折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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戸塚洋二氏の矜持

先だっての記事のなかで、ある方から
コメントをいただいた。


私が書いた
たぶん戸塚さんは内面世界を不可知なものとして信じず、
科学的データの信仰者なのだな、と思った。
ならば抗がん剤をバカバカ投与した行動と、知行合一している。


に対して

「ですが、むしろ戸塚先生は自らの運命を予見して、医療における
新しい知見を残すために科学者としての矜持を果たされたのでは
ないか。私には先生は自らの身体で、抗がん剤の恐ろしさを証明された
とも考えられるのです。」

たしかに、そうかもしれない、と思いました。

ふと、戸塚さんは
実験施設スーパーカミオカンデの復旧工事の取り組み方と
同じような思考方法で、ご自分のガンに立ちむかったのではないかと、思えた。
そして貴重なデータを残されたのだ、と。

ただ、そうしたデータの集積がとれだけ意味があるのかが、
今の私には疑問が残るのです。

それほど「がんには著しい個体差がある」ように思えてなりません。

「リラクゼーション進盟・立川」に行った

すこしシンクロニシティについて・・・

私の病いは、尋常性乾癬、C型肝炎そして直腸がんの術後治療と、、
の3つもあるが、こうなった原因はみな共通していて、
体内の60兆個の細胞の生命力が落ちているから、
とりわけ細胞内のミトコンドリアが弱っていたからと
勝手に判断している。

で、ミトコンドリアの活性化させるには、どうやったら効果的か??悩んでいた。
太陽凝視も気功も効果的と思っているものの、もう一つ手だてが欲しい、と。

すると、先週金曜、髪をきりに20年近く通っている店にいき、
近況報告をマスターにすると、ここのお客さまで、
おもしろい事業を立川で始められた方がいると、
そのパンフと初回体験分のチケットをくださった。

パンフには「細胞を元気にする調圧健康ルーム」のコピーがあり、
開発者の川上進盟という方の説明があった。
直感的に、こりゃミトコンドリアの活性化する方法だと感じた。

早速、今日午後、立川駅北口から5分ほどの
「リラクゼーション進盟・立川」に行ってきました。

ここは、気圧を調整して、細胞内のミトコンドリアに
一種ダマシのような緊急事態のシグナルを感じさせ、覚醒させ、
ミトコンドリア自体の生命力を高めることがネライとわかった。

おぉ、これぞまさしく、シンクロニシティ。
不思議なタイミングで、求めていたものに出逢ったわけだ。

そこは服をきたまま、円筒形の部屋のなかにある長いソファに
ただ50分間腰かけて、呼吸しているだけのこと。
室内温度は27度だったが、10分程度で、手のひらの体温が2度ほど上昇していた。

が、気圧が上がったり、下ったりする。
当然、耳ぬきをする必要があり、それだけがネックでした。

部屋の中に10人程度の男女はおられ、私より深刻な病状の方も
おられるようでしたが、みな一応に、ほてったいい顔をしていた。

しかし私の感覚では、驚くような変化はなかった。
私の体温は、手のひら程の上昇はなく、いつもの36.8くらいだし、
手の甲に、乾癬らしき赤い発疹が1・2箇所出てきたけが、
これは好転反応?かもしれないし、、

「体内に棲む1京個のミトコンドリアよ、どうか、気圧の変化を受け取り、
大きくいっぱい呼吸して、元気を取り戻しておくんなさいまし!!祈ってますよ」


去年亡くなられた倉谷光一さんにも、体験していただきたかったな、、

とりあえず、周一回で3ヶ月間、実験的に取り組んでみることにしよう。

戸塚洋二「がんと闘った科学者の記録」を読む

存命であればノーベル賞の最有力候補であった戸塚洋二さんの
がん闘病ブログをまとめ、それを立花隆さんが編集した本(文芸春秋)です。
立花さんが戸塚さんをリスペクトされていた思いがよく伝わってくる。
ちなみに、立花さんも大腸がん・膀胱がんの患者さんだ。

戸塚さんは、2000年11月、58歳のとき、に大腸がん手術し、
結腸と直腸を30cm切除し、合わせてリンパ郭清をしたところ、
リンパへの浸潤したガンは3個見つかり、ステージ3aと判定された。

私の場合、8個で3bでしたので、転移の可能性は私より低く、
戸塚さんは主治医から「5年生存率は80%」と云われたそうです。

なのに、戸塚さんが率いるニュートリノの質量観測する大装置
「スーパーカミオカンデ」は、2001年大破損事故が発生し、
直ちに復旧作業の陣頭指揮をとられた。昼夜を問わず仕事をし、
作業後は強い酒を飲むのが習慣になっていて、たぶんそうした生活習慣がいけなかった、、

2004年2月、左肺に転移がみつかり除去手術、2006年抗がん剤投与を始め、
ぞっとするほどの薬剤を投与し、結果2008年1月に逝去された。

そういう経過を淡々と科学者の目と記録データを付けられ、
それをブログに掲載された。
今も見ることができ、美しい花々写真も載せられている。

今日、立花さんが亡くなる一ヶ月前の戸塚さんと、
最後に対話したDVDを少しみた。
長身だが、写真と違い、ずいぶん痩せられた戸塚さんの、
その手が抗がん剤に副作用で、とても荒れている様子が窺え、
悲しかった。既に脳にも転移して末期がん患者、
全身細胞毒(腸は抗がん剤のため腐っていた)におかされた姿。

素朴に、最先端の物理科学者が、これほどまでに、
自分の身体を痛めつけることに踏み切ったのかが、
正直、理解できなかった。

もっとカラダ本来の力(自然治癒力)を信じることは
できなかったのだろうか、と。

「私は骨ずいまで無神論者」と言われた戸塚さんは、
マザーテレサの神への懐疑のこととか、
佐々木閑という京大理系出身の、
大乗仏教ではない古代仏教に軸をおく僧侶との対話を
ブログに載せられている。

静かな意見対立、とても考えさせられる対話です。
「我々の宇宙の特殊性は〈人間原理〉に逃げ込む、
つまり我々が生存できる丁度適当なパラメータを持った宇宙が
我々の宇宙であるというアイデアは科学の敗北主義につながる」と戸塚さんはいう。難しい、、

あぁ、プロタゴラスの、人間は万物の尺度という言葉を思い出した。

とても頭がいい人なのに、なんか違うんだ、という思いが走る。

戸塚さんは「心の法則の、心の意味さえ理解していない」と、
内面世界を不可知なものとして信じず、
科学的データ集積の信仰者なのだな、と思った。
ならば抗がん剤をバカバカ投与した行動と、知行合一している。

ともあれ、やはり決めた。私は、戸塚さんのような
抗がん剤投与の道は決して選択しない!!
しかも、そう上で、5年の壁を越えて生きていくぞ、と。

果たして勝算は?
「あり」です。キモは1日の平均体温37度に近づけることで、
現在は36.7度くらいまでに上昇しているところ。

N病院のO医師は温熱療法に冷ややかな評価していたが、
やってみせようではないか!!

今後の治療計画

先週は、直腸がん手術後7ヶ月を経過し、
ゼローダ投与を4クルーを終えたことを踏まえ、
五反田のN病院のO医師の診察を受けた。

その日の血液検査は問題なかった。
腫瘍マーカーの結果は次回になるが、
私の場合、数値が意味あるものにならない「タイプ」らしい
でもこれは別段歓ぶべきことではなく、
私のガンの場合、マーカーが反応しないタイプというだけであって、
油断してはいけいらしい。

あらためてゼローダは休止?する旨、
再度O医師と確認し合う。

3月にCT検査をした後は、
3ヶ月ごとに、N病院のCT検査をすることにとどめる。
4月以降は、N病院に行くのは6月、9月そして12月だけだ。

その代わり家に近い医院に月2回こられる
東大病院のM医師に経過観察をしてもらうことに決めた。


やはりもっとも信頼する医師は肝臓専門医のM医師だ。

「ミトコンドリアの重要性」について
あらためてM医師とのやりとりで確認できた。

「C型ウィルスはミトコンドリアを阻害し、弱めて
 活性酸素とかを生み出し、糖尿病とか様々な疾病をもたらす」

と説明してくれたのだ。

幸い私は、糖尿病ではないが、
ミトコンドリアが弱っていたことが、
尋常性乾癬、C型肝炎そして直腸がんになった原因なのでは?と
推測できたからだ。

なのでミトコンドリアの活性化が、
治療の柱になっている。

M医師からは、そのためには
①過食しないこと、余分なエネルギー源を溜め込まないこと。
②有酸素運動をすることを
勧められた。
つまり、これが私の治療計画の骨子、
つまり少食と運動の生活習慣の構築が治療になるのだ。


そこで、クロレラとかユーグレナとか
ミトコンドリアそのものを食べるようにすれば、
活性化するのはないか?とお聴きしたら、、

M医師曰く、その類推として、
ヒアルロン酸を注射することの有効性は
保険適用になていることから自明のこととなっているが、
それを服用しても、効果ない旨の信憑性の高い研究報告が
最近発表されたようだ。
ユーグレナもこれと同じことが言えるのでは、と。

それが喧伝されないのは、
健康食品産業の景気に影響するため、、らしい。

もとより偽薬とまではいえず、
服用することが有害ではないので、
いい意味でプラシーボ効果が働くとして
とらえられている、ことなののだそうだ。

おもしろいなと思った。
今の私は、昔と違い、
プラシーボ効果はあってもいいと思っている。

倉谷光一さんのこと、その5(完)

年末年始の二週間、抗がん剤ゼローダを飲んでいて、
昨日終わりました。

今回をもって、抗がん剤という化学療法は止めることにしました。
自然治癒能力で、ガン転移を防げることが強くイメージできたからです。

それはさておき、倉谷さんのことで昨日確認メールをいただきました。
まだまだ逝去をご存知ない方がおられるのかもしれません。

倉谷光一さんとは、この方です。

倉谷光一氏

私がお会いしたときには、もう少しやせられていた感じがします。
倉谷さんは理系の方で、NTT系列会社の代表権者でした。

今も心に残る言葉があります。

「いざ、がんに罹ってみると、
 それまでの解は一つという価値観が変容し、
 人生の解答は深く多岐にわたると感じますね」と。

その病院の担当医と、今後の治療方針について対話しておられた。
やりとりの中で、担当医が「それはエビデンスにありません」
語気を強めて、しきりと主張していたのに対して、

倉谷さんは、担当医が感情的にならないように、
相手を包み込むように、自分の方針に向けて、
対話の行方を冷静に誘導されていたことを思い出します。

もし私がその担当医とやりとりしたら、
「エビデンス、なにものぞ」と
腹を立てたことは間違いない、、

「あんな話しぶりはおかしいですよね」と思わず言うと、
「いやいや、若い頃の自分も、ああいう感じでした。
 解は一つと確信犯のように行動していたもんです。」と、
倉谷さんは言われた。(器が大きいな、、)

倉谷さんは、そうしたエビデンスの西洋医学中心のフレームを超えて
代替治療等を取り込んでいる帯津良一先生の考えに傾倒しておられた。

理系の知から脱却されていかれた。
それは、理系脳の方がみたら、きっと変わったとうつることだったでしょう。

でも私は同病の者として、その変容に強く共感していました。
心が弱まったのではなく、心が深まっていかれたと
今も確信しております。

合掌
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