ウィルス陰性の賀状

2007/01/05(金) 17:57:33 [肝炎治療の断想]

2002年10月インターフェロンとリバビリン併用療法で、東大病院に二週間入院したときのことです。10年ぶり、二度目の治療入院でした。

多少の倦怠感がありましたので、新たな併用療法をやって、あわよくば「著効」になれば、と望んだ入院でした。

ですので、2日も寝ていると退屈になり、よく食堂の窓から、上野の不忍池の全貌を見渡すことができ、終日、ボーッと見ていましたね。

135年前の幕末、上野寛永寺にこもった彰義隊に対して、大村益次郎は、この病院の病棟あたりの加賀藩邸から、戦いの終盤に最新のアームストロング砲を数発放ち、たった一日で彰義隊を殲滅させてしまった・・・あぁ、司馬遼太郎の「花神」を読んでてよかったなぁ、と感慨にひたったりしていました。

こんな感じでプラプラしているなか、私と同じ併用療法で、C型肝炎治療されているSさんと知り合いになりました。

Sさんは60台半ばくらいのお年の方で、静かな物腰の方ですが、話し方にキレがあって、自分の職場にいたら、さぞかし恐い上司に違いないと容易に想像できました。

お互いの家族のこととか、治療の辛さとか、話し合いました。

Sさんの場合、ウィルス量は500KIU以下で、難治性ではなかったのですが、このときの治療ではウィルスは陰性になりませんでした。

Sさんが立派なのは、ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法が健康保険の適用になるやいなや、その治療にとりかかったことです。

で今回いただいた年賀状には

昨年2月まで48週間のペグリバ併用療法にて陰性になりました。
近代医学を信じて感激です。

ご健勝にてのご活躍を祈念します。」とありました。


ブログなどで、数多くの方がウィルス陰性になられているようですが、
実際にお会いした方がペグリバ併用療法の成果を享受できたことを知ることができ、自分のことのように、うれしく思いました。

難治性の私も、次の三剤併用療法に期待することにします。

進む体質改善

2006/11/17(金) 17:33:13 [肝炎治療の断想]

現在、私が行っている治療行為といえば「ウルソ」を飲むことだけです。
肝臓によさそうな健康補助食品をとってはいません。

1日6錠(600mg)を朝昼晩と食前に飲むよう、心がけています。
が、ついつい忘れていたり、します。

2年ほど前から、強力ミノファーゲンも注射していません。
注射しても、あまり意味のないGPT値50くらいを漂流している状態だからです。

目下、最強の治療法である「ペグインターフェロンとリバビリンの併用療法」も、行ないません。
余裕ないですし、仮に行なっても、私の場合肝臓からウィルスが消失することはないだろう、と推測するからです。

次の「ペグインターフェロンとリバビリンとプロテアーゼ阻害剤の三剤併用療法」が本格的に始まるまで、ひたすら待つつもりです。
ですので、現在闘っているお仲間のように、肝炎治療に励んでいるとはいえません。

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このような状態であってもウルソの服用とバランスのよい食事と通勤自転車の励行で、次のような変化が表れ、ゆるやかな体質改善が進んでいる、と感じています。

1)実は、私は肝炎のほかに「尋常性乾癬」という皮膚病を抱えていて、例年冬になると、体中がかゆくなり、おでこが異様に赤らんだりします。が、今のところその症状は出てきておりません。

2)11月に入ると、下着の長袖を着たくなるほど、寒がりなのですが、今のところ半袖で十分です。

3)なんといっても、ウエストが84cmから79cmくらいにまで、細くなり、ベルトを短くカットしました。昔着ていた服の方が丁度よくなって来ました。これはとても気分がいいです。

肥満は肝炎の進行の悪化に拍車をかけるといいますので、こうした体質改善は、悪化を抑制するとみます。

そうして、いざ「三剤療法」を実行する暁には、ウィルス除去に向けて「著効」の体になっている!と強く信じるものです。

藤田ミッション

2006/10/25(水) 17:03:45 [肝炎治療の断想]

直近の私の肝臓は、GOT33、GPT49、G-GTP78で、この1年間は似たような数値で推移してきました。

私のウィルス遺伝子型は、難治性(消失しにくい)の1b型で、かつ多量のウィルスを抱えています。

どれくらいのウィルス量かを示す「PCR定量」と呼ばれる値は800を超えていると思いますが、ここ1年検査していないので、定かではありません。

私の恐怖心は、肝機能の血液データよりウィルス量の多さに対して、あります。

なんでも50歳代あたりから、慢性肝炎から肝硬変ではなく、いっきに肝臓ガンになるケースもあると東大病院のK教授から聞いているからです。K教授は「C型肝炎における肝発癌のメカニズム」という研究をされていますので、説得力があります。
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沈黙の臓器とはウソだ!

2006/10/19(木) 21:25:31 [肝炎治療の断想]

発病した1991年の2・3年前から、妙にミゾオチのあたりが、カユイような、イタイなような、なんとも表現できない痛みを感じていました。


胃か食道あたりに問題があるのではと健診を受けても、原因は分からずじまい。


それがC型肝炎と診断され、当時まだ始まったばかりのインタフェロン治療を受けるべく、入院し、肝生検を受けることになりました。


肝生検の太い針が右わき腹から刺され、肝臓に進入していき、ミゾオチあたりに到達したとき、


「そこだ!」と思わず、叫んでしまいました。


ようやっと、カユイところに手が届いた感触に似て、ちょっと快感でした。


何が言いたいか、というと、


よく肝臓は沈黙の臓器と言われるけれども、それはウソです!


わたしの場合にはシグナルを発信していたのだ、実感したからです。


これは患者でなければわかりっこない感覚です。

発病前夜

2006/10/13(金) 20:47:24 [肝炎治療の断想]

私がC肝炎ウィルスにかかっていると診断されたのは、1991年8月でした。もう15年も前になるんですねぇ〜、感慨深いものがあります。


その1年くらい前から、全身がだるく、昼食後極端に眠くなるという症状がありました。ひどい話ですが、ある朝の通勤電車に乗ってから、左右の靴が違ってのに気づいたときには、愕然としました。


ことによると出社拒否の神経症では?と専門医に診てもらったとき「あなたはここに来る患者ではない」とケンモホロロの言葉をいただき、じゃぁ私の病は何なのさ!と不安がつのったものでした。


ですので、C型肝炎とかかりつけの告知を受けたとき、一瞬ホッとしたのを覚えています。


が、これが大変な病と徐々にわかり、途方にくれたものでした。

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