わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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辻邦生「『弁明』を読んだ頃」

今は20160814で、リオオリンピックの真っ最中、個人体操で内村航平が僅差で金メダルをとった。銀メダリストと次元の違う交流をしていたことが、美しい。

1999年7月29日は、作家辻邦生さんが亡くなられた日だった。軽井沢の別荘におられたその日の、午後0時40分、心筋梗塞による心不全のため急逝したのだ。奥様の佐保子さんは買い物で、外に出ておられた、という。

さて、

次のエッセイは、辻邦生さんが山本光雄「プラトン全集2」のしおりに書かれていたものを、1976年頃、書き取っておいたものだ。文体をマネようと企んでいたのかな?最近、たまたまそれが出てきた。

私が、はじめて「ソクラテスの弁明」を読んだときの印象は鮮烈だった。一挙に、古代ギリシア、アテナイのその時に飛んだ感覚になったからだ。弁明は時空を超えて、生きている。これが哲学?という印象でもあった。

まるで自分も、裁判の聴衆の一人として立ち会って、ソクラテスを断罪する側にいた感じもしたし、逆にソクラテスの内に潜んでいる自分もいた感じもあり、、その重苦しい空気を全身に浴びている感じだった。私もあの場にいたのだ、、その空気を呼吸していたのだ、、そんな気がしてならなかった。

そうした読後感覚を、辻さんの文章は、見事に蘇らせて呉れて、圧巻だった。自分一人だけではなかったのだと。以下、辻さんの文章を、そのまま書き写したい。

私が学習院大学の仏文研究室で顔を合わせていた粟津則雄、加藤泰義、山崎野康一郎らと『ソクラテスの弁明』のギリシア語輪読をはじめたのは、パリから帰った1961年の初夏の頃だった。私はバイィの希仏辞典を首っぴきで調べながら、その一行一行を辿るのがまるでペルナソスの山麓を暑い夏の日に灼かれながら歩くのと同じような喜びを覚えた。

週に一度、私たちは顔を出しやすい時間を選んでつづけたこの輪読は、主として加藤泰義の熱心な教導によって、その年の冬のはじめ『弁明』の全体を読みあげることができたのであった。

私は古典ギリシア語の優美な感じ、曖昧な含みのある複雑な感じ、論証的なねばり強い感じなどを味わったが、何といっても楽しかったのは、その弁明の言葉の背後にソクラテスその人の身ぶりや、汗や、声音にじかに触れられるような気がしたことであった。

もちろん私は文体的な相違がわかるほどギリシア語が進んでいたわけではないが、ほかならぬその言葉を、ソクラテスが口にしたのだと思うと、前置詞や冠詞の端々にいたるまで特別な響きをもって迫ってくれように思えた。

しかしこうした読書法は、プラトンがなぜその哲学を対話体や弁明体で書いたか、という問題へ導いてくれる瞬間があった。つまり私たちがソクラテスの言葉をじかに聞くような思いをさせることーソクラテスの人格の生きた感じを味わせること、それが、プラトンが対話形式を選んだ目的の一つではなかったか、と思ったのである。

『弁明』においては「おぉ、アテナイの人々よ。驚かないで欲しい。」というごとき、直接目前の人々に呼びかける生きた言葉の形をそのまま保つことによって、その言葉が発せられた状況そのものを、その文章のなかに密封している。

しかし一般に、こうした表現は哲学というより文学に多く属し、文学的感銘や感性的印象の伝達に適していると信じられているのである。

しかし文学と哲学が、大学の学部で分割されている
ほど明確に分かれていると考えるほうが誤りであって、本来それは同じ精神活動を根に持っているはずのものであり、そのことを、私は、プラトンを読んでいるあいだ痛感した。それは、ちょうどヘーゲルやカントを読みなおし、これらの哲学者たちが、時代の危機のなかで、自らに迫ってくる生々しい問いかけを解こうと悪戦苦闘をし、そこからまるで糸を紡ぐように、思索をつづけていたことを、知っていたのと、重ね合わせうる経験であった。

それまで、私は、カントにせよ、ヘーゲルにせよ、できあがった観念体系を、ただ難解な言語の森のなかにさ迷うようにして、囓っていたにすぎなかった。しかしヘーゲルの「精神現象学」をジャン・イポットの仏訳と注解を読んでゆくうち、その哲学が日々の労苦に満ちた歩みの結果であることを理解できるのであった。

そもそも彼らの用いている言葉が、翻訳の哲学用語で見るような難解で見慣れる術語ではなく、大体は日常でも使用している、生き生きとした感性をともなう言葉であった。それが洗練された概念を表す場合にも、日常的使用から得られる言語エネルギーをたえず吸収していて、決して観念的死語になっていないのである。

哲学的思考が、その土台に現実を、差し迫った問題性をその発条として含むとともに、その思索を支え明確にする言語が、われわれが、日々ものを考えるために用いる生きた言葉なのだ、という自明な事柄を、私は、パリの日々に、再確認していった。

言葉を日常的な使用のなかで捉え、その意味の領域のディナミズムを概念用語の根底にするという考え方は、たとえばハイデッカーなどに顕著にみられる傾向である。

「この言葉(「存在するもの」)がそれについて述べているものは、この言葉ね中で語りだされる以前に、既にギリシア語の貴賤を問わぬ日常的な使用の中で語られている。

それ故にわれわれは、そのものへとわれわれを移り行かしめるべき機会を、先ず以ってこの言葉の外に求め、かくして○○○がギリシア語として意味するところを、そのような機会の中でこそ経験しなければならない」(田中加夫訳「アナクシマンドロスの言葉」)

しかしこうした経験は、同じようにして、思索が刻々に形成されているさなかに身を置くことの意味を示唆してくれる。言葉の一つ一つでさえ、その文明の経験が、生きた内実としてこのような振幅を保っているとすれば、思索そのものの形成のさなかに身を置き、真理が次第に姿を現してくる過程の経験は、思索の結果のみを押し付けられるより遥かに重要な問題といわなければならない。

わたしたちにとって大切なのは、カント、ヘーゲルの哲学とは何であるかを知るよりも、彼らが現実の差し迫った状況をどのように問題化し、どのように解決していったかの、思索の一歩一歩の歩みを追体験することであり、そこから現実のさなかで考えるとはどういうことかを、自分の事柄として知ってゆくことである。

私が思考の促しをカントやヘーゲルから学んだ後でプラトンに触れたとき、プラトンの対話形式が、思想の既製品であるのを拒み、思索の形成をまざまざと経験させ、思索の歩みそのものを教えるための機会に見えたのは、ごく自然なことだったように思う。

しかしそうした思索の歩みの経験自体が、思索の単なる結果よりも重要であることを知るためには、もう一つ、自分自身がある変容を経験する必要があったのではないか、という気がする。それは、パリに出かけたとき、私は自分が無限拡散する環境世界に包まれていて、いかにその全体を認識し得ても、たえずその認識は環境世界に追い抜かれている、という絶望的な気持ちを味わっていた。

私は大急ぎでいろいろの事を知る必要があった。長いものを簡略化し、一言で知ることができれば、それに越したことはなかった。哲学なども、複雑な状況を観念の同一性によって裁断した趣があり、それゆえに私を惹きつけていたともいえた。

しかしいかに無限な環境世界も自己を超えることはない、という一種フッサール風の転回を経験した後、世界は《一なるもの》の変幻する姿と見えはじめたのだった。思えば、この《一なるもの》はプラトンと根を一つにする存在だったに違いないが、当時は直接プラトンを考えるよりは、むしろ一変形であるプルーストの《永遠の実在》に近いものを考えていた。

ともあれ、この転回によって私は無限に拡散するものを息せききって、認識するという蟻地獄から救出されると同時に、はじめて個々のものの胸中に深くとどまり、その全体を窮めることが《一なるもの》を現わすことであるという、生きた象徴性を知り得たのであった。

古代的意味であっても、哲学が開始されるのは、多かれ少なかれ、こうした《多》の中へ無限拡散するという危機意識を持ち、《多》を観念の同一性によって乗り越え、それへの意味的関係を恢復しようという意図を含むのであるから、その表現がアリストテレス風の抽象的な論証形式をとるのは自然である。

しかしプラトンがあえてそれを選ばず、対話によって思索を開始したのは、思索経験の生命的な形を保つためであるとともに、彼自身が内的にすでにこの危機を超えて《一なるもの》へ達していたためではなかろうか。

私はさきに「背教者ユリアヌス」のなかでプラトンに憧れる哲学者の皇帝を描き、現在「春の戴冠」のなかでプラトン哲学の復活する華麗なルネッサンスのフィレンツェの空気を吸っているが、それはこの《一なるもの》への私なりのアプローチと言えなくもない。

とすると私もまた、遠くプラトンの弟子に連なる一人であろうか、と考えることがある。






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