わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2009年02月
ARCHIVE ≫ 2009年02月
      

≪ 前月 |  2009年02月  | 翌月 ≫

胃がんステージⅣの鷺宮高校名物教師

ずいぶん遠ざかっておりました。
どうやら慢性肝炎患者であることを忘れてしまっているのです。
病気に思い悩むといった憂鬱な気分が沸いてきません。
たぶん自分の治療計画が明確にイメージできているからかもしれません。

さて、今月1日、36年ぶりに、
私の母校、都立鷺宮高校に15年間おられた国語漢文教師、
本多啓二先生を囲む会が、西新宿でありました。

50歳を過ぎた卒業生、150人近くが集まりました。

本多先生は、当時NHK教育テレビが取上げるほどの名物教師で、
高校の一角でノラ犬を飼い始め、まだ学園紛争の残滓があった
高校を徐々に緑園に変貌させた人、、その底力は際立っておりました。

「坊ちゃん」の山嵐のような荒々しさはなく、小柄で、涼やかな目が印象的な人でした。

当時他校と比べ「恋愛の鷺宮」といわれ、羨望と揶揄があいまざってみられた高校でした、、
ある意味で、本多先生は、それをを象徴するかのような花の都
フィレンツェならぬ花の学園を、
粉骨砕身、生徒を巻き込んで創り上げていかれた。

生徒一人ひとりの心に、種をまき、花を咲かせていかれたのです、
こんな高校教師はもう日本には出てこないことでしょう、、、
本多土建万歳!!
心より感謝、ありがとうございました。



本多先生は昨年の春まで、
中国長春の大学で日本語を教えておられた。

健康に自信をお持ちだったようで、2000年以降、
健康診断は全く受けておられなかったという。
たまたま昨年、少し胃がもたれる感じがして受診したら、
胃がんのステージⅣ、、、既に肝臓に転移していると、、

その話を幹事より聞いたとき、
これは「生前葬になるのでは?」と感じさせました。


が、驚きました。
本多先生は、どこが病人なの?
と見まがうほど血色もよく、
髪はだいぶうすくなられていたが、
遠い昔と変わらない涼やかな目で、
力強くご自分のガンの報告を私たちにしてくださった。
国語の授業のように・・・

・鷺高の15年間は、わたしの教員生活の全てであった。
・セカンドオピニオンとして築地がんセンターにいったら、医師より
 あなたの病状は「グライダー飛行」のようなもので、
 うまく風をつかまえれば上昇するし、
 でなければ失速し、やがて落下する、と。
・「死に至る病」であるガンの原因となる物質は、
 日々、誰にも等しく発生する。
・それを免疫、ナチュラルキラー細胞が撃退して、
 均衡を保っているのだ。
・その均衡がやぶれる原因は、強いストレスと
 生活習慣病にある。
・わたしは抗がん剤を昨年6月13日で止めにした。
 今後もやらない。
・そもそも抗がん剤はドイツ軍の毒ガスの精製でできたもので、
 他の健康な細胞まで破壊する。
・かといって座して死を待つのではなく、免疫力を高めるべく、
 ウォーキング、朝風呂に入る
 とか常に体を暖めるようにしている。 
・なにしろ今日集まれたみなさんの半分くらいは、
 わたしと同じようにガンになる確率だ。
・みなさんの先駈けになって、グライダーで生きてみるからね。



 ・・・というような「授業」でした。

ふと、
「ホンモノの教師は、ご自分がどんなことになっても、
 常に生徒の心に、言葉を刻むことによって、
 その生涯、生徒を慈しむのだな」 と感じた次第でした。
 
本多先生、生前葬はまだまだ早いですよ。またお会いしましょう!!
訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();