと感じた。田中保郎さんの腹診と新谷さんの腸相の二つの方法論を併せ持った内科医が表れるとベストなのだが、、


3.新谷さんが手がけた症例を見ていて、直腸がん手術前の内視鏡検査を思い出した。腸内の宿便がすごくて、ニフレックを3リットル飲んでも、まだ腸内がきれいにならなかったのだ。担当医師がしびれを切らして、ほどほどのところで検査が始まったのだ。たちまちかなり進行した直腸がんと宣告されたっけ。そのときの内視鏡の映像をおもいだした。

4.新谷さんは、アトピーと潰瘍性大腸炎はつながりがある、と。



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疾走するシールド

なんの脈絡もない
自由詩的断想を書きたくなった。
01
人は疾走すると、
空気の流れからシールドが生まれる。
70代の光景だった、丹木町の丘、、
その人はエントランスで、
俊敏な動きで歩き、
タバコの吸い方も、目まぐるしい。
こころのギア、その回転がうずをなしていて、
天井に拡がっていた、、
だから、わたしは気づいたに違いないのだ。
いま、閑散とした大学にみえたのだと。
遠目に、周囲の人びとと、
動きが違うのだ、、
じっと窓ぎわ学生であったわたしは
茫然、見ていただけだった。
「休みに入ったか、学生は来ていないのか」と、
二階からエントランスへ、足が動かず、、
近づくことができないのだ、、
この固まった身体はどうしたことか
無明の出現、、
鎌倉のときも、同じ自分が、
たぶん、いたことだろう、、
近づくのだ。臨終正念じゃないか、、
「第七書簡」の飛び火、その触発は、ここにしかない、、ぜよ。
題目の持続は、60兆細胞への疾走の促しなのだ、、
「わたしがあなたがたのシールドになるよ」と。

以上、唱題しながら、、メモった。

続、考える腸

1.YouTubeを載せると、やたらシャットダウンしてしまうので、いったん仕切り、以下に。

2.その講演で、田中保郎医師がかたったことを箇条書きすると、

⑴症状=病巣は対症療法であり、西洋医学の考え。

⑵症状≠病巣は対証療法であり、東洋医学の考えであり、治療は両方を踏まえるべき。

⑶黄帝内経は、病気を治療するにあたり、目の前の症状や病気にとらわれず、その人の本質に向かって治療すること。

⑷吉益東洞、その弟子の奥田寛。万病は腹に根ざす。腹診は日本独自。中国は脈と舌を診る。

⑸盆栽の話。根腐れの根にあたるものが、人体の腹だ。

⑹脳は腸に従属する。腸こそ第一の脳である。(全くその通りだ)小腸は糠床である。

⑺藤田恒夫「腸は考える」(岩波新書)を絶賛。そして西原克成、光岡知足、クレア シルビアの本。

⑻基底顆粒細胞は重要であり、考える細胞そのものだ。3歳で出来上がる。三つ子の魂百まで、だ。これが自律ホルモンをとばし、司令を出す。神経万能説はウソです。

⑼あと仏典の醍醐味、また臓器移植により提供者の趣向や趣味が移植者に移る話は重要。いづれも脱西洋医学の話だ。人間機械論では解けない生命観。

以上。田中医師は、患者を腹診して、漢方薬を処方する西洋医学の人であり、多くの難病を治す。すこぶる共感できる。自分の腹診ができるようになりたいものだ。

ちなみに盲腸は、長いこと無用の長物とされてきたが、実は腸内細菌叢をコントロールする重要な機能を担っているとわかった。検索してみたら、、

右下腹部の盲腸から伸びる小さな虫垂は、長く私たちの体にとって不必要な組織と考えられてきました。しかし大阪大学大学院医学系研究科感染症・免疫学講座の竹田潔教授らの研究により、虫垂のリンパ組織が、粘膜免疫で重要な免疫グロブリン(Ig)Aを産生しており、腸内細菌叢の制御に関与している事をはじめて発見されました。元々虫垂には、リンパ球の集まった場所(虫垂リンパ組織)があり、何らかの免疫学的機能を有している可能性が考えられていました。

デューク大学のビル・パーカー氏によると、ヒトの盲腸も同様にいわゆる善玉菌を育て、定期的に腸に放出していると考えられている。身体に良い菌の牧場と倉庫の役割を果たすのと同時に、相乗作用で免疫力を高め合っているのだ。
出典もしも盲腸がなかったら「人間の盲腸は、善玉菌のふるさと」


私見。盲腸炎で手術した人は、健全な腸内フローラは形成しにくいのかもしれない。叔父は若いときに盲腸の手術をやっていたな、、

ひとまず、わたしの乾癬も、考える腸の声を聞くようにしたい。そのためには、さしあたり食べものの記録が必要かな、、



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考える腸

1.長崎の名医、田中保郎医師の講演をYouTubeで観た。2012年4月、東京の講演だ。



2.納得することばかりだった。続く

肝硬変の末期、叔父を見舞う

8月12日 水曜日 18時、叔父の入院先に、
姉について、見舞いに行った。

10年近く会ってなかったが、
86歳の叔父は驚くほど、小さくなっていた。

ただ目は冷たさをたたえ、理知的で、鋭い。

(あぁ、やっぱ、苦手だな)

腹水がたまり、
内蔵の筋肉がありそうに見えなかった。

感慨深い、母も叔父も、身体全体が弱ってきた。

叔父は祖母の豊さんとよく似ていた。

104歳の安藤久蔵さんの、
しっかりした身体を
思い浮かんだ。

70歳の鳥越俊太郎さんが、ジムに通われ、
身体を鍛えていることをTVで知った。

アンチエイジングかなと、
冷ややかにみていたが、
そうではないな、、

老いていくからこそ、頑健な身体をつくらねば
ならないのだ。鳥越俊太郎さんを見習おう。

masaさんへのメール

前回のメールの件、
早速、次のようにメールしてみた。以下の通り。

masaさんへ

はじめまして、わたしは◯◯といいます。

「C型肝炎 乾癬」の検索で、あなたの乾癬の闘病記を読みました。

そこで、masaさんに質問したくなり、メールをお送りする次第です。

わたしも、乾癬患者なのです。以下、経緯をご説明します。

1991年にC型肝炎治療のためインターフェロンの単独投与を1年ほど行い、1994年頃から乾癬の症状が出てきました。
しかし、情報不足ために、乾癬がインターフェロンによって引き起こされたとは思ってはいませんでした。

次に、2003年に、ペグでないインターフェロンと、リバビリンの併用療法を半年ほどやりました。
しかし、C型肝炎ウイルスは消えることはなく、ウイルス量は最大7.3まで、高止まりしていました。

そうして2009年頃から、ようやく、わたしの乾癬は「C型肝炎ウイルスとインターフェロン投与と腸内環境の悪化によって引き起こされたのでは」と、徐々に、メカニズムに気づきはじめました。

2010年に大腸がん手術をして、
そのあとの抗がん剤治療をし始めたころ、そのメカニズムを確信するようになりました。

2012年頃から、右手、右手首、右足の裏が、腫れはじめました。これもまた乾癬性の関節痛では、と予感するようになりました。

2014年6月、シメプレビルの三剤併用療法を行い、8週後にC型ウイルスは消えましたが、治療終了4週後に、ウイルスは再燃して、今は5.3の数値で、新薬を待っているところです。

一方、乾癬は、三剤併用療法を開始してから、関節痛は緩和しはじめ、途中からチガソンを飲み始めたことも功をそうし、治癒に向かい始めて、現在に至っています。

三剤併用療法とともに、乾癬は劇的に緩和されるのでは、と予想していたのですが、ほぼその通りになりました。

うまく言えませんが、インターフェロンという毒?を三たび投与することによって、乾癬という毒を制する戦略です。治癒中に赤い発疹は何度も出ましたが、既存の乾癬とは異なることも体感しました。

現在、乾癬の症状は、
⑴頭髪からフケのようなものは出ません。
⑵顔の赤みは消え、
⑶胸と背中は、軽く赤みが残る程度、
⑷足首から膝にかけては、かなり正常になってきました。
⑸残余として腰回りから臀部の赤みがまだだいぶあります。

以上そんなところです。

そこで、質問ですが、
masaさんは
①いつ頃C型肝炎の発症にきづかれましたか?
②インターフェロン投与は何年により、以後何度投与されたでしょうか。
③インターフェロンはペグでしたか?それともその前ね週三回インターフェロンでしたか?
④現在、C型肝炎ウイルスは消えておられますか?
⑤腸内環境を考えて、何か食べ物を注意しておられますか。

以上です。ご回答のほど、よろしくお願いいたします。

ちなみに、masaさんの闘病記をわたしのブログに取り上げさせていただきました。事後ですが、おゆるしください。それは「がんパラダイムシフト」で検索できると思います。そのハンドルネームは、山口つとむです。

今後とも、情報交換のほど、よろしくお願いいたします。


以上である。さて、返信いただけたら、ありがたいのだが。どうなることやら、



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同じ症状の二人目に遭遇した!

1.「C型肝炎 乾癬」という言葉でよく検索をかけていたが、ある程度月日が流れて、最近、あらためて同じ言葉で検索をかけてみた。すると、わたしの症例とおなじではないか、と思われる闘病記に遭遇した。

尋常性乾癬 と題してかかれていた。ブログではない。どうやらハンドルネームはmasaさんと呼ぶようだ。

2.前に、C型肝炎でインターフェロン治療の後に乾癬になった男性の奥様から、ありがたいコメントをいただいたことがある。それ以来の、二人目の「インターフェロン乾癬」の人であり、妙にうれしい。福岡大の皮膚科医、今福信一さんの研究は正しかったのだと確信した。現実に、症例が3つあるわけだから。

ネット上で今福信一さんの記事は二つある。
C型肝炎患者にみられる皮膚症状

C型肝炎治療で皮膚に副作用

3.masaさんの闘病記を、以下に拾い読みしてみる。
①足の写真の体毛から、男性だと思う。
②2004年に乾癬を発症し、現在は治癒に向かっているようだが、一進一退、完治ではない。
③2007年9月、乾癬は背中だけでなく、身体全体に広がり、頭皮、顔、爪の先まで症状が出る。
④ぬり薬の他に、紫外線照射の治療をされていて、悪化の一途。C型肝炎より尋常性乾癬のほうが怖い!と。
⑤2008年2月C型肝炎治療としてインターフェロン投与のため乾癬の治りも悪かったのかも、とあり。皮膚の一部を取って調べる病理組織検査をする。
⑥薬は、最初、痒みどめの飲み薬はアレロック、頭にオキサロールローション、顔にロコロイド軟膏とオキサロール軟膏、背中はアンテベート軟膏とドボネックス軟膏、、使われているが、いろいろ試行錯誤されている。
⑦「どくだみ」の葉を乾燥させ、風呂に浮かべて入っていたら乾癬が完治した話をTVで知る。どくだみ茶を飲む。
⑧頭皮にカビが生える。ニゾラールローションを塗る。足首にはオキサロールとプロパデルム軟膏を塗る。
⑨C型肝炎治療は東京医大だったようだ。
2013年4月ネオーラル50mgカプセルをのみはじめる。
2014年6月パインタールシャンプーが乾癬治療にきくらしいと購入。茶色の液体。
そしてテアテマンドールの施術。

だいたい以上。「背中ぬりっこ」という器具は知らなかった、左肩が塗り辛いわたしには、便利そうだな。どくだみとか、テアテマンドールとか、知らない治療法だった。ただ、masaさんは、インターフェロン投与と乾癬の機序についての言及は乏しい。どの程度因果関係を認識されているのか不明だった。C型肝炎とわかった年やそのインターフェロン治療経緯を知りたくなった。なので、メールでお聞きしてみようと思う。



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叔父を見舞う

1.公共圏にないブログは、本来自由なはずだが、言い過ぎと受け止められる方々がおられるようだ。それはわたしの望むことでは、全くないので、今後は、自粛を徹底したいと思う。

2.夕方、86歳の叔父の入院先に、姉とともにお見舞いに行った。10年近く会っていなかった。ベッドから立ち上がり、支えながらトイレに立つ姿をみて、ビックリした。ふたまわりくらい身体が小さくなっていたからだ。ただ、目はしっかりしていた。やせていて体重は50kg台だろうし、血圧は低い、体温37度前後だったが、呼吸は普通で肺炎とか呼吸器系は大丈夫な感じがした。足が冷たかった。死は足から忍び寄るということが、よぎった。それにしても、晩年の祖母に似てきたな。

3.叔父は、某国立大の理系の教授だった人で、颯爽としていて、とてもよく働かれ、日本中をよく歩かれた人だ。酒はのまない人であり、頭のいい恐い人という印象が強かったが、ずいぶん容姿は変わったな、、すっかり老人になっていた。「ありがとう」と姉に何度もいい「生きていても、もうやることはない」とポツリと、言われた。

4.「いえいえ、そんなことはありません、93歳の姉(わたしたちの母)より先にいってはいけませんよ。」と言った。今まで、数えるほどしか対話したことなかった。ただ、叔父もまたC型肝炎を長く患っていたので、気になっていたのだ。ハーボニーの話をしたかった。けれど、今回はやめた。まだ話すタイミングではないな、思えたからだ。帰り間際、姉が叔父と握手し、ついでわたしも握手した。弾力のある大きな手だった。叔父は優しい人なんだなと感じた。病名は聞いてないが、想定外の出来事が多かっただろうから、心痛と加齢と自律神経失調とかが影響しているのではないかと思った。涼しくなれば、退院できるだろう。

5.あらためて思った、平均寿命ではなく、健康寿命こそ大事だな、と。



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ジブリ美術館は物語の系譜を展開する

1.今日は5年ぶりに、三鷹のジブリ美術館に行ってきた。家内と次女は電車だが、わたしと長女は自転車で美術館まで行った。9:10に出て、ちょうど1時間で到着。すでに20mほど行列ができて、台湾か中国か、観光客が多いことに、少し驚いた。直腸がん直後の5年前は、こんなに外国人は来ていなかったからだ。案内の女性が、外国の人に流暢な英語で対応していた。ジブリの国際化か。

2.今回も思ったが、あらためて、ここは宮崎駿さんの経験が展示されているんだなと。とりわけ仕事場の風景を表す2階の部屋に来るとそう思う。壁に貼られた色鮮やかな田園風景が描かれた画用紙を、少し離れたところから見つめていると、たちまち宮崎駿さんの脳内に入っているような、頭の中がクリアになったような感じが押し寄せて来るのだ。雑然としたアニメの製作現場に、さして関心があるわけでないのに、その場のスッキリ感が好きだ。

3.今は、江戸川乱歩の「幽霊塔」を取り上げていることを知った。幽霊塔がカリオストロに繋がっているらしい、宮崎駿さんの内部では。物語にはいくつもの系譜があることを示されていた。「風立ちぬ」を作られたとき、宮崎駿さんは堀辰雄と堀越二郎をくっつけた話であり「剽窃」と自虐的に言われていたが、正しくは「系譜」なのではないか。昔読んで感動したものを掘り起こし、そこに回帰する、、それって表現できるかは別として、誰にでも物語の系譜の想起はできるな、と思った次第。

4.記憶を呼び起こし、敷衍して語り継ぐ、、それを宮崎駿さんは館内で上映するだけの15分映画においても、見事にやっておられた。終わると拍手がわき起こった。半分は外国の人たち。長野が発祥らしい、その日本昔話の映像を見ていて、遠い昔に観た東映動画を思い出した。どこか懐かしい。「白蛇伝」とか「安寿と廚子王丸」とかと、微妙に、アニメーションの動きが似ていたからだ。東映動画の系譜はジブリが引き継いでいた。

5.少し前に、ジブリのドキュメンタリーを観たが、その中で、若き宮崎駿さんが「オオカミ少年ケン」のテーマソングの替え歌を宴席で歌われていた。「稼げよケン!」と。そのフシが妙に耳朶に残る。お会いしたことはないが、宮崎駿さんを懐かしく感じた。この人が「オオカミ少年ケン」をやっていたんだと。

6.最後は、トトロのジグソーパズル(50×70の大きさ)を買って帰った。



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家族の肖像

7月に家族の似顔絵をかいてもらった。雰囲気は出ているが、還暦のわたしは似てない、ほうれい線がない。


8ヶ月になる次女は、ハイハイにとどまらず、つかまり立ちをしはじめた。少し離れたところから名前を呼ぶと、振り向き、わたしの目を見つめてくる。その名前が自分のこととわかっているとしたら、なんとも不思議なことだ。

先日、陽射しが照りつけるなか、玄関先でビニールプールを広げて水遊びをしたとき、声を上げてバタバタとはしゃぎ出した。

次女にとって、世界は母親であり、徐々に長女やわたしやコーギーが、自分の世界に入ってくる。著しい成長。抽象的だが日々、自分の世界の内と外、その境界の「意味の変容」が目まぐるしく、起きているに違いない。



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続、国府台病院の不思議

1.「文学の遠吠え」という個人のサイトがある。森敦の「意味の変容」を読んだあと、いろいろ思考していて、そのサイトに遭遇したのだ。難解な「意味の変容」を感想していて、理解が深いことに驚嘆した次第。

こういう書き出しだ。

森敦『意味の変容』読了。

「任意の一点を中心とし、任意の半径を以て円周を描く。そうすると、円周を境界として、全体概念は二つの領域に分かたれる。境界はこの二つの領域のいずれかに属さねばならぬ。このとき、境界がそれに属せざるところの領域を内部とい、境界がそれに属するところの領域を外部という」(森敦『意味の変容』ちくま文庫 23ページ)

と言う文章があって、この文章を様々に変奏、展開、説明すると言うようにして書かれていく小説。舞台は光学工場、ダムの工事現場、下町の印刷工場などと様々に移り変わるが、聞き手の小説家に対して市井の一労働者である話し手が、それら変遷する職場での経験を組み込んだ上記引用の言葉に集約される「哲学」を語っていくと言う体裁になっている。

ここで引用した文章では、つまり世界は「世界」と言った瞬間に内部と外部に分かれてしまう言っているのだ。世界を「世界」と区切った瞬間に世界は内部と外部に分かたれるが、しかし世界を「世界」と区切ったものにはその「世界」を世界と区切っている境界が見えないと言うことであり、その境界線を見るためには、「世界」の外部に立たないとならないと。が、境界線を見るために外部に立つと言うことは、そもそも「世界」を区切ってしまった任意の一点を無効にし、そこから発する任意の半径を放棄することでもある。そしてそれは不可能なことでもある。不可能なことを、いかに実現するか。


2.全くもって見事な読みだ。「文学の遠吠え」の管理者であるTMさんは、市井に棲む読書家であり、かつ多くの感想を残されている。読書が人生の中核と書かれていた。読書により外部に立つことができると信じておられるのではないか、とわたしは思っている。

3.森敦のいう「世界」は、家庭、会社、学校、習い事の教室、何らかの所属団体といったあらゆる物事にあてはまる。その大小は関係なく「世界」は生成する。四半世紀の4つ大病院は、みなこの意味での「世界」を形成していた。ところがだ、国府台病院では、その感覚が稀薄なのは何故だろう?

4.7月下旬に大規模な引越しがあり、すでに真新しい建物に移っているが、8月下旬の診察なので、まだ様子はわからない。新しく、順番を知らせる電光掲示板みたいなものはできただろうか?無論、言いたいのは、そうした目に見える物理的な世界のことではない。診察まで、待つことは待つが、さして苦にならない。沈黙している人たちが多いが、、誰かしら、小声で病気の話をしたりしている。そうした空気が不思議なのだ。

5.国府台病院は、高圧な感じはしない、敷居は高くない、肝臓病スペシャリストが結集していることから、24年の経験知とは異なる感じがしたのは確かだ。しかし不思議な空気を感じさせた要因は、それだけではないだろうが、、それはまたあらためて、、



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国府台病院の不思議

1.24年の長患いだった。その最初は1991年、初期のインターフェロン治療で入院した御茶ノ水の順天堂病院は3週間。2度目は、2003年インターフェロンとリバビリン併用療法で入院した東大病院は2週間。さらに3度目は2014年のシノプレビル三剤併用療法で入院した武蔵野赤十字病院は4日間、、C型肝炎で3つの病院の世話になった。さらに、2010年5月に直腸がん手術で、NTT関東病院に2週間した。ちなみに、順天堂病院とNTT病院では、医者には言わなかったが突然、閉所恐怖症になった。そんなわけで四半世紀、4つの大病院を知ったのだ。

2.振りかえってザックリとした印象は、、
91年当時の順天堂病院は高圧的なものがあったし、やたら待たされた。2003年の東大病院は、頭のいい人たちのせいか、これまた敷居が高く、あとでわかったが、そのとき大腸内視鏡をやってくれてれば、と悔やまれる。配慮も、プロトコルも、なかったのだ。そして2014年の武蔵野赤十字病院は泉先生以外は医師全体が稚拙で、医師養成課程の中で素材として患者は置かれているし、薬剤耐性の機微がわかっていないと見切った、いささか唖然とした。但し乾癬はここの皮膚科、溱原先生の処方のおかげで治癒に向かった、感謝。いいたいことは、いずれもその病院に行かないと決めてから、そう評価ができるようになることだ。病院という、一種のタコ壺から出て、徐々に外部目線になり、時が過ぎると加減がわかる。

3.そして2015年の今年7月から、厚労省直轄の国府台病院で、ハーボニー治療のための準備に入った。肝機能等は落ち着いていることから、たぶん入院はせずに、ハーボニー治療ができるだろう。入院しなくてすむことは大きい。実は、2014年の武蔵野赤十字の4日間入院は、当初1週間と言われたが、それは意味ないでしょうと主張し、強引に短縮してもらった。わたしのC型肝炎は、もう入院は要らないと、妙な言い方だが、60兆細胞のわが身体がそう言っていたのだ。

4.さて掲題だが、病院といのは、どこもそれぞれ、ひとつの世界を形成している。壺中の天をなしている。初診で診察券を渡されたときから、見事に壺中が始まる。その病院の仕組みに乗せられ、わたしたち患者は一種の弱者になる。対等ではなくなる。作家森敦さんのいわれた「意味の変容」がおきる。世界を感じた瞬間から外部、内部、境界が必ずできてくるのだ。

5.ちなみに「壺中の天(こっちゅうのてん)とは、「後漢書-列伝第72、方術伝下・費長房」に見られる故事である。 時代は後漢、汝南の町に費長房という男がいた。 彼が市の役人であった時、その勤める市場で、一人の薬売りの老人と邂逅する。 その老人は壺公という名で、夕方市場の仕事を終えると、店頭に掛かったひとつの薬壺の中にすうっと跳び入ってしまうのを、ある日彼は目撃するのである。」という話からきている。

6.そして不思議なことに、初めて国府台病院に行ってみて「壺中の天」という感覚がなかったことだ。

つづきは次回に。



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患者にとっては0か100だということ

1.2015年8月上旬の今も、虎ノ門病院やその分院は、ダグラ/アスナを積極的に投与しているのだろうか?
想像だが、その治験をやってきた医療機関だから、たぶん投与しているだろう。9月には不良となる在庫を一掃させるためにだ。ギリアドの選択肢を伏せて。

2.ギリアド社のハーボニーを知らない患者は、まだまだ多いことだろうし。

3.ブログ村で、ダグラ/アスナ治療されている方のブログが、治療16週目で途絶えている。うまくいっていればいいのだが、、

4.ダグラ/アスナが登場したとき、熊田博光先生は積極的な投与を主張していたことは、肝炎治療戦略会議の議事録から、明らかだ。曰く1.薬剤耐性は1年で消える。2.地域間格差を無くすため肝臓専門医の資格者でなくても診断書が書けるようすべきだ。3.シメプレと比べダグラ/アスナ治療に制限をかけるのはいかがなものか、等々声を大にして、主張されていることが、読み取れる。この議事録は抹消できない。クビキになるな、、

5.ダグラ/アスナ治療の投与に積極的な医師は、意外と多かったようだ。そのエビデンスを信頼し、大した遺伝子検査もせず、患者をまな板にのせている。

6.それにより、薬剤耐性さらに多剤耐性、交差耐性になってしまった患者は、5000人という試算が出ている。難治性患者の一人として、わたしは耳を疑った。いまどき、信じられない出来事だからだ。ひとえに医師側の問題だ。未必の故意に近い。今年2月、とても親切な医師でさえ、ダグラ/アスナ積極説なのに愕然とした記憶がある。たぶん長く肝臓専門にやってきた医師に多いことも、ことの本質にある。それは「権力の魔性」ならぬ「経験の魔性」だ。

7.今年の2月そして最近もお会いしたHさんは、肝炎治療は一貫して虎ノ門病院に通い続けられた。シメプレでダメで、そのあとすぐダグラ/アスナ治療に入られた。検査結果で薬剤耐性はないと判断されたからだ。いったんウィルスは消えたが再燃し、肝機能データも悪化し、ダグラ/アスナを中断した。そのあと国府台病院で耐性検査すると、NS5Aの93、31が耐性が出来ているとわかった。交差耐性だという。

8.何が問題か?薬剤耐性を検査する機器の性能が、虎ノ門病院のものは精密ではないことに起因する。どうやらその検査機器はダグラ/アスナの製薬会社から提供されているらしい。検出限界がアバウトなのだ。その検査結果を根拠に、本来やってはいけないダグラ/アスナを投与された患者が多くおられるのだ。出来の悪いマッチポンプだ。その方たちのフォローをきちんと、虎ノ門病院は考えているのだろうか?「薬剤耐性は1年で消えるから1年待って、ハーボニーをやりましょう」と無茶な強弁をするのかな?

9.わたしの場合、2013年の秋に、武蔵野赤十字病院で泉先生の診察を受けたとき、まさに、このような事態になることを想定されて、厳しい言葉で治療方針を示されたのだった。そのときは泉先生が何言っているのか、皆目わからなかった。何度も同じことを書いてきているが、今あらためて、泉先生の治療方針に、深く感謝している。但し7月以降は、武蔵野赤十字病院のお世話になっていない。ハーボニーなら国府台が断然いいからだ。

そして掲題のことだが、
医師はエビデンスを拠り所するが、一人ひとり患者にとっては、その薬が有効か無効か、100か0なのであり、エビデンスは背景にすぎないのだ。正しい医師は、その患者のためだけの治療をどう見切るか、その判断がつかない医師は、すでに「経験の魔性」の虜になってしまっているといえないだろうか?



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8月27日に第15回肝炎治療戦略会議が

1.勝手な予測では、8月31日だったが、4日早まり8月27日に第15回肝炎治療戦略会議が開かれることが決まった。トマトっとさんのブログで知った次第、感謝。傍聴を希望するつもりだ。

2.くりかえす。去年のダグラ/アスナのときは、肝炎治療戦略会議は9月1日だったから、やはり5日早いのだ。厚労省の積極性を垣間見る感じだ。マクロ的な助成費用の話に及ぶのか、議案が気になる。マスコミの関心は、治癒率とコストだからだ。たぶん、佐賀新聞の記事が信頼できると思う。

3.中医協で薬価了承 は、その前日8月26日(勝手な予測)となると、薬価収載・保険適用は9月4日くらいに決まるのではないか?なぜなら2型のソバルディの場合、中医協の薬価了承 は5月13日、薬価収載・保険適用は5月20日の7日間のスパンだったからだ。ちなみに、その肝炎治療戦略会議は5月18日だった。

4.助成の手続は、肝臓専門医による診断書の提出が前提だから、その作成依頼も日数がかかる。さらに、診断書の書式は、従来のダグラ/アスナやソバルディの、インターフェロンフリー書式が変わる可能性が高い(私見だがハードルが高くなるのではないか?)から、その改訂や厚労省から各都道府県への通知日数も踏まえると、最短でも3週間はかかるに違いない。ちなみに、ソバルディのときは、保険適用から東京都のサイトに告知されるまで28日もかかっていた。道府県によっては都より遅いサイト告知なるだろう。なお、書式変更の有無は、肝炎治療戦略会議で確認したい事項の一つだ。マスコミは、書式なんて念頭にないが、患者である私たちには重要な確認項目になる。

5.2型のソバルディの先行事例を踏まえると、助成の手続開始を待つと、治療に入れるのは、早くても10月中旬以降になるだろう。ウィルスを一刻も早く消したい方は、当然、保険適用開始に合わせて健康保険の限度額認定証を利用することになる。27年度内は、基準日である保険適用日の9月X日に遡及できる。限度額認定証と肝炎助成の自己負担金の差額は、後日還付請求する、、というカタチになる。

6.以上が日程等の、頭の整理だ。
いずれにせよ、たたみかけるような段取りになる。けれど、わたしの場合は約半年間は「検出せず」だったから、今回は焦らず、できるだけ正攻法でハーボニー治療に恬淡と臨む。いよいよ正念場を迎える、焦りは禁物だ。



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嫌いだったものを食べる

1.腸内環境を整えることを、ひごろ心がけることは重要だと思う。

2.とりわけ乾癬やアトピーなどの皮膚疾患は、腸内環境の反映なのだ。「主は腸内環境であり、従は皮膚疾患である」と思えてならない。

3.直腸がん手術の予後の2010年夏に、なんでもありで気功をやってみた。すると、ある参加者の女性が、わたしの「気」なのか、体臭なのか、抗がん剤の臭いなのか、「臭い」という。日本人妻の中国人で、お国柄か、あからさまに嫌な表情をされた。風呂は入っているしワキガはないし、、やはり中国人はわたしゃ苦手だな、と思った。

4.しかし、その中国人女性の嗅覚は、確かだったのではないか、と今は思っている。気功の鍛練で、感覚が研ぎ澄まされるわけだし、その頃の腸内環境はしっちゃかめっちゃかしてたに違いないからだ。その女性の反応に感謝したい。

5.というのは、知り合いのご夫婦で、あるファストフード会社に勤務されておられるご夫婦がいるが、なんとなくだが、、そのファストフード店で使用されている油性の臭いを感じるのだ。日頃、ファストフードを避けているせいで敏感になっているかもしれない。また、カップヌードル類は、最初の一口は美味しいが、すぐ後悔の念がわく。何年か前に、横浜のカップヌードルミュージアムに行って楽しめたのだが、もう行きたくはない。

6.本題、、腸内環境を改善するには、かつて苦手だったものを試しに食べてみることは意味があると思う。アレルギーでない限り、試してみることをオススメしたい。この食材がいい、あの食材はダメなどと、たとえばエドガーケーシーは書いているが、気にせず、試してみていいのではないか。

7.重要なのは、食品添加物はできるだけ避けることだ。そのためには食品表示をよく読む習慣をもつことだろう。習慣になれば、自然にカラダがそれを避けて行く。

8.そう考えて、それまで食べなかったが、強いて試した食材は、豆乳、酒かす、ゴーヤ、パセリ、ココナッツミルク、しいたけ、ニンジン、タマネギ、高野豆腐などである。今は、どれも美味しく感じるし、毎日欠かせない。



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