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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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ブログを残す遺志、消す遺志

私と同じ2010年に直腸がんになられた
迂路石先生は、最近、闘病ブログの休止宣言をなされ、
当分、新しい記事を書かれることはない。

現役の外科医である迂先生は、
かなりお忙しいことだろうし、
いままで、よくぞ書いていただいたと
感謝している。

医師の立場でブロクをかかれている方を
他にも読んだことがあるが、
迂先生の配慮あるブログには
遠く及ばない。

2010年の暮れに
私はもう抗がん剤を止める!と
決心をし、実行したが、

迂先生も2011年に抗がん剤の中止、
さらに定期検査もしないという選択を、
ご自身の心の深い所から決められていったことから、

私の判断は、ゆるぎないもになった。

無論、術後の予後は百人百様であるべきだし、
私の場合は、迂先生の判断にとても共感したのだ。

が、さらに何か変わっていく時期なのだろう。


たまたまだが、、

広島ですい臓がん闘病ブログを書かれた
だいとーさんは、11月の初めに逝去された。
10月下旬にだいとーさんから託された
がんサバイバーの女性が、最期の状況を
記事にされ、状況を知ることができた。


すい臓がんはがんの中でも、とても厳しい。

だいとーさんは、希望を与える記事を書かれ、
多くの読者は励まさす姿勢を最期まで崩さなかった。

黒沢監督の「生きる」に通じるものがあった。

立派だった。

今も、だいとーさんのブログの最終記事に対して
75を超える長文のコメントが連綿と続いている。

毎日クリックしたくなる気持ちは、よくわかる。
まだ更新があるのでは、、
つまり、、生きるよすがになっている。

その中には、
代理更新をしている女性に対する批判もあったりして
様々な感慨がよぎった。

それが、今日のテーマだ。

がんや難病を書かれている方のブログが、

ある日を境に、記事の更新がされなくなる、
あるいはこつ然と消失している事態によく遭遇する。

たぶん私もそうなる可能性ある一人として思う、、

ブログやHPのようなネット上に載せているものを
自分の死後、どう処置して欲しいか決めていない人が
圧倒的ではないかと。。

私の場合は、あまり来訪者おられないし、
コメントもあまりいただけていないので、

自分本位で、どうすれば決めてしまえば、
それで済むが、

迂先生やだいとーさんのように
多くの読者を得ているブログは、、
つまり、生きる支えになっているブログについては、

そう簡単に、消失させてしまってはならない
というサイレント・マジョリティからの要請があるのではないかと
思っている。

また、そういう遺志を代理する
信頼できる、かといって大げさなもではない
第三者(機関)の需要はあるのではないか、

と思い始めている。。


 
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