折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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少しダルい、そして田村修司さん

下痢なのか、午前中、トイレに5回行った。

するとダルくなり、15時ころまで
寝てしまった。免疫力のことを考え、
無理はしない。

昨日、東急ハンズに行って、
目当てものだけを買っただけだが、
人混みに、少し疲れた。

帰り道、豊島公会堂の脇を通った。
昭和27年からあり、じきに取り壊される。
ある宗教団体においてそこは、その草創期、
月1回、52歳の第二代会長による一般講義が
行われた場所だ。聴衆は病人と貧乏人と
家庭内不和をかかえた人ばかり、、

満員で入りきれず、外で聞き耳をたてた
人たちもおられた、という、、
そばを歩きながら、そうした62年の歴史を感じた、、

小林秀雄は言っている。

歴史は、上手に「思い出す」ことなのです。
歴史を知るというのは、
古えの手ぶり口ぶりが、
見えたり聞こえたりするような、
想像上の経験をいうのです、、と。

わたしは公会堂から、その草創の歴史を感じた。

そこを通り過ぎると、相当の入れ墨をした若者を
見かけたか、なぜ?、と理解に苦しむ、何もそこまで、

そんなにしてカラダに模様をつけなくても、彼の
オーラが、相応のものを醸し出しているのに、、

たぶんディスポで掘っていないだろうから
肝炎とか、感染症になる可能性が高い。。

温泉も入れなくなるし、、わたしにはありえない、

その夜、22時、川場湯に行った。
ガラガラで心地よい、炭酸泉につかりながら、
デカルト「方法序説」第5章を読んだ。
この風呂で読む、古い哲学小冊子は、
わからなさが炭酸泉とシンクロしてきて、
時間を忘れさせる。かっこうの時空だ。

後半戦は、乾癬の治療に専念することだ。
このところ、軟膏を塗り忘れことが、
たびたびあったからな、、

最近借りた本で、
都築響一「独居老人スタイル」(筑摩書房)を
読んだ。団塊スタイルをもじっているのかな、

強烈な個性の人たち16人を取り上げている。
本宮映画劇場館主 田村修司さんに感動した。

とっくの昔に閉館した映画館をずっと保守し
続け、観れるようにされている方だ。脱帽。

それが青梅にあったなら、もっと支援の輪が
広がっていただろうに。日本のニューシネマ
パラダイスが今も、凛として、屹立していている
ことに、ただただ感動していた。

そうして、
自分が保守するものは何かを考えていた。



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後半戦の初日

涼しいというより、少し肌寒い。

ソブリアードの服用が終わって、
一気に爽快になれるかと思っていたが、、
そんなに甘くはない。

昨日の症状とか、今気になることは、、

1.夕方には37.3°になる。
2.やや目まいがし、
おしりあたりに、かゆみもあるが、ひたいはきれいに。
3.今のところ、いい点はソブリアードを
飲んだあとの、頭の芯が溶けるような感覚は、
消えてきた気がする。
まぁ、わたしだけの感覚かもしれないが、昔
抗がん剤を経験しているので、比較できる
感覚なのだ、、
4.食欲はある。
5.気力がイマイチだ。
6.あいかわらず、片付けができないな、
7.ハンズメッセに行って
水性ボールペンの芯を1ダースかっておきたい。
8.もうじき、還暦になるが、小3の長女に
「一身二生」と毛筆で書いてもらいたい。

一身にして二生を経る、という福沢諭吉の言葉。
幕末から明治時代への変革について、
「恰(あたか)も一身にして二生を経るが如く、
一人にして両身あるが如し」と。
つまり、彼は、生涯の最初の半分を江戸時代に、
「あとの半分を明治維新の時代に生きたわけで、
それを「一身にして二生を経た」と表現したのだ。

いや「一身二生」でなく、「一身三生」にしよう。

わたしはじき還暦を迎え、年末に次女?が生まれので、

もう一回、人生をやらないといけないし、
三人分を背負わないといけないわけで。

それともう一つ、、
1991年8月、36歳の終わりにC型肝炎に
なった。この病気で私の日常は変わってしまい、
一つの区切りになった、、とすると、
次の区切りはら36歳の36年後、72歳までが
次の区切りではないか、、と見切っている。
西行も辻邦生も、緒形拳も、73歳で亡くなった。
73歳からが第三の人生だろう、と思っている。
めざすは、107歳まで生きた木彫の平櫛田中だ。
つまり、
一生は36歳まで
二生は37歳から72歳まで
三生は73歳から107歳越えだ、、
しかも認知症にならず、現役で生きるのだ。

とか、まぁ、そんなこんな、思い浮かんでいる。

19時すぎ、書道教室に、長女を迎えに行った際、
松岡先生に「一身三生」のお手本を
書いていただくようにお願いした。
それを見ながら、
長女に書いてもらうつもりだ、、



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白血球像の推移表

リンパ球の動きを知るため
白血球像の推移を逐次、掲げることに。

リンパ球の実数が分かるわけではく、
血液中の、5つ白血球の構成比を示す
だけなので、意味はないのかもしれないが、

後半戦に向け、
役立つことがあるかもしれない。

ちなみに、NTT関東病院にあった
血液検査の説明を掲げておく。
前に載せたものより、この方がいいかも。

好中球は、
細菌など異物を処理し、
身体を外敵から守る働きをしている。

リンパ球は、
ウィルスなどの外敵の侵入から身体を
守る。抗体産生など免疫機能を担って
いる。

単球は、
好中球に次いで異物を処理する作用があり、
外敵の侵入を防いでいる。またリンパ球と
連携して免疫機能を担っている。

好酸球は、
生体の防御反応に関与し、
アレルギー性疾患等で増加する。

好塩基球は、
アレルギー反応や炎症反応に関与する。

また、昨日、担当A医師は
Seg 分葉好中球は、好中球数÷白血球で
自動的に算出される、と教えてくれた。

そうすると、
わたしにとって肝心なのは、
リンパ球数なので、、その式に準じ
リンパ球×白血球=血中のリンパ球数と
とらえることができるのかもしれない、
と気づいた。検索してみると、、
以下の記述があったので載せる。

● 総リンパ球数・・・単位:/mm3
ステージⅣ消化器癌の予後栄養指数等で
必要となる計算式です。
 
総リンパ球数=
白血球数(個/μL)×%リンパ球(%)÷100
 
また、この値だけでも栄養状態と
相関があります。
標準・・・1500~4000(mm3)
軽度低下・・・1200(mm3)未満
中等度低下・・・1200~800(mm3)
高度栄養障害・・・800(mm3)未満

以上、さて、わたしの場合は

8/27 第13週
好中球数 580 白血球17
分葉好中球 Seg (40〜70) 34.1% L
好酸球 Eosino (0〜7) 2.3 %
好塩基球 Base (0〜2) 0.0%
リンパ球 Lympho (15〜40) 53.2% H
→血中のリンパ球数は1700×53.2%=904

単球 Mono (2〜12) 10.4%
計100%

8/20 第12週
好中球数 1345 白血球31
分葉好中球 Seg (40〜70) 43.4 %
好酸球 Eosino (0〜7) 2.3%
好塩基球 Base (0〜2) 0.3%
リンパ球 Lympho (15〜40) 43.7 % H
単球 1Mono (2〜12) 10.3%
合計100%

8/13 第11週
好中球数 696 白血球20
分葉好中球 Seg (40〜70) 34.8 %
好酸球 Eosino (0〜7) 2.5%
好塩基球 Base (0〜2) 0.0%
リンパ球 Lympho (15〜40) 53.4% H
単球 1Mono (2〜12) 9.3%
合計100%



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最後のソブリアード

今朝はすずしい。いや、昨日からもう涼しかったな。
温度差が激しいと、カラダがついていけず、
体調がおかしくなる。

昨日はやたら倦怠感があったのも
気温が影響しているのだろう。

さっき、最後のソブリアードを飲み終えた。
86日間、長かったな、、

4年前は、直腸がんの抗がん剤は途中で止めたので、
恐怖がないまぜの、不完全燃焼を感じたものだが、

今回は、その借りを返した気がする。

厳密に12週ならば、月曜日で終了なのだが、
処方が2錠多かった。

一錠13000円だから26000円をありがたく
いただくことにした。

たぶんこれで、ウィルスは消えた、と思う。
なので、ウィルス量検査にそれほどの関心が
なくなっている。不思議なものだ、、
この感覚、自信は、直腸がんの転移が
なかったという体験が「心幹」として
すでに、ゆるぎなくあるからだ。

心幹とは、体幹の対語で、ある。
体幹が、身体の軸を鍛えて
ブレないようにすることなら、
同じように、
「心を鍛えて、自分なりの太い
幹を持てば、ブレずに生きていけること」
それが心幹だ。山藤章二さんが7月5日の
朝日新聞で定義しておられた。使える言葉だ。
仏教の「本地」に通じる言葉になるだろう。

そして、、仮説だが、ここからは
先に話題にした「白血球像」の推移が
大事だと思っている。

だから、その記録をつけることにした。
ウィルスが再燃するとしたら、

その兆しは白血球像に現れると信じて。

今日はこれから第13週目のペガシス注射を
うちに行く。

ウィルス量検査を含む血液検査と
A医師の診察もある。楽しみだ。。

今、武蔵野赤十字病院からの帰りだ。
採血結果は、好中球数が過去最低の580で、
いささか驚いた。先週1345だったのに。

担当A医師いわく、

1.先週の数値は.コペガスを減量した
ことが原因だらうし、
今週の低さは、先週ペガシスを180に
したからだらう。

2.今日のペガシスは90にする。
好中球が低すぎると、ペガシス注射を
1週飛ばすこともあるが、できるだけ
避けたい。

3.白血球像は、好中球のところを
みているだけで、各球のバランスを
みているわけではない。
好中球が下がることの危険性を
一番、注視している。

4.主にC型ウィルスを貪食しているのは
Tリンパ球であって、好中球ではない。

5.「顔の赤みがだいぶ取れてきましたね、
普通は、悪化するんですが」とA医師。
「先週、皮膚科のM先生から顔に塗る薬を
使いはじめたら、だいぶ改善しました」
と答えた。

6.来月のウィルス量検査は9月24日に
なる。

7.肝機能は問題なし。

以上だった。

つまり、検査データ上で、
わが竹すみの効果が如実に表れては
いなかった。

竹すみは、まだまだ、これからだ。
一瓶を飲み切ってから、是非を
論じることにしたい。



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カストロに会った村上龍

いつか、キューバに行ってみたい。

キューバは、国家と社会との乖離が
小さい国という印象を持っている。

キーパーソンはカストロ、、不思議な人だ。

カストロを賛美する人と、
ことごとく批判する人と
評価の是非は、際立っている。

たしか、
肺がんで亡くなった戸井十月さんが、
カストロに会って緊張された面持ちの
文章を読んだことがある。

今回、驚いたのは作家の村上龍さんだ、、

「賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ」という
エッセイ本でこんなことを書いている。

題して
「02フィデル・カストロと会ったころのこと」
そのp26だ。

なぜ自分が大統領と並んで
壇上に上げられたのか
まったくわからずに、
きょとんとしていると、
やがてフィデル・カストロが
姿を見せた。

中略、

カストロは、拍手と歓声に
応えて手を振り、壇上に上がった。
グァテマラの画家や大統領たちに挨拶し、
同じく壇上に座っているわたしと目が合った。

こいつは誰なんだ、という
表情でわたしを見た。わたしは
どうしていさわからずに、目礼して、
カストロも軽くうなずくような感じで
応じてくれた。

だが、当たり前のことだが、
わたしにはほとんど興味がなそうだった。

そしていきなり、演説がはじまった。
かつては革命記念日などで数時間
ぶっ通しの演説をしていたカストロだが、
文化的な集まりなので静かに語りだし、
それでも40分間、話し続けた。

「昨年、革命後はじめてヨーロッパを訪れた。
ローマ法王にもお会いし、
さまざな文化遺跡を見た。
ヨーロッパの彫刻や絵画はすばらしい。
歴史的、文化的な建物も威厳があった。

だが、彼の地で、わたしは自分が、
革命家であることを、
あらためて自覚することになったのだ。
わたしは革命のために戦い続け、
今も戦っている。

革命家の一生は、戦いの連続であり、
それがどんな種類のものであれ
モニュメントは残さない。
遺跡も作らないし、彫刻も残さない。

革命家が世に残すものは、
人である。革命によって、
公正と自由を得て、
幸福を手に入れた人々を残すために、
わたしは今でも、これからも、戦い続ける」

そういった内容の演説で、
わたしはインカムから
聞こえてくる英語で何とか半分くらい
理解できたのだが、

途中、感動で何度も
涙があふれそうになった。
会場のほとんど人が涙を流していた。
演説を終えると、
カストロはすぐに壇上を去って行って、
わたしはぼーっとしたまま、
きっと忙しいんだろうなと、思った。


冷静な村上龍がカストロに感動するとは
いささか驚いた。

けれど、そのカストロの心をとらえ、
感動させた日本人がいた。
その話はまたいつか、、



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83日目の生ビール

昨夜は17時、高円寺阿波踊りに家族3人と
コーギーを連れて、自転車で行った。

いつもと同じ、北口の大道芸の通りから
入る。すぐ長女が金魚すくいをやり始めた。

今回はコーギーのモモを連れている。
モモは人好きで、人と目が合うと近づいていき、
なぜてもらうことが好きだ。
ものすごい人に、モモは嬉しそうだったな、、

今年は中央線を超え、南口に出てみた。
谷原の東京飯店が高円寺にも店を出していて
そこの、焼き鳥を一口食べた途端、にわかに
ビールが飲みたくなり、キリン一番しぼりを
飲むことにした。

6月2日の入院当日の午前中、
家で金麦を飲んで以来だから、
83日ぶりのアルコールで、食道から
胃にかけて、しみわたり、爽快だった。

街の夕闇の加減も丁度いい、
こころが陽気になってきた。

道を往来する人たちを、
ただ見ているのが、楽しいのだ。

高円寺は、松田優作のDNAを感じさせる、、
こりゃ解放区?だな、と思った。

ここからは、勝手な断想、、

1980年の夏、旧軽井沢のメイン通り沿いに
あるカフェから、通りを歩く人たちを話の材料に
して、そのときの仲間たちで、大いに談笑した
ことがある。

三年間勤めたところを辞めた直後の夏だった。
モラトリアムを決め込んで、人生に冷めていた。
不謹慎かもしれない。けれど永く記憶に残る
他愛ないが、愉快な宴であった。
たぶん、その頃から、俯瞰して見る習性が
ついたのかもしれない。

何事も、他人事のように、ながめている自分と
状況にコミットメントしようとする自分という
onとoffを繰り返してきた感じがする。

4年前の直腸がんのときも、そうだったが、
今回の三剤治療の自分は、つきつめれば
コミットメントしているようでいて、
実はそうではなく、俯瞰する自分、受動の力
の方が中心になっていた。

コミットメントへ、そろそろ転換の時季だ。。

そんなこんなを、高円寺阿波踊りを
体感しながら、ギアが入る予感が
徐々にと湧いてきた。



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蚊にさされる

昨夜は、高濃度炭酸泉の銭湯、
川場湯に行った。心地よい。
38度の温い湯船につかり、
デカルト「方法序説」の第4章を読んだ。

今朝、ソブリアードを飲んだので、
残りは3錠、水曜日に終わる、待ち遠しい。

ソブリアードを飲み終わったあと、
きっと体調は良くなる、、そう決めている。
そろそろ、頭の芯?が回復しないと困るのだ。
うつや神経症生み出す部位だ、、
そこが回復して欲しい。

ソブリアードは頭の芯を萎えさせる。
服用後1時間がたつころ、眠気とともに、
頭の芯が瓦解していく、やる気が頓挫する。
いっこうに部屋が片づかない。

ネットを見ると、ソブリアード終了後の
体調は、、
・前と変わらない。
・前よりひどくなる。関節痛、抜け毛とか、

という体験の人が多い感じがする。
でも、わたしは、そうなりたくない。

手だては、竹すみだ。
サミット水に竹すみを入れて飲むだけでなく、

市販のコーヒー缶に、
竹すみと竹酢とサミット水を入れて、
かき混ぜ、ゆっくりチョビチョビ飲むのだ。

ペットボトルでなく、缶なので、
黒い水は、見えない。それがいい。

小坂先生が、そうされて飲んでいたのを
思い出し、真似ている。
もう、1週間そうして飲んでいる。

排泄ぶつは、すっかり黒くなっている。

最近、やけに蚊にさされる。

4年前、直腸がん予後で抗がん剤を
やっていたその夏、
まったく蚊に刺されことはなかった。

今年は違う、、
たぶん、皮膚呼吸で炭素が出ていて、それが
蚊を呼び寄せるのだらう。



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水の逮捕者

膵臓がんサバイバーの木下さんの
ブログから、次のことを知った。

「がんに効果」と水無許可販売で
3人の逮捕者が出た、という話だ。

諏訪市の水販売会社「エーイーエム」社長、
菅原越雄容疑者(62)と妻の同社役員、
まさ子容疑者(62)、
長男の関連会社役員、健彰容疑者(30)
を逮捕した。

県警によると、容疑を否認している。
逮捕容疑は共謀し、500ミリリットル2千円の飲料水
「強命水 活」などの商品についてウェブサイト上で
「がん細胞をも押さえ込む」
「痛み・かゆみを瞬時に消す」などと
いった効能をうたい、国や県の許可を得ず、
3月にインターネットを通じて販売した疑い。

茅野商工会議所(同県茅野市)は
「強命水 活」を2011年に
「推奨土産品」に認定しており、
担当者は「認定取り消しを検討する」
と話している。

同社はウェブサイトで
「薬事法を順守するため、
効果効能は記載していない」と
強調していた。

しかし県警によると、
同じサイトで「諏訪 不思議な水」という
キーワードでの検索を勧め、
効能をうたった別のサイトに
事実上誘導していた。
 
越雄容疑者は商品を製造する
茅野市の会社の社長も務めている。
〔共同〕


以上。

500mlの水1本が2000円とは、実に、暴利だ。
その付加価値は効能にある、ということ
なのだろうが、、

今、竹すみを飲んでいるが、
それを念頭に入れながら、
どう考えたらいいのだらう、、
思いめぐらせている。

かつて水素水を試してみたことが
ある。なんだかカラダにいい、という
感触はあったが、

値段が高いので、続かなかった。

今、無料のサミットの水、
つまりカルキ抜きされた水道水、
に竹すみ1本を入れて飲んでいる。

それで十分、満足しているし、うまい。

わたしは民間療法を否定はしない。
基本はあり、だと思う。

薬事法違反とかは、
医薬品業界と行政との癒着が背後に
あるとさえ、見ている。

しかし、民間療法は
そこに法外な利益を
求めてはいけない、、と強く思っている。

究極、ただ同然にすべきだ。
それは、本質的に自然療法だからだ。
利益をとる人為性は、ないはずだ。
エドガー・ケーシーのリーディングが
無償だった、という話も、当然だと思う。

私は、気功師の有料の遠隔気功を認めない。

ゴーイングコンサーンしないじゃないか
と批判はあるだろうが、

効能があると信じて、売るなら、
限りなく安い価格で売らないといけない、
そう、思っている。

資本主義を抜け出さないといけない。
新野さんの竹すみは、里山資本主義だ。

竹すみの価格は、原価から推測して
許容できる価格だった。
新野恵さんの年収100万円、
あながちウソではない感じがする。

竹すみが送られてきたとき、
梱包されたダンボールは
大手の飲料メーカーのものだった。

思わず「.それでいいのだ」と
宅急便の人に言ってしまった。

ちなみに、竹すみは
いわゆるマーケティングなんか
してはならない、、口コミだけでいい。

わたしが小坂先生の言辞を信じたように
広がればいい、のだ。

なぜなら、それで需給バランスは
保てているからだ。

みんなが竹すみに熱狂?してしまうと、
木村さんの「奇跡のリンゴ」みたいに
間違いなく、
入手困難になってしまうだろうから、、

これからの後半の治療の間、自然と
竹すみの効果を書き込むことになるが、

冷たい目線でみていただけると、
ありがたい、、



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白血球像

血液検査をすると、
英字のみの検査項目がででくる。

白血球像の項目だ。
単位は%なので、構成比とわかる。
それが何を意味するのか、
わからないので、今度、
担当医師にたずねてみようと思う。

白血球の全体が、いびつで異常なのか
正常なのかを示すものなのか、、
医者はそこから何を読み解くのだろうか?
「標準の構成比」とか何かがあって、
それとの比較やバランスをみているのか?

ちなみに、武蔵野赤十字病院の
英文字の検査項目は次の通り、
Blast
Promyelo
Myelo
Metamyelo
以上は白血病の血液項目で、
当然わたしの場合には数値の表示はない。
次に、
St 基準値 下限2 上限5
Seg 基準値 下限40 上限70
Eosino 基準値 下限0 上限7
Baso 基準値 下限0 上限2
Lympho 基準値 下限15 上限40
Mono 基準値 下限2 上限12
A-Lympho 基準値 下限0 上限1
Other 表示なし
で終わる。

個々の項目の説明は、検索すると
以下とおりである。

 ① 好中球 (Neutrophil )顆粒球     
白血球全体の50から70%

好中球はさらに「分葉核球」と呼ばれる
分葉好中球(Seg)と、「桿状核球」と呼ばれる
好中球( St )に分類される。
前者は、核は分かれるが、
核の間は核糸で繋がっている。

後者は、分葉核球になる前の
核が大きく曲がった
ジェリービーンズ様の
桿状である段階の好中球をいう。

武蔵野赤十字病院の血液検査項目では
わたしの場合、分葉好中球(Seg)だけ
表示されていて、Stの数値表示はない。

好中球は白血球の半分以上を占め、
病原菌が入ってきたり
異物が生じたりすると真っ先に増加して、
病原菌や異物を食べて分解する。
C型肝炎ウイルスを貪食してくれている
のは、主に、この好中球である。
8/28追記、これは誤り。好中球は
C型ウィルスを貪食しない。
C型ウィルスを貪食するのは
Tリンパ球であると、担当A医師は
話してくださった。

 ② 好酸球 (Eosinophil)顆粒球     
末梢血内の白血球の2から5%
好酸球は体の防御反応に関与し、
アレルギー性疾患に感染すると増加する。

 ③ 好塩基球 (Basophil)顆粒球     
末梢血内の白血球の1%以下
好塩基球はヒスタミンやヘパリンなどの
物質を含んでいて、アレルギーや血管拡張などの
作用に関与している。

 ④ 単球 (Monocyte)無顆粒球    
白血球のうち3~6%
単球はマクロファージ(大食細胞)とも言われ、
病原菌や異物などを食べてくれる。

 ⑤ リンパ球 (Lymphocyte)無顆粒球    
白血球のうち20~40%
リンパ球は、病原菌が入ってきたときに、
抗体を作って外敵を退治するほか、
それら外敵を記憶する働きを持っている。

そして白血球像の数値の総計は、
必ず100%になる。

つまり、5種類の重要な白血球
(好中球、リンパ球、単球、
好酸球、好塩基球)を総称して
白血球と言っている。

白血球像にはそれぞれ異なる
形態・性質があり、
正常な状態のときは
それぞれの占める割合が
一定範囲内に保たれているが、

身体になんらかの異常が発生すると
お互いの比率に変化が現れる、ようだ。


以上だが、
わたしの場合、①が少なく、
⑤がやや高い傾向にあるが、

それを一体全体、
どう理解すればいいのか、、
知りたくなっている。



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最近の症状

6時前に起きる。

右手の痛みは、かなり緩和されている。
頭皮のかゆみは、きのうから
皮膚科で処方された「フルメタローション」
効きだしているかんじで、頭をかきむしる
ことをせずに、すみそうだ。

ちなみに、顔のひたい部分の乾癬には、
「フロトビック」軟骨を処方された。
アトピーの薬だが、乾癬にも効くらしい。
まだ、1回しか塗っていないが、
よくなりそうだ。

二つの薬剤とも、初めて聞いた薬だ。
武蔵野赤十字病院の皮膚科医M先生に
本当に感謝している。


問題は、20日の朝から、
ノドの左奥が痛み出していて、

あっ、そうかと気づき、
青いうがい薬「アズノール」で、
さっき、うがいしたところだ。

これから、ひさびさの
ラジオ体操に行くことにしよう。

体操は、第一、第二体操だけでなく、
太極拳もどきのものもやり、20分くらい
かかる。

両手を上に上げて飛び跳ねる動作のとき、
手のひらから、何かズンズンと
感じるものがあたった。
気なのかもしれない。

三剤をやめたら、健康なカラダに
戻れそうだ。



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満23年の日

本日8月21日は、マイC型肝炎デーだ。

23年前、36歳だった、、

1991年8月、ソ連は、突如、
ゴルバチョフを幽閉する
保守派のクーデターが起きた。
ソ連崩壊が始まったとき、

その同月21日の夕刻、勤務先から
南町医院の永田医院長に、電話をした。
C型肝炎であることを告げられたのだ。

その半年まえから、原因不明の
全身倦怠感にさいなまれていて、

これって、出社拒否症かな?と思い、
精神科まで受診した。

その精神科の医師に、
「あなたみたいな人は
わたしの患者さんではない」と
バッサリ、門前払いされたりした。

その夜「C型肝炎が原因とわかってよかったね」
みたいな感じで、明るく永田医院長は話され
たので、何がいいもんか!と
イラっとしながら電話をきると、、

暗い闇が迫ってきた。
なぜなら、治療方法はまだこれからで、
まったく未知数と知り、
一気に谷底に落とされた思いがしたからだ。

またその夜は、会社の同僚を、歌舞伎町の
「車屋」ておごることになっていた。

しかし、永田医院長との電話の
やりとりで、すっかり落ち込んてしまい、

同僚も、私の電話を聞いていて、
わが身の健康状態が不安がって
しまい、暗い宴になってしまった、

その日のことは、忘れないでおこうと、
その年の後半から、3年日記を書き始めた。

今読みかえしても、暗いことばかり、、

まさか23年後に、ウィルスが消える状態に
なれるとは、とても想像できなかった。

一生背負うのかな、、不安がつのった。

23年という長い時間が解決を導いたのだ、
と、あらためて思った次第。



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免疫力が上がりだした

不思議なことが起きた。

昨日は、武蔵野赤十字病院へ
12週目のペガシスを皮下注射に行ったが、

いつもどおり、まず採血2本して、
待つこと45分、

注射する前に、皮膚科を受診した。
1.チガソンは、肝機能が正常なので、
このまま継続することに。
2.顔のひたい部分はステロイドが
入っていない塗り薬をお願いした。
3.頭皮も乾癬があるので、それ用の
ローションをお願いした。
希望は全部かない、かつ医療費はかからず、
ありがたい。

皮膚科で採血結果表をいただいた。
免疫系の数値を見て、驚く、、

好中球数が1345になっていたのだ。
先週、その数値は696だった。
一気に649上がったのだ。約2倍だ。

白血球は31になっていた。
先週は20だったので11上がった。

赤血球は288に、、
先週は261だったので27上がった。

血色素濃度は9.4に、、
先週は8.7だったので0.7上がった。

最後に、血小板は24.9に、、
先週は20.9だったので4.0上がった。
それにしても24.9となったのは驚きだった。
1991年発病以来、そんな数値になったことが、、
ほとんど記憶にないからだ。
(追記→実は1996年3月に28.6をマークしていた)

どうやら、短期間で免疫力が
上昇したのかもしれないが、
好転の自覚症状は、感じていない。。

これを折れ線グラフに落とし込むと
そこまで戻っていいの、と思うほど、
好中球数はv字回復を描いた。

そこで、その理由だが、この1週間

1.日中は外に出ることを避け、
よく寝るようにした。
2.コペガスを8月14日から1日4錠から
3錠に減らした。さらに、おとといの夜は
コペガス2錠を飲まなかった。

そして
3.まだ、断言はできないが、
8月13日から竹すみを飲み始めたことだ。

来週の検査においても、好調ならば
恒常的な好転と見て、
竹すみのおかげ、と見切ることにしよう。



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飲み忘れた

うかつだった。
昨夜、コペガス2錠を飲み忘れた。
三剤投与78日目にして、
やってしまったポカ。

最近すっかり読むのが億劫になり、
遠ざかっていた新聞だが、

なんだか
歴史的ポカを朝日が認めたらしく、

2週間前、8月5日に朝日新聞が出した
捏造訂正記事を読んでいたら、不覚、、
すっかり飲むのを忘れてしまったのだ。

新聞にしたって、まずは、ゴメンなさいと
詫びるのが、普通の責任ある大人の態度だが、

その編集委員は、
「問題の本質は、」として
性の奴隷があったことだとして、

話を、「国家」から「社会」に
すり替えているだけでなく、

米国に立てられている記念碑の内容を
結果として、追認していることだ。

ニュースは、事実が最も大事であり、
決して価値判断を先行させて
事実をねじ曲げてはならない。

この新聞社は、
読者に答えるという形だけで、
その訂正文を直接日本国民に告げておらず、

また朝日新聞の社長は国際問題として、
捏造の訂正を英文でアメリカ合衆国、
国際機関に告げてはいない。

報道の自由を盾に、
自社の利益を優先させているだけだ。

糾明し、これで幕引きさせてはいけない。
これは、右とか、左とかの、問題ではない。

なんだか、すっかり呆れてしまった。
朝日の頭脳は、かなり溶けている。
というか、中国、韓国に籠絡されて
いるのではないか、、闇は深い。

昔から、国家より社会という額縁で
ものを言う一流新聞社なのだろうし、

そのスタンスを分かった上で、
購読していたが、

さすがに、日本という国家憎しで、
歴史捏造に加担し、流布させたことは、
いかがなものか?

とか考えていたら、飲み忘れてしまって
いた。

すると、今朝の起きぬけは気分がいい。

あぁ、早く薬をやめたいな。

それと、こう思った。
韓国の今後は、
150年前の半島に回帰し、中国化し、
再び中国の属国になっていくのだろう。
かれらは、その方がシックリいくのだ。

半島は、統一なんかしない方がいい。
もし、仮にそうなったとき、日本は
お金を拠出すべきではない。

いっそのこと、韓国は
自分の名前をさらっと書ける程度、
漢字も復活させた方がいい。

そうした方が凄惨な、自国の歴史を
きちんと認識できるだらうし、、
もっとも、そこに誇りになるものはなく、、

そうした精神風土が、大統領まで平気て
整形することを当たり前とする
アイデンティティの溶解ぶりを示す
国を形成してきたわけだ。

未来志向という妥協になったとしても、
日本もまた、半島をどうにか
しようなどと、150年前の誤りを
再び、犯してはならない。
この半島をかまっていてはいけない。

中国、朝鮮半島とは、
最低限の、民間の交流にとどめ、

国家としての日本は、
その三カ国に対し、モンロー主義で、
東南アジア、オセアニアに対しては協調主義で、
行くのか妥当かも、と思い始めている。

これって、福沢諭吉の脱亜論かな、、

今、右でも左でもなく、
こう考える日本人が、

増えているのではないか。



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新野恵さんの言葉

整形外科医の小坂先生に
いただいた新野恵さんのCDを
何回か聴いた。

新野さんは、80歳の人らしく、
ゆったりと話される。

思い出すままに、書くと、、
1.新野さんは高卒の元中国電力の
エンジニアでボイラーに詳しい。
30年前、50歳で退職するまで
年収は1200万円あった。

2.普通のおじさんという印象で、
上からものをいう感じは、全くしない。

3.理屈はよくわからないが、竹すみが
身体にいいことを経験していった。

4.チクタンと呼ばすに、タケスミと
呼ぶことが重要と言われる。呼び名
言葉の大切さ、その影響力を実感
されておられるようだ。

5.薬は物質だが、竹すみは単なる
物質ではない、と主張される。

6.竹すみを飲むことによって
血液の質が変わり、かつ腸が
リセットされる。

7.免疫力の低い人は、正常な
レベルまでに戻す力があるが、
で過ぎたことはせず、調和を保つ。

また、、思いだしたら、逐次追加する。

以上だが、
7.こそが、小坂先生が
私にすすめた理由なのだ。
福岡伸一さんの
「生命とは動的平衡である」を
連想させる話だった。

竹すみは動的平衡をもたらす、
と理解している。

明日、白血球の検査をするが、
竹すみの効果を検証できるだろう、、



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6日目、竹すみの匂い

8月13日から竹すみの粉末状のものを
飲んだり、竹すみを枕元に置いて寝ている。

昨日は謎解きのような、面白い夢を見た。
朝の目覚めはいい。
竹すみとの関係は不明だが、
気分がいいのであれば
それにこしたことはない。

さらに、竹すみのカケラを
ペンダントのように、
胸腺あたりにぶらさげるといいと
新野恵さんは書いているので、
今日からぶらさげることに。

これで胸から腹にかけてある
乾癬のような発疹が緩和されればいい。

まずはアタマで考えずに、
やってみることに、、
そうやって生きてきたので、
躊躇はない。

2年前、松野哲也 博士のプロポリスを
1ヶ月間、ためしたことがある。

飲みごこちのいいプロポリスだった。
たしか、C型ウィルス量が少しでも
減少することを期待して飲んだのだが、

結果は減少するどころか逆に増加した。
わたしの期待に無理があったのかも
しれない。そのプロポリスは、一月でやめた。

何がいいたいか、というと患者は、
そういう試行錯誤は、ありなのだ。

竹すみも、そうした試行錯誤の実験に過ぎない。
ただし、やる限りは、素直に信じる。
信じるものは救われる、を地でいく、、
一定期間は、きちんと信じてやってみるのだ。

さて、竹すみは6日目になると、その匂いに
敏感になり始めている。

まだ、その匂いを嫌ではないが、
やがてどうなるか、、

でも一瓶は1ヶ月くらいかけて
飲みきるつもりだ。

そういえば、

サービスでもらった
使用済みの竹の割り箸を炭にしたものを
庭木や植木鉢に差し込んでみたのだが、
なんとなく、生き生きして来ている。

気のせいかもしれないが、

気の充実こそ、大事でないかな、、



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乾癬の状況

先週12日、京急の「まぐろ切符」を
利用して、三崎港まで行った。
おととしの11月以来、二度目。

12時半ころ到着。一番、マグロ丼が
美味しそうな寿司屋の「鮮味楽」に入る。
正解だった。

その後、市場に行き、マグロのカマを
買い、油壺のホテルの風呂に入りに
行ったが、、これがいけなかった。

露天風呂が海水を組み上げている
感じで、しばらく入っただけで、
全身の赤みがまして、痛くてたまらない。

すぐ内湯に入りに直した。
竹炭を入れた風呂で、少し中和された
感じがして、安堵。

泉質はよく調べてから、
入らないといけない。

昨日、地元の川場湯に行き、
30分以上、高濃度炭酸泉に入った。

やはり、この風呂が一番、
乾癬の治療になる、
と感じでいる。



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免疫力の折れ線グラフ

朝はまだ調子はよく、

4日目の竹炭を
豆乳酒粕に混ぜて飲む。
けっこう、いけるかも。

その後、6月からの
白血球、赤血球、血色素濃度
そして好中球数のデータを
折れ線グラフにしてみる。

たちどころにして、
今、いずれも低い状態にあり、

こりゃ、ヤバイなと感じた。

無理は禁物だ。

ソブリアードはあと11日間
飲まなけれいけない。

それが終わったら、
体調が変わるのではないか、
と期待している。

今も、妙にだるいので
よこになることにする。

思い起こせば、23年前も
いいようもないダルさから、
始まり、C型肝炎の同定まで
半年近くかかった、、

そのときの自覚症状に似ている。

まるで、先祖返りのようだ。



木村秋則さんの不思議

木村秋則著「すべては宇宙の采配 」と
新野恵著「 雲の上に木を植える」を
読んだ。

二つとも、図書館に置いてないので、
Amazonで購入した。

「すべては宇宙の采配」は
冒頭からぶっ飛ぶ話し続き、止まらない。

1.白い玉が浮かんでいる写真。
中には、密教系の曼荼羅らしき文様が
刻まれている。

2.巨大なワニのような龍が
空に上がっていくのを見る話。
すぐ前にいる男の人は、
時間が止まったように動かない。

3.大型トラックを無免許で
無許可の運送業の仕事中に、
山道でブレーキがきかなくなったが、
どうにか修理工場までたどり着く話。

4.そのトラックの助手席に
巨大なおむすびのような幽霊をのせて
しまう話。

5.自分のリンゴ畑で、頻繁に
ufoを見る話。

6.その宇宙人らしき二人と
対面する話。そしてufoの
中に案内される話。

7.ふたたび龍を数人とともに
目撃する話。

8.最後は臨死体験の話。
その案内人という女性と
現実に対話する話。


だいたい以上だが、
プロフェッショナルで
木村秋則さんを見ていなければ、
とても信じられない話ばかりだ。

けれど、
あの表情と声を聞いているので、
とてもウソを言っているとは、
思えないのだ。

2時間で読んだが、
なぜたか感動していた。

超常体験を素直に語る
木村さんが不思議なのだ。

素直さはキーワードだな


三剤開始11週目の診察

13日15時半、武蔵野赤十字病院で
A医師の診察を受けた。

開口一番、「検出せず」を告げられたが、
すでに先週、自分で看護師から検査結果を
もらっていて、、もう知っていたので、
「そうですか、それはよかった」と
恬淡とした表情で反応した。

もうそこではない、、今、わたしは
ウイルスを気にし無くなっている。

ラクトフェリンのヨーグルト
1個110円くらいかな、
それ、食べるのもやめた。飽きたし、、

それより免疫力、白血球のチカラを
どう上げるか、が目下の大事なのだ。

すると、
コペガスを一日4錠から、今後は、
一日3錠に減らすことをつげられた。

理由は、血中濃度が8.7と9を
下回って来ているからだ、という。

まあ、なんでもいい。

さらに、好中球数は696と低いので
ペガシスの皮下注射は180から
90に減らすことになった。3度目だ。

コペガスもペガシスも
減らすことに、すこぶる大賛成だ。

本当いうと、ソブリアード投与が終わる
8月27日で、三剤を終わらせたいくらい
なのだ。

それがだめなら、
ソブリアード終了後は、
ペガシス注射は90の半分45に
コペガスは一日2錠に減らして欲しい。

そうなったとしても、
わたしのC型ウイルスは、これから先、
再燃しない、、という自信がある、、

その自信の根拠は、、4年前の、
直腸がん手術後の抗がん剤を
途中でやめたが、転移は起きなかった
経験があるからだ。

ステージ3bなのに、
どうして転移しなかったのか?
理由として思い浮かぶのは、

わたしが治したのではなく、
わたしを構成する60兆細胞が、
がんを退出させることを
決めた、と実感したこと、、
それが理由だ。

多少、自分で治おす努力はしたが、
本源的には、60兆細胞がスイッチを
切り換えたのだ、、それで、
ひとまずがんは、なりをひそめた、と。

たぶん今度の治療で、C型ウイルスも、
60兆細胞が退出を決めた、そんな気がする。

なんという楽観主義。

実は、13日の昼から
整形外科医の小坂先生が教えてくださった、

竹の炭を粉末状にしたものを飲み始めた。

まだ劇的な変化が現れたわけではない。

けれど、その日から眠りが、変わり、
やたらと眠い。

飲むだけでなく、棒状の竹すみを
顔の両脇、両足の元に4本置いて寝た。

すると、
カラダがほてりだし、暑くてしょうがない。

とりわけ、両アゴから首にかけて、
火照っているのが、確認でき、
「なんじゃ、こりゃ」という感じに。

なので、昨夜は棒状の竹すみを
置くのはやめた。

ともあれ、
カラダの中が、微妙に変化していることは
たしかだ。

理知の人は、こんな民間療法は、
きっとやらないだろうが、

西洋医学の根本思想である
人間機械論が嫌いであり、
「気」の存在を体験している私は、

そのコストがリーズナブルであれば、
なんでもありで、わたしは
まずは100間、試してみながら考える、
そういうタイプの人間なのだ。

直腸がんのときは、
飲酒、肉食も100間禁止したし、
太陽凝視?も氣功も100日間実行した。

今回の竹すみは、リーズナブルだ。

この方法を発見した人は、

新野恵 にいのめぐみ さん
という山口県の80歳の男性だ。

奇跡のリンゴ の
青森県の木村秋則さんと
共通しているような、、
不思議な人だ。

さてわたしの白血球は、来週、
どこまで改善しているだろうか?

好中球が1000を越えればよいのだが、、
わが60兆細胞のみなさま、
よろしくお願いします。



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乾癬は老廃物でなくウイルスだ

前に人からもらった
桐野夏生「水の眠り 灰の夢」を読了。

1960年代に起きた草加次郎事件が
下敷きになった週刊誌記者の話だった。

物語のスジとは関係ないが、、
最後の方で、記者の村野善三が
国東会の若頭、鄭に語るところがいい。

鄭が真剣な表情で村野の目を見た。
「鄭さん。国東会の仕事をする件は
お断りさせてください。
僕は自分のためだけに仕事をしたい。
しかし、あなたの仕事を引き受ける
ことはあるかもしれません。ただし、、
僕が気に入れば、です」
鄭は気持ちいい声で笑いだした。


いい対話、切り返しだ、その強さが大事だ。

さて、本題に。
自然療法、という言葉が引っかかって、
エドガー・ケーシー文庫の
『自然療法で「乾癬」を治す』を
読み直してみた。

ケーシーを「トンデモ人間」と見做す人は
少なからず、いるだろうが、

事実として
乾癬について、これだけ深く
誠意をもって書いてある本は
ほかには、ない。そう断言できる。

p26に、乾癬はどのようにして起こるか
は秀逸だった。

乾癬は、腸の中から出発するのである。
普通なら腸を通過して、
体の外に排出されるはずの老廃物が、

腸壁を抜けてリンパ系に入りこみ、
血中に逆流するという事態が起きる。

血中の毒素は、肝臓と腎臓の
浄化能力を超える量になってしまう。

体の中心的濾過腺である肝臓に
負担がかかりすぎれば、
皮膚が毒素排出のために駆り出される。


その上で、ケーシー理論は
食べ物にこだわる各論になっていく。

ずいぶん私も、食べ物や飲み物に
注意したが、この半年くらいから
いや、違うな、
これは、わたしの乾癬には当てはまらない。

無論、多くはケーシーさんの
指摘する通りなのかもしれないが、

私の乾癬は、老廃物ではなく、
C型肝炎ウイルスに起因するな、と。

そして治療によってウイルスが、
激減した、この2ヶ月のうちに
乾癬はみるみる
消えて行っている。

さらに、p49 乾癬性関節炎のことで
こう書いてあった。

侵食性の関節炎を併発する乾癬。
多くの関節、とくに指を巻き込む。


私の右手首と中指の関節の痛みは
まさに、これだったのだ、と気づいた。

まったく見落としていた。納得感あり。
乾癬性であるなら、これも、ウイルスに
原因する。

なので、同じように、この2ヶ月で
炎症と痛みは、消えて行っている。


ですので、
C型肝炎で乾癬がある人は、
ウイルスを消しさえすれば、
乾癬も、必ず、消えますよ!

それと乾癬がある人は
肝機能とウイルス検査を
おすすめしたい。



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なぜC型肝炎になったのだろう

昨日はラジオ体操したところまでは
良かったが、、
ソブリアード等を飲んだあと、
30分もすると、
カラダというか頭の芯がクラッと来る。

この感覚は、4年前の直腸がん予後で
抗がん剤TS-1、そしてゼローダと言ったかな、
それを点滴でカラダに投与したときと
似た感覚になる。もちろん抗がん剤ほど
ひどいダメージではないが、よく似ている。

たぶん免疫系、白血球が破壊されていく
感覚は、ジンジンとくる、この感じなのだ。
擬態語でしか、表現できない。

「検出せず」になって、考えた。
そもそも、なぜ、C型肝炎になったのだろう?

思い起こすと、
飯野四郎さんが言っていたが、
C型ウィルスは比較的簡単にカラダに
入ってくるけれども、
多くの人たちは排除できてしまう。

ただ、一部、免疫力が弱い人たちが
肝臓にウィルスを棲息させてしまうのだ、、
そんなことを言っていた、
と記憶している。

今、三剤治療を投与していて、
白血球がこれほどダメージを受けるのは、

やはり、
そもそも、わたしの免疫力は
依然として厳しい、
弱いカラダのままであって、
「検出せず」になった今でも、
全く、貧免疫力は変わっていないのだ、
と感づいた。

免疫力を普通の健康のカラダにまで
回復させないと、いけないのだ。

小坂先生からいただいた
CD3枚、DVD2枚を何度も
聴くようにしていて気づいたのだ。

整形外科医の小坂先生は、唐突に、
不思議なことを言われた。

「僕はもう、患者さんを治すことはやめた、、
患者さんの健康度を上げる治療をするのだ」
と。

えっ!整形外科医なのに??
最初それを聞いて、ギョッとしたが、

家にもどり、CDを聞いていると、
なるほど、誰よりも
健康度を上げることを必要とする人間が
この、今のわたしのことなんだ、

と強く感じ出している。

免疫力の低下と回復を
整形外科医にたずねる私も
妙かもしれないが、

倍返し?の応えされた
小坂先生も不思議であり、
妙かもしれない。

けど、わたしは小坂先生の
「これをやりなさい」を
信じることにした。

わたしはこうやって、一瞬一瞬
一体一で感じてきたことを
信じて来た人間なので、

この方針でいく。

そうだ、過去に遡って、
白血球の数値を調べてみよう、、



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木下ブログと治療リテラシー、その1

このブログを始めて8年近くになるが、

その間、がん闘病ブログを書かれている
人たちの中で、徐々に途切れがちになり、
やがて休止になり、、そして亡くなられていく
方がおられる。

右のカラムにそのまま載せて、今でも
ときおり訪問するようにしている。

追悼のためだけではない。
会ったこともない人たちだが、
時がたつにつれ、その人の思想が鮮明に
伝わってくる瞬間があり、
意味のある気づきを感じることができるからだ。

反対に、、がんサバイバーとして稀有の人がいる。

「すい臓がんサバイバーの挑戦」

木下さんという、大腸がんを克服され、
その後さらに、がんの王様、
すい臓がんにもなられたが、
5年たった今も、転移はなく、
がんサバイバーとして、
ブログを書き続けておられる人だ。

膵臓がんで生き残り続けておられる、
それはそれは、すごいことだ。

わたしの直腸がんやC型肝炎なんて
大した病気ではないな、
レベルが違う、と感じ入ってしまう。

そのブログ訪問者はすこぶる多い。
政治においては反原発であり、
集団的自衛権反対を宣明されていて、
チェロと写真を趣味にしておられる。

宗教的なこと、スピリチュアルなことには
斜に構えるというか、懐疑的である。

「波動」という言葉が大っ嫌いのようだ。

理知の人、さまざまな医者の書いた本で
トンデモと見做すと、容赦しない人だ。

安保徹、千島学説、そして
ソマチットのがストン・ネサンに
対して、批判の舌鋒は鋭い。

それほど、がん、病気に対する
木下さんの知見は、
エビデンス主義が徹底していて
恐ろしいほど論理的で、深い。
下手な医者など、とても太刀打ちできない
レベルだ。

年はわたしより少し上で、実は
直腸がん予後の闘病の際、
木下ブログは、重要な羅針盤のひとつ
になっていた。

木下さんがすすめる本はだいたいは
手にして確認していったものだ。

木下さんの思考に共感する点もあれば、
いや違う、反発が生まれる点もある。

そして両面を内部にもつことで
自分の思考のポジショ二ングが
わかって来る。そこが大事なのだ。

うまくいえないが、、抽象的だが、、

ボケとツッコミで分ければ、
木下さんはツッコミの人だ。

デカルトとパスカルで分ければ、
木下さんはデカルト的な人だ。

わたしは逆で、
ツッコミやデカルトを意識しながらも、
ボケであり、パスカルでありたい
と思っている。

木下さんが批判する
トンデモ医者本に触発されて、
わたしは、トンデモ患者になることを
一定のルールのもとで、試すことをいとわない。

ともあれ、木下羅針盤ブログがあること、
そこから自分の立ち位置が見えてくる、、
その存在と生成は、ありがたいことだ。
このまま100歳まで書き続けて欲しい。

どんな病いにせよ、
それを患った人は、自分の立ち位置、
治療方針を自分で決めることが
重要と、教えられたのだ。

そこで、

わたしは、こう考えるという、
その違いの具体論を、
木下さんの言葉にはとても及ばないが、
つたない散文でも、徐々に
意識して書いておこう、、と思う。

それは、きっと意味があるはずだ。
造語だが、私の「治療リテラシー」は、
その散文によってカタチなるかもしれない。

まず、共感する点をそのうち掲げたいが、
続きはまた

直近のウイルス量の開示とジェットストリーム

備忘のため、ウィルス量だけの推移録を、
6月15日に書き始め、直近の7月30日現在から
過去にさかのぼり、その都度更新する。

つまり、C型肝炎ウイルスのデータを入手次第逐次、
また過去は見つけ次第、淡々と、以下に載せておこう。

わたしたち難治性C型肝炎患者が最も関心があるのは
治療時における時系列のウィルス量の推移のはずだ、


2014年7月30.日(水) 三剤開始58日目(第8週経過後)
祝❗️検出せず
1991年8月21日にC型肝炎の発病と同定された日から
実に23年、8380日目の快挙(8月9日記)


2014年7月9日(水) 三剤開始37日目(第5週経過後)
ウイルス量の検査をせず、その理由、基準の説明を
聞かされておらず、ブチ切れた。
このまま1.2のままもありえるわけで、中断を考え
る必要もあり、不安は払拭されない。なので、
7月30日の診察からA医師はやめて、
元の泉先生に担当を戻してもらうことに、、決めた。
配慮のない、プロトコルだけの医者はゴメンだ。

2014年7月2日(水) 三剤開始30日目(第4週経過後)
9本採取した、いつもは4本、多いなと思った。
結果は変わらず🔄 1.2未満のまま。
まぁ予測はしていたが、それでも、
いざわかるとガックリきた。
ホントに医者で、リスペクトできる人は、稀有だな。
乾癬の治癒状況を、患者の勝手なモノサシにして
「1.2未満」を楽しまないと、いけないな、(7月9日記)

2014年6月24日(火) 三剤開始22日目(第3週経過後)
⤵︎ 1.2未満
前回より下がりはしたが「検出せず」には至ってない。
PCR数値で示せない、アバウトな領域に入った。
排除しきれるか?一段と、ここからが正念場であり、
7月中に決着をつけるつもり(7月2日記)

2014年6月18日(水) 三剤開始16日目(第2週経過後)
⤵︎ 1.3
さらに「検出せず」領域に近づいたが、数値化ができる
最小値1.2でないことが、やや不安(6月25日記す)

2014年6月11日(水) 三剤開始9日目(第1週経過後)
⤵︎2.3
ひとまずは逓減傾向を良しとして、
まさに、ここからが正念場だな、、(6月18日記す)

2014年6月5日(木) 三剤開始3日目(第1週) ⤵︎3.4
2014年6月4日(水) 三剤開始2日目(第1週) ⤵︎4.5
2014年6月3日(火) 三剤療法開始前(第1週) 6.6

2014年4月28日 6.6

2014年1月8日 6.9

2013年11月27日 6.9

2013年10月30日 7.0

2013年8月1日 7.3
ウィルスは夏季に逓増し、
比例するかのように乾癬も、
夏季に目立ちだす。

2013年2月28日 6.7

2011年4月11日 6.3

2010年4月3日 6.8

2008年10月8日 6.9

2002年以前はpcr定量でも、
方法や単位が異なるために
以後のものと、同じ土俵には
乗せられないので、やめておく。

それにしても、
長い歳月、なんと変わりばえしない
高い数値が続いて来たことか、



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三好秀征先生からの返信メール

今朝は6時前に起きて、
ラジオ体操に出かけた。
6月に三剤治療を始めてから
初めてのことだ。

昨日の気功のおかげか?
頭の中の芯みたいなところで
気が湧いてきているような感じがする。

さて、
昨日、メールで
三好秀征先生に肝炎治療の
報告をした。

ちなみに、
三好先生はふだん広島市内で
三好医院の副院長をされていて
月1回だけ、わたしが住むところに
近い南町医院で消化器科系の診察を
しておられる。

2002年から診ていただいていて、
武蔵野赤十字病院への紹介状を
書いてくださった。


三好先生へ

6月2日から武蔵野赤十字病院で
ソブリアードとペガシスと
コペガスの三剤治療を始めましたが、
おかげさまで、
8週がすぎた7月30日の血液検査で、
C型肝炎ウイルスは
「検出せず」の結果が得られました。

思い起こすと、その発病は
1991年8月でしたので、

まる23年間の長いトンネルを
ようやく、ぬけることができそうです。

すでに今週は10週目で、白血球の中で
好中球が800くらいと、少なく、
ダメージがありますが、残り14週を、
ウイルスを再燃させないよう意識しながら、
治療してまいります。

ところで、ひとつ疑問が、、
その血液検査でフェリチンが418と
上限値233の2倍もあるのはなぜたが、
解せないでおります。
三剤の副作用だとは思うのですが、、

それと、乾癬と右手の浮腫みは
大きく改善してきております。

やはりC型肝炎ウイルスの
bリンパ球感染により乾癬や関節痛が
もたらされた、という仮説に、
確信をいだくようになりました。

以上です。ということで、
今後とも、よろしくお願いいたします。


すると、その日夜、次の返信メールを
いただけた。

こんばんは。
3剤併用療法の経過が順調のようで何よりです。

フェリチンが高値なのは
コペガスの副作用である溶血(赤血球が壊れる)で
鉄分が赤血球の中から貯蔵鉄に移行した
ためかと思われます。
成功を祈っております!



明解な応えに感謝。

それでだったのか、
武蔵野赤十字病院の担当A医師が、
今後もしかしたらコペガスの投薬の量を
減らすかもしれません、
と言われてたのは、、、



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小坂正先生に会いに行った。

ボディセラピストとして活動されている方から
コメントをいただいた、ご返事が滞っていましたので

この場で、princess-cさんへ

帯津良一さんや自然療法のことを踏まえられ、
わたしが本を出しているか、問い合わせでしたが

正直、わたしごときものが本を出すなんて
滅相もない、恐れ多いことで、、
そんなものありません、、それが、答えです。

何せ、このブログ程度の文章力しかありませんし、
身の丈を知って、ひとりごとのような、そのまんまの
口コミ情報として、伝わるべき人に伝われば、
それで十分なのです。

この世の中、私たちが必要となる情報って、
マーケティング系のものとはかい離のある
素朴な口コミにこそ、ほかひとのヒントになる
ものがあると、思っておりますので。

さて、、いつもの口調にもどる。

今夕、西池袋の小坂整形外科に行った。
入ると待合室のところで
小坂先生は若い患者さんと話をされていた。

バリアフリーだし、あらためて、
敷居の低い医院だ、と思った。

先生が話されているお相手は
のど元に気管のポートの跡があり、
退院間もない感じの20代の男性だった。
おそらく診察を終わって、
そのフォローをされていたのだろう。

2年ぶり、小坂先生は、白髪は変わらないが、
色つやが前よりずっと良い感じがした。
いい目をしているし、お若くなっている、、印象だ。

5分もしないうちに、診察室へ。
2年前は、五十肩でお世話になったことを
伝え、すっかり良くなったお礼を言ったあと、
早速、本題に、

「6月からC型肝炎治療を始め、ようやく
先月末、ウイルスが検出されなくなった
のですが、すっかり免疫力、白血球の
ダメージを受けていて、先生の気功で
白血球を回復させていただきたいのです
が」という話を言い終わる前に、

「それには、こういうのがあると
CDを4枚くれ、まずは聞いてみなさい。
わたしは今年1月から始めている、、
これは驚くべき事実だ」と応えられた。

またまた、想定外の応えが返ってきた。

「わかりました、帰ってすぐ聴きますが、
いまはまず、気功をやってください」と
お願いし、5分ほど、腰から肩にかけて
さすってもらった」

いい感じで、気が来ているな、、

追記:今、気功をしてもらってから
6時間が立ったが、なんだか頭の中で
澱んでいた気分、かるい鬱の気分、
やる気をふさぐ重い扉みたいなものが
少し消えて、やる気が湧いてきた感じがする。


治療費はしめて900円ほどだが、
C型肝炎治療の副作用として、
医療券で対応してもらえることができた。

CDを聴いて、来週また診察してもらう
ことにする。

白血球の数値は良くなる気がしてきて
いる。

続きは、CDを聴いてから、ここに
書くことにしよう。

今言えることは、
小坂先生は帯津良一さんとは真逆であることだ。

「僕は崇められるのが苦手だから」と小坂先生が
応える専門誌の記事があった。患者に対する目線が
フラットであり、池袋の町医者であることが
「非常に居心地が良い」と自認されている。

予感だが、小坂先生は100歳を超えて生きられ、
かつ池袋で医院を悠々自適、営まれているだろう。
西荻窪の103歳で現役の安藤久蔵さんが、
小坂先生と重なって見えてくる。
安藤さんも小坂先生も同じで、病気になった
ことが全くないヒトなのだ。

以上これも、冒頭のprincess-cさんへの返事になります。



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23年目の快挙「検出せず」に

うだるような暑さのなか、
第10週目のペガシスを打ちに、
武蔵野赤十字病院へ、、けれど、
この日は眼科の経過観察する
日でもあったが、どうも、
その眼科医と気が合わない。
自分が年をとったせいかもしれないが、
どうも、癇に障るのだ。

しかし、主治医の三好先生が
三剤治療をやっているときは
網膜や眼底出血のリスクがあるから、
検査はしておきなさい、
と言われていたのを思い起こし、
しぶしぶ従った。

眼科に1時間以上かかったが、
眼圧も、眼底も、問題なく、
次回は11月に診察することになった。

ということは、三剤治療を中断せずに
終焉を迎える頃に眼科検診になるのか、、
と一瞬、こころをよぎった。

16:30にペガシス180を皮下注射した。
好中球は779と、相変わらずギリギリの
低さだ。白血球のダメージは続く、、

注射をする前に
看護師さんに先週の血液データを
出力してもらう、、

ウィルス量の結果は出ているのでは、、

検査表を見ると、、

「ケンシュツセズ」「再検査済みで」と
印字されてあった、、

「よ~し、やった~」と処置室内で
大声を出してしまった、、うれしかった、
一番看護師長さんらしい人と目があったが、
微笑みを返してくれた。

「苦節23年、ようやくウィルスが
血液の中で、いったんは消える瞬間が
やっと、来た、、あとは再燃させないこと」と
ひとりブツブツとしゃべってしまった。

長かったが、ともあれ、
これで後半戦に臨めるな、、など
病院の帰りに、丸亀製麺でぶっかけうどんを
食べながら、感慨深く、、そう思った、、

順調な進捗で、60兆のわが細胞のみなさん、
ありがとうございます、、

明日にでも、
主治医の三好先生にメールで報告しよう。



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中指の痛みが

今日は三剤投与開始から64日目で、
今日から第10週にはいる。

このところ朝、目を覚ますと、
仰向けに寝ながら、
両手を上に伸ばし、
手のひらをよくよく見つめると、
20年前から赤いまだら模様だったが、
最近は、まだらがなくなっているな、
と気づいた。

そのあと両手を合掌したり、
両手の指を組んで、
握りコブシをつくったりして
その感覚の変化をチェックする、、

すると今朝は、前はできなかった
右手の中指が、ボキッと鳴った。
関節の中の気泡に圧が入りなるのだ、
という。

右手の中指は、2年前から腫れてきて、
関節痛があるところだが、
この2ヶ月で、
かなり浮腫みと痛みがとれて
きていたのだが、、
どうやらボキッと鳴る
ところまで、快復した感じがした。

指を鳴らす癖がいいことではないことは、
うすうす知ってはいるが、長いこと
浮腫んで中指が硬直している状態も
それはそれで、やや不快だったのだ。

でも、右手を握りしめてみてもまだ、
チカラが入らない。人と握手したら、
痛みがはしりそうで、
治癒したとはいえない。

それにまだ、、右手首も痛むしな、、

いつもの、一患者の私見だが、、

実は、関節の潤滑油?に紛れた
C型肝炎ウイルスに感染したリンパ球が
影響していると、勝手に想像している。

その感染リンパ球が減少してきているから
浮腫みと関節痛が消えてきたのだろう、と。

乾癬と同様に、この関節痛は、
C型肝炎ウイルスが消除されたかどうかを
示すメルクマールと見ている。

このことを近々、池袋の
小坂整形外科に行って話題にしてみよう、
と思う。

小坂先生はいい意味で、変わった御人だから、
わたしの僻見でも、
たぶん耳を傾けてくれるだろう。

午前9時すぎにソブリアード、コベカス
そしてチカゾンを飲む。
すると30分過ぎくらいからヨコになりたく
なる。白血球が減少する?感じのような、
気分の沈みかたになる。


そして体温が昼頃には37.2になる、、そんな
日々がずっと続いている。

主役である白血球を正常値に
もって行きたいものだ。



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体調の変化を確認する

このところ、体温が夕方ではなく
日中に37.4くらいまで上昇する。

ほか、症状を列挙すると、

1.インターフェロンのせいか、7月下旬から
ペガシスを打つと、その夜には赤い発疹が
胸と背中に広がり、むしょうにかゆくて
たまらなくなる。

チガソンによって、皮膚の角質が
薄くなっているので、サイトカインの暴れ出しが
鮮明になっている。

わたしの中では、この発疹と
従来の乾癬とは、同じ皮膚の疾患でも、
明らかに違うものとして見分けがつく。

実は、乾癬は7割くらいの感じで、
治ってきている。

2.咳は、レスプレン錠に薬を替えてから
だいぶ出なくなった。白い痰がでて、収束する。
薬ひとつで、こんなに違うものかと驚いている。

3.右手首のくるぶしあたりが痛むので、
タッチロンテープを処方してもらったが、
それなりに効果を感じている。

実をいうと、その痛みは2012年6月ころ
から始まっていて、右手の甲全体が膨らみ、
苦しんでいた。ところが、だ、、
6月の三剤治療を始めてひと月たった頃から、
腫れがひいてきたのだ。

手首あたりのリンパ節に変化が起きた、
C型ウィルスに感染したBリンパ球が退縮してきた、
そうに違いないと、みている。

たぶん、この考えは正しい。
C型ウィルスが消えなかったり、再燃したり
するのは、その感染Bリンパ球の存在があるからだ。
わたしの場合、白血球に相当ダメージがあるのも
そのBリンパ球の存在に影響されているのでは
ないか?

では、どうしたら感染Bリンパ球を退治できるか?を
考えていて、、今思い浮かぶのは、
1.呼吸法の改善、口呼吸をやめるようにすること。
2.池袋の小坂形成外科な行って、気功で治療してもらうこと。
3.吉祥寺の気圧調整ルームに行くこと。

の3点だ。

うまく言えないが、今、わたしは、
巷間流布するトンデモ医者本ならぬ、
「トンデモC肝患者」に成りたい、
と思っている。

自分で治し方を工夫しよう、今の
ウィルス量「1.2未満」の状況が続くなら、、
それなりの手立てがあるな、と気づいた。

担当A医師にせよ、泉先生にせよ、
患者一人ひとりの治療経過を説明できる
お医者さんたちではない。結果そうなった
というだけで、それ以上求めるのは、もともと
酷なのだ。

解決の糸口は、タラタラ書いてきた
このブログの、どこかにある、、

分かった!
それを小坂先生に相談しよう、と。

小坂先生は遠隔気功もできると自認する
医師免許を持った形成外科医だが、
中味は気功なのだ、、

この先生、、ある意味「トンデモ医者」だか、
帯津良一さんと違い、ホンモノでは、、
と推察している。年中無休で治療費が安い。
黒澤明の「赤ひげ」みたいなお医者さんなのだ、、

このブログを遡って通覧していて、さっき
その存在を思い出したのだ。

2年ぶりに、今月会いに行こうと思う



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