わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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薬剤師との対話

病気は、
自分のカラダ自らが治すもので、
外科医であろうと内科医であろうと、
決して他人が治すものではない。

これがブログの基本スタンスだが、、

医者の知見は、
しっかりききたらなけらば
ならない、と決めている。

そこに、薬剤師の知見も、
同様にしよう、、ときめた。
それまで、薬剤師との対面が
疎ましく感じていたが、、

今月17日、
ディズニーシーに行ったとき
激しい頭痛に見舞われ、
ロキソニンを飲んで、
その場はしのいだが。

その後も、
クシャミや鼻づまりはないが、
頭痛と、微妙な関節痛があり、
37度だいの発熱が続くので、
22日に、かかりつけ医院で、
インフルエンザの検査をうけた。

結果は陰性だったので、
医院長にクラビットを処方していただいた。

ところが、だ。

金曜、土曜と二日クラビットを飲み続けてみても

ずっと平均体温が37度以上あり、
夜になると38度を超え、39度になってしまう。

やはり、インフルエンザになったように
思えてならない。

検査で陰性であっても、
発病と検査にタイムラグあり、
症状が進んだあとでは、
陽性にならないこともあるらしい。

また、肝炎を91年に罹患してから
一度もインフルエンザのワクチンを
注射してこなかった。

ワクチンといってもウィルスを体内に
入れることだから、躊躇してきたのだ。

それに、

今年のワクチンはうまく対応できいようで、
ワクチンをやった人でも、
インフルエンザになってしまっている、と
薬剤師が話していた。

いずれにしても、

熱が身体にこもっているのは、
嫌なもんだ、、

そこで日曜日、再び同じ医院に行き、
インフルエンザとみなしていただき、
タミフルをください、とお願いした。

すると、医院長は
一回の吸入で、
5日間効能が担保されるという
「イナビル」を処方してくださった。

調剤薬局の請求は1750円だった。

その窓口で、薬剤師は教えてくれた。

イナビルを吸引したあとは
PLは合わせて飲んでも大丈夫だが
クラビットとロキソニンは併用して
飲んではいけないと。


私から確認したわけではなく、
過去のデータを踏まえて、
念を押してきてくれたのだ。

ひとつの調剤薬局に固定しておく意味と
都度都度、対面して確認する価値を
あらためて感じた次第。

薬剤師という存在ないと
薬害リスクは高まると思う。。

追記、

さっそく日曜昼に、イナビルを吸引したが
さして症状は改善されなかった。

なので
月曜の昼から
クラビット、ロキソニン、PLの
合わせのみを再開した。

あとできるだけ横になって
寝ることにしよう、、




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ポンタールからロキソニンへ

昨日は薬局開設の許認可の話を聞いたが、

その中で、セルフメディケーションの話が出た。

今年から、国を挙げて、国民一人ひとりが、
自分の健康管理をしていきましょう、という
動きが一段と鮮明にしていくことになる、と。

それだけ医療費の増大化に危機感を
つのらせていて、その抑制化のに向けた動きなのだ。

具体的には、例えば
受動喫煙が無くなるように、喫煙者への禁止条項が
さらに増えるらしいが、賛成、、

さて、

日曜日、とびきり寒い日だったが、
ディズニーシーに行ってきた。

もう行きたくなかった。

長女の懇願に負けて、了解したが、、

もうディズニーリゾートには、
心底、行きたくなくなった。

おまけに朝から、頭痛がしていて、、
ディズニーシーに着く頃には、
痛みは尋常でなくなった、つらいなぁ

頭痛薬として、
長いこと使っているポンタールの
カプセル錠はもっていかなかった、

わぁ、まいったな、、

昼食のとき、家内に
「頭痛薬は何かない?」と尋ねると

「私はポンタールは合わない。
 ロキソニンなら、ある」と回答。

「それでいいから、頂戴」と頼み

飲んでみると、30分も経たないうちに
頭痛は払拭されていた。

ポンタールより効きがいい感じがした。

「ロキソニン ポンタール」で検索してみると、
同じ鎮痛解熱剤だが、

ポンタールよりロキソニンの方が
時系列的には新しく、利用者はずっと多いとわかった。

ポンタールは小児薬と処方したりしているらしい。


今、TVで、ロキソニンSのCMをやっていた。

そうか、ポンタールは
時代おくれの薬なのか、

3月の三好先生の診察を受けるときには
ロキソニンを処方してもらうことにしようっと、、




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私の処方箋は書き換えられがちに

先週の土曜日に、主治医である
三好先生の診察を受ける。

先日書いたATPの話をして、
パニオンコーワ錠より
第一類の医薬品の処方を
お願いしたところ、

了解していただけ、
三種類の薬を処方していただけた。

薬局は、土曜日だと休日扱いで
100円追加されてしまうので、
週明けに持ち込むと、、

薬剤師からクレームが
医院の事務長に入り、
事務長よりだめ出しの電話が来た。

ATPの三種類の薬は、
一種類に修整されてしまった。

いわく、この薬は、
頭部外傷後遺症にともなう
諸症状を改善する薬であり、

また心不全、目の疲れ、
慢性胃炎などにおける生理機能を
改善する薬だから、

五十肩や
精子の活性化といのでは、、

ダメだという。

医師の処方なのだから
医師にまず連絡を入れるというのが
一般的なのだろうが、、

三好先生は月一回の診察に
東京まで出張されてきているわけで、、

過去の経緯をいろいろ斟酌して、

ここはすぐ事務長の判断とおりに
三種類から一種類に減ることに同意した。。

追記

ATPを飲み始めてから2週間経過しているが、
右肩の痛みはだいぶとれてきている。

なので、鍼治療の再開は、当分の間、考えない。




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司馬遼太郎の日蓮観

昭和を代表する歴史家である
司馬遼太郎さんは日蓮および日蓮宗を
どうとらえていたか、少しずつ
その講演録から抜書きしておきたい。

司馬遼太郎さんの家の宗旨は浄土宗。
日蓮に対しては感情移入はなく、
いたって冷静な見方をされる。

なので、その立ち位置を示すような
こととか、なるほどと思うことも
抽出しておきたい。

1967-5-25 京都市での講演
「法然と親鸞」


昔の文章は、声を出して読むために
書かれていた。
文章よりも、文章の行間が、
リズムを奏でながら出てくる感じです。

そのリズム、高鳴りが、声を出して読むと、
体で感じてしまう。

頭で感じす、心で感じる。
宗教はこれだなと思いましたね。

心で相手の心の響きを受け止め、
同時に自分の心が響き始め、
高鳴りはじめる。

こういうものだなと、そのころ
やっとわかった気がして、
これは私にとって
非常に大きな経験でした。

鎌倉時代の話、
この当時の日本人は賢かった。
鎌倉時代の日本人の考え方は、
合理的で、当時の西洋人よりも
ずっと近代的でした。

農業科学が、
農業に頭を使うことが
流行になった時代でした。

禅宗は難しい。
禅宗は、やったほうが悪くなって
しまう感じがする。
禅は効き目のある劇薬だ、、

同じ鎌倉仏教でも、
日蓮宗はずいぶん違う。
やはり玄奘法師が持ってきた
仏教の中で、
現世利益の系譜に属するのだと思う。

私は関西の人間ですから、
日蓮宗にはあまりなじみがありません。

日蓮宗を知ろうと思って、
根本経典の法華経を読んだのですが、
たいへんけっこうなお経です。

しかし、ここからどうして
日蓮宗につながるのか、
よくわからない感じです。

法華経は素直なお経ですね。
気負い立ったような、
これを信仰しなくてはいけないんだとか、
そういうアクの強いとこらは
ひとつもない、
なだらかなお経であります。
日蓮宗のにおいはどこにもしないのです。

そうすると、日蓮宗とは、
日蓮上人の激しい自己肯定の精神が
宗旨になっているような感じがします。

日蓮上人のパーソナリティこそが、
日蓮宗の宗旨になっているといいましょうか?

宗祖の人柄、個性というものは、
やはり染みついてとれないものかもしれません。
日蓮上人は大変に立派な方ではありますが、
言ってみれば、
アクの強い方でした。

日蓮上人は自己肯定に始まります。
自分を肯定する。そうして非常に
現世利益的でもあります。

日蓮宗は不思議です。
室町時代や江戸時代で、
当時問題になる新興宗教が
たえずありましたが、
それらはほとんど
日蓮宗の系統でした。
今もその傾向がありますね。



1974-9-27 福島県 会津若松市での講演
 「国盗り斎藤道三」


斎藤道三が日蓮宗で学問をし、
教養を積んだ話、、

日蓮宗は日本の宗教の中で
特殊な感じがある。

法華経を信じ、
「南無妙法蓮華経」と唱えれば
何事も成就するという。

私の生まれた家はわりと抹香くさい家でして、
仏教のことは比較的よく知っているつもり
なのですが、

ただ日蓮宗のことは、
なかなかわかりにくい思いがありました。

日蓮宗に詳しい学者や知人に聞いて
回ったりもしました。

「日蓮宗とはなんだろうか」

しかし、はっきりと手ごたえのある
答えはありませんでした。

ところが、学者でもなく、お坊さんでもない、
あるお寺の門番の人がいまして、

この人はよく本を読んでいましてね。
こういうことを言ってくれたことがあります。

「日本の宗旨に影響を与えているのは、
宗教的な理論ではなく、
宗祖のパーソナリティではないか。
浄土宗なら法然
浄土真宗なら親鸞の個性がそうであり、

宗祖の個性が強ければ強いほど、
その個性が残っていく」

日蓮の個性派強いですからね。

彼が言うのは、
その日蓮の個性の強さが、
日蓮宗の宗旨に残っている。

においとして残っている。
料理の香りのようなもので、
このにおいこそ、
肝心なところではないか。


私は、この人はなかなか偉いと思いましたね。

少しわかったような気がして、
さらに考えてみますと、

日蓮宗のお題目を唱えていると、
元気が出るようですな。

「南無阿弥陀仏」と
真夜中に唱えてみましょうか。

よくいえば内面的な、
悪く言えば陰陰滅滅といった感じになりますが、

「南無妙法蓮華経」
と大声で唱えれば、気宇壮大にもなれる。

躍進する気分というか、
内省する心が体じゅうから抜け、
だんだん外向きの気分になれる。
うんと元気がよくなっていきます。

良いことをしようと思えば
とびきり良いこともするし、
逆にとてつもなく悪いこともする
かもしれませんね。

そのような宗教体験を
妙覚寺で身につけていた青年が、
もともと野心家の、
ちょうどジュリアン・ソレルのような青年が
自分の道を思い定めます。

道三は、何かアクシデントがあった場合に、
「しまった、悪いことをした。
こんなことをして他人はどうおもうだろう」と
忸怩たる気持ちになるでしょうか。

私は、道三がそういう男だとは思いませんね。

「自分の行動こそ正義である」
そういう自己暗示というか、自己正当化というか、
そういう観念の強い男だったのではないでしょうか。

このことは、人間を理解するとき大事なことだと
思いますね。

道三の場合、その正義は何かというと、
「自分が登場しなければ、
美濃は滅んでしまう」ということでした。

つまり悪人の代名詞のようにいわれた道三にとって
悪とは何かといえば、、

それは「無能」ということだった。

当時、美濃を支えていた人と組織は、
ほとんど無能でした。

政治的な環境に鈍感な土岐家は、
美濃をつぶす白アリ以外の何者でもない。

体制を新しくして秩序を立て直し、
しかも治安を良くして民衆を守る。

道三はそれこそ正義だと自分を信じ込ませたと
私は想像します。


こういう考え方は、
日蓮宗のほうの考え方に似ていませんか。

日蓮宗の考え方は、単に自分の信仰に
とどまらないところがあります。


「南無妙法蓮華経」
と唱えることについては、現世的な利益も入っています。

さらに、

この信仰をもっと大きい国家規模に広げても、
信仰にもとづく自分の行動は正義であるという
思想があるようですね。


道三の場合、自分がこれからすることは、
世俗的なモラルから見れば悪だと思っていたかもしれません。
しかし、最後は、巨大なる正義をうち立てるということを、
自ら信じた。

自ら信じたときに、
汚れていない道三ができあがったのでしょう。

その考え方が正しいかどうか言っている
のではありません。

道三の魅力を考えたとき、
自らの正義を信じる道三の姿があります。
その涼やかな風景のなかの道三こそ、
人を惹きつけた思うのですが、どうでしょうか。


うなずけるところもあれば、
そうでないところもある。その具体はいずれまた、、




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新文芸座に行く

2/9の土曜朝、長女を
花まるの雪国スクールに送り出したあと、
池袋の新文芸座に行った。

20年以上、文芸座には行っていない。

すっかり建物はあたらしくなり、
1.2階はテナント貸ししていた。

それでいい、生き残れ、文芸座!

やはり、ここはなつかしい、、

観客は50代、60代の人たちが多そうだった。
過去に、文芸座の映画を観てきた人たちかな、、

ベン・アフレックの「アルゴ」と
ゲイリー・オールドマンの「裏切りのサーカス」を観た。

米国と英国の映画がいかに違うかがわかった。

米語は猥雑な感じが、おもしろい。
やたらfu・・とかの言葉が耳障りだ。

監督してのベン・アフレックは優れていると
思っていたが、「アルゴ」は際立った感じがしなかった。

それに反し、「裏切りのサーカス」は深い。
50~60年代くらいの二重スパイを摘発していく話。
オールドマンのフトコロの深さを感じさせる。

作家サマセット・モームは、作家の顔をもつともに、、
英国の諜報員だったという、、

モームみたいな人たちが出てくる映画だな、
と思ってみていた。


ただ、二本立て映画は、目が疲れるな、、




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「エセー」と「レ・ミゼラブル」と

2月に入り、最近になく本を多く買った。
いずれもフランスのもの

宮下志朗さんの翻訳による
モンテーニュ「エセー」の3巻と5巻(白水社)
5巻は出たばかり、最終的には7巻になるのだという。

「エセー」はエリック・ホッファーが
自分のために書いてくれていると、座右の書にしていた。

これを読み終えなくては死ねない、、

次に、
辻 昶(とおる)さんの
ヴィクトル・ユーゴー「レ・ミゼラブル」1~5巻(潮出版社)
を買った。

岩波文庫や新潮文庫の物の方が廉価だし、
持ち運びは楽だろうが、、

辻 昶さんのものを読まずには死ねない。

以上の本は7冊と5冊と12冊になる。
忘れてしまわないように、
専用ノートをつけることにした。

さて、

たまたま今、辻昶をググると、、

辻邦生さんの、最近の新聞記事が出ていたので
そのまま載せておきたい。

「背教者ユリアヌス」「西行花伝」などの小説で知られる
作家でフランス文学者の辻邦生さん(1925~99年)が、
長野県の旧制松本高校時代から東大在学時にかけて書いた
日記が見つかったことが4日、分かった。

2011年12月24日に亡くなった妻の佐保子さんが生前、
学習院大学史料館に寄贈していた資料の中から発見された。

同史料館によると、
日記は終戦前の45年1月から52年2月にかけて、
計18冊(高校時代5冊、大学時代13冊)。
A5判からB5判ほどの小さなノートが多い。
短歌なども記されており、
史料館は今後、中身を精査する方針という。

 このほか、東大在学中に講義で使用したノートや、
フランスの作家スタンダールについて書いた卒業論文の下書き、
落書きなどが書かれた雑記帳も見つかった。

 同史料館学芸員の冨田ゆりさんは
「常にものを書くという姿勢が高校時代から培われていたことが
分かる貴重な資料だ」と話している。

(2013年2月4日19時35分 スポーツ報知)


辻邦生さんの小説は、私の青春だった。

大学の第二外国語は、仏語にしていたので、
しかも、その2単位を落としたために
大学をもう1年通うという、へっぽこ学生だったので、

フランスのものに郷愁がある。

この3月、
82歳、すっかり老いたジャン=ルイ・トランティニャンが
主演する映画「愛・アムール」も必ず見るぞ。。




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森岡正博氏の言葉から気づいたこと

今回の記事で500になった。
あと2500書き、3000にしよう、と思っている。

さて、

無痛文明論に惑溺する
森岡正博という人がいる。

彼の著書
「宗教なき時代を生きるために」を
借りて読んだ。

買って蔵書するほどの価値はない。

宮台真司といい、
近頃の人文系の学者は、、
アタマがいいのだか わるいのか、、

学歴というレベルは高いのだろうが、
人間学というラベルでは稚拙に思えてならない、、

と感じさせる。。

それに、誰もがリスペクトする

田中美知太郎さんにしても、
西谷啓治さんにしても、

自分を哲学者などと
名乗りはしなかった。

戻る、

本の「はじめに」で、全てが表現されている。

生きる意味はとは何か。
私が存在するとはどういうことか。
これらの問いに自然科学は何も答えてくれない。


しかし、

それらの問いに解決を与えてくれるという
宗教を、私は決して信仰することはできない。

この宙ぶらりんな私は、
どうやってこの世界で生きていけばよいのだろうか。

そして、答えは、、

自分自身の内側から
根本問題に対する解答を
発掘してこなければならない。

そうした孤独の作業を多元的にささえあい、
閉じた癒しの共同体をつくるのではなく、
遠くからはげましあってゆく何かの仕組みが
必要なのだ、、


という。

内容のオウム真理教のことも
尾崎豊のことも、正直どうでもよく、
共感できるものはほとんどなかった。。

私の批判は、そうは言っても、

結局、そこにも自家撞着があるのだ、、

上記の「何かの仕組み」は、
森岡さんを起点とする森本教といわれても仕方のない
小乗仏教のような、ワークショップが生成されるだろうから。

そのことより、

自分の思考の整理につながる言葉があった。

森岡さんは、宗教の「信仰」に対する違和感は、

「絶対の真理がすでに誰かによって
説かれている」ということに、
いつも無限の距離を感じてしまう、
ことだという。

それより、森岡さんは

絶対的な真理に到達できない私の限界を
ありのままに見つめることで、逆に
超越者の存在を受け入れることも信仰であると、

拠り所にしていかれる、ようだ。

大学時代のことを書かれている。

そのころ、大学のキャンパスは、
新新宗教の勧誘であふれていた。
私は無数に声をかけられたし、
日蓮宗系のS学会の人とは
つっこんだ議論もした。

私は理系の学生だったから、
科学では生と死の問題は解けない
という話題からよく入った。

その点は彼らもすぐに同意してくれた。

しかし、私は、
あなたの宗教でどうして生と死の
問題に解答が出るのか、

それを証明してくれというふうに
がんばったと記憶している。

彼らは、結局、
聖典に真理が書かれているから、
それが正しいのだという
トートロジー(同語反復)でしか
答えてくれなかった。

その答えは、科学者をめざそうとした
ことのある私にとっては、納得がいかなかった。


世界と宇宙の成り立ち全体にかかわる
こんな根本的なことに関して
「××こそ正しいのだ」という断定をしたり、

あるいはその命題の正しさ自分のいのちを賭けて
全身全霊で疑うことを積極的に停止したりするという、
態度はとれないからである。


それより、


思考を放棄せず、
自分の目と頭で、生と死の意味を追求していきたい
と考えている。


以上、

森岡さんの文章から気づきは、
トートロジー(同語反復)
という価値判断だ、ある意味、正しい。

宗教の壁を示唆している、と思う。

正しいことの根拠を、経典によっても、
論理によっても、全くの第三者に
伝えることは、困難だからだ。

日蓮の教学には、
その正当性のエビデンスとして
文証、理証、そして現証があるが、

仏教に縁のない第三者には、
文証、理証は、まさにトートロジー(同語反復)
と判断されても、仕方がないのだ。

ただ現証だけ、つまり
体験あるいは経験だけが、
宗教の壁を氷解させることができる
のだろう。

司馬遼太郎は、日蓮宗を
現世利益の宗教と評していたが、

それは現証を揶揄した評価なのだろう。

素朴に、
宗教への入信は、神秘的な悟りを
得たいと思いにたって、
始める人は少ないのではないか?

敗戦後のS学会の興隆は、
圧倒的に、病気や貧困から、
どうにかしたい、という
庶民ひとりひとりの、
やむにやまれぬ行動の選択、、
その連鎖なのだ、と言いたい。

そんな利益信仰、、などと
あなどってほしくはない。

それが汎生命、自分自身を見出す
契機になるからだ。


私は、思考という表層の意識に
それほどの優越性があるとは思っていない。

森岡さんは「生命学」という言葉で、
知性の方向性を志向されているようだが、

それが私がいだく「汎生命論」からみると
「生命学」のニュアンスは穏当ではない気がする。

もう一つ、
森岡さんは、病をかかえておられるだろうか、、

死に至るかもしれない病をかかえたとき、
森岡さんは、どのようなことをいわれるのか、、
うかがいたい、きがしている。

「病いによりて道心に入る」からだ。。




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ATPの医薬品のこと

明日、主治医の三好先生に
質問しようとおもうことを以下にかかげておきたい。

去年4月頃から
右肩と右手が痛みだしました。

五十肩と診断された。

10月末から鍼治療に週1回通い
10回ほど行い、かなり緩和されたが、
決定的に改善されたわけではい。。

で、2月5日から、看護師の家内の指示で、
「パニオンコーワ」を飲むようになった。

家内は、私の五十肩を気づかったのではなく、
男の不妊治療薬として飲みなさい、、と
言ってきた。

素直に従い、飲み始めたところ、
右肩、右手首、右手の平の痛みが
徐々にうすらいで来ていることを実感している。

そこで、もっと劇的に改善させるために、

パニオンコーワよりもATPの多い
医薬品はあるのではないか、と思い、
家内に話したところ、

「治療薬マニュアル」辞典の中で、

アデノホス(興和)
ATP(第一三共、協和発酵キリン)
トリノシン(トーアイエイヨー)
他7品あり


という医薬品があり、
これらは医師の処方が必要となると
教えてくれた。

そこで、三好先生いかがでしょうか?


という質問だ。

ちなみに「治療薬マニュアル」に書かれてあることを
抽出すると、、

内服薬と注射がある。

作用 
末端の2個のりん酸基はATPaseによって
容易に分解され、高い遊離エネルギーを放出する。

ATPはりん酸供与体として、
各種補酵素を介して、
糖質、脂肪、タンパク質の代謝などに関与する。

適応
内服では、
1.頭部外傷後遺症
2.心不全
3.調節性眼精疲労における調節機能の安定化
4.消化機能低下にみられる慢性胃炎
5.アデノホス顆粒・トリノシンG…
 メニエール病及び内耳障害に基づくめまい

注射では
1.頭部外傷後遺症
2.心不全
3.筋ジストロフィー症およびその類縁疾患
4.急性灰白髄炎
5.脳性小児麻痺
6.進行性脊髄性筋萎縮症およびその類縁疾患
7.調節性眼精疲労における調節機能の安定化
8.耳鳴り、難聴
9.消化機能低下にみられる慢性胃炎
10.慢性肝機能疾患における肝機能の改善

以上、

五十肩に効く、などとは書いてないな、、

でも、

10.慢性肝機能疾患における肝機能の改善

は、C型慢性肝炎の自分には使える。
内服でなく、注射の効能だけど、、

この薬は、相談の価値ありだ。




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宮台真司と椎名誠と、

半年位まえからスマホで
ラジオを聴くようになってから、

そこから聴こえてくる声で、

好き嫌いがハッキリしてしまう自分がいる。

TBSラジオで偶然聴いた
首都大学の宮台 眞司 (ミヤダイ シンジ)の
声には、ゾッとするものを感じた。

AKBの坊主頭になった女性の話だったが、
コワいとか、カルトとか連発していたが、、

なんだか、、

宮台の方が、よっぽどおぞましいトーンを
している感じてしまった。

立派な学歴をお持ちなのだろうけど、
本当の意味でのインテリジェンスが無い感じが、、

つまり、聞いていて恥ずかしい、、のだ。

その人の全ては声にあらわれてしまう。

荒川強啓さんはうすうす気づいているようで
自重するような、対応している様子が垣間みえた。。

宮代は、社会か自身か、どこか基本的に
なめてかかっている学者とみる。

こういう男の影響を受ける学生は、選択の不幸、
哀れだ。。

宮代の師、小室直樹さんには到底及ばないない
似非学者だろう。。

よりにもよって都税で賄われている
首都大学に棲息しているとは、、、

変わる、、

女子サッカーの佐々木監督が
一流と二流の違いについて、

どれだけ真剣であるかどうか、、
の差だと言われていた、、


あぁ、そうだな、、
たしかに、、自分が三流なのも
真剣さに欠けるところに起因しているかも、と思ったからだ。

つまり、、
人生、なめてかかっているところがあるのだ、、
そういう自覚がある、、


きのう、たまたま薬局にあった情報誌の記事、
椎名誠さんの話を読んだ。。

1991年に、肝炎治療で順天堂病院のベッドで
笑いこけながら読んだ椎名さんの
「哀愁の町に霧が降るのだ」を思い出した。

それから、しばらく椎名さんの本に親しんだ。

友人の役者が椎名さんと酒を飲んだらしく、
その楽しかったことを知らされた、、

本の世界と実際との、乖離がない人なのだ、
と思った。。

「岳物語」とか、家族のことも
そのまんま書いていたんだな、と、

でも、それが椎名家にとって良かったかどうか、、

真剣に、好きなことをやっている人だな、
と感じていた。。


情報誌の記事に戻る、

「からだを鍛え、友と遊び、
 好きなことを心向くまでやっていきたいな」と。

すっかり朝型作家で、
早く起きて、すぐに書き始める、習性になった。


決めたことは必ず続ける性分で、
この性格が自分を助けている。


腕立て伏せ100回、腹筋200回、
ヒンズースクワット300回を日課している。

やらないとおちつかないんです。

友人との交わり、妙なリーダーシップで
周りをまこんでしまう。

無類のたき火好き、
はぜる火の粉を静かに見つめている。

「9歳の孫とはビールと牛乳で晩酌しながら
 ちっちゃな人生を語ります。
 
 5歳まで米国で育ったので、
 漢字に興味があり、
 般若心経を写経したりしている」

その写経を額装することを約束は
ただちに実行した。

「じじバカですね」

「あとは、いかに自分らしく
 一生を終えるかでしょうね」

ある仕事を通じて、
海外の葬儀、埋葬の事情を知り、

戒名や墓にこだわる日本の奇妙さに気づいた。

「結局、生死や宗教、信仰心って何なのか。
 旅すると大切なことに気づかされます。」


椎名さんにインタビューする人が話に引き込まれていく
様子が記事から感じ取れた。。

比較は変だけど、宮台真司と真逆かもしれない。。

あぁ、椎名誠さんは健全な精神をもたれているな、、

リスペクト。




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パニオンコーワ錠を飲み始める

今朝の雪は、昼過ぎ、
冷たい雨に変わった、

近くの銭湯の温泉工事は、
掘削が始まっていた。

鈍い音を立てていたが、、
一人、期待感は高まる。

どのくらい月日がかかるか、、

温泉がでるまで、根気がいることだろう。。


家内も、第二子をあきらめていなかった、、

3月頃、再び治療を始めると、、

そのために糖質制限を始めている。。


さらにこう言いだした、、

「不妊の原因は自分ではなく、、
 どうやらあなたにある、、」と。

そこで、、

エネルギー代謝改善薬「パニオンコーワ錠」を
朝昼晩、一回一錠、一日3錠飲むようように

促された。

その説明書きによると、

ATP
アデノシン三リン酸ニナトリウム水和物と
4種類のビタミンB群が同時に配合されていて

血流を増加させ、
エネルギー代謝を高めるのだ、という。

前に、ミトコンドリアのことを調べていて

ATPが、エネルギーの産む「貨幣」のようなものと
知っていたので、

この薬で、ATPを促進する「引き金」みたいな
働きがあるのだろう、、と推測した。

家内のよみでは、これを飲み続ければ
運動率の高い、健全な精子が
醸成されるのでは、、と思っているようだ。

ただ、
効能は、疲労回復、脚気様症候群や、
関節痛、肩こり、五十肩、とあり、
男の不妊治療のことは書かれていない。。


でも五十肩が治るなら、これはいい、、

鍼灸は、先月1回行っただけで、やめている。

すでに10回くらい通ったことになる。

治るスピードが遅く感じる、、
埒があかないのだ。

自力で、何か別の手立てはないかと
思っていたところだから、、

ちょうど良かった。。

早速、きのうの夜から、飲み始めた。

今夜で累計4錠飲んだことになる。。

このところずっと、

夜、寝ているとよく右肩が
「足をつった」ときのような痛みがはしる。

まだ当分、そうした痛みはあるだろうが、、

なんとなく、

そうした寝ている時の痛みはなくなるような
予感がしている。。

なんという、、楽観主義者であることか、、


追記、

明け方に起きる右肩の、

キーンとした、
「足がつる」ような痛みは

はしってこなかった。

いいぞ、パニオンは、、

ATPの生成から考えると、
6時間おきに、
一日4錠がいいと思うので、

一週間そうやってみる。。




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70年代の色川大吉さんの影響力

うまく言えないが、
人の存在に触れることを通じて、
その思想の骨格は体感でき、
永く心の根っこに蓄積されていく、、と思っている。

私の場合、その筆頭にある人物は
出た大学の創立者だ。。

それは「果てしない長歌の舞台」なので、
今、ここでは触れない。

北野武さんを、
余人には換えがたい師匠と仰ぐ水道橋博士の
気持ちには、自分と近いものがあると思う。

博士のラジオ番組で、

高みをを仰ぎ見るかように、
尊敬している心根が、
博士の声から感じ取れたからだ。

戻る、、

その大学に1973年に入ったが、

在学生の圧倒的多数が創立者を
仰ぎ見ていた、、独特の空気感があった、、


本題に入る、、1974年ころか、

歴史学者である東経大教授の色川大吉さんの
明治精神史に、だいぶ影響を受けることになった。

著書の「民衆憲法の創造」という本を読み、
すっかり興奮してしまい、原付バイクで
八王子から、さらに奥にある村まで行き、
農民たちが作った憲法が保管されてあった蔵を
見に行ったのだ。。

こんな山奥で憲法草案を議論していたとは、、

奥多摩の人たちはすごい!と感嘆した。

そうしてあるとき、

その本に色川先生のサインを
もらおうと思い立ち、、

東経大の色川先生の講義を聴きに行ったことある。。

内容はまるで覚えていないが、、華があった、、

おぉ、これぞリベラルな学者と感じた。。


天皇家にも基本的人権をみとめるべき、
という意味で、天皇制の反対論者だし、、

なにしろ福沢諭吉にさえ、糾弾する思考をもって
おられたのだから、、左よりかな、、

いや、そうではなく、、民衆の立場、
さらに自分史、自分立?の歴史家なのだろう、、


その声に熱があり、、その響きが伝わってくるのを
実感した。。

講義終了後近づき、本にサインを求めたところ、、

低い声で「そんなことか、、」と言われた。。


そのとき何かを感じ取ったのかもしれない、、

徐々に影響はさめていった感じがする。


「だから、、それで、今はどうなんだ?」という言葉が
反芻していき、、

忘れていった。


最近、というか昨日、
ある新聞に色川さんの顔写真が載っていた。

痩せられた感じがしたが、
年齢の割には、若々しく、、

かさばらない身の軽さが、うかがえた。。

色川大吉さんの健康状態が気になり出した、、


ずいぶん、前に岩波の「図書」で、
ご自身がC型肝炎になっているようなことを思い出したのだ。

ネットで、調べると、ある方のブログに
以下のようなことが書いてあった、そのまま転載する。

帰宅してから2日目のきょう、
新聞に、歴史家・色川大吉さんが八ヶ岳南麓に住み、
夫婦二人だけや一人暮らしが多いその地区で、
近所の人たちが気軽に助け合える「猫の手くらぶ」という互助組織を作っている、
という話が載っていた(7.29(火)朝日新聞「アスパラクラブ」)。

ふむふむ・・と読んでいくと、色川さんは10年前、
肝硬変直前と診断され、化学療法ではなく、
免疫力を強めて肝炎ウイルスと闘うことにしたそうだ。
東京の住まいや縁や義理などを捨てられるだけ捨てて、
八ヶ岳南麓に一人移り住んだとのこと。

うーん、こういう選択もあるのだなあ。

私は八ヶ岳高原で自然のなかに身を置いてみて、
体中の細胞が喜んでいる(?)のが感じられたから、
確かに免疫力がアップするだろうなと思った。

高原に移り住むのはとても無理だけれど、
IFNだけに頼らずに自己免疫力を高める努力は必要だと
お仲間さんも書いてらっしゃった・・・。

色川さんは、薬は一切飲んでないのかしら、
お体の状態は現在どうなんだろう?


そうか、色川さんは高雄ではなく、
八ヶ岳に住んでおられるか、、一人暮らし?

肝炎の状態はわからないが

インターフェロンなんかに依存せず、

自己免疫力を高めることに注力することは

自分の方針と同じだった、、

88歳の色川先生、ありがとうございました。。




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実の妹のこと

家族には一つや二つ
秘密にしておきたい話はあるものだ。。

私には兄、姉とともに、妹がいる。

ただ妹は、私たちの戸籍の上には
何の記載もない。養子に出されたのだ。

特別養子縁組制度は1987年に創設された
制度のようで、、

妹の場合、1950年代終わりの話でもあり
私の両親と養父母との間の約束で、

あたかも養父母のもとで出生したかのように
したらしい。

当時既に「母子手帳」の制度はあったわけだから
そんなことできたのか、いぶかしくも思う、、

(いくらなんでも、民法に抵触するだろうに)

しかし、現実に、そういうことはあったわけだ。

妹は生まれて、

あまり時をおかずに、家を出た。

養父母が引取りに来て、、
妹が家を出るとき、

私は激しく泣き、抵抗したという、、

3歳くらいだったが、
妹が連れて行かれることを直感したようだった、

私はかなり妹が好きだったのだ、、

もう、まったく覚えていなかったが、

かなり月日が流れ、、

姉が私にそう話してくれたことがあった。


そういえば、赤ん坊を抱きしめるときの心地よさは、

3歳くらい自分であったとはいえ、

かすかだが、あざやかな感覚が、、あったかもしれない。。


妹は大切に、賢く育てられ、

立派に、某国立大学の教授になっている。。


その当時の家は氷川台、、氷川神社の近くにあった。

今住んでいる所からそう遠くない。


先日、

自分の長女が通う小学校の資料室で、
1950年代の、この地域の、大きな写真パネルがあった。


白黒の写真の一点を、ずっと立ち尽くし、
見つめてしまった、、


氷川神社の周りは僅かに家々が散在し、
大部分は畑ばかりだったが、、
あぁ、あそこに家族がいて、、

ほんのひととき、実の妹もいたんだなぁと

感慨深いものがった。。


去年、

ジブリの「ココリコ坂から」を観ていて

あぁ、わが家族のような出来事も、
ある意味、これと似たようなはなしだなぁ、、と思った次第




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めぐる生死生死を省察する方法

このブログは自分のために書いている。

私は、生命の生々流転を信じている。

そして、

未来の、あるいは来世の自分が
この無料ブログを確認できたら、、

おもしろいじゃないか、、と素朴に思っている。

無料ブログが一方的に消されることがないならば、、


ブログ書き始めの頃は、こんな発想、もとよりなかったが、、

再び日本語がわかる人間に生まれたら、、

あるいは、、おぉ、とこりゃ自分かもしれない
と思えたらおもしろい。。


前に、、ある夫婦の話、

来世でまた会おうと誓い合っている
夫婦がいることを知った、、

なんでも約束の場所をきめたという、、

微笑ましいが、そうした発想に近い。。


どうするりゃ、「これゃ、前世の自分かも」と
わかる手立てはないかと、、

思いめぐらせていた、、

そこで到達した、、


結論は、、

自分の「代表的日本人、日蓮」のことを綴っておけば、、
再び、このブログに遭遇する可能性が高いのではないか、、

という推測だ。現世と来世にわたる物語になるだろう。


それほどに、日蓮思索行は

「汎生命論」のメルクマールになると思えるのだ。


まさに、余人を持って変えがたい人物なのだ。。


なにも「豊饒の海」を書いて割腹した作家でなくても、

私のような市井の人間でも、

偉大なメルクマールを語るブログがあれば、、

同じように種を蒔き、その再発見に至ることができるだろう。


日蓮を語ると定めおけば、、たとえ無名の人間であっても、

「今留在此」を確認できる可能性が出てくるだろう。


日蓮を信奉する人は、世界的に、さらに増加傾向になるに違いない。

すでに、、

およそ生誕800年の日蓮には、玉石混交、、
さまざまな日蓮観が展開されている。


そこで同様に、自分も、こう思う、こう感じたという
日蓮のことをここに残し、書き留めておこうと思う。。


それが、

ひとつの教条・ドクトリンに反することがあっても、

いまさら、、かまわない、、

その責めは、潔く甘受しようと思っている。


むしろ、、

そこに独自性があるとするならば、
それこディスカバリーマイセルフ?になり、

きっと直観的に、自分と確認できるだろうから、


そこで、

手始めとして、いずれ近いうちに、、


日蓮が、鎌倉の竜ノ口で、
首を切られようとしたときに
「光るもの」によって、
斬首できなかった話の

推測できる事実を書いておきたい、、と思う。。


およそ上人とか、聖人とか、大聖人とか、
尊称をつけず、フラットに語る不遜な立ち位置となるが、、

まっ、バカな奴、と通り過ぎていただければ、、と思う次第。





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沈む夕陽をみつめ

今日から2月、、今朝は頭痛がひどく
悩ましい。

急ぎ8時に、ポンタール2錠を飲む。

10時すぎ、頭痛はおさまった。
風邪の初期症状だろう。

昨日の夕方、埼京線の電車の中から
沈むオレンジ色の太陽と、その左に
富士山の、うっすらとしたシルエットを見つめていた。

美しい、、どれくらいの人たちが
その美しさに気づいているのだろう。

こりゃ、プラトンのいう美のイデアだな、、

太陽を凝視し、、
なんて美しいのだと感じた瞬間、

自分の中の「汎生命」もそう感じているのだ。

すると、、

毎日およそ5000セル、立ち上がってくるがん細胞は
静かに退散していく、、

そう私は信じている。。


太陽をきちっと見つめるとき、、

760年前、日蓮は千葉小湊の旭が森の丘で、、
東の空から立ち上る朝陽に向かって、朗々と唱えた、

法華経の5字の冒頭に南無をつけて唱え始めた、、

その瞬間を、想起する。。


太陽に向かい「日蓮」と名のることを決めた32歳の学僧は、
南無妙法蓮華経と、唱える。

なんという「汎生命の大団円」なのだろうか、、

仏教はそこで終わり、そこから始まる、、

そうして竜ノ口を堺に、、
日蓮は、「観心の本尊」を生成される、、


「観心の本尊」こそ、パラダイムシフトそのものに違いない。。

「観心の本尊」を語ることがブログの使命なのかもしれない。


以上、、2月1日の唐突な独り言でした。。




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「持続する志」はいつまでも
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