折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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加藤周一の予見

一九七三年(昭和四十八年)九月二十九日。
開学三年目の秋である。  
応接室で、評論家の加藤周一は創立者と対していた。
いわゆる〝岩波文化人″の代表格。
「創価大学には、世界的大学になる素地があります」と
予見している。
プロテスタントを土台としたアメリカの名門イェール大学で、
客員教授を務めた。宗教と大学教育の在り方を見つめてきた。
持論があった。大学を作る以上、ある意味、創立者は独裁で構わない。
教員は短期間の任期制でよい。
それまで話に聞き入っていた創立者が、
季節外れの蝉時雨を遮るようにキッパリと言った。

「私は自分一人だけが卓越しているようでは駄目だと考えます。
それが、私の大学論です」
創立者一人だけではない。
学生が、教員が、創立者と同じ自覚に立つこと。
大学建設の主体者となること。その連帯ほど強いものはない。
よほど学生を信頼していなければ、言える言葉ではない。
当代一の論客は唸った。
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「持続する志」はいつまでも
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