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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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森敦の言葉から導きだされた想い

作家森敦の代表作は「月山」だが、
私の場合、20年くらい前に、岩波ホールで観た映画「月山」だけで、
肝心の小説はまだ読んでいない。

雪深い山寺にこもって、狭い障子部屋の中で暮らす映像を思い出す。
当時、だから何なのコレと思って観ていた。

このときだったか、岩波ホールのロビーで、晩年の手塚治虫を見た。
数秒間、一人静かに屹立する手塚先生を見ていて、
偉大な歴史を創った人と、痛く感じ入る自分がいた。

さて、わからないながらも直観的に、森敦はただものではないと見ていた。
放浪と独学と見識の深さという点で、日本のエリック・ホッファーといえる。

そして「意味の変容」という哲学的小説は、
私小説のコペルニクス的転回を図っている。

「任意の一点を中心とし、任意の半径を以て円周を描く。
 そうすると、円周を境界として、全体概念は二つの領域に分かたれる。
 境界はこの二つの領域のいずれかに属さねばならぬ。
 このとき、境界がそれに属せざるところの領域を内部といい、
 境界がそれに属するところの領域を外部という」


世界は「世界」と言った瞬間に内部と外部に分かれてしまう。
世界を「世界」と区切った瞬間に世界は内部と外部に分かたれるが、
世界を「世界」と区切ったものにはその「世界」を世界と区切っている「境界」が見えない。
その境界線を見るためには、「世界」の外部に立たないとならないとなる。

(むむ、、やはり難しい)
そこで森敦の「生と死の境界」という随筆にうつる。以下、ほぼ書き写しだ。

・・・・
わたしは、光学工場、ダムの工事現場、下町の印刷工場など
大中小の様々な会社に勤めたが、

「ひとたび中にはいって勤めれば、
 いずれもなんら変わらぬ大きさを持っていることに気づいた。
 いずれもこの世と同じ大きさを持っていたのである。」
「これは内部と外部を分かつところの境界が内部には属せず、
 外部に属しているからである。」

「内部は、境界がそれに属しないところの領域であるから無限であり、
 無限であることにおいて同等であるものの、
 境界が属するところの領域から眺めれば大中小とそれぞれ異なった
 相貌を呈して来るのである。」 


(スゴイ、三度の転職した自分のサラリーマン生活を振り返り、強い共感を覚える)

「わたしたちの認識は、このようにしてわたしという内部に、
 外部を創造することだと言える。
 いや、このようにしてわたしは、わたしであることを証明し、
 からくもわたしであるということができるのだ」

「なぜなら、わたしたちがこの生をいきていると言い得るためには、
 わたしたちがこの生の内部にあって、まさに生の内部にあることを
 証明することでなければならない。」

「しかも、それみずからをもってみずからを証明することはできないから、
 それを証明するためには、外部をなすところの死をもってしなければならないが、
 境界は外部をなすところの死に属し、内部をなすところの生には属しない。」

「死とはわたしの生から、いずこへかと去るものではなく、
 生のほうからわたしが去られるものである。
 すなわち、境界の属せざるところの領域としてのこの生なる内部が、
 はじめてまったき世界をなすと知りながらも、この生をいきるかぎり
 死を窺い知ることはできない。」
 
「ここにおいて、わたしたちのあらゆる認識がそうしなければならぬように、
 境界がそれに属するところの領域、すなわち死なる外部を
 境界がそれに属せざるところの領域、すなわちこの生なる内部を創造し、
 まさに生の生なる内部に創造し、まさに生の生たるゆえんを証明しようとする
 試みとしての、さまざまな生死なるものが出てくるのだ。」


但し、
「いかなる生死観もたんなる生死観なるにすぎず、
 真実はただ真実らしく現われるあいだ真実であり、
 これを真実とすればすでに真実ではないということにおいて、
 哲学しようという考え方に、わたしを次第に追い込んでいったのだ。」


としめくくる。まさにソクラテスのいう「哲学は死の練習」とはこのことだ。
 
森敦の本地は華厳経であり、
同門の明恵上人が一生を通じて「夢記」を綴ったことの意義が出てくる。

夢は、限りなく死と同じ「境界の属するところの領域」にあるとともに、
夢と気づかぬ限り「生のほうからわたしが去られる」状態にほかならない。


日々の夢に立ち現われる生死観を侮ってならず、
できるだけ記録する、、その価値があると判断している。

1日1ページ記入していた闘病日誌がこのところ白紙になっている。
何を食べて、どう排泄しているとかを書いていたが、
中道治療を充実させるために、変容させたい。
そう、、夢記を入れよう。、、あぁ長い
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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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