折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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人生最初の夜桜

わたしの住む街は、桜の名がつく街だけあって
石神井川沿いや千川通り沿いが
桜並木になっていて、この二日間で、
すっかり満開の桜になっている。

夜、生まれて3ヶ月の次女を
ベビーカーに乗せて、
家内とコーギーのモモを連れ、
都バスの練馬車庫前から
江古田に向かって、花見に出た。

次女は、眠ることなく、
美しい、と感じているのだろうか?
それは分からないが、
しっかりした目で、
桜の木を見つめていた。

「咲いたね、咲いたね、最初だね」と
ベビーカーを押しながら、
次女に呼びかけたが、彼女は
微笑みはせず、ただじっと見返してくる。

歌人の西行に影響されているせいか、
じきに散ってしまう桜のさまは、
美しい反面、人生の無常を感じさせる。

還暦を過ぎ、あと何回、
桜の花の下に立つことが
できるのだろうか、とつい思ってしまう。

500mほど花見をしてから
江古田の八百屋アニキに行った。

とにかく果物、野菜が安いのだ。

栃木出身の若き経営者と
中国とネパールから来られた男女2人の
スタッフで、切り盛りして、頑張っている。
ずっと続いて行って欲しいと、願っている。

煌々と明かりがついている、
義肢を製作している会社の前を通ったとき、
看護師の家内が、
「これから高齢化が進み、
糖尿病が悪化して、足が壊疽になり、
手術で義足になる人は多くなるから、
この仕事の需要は増すと思う」と。



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NHKドキュメント72時間のおでん屋

今年に入ってから、
NHKドキュメント72時間をしきりに見る
ようになった。

一つの場所を72時間、定点観測する。
画面に出てくるのは、
騒がしいテレビタレントたちではなく
普通の人たちの、さりげない表情と言葉だけ。
それがいい。

画面から、その場所の空気感が伝わってくる。

たぶん毎回質問は同じ、、
「どうしてここに来るのですか?」だろう。
そのインタビューに応えるカタチだが、、

饒舌に応える人は少ない。それでいて、
なぜか、こころに沁みてくる。

連ドラなど、とうにみなくなった身には
30分に見たない実録の方が、沁みる。

タレントによって
いじられたりしない素の表情。ほんの
一瞬だが、その人の人生が垣間見える
気がする。それがいい。味わいがある。

2月かな、赤羽の、立食いのおでん屋さんの
72時間は、何度も録画を見た。

中でも、
夜間警備の仕事があけて、そこに立ち寄る男性の言葉、、
「24時間勤務で、朝帰ってくるんです。
寝不足状態なので、効くのは効くんですよ。
座って飲むと、もう立てなくなっちゃう」

その男性の話は、よそ事、他人事ではない。
「すわると、立ち上がれなくなる」とは、
たしかにそうだな、、と響いた。

赤羽は近い。いこう、と思いたち、家族4人で
先週の土曜日に行ってみた。

たまご、だいこん、ちくわぶ、、を食べたが
うまい。ただ、ハンペンは品切れだった。残念。


カップ酒の大関を半分まで呑み、そのあと
おでん汁を入れてもらう「だし割」が常連の
慣わしのようだ。

だが、大関は添加物の酒であって、
日本酒ではない。
戦後のカストリ酒と大差ない。決して
腸内フローラは喜ばない、、からだを壊すだけだ。

なので、おでんだけ食べて、帰ることにした。

今度は、ハンペンを食べに行こう、、自転車で。



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友人の芝居を観て、考えた

今夕、高校時代の友人、山本龍二が出ている芝居を
姉と観にいった。19時から途中休みなしの2時間は、
還暦すぎにはギリギリでは、と思ったが、姉は大丈夫だった。

「鑪」という芝居、内容はこうだ。

かつてはキューポラ、鋳物の町として栄えたが、
今は都会のベッドタウン、川口市が舞台だ。

今西康平は親から継いだ鋳物工場を早々に手放し、
今は不動産ブローカーとして暮らしている。

一方、若い頃、康平と一緒に鋳物の修行をしていた
水沼鉄三(友人の山本)は、余所で職人を続け、
現代の名工として活躍していた。

しかし、息子の死をきっかけに工場をたたみ、
川口市に帰って来た。

同じ頃、康平の息子・幹生も父を頼ってやって来る。

扱いに困り、娘の瑞穂に事情を聴くと、
幹生は職を転々とした後、どこにも就職できなくなり、
ひきこもりになったとの事だった。

そんな折、かつての職人仲間、斎藤賢治が経営する
小さな鋳物工場は倒産の危機に瀕していた。

水沼房枝は兄・鉄三を雇ってもらえないか頼む。
だが、すでに康平を通して売却する相談は
すすめられていた。

そこに康平の部下、高岡翔太から意外な売却先が
明かされる。

不器用な男たちの生きざまが軋み、火花を散らす。

以上のような話だった。

鑪を、たたらを踏むとは、
①たたらを踏んで空気を送る。
②勢いあまって,
踏みとどまろうとしつつも数歩あゆむ。

地団駄を踏むとは、鑪(たたら)を踏むと同義らしい。

思いあまって、足を踏み外すと解するなら
芝居に登場する7人全てが、鑪を踏んでいる
様がうかがえ、自分を投影できた。

この芝居も、他人事ではないな、、
今の自分もまた、C型肝炎治療の再燃し
鑪を踏んでいる状態だからだ。

この芝居は職業と生活環境の変貌の話しだが、

川口の鋳物工場は、壊滅的に消えた。
東京オリンピックの聖火台が、
川口の鋳物工場で作られたんだと、
芝居を見ながら、実感を込めて姉が
小声で、話しかけてきた。
川口の通産省の試験場で働いていたから
その時代の空気が懐かしかったのだろう。

脈絡なく、、話しは飛ぶが、

アメリカにおいて、IT化により、可能性として
今後20年で、残る職業、なくなる職業について
あるコンサルが次のように教えてくれた。

その職業は約700種に分類されていて、
日本人には、連想できない職種が出てくるが、

まず、残る職業のベスト10位は次のとおり、
1位 レクレーションセラピスト。なんじゃそれ?
2位 最前線のメカニック、修理工。
3位 緊急事態の管理監督者。
4位 メンタルヘルスと薬物利用者サポート
5位 聴覚医療従事者
6位 作業療法士
7位 義肢装具士。戦争に出る人々も多いからか?
8位 健康医療ソーシャルワーカー。
9位 口腔外科。
10位 消防監督者。

反対に、消えていく職業ワースト10はこうだ。
1位 電話営業。
2位 タイトル審査、調査。なんじゃそれ?
3位 裁縫師
4位 数理技術者
5位 保険引受業務
6位 時計の修理工
7位 貨物の荷積みスタッフ及び代理店
8位 税務申告者。 税理士は要らなくなる?
9位 写真処理労働者及び加工機オペレータ
10位 新規顧客アカウント作成スタッフ

以上であり、ぱっと見、
人間にじかに深くかかわる仕事は
残り、人間的なことからは遠ざかり、
コンピュータ化により
自動化される仕事は消える。

あたりまえのことかもしれないが、
職人技、高度なもの、危機対応型の仕事は
残るといことなのだろう。



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おくりぞめ

次女は、生まれて100日になり
今夕、おくりぞめの宴に。

鯛の尾頭に、赤飯、
あとは石だが、石って何だ?

どうやら石は、
丈夫な歯が生えてくることを
祈って、、らしい。

長女のおくりぞめのときは、
どの石だったかな?

そのときの写真をみると、、
石の形がわかった、、
「その、平たい薄緑の石なら、
金魚の水槽にあるよ、、」と
長女が言い出し、見に行くと、

写真の石は、水槽のそこにあった。

次女は、自分のための宴とわかったのか、
長女がスプーンを近づけると、
口を開けて、飛びつくように
食べようとした。

1月26日から、生理的微笑でなくて、
感情としての笑いになって来た。

今は、朝の上機嫌には、驚くばかり。
おはようと声をかけると、微笑み、
声をあげて、何かしゃべり出す。

生まれて100日間で、
こうまで成長するとは、、

ただただ不思議であり、感慨深い。

追記、3/27の今朝は、あさから暖かく
風もおだやか、いい電気だ。

長女と次女の100日前後の
写真を並べると、実によく似ていて、
双子のように見える。

ただ、目だけが違う、、とわかる。

目は心の窓、というが、
次女の目をみていると
長女のときのような、
こちらが威圧されるような
(これはわたしの感覚にすぎないが)
きつい目は、していない。

二人も、健康で
かわいい子どもがいるというを
感謝したい。何かに。



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72歳、肝臓がんで

仕事上の、
知り合いというほどでもない、
顔と名前を知る程度だが、
あいさつされるときの立ち居振舞いが
印象に残る72歳の男性がいた。

肝臓がんで、去年の暮れに入院した、と聞いた。
前から経過観察していたという。

他人事ではないな、と思いながら、、
忘れていた。

今日たまたま、
その男性の雇用主と対話していて、
その後の病状をたずねたら、、

先月、亡くなった。
がんは脊髄に転移していて、
落胆すること、しきりだった、
と話してくれた。

さほどお酒を呑む方でなかったようだ。
おそらく、C型肝炎ウィルスによる
肝臓がんだろう。

まったく、他人事ではないな、、

仮にC型肝炎ウィルスが消えても、
ウィルスキャリアの人は、
そうでない人と比べ、
がんになる確率は高いという。

今はただただ、ご冥福を祈る、しかない。


このところずっと、
スピノザの知性改善論を読んでいる。

若い方の感想に、腹落ちしない文章だと
訳者を批判するものを見た。

おもしろいので、コピペする。
「スピノザの著作を評価するなどおこがましいことは出来ないので星(2つ)は翻訳に対する私の評価です。 なんなんですかねえ、この独特の下手くそで頭に入ってこない文章。 不自然な日本語のオンパレードなので、偽物ブランド品を扱う中国のショッピングサイトの変な日本語を見た時のような気分になります。」

かつて自分もそう思った、率直な訳文批判だが、、
それは、違う。この訳でいい。それに、これを
を超えるものは、当分、日本には出てでない。むしろ、
スピノザなんてデカルトの影のような扱いなって、
流行らず、わすれされていく。

あえて、
君には、もう少し時間がかかる、と言おう。
その文庫、捨てないことだね、、いつか
大病したときにでも、ひもとくがいい。
そんな機会がおとずたなら、また感想も変わるだろう、、



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長女の通知表

今は4月9日だが、
3月24日にもらって来た、長女が小学3年の
成績表の所見を載せておきたい。

「困っている友達に優しく声をかけたり、
学習で分からないことがある友達にゆっくり
教えてあげる姿は、○○さんの素敵なところ
だと思います。

図工の「おねぼうシーサー」はあんぐりと
大きく開けた口、その愛嬌たっぷりの表情に
心惹かれます。

係活動では「遊び係」になり、遊び計画、
進行をしました。

時に失敗があり、その失敗を次回に生かしたり、
工夫したりと、友達と協力しました。

その姿に大きな成長を感じ、素晴らしかったです。

算数の「ぼうグラフと表」では、表から正しく
棒グラフを表すことができました。

どの教科でも少しずつ発言をするように
なっときました。

自分の意見を人前で発言することは、
勇気のいることですが、

4年生になっても続けて欲しいと
思います。」

以上だ。通知表を書かれた担任T先生は、
4月、別の小学校に移られた。さぞかし、
T先生ご本人も、残念だったに違いない。

3月に保護者会が行われた際、
T先生は涙ぐんでおられたからだ。

そのときは気づかなかった。
T先生は、笑顔を絶やさず、
毅然とされていた。

わたしと同じ高校の出なので、
感情移入はあるが、新たな小学校でも
子どもたちに慕われることだろう。




Th17という白血球のT細胞と乾癬

去年6月に三剤治療をはじめて1カ月をすぎた頃から
著しく、乾癬と乾癬性関節痛が改善していった。

従来からの乾癬と、インターフェロンの副作用による
赤みとの違いは、自分の身体感覚では明らかだった。

そして、肝炎治療過程の採血データ、
とりわけ白血球の構成比を見つめていて、気づいた。

何を?
わたしの場合はきっと、リンパ球が
増殖したC型肝炎ウィルスを貪食できず、
逆にリンパ球内に浸潤し、仮称「C型肝炎
ウィルス性乾癬」を招いたに違いない、
という気づきだ。無論、勝手な仮説であり、
ナラティブにとどまる。しかし、

そのことを、内科の担当A医師に投げかけると
医師は「あるとしたら、bリンパ球でしょう」と
応えた。

皮膚科医は、「インターフェロンによる乾癬は
自明のことです」みたいなことを言ったが、
治療前の乾癬状態についての言及はなかった。

医師たちの判断に、「なるほど、そうですか、
やっぱし」と、そのときは相づちをうって、
乾癬治療は肝炎治療の副作用として、
その治療費も、かからなかった。

ともあれ、
A医師の指摘、bリンパ球は誤りで、乾癬は
T細胞、Tリンパ球が乾癬に影響を受けて起きるのだ。

最近、白血球のT細胞の中の、部分集合である
Th17およびTh22が、乾癬の部位に蔓延していると、わかってきている。

5年前までは、Th17が乾癬につながる、などと
いう記事は、ネットにはなく、ストレスや
食事の欧米化くらいが原因にあげられる
だけだった。皮膚科医の怠慢と思った次第。

結局、わたしの身体感覚は誤っていなかった。

このことは、「C型肝炎ウィルス性乾癬」ではない本来の乾癬の方々も、
機序は違っていても、最終的に、疾患となっている乾癬の皮膚にはTh17が蔓延していることに、変わりはない。

ちなみに、
川西先生が診察されてきた肝炎患者さんたちで
乾癬の方はいない、と言われたとき、えっ、
俺だけか?、と揺れたが、、いやいや以前、
このブログにコメントをくださった方で、
インターフェロンによって乾癬になったことを
知らせていただいたことを思い出し、わたしの
ような症例はある、、とあらためて、思ったものだ。

こう書いてあった
「乾癬の記事興味深く拝見しております。
家族65歳も、c型肝炎、1992年、2008年 
と2回治療しました。 SVR。 おもに下半身(両足、膝の裏表、向う脛ですが、乾癬です。
今度、良く見てみます。あと少しですね。」 


以下、ネットのスクランブルをかけ、重複するが、
コピペする。

1.表皮の角化細胞は約1ヶ月の周期で角化して脱落していく”新陳代謝”を繰り返していますが、乾せん(乾癬)の方の角化細胞は何らかの刺激によって活性化されたリンパ球により刺激されて、新陳代謝のサイクルが4~7日と短くなり、皮膚が角化して剥がれやすくなっています。乾せん(乾癬)病変部位の表皮細胞の増殖は正常皮膚の30倍といわれています。

2.最近の研究では、
T細胞(Th17細胞)から出るインターロイキン17,22が角化細胞を増殖させ、またその増殖した角化細胞から産生される抗菌タンパクによりTh17細胞が活性化されてしまうという悪循環が起きてしまい、乾せん(乾癬)の病態を生み出してしまうことが分かっています。

3.Th17細胞(-さいぼう、英:T helper 17 cell、Th17)とは白血球の一種であるヘルパーT細胞(Th細胞)のサブセットの一つであり、近年新たに発見されたものである。サイトカインであるインターロイキン(IL)-17を産生する能力を有しており、それに由来してこのように呼ばれている。Th17細胞は自己免疫疾患の病態形成に密接に関与していると考えられている。

4.Th17細胞が病態形成に関与しているといわれている疾患として次のようなものがあげられる。
関節リウマチ
炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)
多発性硬化症
乾癬

5.Th17 リンパ球とは、どのような T リンパ球でしょうか。
ヘルパー型 T リンパ球は大きく Th1、Th2、Th17 に分類されます。各々特徴的なサイ トカインを産生します。

Th1 リンパ球は IFNgや Lymphotoxin aを産生して、細胞性免 疫を司っています。Th2 リンパ球は IL-4 や IL-5 や IL-13 を産生して、液性免疫を司り、 またアレルギーに関与しています。

それに対してTh17リンパ球はIL-17やIL-22を産 生して、細菌や真菌に対する細胞性免疫を担っています。

なお、乾癬では治療のため長 期間外用ステロイド剤を使用しますが、比較的感染症は生じません。これは、乾の皮 膚で Th17 リンパ球が過剰に働いているためと思われます。

乾癬の皮膚で樹状細胞に誘導されたTh17リンパ球は、主にIL-17とIL-22の2つの サイトカインを産生して炎症を引き起こします。この2つのサイトカインは全 く性質の異なる因子です。
お互いに異なる働きを担っています。

IL-17 レセプターは好中球、単球、T リンパ球などの免疫細胞や表皮細胞に発現し、これらの 細胞を活性化して炎症性のサイトカインやケモカインの産生や抗菌ペプチドの産生を 誘導します。

つまり、IL-17 は乾癬の炎症の面に深く関わっているサイトカインです。IL-22 レセプターは好中球、単球、T リンパ球など の免疫細胞には発現していませ ん。

表皮細胞などの上皮細胞に 特異的に発現しているので、そ の作用も表皮細胞を介するもの になります。

IL-22 は表皮細胞に 作用して、表皮の肥厚を誘導し ます。IL-22 は乾癬の表皮肥厚を引き起しているものと思われま す。

乾癬の病態の解析と乾癬の治療法の開発は非常に関連が深く 一体のものです。

乾癬の病態の解析で明らかになってきた重要な分子を制御することで、 乾癬の治療が実現する可能性が開かれます。

乾癬で生じている異常をすべて是正しない と乾癬が軽減しないわけではないでしょう。病態において重要なステップであれば、そ の部分の是正で、症状の改善をはかることが可能となるでしょう。

Th17 リンパ球の 阻害に伴って乾癬も軽快するので、乾癬の根幹に TNF a―樹状細胞―IL-23―Th17 リ ンパ球という軸が極めて重要であることは明らかです。

とりあえず、以上。
なんだか小難しいが、乾癬はTリンパ球の跋扈が原因とわかる。

ではなぜ、T細胞、Tリンパ球が増殖してしまうのか?
それには、腸内フローラとリーキーガットが深く関わっている気がする。

そしてレミケードの点滴より、腸内フローラが豊かで正常な人の便を移植する方が乾癬の根本治療になるのではないか?



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新たな医原病を懸念する

このブログは、これを読む人は、
自分だけかもしれないが、それでいい
という気持ちで書いている。

なので、丁寧な文体でないことは
ご容赦いただきたい。

ただ、今般、ほっておいてはいけないと
思うことがあるので、以下の警鐘を
ならしたい。ですます調に変える。


テーマは、再び医原病が蔓延する、ということ。

ソブリアード三剤治療をした人が、
ウィルスが再燃したため、すぐ、現行の
ダクラタナスビル/アスナプレビルという
経口剤で治療してしまった場合、
そのリスクは、はなはだ大きい、
ということを訴えて起きたいのです。

何故なら、その次のギリアドの経口剤が
効かなくなる可能性が高いからです。

私の場合、ソブリアード三剤治療で、
再燃しましたが、担当医師との対話で、
次のギリアドを待つことで、治療方針は
合意しています。

合意の根拠は、治療前の遺伝子検査で、
変異が確認できていて、
さらにソブリアードによる薬剤耐性が
生成されている、とわかっているからです。

しかし、そのことを知らずに、
医師のいいなりになって、、
ダクラタナスビル/アスナプレビルという
経口剤を始めてしまった人は、、

一説によると、約2000人おられる。。

そこで、そうした人は、
治療中のなかで(たぶん夏までに終息する)
ご自分の場合の薬剤耐性について、
担当医師との対話のやりとりを
時系列で記録をとっておく、
場合によっては
ボイス録音しておくべきです。

慧眼を持たない医師は、
製薬会社MRの営業攻勢に
影響され、患者の個体差など、
目がいかないのです。

また、
医師は患者さんたちを網をかけるように
マクロ的に治療方針を決めてしまう傾向が
あるのではないか?
一方、患者は一人ひとり自分の病状の機微
に向き合っているわけで、、
そこにマクロ的投網をかけられたなら、
たまったものではない、、のです。

C型肝炎治療の歴史的な大詰めの段階で、
医師と患者との間で「情報の非対称性」が
決して、あってはなりません。

再び、薬害エイズとよく似た構造が、
新たな医原病が、始まっているといえます。

ですので、そうしたインフォームドコンセントの
事績を記録し、今後、あるかもしれない
薬害訴訟等の証拠として、
きちんと積み上げておきましょう。

以上



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あらためて三剤治療をやって良かったこと

去年わたしより2カ月早く、
ソブリアード三剤治療をされた方が、
無事、SVR24になられた。めでたい。

その方は、治療開始後4週以内に
ウィルスが消えられた、と記憶している。
それがSVR24を確実と見切る一つの指標になる
と思える。

このことは、ギリアド治療の場合も
同じだろう。ネガティヴに言えば、
消える時点が遅ければ、
SVRの確率は下がる、という見方になる。

結果論にすぎないが、あらためて、、

はたして、わたしは、
あのソブリアードを含む三剤治療をやって
良かったのだろうか?と。

すると、

主治医の三好先生は、経口剤まで
待っても良かったのでは、と言われた。

それは、たしかに、
わたしのこころの声の一方を代弁していた。

まてまて、そうくるか、、、

いや、違う。この選択でよかったのだ。

わたしの場合、再燃しても、
ソブリアードをやって良かった理由は
二つ、あげられる。

1つ目は、、
遺伝子検査をあらかじめやったので、
再燃したからといって、現行の、
ダクラタナスビル/アスナプレビルという
経口剤に飛びつかずに済んだことだ。

1月末の時点で15千人も、この経口剤で
治療しているという。

仮に、薬剤耐性のリスクを度外視して、
この経口剤を3月から始めたとしたら、
24週、9月までかかる。

しかし下手すれば、薬剤耐性がさらに重畳する
リスクはさけられず、ギリアドも効かなくなる
可能性が高くなる。

一方、9月頃までにギリアドがジェノタイプ1型にも
対象を拡大する情報が立ち上がってくるだろう。

24年間まったのだ、あと半年くらい、
どうってことないじゃないか!

まずここは「待てば海路の日和あり」でいこう。
この判断は、侮れない。

なんだかんだ、武蔵野赤十字病院の泉先生の方針に
従っている。それを知らずに、あるいは、反抗して

インターフェロンが嫌だからと、
ソブリアード三剤をやらずに、
現行の経口剤をはじめていたら薬剤耐性で、
とりかえしがつかなくなっていただろう。


二つ目は、
わたしの場合、乾癬が治ってきていることだ。
C型肝炎とインターフェロンとの深い関係を
理窟が正しいかどうかはともあれ、
イメージできる身体感覚を持てたことだ。

要は、腸に治癒のカギがあり、なかでも
腸内フローラをしることなのだ、と。

ソブリアード三剤治療とともに皮膚科で、
副作用として乾癬治療を並行して診てもらえた
ことは、試行錯誤の成果であり、
治癒過程を実感できたことは、嬉しい。

「毒をもって毒を制す」という戦略だった。
インターフェロンの投与が前提であり、
経口剤では、即効はないし、
助成もされなかった治療だろう。

このまま、、今の治癒に近い状態を
ギリアド治療の開始まで保てれば、
必ず、乾癬は卒業できると確信する。

以上である。



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かち歩き43kmを体験した

公共圏のことは保留にして、、

昨日は、新宿から青梅までの43kmを
走らずにらひたすら歩く、
公益社団法人青少年交友協会が主催する
第92回「かち歩き」というイベントに初参加した。

1987年、28年前にホノルルマラソンをやって以来、
長距離に臨んだことはなかったが、還暦でも必ず、
完走でなく、完歩できる!、と決めてのぞんだ。

靴は、ニューバランスのもので、つま先部分は
ゆとりがある。

朝、8時に新宿中央公園に行くと、
おおぜいの老若男女が集まっていた。
どこが受付がわからず、声をかけてたずねると
その人は、主催団体の理事長だった。

理事長は、あいさつで今日の参加者は約1100人、
この会はレクレーションではなく、鍛錬であり、
途中食べてはいけない、飲むのはできるだけひかえる
みたいな話をされていた。

水は必要だろう、と思ったが、中盤までは
飲むのはやめることにした。

8時半に出発し、青梅街道をひたすら西へ
最初の5kmは車道を歩き、その後は歩道を歩く。

青梅街道は中野区、杉並区、練馬区までは、
馴染みがあるので、三鷹に近い北裏の交差点までは
楽だったが、田無タワーが見えるあたりから
徐々にサバイバルモードになってきた。

北裏までは、かかとから着地するよう、
歩き方に集中した。ペタペタ歩きは厳禁で。
前を行く人の歩きかたも、チェックした。

若い女性にいい歩き方する人をみかけたが、
多く人たちは、気にしていない歩き方であることも
分かった。

ひざを傷めないですむ歩き方を見出したい、と
思いつつ、歩いたが、まだ確立はしていない。

歩き疲れると頭がボーッとしてくるのは、
予想できた。なので、
ブドウ糖のタブレットを5個持参したのは
正解だった。口に含むとすぐに溶け、
10分たたないうちに、頭がシャキッとしてきた。

結局、この日、水はペットボトル二本を飲んだ。

歩きながら街道沿いの商業施設を見て、
気づいたことを以下にかかげると、、

1.西荻窪あたりに、談合でもしたかのように
自動車ディーラーが集まっていること。
西荻窪に集合するメリットがあるのだろう、、

2.コンビニはもとよりラーメン店と
ガストなどのファミレスが、異常なまでに多いこと。
そのことが、日本社会全体にメリットがあれば、いいが、
肥満率や、がんなどの食品由来の疾患なでを
身をもって体験したものからすると、こうした
風景は、決していいことではない、と思えた。

3.それでも、矛盾するが、東村山あたりで
「山田うどん」を発見したときは、なぜか嬉しかった。

30年前までは、豊島園のロータリーのバス停前に、
あったからだ。埼玉中心であり、23区内には
どこにもない、、という戦略がいい。

4.ドン・キホーテが閉鎖、縮小しているのを
二箇所ぐらい確認した。
その成長はとまったのかもしれない。

以上のような「2015年春、青梅街道を行く」だった。

そしてなにより重要なことは、

25km付近で消防署のトイレを借りて、
大便をしたことだ。

ビロウな話だが、
2010年の直腸がんの術後以来の快便!
このように、長くて適当に太い排泄物は、
なかったと思う。さらにそのあと、
自宅に戻ってからも大便をしたが、
これも見事だった。

閾値という言葉がある。
一定量の限界を超えると変容する。
ブレイクスルーが起きる、という現象だが、

歩くこと約5時間で、わたしの小腸と大腸は、
その変容が起きたのかもしれない。

足と腰、とりわけ右足と腰の右側痛んだが、
明らかに腸は良くなっている、、

術後5年の大腸がんの転移は、
全くないと、確信した次第。

わたしにアトピーの子どもがいたら、
一緒に歩きたいと思ったが、

今のところ皮膚疾患のない9歳になる
長女は、43kmなんて無〜理、、と全く
関心を示さなかった。

毎年2回、新宿・青梅の「かち歩き」はある。
なので11月も参加するつもりだ。
ギリアド治療が始まっていても、43kmを歩く。

2日目の今朝の体重は、61.20kgになった。
10月14日に65.85kg、それから日々、
体重測定を記録しはじめてから、
最も軽量になった。

追記、

3.11のとき、ある友人は、原宿から
15kmを歩き、自宅に帰ったが、
20km以上を歩くのダメと言われたようだ。
やっぱ、20kmあたりが歩きの閾値なのかも
しれない。

久米川あたりに来たとき、思った。
1272年、50歳の日蓮は、ここを通って
佐渡に向かったんだな、、と。
佐渡流罪、、鎌倉から寺泊まで行程は、
おそらくすべて、徒歩だったろう。

最後の5kmはきつかった。
1kmずつ、黄色い旗が立つが、
なかなか見えてこない。

100mを2分で歩けば、門限の18:30までに着くと
こころにいい聞かせ、ひたすら歩いた。

ゴールは17:45であり、順位578位、
9時間15分の「価値」歩きだった。



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「公共圏」という言葉

今、頭の中を巡っていることを、、

ユルゲン・ハバーマスほかの共著で、
「公共圏に挑戦する宗教」
(岩波書店2014年11月26日)を
借りて読んでいる。

原題は、The POWER of RELIGION
In the PUBLIC SPHERE とあった。

翻訳の限界だが、
トインビーの「試練に立つ文明」を踏まえるなら
「公共圏に応戦する宗教」の方が、より現実を表わす
ことになる、と感じた。

公共圏という言葉は、佐藤優さんが著作の中で、
よく使われていたので、引っかかった次第だ。

その上で、the PUBLIC SPHERE の訳が公共圏なら、、
その言葉から、勝手に連想することを以下に、
書きとどめておきたい。

そもそも、公共圏とは、Wikipediaによると
「私圏の対語。人間の生活の中で、
他人や社会と相互に関わりあいを持つ
時間や空間、または制度的な空間と
私的な空間の間に介在する領域のこと。
公共性と訳すこともあり」と。

なんかイマイチの定義だな、、要は
人々が「共通な関心事」について
語り合う空間のことを指すようだ。

その上で、
1.わたしのブログは公共圏なのかどうか、
を考えると、、都度都度、備忘のために独り言を
文章にしているすぎないが、コメントを
いただいたり、実際にお会いする機会が
できると、そのテーマはその時点から
公共圏を形成するのでは?
そんな気がしている。

2.サラリーマンに公共圏はあるか?
全くの私見だが、本質的に、
会社の肩書きで生きている間は、つまり
「自分の顔」で社会に繋がっていない間は、
公共圏にあるとは言い難い。
社内にも公共圏はあるかもしれないが、
余計なバイアスが働き、私圏に傾く気がする。

3.公共圏に屹立する「勇気」とは?
うまくいえないが、直腸がんとC型肝炎、
乾癬を通じて、病気は、医者に依存せず、
個々人があらん限りの知性を発揮して、
情報を集めて、発信すること、、
そしてWeb上に残しておくこと、、
そんなことと同義ではないかと思う。



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「レナードの朝」の原作者の言葉

2015年3月6日の朝日新聞に
神経学者 オリバー・サックスさんによる

「がん転移がわかって
残り時間 濃密に生きる」と題する
エッセイが転載されていた。

感動したので、そのまま載せておきたい。

1ヵ月前、私は自分が健康で、至って丈夫だとさえ思っていた。81歳のいまでも、毎日1マイル(約1.6㌔)を泳いでいる。だが、運は尽きた。数週間前、肝臓にがんの転移がいくつもあることが分かったのだ。
 9年前、眼内黒色腫というまれな目の腫瘍が見つかっていた。腫瘍を切除するための放射線とレーザー治療を受け、結局、そちらの目は見えなくなった。私の場合、転移する可能性は低いと言われていたが、運がなかったというわけだ。

 がんの最初の診断から9年という、健康と実りある時間を与えられたことには感謝している。だが、いまは死と正面から向き合っている。がんは私の肝臓の3分の1に広がっていて、その進行を遅らせることはできても、食い止めることはできない。

 残された月日をどう生きるかは、いまや私次第である。力の及ぶ限り豊かに、深く、生産的に生きなけぱならない。この点で私を勇気付けてくれるのが、大好きな哲学者の一人であるデービッド・ヒュームの言葉だ。彼は65歳で、死を避けられぬ病と知るや、たった1日で短い自伝「私の生涯」を書き上げた。1776年4月のことである。

「あっという間に消えてなくなるのだろうと、いまは考えている」とヒュームは書いた。「私は病の痛みにほとんど苦しまなかった。さらに不思議なことに、私の体は著しく衰えたにもかかわらず、生きる気力がそがれることは一瞬たりともなかった。研究にはこれまでと変わらぬ情熱を抱き、仲間といるときも同じように陽気でいられる」と。
 
私は幸運にも、80歳を過ぎるまで生きてこられた。そして、ヒュームの享年65を過ぎて以降の15年間も、同じように仕事と愛情に恵まれた。この間、私は5冊の本を出し、自伝も書き上げた。ヒュームの自伝よりかなり長いもので、今春出版の予定である。ほかにも完成間近の本が数冊ある。

ヒュームはこうも書いていた。
「私は……気質が穏やかで感情を抑えることができ、開放的で、社交的で、陽気で愛情深いけれど、悪意を覚えることはほとんどなく、あらゆる感情が非常に中庸である」

この点で、私はヒュームとは異なる。愛情に満ちた人間関係や友情を謳歌したし、悪意を持つことはないけれど、気質が穏やかだとはとても言えない。私を知る人で、そう言う人は誰もいないだろう。それどころか気質は激しく、過激なまでの熱意を持ち、あらゆる感情がこの上なく過剰である。

それでもヒュームの次の言葉は、私にはことのほか真実に思える。
「いまほど自分の人生から距離を置いたことはないだろう」
 ここ数日、私は自らの人生をものすごく高い所から、まるで景色でも眺めるように見つめてきた。そして人生のすべての要素のつながりが深まるのを感じた。

これは私が人生を終えたということを意味するわけではない。
その逆で、私は濃密に生きていることを感じる。そして、残された時間の中で友情を深め、愛する者たちに別れを告げ、執筆を進め、体力が許せば旅をし、理解や洞察の新たな次元に到達したいと願っている。
 
それには、大胆さや明敏さ、気持ちを率直に言葉にすることが必要になる。この世への借りを返そうというのだから。でも、何か楽しいことをする時間もあるだろう。何か馬鹿げたことも含めて。
 焦点がピタリと合い、視界がクリアになった気がする。無駄なことをする時間はない。心を向けるべきは自分自身であり、仕事であり、友人たちである。もはや毎晩、ニュース番組を見ることはないだろうし、政治や地球温暖叱の議論に目を向けることもないだろう。

関心がないというのではない。距離を置くということなのだ。いまでも中東情勢や地球温暖化、格差拡大は大いに気にかけているが、もはや私の課題ではない,未来属する事柄である。才能ある若い人だちとの出会いが私にはうれしい,たとえ、それが私にがんの転移を診断した人であってもだ.未来は確かな人たちの手に委ねられているように思う,
 
この10年ほど、私は同世代の死をますます意識するよう;こなった,我が世代は風前のともしぴであり、その一つ一つの死に、ある種の乖離、我が身の一部が引き離されるような思いを抱く。私たちが亡くなれば、私たちのような人はいなくなるが、そもそも、ほかの誰かと同じような人などいない。人が死ねとき、その代わりになれる人などどこにもいない。入か残した穴を誰かが埋めることはできないのである。なぜなら人は誰もが、かけがえのない個人あり、自らの道を見つけ、自らの人生を生き、自らの最期を遂げる定めにあるのだから,それが遺伝子や神経というものの運命なのだ。

恐れていないふりなど、私にはできない,ただ、私の心を大きく占めるのはある種の感謝の気持ちである。私は愛し、愛されてきた.多くを与えられ、お返しになにがしかを与えてきた,本を読み、旅をし、考え、書いてきた,世界とのかかわりを築いてきた。それは著者と読者との、かけがえのない交流だった。
 
何より私は、この美しい惑星で感覚を持つ存在であり、考える動物であった。そしてそのこと自体が、とてつもなく大きな恩恵であり、冒険だったのである。(ニューヨークタイムズ、2月19日付)


以上だ。

オリバー・サックスさんは、映画「レナードの朝」の原作者だ。

しばし中断する。



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今の乾癬の状態

昨夜は、
近所の温泉銭湯「久松湯」に行った。

肩凝りからくる頭痛を解消したかったのだ。
温泉の露天風呂に9分入った後
炭酸泉に10分、そしてお目当ての
電気風呂に入った。
この刺激が肩凝りや頭痛にいいのだ。

その刺激は3種類あって、
心臓の弱い人はやらない方がいい。

そして身体を洗っていりときに気づいたが、
胸から腹にかけてはだいぶ元に戻ってきて
いるが、背中から腰、臀部にかけて、
まだまだまだ乾癬の痕跡が生々しく、
完治していない、と分かった。

仰向けで寝ていることから背面と腰、
そして重心に近い臀部が、ウィルスに
侵された白血球のハケ口にならざるえない、、
のだろう、、と見切った。

なので、気を緩めず、
ドボネックスとトプシムとヒルロイドを
混ぜ合わせた軟膏を塗り込もう、、

皮脂膜の下の表皮は、
角層とランゲルハンス細胞と
表皮細胞からなる。

表皮の深くで、増えた表皮細胞は、層状になって
順番に体表側に押され、表皮細胞は死んだあと、
角層を形成する。

角層は、皮脂膜の下はスポンジ層、
その下は水分保持層、さらにその下の
バリアー層からなっている。

また、角層のすぐ下で作られる「フィラグリン」
というタンパク質は、分解されて角層の
保湿因子になる。

中断する。



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必携の万歩計

2月は10km以上歩いた日が、15日あった。
なので3月のそれは、16日にしよう。

さらに雨の日は除き、
最低でも6km以上歩くことを課す。

1月は累計で235.84kmを歩いた。
2月は累計で242.27kmを歩いた。
総計で、478.11kmを歩いたことになる。

北海道の襟裳岬から宗谷岬まで555kmというから、
3月上旬には555kmは達成する。

そんなわけで、万歩計は必携になった。
歩数は気にせず、歩行距離をチェックしている。

朝、万歩計をポケットに入れ忘れて、
犬の散歩の途中で気づくと、ガッカリする。

歩くコースは決まっている。
石神井川の側道の2kmがメインだ。
ジョギングする人たちが必ず、いる。

でも、わたしは走らない。
ジョギングのいでたちをしたくない。
カタチから入るのは、性にあわない。

武蔵野赤十字病院の担当A医師は
「走らなくていいです。歩いてください。
それも30分以上を」と言われていたが、

今、その通りだと、思っている。

1987年に、ハワイのホノルルマラソンを走ったが、
タイムは7時間12分と、ひどい結果だった。

追記、この年のマラソンは、前日からの小雨で、
すぐに体力が消耗しまい、走りは10kmだけで、
あとはひたすら歩いた。路上のあちこちに、
大きなカエルの死骸があって、頭がフラフラしてきて、
こりゃ死の行軍、、みたいな気分に陥った。

頭の中で、反芻していた言葉は
「戦争は、もう、絶対にいけないことだ。」
重い装備を背負い、戦闘のための歩きは、
それだけで十分、悲惨な光景なんだ、、
と確信した。

今月15日に、新宿から青梅までの43kmを
歩く大会に参加するが、9時間は切りたいものだ。

さて、右膝がもつか、心もとない。

けど、リタイヤはしない。

夜、43km歩きの準備として、ミネ薬局で、
ブドウ糖のタブレットのものを買っておいた。



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腸内フローラ(腸内菌)と「第二の脳」

NHKスペシャル 2月22日に放送された
腸内フローラ(腸内菌)を見た。

腸内細菌は、人体60兆細胞より多く、
100兆が小腸と大腸に棲息する。

そしてガン、糖尿病、肥満、アレルギーなどと深く関わっていることが、5年前から分かってきた、という。

以下、要旨をコピペする。

めまいなど全身の倦怠感を患った患者が腸内細菌を入れ替えると、とても元気に回復した。あと、美容にも肌のシワが減少。「老化防止」「健康増進」解明、驚異の細菌パワー。なんと脳へまで性格や感情を変える力がある。

脳と腸内細菌の関係がこれからの研究で想像以上にわかってくるだろう(精神科医)

おなかの中にいる腸内細菌は100兆以上。腸内フローラは全身の健康を決める!

ジェフリー・ゴードン ワシントン大学 医師・生物学者

肥満の人と痩せている人の腸内細菌をマウスに移植した場合、肥満の人の腸内細菌のほうのマウスは太ってしまった。肥満の人の腸内で少なくなっていた菌が影響したといえる。
その肥満の人が腸内で少なくなっていた菌は「バクテロイデス」。この「バクテロイデス」には肥満を防ぐ菌があったのです。菌が私達が食べたものから栄養をとって出すものが私達の体に重要な作用がある。
そこから出すものとは「短鎖脂肪酸」であり、これが肥満を防ぐ。

全身に血管から運ばれる短鎖脂肪酸が脂肪細胞に働きかけると脂肪の取り込みが止まる。
つまり脂肪細胞が太らない。肥満を防ぐ。

短鎖脂肪酸には別の役割もあり、筋肉などに作用して脂肪を燃やす働きもある。

短鎖脂肪酸とは、脂肪の蓄積を減らし、脂肪の消費を増やし、なんと!全身のエネルギーのコントロールを腸内細菌が行っていたのだ。

その他の腸内細菌もいろんな効果があることが分かってきた。
薄毛予防、老化予防、糖尿病予防、貧血予防、血栓予防、アレルギー予防、肥満予防など。

老化予防
藤田保健衛生大学 皮膚科医 松永佳世子さん
腸内細菌が出す物質が肌の若さを保つことを実証した。その細菌は女性ホルモンに似た「エクオール」という物質を出す。

実験では更年期の女性67人にエクオールを飲んでもらい追跡調査した。
エクオールを飲んだ女性はシワが浅くなっていった。
シワを改善するエクオールは大豆を腸内細菌が分解し

エクエルは、大豆を乳酸菌で発酵させて作ったエクオール供給食品。
エクオールは大豆イソフラボンに含まれるダイゼインという成分が、腸内菌の力を借り、変換されて生み出される。ダイゼインのままと比べ、よりエストロゲンに似た働きをするといわれている。

腸内細菌がエクオールを出し肌のコラーゲンを増やした結果シワが薄くなったと言われている。
線維芽細胞の働きをあげて肌のハリに期待できる。

エクオールには、更年期の女性の顔のほてり、しわ、骨密度の低下を防ぐと報告されています。
腸内菌は健康と美容に欠かせない菌だったのだ。
腸内フローラは体の一部といってよい。バクテロイデスを増やす方法は、キーワードは食物繊維。
実は食物繊維は腸内細菌のエサになる。

エサとなる食物繊維が不足すると腸内細菌のパワーが落ちる。

腸内細菌のエサとなる食物繊維は、ごぼう、たまねぎ、アスパラガスなどの野菜。納豆、大豆などの豆類。

体質は腸内細菌が決めているかもしれない。野菜や大豆食べたいと思う。

糖尿病にも短鎖脂肪酸が深く関わっているそうで、短鎖脂肪酸が減るとインスリンも減るという。
短鎖脂肪酸を増やしたい。
フランク・グリーンウエイさん
ルイジアナ州大学 糖尿病専門医
菌を増やす薬を飲んだ人は食後のインスリンの量が増えていました。
なんと、この実験から腸内菌を増やせば糖尿病を改善できることがわかりました。

腸内フローラを変えるという糖尿病治療は大きく進歩するでしょう。
がんにも腸内細菌が関わっている。
がん患者の便から腸内フローラーを調べたらガンを引き起こすと思われる新種の菌が発見されました。

その菌をアリアケ菌と名づけました。
アリアケ菌が出す物質が「DCA」といいます。

「DCA」がガンを作ります。
この物質は細胞の老化を引き起こします。老化した細胞は発がん物質を撒き散らしガンを作るのです。

この研究は科学雑誌サイエンスで世界中の注目を浴びてます。
また、肥満になるとアリアケ菌が増える。

肥満がガンに関係がある重要な発見でした。

がん研究会 分子生物学者 原英二さん

アリアケ菌は増やさないこと。
肥満とがんとの関係が裏付けられた。
それが腸内細菌の原因の1つと言われています。

ナッツ菌 これは良い菌
日本人の腸内から発見された菌
前立腺がん予防効果が期待されている。

生活環境と腸内環境を整えることが重要です。
原因がわからない病気など腸内細菌がかかわっていることが多いかもしれない。

これからの治療や医療がかわる新しい治療がはじまるかもしれない。

ある女性がある特定の腸内菌が繁殖してその腸内菌が出す物質が全身にまわりいろんな不具合が発生した亡くなることもある。その時にした治療が「便微生物移植=健康な人の腸内フローラをそのまま移植する」新治療。

動けないような人がこの便微生物移植をした後、すぐに調子が良くなったという。

今度は脳に。
腸内フローラは脳に、性格までも変える?

臆病マウスと活発マウスが段差を降りる実験。
臆病マウスは降りることができませんでした。

そこで遺伝子ではなく腸内フローラが関係していることがわかった。
臆病マウスと活発マウスの腸内フローラの細菌を交換してみたら
臆病マウスが降りることができ、活発マウスは降りるのに時間がかかるようになりました。

性格が変わったといえるでしょう。
コミュニケーション能力が低いマウスの血液から腸内細菌が作る「4EPS」という物質がありました。
それが脳に悪影響を与えていると考えられ、除去するとコミュニケーション能力が上がりました。

腸内細菌が脳に作用する事実がわかりました。

腸は脳の次に神経が多い腸内神経系と呼ばれています。
腸から出た信号が脳に作用して感情出ることがあるという。

うつや不安などうつ病にも役立てることができるかもしれない。
今、うつ病の患者が心の不調が治る可能性が出てきた。
今後、うつ病の治療に腸内フローラが関係してくるでしょう。

性格まで変わるというのはすごいことですね。
腸の腸内菌があらゆることに作用しているというのがすごい。
どうやったら良い腸内細菌を選ぶことができるのだろうか

もともとお腹にいるときの赤ちゃんは腸内菌を持っていない。
誕生の瞬間から菌を得る。
入ってきた菌がすべて住めるわけじゃない。
体が分別している。


以上だ。そうなると、私の場合、
5年前から豆乳を毎日飲むようにしていたが、
腸内フローラは歓迎してくれていたことになる。

腸内フローラは、人の生後に腸内に取り込まれる他者であり、そこから人の健康に保つ物質が生まれ、供給されるわけで、他者に依存して生きている事実は、生命の本質にかかわることに違いない。
生命は、自力と他力を合わせたものかもしれない。

さらに「第二の脳」で検索したものを、
コピペすると、、

腸が「セカンド・ブレイン=第2の脳」といわれる。
ここで大切な事は、腸の賢い働きは、脳や脊髄から独立して営んでいること。

その証拠に交通事故で脊髄を損傷して、脳が働かなくなって植物人間のように脳死の状態になっても、
腸は正常に働き続けるらしい。
脳に存在しているはずの神経伝達物質「セロトニン」が腸にも存在する。しかも、何と体内のセロトニンの95%が腸で作られて

腸は心臓よりずっと賢く、豊かな感情を持っている。
脳や脊髄からの指令がなくとも反射を起こさせる内在性神経系を持っている臓器は腸だけである。


以上だ。
もしかすると、生物の歴史を踏まえると、腸こそ、第一の脳であり、原動力は他者である腸内フローラ。逆に私たちの脳は、第二の脳なのかもしれない。



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生後2ヶ月がたった第二子のこと

2014年12月16日に生まれた次女Rは、
順風満帆に育っている。

生後40日を過ぎた1月26日から、
生理的微笑ではない笑いを
するようになった。

私の顔を見て微笑むのだ。
これがたまらなく、嬉しい。

写メを貼りたいところだが、
家内にとめられている。

長女Hも可愛かったが、次女も
引けを取らない可愛いさがある。
まったく親バカだ、、

とりわけ朝が、よく笑顔になる。
「マー、ミー、ムー、メー、モ」と
呼びかけに、微笑んでくれる。

マ行は、「とても大きな存在、
自分が生まれてきた場所などを
思い出せる効果がある」と、
ある脳科学者が書いている。

あと「プルプルプル」の擬音にも
反応して、笑ってくれる。

2月25日頃から、指しゃぶりを
始めた。



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