わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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半年ぶりのエコー検査

ここ2、3日の間にすっかり秋らしく、涼しくなりました。

この気温の落差が、私の体には応えます。
肝臓あたりに、鈍い痛みを感じ、倦怠感がやってくるのです。

毎年のことと、了解してはいても、少し不安になります。

ということでもないのですが、
今年から、3月と9月にエコー検査を受けることにしていて、
先週の土曜の夕方、自宅近くの医院で、
エコーの名手M医師に20分程度診てもらいました。

結果は・・・

脂肪肝の兆候は全くなくなった。
肝臓内にある血管腫(ヘオンジオーマ)の大きさは変更なし。
胆嚢内にあるポリープの大きさは従前と変わらず、もはや良性の腫瘍である。
脾臓もはれてはいない。
総じて良好な状態である。

というような結果を直接M医師から、その場で聞いてしまいます。

本来なら、医院長からエコー結果のカルテを見て、お話をいただくのですが、これは吹っ飛ばしてしまいます。

代わりに、月2回、東大病院から肝臓専門医のMY医師がみえるので、来月診察を受ける予約をしました。

たまたまのこととはいえ、
自宅近くの医院で、定期的に
信頼できる医師2人の所見や情報を得るという
自己本位のカタチをつくってしまったような感じがします。
ちなみに、待ち時間などなく、意味のないストレスはかかえませので、このカタチは気に入っています。心地よいです。


実は昨日、このブログをご覧いただいている方から、ウルソが効くかどうか、という質問メールをいただきました。

ウルソも効くと思いますと返信いたしましたが、
とても気になったのは、《医者嫌い》で医師の診察を受けてないご様子であったことです。

私も良くない医者を少なからずみてきましたので、とても共感するのですが、
「嫌いでも避けてはいけない、情報が遠ざかってしまう」と強く感じました。

たしかに新聞や本やネットで、さまざまな情報は得ることができますが、こと自分の病状をどうとらえるべきかは、医者との対話の中で啓発を受けると思えるのです。
当たり前といわれれば、そうなのですが・・・

難しい言葉ならメモっておけばよいことで、

大事なのは、医者の表情や言葉のトーンから、医者自身は言っていないが感じ取るサムシング=暗黙知?があるのです。

そうした一種の暗黙知ですが、すぐには気づかなかったりします。

実は、一ヶ月前、ある会社の国税調査に立ち会いました。
その調査官は全く焦点にせず、指摘もしなかった案件についてでしたが、
突如、その会社の「こりゃ、商法上の重大な欠陥だぞ!」と
気づく経験をしました。

今、早速対策を練り終えたところで、
実にありがたいタイミングの国税調査だったといえます。

たぶん、このような気づきは、長期戦である慢性肝炎の医者とのヤリトリおいても
「きっとある」と思う次第です。

アランの定義「楽観主義とは」

昨年から光文社から出ている新訳の「カラマーゾフの兄弟」が5万部以上売れているようです。

サクッと立ち読みですが、読みやすい感じがします。

大きなリタイアのうねりを持つ団塊の世代が買い求めているのでしょうか。

古典回帰は大賛成です。


で、ドストエフスキー好きだった森有正が翻訳したアラン「定義集」(みすず書房)に、楽観主義(OPTIMISME)について、次のように定義されてるのを発見しましたので、掲げておきます。
(ちなみに、アランはフランスの哲学者で、その人生論は有名です)


生来の悲観主義をしりぞける為の意志的な判断。

楽観主義は、累々苦痛、病気及び死によって打ち負かされるが、
悲観主義が人間に対する判断において自分が優勢になろうとしていると思いたくなるまさにその時に、楽観主義は勝利を収める。

なんとなれば人は常に、自分が欲しさえすれば、少なくとも自分の自由になる範囲内においては、その同類を理解し救うことができるからである。

当然のことながら、人は最も悪い外見をも悪く解釈することは拒否しようとするだろうし、そこに善を求めようとするだろう。

良く考えると、この好意的態度は正義に他ならない。

より正確に言えば、こういう好意的態度を追求することが、最も美しい思いなしによれば、即ち人間嫌い的なものは虚偽である、という考えに基づけば、正義に他ならないのである。


(私見)
どんなに難治性であっても、あらゆる情報をかき集め、優先順位をつけて情報を試し、知らしめる態度を持続させることと、理解しました。

ケフィアに注力するやずやの戦略

このところTVで「やずや」のコマーシャルが気になっています。

乳酸菌と酵母による共生。希少な発酵食品「やずやの千年ケフィア」 

というキャッチコピーです。
さらに、商品案内のメールを探すと、このようになっていました。


「健康志向」でも忙しい毎日は変わらない・・(-_- )
『なんとかしたい!』と思ってる方へ朗報です。

ケフィアの良さをまるごとソフトカプセルに詰めた 
★ やずやの千年ケフィア ★


カプセルだから、いつでもOK!手軽に健康サポート!

ケフィアもヨーグルトも原料は生乳です。
しかし、発酵するときに働く微生物の種類が違います。

一般的なヨーグルトは乳酸菌だけの単独発酵によってできます。
一方、ケフィアは複数の乳酸菌と酵母による共生発酵。
ケフィアの共生発酵は、発酵が頂点に達したときの総菌数が多く、
ヨーグルトの単独発酵に比べて菌がつくり出す代謝産物に違いがあると考えられています。

・・・・・

莫大な広告宣伝費を投下し、やずやは「日本にケフィアの食文化を定着させる!」かのような意気込みを感じます。

そこで私も、千年ケフィアの1週間無料お試しセットをとりよせ、今飲んでいるところです。

飲み始めて二日たっただけですので、体調に特段の変化は感じません。

ただその資料を読み、気づいたことは、

ケフィアは、コーカサス正統種菌を使い、日本で、複数の乳酸菌と酵母による共生発酵させて、生産しているという説明でした。

ケフィアにも正統と亜流があるとは、正直言って知りませんでした。


とりあえず自分もやってみるか?
以前記事にしたコーカサスの168歳?まで生きた人のことが、どうにも気になっていて、ケフィアを「やずや」が始めてたと知り、それなら安心して試すことができるかな、と思ったりしています。

またいずれ、その経過報告をいたしますね。

ところで、やずやさん!
ケフィア戦略と同じように、「ラクトフェリン」をやっていただけたらなと思います。
もちろん森永乳業のものより安価な販売価格で、、、

やずやの千年ケフィア

仙台地裁の薬害C型肝炎判決

9月7日薬害C型肝炎について、仙台地裁が国の責任初めて認めない判決を出しました。

日経の記事は次のとおり・・・

汚染された血液製剤の投与でC型肝炎に感染したとして、宮城、山形、福島の3県の6人が国と製薬会社3社に総額2億9700万円の損害賠償を求めた薬害肝炎訴訟の判決で、仙台地裁は7日、国の賠償責任は認めず、旧ミドリ十字を承継した三菱ウェルファーマ、ベネシス両社に対し、原告1人に限って1100万円を支払うよう命じた。

全国5地裁に起こされた集団訴訟は一審段階の判断が出そろったが、国の過失を否定したのは初めて。製薬会社の責任についても先行4地裁より救済範囲の時期を狭く限定、原告側にとってはこれまでの流れから後退した判断となった。

畑中芳子裁判長は、血液製剤の有用性を認め、国について「違法な権限の不行使はなかった」とした。

・・・

畑中裁判長の論理が少し分かってきました。

まずフィブリノゲン製剤の有用性を認定した上で、

旧ミドリ十字が加熱フィブリノゲンの治験品を配布した1987年4月に非加熱製剤を自主回収し、代わりに加熱製剤の治験品を配布した際に

「肝炎が発症する危険性を排除できないとの副作用情報を提供する指示、警告義務を怠り、医療機関に製剤の安全性が高いという印象を与えた」」と指摘し、旧ミドリ十字の責任を認定しました。

一方、国については、ミドリ十字に対して「時々に応じた行政指導をしていた」などと指摘。感染リスクを伝える指示、警告権限を行使していなかった点を「裁量範囲内」と判断しました。


(私見)
「裁量範囲内」として国に責任がないとした判決は、素朴に納得がいかないものがあります。

欧米とは比較にならない程、医薬品の許認可にシバリをかけている日本です。
国には不作為による過失責任があったのでは・・・

国の行政指導が、製剤の安全性が高いという印象を与える動きを追認、黙認していたのであれば、その過失責任は免れないと考えます。


裁判官は、狭い視野の精緻な法理論にとらわれず、グローバルスタンダードといった広い視点をお持ちいただきたいものです。

C型肝炎の医療費助成の動き

9月5日産経新聞によると、C型肝炎に医療費助成へに向け、与党の間で、対策会合が開かれました。

以下、記事をそのまま掲載します。

 自民、公明両党は5日、国会内で「与党肝炎対策プロジェクトチーム(PT)」(座長・川崎二郎元厚生労働相)の会合を開き、薬害C型肝炎患者に対し、抗ウイルス剤「インターフェロン」治療の医療費助成を来年度予算案に盛り込む方針を決めた。助成の方法や財源などについては再度協議する。PTでは、肝ガンとB型肝炎への医療費助成についても今後検討していく方針。

 一方、ウイルスに汚染された血液製剤「フィブリノゲン」を投与され、C型肝炎になったとして、患者が国と製薬会社に損害賠償を求めた「薬害C型肝炎訴訟」への対応については、今月7日の仙台地裁判決を見極めて対応する。これに関連、川崎氏は月内にも原告団と面会する方向で調整する。

・・・・

(私見)
薬害C型肝炎患者の救済については、既に民主党が積極的な政策提言を打ち出すことが明らかになっています。

そこで、その機先を制する動きを、本気かフェイクかは不明ながら、与党がとったということでしょう。

これも参議院で与野党が逆転したことによる、想定外の効果とみます。


医療費助成の枠組み・程度がどうのようなものになるかは未知数ですが、薬害による肝炎患者にとって曙光といえましょう。

但し、残念ながら、私のような薬害以外のC型肝炎患者が救済される話ではなさそうです。

「生命とは動的平衡にある流れである」その1

今、福岡伸一という分子生物学者が書いた「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)が15万部以上売れています。

この本の結論は「生命とは動的平衡にある流れである」にあります。
生命は決して機械のような「存在」ではなく、その本質は「動的な平衡」にある、という時間軸が介在する「生成」なのです、と。

本の前半で、1950年代以降から今日まで、分子生物学研究の熾烈な競争状態を語るところは、知らないことばかりで、新鮮な驚きがありました。

C型肝炎の解明の前提となる遺伝子構造について、最初に気づき、あるいは解明していった、さまざまな分子生物学者の裏話や、

著者がロックフェラー大学やハーバード大学の研究所で、教授の下働きを経験する話は、

科学者が書いたと思えないような文学的な余韻を感じさせます。


例えば、わき道にそれますが、「ニューヨークの振動」について

この音は、マンハッタンにいればどこででも聴こえる。
そして24時間、いつでも聴こえる。
やがて音の中に等身大の振動があることに気がつく。
その振動は文字通り、波のように、人々の身体の中に入っては引き、入っては引きを繰り返す。
いつしか振動は、人間の血液の流れとシンクロしそれを強めさえする。

この振動こそが、ニューヨークに来た人々をひとしく高揚させ、応援し、ある時には人をしてあらゆる祖国から自由にし、そして孤独を愛する者にする力の正体なのだ。

なぜならこの振動の音源は、ここに集う、互いに見知らぬ人々の、どこかしら共通した心音が束一されたものだから。

・・・

なんか作家宮本輝が書きそうな文章と思えてなりません。

本の帯で、内田樹氏が「超微細な次元における生命のふるまいは、恐ろしいほどに、美しいほどに、私たちのふるまいに似ている。」論評されていることも、ナルホドうなずけます。

さて、一肝炎患者が、この本から得た知見については、また次回としたします。
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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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