わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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骨髄と太陽凝視

今朝の体重は62.1㎏、体温は36.2度だった。

江部先生の本に
「人類の主食の起源は骨髄」という
コラムが気になり、とり上げてみたい。

農耕を始める399万年間、人類は何を食べていたか?

ある霊長類研究者の、仮説がある。


人類の発祥はアフリカの内陸だった。

ライオンが食べた草食獣の残りをハイエナが食べる。

人類は、ハイエナが去ったあと、
残った骨を安全な場所に運ぶとき
手に石を持っている必要があった、、

なぜ石が必要だったのか?

それは、

骨をわって、中の骨髄を食べるために
石を手に持っている必要があったのだ。

二足歩行になった。

約20万年前、人類の脳の機能は飛躍的に発達した。

その脳の働きに必要不可欠なのが、
EPAやDHAなど、
動物性食品だけに含まれている栄養素だが、

骨髄にはこれらのほかに
タンパク質、ミネラル、脂質、ビタミンなどの栄養が
申し分なく含まれていたのだ。

つまり人類は、

骨髄という優れた栄養素によって脳を養って
知的発達をとげた、、

という説である。



そこで、ここから上乗せで、勝手な説をとなえると、

今日の動物と同様に、
人類もまた、常に空腹との闘いであった。

そうして二足歩行になった人類は、
四足の動物と違って、視界が広がり、、

太陽を視る機会が頻繁に多くなっていったのではないか?

動物よりはるかに多く、太陽を凝視したのだ、、

すると、

食べるように朝陽を視ると、
空腹感を抑えられる、ことを覚えた。


とりわけ朝の日の出は空腹をまぎらわすのに
うってつけの光の加減だった、、

なんとも美しく、神々しいと人類は感じたのではないか、と。

素朴な太陽信仰が生まれた。宗教的精神の誕生だった。

やがて

人類は太陽に近づこうと思い立ち、
日の出に向かって歩き出した。

アフリカから地続きの東方に向けて
大陸移動をして行った。。

こんなこと、きっと
どなたかが言われているに違いないなだろうが、、

気ままな、骨髄と太陽凝視の仮説でした。。

5月は36回も記事を書いたのか、、、


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炭水化物依存症

きのうから
江部康二先生の
「糖尿病がよくなる糖質制限」
(ナツメ社、2010/12)を読んで、
いろいろ知るところが多い。

私は糖尿病患者にはまだなっていないが

炭水化物依存症である

ことがわかった。

□食べることばかり考えている
□食事で満足感が得られない
□食後2~3時間以内に何か食べたくなる
□疲労感が常にある
□精神的に不安定なことがある
 (不安、怒り、感情の高ぶり)

などの症状があると炭水化物依存症なのだという。
今現在は該当しない項目もあるが、ほぼあてはまる。

(私より家内の方が、バッチリ当てはまるし、
 依存度が高いのだが)

それはさておき、
糖質と炭水化物との違いだが、、

炭水化物<糖質<糖類というカテゴリーで、
糖質は炭水化物に含まれる、とわかった。

炭水化物=糖質+食物繊維

糖質=多糖類(デンプン、オリゴ糖)
   +糖アルコール+合成甘味料+糖類
糖類=単糖類(ブドウ糖、果糖、ガラクトース)
   +二糖類(砂糖、麦芽糖、乳糖)

家内から言われた…
「ごはん、ぱん、ラーメン、パスタ、ピザ
と、ア-ンタは自分大好き、
炭水化物がだいすきだもんね」

私はうなずきながら、見返したら、、

「ええ、私のことは、棚に上げて言ってますよ
 炭水化物って腹もちがあっていいからね」
と家内は返してきた。

(わかっているなら、糖質制限しなさいよ、
 ほっておくと糖尿病になるからね、、)

とは言えなかったですね、、ハイ、、


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森毅と森敦の対話

今朝の体重は62.5㎏体温は36.2度で、体調はいい。

見た夢は複数の大きな珍獣(現実にはいない)を飼っている夢だった、、全く意味は不明、、

わたしは、おぼろげに、自分の病気の解明に知恵を与えてくれるであろう
森敦の「意味の変容」という小説が好きだ。

それは、生涯をかけて、何度も手直しした小説で、、ダヴィンチでいえば終生手元においていた
「モナリザ」のような本だ。

森敦は詩人ランボーのような人だったと思う。22歳で鮮烈に文壇デビューして、
忽然として消え62歳で芥川賞をとる。

回帰するところが、ランボーとは違うが、それは養女や周囲の期待に呼応したのだろう。

森敦は天才だったと思っている。文学にとって数学が大切と気づいている人だからだ。
その天才が、もう一人の天才、数学者の森毅と対話している対話本がある。

「森毅の学問のススメ」(編集:浅田彰、ちくま文庫)

もしかしてあるじゃないかと探してたら、あった、、浅田彰氏が引き合わせている。
合わなければならない二人が、会うべくして会った。
さすが、、二人の思考のにじり寄りを見事に編集している。

1984.12.21の対話だ。日付まで印す浅田氏の熱い思いが伝わってくる。

「竹林の七賢」のような二人の会話は高尚で、楽しそうだが、肝心要の対話のところが全くわからない。
しかし、森敦が「今日は本当に満足しました」と言われた。

その最後のクライマックスの部分を、今はわからくても、いつか読み起こすしたくなる自分のために、写経のように、対話を写し、載せておきたい。。
(延々と、日々ちょっとずつ書き込む旨、お赦しあれ)

P308
敦:とにかく、僕らが文学でやるので、「意味の変容」でもときどき数学からはみ出して、
  言うことがあるわけですよ。

  たとえば、あの近傍の中では中心はどこに来てもいい、というやつですね。
  その中心は近傍の域外まで歩き回るんだと僕は書いてるんですよ。
  そんなこと証明されてないんでね。ないけれども、ま、考えてみようと。

  それは「宇宙の樹」というのに書いてあるんですが、僕らの近傍には関係ないけれども
  中心になっているような「宇宙の樹」などというものの存在は、厳密には証明されないわけです。

  そうやって、自分勝手にですね、数学をやっている方に説いているんじゃなくて、
  どれが一番簡単な数学から説けるか話せるかというのをやっているんで、
  途中で逸脱していくわけです、文学的逸脱をね、

  数学というのはもう、そういう空想じゃだめなんですから、どうしたって証明してやらなくちゃいけない。


毅:ま、それも、建て前だけみたいなとこもあるんですよ((笑)

  ただ、数学との関連でいうと、数学との関連で言うと、ちょっと「意味の変容」を読むときの
  つらさみたいなものがあるんです。

  それはね、個々の用語に、数学としてある種の意味のイメージを付与してあるでしょ。
  それをある程度、それこそ意味を変容さして理解しなければならない。


敦:いや、僕はおっしゃるとおりだと思います。


毅:それはまあ、数学用語に対してもっている既成のイメージにこだわってたら読めないということですね。


敦:それはね、先生ね、あれ、なんとも言えない満足と、何とも言えない恐れがあるんです、僕には。
  その恐れを知ってないことはないんです。

  “こんなばかなことを言わなければいいんだがなあ”と思うんだけど、
  そこのところから妙になってくるわけですよ。


毅:それからもう一つは、数学というのも、わりかた動いているわけです。
  ある一つの段階で使われた用語というのに対して後から別のイメージが付与されて動いたりしてるでしょう。

  そこら辺のところをこだわっちゃうと、ちょいとつらいとこがありましてね。
  機械的に、形式的に言うと、そんなことはないんじゃないかということは、いくらでも出てくると
  思うんです。

  しかし、逆に言えば、数学というのはある意味で言うと思考のメタファーみたいなところがありますよね。

  ものを考えるときのものを考える形みたいなものを、なんとかかんとか定式化していく。

  それだから変わるんですけどね、ある程度。ま、そういうことで読むと、ま、だいたい…(笑)


敦:それはね、先生ね。僕ら近傍なんていう言葉なんか、もちろん知っているわけですよ。何で覚えたのかと
  思っていたら、ハイネーボレル、あれから覚えたんです。 

  ところがね、庄内平野を転々としておりまして、"一体文学とは何か”ということを考えたときに、
  それは世界を作ることではないかと。

  アントン・チェーホフの小さな文学も、人が三人くらいしか出てなくても、これは世界じゃないかと。
  それから、「戦争と平和」なんか、ま、群衆まで数えたら何万人という人が出てくるわけだけれども、
  これも世界なんじゃないかと。

  だから文学とは世界構築にあるんだと。その世界構築の中にいかにして人を引っぱり入れるかと。
  そうすれば、その世界の人になってくれますから。それが人を魅了するということではないかと。
 
  そんなことを一人で考えておったんです。向こうに長海山が見えますしね、こっちには月山があって
  まことに、きれいなんです。それで、自分がいろんな所で働いとったことを思い出してたんです。

  僕は10年働き10年遊び、10年遊び10年働く、というようなことをやった人間ですから。それで、
  働いてたときも遊んでいたときも何をしていたときも、とにかく世界構築してたんじゃないかと。


  僕は僕なりの世界を。その世界というものは、丸で書こうと三角で書こうと四角で書こうと、
  それはかまわない。だけども、一体境界線というのはどっちについているんだ?と思ったんですね。

  それで、それが外部ついていると、内部というものはどうなるのか。
  「あっ、それこそ近傍だ」とたちまち感じた…というんじゃないんです(笑)

  “たちまち”なんか感じなかったんです。それをしばらく持っとって、また次の所へ行ったんだ
  けれども、なんだか頭の中から、「円周はどっちについとるんかな?」という疑問がわいてくる。

  これを世界というためには外側についてなきゃならんな、ということをやったのは、さらに
  放浪して大山という所に行きまして、そこで、あ、これ近傍じゃないかと。で、これが
  非ユークリッド空間じゃないかと。

  非ユークリッド空間ということまで行ってそれから論を進めるということは、僕にとって非常に
  困難なことなんです。だけど、この世の中はだいたい非ユークリッド空間。われわれは結局みな、
  壺中の天におるんですからね。その壺の縁が自分の領域に属さなければ、これが
  世界になるんだと。で、その世界というのは非ユークリッド空間なんだと。そんなことを考え出したん
  ですよ。

  だから、人間の最大の発見というのは、理想空間の発見だと。これがユークリッド空間なんだと。
  それで、その理想空間を打ち破るために、えらい努力するわけです、つまり、平行線問題で。
  
  で、ま、そういうようなことも書きたかったんだけども、それは僕が出しゃばる幕じゃないと。
  それを考える過程まで出ておればよいと。ま、そういうところで、あとは、さき申し上げましたように、
  犬と鹿の話に変容していったほうが利口だぞと。それで先生が言われるわけですよ。初めから
  犬と鹿の話が書いてあればね。


毅:いえ、いえ、そうでもないんですね。どう言ったらいいのかな、たとえば近傍というのがどういう
  感じになってるかと言いますと、境界があるなしということは、今は無視するほうが、まあよい。
  境界をつけてもつけなくてもどっちでもいい。
  ただ、もとの点をローカル視することだけが近傍のミソなんですね。つまりこう、
  何かあればその周りという感じgあればいいんで、先のほうまでいらん。で、近傍というのは、
  むしろそういうふうに伸縮することに意味があると。

  で、さきほど、ハイネーボレルから連想されたと言われましたけれど、結局ローカルなものが
  グローバルなものにどうつながるか、ということがむしろ問題で・・・・。


敦:おっしゃるとおり。それ、悩んどるんです。それを、今日伺いに来たんです(笑)。
  いや、本当なんです。だってここで森先生と対談するというのにですね。この年になって何の得る
  ところもなく帰るということはできないですよ、それは。

  たとえば、円を描いて、円周が外部に属するということは、これは近傍の一つの形ですね、
  一番簡単な、ね。それがまあ、双曲線空間になるということは、わかりきったことです。
  つまり、平行線を引いてみりゃわかるわけでしょう。平行線は交わるんですから、無限でね。


毅:双曲線空間というのは逆で、遠ざかる方です。交わっちゃうのは、双曲線ではないほう、
  楕円型、つまり球みたいになっている。正確に言えば、半球に、ま、半分に割らないといけない
  ですけど。半球みたいに膨らんだ感じだから、平行だと思っても交わってしまうわけです。


敦:そうすると、それはリーマンのほうじゃないですか、そうでしょう?


毅:ええ、リーマンのほう。で、ロバチェフスキーのほうは、むしろ双曲線的にくびれてますからね。


敦:はあ、それで、そういうふうな内部を設定した場合に、外部はいかなる空間になるんですか?
  関係ないんですか。


毅:内部と外部というよりも…。


敦:実にそれを伺わんとしてやってきたわけです。


毅:僕の感じで「意味の変容」を、多少変容しながら受け取りますと、なんかやっぱり、
  内部・外部というのは、ある世界を外から見て、その中の何者であるかということとで、
  整理する考えです。曲面なんかで言っても、ガウスなんかの頃は、多様体そのものが、
  それ自体での世界というよりは、空間の中の多様体としてとらえられてたたんですけど、
  リーマンから先は、多様体自体が“全世界”だと思っちゃうわけですね。


敦:外部はないと?


毅:外部もへったくれも、それがすべてであると。それを、どこかにもう一つ、いわば
  メタな世界を考えて、その中に埋め込めるかどうか考えることは当然あるんです。
  ただ、それ自体を考えている限りにおいては、もう、それだけで完結してますからね。
  それを一つの世界であると。

敦:これで、僕はもう満足ですよ(笑)。ただし、その外部というのを考えるとき、
  リーマン空間みたいになると、次元の変わった外部が出てくると思っているんです、僕は。
  いかにリーマン空間といえども、さらに次元を高めれば、外部がないはずないんですから。
  僕は一番最後に「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」と書いたのは、そのつもりなんですけど。


毅:だから、次元を高くすれば、どっかに埋め込めて、それ以外の部分というのができるわけです。

敦:そう、そういうことを申し上げたかったのです。

毅:それはそういうふうに読んどるわけです。その辺、どういうことかなあ、数学で使うような
  用語そのままにやっちゃうと、ときどきずれちゃうところがあるから、それをちょっと消しながら
  読まなきゃいけなかったということはあるんですんけど。

敦:それはやっぱり、作家として書いていますからね、この本は。


毅:それは別に批判してるんじゃないんでして。さっきの言いましたように、思考のメタファーとしての
  数学というのは、あんまりこう、リジットに考えないほうがたぶんいいんですよね。
  言葉の扱いとか、何とか。

敦:そうでしょうねえ。

毅:人間の思考の運動を、さっき言われたようなきちっとした形にしようとする、それも
  最終的かどうかわからなくて、言葉がいつも数学自体の中で流動しとるわけですから。
  それ自体が直接的に文学表現になるかどうかということは別にして、ものを見る枠組みみたいな
  もののメタファー的な性格を、当然持ってくるはずのもんだと思うんです。

敦:それから、“メビウスの帯”というのがありますね。「『意味の変容』ノオト」に柄谷行人さんが
  書いてくれてますが。あの“メビウスの帯”というのを簡単に言うと、裏表がないということでしょう。
  全部表なら全部表、全部裏なら全部裏になっちゃう。


毅:あれも、今の話に関係すると言えば言えるんですけど、本来の面というのは裏も表もないんです。
  厚さがないんだから。それを三次元空間の中で見るから、裏と表ができて、表が裏になっていく。

敦:だけども、それを二つに割ると、裏表がとにかくできるわけですわね。


毅:三次元の中で見れば。


敦:ええ、見れば。だから、境界というものは裏と表の間に実はあるんです。そうですね?


毅:そうです。元来、面は厚さがないとか、線は太さがないとか、点は大きさがないとか言いますけど
  ああ言っちゃうとなんかこう、言わば厚さがある紙の極限みたいなものを考えるのでかえって
  わかりにくいんです。物があれば物の外側と内側があるから、境がある、それが面で、
  その面をこうやって切ると、切った境目ができるから、それが線で、線を二つに分けると
  境目ができるから、それが点だということでしてね。
  ただ、人間はその境目を見るときに、さっきの話に関係あるんですけど、ある点というものを
  考えようと思うと、大きさのない点じゃなくて、周辺というイメージでとらえますよね、
  考えとして。両側が入ってきた世界。そこで、いわば境界点における近傍みたいな形で…。

敦:考えてる。

毅:ええ。

敦:その近傍がうんと小さくなってくるわけですね。

毅:いくらでも小さくできるけれども、いくら小さくしてもやっぱり両側がある。
  つまり、過去も現在もという。

敦:そうですね。よくわかりました。

毅:で、面にしたって、なかのリンゴの皮だけを考えていたらしんどいんで、
  リンゴの皮には白い側もあれば、外側もあるという。本当の面というのはそれと関係ないんです。
  境目そのものですからね。それを言っちゃうと、しかし、身も蓋もない。

敦:いや、身も蓋もあるんです。それが聞きたいと思って来たんですわ。
  せっかく先生にこうやって対談していただく以上は、僕だって素手では帰れんぞと。
  いや、今日は本当に満足しました。

毅:いや、いや(笑)

(1984.12.21)


以 上

糖質制限は課税ではなく、減税がいい

ここの2日間、軽い頭痛がある。
血流の流れが良くなりはじめて
好転反応で、頭痛になったりしているのか?

ちなみに好転反応とは、東洋医学(按摩や鍼)で使われる用語で、
治療の過程で一時的に起こる激しい身体反応のことだ。

あるいは
脳内のエネルギー源のが
ブドウ糖からケトン体に変わり始めていて
頭痛になっているのか、

不明だが、、楽観主義の旗は下ろさない。
このまま後22日間、糖質制限を続ける。

ところで

きのう書いた
糖質制限のための課税は
徴税コストを考えたら
ペイしないし、
減点主義の発想では成功しないだろう。

なので変更する。

糖質制限した人は
減税になるという加点主義の発想で
やれたらいい、と。

具体的には
糖質制限して成果を出した人には
保健所が証明書を出すことにより
確定申告で医療費に一定の額を
上乗せできるようにすることだ。

保健所は毎年住民のために、
「健康手帳」を出しているのだから
それをうまく活用すればできるはず、
と思えるのだ。

ただし、糖質制限をしつづけ
脱糖尿病になった人には、
2年目に控除はないのが難点かな、、

確定申告の電子申請のときの
税額控除みたいな減税になるのかな?

健康になったのだから、良しとしてもらおう、、


以上、他愛のない空想でした。


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糖質制限で食べていいもの

今朝の体重は62.2㎏
体温は36.6度、良い。

早く目覚め、考えた。

森敦「意味の変容」風に

病気の原因は「内部」
病気の症状は「外部」
皮膚は「境界」

「内部」は60兆細胞が何かにコントロール
 されながら動的平衡を保った内なる宇宙になっている。

 さらに「内部の内部」は臓器ではなく「細胞」になるのだろう。
 生物学では人間は「多細胞生物体」といわれるわけだし、、

そうして
睡眠中の夢は「内部」からの啓示ではないか

そんな気がしてきている。


さて、江部康二先生の糖質制限で、
「食べていいもの」を自分の備忘のために
以下に、掲げておきたい。

肉類 牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉、
   その他肉加工品(ハム、ソーセージ、
   コンビーフ


   牛肉については乾癬患者はひかえた方がいいようだ。
   ガン患者は鶏肉だけにする。
   

魚介類 魚類、あかがい、あわび、オイルサーディン、かき、とりがい
    貝柱、するめいか、するめ、ゆでだこ、うに

    ほとんどOKなものばかり

豆類  油揚げ、納豆、おから、がんもどき、豆腐
    大豆(ゆで)、厚揚げ、生湯葉、 豆乳は▲

酒類  焼酎、ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、ジン
     ワイン赤は▲

野菜  次のもの以外はOK…グリンピース、クワイ、ゴボウ
    西洋かぼちゃ、ソラマメ、トウモロコシ、ユリネ、レンコン
    ニンジンは▲

キノコ すべてOK

海藻類 すべてOK

果物類 アボカド、果汁(スダチ・レモン・ユズ)
      バナナはダメ

調味料 醤油、トマトピューレ、マヨネーズ、
      酒粕は▲
卵はOK

油脂類 オリーブ油、ゴマ油、マーガリンはダメ


以上、ザックリしたメモだが、自分の備忘にはなるだろう。


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糖質課税の提言

朝日新聞、2012年2月6日付けで
USAで砂糖に課税しようと議論が上がっている旨、
記事があった。

検索すると次の通り、、、

「砂糖は毒」として、
米国の小児科医らがたばこや酒のように税を課すべきだとの意見を
2日付の英科学誌ネイチャーに発表、
砂糖や飲料の業界が一斉に反論する事態になっている。

世界中で増加する糖尿病や心臓病の原因について、
カリフォルニア大学のラスティグ教授らは、
肥満だけでなく「この50年間で砂糖の消費量が3倍増えた
として「砂糖の消費と関係している」と主張。

過剰摂取による肝臓への毒性や依存性、その結果
もたらされる社会への悪影響を挙げ「たばこや酒と共通している」
と指摘した。

安くて味がよくなるため、
「製造業者に添加量を減らす動機付けがない」として、
ジュースや菓子に添加される砂糖への課税や子どもへの
販売制限などを提案した。実際、食品に含まれる飽和脂肪酸への課税を
昨年導入したデンマークが、砂糖に対する課税を検討しているという。

これに対し、米砂糖協会は統計の取り方に問題があるとして
「非科学的で無責任」と反論。
「肥満は食べ過ぎと運動不足が原因で砂糖だけを問題視するのは間違い」と訴え、
「健康になることは楽しみを奪うことではない」という子ども向けに
食育活動を展開しているミシェル・オバマ大統領夫人の言葉を紹介した。



この議論は青少年を対象にしているようだ。

だが、

ここで提案しておきたい。
(ある看護師さんが言っていたことを
敷衍しただけなのだが、、)

・40歳以上を対象にして外で飲食した場合に
 糖質摂取に対して、消費税方式ではなく
 温泉の入湯税みたいな課税をする。

・その税収は医療費の財源にする。


そういう議論を、政治家に期待したい。
議論する価値に気づいてもらえたらいいのにな、、


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糖質摂取注意のチラシ

今朝の体重は62.2㎏、
体温は36.6度だった。

朝方の体温は36.5度以上あることが
望ましいとのことでしたので、
よきかな、、だ。

ところで

大阪の事業者で
尋常性乾癬や尋常性白斑改などの
皮膚病に特化して

紫イペ、ビタミンC・E・B
などを5万円代販売している方がいる。

(高い)

紫イペのことなど
知りませんでしたので、
お試しの紫イペを送って飲んでみたものの

そこのは利用せず、
ネットで調べて、別の紫イペを飲んでみた。

去年の暮あたりから
飲み続けましたが、
私の場合、たいした効果はなかった。

なので今は紫イペはやっていない。

だからといって、
その事業者を非難する気もない。
きっと効果のある方がおられるのでしょうから、、

で、その事業者から、今日
東京で「無料出張相談室」の開催の知らせが
郵送されてた。。

薬事法に抵触るような気がするが、
相談するつもりはないので、不問にふす。

おもしろいチラシが入っていた。

「主食は食べ過ぎないように」という
注意喚起の内容で、、

●糖質は脳には欠かせないエネルギー源ですが
 とり過ぎると血液中の糖分が多くなり、
 自律神経が不安定になることがあります。

●食事内容をお聞きすると
 「何でも好き嫌いなく食べています」と
言われるのですが、よくうかかがってみると
主菜・おかずは少しだけの摂取で、
ごはんを多く食べている方が多々見受けられる。

●ご飯を多く取る習慣が身についていると
 ビタミン、ミネラル、脂質、タンパク質の
 摂取量に対する炭水化物の比率が多くなって
 しまい栄養のバランスが崩れがちになります。

●一日の糖質を720キロカロリーを目安にしてください。

●糖質720キロカロリーとは、
 一日3食採るとして一食240キロカロリーと考えると
 お茶碗一杯(150g)
 6枚きり食パンなら1.5枚(90g)
 うどん一杯(220g)、、、これが一食の目安です。


以上書かれてあった。

去年の案内にはなかった注意だった。

少し反論もあるけど、、それはよしとしよう。、

糖質制限をした乾癬患者の情報を踏まえているのでないか
思えたし、、

乾癬と糖質制限の関係は大いに話題にすべき
ことと思う次第。


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食べるものに困惑する

糖質制限4日目

今朝の体重は62.9㎏だが、
腰のまわりの肉がやや減少した気がする。

でも、ダイエットが目的ではないので、
一喜一憂はしていない。

空腹力という言葉があるらしい。
1日2食をすすめる医師石原結實さんの造語だ。

石原さんの本によると…
現代人の病気の多くは、食べ過ぎが原因だった。
食べ過ぎは、血液の汚れや、体の冷えを招き、免疫力の低下につながる。
脳の働きも停滞させる。そもそも人間は、飢餓状態には強くできているが、
飽食に対処する機能を、あまり持ち合わせていない。
いまこそ「空腹力」を発揮し、本来の能力、健康を取り戻そう。

そうして断食道場を開かれ、有名政治家などが利用してているようで
有名らしいが、金のかかる話であり、私には縁はない。。


だが結果的に、1日2食に近い状態になっている。

自分が食べていたものの中で
糖質が圧倒的に占有していたことを
実感して、、

何をどうやって食べるか、工夫がいるのだ
なかなか食べるものが思いつかない。

逆に、街中でも、いかに糖質の商品で
満ち満ちているのだろう、と気づかされること、しきりだ。

こりゃ、、
メタボが増えるのは当たり前だな。。

一日三食をカロリーバランスよく食べる

これが今の日本の食生活の基本思想だ。

ところが、これは間違いだという主張が
石原先生たち?なのだろう。。
2食あるいは1食でいい、、と。

賛成だ。

それに「主食はコメ、パン」の
主食の概念は払拭したほうがいい。

2010年度の国の医療費は36兆6千億円で
毎年1.5兆円増加していて、
全く歯止めがかからないでいるという、、
民主党政権ではなおのこと
収拾がつかない事態になるだろう、、

それにしても、怖ろしい伸びだ。


食生活の基本思想を変えて
空腹に近い食生活が正しいという
パラダイムシフトをしていかないと
医療費でも財政破たんをまねくに違いない。。

食生活の革命的提案を
本当の政治家はすべきと思うけど、いかがでしょうか?

ともあれ、、

糖質制限をしている今、
2食に近づいている。

江部先生は2食にしなさい
とは言ってない。
ただ糖質を制限しなさい、、という
テーゼだけだ。

江部先生は言う、、

「糖質制限食を始めると代謝がすべて安定して
 毛細血管などの血流がすごく良くなるんす。
 ですから、糖質制限食をしている人は
 皮膚の色つやが良くなるんです」と。


残り24日間、試してみるしかない。


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心に残る映像、

わたしは、有名無名を問わず
自立する人の立ち居振る舞いを
垣間見ることが好きだ。

そうした人を見て

自分の心によぎる思念や残像を
都度、ここに書き込むようにしたい。


それは、

天野篤さんの手術中の姿だ

つまさき立ちになり、、

患者さんの心臓の鼓動に
自分の呼吸を合わせて
オペする姿、

手術は14時間続いた
その間ずっとその姿勢なのだ、、

映像はさりげなく、
数秒程度で次に展開していったが、、

残影が、続いていた。

そこに天野さんの真骨頂の
全てが集約されて
映し出されているように

思えてならない、、

だから

気憶に残っているのだろう


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糖質制限02と光線治療4回目

今朝の体重は62.6㎏

昨日は、

昼に
ところてんと納豆とを
まぜこぜにして食べた。

意外とあうことを発見した。

ところてんだけだと
さらっと入ってしまい
空腹感がおさまらないが
納豆とまぜて食べると
充足感があった。

夜はマーボーなす炒めを
自分で作り、食べた。
なすは大きめに切り
ニンジンとピーマンも加えた。
ひき肉は100gほど入れた。
完食した。

家内に油が多くないかと
指摘されたが、
ゴマ油が少し多く入っただけ、、

脂質に対して厳しくみるのは
やめにしている。

夕方、藤澤皮膚科で
4回目の光線療法を行った。

30秒の360度全身の  
NB-UVB照射のあと

前回と同じ看護師さんが
手に持ったEXCIMER LAMPで
全身にちらばる赤味の個別部位に
1秒程度念入りに照射してくれた。

既にひたいの乾癬は
消えている。


それだけでも、藤澤皮膚科で
光線治療をした甲斐はあったと
思っている。

背中から腰にかけては
依然として赤味が残っていて
かゆみがある。

光線治療は1週間ごとに
あと3回はやるつもりだ。。

さて、

6/21頃までに、
わたしの尋常性乾癬は
どこまで治るか、、


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病気をおこす脳、病気をなおす脳

今朝に体重は63.5㎏で
昨日より増加している、妙だ。

ようやく松野哲也先生の
「病気をおこす脳、病気をなおす脳」
(中央アート出版社,2004/2)を
読了したので、ノートを作っておきたい。

実は図書館から長いこと借りている本だった。


◎病気に関する現代人の常識の
 いちばん大きな誤りは、
 医療システムと医療情報への盲信と
 過剰なまでの期待にあるのではないか
 と思われる。

◎病気とはからだの部分的な器官のものであり、
 機械の部品のように治してもらえるものだと
 思いこみ、自らのからだを、モノとして
 いとも簡単に、医師の手に委ねてしまう。
 これは「医療産業システム」がつくり上げた神話
  にほかならない。

◎プロポリス成分を難病に対する医薬品として
 開発することが夢であった私にとってもまた、
 薬で病気を治すという現実的かつ常識的な
 発想そのものが、同様に「医療産業システム」が
 つくり上げた神話に基づいたものだった、、
 
 それに気づかず、自己不全感に悩みつづけ、
 自ら大腸がんまで作ってしまったのは
 無知としか言いようがない。


(この独白に、深く内在する人生の不思議を
 垣間見た気になる)


◎私たちのからだのには、生命にかかわる重大な
 危機に遭遇したとき、全力を挙げてこれに対処
 し、修復・再生する無意識裡におこなう
 「治癒システム」の能力が備わっている。

◎何が奇跡的治癒もたらしたのか?その独自性こそ
 「治癒システム」の謎をとく鍵である。
 そのシステムは各人の根元的な本性に根ざし、全体性を目ざす
 衝動…自己調和への志向、自己そのものを感じ取り、
 あるべき姿を取り戻すというかたちを通じて実現する。

◎科学が社会規範であるとの暗黙の了解があり、私たちは
 自らを閉じ込めていて、生の切り下げに向かっている。

◎科学や技術は、生きる生命の分割することになり、
 生命の本質をつかむことはできない。。

 (ガンになったことで、これはホントに実感した)

◎生命現象とは、分析したそれぞれの構成要素や各部分の
 はたらきの総和を超えた特性をもつ、非線形的なプロセス である。

◎脳は錯覚し、脳は物語を求める。

◎プラシーボ反応によって治癒システムのスイッチが入いる
 ことにより治ったのであれば、その人自身のこころの
 作用で治ったといえる。

◎プラシーボ反応であればあるほど、そのはたらきは
 むしろ真正なものであり、本来ならば、いかにその
 反応を引き出し、使いこなすかかできるかを調べる
 ことこそ、医学が研究すべきテーマである。


 (プラシーボ反応に対する医学上の価値の転換は
  脳科学によって、はかられるかもしれないな…)

◎脳の治癒システムにスイッチを入れるには
 「もう打つ手がない」といったショックが
 引き金になる。

◎脳で「薬」をつくり出す。薬はすべて体内にある。
 (これは松野先生の経験による確信的な知見だ
 なぜなら、ご自身の大腸がんは検査のみで
 特性のプロポリスを飲むことと
 リフレクソロジーだけで治してしまわれたからだ)


◎「自律的プラシーボ反応」とは意味あるものへの
 無意識的な期待であり、必然的実感である
 
 それは大脳皮質、大脳辺緑系、大脳基底核、小脳を
 連結するニューロン回路の流れを、インプット
 アウトプットの調整を行うことによって整えて
 きわめて精巧な機械である脳本来のの無意識的
 かつ自律的はたらきを活性化させる。

◎そのうえで、快感中枢を刺激し、生理化学的反応の
 流れの座標軸を変えて、それを治癒の方向へと
 向けるのです。

 (患者にとってはここからがキモで
  一種の訓練法が提示されているがノートはしない)

◎今、この一瞬を、永遠の今と感じ取ることが
 「マインドフルネス」という意識であり、
 「A10神経」という快楽神経につながり、
 奇跡的治癒をもたらす。。

以上だ。ノートしてみると
見落としていた言葉があり、新鮮であった。

気憶の底に沈めて、揺り戻しがあったなら、、
この本を買うになるのだろう、、

絶版になっているかもしれないが
ひとまずは買わずに寝かせるのだ


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糖質制限1日目に食べたもの

昼に大福を食べてから
糖質制限に入った。。

炭水化物をとらないでいるので
カラダが驚いている感じがする。

16時にところてんを食べる。
これから頻繁に食べそうだ。

18:30 夕飯はホッケの焼き魚、キムチ
    キャベツの千切り、目玉焼き

22:00 酒粕と豆乳を温めたものに
    完熟バナナを入れて飲む、、
    …たしかに炭水化物がある感じ
    がする。胃袋は正直だ、、

助走の第1日目が終わる。

いよいよ明日からの28日間(4週間)は
尋常性乾癬とガチンコ勝負になる。。


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準スーパー糖質制限01日目

今朝の体重は63.0㎏

明日5/25が、
丁度2年前に直腸がん手術をした日だ。
遠い昔に感じる。

つまり無事がん転移なく
2年が満了する今日を迎えたことになる。

そこで、
あらたに乾癬治療のために
今日の12時より、
来月6/21(木)昼まで、

「準スーパー糖質制限」を始めることにした。

昼は冷蔵庫に残っていた大福を食べた。
さらば甘味、糖質100%の味よ、、
(そんなにうまくはない、大福なんて)

「スーパー糖質制限」は
江部先生がすすめる食事療法である。

もともと江部先生が理事長する病院には
下記の食生活指導の教えがある。

『高雄病院食生活十箇条』 -アレルギー疾患の治療や生活習慣病予防に-
一、主食は未精製の穀物が好ましい(玄米、全粒粉のパンなど)
二、白パン・白砂糖など精製炭水化物の摂取は極力減らす
三、発酵食品(味噌、漬け物、納豆など)をきちんと食べる
四、液体でカロリーを摂らない(飲みものは水、番茶、麦茶、ほうじ茶など)
五、魚貝類はしっかり食べ、肉類は適量を摂る
六、季節の野菜や海草はしっかり食べ、旬の果物も適量摂る
七、オリーブオイルや魚油(EPA、DHA)など身体に良い油脂は積極的に摂る
八、牛乳は極力減らし、チーズやプレーンヨーグルトは適量摂る
九、できる限り化学合成添加物の入っていない安全な食品を選ぶ
十、食事は楽しく、ゆっくり、よくかんで 

(実に、わかりやすい)

「スーパー糖質制限」はこの十カ条よりさらに厳しくしたもので、

具体的には
・朝昼晩の全ての食事において
 糖質を制限する。
・「食べてよい食品」表と
 「要注意食品」表に基づき栄養摂取する。
・カロリー制限ではないことを意識する。

となるが、


私は、直腸ガン予後のために、
以下の変更を加える、、

・酒かす豆乳
・熟成バナナ
だけは、、糖質があっても食べてよいことにする、以上だ。


ごはん、パン、パスタ、そばが
食べられなくなるのはかなり辛い。。

2年前の術後の食事制限の1週間を思い出せば
それよりは軽い、と思いこむことにした。


乾癬は「ミニ・グルコーススパイク」の結果、
起きている症状ではないかと江部先生は言われる。


そこで敷衍すると

乾癬は糖尿病予備軍の段階から派生する症状ではないか、

と思えたのだ。

糖尿病と言われたことはない私だが、

もしかしたら乾癬はその亜種ではないか?

糖尿病と判定されなくても
カラダの中に糖質という資産を
十分蓄えてしまっているに違いない。


もう一つ理由がある
C型肝炎治療として
1991年。2003年と2回
インターフェロン投与をしたが
いずれもウィルスを陰性化する
ことはできなかった。

その原因は
糖尿病予備軍のカラダだったから
ではなかったか、と思えるのだ。

ちなみに、

糖尿病の人は
C肝炎三剤併用療法をやっても、
陰性化する割合は、糖尿病でない人と比較して
低いことが分っている。

だから

C型肝炎ウィルスを排除できるカラダ作りをする上で、
糖質制限をする価値はある
と考えた次第。


それは、
先日、江部先生は糖質制限では
C型ウィルスに太刀打ちできないと回答を
いただいたことと矛盾はしない。

なぜなら、糖質制限は環境作りだから、


そうして
プレ糖尿病の体質を脱却したあとに
三剤併用療法なり
プロポリス療法なりをやって
C型ウィルスを排除を試みたい、、


新しいの道が開けるのでは・・・
とそう思っている。

いずれにせよ

6/21昼まで
準スーパー糖質制限で頑張ってみる、、
記録に残したいので、、
食べた物を書き込むけど、
お赦しあれ、、


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脳腫瘍ではなかった

以前、話題にした
高校時代の友人Kの
脳腫瘍の疑いは…

半年経過の観察で
増大することなく、
どうやら良性のものらしい。

その白い固まりは、幸い
脳内の髄液の流れを阻害する
こともないようだった。

本人いわく
小さい頃、母親に
盛んに「味の素」を
スプーンで飲まされたのが
めぐりめぐって固まりに
なったんじゃないか?

と思ったりしていると
笑いながら言っていた。

facetimeで観て
明るい顔していたので、、

油断はできないが、

ひとまず安心した。。



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心臓外科医天野篤さんの言葉

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀 天野篤」
の中で、

天野篤先生が話されている言葉(太字)だけを
ほぼそのまま、載せてみた。

天皇陛下の執刀医とか、
ナレーションの部分は極力、、ひかえた。

ふだんの手術をふだんどおりにしたということで、
結果もおのずとそのとおりになるということ


手術できないで失うっていうのが
一番悔しいから
とにかく闘うんですよ


毎年15万人の人が
心臓疾患で命を失う

月曜の朝歩いて病院へ
60床あるベッドは常に満床

今日はバイパスね
2件目がちょっとひどいんですよ


この日、手術は動脈硬化が進展し
心不全をおこした


手術中の言葉は激しい

早く早く動け
無駄が多すぎるぞ、おまえ

ぼおってしてんじゃねえよ
ばかたれが、、


迂回路をつくる血管を
人体から取り出すことから
人体には9か所の血管
取り出しても支障がない、、
それをバイパス血管に用いる

オフポンプのパイオニア

50分の1の糸
つまさきだちになる。
患者の心臓の鼓動に
呼吸を合わせる

一途に、一心に、、

常に「ばか」がつくぐらい実直にやってますよ
一途一心っていう
それが患者さんに対するメッセージというかね
そのことがつながったところの形を作る
患者さんが永らえるっていう
そこをごまかした時点で
そっから先も全部ないんですよね


これが昼の食事です
もちますよ…15分後

いくかそれじゃ、第2ラウンド

地道な作業の積み重ね

もうずっともってくれ
何十年もこの形のままいてくださいと
いうつもりで作ってます


患者のデータを

漏れがあったら負けるわけですよ
相手よりも自分の方が考えるパターンが少なかったら
負けるわけじゃないですか
それをしたくない
それがあったら 手術は勝負事じゃありませんけど

それで手術のなかで、うまくいったとしても
それはもう まぐれなんですよ
かなり偶然

うまくいく必然性を作らないといけない


あこがれている人はいますか?

闘魂タオル
アントニオ猪木さんがこうやってでてくるでしょ、
猪木さんぼくらにとってみると
やっぱり僕らの時代のヒーローだから

勝つことを義務付けられてるんだけど
やっぱりくじけるときもあるよ

くじけるときに大事なのは
そこから立ち直ることと
仲間だというね
そういうのを教えられた
最後くらいの人じゃないですか
猪木さんが



大動脈弁狭さく症で
今のままですと、よくならなくて
突然死する可能性があるんですね

手術のリスクは高いですよ
だけどやらなかったら
もう絶対死にますから

結構そういう中で葛藤してるんですよ



この人をとにかく1日でも長く
元気で生かそうと思うとあそこまで切り込む

自分の持てる技術をとにかくフルに
引き出してやろうという意欲にかられるんですね

だから
妥協するってことは 命に妥協するってことでしょ?
それはできないんですよ 


よし

完全に石灰化をとりきっった
予定より15分はやこ1時間45分で手術を終えた

休憩なしで

え、まだこれからです

けっしてエリート医師ではなかった
21歳、三浪して日大医学部へ
必死に働きはじめた
一人前の心臓外科医になりたい

「お医者さんになってお父さんの
心臓をを治してあげる」

32歳のとき、父甲子雄(かしお)さんの手術に助手として
参加した

必ずよくなるからといって、うんってうなずいて
それっきりだったですけど、
 
亡くなるとき自分で全部父親のを治療している薬を
止めていきました。

まるまる一晩横で寝ましたよ
なんか言ってくれよって


原因は付け替えた人工弁にあった

 
自分があと少し時間があれば届いたのになっていう
もう少し一緒に時間を過ごせたのになっていう・・・

あまり人にみせたことはないかな
父親の形見ですから


父親の命を救えなかった人工弁

ひとつのほころびが命までいっちゃう
そういうのも全部教えてくれたわけですよ
ひとりひとりの肉親の命をしょってんだから
少しでも父親に認めてもらいたいというか・・・
今ちょっとでもいいことやって
褒められたいっていうのがあるんじゃないですか、、



かつてない難手術がはじまろうとしていた

そりゃ苦しいですよ
あのベッド上で生きているのが精いっぱいって感じ

今回の手術はかなり難しいんで
真っ向からたたき合いですよ


癒着はく離をしたうえで手術を進めていく

なんとかなるかもしれない

右の内胸動脈がとにかくメインで
幸いなことに胃の血管も使えますから
そのへんを組み合わせるしかないんですよね、もう・・・


けた外れの難手術となる

順調にいって10時間かな

よっしゃ

ずいぶん硬い組織だな

全然お話になんないくらい・・・

はい持ち上げたて(助手に胸骨を持ち上げさせる)
よし、はがしたぞ

よし  反対いくよ

よしと 必要な血管4本をとった
ぜんぜんハサミが入っていかない

動きは大丈夫だ

あとはがんばって
モニターをみまもる

何が起きたか
急に悪くなった?


肝臓の膨張し血管をおしつぶしてしまった

うつてはないのいか・・・

決断の一手

20年まえに摘出した
右太ももの
血管が再び伸びていることにかけた

4日後 意識を取り戻した高橋さんは
「家族に会いたい」
といった

プロフェッショナルとは

自分のね
あてられた・・・天命・・・決められたものがあるでしょ
それに対しては忠実にやってるだけですよ

宿命かな



以上でした。


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江部先生ブログに、質問してみた

気づいたら
何でもやろう精神で、
本日江部先生のコメント欄に
以下の質問をしてみた


江部先生へ

はじめまして、1954年生、東京在住の者です。

宮本輝さんとの対談本をよみ、
また「しんさん」という方から教えていただき
このブログにたどりついた次第です。

江部先生がコメントに応えられる姿勢を
リスペクトいたします。また自分のブログ
「ケトン体と糖質制限」という記事を本日
載せました。

私は糖尿病ではありませんが、
2010年5月に直腸がん手術をし
2年たった現在転移なくすごせております。

ただほかに乾癬とC型肝炎を患っており
ます。今般、乾癬に対する
糖質制限の効果を信じて
4日前から「ゆるやかな糖質制限」を
チャレンジしています。

が、きのうきょうと
糖質をとってしまいました。
そこで2つ質問があります。

1.糖尿病でない乾癬患者の場合は
 どの程度の糖質制限をしたらよいのでしょうか。
私は酒はあまり飲みませんが、ごはん、
パン、麺類は大好きです1日3食のうち、
1食だけ糖質制限でも改善があるように思うのですが,
いかがでしょうか?

2.私はウィルス量の多いC型肝炎患者ですが、
 糖質制限とC型肝炎との、何か知見が
 おありでしょうか?エビデンスの類はないことは
 想像できるのですが、経験知で何かあれば
 ご教示ください。

以上、よろしくお願いいたします。 


すると、さきほど、即答で、
江部先生より回答のコメントをいただけた。

下記のとおり

山口つとむ さん。

「糖尿病でない乾癬患者の場合」

個人差がありますが、やはり効果はスーパーが一番あります。


「私はウィルス量の多いC型肝炎患者」
C型肝炎というウィルス感染には糖質制限食でもたちうちできないと思います。


江部先生のブログをみると、
乾癬に対する江部先生の知見は、2点だ。

精製炭水化物の過剰摂取が
尋常性乾癬のもっとも大きな要因で
牛肉と豚脂が少し関わっている

騙されたと思って、兎に角1ヶ月、
糖質制限食やってみて下さい。



さらに食事療法について

「このブドウ糖ミニスパイクが、
生体の恒常性をかく乱して
アレルギー疾患を悪化させたり、
将来の生活習慣病のもととなります。

過去世界中にいろんな食事療法がありましたが、
経験的に有効とされているものは、
玄米菜食、ゲルソン療法、甲田療法など
基本的にブドウ糖ミニスパイクが少ない
という一点で一致しています。

私は現在、世界に氾濫する生活習慣病の元凶は、
精製炭水化物やジャンクフードによる
グルコースミニスパイクとインスリン過剰分泌
と考えています。」

とあった。


ともあれ、回答をくださり、
率直に、ありがたいと思った。


やはりか、、

次は乾癬治療、コントロールに思いをさだめ、、

最後の戦いは、、

このブログの立ち上げ時に戻り
C型肝炎の治療戦略となると理解した次第。。



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ケトン体と糖質制限

作家宮本輝さんと医師江部康二さんの
対談本「我ら糖尿人、元気なのには理由がある」
(東洋経済新報社,2009/8)のノートを残しておきたい。

対談本は、カロリー制限ではなく、、
「糖質制限すれば糖尿病はコントロールできる」
が主張であり、その根拠を展開している。

お二方とも糖尿病患者であるので
基本姿勢がフラットであり、
とても読みやすい。

私は糖尿病ではないが
20年におよぶ乾癬患者でり、
その糖質制限をすることで
乾癬患者もコントロールできるようになると聞き、
江部先生のお考えを知りたいと思った。。

キーワードを列挙すると

グルコース・スパイク
…空腹時と満腹時の血糖値の差のこと

「賢位に居す」という仏教の言葉
…常識の壁、権威の壁は崩されることを
 嫌がり、うちにこもろうとすること

脇道にそれるが、
健康保険が利かない痔ろうの手術法は
すごく参考になった。

そして本題に入る、、、

「ケトン体」
…日常的なエネルギー源として存在し、
 肝臓で産生される。
 体脂肪の合成にも再利用される。
 つまりエネルギー源は
 ブドウ糖だけではないこと。

宮本輝さんもケトン体の存在は新鮮
だったようだが、医者でもほとんどの
人は知らないと江部先生は言われる。

糖質制限をすると
ケトン体の数値は上昇する。
高くなかったら身体に
糖質を密輸入していることになる、と
江部先生は言われる。

実は

私はケトン体という言葉を知っていた。
かつて自分の主治医、三好秀征先生に
「自分のミトコンドリアが元気か
 どうかを調べることはできますか?」
とお聞きしたとき

「肝臓内のケトン体を検査すれば、、
 ミトコンドリアの活性度はわかる」
と言われた。

「ケトン体ですか?」とメモをしたことで
覚えているのだ。。

直腸がん術後の治療方針は、
抗がん剤に頼らず、
60兆の細胞内にあるミトコンドリアが
元気にするように心がけた。

ママチャリでサイクリング
気圧調整ルームや
太陽凝視や
プロポリスや、
なんでもあり、でやった。。

そうすれば、直腸がん予後の
残存しているかもしれないガンを
閉塞させ、排除できると信じた。

なのでミトコンドリアの元気度を
調べてみたかったのだ、、
が検査費用が高いので、やめた。

江部先生はこういう、、

私たちの体はエネルギー源として
ブドウ糖だけを必要とするのは、
赤血球、網膜、角膜、水晶体のみで


(なぜならこの4つには
 細胞内にミトコンドリアは棲息していないから)

それ以外の人体の全て細胞は、
ブドウ糖だけでなく、
ケトン体ー脂肪酸を
エネルギー源として利用できる。
具体的には
細胞内にあるミトコンドリア
というエネルギー生産装置があり、
これらがケトン体=脂肪酸を利用して
エネルギーを生産できるのです、、と。

ミトコンドリアと
ケトン体が密接な関係にあることが
わかった。。

私見だが、糖質制限をすれば
ケトン体を多く産生するようになり、
ミトコンドリアが活性化される。

すると

がん転移の可能性が低くなり、、
皮膚細胞の免疫疾患である乾癬も

正常化される、、、


という人体の生理は
みごとな論理性があると思えた。

こんなことを考えるのは
自分一人だけかもしれない、その意味で、、

この対談本を読んだ価値は
創造的な一人合点とわきまえたい。

で今後は、血中と尿のケトン体を
検査していくつもりだ。。


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乾癬と糖質制限

ようやく乾癬の治癒の
道がひらけた気になっている。

その方法論は、

光線療法と糖質制限

カラダの外からと内からとの両面で、
乾癬を治癒させようという試み、、

片方だけではダメだ。


最近では、
レミケードという治療薬が出ているらしい。
調べると、その薬価は高く、

抗がん剤のような
製薬会社の論理が見え隠れしていて
私はやるつもりはない。

そもそも乾癬の原因は不明であるのに、
ただ免疫の異常にあるらしいという知見だけで

レミケードは
TNFα(ティー・エヌ・エフ・アルファ)と呼ばれる
サイトカインをターゲットにして
抗TNFα抗体として
免疫の異常を改善する効果がある薬とうたわれている。

サイトカイン (cytokine) とは、
免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質で、
特定の細胞に情報伝達をするホルモンのような物質であり、
TNFαもサイトカインの一つである。

レミケードの作用は,
身体の中でTNFαと強力に結合し、
TNFαの働きをブロックし、
TNFαをつくり出している細胞をも
壊す作用も持っているらしいのだ。

TNFαの性質は、ごく微量でも人体に対して、
1.それ自体が炎症を引き起こす(直接的な炎症作用)
2.炎症を引き起こす別のサイトカインの産生を促すことにより
  炎症を引き起こす(間接的な炎症作用)
という作用があることから、“炎症の親玉”と考えられている。


いずれにせよ
レミケードは、本質的に推測の域を出ていない。

抗がん剤の分子治療薬のように
やがて「メビウスの輪」で
もとの黙阿弥になる、まがいモノとみる。

私はやらない。

それより両面作戦を選ぶ。
というのも、

江部先生のブログに
コメントされた方で
乾癬に対し糖質制限の有効性が
感じられている旨の、
書き込みがあることを知った。

牛肉も不食としていることも
印象に残った。


しんさんという方が
教えてくださった、ありがとうございます。

こう書いていて、二つのことが頭をよぎった。

一つは、、
昔、ある看護師さんが私の乾癬をみて

「糖質のとりすぎかもね…」と
ボソッと言っていたな、
そのことを、ふと思いだした。。

もう一つは
C型肝炎治療としてインタ-フェロンを
91年頃から1年間注射していたが、

インターフェロンのやり過ぎが
乾癬を招いたのではないか、、という推測だ。

インターフェロンは体内にも自生していて
サイトカインの一つだからだ。。

以上は連想に過ぎず、
ともかく内と外の両面から療法を実行すれば、
かなり治癒への道が開けるに違いない、、

そう思い込むことにした。。

完治でなくてもコントロールはできるだろう、、
その自信が出てきたのだ。

そこで、
まずは現在の乾癬の症状を示す
背中の写真を、以下に掲げておきたい。

醜いので
掲載はやめておこうとも思っていたが、、

自信の反映として、
どれだけ症状の改善があったかを
示しておきたいので、、載せる。

写真の症状はこれでも、
光線療法を4月から実行した効果で、
かなり改善されてきていて、

前はもっとひどいものだった。

たぶん3ヶ月以内に
さらに改善するものと予想する次第


0518乾癬01


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変更、ゆるやかな糖質制限に

今7:00、金環日食が三日月状態を
観た。

前に、さんざん太陽凝視してうたので、
裸眼で観た。

網膜をやられるので、
と事前の注意喚起があるが、
私の場合は気にしない。


今朝の体重は63.5㎏だった。

糖質制限3日目のきのうは
玄米ごはん、食パン1枚、おそばと
食べてしまった。

今朝はまんじゅう1個も食べた。

にぶい空腹感との闘いが続く。

その状態に慣れないといけない。

いきなりではなく、、

徐々に糖質制限の生活に切り替えていこう。。


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階段の危険と「転重軽受」のこと

先月から再び、日曜日だけ、
朝、ある新聞配りのお手伝いをしている。
配るのは25部程度で、30分はかからない。

その新聞の具体は明かさないが、
最近はテレビCMでも見かけるようになり
正直、隔世の感がある。

今朝何気に、その新聞社からもらった
「交通安全のために」のパンフをみると、、


階段は危険!

としてマリナーズのイチローの話が出ていた。

クラブハウスからグラウンドに通じる
通路にも、階段とスロープがあるが、
イチローは必ずスロープで上り下りする。
階段は足を滑らせる可能性があるからと
警戒するのだ、という。

その通り、

たしかに階段は危険だった!

2009年1月23日の日曜の朝
雨は降っていなかったが、
まだあたりは暗いし、ひどく寒い朝だった、、

あっ思い出した、、その朝は
私が新聞配りをする日ではなく、
その日担当のご婦人の代わりに配ることになり、

何の因果か起きた事故だった。

なんのことはない
あるマンションの2階から1階に降りようとして、
その半分の踊り場まで勢いよくおり、反転し、
最初の階段の角に足がかかったところで、
その金属性の滑り止めの凹部分に、
左の靴のかかと部分がはさまり、
あれよ、という間もなく、
勢い尾てい骨を次の下の階段の角に、

ドスンッとぶつけた。痛ったたたぁー

55年生きてきたなかで、
手術やケガで様々な傷の痛みを味わってきたが、

これはベストワンの痛みだった。
頭のてっぺんまで激痛が走り、
チラチラ火花が見えたような、、
耳も聞こえなくなっていた。

事態がわからず、茫然として
階段の下のところにうずくまっていた。

よりにもよって
この新聞?配りしていて

なんで味わなきゃいけないんだ、
そりゃないよ、、と
誰に対してかわからないが訴えたくなり、、
激しい怒りが込み上げてきたのを
覚えている。

意味なんかあるものか、、と

その後痛みはますばかり
家に戻り、寝込む。。
発熱しはじめ、、
なんじゃ、こりゃ、、

1週間は歩行が困難になってしまった。


次の日曜日、
2009年2月1日のこと、

母校の恩師の生前葬を西新宿で行った。

漢文の伝説の教師で、
150人近く集まった。

そこで恩師本多啓二先生は、こう言われた

がんは2人に1人はなるし、
3人に1人は5年以内に死ぬ病気だ、

ぼくは末期の胃がんであり、
余命1年もないが、抗がん剤はやらず、
半身浴で体を温めて、グライダー飛行のように
生きてみるから、最期を見ていてください、、

と朗らかに授業してくださった。

(もう60代前半なのに、濁らず
 輝く美しい目をした先生だった)

一方、かつての生徒側は何十年ぶりかのことなので
ワイワイガヤガヤ私語が飛び交ってしまう、、

私は、冷汗がでるほど尾てい骨が痛く、
自由がきかない身だった。
その分、近くからその最後の授業を一心に聞いていた。。

そのときだ、、

自分もガンになるかもしれない、、という
最初の気づきが、どこからともなく、
さぁーっと知らせてきた瞬間があった。。

その後、お尻の痛みは半年たっても
いっこうにひかず、
というより、奥深い所が疼くような痛みが
残り続け、、

2009年の暮に、友人の兄が
直腸ガン末期だと聞き、

「もしかしたら、おれもガンかも」と
友人に告げ、

2010年3月に調べたら、やはりがんと
判明したのだ、、


何が言いたいかというと、、

階段からの転倒は、、

虫の知らせ、恩寵、、とか
適切な言葉は出てこないが、、

意味のある出来事だった、と思えてならない。

転倒がなかったなら、
がんはズルズルと進行していき、、
気づいたときは後祭りだったに違いないからだ。。


私を担当した外科医は
この物語を全く意に解さなかったが、、

転倒から3年を過ぎ、
がんの転移はない状況を思いめぐらすと、
3年のスパンにおよぶ、
尻もち物語を感じ得る次第だ、、


あぁそうか、、涅槃経の転重軽受(重きを転じて軽く受く)
文字通り、身を持って体験したということか、、

日蓮はこう記しておられる、、
涅槃経に転重軽受と申す法門あり、
先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが
今生にかかる重苦に値い候へば
地獄の苦みぱつときへて死に候へば
人天・三乗・一乗の益をうる事の候、・・・


ぱっときえ~…という擬態語を使う思想・宗教上の創始者は、

小学館の国語辞典によると、「ぱっと」とは
1.急になにかをする様子
2.急に動く様子
3.目立つ様子
4「ぱっとしない」は見栄えがしない、あまりよくない。
とある。


ともあれ3年の時の経過で、けっして「ぱっと」ではなかったが、
転重軽受の機微をようやく気づいたということだ。

尻もちの「意味の変容」が、わが内部生命に芽生えたわけだ。
そして2010年5月26日の早朝、それは直腸がん術後1日目の夜で、
大団円を迎えたのかもしれない…全くの独り言だ。


前にも書いたが
この先もまた同じようなことを
編集しなおしてきっと書くと思う。

それほどに自分の命の器に刻んでおきたい物語なので、、

また書いているなと、お赦し願いたい。


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糖質制限と編集の力

糖質制限3日目に入った。
今朝の体重は、63.4㎏になった。

江部先生の本にある
「食べてよい食品、
避けるべき食品(要注意食品)」表に
基づき、若干の変更を加えて

スーパー糖質制限ではなく
1日1食糖質はよしとする食事法を
実行している。

あと食べた物を記録することにした。
糖質制限ができても、できなくても
100日間記録してみるつもりだ。

その中で、きのうは初めて
まるまる1個のアボガドを食べた。

ゆっくり味わうようにして食べたが、
何かの食感と似ているのだが、、
わからない。


話は飛ぶ、、

1928年生まれの数学者
森毅さんはこんなことをいっている、、

そもそも、いまだに19世紀風の“自分〝に
こだわる人もあるものだが、
個人のオリジナリティなんて、
時代のオリジナリティに比べれば、
どうでもよいものだ。

それよりもこの時代をどう編集するか、
そこにこそ現代文化への
コミットメントはある。

いま、編集の時代なのだ。。


連想する、、

編集を人生のキーワードにされている人は
松岡正剛さんと、勝手にイメージしている。

が既に、

森毅さんは1985年に
「編集の時代」の訪れを告げておられたわけだ。


時代観はともかく、、


編集の力は誰にでも備わっている。

これを具体化して

自分の食生活も

オリジナリティではないが、、

好き嫌いなどを超えて

「何を食べ何を食べないかが
 どう編集するかが
 わが60兆の細胞にとって重要である」
と気づいたのだ。

簡単な話、
ごはん、パン、おもち、そば、ラーメン
そしてビールは、、
極力制限していく食生活だ、、
(たばこをやめたとき以上に
 意志の力がいるな、、、)

さらに私の場合、リアルタイムで、

つまり瞬間瞬間、その場その場で、
遭遇した、あるいは、
たち現れたことををどう読み解くか、

そして過去の経験知に照らし
どうスクランブルをかけ、

嫌悪を超えて

その事態をどう編集するかが重要と
気づいたのだ。


ちなみに、掲げた森さんの言葉は

今朝コーギーのモモと散歩しているときに
「森毅の学問のススメ」の冒頭に出てくる言葉だった。

(森毅と森敦の賢者同士の対談を読みたいと思い
 図書館から借りた本だった)


そうした嫌悪を超えて編集の重要性に気づけるかどうか が、

人生の浮き沈みの分かれ目だ、と

今常に、人ごとではなく思える次第。


具体的には

この次回「階段の危険と、3年スパンの感得」
と題して、記事にしたいと思う。


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タイトルを少し変えた

今朝の体重は63.8㎏で、昨日より0.5㎏ダウンした。

糖質制限の食生活1日目としては、いい数字だ。

きのうの午後
一週間ぶりに大泉学園の藤澤皮膚科に行き、
3回目の光線治療を行う。
治療費1,230円は費用対効果として納得感がある。

このブログのタイトルを少し変えた。

「医者に病気は治せない」を削除した。

江部先生や天野篤先生など
病気を治せるお医者さんがおられのだから、
それと矛盾する言葉は慎まなければならないと
思ったので。

代わりに

「病気と健康の『意味の変容』」に変更した。

「意味の変容」は、作家森敦の小説?の題名を
引っぱってきた。

「意味の変容」は、森敦の根っこにある思想を表した
ものであり、誰もが読んで、何じゃこりゃと
思ってもらいたい、これから
数世紀にわたって日本の古典になるべき本だ。

これからも「意味の変容」はときどき取り上げる。


ということで、ブログのタイトルを変えた。


それとまた

直腸がんに対して一定の区切りを
つけたいという意識も介在している。

実は、昨夜の月1回の地域に住む仲間たちとの会合で、
直腸がんの転移なしの話をしたところ
自分のことのように、仲間たちに大そう喜んでいただけた。。

その笑顔のwaveをみて、3年後も同じ転移なしだろうと思え、
もう、がんのことでとやかく、
神経を費やすのはやめよう…そう思い込むことにした。

病気と健康は「不二」あるいは「一如」
であると思い定めて、

自分の生命とは何か?という広い視野に立って、、

この先、ブログを書こうと思っている。


とまぁ、他愛のないことを書いたけど

全く備忘のためである旨、お赦しあれ、、


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食事療法としての糖質制限

今朝の体重は64.3㎏で、
2年前の直腸がん手術前の体重に戻った。

手術直後の診断では、
ステージ3bを告げられていたけれども、

きのうのCT検査結果からみて
もうカヘキシア(がん悪液質)のリスクはない
と思っている。

なので、
体重を再び3㎏くらい
61㎏に落としたいと思う。

というより

糖質制限の食事をして
乾癬を体の内部から、払拭しようと
決意した。



というのは、
しんさんという方がコメントをくださり、

江部先生のブログに
糖質制限療法により乾癬を治癒させた
症例があることを

教えてくださった。

ありがとうございます。。


先週から
江部先生と作家宮本輝の対談本
「我ら糖尿人、元気になるには理由がある」
を読み続けていて、、

納得することが多い内容であったことも
その療法をやることの動機付けになっている。


実は、、

私と同時期に直腸ガン手術をされた
泌尿器科の外科医である迂路石さんのブログ
食事療法のことを記事にされていて、

そこに私はコメント送ったところ、
次のような返信をくださった。

食事療法については、
どれももっともらしい理論で書かれていて、
一体どれが正解なのかわからない状態だと思います。

日本に限らず、
医師の大半は食事療法というものを軽視している傾向が
あるため難しいと思いますが、

今後医学的に研究されるべき課題ではないかと思っています。

厚生労働省には、抗癌剤の開発研究よりも、
こういった分野に多額の研究費用を投入してほしいと思います。
食事で病気が予防できるのであれば、
将来の医療費削減にも貢献するのですから…。


今でも鮮明に覚えているのは、

私の直腸がんを手術した外科医のO先生は、
食事療法なぞ、はなから否定おしておりました
「予後は、自由に何でも食べてください」と


なので、、迂路石さんの指摘とおりの現状なのだ
と思います。。



であるならば、江部先生の運動に連なり、、

私も一患者として、静かな変化のうねりを起こしていきたいものです。

そうして糖質制限の食事法が定着する頃には
乾癬は完治しているだろうな、、

すると最後の敵はやはりC型肝炎だな



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CT検査結果は

今朝も、もう一度
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」の
天野篤先生の録画を観た。

再び感動した。近年、TVでこんなに感動する
ことはなかった。

いつの世も、日本には、
びっくりするような人物はいるもんだ、と


そこで、決めた。

語られている言葉を
リライトしようと、

天野先生の言葉だけでなく、
ナレーションも、
患者さんの言葉も

全てこのブログに、
近いうちに、掲げておこうと決めた。

さて、

午前中、五反田のNTT病院に行き
先週行ったCT検査の結果を
私の手術を執刀した外科医O先生から聞いた。

「問題ないですね、、
 転移や疑わしいものありませんでした」と
言われた。。

検査レポートは次の通り

診断「直腸ガンに対し、低位前方切除術後、化学療法後
  明かな再発、転移は認めません。」

所見「胸腹骨盤造影CT、前回撮影(2011/12/2)と比較した
  1.吻合部に局所再発巣は指摘できない。周囲に
   腫大リンパ節を指摘できない。
  
  2.肝臓内に占拠性病変は認めない。胆嚢、脾臓、膵臓
   両側腎臓、副腎、膀胱、前立腺に異常なし。

  3.肺野に転移を示唆するような腫瘤影を認めない。
   胸水なし、甲状腺に明かな異常なし。

  4.明かな骨病変なし。」

以 上


予測していたが、やはり聞けばホットする。

そこで、
「なら、これからは半年おきでなく、
 1年後のCT検査でいいですよね?」とうかがうと、

やや躊躇されていたが、
「2年経過してこの状況ならば、
 1年後でもいいですね」と
O先生は言われた。

ただし、
「このあと内視鏡検査はやっておきましょう」と
言われ、7月に予定を立ててしまわれた。

エエッ!

吝嗇家?の自分としては、
CTだけでいいじゃないか、、とやや渋ったが
去年の同じ内視鏡の先生がやっていただけるなら、
とても楽だったので、ヨシとした。。

診察後、O先生の上司F先生と偶然遭遇した。
一番最初に診察していただいた先生だった。

私より3歳くらい上の、
アイビー・VAN世代のF先生だ。

もうお忘れになっているだろうけど、

「ちょうど2年前、お世話になりました。
 無事転移はなく、あと3年がんばります。
 ありがとうございました」と礼をいった。

F先生は私の顔を覚えていてくださっている感じで
「おおっ、それはよかった」と満面笑みで
私の目をきちんと見つめ返してくれた。

(そういえば、2年前、術後6日目くらいの朝7時頃
 回診にみえたとき、私の顔をみて
 「ひげをそりなさい」と言われたときも
 たしかあのまなざしだったな、、ありがたいな)


で家にもどり、このブログを書きながら
ふと気づいた、、

また、新たな原発性の大腸がんが生まれてくる
可能性はあるわけだから、

それが見つかれば内視鏡でとってしまえるわけで、、

いいじゃないか、と。


O先生の配慮に感謝しよう、、


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森敦の深い知見にリスペクト02

先週図書館から借りた
森富子著「森敦との対話」を
二日で読了した。

なので、

おもしろいと思いポストイットを
貼ったところを以下に掲げておきたい。

ちなみに、森富子さんは
森敦さんの妻ではなく
森敦さんの晩年に養子縁組で森家の子となった人で、

書かないと決めていた小説家森敦を
再生させた最大の功労者といえる人だ。

富子さんがいなかったなら、
「月山」は生まれなかったかもしれません。


以下、、、

●「特に、勤め人は、最初が肝心だ。
 一度ついた看板、例えば働き者だとか、
 無責任者だとか、そういった看板がついたら、
 そうじゃないといっても、変更がきかない。
 …組合の闘志になってはいけない」

●コレスポンダンス(対応、照応)による構造を
 とれば「象徴の森わけて」いくごとく
 物語は奥へ奥へと組み立てられ、
 「一者なるもの」に結晶する。
 (これは富子さん気づきだ)だから
「名作の構造を真似て、書いてごらんなさい。
 名作といわれる作品は、みな構造がしっかり
 しているのだよ」

●「多情多恨」「明暗」そして「抱擁家族」の系譜??

●森敦は数学の論理を使って文学を考えていた。
 「この世に生きて、何か一つだけでもいい
 仕事を残すことがあるとしたら、
 自己矛盾について、口で説くじゃなくて
 一枚でも二枚でもびっしり書いて、
 残したいと思った。これが密かなる
 ぼくの野心だ。ところがゲーテルが
 見事に証明したことを知り、数学をやることに
 絶望感を持ってしまったんだ」
 →但し、その野心は「意味の変容」に繋がると思えた。


まだまだあるが、
今宵はここで止めておこう。。 


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プロフェッショナルの天野篤先生

今朝録画で
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で
順天堂医大の外科医天野篤さんをみて
素直に、感動した。

一途に 一心に

父親をご自分が助手として
はいった心臓手術ででなくされたこと

その父の人工弁を「形見」として
デスクの引出に入れてあること。

年間400回の手術、
その父親にほめてくれるであろうことを
仕事のバネにされていること、

天命に忠実に生きること
宿命ですね、、そう言われた。

ヒーローはアントニオ猪木で
仕事場の椅子に赤いタオルがかかっていた。。

手術成功率は驚異の97%は

月曜から金曜まで一週間
病院の教授室で寝泊まりして、、

手術成功の必然性を構築すること
積み重ねだとわかった。

朝はパン1枚、手術の合間の
バナナと野菜ジュースを食べるだけ、、

その少食は、健康維持の理にかなっている。
その部下が太っていたのが、
逆に気になった、、補佐できるか?


2月の報道で、、

天皇陛下の執刀医を務める心臓外科医
天野篤先生の淡々とした言動を観た。

心臓を動かしたまま行う
「オフポンプ手術」の第一人者。

そのタタキ上げの経歴が
いいじゃない、これぞ外科医と思った。

天野先生にしてみれば
陛下の手術も、いつも通りの手術
の流れだったのではないかと、
想像できた。

なんとなく天野先生のたたずまいが
マリナーズのイチローのイメージと
重なる。。

映像の終盤で

もっとも難関な手術をされた
音楽の先生が、、

手術後意識を取り戻し、
開口一番「家族に会いたい」と
言われた。

そのときだけ、天野先生は
満面の笑顔になられた。


やがて家族が入ってきて
母親を耳元に近づけさせて

「全部、わかっている」
蘇生した娘さんは母親に言われた。。

不思議な言葉だ、、


その言葉は、、
天野先生のお父さまの声でもある、と

そのとき、私は思った。

そういう言葉が織りなす感得こそ

宿命であり、

因縁なのだと、、


余談だが、

91年にC型肝炎を発病したとき
治験段階のインターフェロン投与を
同じお茶の水の順天堂病院でおこなった。

入院費の差額ベッドが高かったな、


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森敦の深い知見にリスペクト01

最近は作家森敦さんの知見にとりつかれている。
その知見と病気の治癒は深い縁があると思えるのです。

もっとも、森さんは医者でもないし、
腹部大動脈瘤破裂で「金玉が痛い!」と叫ばれ、
そのあと「しずかに」にと言われて、
ほどなく絶命されたという、、享年77歳。。


あくまで勝手に自分が思いこんでいること
関心あることに絞るにすぎませんが、、

(全体的な文学評論をしようなどど
 さらさらありませんし、できません)

森敦の思想のおもしろさを
を継続的に、、掲げていきたいと思います。


日本人は森敦さんを埋もれさせていけないのです。
夏目漱石や森鴎外を凌駕する文学者なのですから。。


まずは、、、

たまたま連休中、野沢温泉の方に行った際、初めて、
新井満さんの「森敦-月に還った人」を読みました。

新井さんは1946年新潟生まれの芥川賞作家ですが、
「千の風になって」を作詞作曲し、爆発的に売れたように、
サティが好きな音楽プロデューサーのようなイメージでした。
正直言って、全く関心はありませんでした。

実は、この本は3年くらい前、図書館の廃棄図書の書棚
にあったのを(あ、森敦の評論を書いているのか)と思い、
持ち帰って手つかずにおいてあったのを、なんとなく
今回読んでみたのです。
アマゾンをみると、新刊本の在庫は既にありませんでした。

一読してビックリ、じわじわ感動が今も続いています。

新井さんが栄えある電通のサラリーマンに終わらずに、
今日あるのは、森敦との出会いなくしてはありえなかったのでは、
と思わせるほど深い師弟関係にあったことがわかったから、
だけではありません。

過剰な感情移入を抑制し、たんたんと書かれていて、
森敦の立ち居振る舞いが鮮明に浮かんできたから、
だけでもありません。

なんというか、、
一迅の風が吹いた後のような、解像度の高い、
森敦の実像を示す不思議な本でした。

以下、マーカーしたところをを掲げます。

・小説「月山」は華厳経の哲学をかいたのですよ。
・ザ・スウィングル・シンガーズの1966年「ヴァンガード広場」の中の
 「G線上のアリア」を5回聴いて「忘れかけていたけど、
 思い出したよ…幽玄の文体を、さ。富子、聊齋志異もこれだね。
 この感じで書けばいいんだ」
・「君には光るものがある」
・「そういう土地土地には必ずびっくりするような人物がいたものですよ。
  君ね、地方のほこりを失ってはいけませんよ」
・「文学をやる上で忘れてはならないことは、
  必ず文学上の親を持たなければいけない」
 「まずは文学上の親を探すんです。そこから子としての自分が生まれるのです。
  文学的遺伝子も遺伝するのです。」
・「新人というのは、ジャンルを拓く人のことなんです」
・「できるかできないかわからなくて不安かもしれないが、
  いっぺんとことんやってみなさいよ。ためしてみるんですよ自分を、
  自分の才能を、自分の人生を。ぼくは信じているんですよ。
  あなたはきっと何かえらいことをやってくれる人だと…」
・「男というものは、大なることを目ざして生きなければいかんのです」

まだまだいっぱいありますが、長くなるので、あと二つ、、


小説「月山」の中で、こう書かれている

「死とは死によってすべてから去るものであるとすれば、、
 すべてから去られるときも死である 
 といってよいに違いない」

難しいでしょ?たぶん、、
死に対するパラダイム・シフトを求めているんですよ、
この言葉は

すべてからさられるだけで、さられたあとの自分は依然としてある、つまり不死、、
そう私は解釈しています。。


なので、


もう一つ、、
新井さんの「千の風になって」は、
「そこにはいません」「死んでなんかいません」とうたっているのは、、
森敦さんの知見にたいする、新井さんの返歌に思えてならないのです。

そうした哲学的知見を森敦さんの
「意味の変容」を解読することで、自分の言葉にしてみたいと思う次第です。


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待合室に出身大学の証を掲げる医者は

昨日の土曜日の午前中に
自宅から1分でいける整形外科に行く。

そこに行ったのはこれで二度目で、
昨年の11月に最初は右足膝関節の痛みを
診てもらったのが最初だ。

そのときも感じたし、
昨日も行って感じたのだが、

待合室にベタベタとK大医学部出を
かかげる賞状やエンブレムの類を掲げる
神経がわからない。。恥ずかしくないか?

K大医学部がどれほどのもんなのか?

そういえば去年通った歯医者も
同じように東京医科歯科大の
卒業証書を待合室に掲げていたな、、

二人とも40歳前後の医者であり
歯医者である。

近頃のマーケティング理論
からきているのだろうか、

自己ブランディング化をねらって
どこぞの大学出だから、
患者は信頼をよせる
というヨミなのだろうか?

なんかあざとい感じしてならない

何もそこまで強調することもないだろうに。。

医者の本質はテクノクラートであることだ。

今上天皇(将来の平成天皇)の心臓手術を
執刀した天野篤さんは、1955年生まれの
浦和高を出て3老のはてに日大医学部を出た
外科医で、順天堂医大の教授になられている。

東大病院でおこなった
その冠動脈バイパス手術は天野さんを
おいてほか余人を許さない世界的なレベルだということだ。

しかも天野さんは淡々とした謙虚な言動で、
今上天皇の信頼はとても篤かったにちがいない。

東大病院にそういうレベルの外科医はいない
ということだ。

所詮、どこの大学にしたって
権威があるかないかだけのハコにすぎない。
大事なのは、その医者の知見であり技術だ。
そう思いませんか?



話は戻る、

手の甲の炎症は、レントゲンでは骨に異常はなく、
あとはリウマチの可能性があるので
採血して、来週結果がわかることになる。

かかった費用は4260円だ。
採血結果次第だが、そのK大出の先生が
何を言うか、楽しみだ。

整形外科でわからないとか
阿呆なこたえをされたなら、、

ケンカしようと思っている。


本当に、できる医者は
自分の大学がどこかなんて
患者にひけらかさないものだ
と思っている次第


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2回目のエキシマ照射

昨日の金曜日は火曜日に続き
藤澤皮膚科へ2回目の受診にいく。

11時50分に到着した。
12時で午前中の受付が終わってしまうので、
ギリギリセーフだった。

けどやはり混んでいるので、外出し
すぐ近くにあるサイゼリアでランチをとり、
一時間と思いつつ、不覚にも眠ってしまい
13時25分頃、藤澤皮膚科に戻ると、、

2回目の診察は順番通りではなく
すぐ診察してもらえ、UVB照射がすぐできる
流れになっているらしい、、
(なんだそれならば、
外出せず、待っていればよかったのか…)

幸い、すぐ藤澤先生のコーナーに呼ばれ

目が合うなり、私は
「エキシマはいいですね」と言い
上半身をお見せすると

「おお、だいぶいいじゃないか、、」と
笑顔で応えられた。

「エキシマはいいんだ」何度かつぶやかれていた。

そして
「このあとは週1回でいいですよ」と言われた。


自分もそう思っていたので、また来週の
金曜日にUVBとエキシマの光線治療を受けようと思った。。

たぶん計10回くらい照射すれば、大分改善されのでは?

7月第1週くらいで10回目になる予定だ。。

乾癬コントロールの出口は近い感じがしてきている。



むしろ新たな疾患が、

一月前くらいから
右手の手首と甲の中指のつけねのところが
はれ、右手首も痛むことの方が気になっている。

左手首は痛くはないのだが、、、

リュウマチかな、、と気になりだしている。。


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がん患者は肉を食べてもいいか

最近、朝方の体重は64.0キロ前後で
推移している。

63キロを下回るようにしたいので、
糖質制限を心がけるようにした。

もっとも昨日からだが。

さらに
ビールを飲まないようにすることは
3週間前から意識づけるようにしている。

どこまで持続できるかわからないが、

がんばってみるつもりだ。


昨日午前8時、
粗大ごみの処理にきてもらった。
けっこうな量だった。

連休前、
家の近くをたまたま回っていた人で、

声と目の印象が良かったのと
見積もりが明朗であったので、

携帯番号をうかがっておき、
来てもらったのだ。

32型ブラウン管のアナログテレビを
行政の言う通りに処分すると、
5000円近くになる。

それを他の粗大ごみと合せて
6000円で引き受けてくれた。。

そのひとはタカオさんといわれた。
45歳でお子さんは3人、、
土日だけ、この仕事をやっていて
本業は別にあるという、、

(道理で、、経営者なんだな)

初対面でも
私はけっこう聞いてしまうタイプで

その分、自分が直腸がんであったことも
明かすと、、

タカオさんの父親も
大腸がんステージ4で、他臓器に
転移していた、、と言われた。

なんでも、
肉が大好きで、がんとわかった後も
肉食を続けていた、、と言われた。

溝口徹さんの本
「がんになったら肉を食べなさい」は
玄米菜食療法の危険性を訴えるものだ。

前にも書いたが、

私はその人の身体の中で、がんがどの程度
進捗しているかによって、
玄米菜食療法か
肉食併用療法にするか、
微妙に分かれ、各自が判断するべきもの
という読後感をもった。

がんの最期には,カヘキシア(=がん悪液質)という状態になる。

それはどのようながんであっても最終的に共通して起こる状態で,
加速度的に速さで瘠せていき、
いかなる栄養素の補給を行っても
患者の栄養状態の改善されなくなる状態をいう。


そこで溝口先生の

分子整合(オーソモレキュラー)治療は、、、

つまり、それは身体の中の分子レベルで
何が起こっているかを理解し、
分子レベルのトラブルを補正する療法であり、

身体に備わっている分子(栄養素)を
至適濃度に保つことによって、生体機能を向上させ、
病態改善を図る治療法

であるが、がんと闘う身体を作ることが大事と主張されている。

なので、私は、、

がんでやせてしまうカヘキシアになっていたならば、、
積極的に肉食併用すべし、

カヘキシア以前の段階ならば、
玄米菜食療法にすべし、
と思いこんでいる。


となると、
タカオさんの父親の場合
カヘキシアの状態であったろう最期の食生活は
それでよかったのだろう、、と思った次第、


幸い、私の現在はカヘキシアを免れていると
認識している。


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