折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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事後的、無症候性キャリアで、時を稼ぐ

昨日、「こりゃ、業病ですね」とK先生に言い放ったとき、K先生はなんともいえない笑みを浮かべられた。

真摯な臨床医として、患者のことを考えようとする表情だなぁ、と受け止めました。

そしてY先生は次のようにいわれた。

「ウィルスの多さと肝炎の進行とは関係がない」

「いいかえると肝炎の進行によって、ウィルス量が増える、ということはない」

つまりウィルス量の少なくても、肝機能が悪い患者はおられる、ということでした。

私の場合、肝機能が安定していることを重視して、あまりウィルス量にとらわれてはいけないのでは・・・と思えてきました。イヤ、思わないとやり場がないのです。

これまでの「悪の根源」であるウィルス量だけに、目を奪われるのではなく、今は、意識的に発想を次のように変えよう!

つまり、さんざん肝炎治療がやってきてはいますが、事後的に、無症候性キャリアもどきに、自分の体を作って行こう、と。

そして、そのカラダのままを維持させ、三剤併用療法が保険認可として治療できるまで、時を稼ぐことにしよう!これっきゃない。

まだまだ楽観主義のカンバンは下ろしません。

本質的に、遺伝子治療が始まるまでの時間の問題であって、将棋でいえば、既にツンデイルのですから。あとは、個体が間に合うかどうかだけ、のこと。

それにしても、今日の自転車通勤、路肩を斜めからの上ろうとしてコケてしまいました。

やはり、少し動揺があることを認めねばなりません。

深刻な難治性と判明

午前中、清川病院Y先生の診察に行きました。

血液データは
GOT 29
GPT 42
γーGTP 66


そして肝心のPCRは5000KIU/ml以上で正確な数値は測定できない、という結果でした。

わが肝臓に、ものすごい量のウィルスが生息している、ということです。

思わず「こりゃ、業病ですね」とK先生に言ってしまいました。

さて、どうするか・・・次回にします・・・

そうそう、飯野先生は、12月より清川病院で診察を少しずつ再開されるようです。
やはり入院されていたようで、体調が懸念されます。

みかんダイエット

私の体重は、順調に減少して行っています。

おとといは68.4キロ、昨日は68.0キロ、今朝は68.4キロという具合です。
右下に掲げたグラフのように、ジグザグと下降していけばよいのですから。

10月上旬、体重は72.3キロありました。ずっとそのくらいの数値を漂流していました。
それがここにきて、痩せてきているのです!

実は、自転車通勤だけでなく、もうひとつ「みかんを食べる」ことを、この一月の間、実践しています。

10月22日(日)たまたま「発掘!あるある大辞典」を見ていて、知ったのです。
『あなたのダイエットフルーツはどっち?みかんorリンゴ』

結論は「みかんでやせる黄金法則」と「りんごでやせる黄金法則」の二つを発掘したことです。

くわしくは、そこに飛んでいって見てください。

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私の場合、肥満原因は、脂質ではなく、炭水化物の取りすぎでした。

それにはみかんがよい、とマチャアキは次の黄金法則をノタマワレタのです。

「みかんでやせる黄金法則」

1.食前に1個食べるべし!!
理由・・・食前に摂れば、みかんに含まれるペクチンが、効果的に働く。

2.すじ・ふくろごと食べるべしっ! 
理由・・・糖の吸収を抑えてくれるペクチンはすじに含まれている。

3.青いみかんを食べるべし! 
理由・・・シネフリンというダイエットパワーは青いみかんに多く含まれている。

その実験をされた方々は、苦しいトレーニングなんてすることなく、ただ黄金法則のとおり、みかんを食べるだけで、二週間後に2~3キロもやせていたのです。

これならできる。やるっきゃない!
青いみかんはもう巷にはないので、ふつうのみかんで、10月23日から、やることにしました。

そうしたら、ガンガンと減量してきているのです。
もちろん自転車通勤との相乗効果はあると思います。
みかんを仕事場に持って行き、昼食、夕食の30分くらい前に食べるようにしています。

単純ですが、試してみる価値はあると思います。

宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」

1991年10月、C型肝炎治療で、御茶ノ水の順天堂病院に入院した際、ちょっと不思議な「死」の感覚を味わいました。もう記憶が定かでないのですが、よくいわれる臨死体験でありません。

この年は私が37歳になる年でした。

入院してから3日間、泥のように眠りつづけたのですが、それでも寝たりないといった全身倦怠感が続くのです。

最初にインターフェロン注射をした日だったと思います。
(当時のインターフェロンは品質があまりよくなく、副作用はひどいものでした)
一昼夜、高熱と頭痛の中、自分の意識が深くどこかに入っていく感じを味わいました。

その頃よくCDで、モーツァルトの「レクイエム」を聴いていたのも影響していたでしょう・・・

暗い世界に漂う感じで、痛みはなく、全身涼しい風を感じ、このままどこかに流れて行くと、先に「死」があるなぁと予感しました。

が、この流れは、あるがままになることであって、なることは恐いものではないなという感覚がおしよせてきたのです。~alone again naturally~

夢ではなく、かといって幽体離脱といったダイソレタものではありませんが、不思議な経験でした。

眠りから覚め、ふと、宮沢賢治は37歳で亡くなったことを思い出しました。
そして「地獄の季節」の天才詩人ランボーもまた、37歳で亡くなったことに気づきました。(1854/10/20~1891/11/10没)

C型肝炎と判明でき治療していなかったら、自分も同じ?ようにホントは37歳で死んでいたに違いないと感じたのです。
偉大な二人と自分を重ね合わせてしまうあたり、妙な患者でしたが、死の執行猶予がもらえた?と思い込んだのです。

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宮沢賢治の有名な詩で、「雨ニモマケズ」があります。

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち

慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず

野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり

西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい


高校の頃、初めてこの詩を読んだとき、「行ってこわがらなくてもいい」ということが大きな疑問となって、ずっと記憶のどこかにありましたが、それが氷解する経験をしたのだ、と認識しました。

宮沢賢治は決して気休めの言葉を詩にしたのではない!と断言します。


感覚が研ぎ澄まされたのでしょうか?
それから病院の窓からうかがえる街なみの木々が紅葉していく様は、今まで感じことのない鮮やかさに感嘆することしきり、でした。

C型肝炎になったことにより、このような不思議な感覚、変貌する経験をもてたわけで、私の肝臓に生息するC型ウィルスに感謝?しなければならないのかもしれません。

【今朝の体重は68.0キロ!減量記録を更新

頻繁にお茶を飲もう

飯野四郎先生は、C型肝炎患者に対して、一日1リットル以上のお茶を飲むことをすすめられております。

その理由について、飯野先生は次のように述べられている。

C型肝炎患者の人は肝臓に鉄がたまりやすく、これが肝機能を悪化させ、GPT値を上げる一つの要因になっていることがわかってきている。
鉄をとり過ぎないように、日常気を配る必要がある。
体内の鉄を減らすために、比較的簡単な工夫として、
おすすめは、お茶をたくさん飲むことです。


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話の前提となる「鉄ワルモノ説」について

ちょっと待って、「え!鉄分って肝臓にいけないの!聞いてないよ!」という驚きがこの話を初めて知ったときの思いでした。

教えていただいたのは、2002年の冬、新宿医院のK先生でした。
「だから、寿司でマグロはだめですよ、シジミも控えめに、レバニラなんかもってほか」ですと、強く指導を受けたのです。

ホントに驚きました。

よく疲れたときには、肝臓によいと思ってレバニラ、レバ刺しを食べ、シジミの味噌汁をいただいていましたし、今でも寿司は赤身が一番美味しい(中トロ、大トロなんて昔の人は食べなかった!)と思っております。

K先生は、小耳に挟んだ知識というノリで、新聞の切り抜きを見せてくださった。
情報ソースにてらいがなく、かえって好感がもてました。

「鉄ワルモノ説」はホント寝耳に水の話です。それまでどの先生も、インフォームドコンセントのなかで話してはいただけなかった。

これもまた「情報の非対象性」を物語る出来事でした。

そこで2003年以降は、鉄分の食材は意識して自粛しております。

で、飯野先生の、お茶を飲むススメの話に戻ります。

鉄の吸収を抑えるために効果的なのは、緑茶、紅茶、ウーロン茶、ジャスミン茶など、本当のお茶の葉を使ったお茶を、1日1リットル以上飲むことをススメています。

どうでしょう?となると、たしかウコン茶は根っこだから、ダメなのか?

たまたまですが、私はお茶をよく飲みます。寿司屋でも、お茶を3杯くらい飲んでいました。
あ~よかった。

また仕事場に、たまにポットにジャスミン茶を持っていったりしていますが、これからは自転車通勤ですので、意識して持っていくことにします。

C型肝炎の同士のみなさま!頻繁に、かつ大いにお茶を飲みましょう!

ちなみに、今朝の体重は68.2キロになっていました。
BMIは24.1で、23代が見えてきました。

感染性胃腸炎になる

日曜、今月1歳になる長女が、感染性胃腸炎になってしまいました。
どうやらロタウィルスといって、冬に乳幼児に多発する胃腸炎です。

急ぎ3人で、区の休日診療所にいくと、医師が「今流行しています。ご両親にもうつるかもしれませんので、気をつけて」といわれた。

そこで、手を洗うこととウガイをすることを意識していたのですが、月曜の夜から、お腹がおかしくなってしまいました。

寝ていて「おしりが火事になってしまったか」と飛び起きたら、下痢していたのです。それからトイレに行くこと数回。

昨日は終日寝ているだけ、食欲はわかず、ポカリスエットを飲むだけで、頭の中はボーっとしていました。

が、今朝、体調はだいぶよくなっていました。
胃腸炎のウィルスでも、ウィルスを退治できるのはウレシイもんです。

娘もどうやら、回復に向かっているようで、家をでるとき、いつものように手を振ってくれました。一安心です。

おまけに体重は68.4キロになっていました。
食べればまた元の69キロぐらいに戻るのでしょうが、それでも月初と比べ1キロ以上ダイエットが進んでいることになります。

一ヶ月で1キロのダイエットが目安です。

胃腸炎程度の病気なら「ダイエットの材料」と考えるプラス思考もありではないでしょうか!

26歳の猫がいた!

先週土曜、注文していたブリジストン自転車の「ラクロス」が届いた旨、報せがあり、自転車屋にとりに行きました。これでママチャリよさらば、です。

徒歩で40分かけて自転車屋まで行く途中、ふとある店のウィンドウに「今年26歳の飼い猫」のデジカメ写真が貼ってあって、思わず立ち止まりました。どこにでもいそうな白い猫でした。

が26歳の犬猫なんて、私は一度も見たことはありません。

人間におきかえると108歳だそうです。
店内に、実物は見当たりませんでしたが、スゴイ感動でしたね。

NHKで「100歳」になられた方々の、10分程度の短い番組があります。
どなたも100歳とは感じさせない、元気なお姿の方ばかり。
毎回スゴイと感じ入って、見ていますが、白い猫はそれに近い感動がありました。

「健康で長寿」ということは、それだけで、意義深いものがある、と思えるのです。

河島英吾の「生きてりゃいいさ」という歌詞は深い。

歩いたせいか、翌朝、体重は68.8キロになっていました。この15年間でもっとも軽い体重です。そう、基礎代謝が活性化し始めているのです。

進む体質改善

現在、私が行っている治療行為といえば「ウルソ」を飲むことだけです。
肝臓によさそうな健康補助食品をとってはいません。

1日6錠(600mg)を朝昼晩と食前に飲むよう、心がけています。
が、ついつい忘れていたり、します。

2年ほど前から、強力ミノファーゲンも注射していません。
注射しても、あまり意味のないGPT値50くらいを漂流している状態だからです。

目下、最強の治療法である「ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法」も、行ないません。
余裕ないですし、仮に行なっても、私の場合肝臓からウィルスが消失することはないだろう、と推測するからです。

次の「ペグインターフェロンとリバビリンとプロテアーゼ阻害剤の三剤併用療法」が本格的に始まるまで、ひたすら待つつもりです。
ですので、現在闘っているお仲間のように、肝炎治療に励んでいるとはいえません。

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このような状態であってもウルソの服用とバランスのよい食事と通勤自転車の励行で、次のような変化が表れ、ゆるやかな体質改善が進んでいる、と感じています。

1)実は、私は肝炎のほかに「尋常性乾癬」という皮膚病を抱えていて、例年冬になると、体中がかゆくなり、おでこが異様に赤らんだりします。が、今のところその症状は出てきておりません。

2)11月に入ると、下着の長袖を着たくなるほど、寒がりなのですが、今のところ半袖で十分です。

3)なんといっても、ウエストが84cmから79cmくらいにまで、細くなり、ベルトを短くカットしました。昔着ていた服の方が丁度よくなって来ました。これはとても気分がいいです。

肥満は肝炎の進行の悪化に拍車をかけるといいますので、こうした体質改善は、悪化を抑制するとみます。

そうして、いざ「三剤療法」を実行する暁には、ウィルス除去に向けて「著効」の体になっている!と強く信じるものです。

グーグル違反に反省

昨日載せた記事がグーグルアドセンスの「クリック誘導」に該当するとして、グーグル広告を削除されていました。帰ってきて、先ほど気づいたのです。

正直申し上げて、全く「寝耳に水」のことで、今グーグルアドセンスのルールをよくよく読み、新鮮に驚き、反省する次第です。

私のような愚行をされる方は、おられないとは思いますが、自戒と警鐘の意味で、あらためてグーグルアドセンスのルール違反となる4項目を以下に掲げておきます。

◎サイト運営者様がご自身のウェブページをクリックする

◎サイト運営者様が第三者にクリックを誘導する

◎自動のクリック プログラムやその他の不正なソフトウェアを使用する

◎広告コードの一部を変更したり、何らかの理由でレイアウト、動作、  ターゲット、広告掲載を変更する


以上です。

うっかり、私と同じような轍を踏むことがないよう、ただただ願うばかりです。

強力ミノファーゲンのジェネリック

一般的に難治性C型肝炎患者は、倦怠感等で体調が思わしくなくなると、よく強力ミノファーゲン(以下、強ミノ)という薬剤を注射します。

けれども強ミノは、ウィルス除去といった根源的な治療薬(原因療法)ではなく、対症療法といって、肝機能悪化を抑制させることにとどまります。

肝細胞の壊れ具合を示すGPT値が70を超えるようであれば、強ミノを一定期間、週三回とか集中して注射することを、飯野先生はすすめておられます。これにより、GPT値が平常値に戻り、体調がかなり回復するからです。

私も最初のインターフェロン治療後、10年近く、倦怠感が表れば、強ミノ注射を週2回~3回、1回60mlほど注射をうつ、という習慣がありました。今はやっておりません。

私の場合、注射を打つと、手足の末梢神経がピリピリとした感覚を味わいます。その後眠気が訪れ、勝てずに寝てしまいます。で、この眠りから目が覚めると、かなり心地よくなるから不思議な薬です。

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強ミノは、長いこと、株式会社ミノファーゲン製薬の一社独占の医薬品でした。

今サイトを見て、創業者はかつて衆議院議員であった故宇都宮徳馬氏とあり、驚きました。
宇都宮氏は日中友好に尽力した、気骨ある、波乱万丈の政治家でした。
創業者もすばらしいし、薬もすばらしかったということでしょうか。

かったと過去形なのは、特許期間が経過し今は、強ミノと同じ化学式・化学成分でできたジェネリック医薬品が、廉価で市場に出回っているからです。

が、このジェネリック医薬品は問題があります。

飯野四郎先生は「多くの類似薬は効果が明らかに違う」と書かれています。
同じ成分でできていても、使用しているとGPT値が異常値になったりすると指摘されています。
 
ですので、このことを知らない医者が、安いからと利用しているところに、うっかり運悪く、ジェネリック薬で治療されることのないよう、私たち患者は十分に注意しましょう。

なおジェネリック薬品については、別の機会にとりあげることにします。

高ウィルス量基準、その2

先週に続き、PCRウィルス量について、清川病院Y先生のお話です。

先生曰く『850から5000までは測定できるようになったことから、高ウィルス量の中をさらに、次のように分類しては、と考えている、

 比較的少ない部位 ・・・101から500まで
    中くらい部位・・・501から1000まで
    多い部位  ・・・1001から5000まで、と考える

そして、PCR500以下の少ない部位では、ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法で、ウィルスを消失させる可能性が高い。』という見解でした。

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つまり、ウィルス遺伝子b1タイプの難治性は、近いうちにPCR500以上の場合にする、という評価に変わるのかな、という印象を持ちました。

単にカテゴリーを細かく分けただけ、評価の変更だけかもしれません。

それでも聞いていて、そう分類してくれた方が、患者として自分の位置が確認でき、納得しやすい、と思えました。

なんとなく、多くの医者はPCR数値について、患者が意識する程には、重くとらえていない感じがしてなりません。
現状、おそらく患者のPCR量の分布図・データ採りもしていない。その程度の認識なのでしょう。

Y先生はレアな存在であって、日ごろの臨床経験とウィルス測定法の研究をされているからこそ、見通せる「評価の細分化」なのでは、と。


けれど、PCR500以上の患者にはどのような治療があるのか
    PCR1000以上の患者はどのような治療があるのか、

(ちなみに難治性の患者を「ノンレスポンダー」と呼ぶのだそうです)

肝臓専門医や医薬品研究機関は、真剣かつ前向きに考えて欲しいと、願うものです。

Y先生は、近い将来、ペグインターフェロンとリバビリンとプロテアーゼ阻害薬の「三剤併用療法」が始まる、といわれていました。

そうなれば、きっと中位以上のウィルス量の人にも“明るい展望”がもたらされることになるでしょう。

ちなみに、その初診の日、1年ぶりにPCR測定しました。結果は今月下旬に判明いたします。  

1円をあなどってはいけません

郵便局の通常貯金の話です。
2005年3月で打ち切りになりましたが、それまでは通常貯金を1日1000円預け入れると、1ヵ月後に1円の利息がつく仕組みになっていました。
休日を除き毎日1ヶ月やれば、一つの通帳で22~23円なります。

ショボイ話で恐縮ですが、私はこれを6つぐらい通帳を作って、半年近くやってみました(笑)。

「1円をあなどってはいけない、積もれば山になるはず、そしてこの作業から何かを感じ取ろう」と単純に思ったのです。

・・・(閑話休題)・・・・・・・・・・・・・・・・・

1円に価値を感じられる方に、是非お願いがあります。

←「クリックで救える命がある」の正方形ロゴをクリックしていただき
 さらに、その中のスポンサー企業の表示をクリックしていただくこと
 というお願いです

 そのワンクリックで、クリックされた企業から慈善団体に1~2円が
 寄付されます。クリックだけで、何のリスクも発生いたしません。

 スポンサー企業は9社出店していますので、9回クリックすれば20円
 近い寄付になります。
 
 寄付の対象は恵まれない子供達や、地球の緑です。 
 私は日々感謝の思いで、1日1回、クリックしております。
 
 共同募金の季節です。ワンクリックにご協力いただければ、
 とありがたく存じます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1円貯金で感じたこと・・・

それは、銀行の普通預金では、1000円預け入れても1年後に1円になることはありません。

が、国の機関である郵便局では、2005年3月までは利息が1ヶ月後に発生していた。それを国は国民に分からないように、立ち消えにして行った。新聞ネタにも、ほとんどなっていませんでした。

何が言いたいか、というと「情報の非対称性」です。

このブログを書く動機の根っこにあるものです。

「情報の非対称性」は、その情報を知っている人々が優位者となり、知らない人々が劣位者となる、という情報格差を表しています。

「C型肝炎患者は、決して情報劣位者になってはならない」と強く主張するものです。

高ウィルス量基準が判明、その1

今日の午前中、清川病院の副院長Y医師の診察を受けてきました。
初診なので、問診表に「ネットでY先生の論文テーマをみて診察を受けたく・・・」と動機を書きました。

Y先生の名は、よく女性にある名前だったので、女医では、と思い込んでいました。
が、男性の声で私の名が呼ばれ、あれって感じで診察室にはいると、50歳代後半?とおぼしき風貌のY先生がおられた。

こりゃぁ、私の早合点、Y先生は女医ではありませんでした。

お話を伺っていて、C型肝炎患者の有り様をよくご存知の先生だな、と直感しました。

Y先生は、患者の思いを親身になって対応される、お持ちなっている知識を惜しみなく系統立てて、お話してくださった。

以前、新宿医院のK先生の初診のときも、同じように系統だったC型肝炎レビューをしてくださった。

あぁそうか!ホンモノの臨床医は、その患者の思いに合わせて、行き届いたアウトプットができる医師なのだ、あらためて痛感します。

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深い知識があっても、患者に対して適切な説明ができない医師は、多い。しかし、臨床医としてホンモノかどうかは、患者の方で判断しけなければいけない、のが現実です。

主役は私たちなのですから、ビシバシ判断し、仕分けしましょう。

さて、本日のテーマです。

C型肝炎ウィルスの中の遺伝子b1タイプでウィルス量の多い、少ないの境い目となる、ウィルス量の値は、いくらですか?

結論は、PCR100以下が少量、PCR100以上が多量です、
という明解な答えでした。

PCR測定法は、この数年、いくつか変遷があるが、「PCR100」を区切りと考えてよい。そして日本の遺伝子b1タイプの患者は、多量系患者が圧倒的に多い、という回答でした。

そういえば、2002年10月東大病院で、私がインターフェロンとリバビリンの併用療法を始めるに際し、担当医師から「まずはPCR100以下を目指しましょう」と励まされたのは、そいうことだったのか・・・

併用療法によって「b1タイプ少量系患者」にカテゴリーをシフトさせましょう、という示唆だったのだ、と。

私のPCRは850を超える状況です。
『850以上と表示されるだけで、ホントところ、いくら抱えているのか、わかっていません』と申し上げたら、

昨年からハイレンジ(多量系)に対してPCR測定の改善がなされ、850から最大5000まで、具体的な測定値が出せるようになった、と話された。

へ~ぇ!そんな話は、この1年、東大病院の診察で、一度も説明してくれませんでした。

b1タイプ多量系の基準について、さらに突っ込んだ話は、次回に。

あ、そうだ!Y先生の診察を終え、退室する際「女性でなくて残念でしたね」と言われたので、思わず微笑んでしまいました。

清川病院のY先生

先週「インフォームドコンセント力を強化しよう」で、次の疑問を掲げました。

『目下の私が最も知りたいことは、先日、宿題として掲げた「遺伝子b1の多量ウィルス」と「遺伝子b1の少量ウィルス」の境い目のウィルス量はどのくらいなのか? 』

「難治性」の基準となるウィルス量の多い少ないの、目安がわかるようにしたい、という素朴な疑問から始まっております。
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・・・(閑話休題)・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、このブログをお読みいただいている方に、お願いがあります。

←「クリックで救える命がある」の正方形ロゴをクリックしていただき
 さらに、その中のスポンサー企業の表示をクリックしていただくこと
 というお願いです

 そのワンクリックで、クリックされた企業から慈善団体に1~2円が
 寄付されます。クリックだけで、何のリスクも発生いたしません。
 
 寄付の対象は恵まれない子供達や、地球の緑です。 
 私は日々感謝の思いで、1日1回、クリックしております。
 
 共同募金の季節です。ワンクリックにご協力いただければ、
 とありがたく存じます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ようやく、その問いに答えていただけそうな肝臓専門医に、今週金曜に診察を受けにいくことにします。
何のことはない、飯野四郎先生が医院長になられている清川病院の肝臓専門のY先生です。右側の「肝臓病と闘う人々と機関」の中にサイトを表示してありますので、是非ご覧ください。 →

Y先生は女医先生のようで、もしかしたら飯野先生の聖マリアンナ医科大のときの教え子さんかもしれません。

初診を受けようと思った理由は、Y先生が
「HCV-RNA定量的測定法の種類と評価法」という論文を発表されていることを、インターネットの検索で知ったからです。

どんな論文内容はわかりませんが、きっと「PCR」のことでは、と思い込みました。

私のPCR800~900くらいあるのですが、これがどういう風にして数えるのか、今まで出会った先生で、明解に答えてくれた先生はおりませんでした。

表示のしかたも「何乗かける何乗」といったカタチで教わっている同胞の患者さんもおられました。

とても大事な指標なのに、検査会社による違いなのか、先生の間での問題なのか、定かではありません。

が、患者に対する配慮は欠落している、と断言できます。

ですので、そもそもPCRとな何かという基本からY先生におたずねするつもりです。

この1年、PCR測定もしていませんので、併せてやっておこう思う次第です。

禁酒と節酒(造語)

飯野四郎先生は「C型肝炎患者は必ず禁酒してください」と強く主張されております。

アルコールを「飲む人」と「飲まない人」と、二つのグループに分けて病気の進み方を検討した調査があり、それによると、アルコールを飲んでいるグループでは、C型肝炎の進行速度が高まり、肝細胞ガンがより発生しやすくなる、という客観的なデータがあるそうです。

またインターフェロンの効果も、「飲む人」と「飲まない人」とでは効果の表れ方差があるようです。

ですので、総じて肝炎の私たちは禁酒いたしましょう!

で、私の場合も禁煙・禁酒と言いきりたいのですが、100%禁酒ができている、とはいえません。

タバコは、もう今では煙自体が嫌で、ダバコをすう人の気が全くわからなくなりましたが、酒はそういかず、しいて言えば「節酒」(造語です)といったところです。

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かつてインターフェロン注射の治療中は禁酒していましたし、将来ペグインターフェロンの治療をやることになれば、必ず禁酒する自信はあります。

が、今現在、人との語らいや宴で、「禁酒」を宣言する気はどうもゆらいでしましまい、アルコールが入ってこそ、新鮮に思い浮かぶ考えはあるのだから、と言い訳する自分がおります。

そこで、没交渉と思われようと、アルコールを飲む機会は月2回程度に留め、かつ飲む量をできるだけ節制するように、と決め、宴は食べることを主にしているのです。

飲む量の目安は、顔が赤らんだら止める、ようにしています。
「肝炎患者に酒は毒なのだから」と、何度も言い聞かて、懸命に踏みとどまるのです。

そして手帳の月間スケジュール表に飲んだ日をマークしておきます。
ビジュアル化しておくと、飲酒の「抑止力」になりますので、私と似た境遇の方には、オススメします。

新宿医院のK先生

東大病院から退院後、2002年11月から翌年3月にかけて、週三回インターフェロンの注射をするため歌舞伎町界隈にある新宿医院に通っていた頃の話です。

医院長は「医食同源」を標榜する方で、日経新聞にコラムを書かれていたり、医院のあるビルの中で、お料理教室されていました。

が、私のかかりつけの医者は院長ではなく、その娘婿のK先生でした。

その頃K先生は、私より若く40歳代半ばで、スリムな体をした明朗な声の持ち主でした。

初診時、私を見て、いきなり「少しダイエットしなさい、歩きなさい、駅で安易にエスカレーターに乗らず、階段を使いなさい」と指導された。

もちろんC型肝炎の基本的説明を明解にしてくださったが、それよりも体重減らしの話が印象に残った。何でも先生ご自身が10キロ以上ダイエットされたようで、着る服は寸法直しをした、とさりげなく言われた。

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根が素直な私ですので、その指導により体重を意識するようになりました。
併用療法の治療中で副作用がありましたので、ガンガン歩くことは無理でしたが、多少、食べるものを意識するようになったのです。

その後も、毎回注射をうつまでの5分程度の間に、実父の事業清算の話、東大病院のこと、「ゆとり教育」批判のこととか、示唆に富む話をしてくださいました。

町医者ではなく、もっと別の生き方で成功するのでは、と思えました。

昔、医は仁術とかいいましたが、K先生は人間味あふれる立派なお医者さまだなと感じたのです。

さてK先生の指導の中で、一番印象に残っている言葉は・・・

『C型肝炎患者にとって、酒を飲むことは毒を飲むことと同じです。』

インフォームドコンセント「力」を強化しよう

近年、医者対患者の診察は、インフォームドコンセントの考えを尊重する流れになって来ております。

それは「患者が自分の病気と医療行為について、知りたいことを“知る権利”があり、治療方法を自分で“決定する権利”を持つこと」を意味します。アメリカで生まれ、80年代半ばから日本でも必要性が認識されてきた、個人主義を基調とする考え方です。

が、残念なことに、知る権利を持つ患者が十分に納得できる医者に出会う確率は、かなり低い、というのが実感です。

つまり、飯野先生みたいな専門医は、稀有なのです。まだお会いしていませんが、間違いありません。

私は東大病院で、2002年にインターフェロンとリバビリンの併用療法を実行後、C型ウィルスは除去されず、ウィルス量も実行以前とあまり変わらない状態で、今日を迎えております。

その治療から今日まで、ずっと東大病院K教授の診察を受けております。

今年は、春と夏あと12月の3回診察を受けることになります。

毎回、10時頃採血し、その結果がわかる11時頃K教授の診察を受けるというパターンです。

血液データは、毎回あまり変わりばいしない値で推移しています。

この1年は、PCR(ウィルスの定量的測定法)の検査もやっていません。何しろ検査料も高いですしね。

診察時間は、ものの5分もかかっていません。
一般的にみて、経過観察ってこんなものなのかどうかと、毎回わだかまりが残ります。そう、残尿感みたいに。

K教授は温和な方で、お話を聞いていて嫌だな、と思うことはありません。一昔前の「白い巨塔」に出てくる財前教授のような威圧的なオーラは発しません。英国科学誌ネイチャーに論文が出るほどの、肝炎・肝がんに深い知識をもたれた教授です。

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が、個々の患者に対して、的確な情報発信できる臨床能力がK教授にあるかどうか?・・・私の答えは否定的です。

今年、最も関心のある質問を2回しました。

『ウィルス遺伝子b1タイプかつ多量ウィルスを持つ患者が、「ペグ・インターフェロンとリバビリン併用療法」で治療した場合に、ウィルスは除去できるのですか』

『そういうケースでも除去できた事例があります・・・』

ここで終わりで、それ以上は話してくれません。
私が除去できるケースに入れるのかどうか、といった機微には決して触れようとはしません。
沈黙です。場がもちませんので結局、そうそうと退出するだけ、ということの繰り返しだったのです。

このままでは、同じような経過観察を何年か続けていき、淡々とした成り行きのなか、あるとき突然「肝臓がん」を宣告を受ける、そんな日がくる予感がしてなりません。

長い歳月をかけて、いったいなんための診察だったか、という事態が来る、と。

そこで、冒頭の、まとものなインフォームドコンセントができるようにするため、以下の方針を立てることに決めました。

1.飯野先生がまたお仕事に復帰されたら、直ちに診察を受ける。
2.優れた肝臓病臨床医は誰か、常にアンテナをはっておく。
3.肝臓専門医の、個々の研究テーマを洗い出し、自分の疑問の回答を持っていそうな肝臓医の診察を求める。
以上の3点です。

要は、東大病院とか、有名教授とかに目線がいって、権威にひれ伏していてはダメで、都度都度、そのコトを知っているしている(と思われる)肝臓医に、直接聞くことにしよう。

しいていえば、慢性肝炎であるうちは「主治医」は○○先生なんて決めず、医者はみなセカンド・オピニオンと位置づけることにしよう。

そう決めたのです。

目下の私が知りたいことは、先日、宿題として掲げた「遺伝子b1の多量ウィルス」と「遺伝子b1の少量ウィルス」の境い目のウィルス量はどのくらいなのか?

そして、どうやら宿題に答えられそうな専門医を発見しました。

近々、初診を受けようと思います、ご期待ください。

治療方法は加速的に改善している

今日の午前中、予約していた本を取りに、自宅近くの図書館に行くと、入り口にあるリサイクルコーナー(誰でも持ち帰ってよい本)の書棚に、

飯野四郎著「C型肝炎のインターフェロン療法」(講談社)がありました、当然持ち帰ることに。

その本は1997年第1刷発行で、帯がついたまま、本屋の売上根拠となる「注文カード」もついたままの本で、ということは本屋の在庫処分で置いたものか、と思われます。

が、この本は今、パッと見てですが、よく書けています。
素人が何を言う、と思わないでください。
難治性患者の目線は、厳しく、深いのです。命が係っていますから。

それはおいといて、何がいいたいかというと、昨日の記事の前半部分とつながりますが、9年前のC型肝炎解説書は、もう売りものにならない本だ、という現実をどうみるか、ということです。

つまり、C型肝炎に対して、ものすごい速さで、かつより本質的な治療の方法が確立され続けている、ということを実感したのです。


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同じRNAウィルスであるHIV(エイズ)治療方法の日進月歩にリンクするカタチで、HCV=C型肝炎治療の研究・治験・認可がすすでいるように思えます。

そこで唐突ですが、年表形式で、過去のHCV治療の変遷と、楽観的な未来予測を示しておきたいと思います(年の表示は多少不正確かもしれません、徐々に訂正することお赦しあれ)。

1988年 C型肝炎ウィルスが同定(発見)される。
1992年 インタフェロン・アルファ(筋肉注射)およびベータ(静脈注射)が
     C型肝炎肝炎治療法として、開始される
2001年12月 インタ-フェロンとリバビリンの併用療法の6ヶ月投与の承認
2002年2月 インタ-フェロン再投与、投与期間制限の撤廃
2003年12月 ペグインターフェロン12ヶ月投与の承認
2004年12月 ペグ・インタフェロンとリバビリンの併用療法、12ヶ月投与の承認

さて、ここからは未来予測です。

2007年 ペグ・インターフェロンとプロテアーゼ阻害剤の併用療法の開始(確定)
2008年 ペグインタフェロンとリバビリンとプロテアーゼの三剤併用療法の承認

2015年 「RNA干渉」による遺伝子治療の開始される。

そうして、2010年代後半にはC型肝炎による肝ガン患者は、限りなく減少し、もはや「楽観主義」を標榜する意味はなくなることでしょう。
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