わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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忘年会に出た

肝炎治療後の経過観察中なので、
できるだけ酒宴は避けていたが、
昨日は、かれこれ30年は続いている会の
忘年会に参加した。ほとんど還暦の連中。

芝居明けの役者、
千葉にセカンドハウスを建てたコピーライター
アパレル系の取締役を退任して、北海道に
憧れる人とか、、幸い、今のところ、
亡くなった人はいない。

はじめに、
16日に生まれた次女のことで、
みなが乾杯してくれた。

けれど、
まったく、、どうするの、
おまえが80歳で、二十歳になるなんて、、
と飽きられもした。すでに
みなは。それぞれ孫が生まれたことを
話題にしていた。

20人弱の集まりなので、
離れていても、ほぼ、話は見える。

宴を俯瞰するように、静かに眺めていて、
思ったことは、、

1.みな同じ時計を持っていても、
身体を流れている時間は、、
それぞれ違うな。

2.自分の場合は100年という人生スパンで
生きている、と感じている。英国の哲学者
ホワイトヘッドが宇宙の時間は千変万化、
多様であると言っていたが、それは地上の
人間たちにも言えるのだ。重い病気を経験して、
60兆円細胞を感じたわたしには、100年の
人生スパンがはっきり感じるようになっている。
宴の中で、あらためてそう感じた。

3.若いとき、睡眠時間が短い生活を
してきた人は、、表層の老いが明らかだな。

4.酒は、控えよう。
身体によくないとわかっていたのだ。
イスラム教の禁酒は、その洞察があった。
準禁酒を旨としよう。

さて、来年の12月30日の宴は、
わたしも、みんなもどうなるか、

たぶん、65歳までは
毎年、同じように集まれる気がする。

ボケて来たかもしれない

すっかりブログから遠ざかっていた。

家内と次女は24日に聖母病院を
無事、退院した。その日から、
野菜や肉や、家内の指示のもと
種々、買い物をしている。

すると、気づいたのだか、
このひと月の間に、
落し物や忘れ物の多く
なっていたのだ。

小銭入れ、ペンケース、
図書カード入れ、とか
失くしてしまった。

呆けたかもしれない。
でも、いいこともあった。

江古田駅北口の八百屋「あにき」とか
いうところは、安くでお気に入りだ。

そこで、けっこうな量の買い物して
家に戻り、しばらくして、ひとつの
レジ袋がないと気づいた。

早速、再び「あにき」に行くと、
そのレジ袋が、預かってくれていた。
ありがたい、、

こうした、
ささいなアクシデントの連続は、
次の状況への兆候なのかもしれない。

次女を抱きかかえる

昨日は、夕方長女を書道教室に
送ったあと、聖母病院に行った。

病院ロビーで賛美歌を歌う
上智大学の看護学科の人たちがいた。

病院の基本理念に
「心の通う医療を提供して
病める人々の身体的、精神的、
社会的、霊的ニーズをみたす」とあり、

クリスマスの季節は、霊的ニーズが
みたされることになる、ということか、、

病棟に上がると、今夜は
キャンドルサービスがあるようだ。

そして、初めて次女を抱きかかえた。
思いのほか、体温が高いのに驚いた。

わたしにどことなく、
似ていると、家内はいうが、
自分には、今ひとつ、実感がないが、
少しずつ対面して、育もうと思う。

その日、
わたしの姉が訪れたようだ。

「ゴーンガール」とサイコパス

リアルタイムではなく、遡及する。
実は、12月19日に「ゴーンガール」を観た。

主演女優賞は間違いないだろう。

サイコパス女性の話で、あと味はよくない。
その本は読んでいる最中だったが、
中断し、図書館に返却してしまった。

殺人にまではしないだろうけれど、
サイコパス人間は少なからず、
身近にいるのではないか。

先日お会いした顧客の娘もそうだし、

あるいは自分の中に、サイコパスが
潜んでいないだろか、、

治療終了後4週後の検査

17日昼、武蔵野赤十字病院に行った。
8本の血液検査。

14時頃、担当A医師の診察を受ける。

確信していたが、
11月19日の検査結果は、
C型ウィルスは「検出せず」
であった。

「検出せず」の結果があと
6回続けばいいわけだ。

A医師に、
「4週、8週、12週の
前半で決着するのでは?」と
尋ねたが、

「その後の週で、
再燃することもあり、
24週が基準なので、半年間、
月1回の検査はしたい」
と応えられた。

月1回の検査診察料は
5300円かかるが、治療終了後はもう
助成制度はない。三割負担になる。

なので、後半の一回くらい、パスしたいな、、
あるいは、後半のさ3月と4月は、採血だけ
やって、診察はパスしようと目論みたい。

何れにせよ、
24週となる5月が、決着がつく月になる。

12月17日の血液検査は次のとおり。
AST19 ALT13 γGPT16
好中球数1244 総ビリルビン0.4
ヘモグロビン11.6
白血球29 血小板16.9 赤血球349

白血球、赤血球は少し回復したが、
血小板は16台に落ちたのが、意味不明だ。

けれど、前日、出産を祝って、
インド料理の店で、ささやかに
生ビールを一杯飲んだにもかかわらず、
AST19、ALT13とは、、
嬉しい数値だった。いい兆候だ、、

血液データが正常値に戻るまで
確認する意味はあるな、と思った次第。

追記、同日17時、
仕事で経産省の方と打ち合わせしたが、
その方は量の少ないB型肝炎で
定期的に検査していると言われていた。

また肝炎が悪化して、
10月から入院されている人とか
小耳にした、、肝臓病多し。



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次女が生まれた。

12月16日火曜日の16時15分、
聖母病院で、次女が生まれた。
帝王切開だが、母子ともに健康。

術後、主治医のU先生から話が。
「わたしのことは聞いているでしょ?
うるさいくらい話したけれど、
彼女は、よく食事の指導を守り、
出産もよく頑張った。ただ産後も
食事療法はつづけるように」と。

厳しい女医さんと家内から聞いて
知っていたが、しっかり目をみつめると
この先生の目は、優しい目だな、
と感じた。お任せして、よかった。

9年前に、
長女もこの、U先生が主治医だったが、
出産のときは、緊急の対応となり、
慶応の産科医が、長女を取り上げた。

さて次女は、長女が生まれたときと
よく似ていた。とくに鼻が。


翌日の、17日の夕方、
小学3年な長女を連れて、
聖母病院に行った。

長女は、嬉しそうで、
ハイになって、写メを撮っていた。
年の差9才。

わたしは、どちらかというと
長女のときと比べ、
恬淡としていて、、
抱きかかえるのに躊躇する。
事故ったらこわいと思ってしまう。

長女のときのような
歓喜の渦がまだ押し寄せてこない。

時間がかかりそうだ、、

人生、理にかなった生き方をして欲しい
という意味の名前は、家内といろいろ
話し合ったが、結局、その名に決めた。

少し聖母病院のことを。
カトリック系で、2年前に大聖堂も
併設されていた。

この病院は、まさにホスピタリティが
ある。助産師さんたちも、ご自分の
出産をこの病院でされたことが多い、、
と話していた。わかる気がした。

通りの反対にある看護大学は、
上智大学と共同のキャンパスになっていた。

クリスマスシーズンなので、
さまざま飾りつけがあった。

宗旨はちがうが、
この病院のストレスのない雰囲気は、
心地よい





映画「インターステラー」を観た

以前から観たかった
クリストファー・ノーラン監督の
「インターステラー」を観ることができた。

必ず、帰ってくる。
それは宇宙を超えた父娘の約束、、

という暗喩が
映画の公式サイトに書かれてあった。

感動した、、泣けた。

あらすじは書かない。
気になったことだけを、、

父と娘の愛がキモだが、、
「アナログ腕時計に反映される
モールス信号の秒針」が
二人の約束の媒体になること、

書棚の裏側、4次元?の映像を
美しいと感じた。

「われ、汝、対話」が浮かんだ。


12月24日追記、リアルタイムではない
ブログは、忌憚なく好きなことが書き込める。


2015年1月12日追記

今朝、竹書房文庫の
「インターステラー」を読み終えた。

相対性理論と量子力学が統合する
数式化ができると、

重力を制御する力が与えられ、、

その重力は次元を超えられる。
その中には時間も含まれる、、とあった。

前にNHKで、その方程式が
ある数学者によって解けた?ような
映像を見た気がするので、

インターステラーは、
たわごとではないかもしれない。

でも、感動したのは、、
そのことではないが、保留する。

心象の原風景は二つ

60年生きていると、
何度も思い出す心象の原風景が二つある。

わたしのこころの奥底に沈潜する光景であり
何度も反芻する。
一つは人であり、もう一つは場だ、

一つは、自分が出た大学の創立者と
1974年12月に、、
ほんの数秒間に過ぎないが、
互いに目を合わせときの風景。
そのときの創立者は厳しく、
わたしへの一言は決定的だった。
ずっと、こころに刻まれている。

もう一つは、、
2010年5月27日早朝の病室の、、
大地震を体験したかのような
手術直後の風景だ。
直腸がん手術をした
翌々日の個室だった。

二つとも、楽しいとか、
有頂天になるようなものではなく、
むしろ。いずれも、
自分の奥底が包み隠さず、
洗い出されていくような感覚だった。

悟りなんていう
大それたものではないし、、
神秘的なことは何もないが、、
消えない記憶、、

つまらない寒々とした自分の
こころが透けて見える、、
というのに近い心象だった。

二つの心象風景とも、
「な〜んだ、結局自分って、
宿命を切り替えるギアが全然入ってなく、
前世と同じように流転しているだけだな」
と気づかされた。

そして今もなお、
自分の目は、とても清明とはいえない、
澱んでいる、とわかる。ベースは暗い。

ただ、、

自分の奥底にあるものと直結する術は
これしかない、、と確信はできてきた。
怪我の功名でなく、直腸がんの功名といえる。

自我を超えた大我が、間違いなく、
ひとりひとりの人間の根っこにある
という確信。

「心の師とはなるとも
心を師としてならない」と
ある経文の、心の師に直結するのは、、
この方法しかない。

それは瞑想ではない。
検索すれば歴然だが、瞑想は精神が病む。
瞑想は「心を師とする」ことになるからだ。

すべては「心の師」からはじめるのだ。

いったい何を言っているのか
不可解な感じがすることでしょうが、、

まったく自分への楔として、
こころのフックとして、
書きとどめておきたかった、なので

あしからず、、


皇居乾通り公開最終日

7日の日曜日、朝、家内が
「そうだ!皇居に行こう」と言い出した。

天皇陛下が80歳になられ、それを記念して
皇居乾通りは一般公開になっていて、
今日はその最終日になる。

来週、だって出産でしょと思ったが、
反対したら、ロクなことはないので、
了解する。

長女は外出を嫌がったが、

今日は晴れているし、、
10時半に家を出て、
11時半に桜田門に到着した。

長女に「国会議事堂と警視庁はあれだよ」と教え、
桜田門をくぐったが、
あらためて江戸城の石垣が美しい
よくぞ、作ったものだ、と感嘆した。

皇居坂下門まで、およそ1km、
延々長蛇の列だった。
ボディチェックもあった。
12時半ころ、ようやく坂下門に入る。

長女が空腹を訴えるので、
家内は、家から持ってきたふかし芋も
渡すと、長女は歩きながらペロッと
食べてしまった。皇居内で芋を
食べているのは、ウチらだけだろう。

乾通りは約500m、混雑していたが
紅葉が美しい、、家内は、弾んでいた。

乾門を出て北の丸公園に出て、
少しやすむと、靖国神社をめざし、
大村益次郎象を仰ぎ見て、神社を横切り、
飯田橋を目指す。

そして神楽坂で、
イタリアンに入り、おそい昼食。

久々、生ビールを飲んだ。美味い!

ここまで、なんと5kmは歩いたが
家内は、大丈夫だった。

15時ころ、自宅に戻った。

今度は、皇居年頭の一般参賀に
行ってみたいと、家内は言い出した。



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高橋源一郎講演のこと

6日の土曜は、
石神井公園ふるさと文化館分室で、
作家高橋源一郎さんの講演を聴いた。
聴衆は50人、60代くらい、
思ったより少ない。

テーマは「言葉の力」

春頃、よくNHKラジオ「すっぴん」で
高橋源一郎の現代国語を聴いた。

でも、実際の声と表情を見ておくことは、
言外に醸し出す何かがあるから、
意義がある、と思ったのだが、、

話は、ご自分が多動症であることから
始まり、脱線に脱線で、テーマから
遠い感じだったが、聴衆の笑いを
とるのは上手く、初老の女性たちの
笑いをとっていた。

高橋さんは会場をさっと見渡して
本日の聴衆はご自分と同じ
60歳代前半ですね、と言われた。

日本野鳥の会の人が
バードウォッチングで鳥の数を
把握できるように、
私も会場を俯瞰して、およその
平均年齢がわかるのだと。

思い出すままに、
1.阪神優勝の年、その直後、
熊本大で、「漱石と比較文学」という
講演を行ったが、半分以上、阪神優勝の
話になってしまい、大顰蹙をかった。

2.谷川俊太郎は、介護施設で、
認知症の人たちに向かって、
ウンチやオシッコの詩を読むと
大いにうけた、という話。

3.文学という冠がつくと、
年齢層は高くなる。

4.自分の母親は、宝塚歌劇団に
合格したが親の反対で
入学できなかった。
母親は文学少女で、
モーパッサンやスタンダールを
あたりまえように、読んでいた。

5.「赤と黒」も読んでなくて、
よく作家になれたものね、と母親から
言われたことがある。

6.今は、文学離れが進み、いよいよ
東大仏文の大学院で、こわいことが起きた。
授業中に、院生からの質問があった。
「ドストエフスキーって、だれですか?」と

7.講演の結論らしきことは、
⑴ある言葉を、一定の年代は知っているが、
年代が異なると、全く知らなくなるという
事実に遭遇する。

⑵わたしたち60歳代は、タイムスリップして
ある言葉を全く知らない時代に不時着して
いるようなもの。わたしたちは、実は
いなかった。いると思い込んでいるだけ。

⑶ということを繰り返してきたのではないか。
交代が起こる。ただ、知識があるなしと
読解力は異なり、、読解力は今の若い人たち
にもきちんとあって、言葉の力は失われては
いない、、

以上、そんな内容の講演であった。

夜、長女が塾から漢字検定の合格証を
もらって来た。
長女は8級で、私は2級の合格証だ。
そして来年に「家族合格証」が届く予定に。



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サイコパスは他人事ではない

今日は仕事で、依頼人の方と
役所へ行きすがら、クルマの中で、
雑談する機会があった。

ネットでスポーツ用品を小売して
いる。そこで、ネットのモールについて
楽天、Amazon、ヤフーの違いを
教えていただけた。

そして依頼人の20代後半の
娘さんの話題になった。
その素行を聞いて、どうやらぬ、
娘さんはサイコパスだな、と思った。

サイコパスとは、、と検索すると、

良心が異常に欠如している。
他者に冷淡で共感しない。
慢性的に平然と嘘をつく。
行動に対する責任が全く取れない。
罪悪感が皆無。
自尊心が過大で自己中心的。
口が達者で表面は魅力的。

別の言い方をすると、
他人に対する思いやりに全く欠けており、
罪悪感も後悔の念もなく、
社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、
自分勝手に欲しいものを取り、
好きなように振る舞う。

日本の法律「精神保健及び精神障害者福祉
に関する法律」の第5条では精神障害者としている。

依頼人の娘さんは、小学校から優秀で、
うまい作文が書けた、という。

推薦で大学に行き、英国でMBAを取得。
頭の良さを自認して、両親が愚かに見える。

ところが、だ。社会に出ると、、
周囲て摩擦を起こす。上司について
海外出張すると、現地でトラブルを起こし、
上司の怒りはおさまらず、
父親であれ依頼人のところに
クレームの連絡が入る。程なく退社、、

そういうことが繰り返し続いているようだ。

本人は口達者で、切り返しが速いのだが、
相手の、周囲の心まで、俯瞰して捉え、
共感することができない、、
心が重症を負っている。
ただ本人はその症状に気づかない。度し難い。

けれども、他人事ではなく、
正常とサイコパスの境界は曖昧だ。
心はさながら絵師のごとく、だからだ。

六波羅蜜経に、
「心の師とはなるとも
心を師とすべからず」という、
なんとも不思議な言葉がある。

サイコパスは「心を師と」した極み
なのかも知れない、とわたしは見ている。



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川西先生からのご返事

先日、川西先生のブログに
コメントを書いたところ
先生よりご返事をいただいた。

それは、下記の通りだ。

山口つとむ14/12/01 22:28
泉先生の講演を載せていただき、
ありがとうございました。

肝がんを予防するためには
インターフェロンを投与する
ことが大事だと認識しました。

実は、わたしは4/12、蒲田で
行われた講演会で、終了後、
川西先生にC型肝炎治療の
質問したものです。

川西先生は、
わたしの背中を押していただく
お話をしてくださいました。
6月から泉先生の病院で
ソブリアード3剤を始め、
8週間後に、検出せずになり、
11月に治療を終了しました。

SVR24になるかどうかですが、
たとえ再燃したとしても、
インターフェロン投与をしておいた
意義は大きいと、今回の泉講演で
感じた次第です。

ありがとうございました。

以上、これに対して
川西先生からは次の通り
あたたかい言葉をいただいた。

Kawanishi14/12/02 00:51

山口つとむさん こんにちは
副作用も少なく
ウイルス陰性化されたようで何よりです。

最終的にはSVR24を目指すのは
もちろんですが、

充分肝臓にいい効果は出ていますから、
意義を実感していただけてよかったです。

まだまだ副作用がほとんど出ないで
出来る方がいるので、できるだけ、
そういう方が見つかるように工夫を
知ってもらえたらと思います。


以上、

川西先生にお会いしてなければ、
肝炎治療を先延ばしにしていたに違いない。
あらためて、先生に感謝したい、、
ありがとうございました。



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信長ハムレット

このブログは思考の整理のために
書いている。

書くことによって、
他の方々の状況を知りやすくなる、
これはブログを書くことの効用といえる。

わたしの病状など、
たいしたことないな、と感じ入るブログ
に出会うと、決まって、
遡って読むようになる、
そのブログが持つチカラだ。

今月、NHKの「100分で名著」はハムレットだ。

to be,or not to be
that is question とは

生きるべきか、死すべきか
それが問題だ、と訳されているが、

最初に聴いたときから、
そんなんじゃないんじゃない?
みたいな、なんか違和感があった、

昨日、武蔵大である講演を聴いた。
教育事業を始めた若き経営者の話だ。

彼は、自分の背中を押した言葉は、
と言って、次の言葉だと紹介してくれた。

「あのなぁマツイ君、結局、世の中なぁ、
やる人間か、やらへん人間か、
どっちかやで、、」という言葉だった。

痛く、心に響いた。
そうか、、
ハムレットの独白は、
これだったんだと、合点したのだ。

あの訳のような高尚なことではなく、
絶え間なく行動しつづけられるか
どうか、だと。

秋山 駿「信長」(新潮文庫)を読むと、、
たえず次の手を打ち、麾下の武将たちにも
持続を求める信長の合理的な精神が
浮かび上がってくる。

信長こそ、
地上に、現実にいたハムレットかもしれい。
信長の最期の言葉をつなぎ合わせると絶妙に
なる。
「to be,or not to be 、
、、、 是非もない」と

ちなみに、信長はシェークスピアより
30年早く生まれたが、同時代の人同士だ。

信長が、もし、
シェークスピアの芝居を見たなら
愉快に思ったかもしれない。


まぁ、信長に遠く及ばないが
普通の人生もまた、毎日の課題を
きちんとやり続けることだ。

こうしたブログの持続も、
ささやかながら「やる人間」に連なる
と信じる。



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乾癬治癒戦略

来年1月14日に皮膚科の
診察を受けるが、それまでに
圧倒的な状態までに、乾癬を
治癒させよう、と決意した。

現状は、発疹が背中や腰、
胸あたりだけでなく、
全身に広がっていて、、
手足の甲まで、発疹が出ている。
肝炎治療の終盤から、
脱毛とともに、乾癬は悪化した。

その治癒戦略はこうだ。
1.再びチガソン(ビタミンA)を
一日一錠ペースで、朝、45日間飲む。
2.ラフェルサのビタミンCを毎日15錠を
45日間飲む。5000mg、通常量の2.5倍にあたる。
3.皮膚科で処方された塗り薬を徹底する。
4.経絡リンパマッサージを毎日
意識して行い、「乾癬ノート」に記録する。

以上が、乾癬治癒への、最終の一手になる。
1.チガソンは既に処方されていたものを
くちびるが荒れるので中断していたが、、
それを使う。

2.ビタミンCの多量服用は、三石巌博士の
カスケード理論に基づいて実行する。

少し長くなるが、、
2010年に直腸がんになってから、
近藤誠にはじまり、手当たり次第
さまざまな本を読んだ。

左カラムに、自分への備忘として、
少し掲げてあるが、、4年を超えた今日、
その中で、わたしが一番信頼できる人は、
三石巌博士だった。医師ではなく理学博士だ。

博士は60歳を過ぎてから、
ご自分の白内障を
ビタミンCを多量に服用することで
治された。そこから分子栄養学を
切り開かれ、、96歳で亡くなるまで、
ビタミンの会社を作り、
現役で仕事をされていた。
横尾忠則と対談されていて、その
お写真をみても色艶はいい。

三石博士はメガビタミン主義者だが、
ポーリング博士ほど過度に
ビタミンCを飲むことは
否定されている、、

そのビタミンCのカスケード理論は
納得できた。身体は階段、だんだん
畑のようななっていて、上から下へ
必要なビタミンが行きわたらせるには
多量の投与が必要となる、という発想。

1991年に、
インターフェロンを長期間投与したが、
それもカスケードが働いて、やがて
乾癬を発症させたのかもしれない。

何度も書いた仮説だが、
わたしの乾癬はC型肝炎ウイルスが
根本原因であり、ウイルスの残滓が
bリンパ球に浸潤し、
身体全体のリンパ管に広がっていて、
それが乾癬を生み、
乾癬性関節痛を発症させていた。

そうしたリンパの老廃物を
排泄するには、ビタミンCを多量に
飲むことと、経絡リンパマッサージを
徹底的にやることだ、と見切った。

右手首の関節痛はだいぶ治ってきたが
手の平の中央にある「労宮」という
ツボの痛みは、まだ残っている。

治癒戦略が進展すれば、
労宮の痛みは消える、と思っている。
乾癬治癒の目安にしよう。

以上、こんなこと書いても、
誰にもわからないだろうが、
自分の内奥がそう見通しを示して
くれたので、試してみたい。

ちなみに、科学者である
三石博士の洒脱な語り口は、好きだ。

博士がお住まいになられていたところは
日大芸術学部の近くと、
よく知った場所だったので
親近感を抱いていて、これが惹かれる
原因かもしれない。

1990年代に、江古田駅あたりで
お見かけしていた、、かもしれない。



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ひさびさの炭酸泉銭湯へ

おとといの夜は、歩き疲れたので、
一ヶ月ぶりに、近所の炭酸泉銭湯の
川場湯に行った。

40分くらい炭酸泉に入った。
ぬるいし、読書してから、長湯になる。

湯船の中、
水上勉の「読書の功徳」というエッセイを
読んでいた。森鴎外の「最後の一句」を
話の核にしていた。。

一人、私より年配だろうが、肌ツヤの
いい人が、私より長く、炭酸泉に入っていた。
常連だろう、、この風呂の良さをわかって
いる感じがした。

5kmのウォーキング

肝炎治療が終えて12日目になる。
まだペガシスの影響はある感じがする。

昨日は、5kmほどウォーキングをした。
どれほどの距離か、体感した。
これを35分でクリアするとは、、
いかにハードルが高いことかと、わかった。

NHKの「3か月でフルマラソン」
4時間以内に完走するなんて、
自分には、とても難しいな、と感じた。

まず、
最初の100メートルを33秒で走れるか
やってみたが、ギリギリで、
次の100メートルは45秒くらいかかってしまい、
さらに500メートルは4分近くかかてしまった。

500メートルを2分45秒で、走ることは、
だいぶキツイ。
すぐ足の筋肉が痛くなる。
無理をせず、歩くことにした。

当たり前だが、まだ健常者ではないな、
なので身体が快いと感じることを重視したい。

うまく言えないが、
長い病気をして来て、あらためて
表層の意思ではなく、
身体の内奥にある意思を基準にしたい、
という思いが強固になっている。

直腸がんになった際、
その内奥の意思が立ち現れて来て、
それをハッキリと感じとったので、
その思いが心の軸なっている、
といっていい。特別なことではない。

フランスの哲学者アランは
「スタンダール」というエッセイで、こういう。

音楽であれ、恋愛であれ、
人間の探究であれ、
スタンダールは常に彼自身感じることを
自分の眼で正確に知るという点に
帰ってくる。
他人は考慮されない。
他人は審判者ではない。


といっていることに近い。


結局その日は、、疲れた。そこで、
そのあとビタミンCと龍角散を買い求めた。
ビタミンCは武田薬品のではなく、
オール薬品のもので、店頭で比べ安かった
ので、これにした。

ナトリウムフリーと明示
してあり、第3類医薬品とあった。これなら
医療費になるのかもしれない。

調べると、、

医薬品の分類は医薬品リスクの
分類であって医療費控除の基準とはならず、
その基準は、治療目的かどうかだという。

ならば、血液の状態が悪いので、
その治療目的ととらえ、
医療費控除の対象にしよう。認識の問題。

つまり、栄養補助食品であっても
治療目的であることを説明できれば、
医療費控除になる。

実際に確定申告で、そう処理しても
まず否認など、されたりはしないことを
知っている。そんな手間を税務署はかけて
いられない、からだ。

夜、塾から帰ってきた長女が
10月に受けた算数検定9級、
11月に受けた漢字検定8級に
いずれも合格したことを告げてきた。

また、わたしの漢字検定2級も合格していたと。

漢検2級は闘病中の2回目の受験だが、
今回は6月のときより集中できたのが
良かったのだろう。まずは一安心。

早速「家族合格証」を申請することにした。



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2006年11月2日から
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