折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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肝炎患者と医療保険(3)

引き続き、医療保険について考えます。

今、私の手元に、ある損保系生保の医療保険の約款があります。

健康状態の告知の際、故意または重大な過失により事実を告げなかったか、または事実でないことを告げたときは、保険会社は、将来に向かって保険を解除することができます。

とあり、一方、次の条項で、

保険会社は、その責任開始期の属する日から2年以内に、給付金の支払事由が生じなかったときは保険契約の解除はできない。


そこで、二つの条項を都合よくとらえ「2年間黙っていればどうにか保険金はおりる」として、契約してしまうことを「逆選択」といい、モラルハザードに触れると位置づけられることになります。

そもそも保険は「大数の法則」の上に成り立っています。
大数の法則とは、まるで偶然に思える現象でも、多くのケースを集めて統計を取ることで、一定の法則が見出せることをいいます。サイコロを振り続ければ、6つの面が出る確率が次第に1/6の確率に近づいていくのと同じです。

ところが、逆選択する人がいると、この法則が崩れることになるという論理というか、思想があっで、ダメをうってくるのです。

もっとも最近では、既往症がある人でもOKとする医療保険もありますが、これは保険料の高額化か補償内容の削減か何らかのの手立てで、「大数の法則」を担保しているはずです。でないと保険会社は成り立ちませんから。

では、私のような既に難治性肝炎患者の場合、今後をどのように対応したらよいのでしょうか。

結論としては、自分の医療ポートフォリオを作るとともに、自家保険を工夫する、これしかないかな、と思っております。

自家保険といっても、何のことはない貯蓄・投資と同じことなのですが、医療ポーフォリオの中に、これを位置づけることによって、認識の変化が生まれ、ひいては普通の医療保険契約にひけをとらないファイナンシャルプランが形成される、と思っております。(医療ポートフォリオについては、いずれまた記事にします)

ところで、逆選択かどうか、微妙なゾーンで医療保険に入られた方も、中にはおられるか、と思います。

要は「事実が大事」ですので、例えばペグリバ併用療法によるウィルス陰性、消失した時点のデータ、またその後5年間の経過観察のデータ等は、全て手元に保存しておくことオススメします。仮に保険会社と係争となった場合、何より「事実の疎明」ができた方が勝つからです。

肝炎患者と医療保険(2)

肝炎患者は医療保険をどうとらえるべきか、前回の続きです。

がその前に、医療保険全般について、私はかなり否定的な意見をもっております。

最近は、消費者金融のCMはやや減少気味ですが、一方、医療保険のCMの多さはこの2,3年変わっていない感じがいたします。

①「50歳から入れる」「どなたでも入れる」とか
②「骨折したら最高○百万円」とか
③「お医者さんの診査は要りません」 

といった言葉を、さも信頼できそうなタレント?がアナウンスしていると、たしかに、心は傾きやすいものがありますが。

こういったCMに対して、金融庁は“広告関与規制”をかけていないようですね。

具体的には
①の場合、医療保険にしても、終身保険にしても、死ぬまでずっと保険料を払い続ける“終身払い”だと、ある程度の年齢から、払い過ぎになる、といえます。

また、仮に解約返戻金がある場合、その返戻金は3割程度という驚異的低さです。

保険会社にしてみれば、TV広告料という、相当な先行投資していますので、そうしないと、採算がとれないのでしょう。

②最高○百万円という、「最高」には注意が必要です。
これに該当する方はきわめてマレでしょう。実際の給付金は、おそらく最高額の1割程度になるのでは、と推測します。

③医者の診査が不要の保険を「無選択保険」といいますが、これは保険料は、間違いなく、割高です。

既往症の方とか、その疑いのある方たちが、被保険者の母集団になる可能性があるわけで、高くつくのは当然のことでしょう。

まぁ、こんな感じですが、なによりも問題となるのは、

こういったネットやTVの媒体で、保険契約される方の場合、間に入っている、例えば保険外務員がいませんので、「自己責任」の度合いは、より強く求められる、ことです。

よくよく保険約款を、しかも契約前段階にチェックする必要がでてきます。

じゃあ、保険外務員がきっちり事前説明しているかとなると、それも心もとない、というが現実ではないでしょうか。

そうしたことから、前回の「告知義務違反は2年を過ぎると保険会社は主張できなくなる」ことを踏まえて、例えば、自分は肝炎患者でも入ってしまえばなんとかなる、という思惑(モラルハザード)が働くことが想定できます。

長い・・・次回に続きます。

肝炎患者と医療保険(1)

先月のことでしょうか、どうやら損保系の医療保険は販売を止める方向で動き出すようです。

トップシェアの東京海上日動が、主に医療保険の不払いについて、お詫びの告知をしております。
また、三井住友海上の医療保険は7月に販売中止の行政処分が出されたままで、今も販売できておりません。

こうした失態は、いずれも、販売時に行き届いた説明がされていないことや、保険支払いの審査時に不適切な対応が介在していたことに起因します。

そもそも「物」保険の損保会社が「人」保険の生命保険の商品と重なる医療保険(第三分野)を売ることに、無理があった?とも思えます。

確かに、損保系であろうと、生保系や外資系であろうと、医療保険は申込み人の告知扱いだけですので、例えば肝炎の疾病を黙っていて、保険加入してしまう可能性はあるでしょう。

というのは・・・

医療保険加入が、2年を超えたの後、いざ肝炎で入院した場合に保険会社では、おいそれと不払いにできない事態になります。

そこで、中にはこれを見越して、黙って入ってしまえ、と思う人ももいるかもしれない・・・からです。

あぁ、時間がなくなりました。ごめんなさい、続きは次回です。

かかりつけの肝臓専門医を決める

たしか以前、主治医なんていらない、医者はみなセカンドオピニオンで、最終判断は自分なんだ、と主張しました。

が、今後、無症候性キャリア逆戻り計画を実行する上で、次の条件にかなう、かかりつけの肝臓専門医が必要と判断しました。

1.月一回採血し、データ推移を知る必要から、利便性のよいところ
2.ウルソのジェネリックを処方してくれるところ
3.長期的計画であるから、自分より若い医師であること
4.「無症候性キャリア逆戻り計画」に共感してくれる医師であること
5.肝臓専門医として、情報収集に優れ、頭のいい医師であること
6.「医は仁術」と、患者を思う姿勢がベースにあって、リスペクトできる医師であること

以上です。なんてワガママな患者なんでしょう!

思いあたる医師はただ一人、新宿医院のK先生です。

来年早々、この先生に逆戻り計画を語り、ご指導をいただこうと決めました。

K先生とは、かれこれ3年以上、お会いしていません。

インターフェロン投与が終了した最後の診察のとき、K先生と同じ大学医学部を出た私の従兄弟と、もしかしたら同期では?と思って、その話をすると、立て板に水のように、従兄弟のこと、さらにその父親(=私の叔父)のことまで話された。

従兄弟のことをよく知っていることに、チョット驚きました。
というのも、従兄弟が自分の家のことをペラペラしゃべるような人ではないはず、だからです。

袖振り合うも他生の縁・・・

そんなわけで、きっとK先生は私を覚えていてくださっていることでしょう。

答えは肝臓に訊け

このところ体重は67.8キロか67.6キロのジグザグが続いています。
ただ、胴回りの贅肉もかなりとれてきていますので、膠着状態を気にしてはいません。

私の場合、ダイエットは目的ではなく、あくまで無症候性キャリアへの手段にすぎません。

さて前回の続きです。

無症候性キャリアになるためのに、まず大事な方針は「答えは肝臓に訊け」の思いを常に念頭におくこと、これです。

観念論ではありません。
前にとりあげたNHK「プロフェッショナル」のリンゴ栽培の木村秋則氏のあり様をイメージした上での、方針です。

「技術も心も一緒にともなった人がプロなんじゃないでしょうか」

リンゴの木々の下で、木村氏が仰向けになってリンゴの対話している光景がありました。

「リンゴと会話なんかできない」と謙遜されていましたが、お互いの心は通じ合っている、と直観します。

直観がキーワードであるベルグソン哲学を援用すると、木村氏の、とても今の科学では説明のつかない不思議な成功は、一種の「生への飛躍(エラン・ビタール)」が働いているのでは、と思えてなりません。(あぁ私の話は軽佻浮薄、よく飛び散ります。ご容赦を)

15年前、肝臓は沈黙する人体の化学工場と話してくれた医師がいました。
が、肝臓は決して沈黙してはいません。
苦しいときは、そのシグナルを発信していることを十分に経験しました。

そこで、毎朝一定の時間、わが肝臓をさすりながら、瞑想するかのように、対話をしてみる、これが無症候性キャリアへの方法論です。木村氏の「心」に通じると思います。

そうした上で、
1.今日は何を食べるかを意識し、また何を食べたかを記録する。
2.緑茶を飲む
3.飲酒は限りなくゼロに近い量に留める。(ちなみに私の場合、喫煙癖はありません)
4.あれやこれやの健康補助食品を少しずつ試してみる。
5.体重62キロになるまで、ダイエットする。

以上が無症候性キャリアへの具体的作業であり、習慣化させます。
木村氏の「技」に通じると思います。

な~んだという内容で、恐縮です。
でもこれを1年持続させれば、わが肝臓においても、新たな「生への飛躍」というか、きっと不思議な現象が起きる!と信じます。

唐突ですが、「風の谷ナウシカ」に出てくる腐海(フカイ)は、わが肝臓とイメージが重なります。腐海の意味は深い。いつかまた記事に・・・

ところで、今日の肝臓は「快調です!」と知らせてきました。感謝、感謝

擬似的、無症候性キャリアへの数値目標

今朝の体重は67.6キロになり、徐々に66キロ代の‘後姿’が見えてきました。

昨日、渋谷で無料アフィリエイト講座に参加しました。

5人ほどの講師がどうしたらアフィリエイトで稼げるか、というテーマで、入れ替わり、あたりさわりないワンポイントアドバイスといった内容でした。
無料ですから、テクニカルなことは明かせないのはわかりますし、主催者のネライは100人ほどの参加者の囲い込みであることでは?と容易に想像できるものでした。

その中で「アフィリエイトは事業なのだから、いついつまでに利益をどれだけ上げるか、を計画を立て、紙に書き、持ち歩け!」という話がありました。淵源は、マーケティングのさきがけ神田昌典氏あたりからの思想で、さまざまな人たちに浸透している様相を感じました。

さて、そうした事業計画の考えを、私たち肝炎患者一人一人の「治療計画」についても、同じようにとらえるべきでは、と思います。

つまり、毎年、肝機能をできるだけ良くするように、目標数値を決めることは意味があると、思えます。いずれあるに違いない遺伝子治療の開始まで、時間が稼げるからです。

私がめざす肝臓の状態は「C型肝炎無症候キャリア」という状態です。

飯野四郎先生によると「C型肝炎無症候キャリアとは、C型肝炎ウィルスが体内にいるけれど、人体の免疫機構がこれを外敵とは認識せずに、ウィルスと免疫の闘いが起っていない状態」であり「GPT値が正常」であることをいいます。

おそらく、C型肝炎ウィルスが見つかった人で肝炎になっていない人がいるという現状を踏まえて「C型肝炎無症候キャリア」と命名したと想像できます。きっと最近の研究成果でしょう。

既に、16年も立派な慢性肝炎状態である患者が、さかのぼって「無症候性キャリアになる」という発想は医学的には変なことなのでしょうが・・・

でも、一患者としては、名前のついた肝臓の状態に持っていければ良いのです。
ポジショニング、即ち自ら立ち位置をもつことは、楽観主義を標榜するマインドには、大切なイデア(理念)なのです。

現在の私の状態は、高ウィルス量(しかも5000超KIU)で、肝機能は
GOT 29
GPT 42
γGPT 66
血小板 20.1
になっています。

これを2007年の後半に向け、そのまんま高ウィルス量であっても、肝機能は
GOT 30以下
GTP 30以下
γGPT 50以下
血小板 20維持
  にしたい。いずれも正常値にしてしまう計画です。

肝機能を意識的にコントロールできるわけがない、という考えも、去来するのですが、やってみようと思います。

ではどうやって擬似的、無症候性キャリアにさせるか、というと・・・次回へ

美味しいリンゴの木からのヒント

おととい、うっかり朝食前に体重をはかることを忘れ、食後にはかると68.8キロになっていましたが、今朝67.6キロと記録を更新しました。

昨日は体調が悪く自転車に乗りませんでしたが、食事はしっかりとっていましたので、原因は今ひとつわかりません。

きのう就寝前に、リンゴを半分食べたのがよっかったのか・・・リンゴによるダイエット効果か?


さて昨夜、NHK「プロフェッショナル」は秀逸で、とてもヒントになりました。

青森でリンゴ農家をされている木村さんの話です。

合理的に農薬付けや大型散布機を入れ、人間の手によってリンゴを育てるという普通の農法を止めて、四季の移り変わりを重んじ、リンゴの木そのものが主役になり、人間はその手助けに回るような自然農法です。

何しろ、農薬づけを止めると、やがてリンゴは害虫にやられ、立ち枯れの状態になっていく様相は、深刻でした。

8年間農業収入は途絶え、一時は自殺も覚悟するほどの命がけ闘いの中、
何十回も読まれた一冊の自然農法の本が、行動の原点であったようです。
一冊の本、これもヒントでした。

8年後、美しいリンゴの花が開き、それはそれは美味しいリンゴの木が生まれたのです。
誰もが絶賛するほど、驚異的な美味しさのようです。

リンゴの木の下で仰向けになられている姿や、リンゴの木に季節を感じてもらおうと、マサカリで雑草を丁寧に刈り取る姿は印象的でした。

この番組によく出てくる、颯爽としたプロフェッショナルとは異なり、全く気負いがない木村さん、その前歯の抜けた58歳の笑顔、思いやりがにじみ出るような声の響きを聞いていて、美しい心を持った日本人だなぁ、と感動しました。「大事なのは心と技だ」と言われた表情は美しい。

見逃された方は、深夜の再放送を是非ご覧になられることをオススメします。

それで、ふと気が付いたのです。

私たち肝炎患者の肝臓病治療も、実は、こうした農薬付けのリンゴと同じではないか、と。

そして、ちょっと変な言い方ですけど本当のあり方は、肝臓本来の自然治癒力(ホメオシタシス)を主役に、その持ち主の患者はセコンドに回るべきだ、と。

次回から、私の 「2007年治療計画!無症候性キャリアに戻る道」を考えてみたいと思います。

肝臓に血管腫あり

私の場合、最低年に1回、地元の医院で、肝臓のエコー診断を受けております。

エコーに特化した、職人芸のような医師(お名前はM医師としましょう)が週に1回きていて、それが上手なのです。

もうかれこれ15年、20回以上は診てもらっていると思います。

エコーにうまい下手があるか、と思われるかもしれません。
でも、患者の私としては、「ある!」が答えです。

ご存知のとおり、画像は、どこが肝臓の部位なのか、私たち素人にはよくわかりません。
いわれてみれば、そうかな?と思う程度ですよね。

患者の勘でしかないのですが、他の病院のエコー診断の医師と違い、M医師は、おなかを押し当てるマウス(みたいな機具?)の力がとても強く、的確にとらえているのでは、という印象をもつのです。

強くマウスを押す理由は、おなかの中ののガスを押し出し画像を鮮明するためだと、あるときM医師は教えてくれました。

きっとガンが発生していれば、たとえ微小なものでも、とらえてくれるに違いありません。

それぐらい職人の腕をもった医師で、出会えたことに感謝しています。

診断中も質問すれば、その場で答えてくれます。
今年は8月に診断したのですが、毎回、私がいつも聞くことは、同じ。

ヘオンジオーマの大きさはどうですか?」
「前と変わらず、○○の大きさです(スミマセン数字と単位を忘れてしまいました)」といわれ、安心するのです。

ヘオンジオーマとは、肝臓内にある血管の腫瘍で、悪性のものではありません。

が、C型ウィルスが大量に生息する私の肝臓では、いつヘオンジオーマが大きくなり、あるいは悪性に変異するか、不安があるのです。

今のところ、隣接する臓器も異常はでておりません。

ですので楽観主義に基づく「事後的無症候性キャリア」への道は十分開かれている、と勇気付ける材料にしております。

ドラッグインフォメーション

私は、肝炎治療といえるものはウルソを飲むことだけです。

しかもウルソのジェネリックである「レプター」を飲んでいます。

特許きれの薬品なら、薬価の低いジェネリックでよい、安いにこしたことはない、と判断しておりました。

ところが、です。清川病院のY先生は言われました。

「ジェネリック医薬品は、ドラッグインフォメーションがないことが欠点だ」と

薬品の化学式がオリジナルと同じであっても、ジェネリック薬はジェネリック薬として、せめて医療関係者向けに、独自の「取扱説明書」があるべきなのに、そのドラッグインフォメーションはなおざりにされている、と。

そのことを指摘すると、あろうことか、ホンモノの、オリジナル薬の情報を持ってくるという状況があるようです。

素人目にも、製造方法の詳細が同じわけではないのだから、変な話だと気が付きます。

前にも触れましたが、強力ミノファーゲンは、絶対にジェネリック薬はダメです。やめましょう。肝機能がかえって悪くなる可能性があるからです。

じゃウルソは?と質問しましたが、Y先生は微笑むだけで、明解な回答はいただけませんでした。

再び宮沢賢治の詩

先日の記事がきっかけとなって、図書館で、あらためて宮沢賢治の詩を読むことにしました。

私は「銀河鉄道の夜」や「グスコーブドリの伝記」などの童話?は好きでよく読みましたが、賢治の詩はほとんど知りません。

小学校の頃に、少年少女向けの宮沢賢治の伝記を読み、賢治の生き方に共感しておりました。中でも、鮮烈の記憶に残っているのは、37歳で死ぬ直前、自ら体を手ぬぐいで洗い清め、従容として死をむかえた、というエンディングの場面・・・

恐いというより、厳粛な何かを感じたのでしょう、実はその本だけは、今でも自分の書棚の奥のどこかにあります。

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賢治は、その死の4年前に、1929年2月に「疾中」という詩集の中で、次のような不思議な詩を書いています。
以下原文のまま・・・

われやがて死なん
今日又は明日

あたらしくまたわれは何かを考える
われとは畢竟法則以外の何ものでもない

からだは骨や血や肉や
それらは結局さまざまな分子で
幾十種かの原子の結合
原子は結局真空の一体
外界もまたしかり
われが身と外界とをしかく感じ
これらの物質諸種に働く
その法則をわれと云ふ

われ死して真空に帰するや
ふたたびわれと感ずるや
ともにあるのは法則のみ

その本源の法の名を妙法蓮華経と名づくといへり
そのこと人に菩提の心あるを以って菩薩と信ず
菩薩を信じることを以って仏を信ず
諸仏無数而も仏もまた法なり

諸仏の本源の法これ妙法蓮華経なり
帰命妙法蓮華経
生もこれ妙法
死もこれ妙法

今身より仏身に至るまでよく持ち奉る


宮沢賢治は全身で、法華経の世界を、その命の中心軸にしようとした、と感じます。
と同時に、この詩から真剣に「今を生きる」ことの大切さを感じとります。

1996年、緒方直人が賢治役をやった映画「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」の冒頭で、いきなり題目を唱える賢治が出てきて、少しギョッとした記憶があります。

鉱物や化学等の科学に深い造詣を持つ教育者の一面と「法華経の行者」たろうとした内面を、カオス(混沌)とみる人もいるでしょうしょうし、コスモス(秩序ある世界=宇宙)とみる人もいるでしょう。

生もこれ妙法
死もこれ妙法
のくだりを読んだとき
何年か前、米国でもっとも権威のある大学で
生も歓喜
死も歓喜
 
とスピーチし、講評した9?歳の経済学者ガルブレイスをして「私の中に希望の光をともしてれくれた」と言わしめた一日本人のことを思い出しました。わが母校の創立者です。
やはりこの方のバックボーンは法華経であり、その言葉の本質はきっと同じに違いないでしょう。

とにかく、今ここにきて、超難治性肝炎と判明した身としては、業病という宿命を使命ととらえ、希望を失わず「死も歓喜」と、従容とした最期を迎えられる人生にしよう!と決意する次第です。
そばを食べ、カッカッカと笑ってから、死ねたら最高ですね。
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