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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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辻邦生 詩と永遠

今、2013年11月13日からさかのぼる。

辻邦生は好きな作家の一人だ。
一度だけ、辻邦生の講演を聴いたことがある。

1980年4月16日 午後6時、朝日講堂だった。
テーマは「詩と永遠」、のちに岩波書店から
同名の本が出されている。

整理してたら、そのときのメモが見つかった。

どんな文脈なのか、すっかり忘れた。
けれど、今、短歌に関心がある自分としては、何か意味のあることかもしれない。

メモをそのまま転記しておきたい。

観念そのものの追求
現代の状況への危機意識から生まれる。
広い意味のアパチー(無気力)
情熱を生まない。
→管理社会の機構
→計算された人生
→努力の結果が既に測られている。決定論

与えられた価値観の崩壊状態の継続→参加することの無意味を感じとる。

スポーツや趣味、、ウォークマンやゲームを切り取って、生きる意味の代償を見いだす。果たしてそれが、本当の生命の充実か?

ホロコースト、ナチズムの残虐性
辻さんの幼少時代に、ナチズムの魅力が現在していた。ある高揚感→幻想を懐く。
→現在に、それが生まれる契機を内在させている。

ニーチェの提示、、生きている中心の意味をもぎとっていた。生きることの意味、個人の意味と社会の意味が一致しているとき、中心的な意味を生きていると考える。



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「持続する志」はいつまでも
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