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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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ベトナム青年の日本語教師になる

10月からフルタイムで働いている建築塗装会社には4人のベトナム青年がいる。いや、いたのだが、11月1日を最後に、その内の一人が失踪し、来なくなった。

ベトナム研修生の失踪は毎年7千人出るとラジオのニュースで聞いていたが、まさにその一人が会社から出たわけで、ニュースの現場にいる感じが、そのとき痛烈にした。

この会社はたしかにキツい作業もあるだろうが、給与は最低賃金の1.1から1.4倍だし、時間外も休日出勤手当も割増しで、付けている。当然だが。

おまけに年に一回は旅費を、会社負担で帰らせてもしていた。なのに、、と社長の落胆ぶりは著しく、、痛々しかった。

残っているベトナム青年の気持ちも、揺らいでいるのでは、、と心配するようになった。

会社として何か欠けているのではと思いはじめ、年末になって、その一端が分かり始めた。それは、

日本語のフリガナ、漢字が分からない。研修生の送り手の会社も、受入の邦人団体も満足な日本語教育をしていないことが、あらためて、分かった。

仕事上の話は、わかるようだが、日本語の表現がたどたどしい。ましてや、日本語を読むことはできない、ようだ。さぞかし、もどかしいことだろう。

おまけに、ベトナムの中等教育で、英語は学んでないようで、こちらが何か伝える上で思いついた英単語を言っても、彼らの頭の中のフックにかけられないと分かった。

そんなこともあってか、社長は次は英語がわかるフィリピン人がいいと言い出す始末で、、問題解決から遠のいてしまう。

暮れに、納会でカラオケに行ったが、ベトナム青年3人は、歌いたくても日本語がわからない、、そんな光景をみていて、、、

彼らには、日本語の田んぼも、日本人の平均レベルの、英語の田んぼも、頭の中には無いんだな、、と。これはミゼラブルな話だ、、

決めた。
わたしがベトナム青年3人に、無償で、日本語を教えようと。すると、プランが湧き始めた。

1.「V3日本語必要学会」と名付け、モットーは、「日本語を武器に人生に勝つ」、、にしよう。

2.今年7月に行われる日本語能力試験N5を合格させる。12月のN4も受験させる。そして漢検10級も、合格させる。

3.肝心なのは、楽しくやることだ。幼児教育の花まる学習会のように。学びは楽しく。

大晦日に、那須に住む高校の友人、国岡にこの話をしたら、それは本多先生の意志を継ぐ、いい話だと励ましてくれた。

人間がボケないために一番よい方法は、人のために動くことだ、とも教えてくれた。

年末調整の不行き届き

建設塗装会社の12月の出来事を。

1.社長より3才年上のベテラン職人のMさんは朝霞市より何故か、多額の延滞金を要求されていた。働いても働いても、なんでこんなにむしり取られるのか、よく分らん、と慨嘆しておられた。

2.事務の前任者が会社を去り、Mさん給与を遡って調べていて、、会社の話にならない落ち度が分かった。ありえない、Mさんの慨嘆は当然だった。

3.その延滞金とは、朝霞市の国民健康保険税とその延滞金だったのだが、過去四年間年末調整時に社会保険料として算入していなかったのだ。Mさんの社会保険料は雇用保険料だけで、、会社も朝霞市も放置しっぱなしだったのだ。ありえない。

もしかすると前任者や会計事務所の担当者は国民健康保険税は税だから社会保険料とみなさなかったのかもしれない。会計事務所にそんな誤謬はないはずだが、、

4.今年、Mさんが納付した国民健康保険税は86万円と多額、全部年末調整に織り込んだ。

もしかしたら、、
前年の国民健康保険税を所得控除してないわけだから、いわば負のスパイラルが5年間続いていたわけで、、Mさんの無知をいいことに朝霞市の搾取じゃないか、となかば呆れてしまった。

5.朝霞市の石黒さんという担当者にたずねてみた。すると毎年の国民健康保険税の所得控除は織り込んで当年の国民健康保険税を算出しているとの回答。

6.いったん納得したが、、待てよ、住民税は所得控除してくれていると思いきや全く無視。朝霞市の組織は全く知らないが、同じ部門だったとしたら、、やはり搾取じゃないか、、と呆れた。

7.4年間の所得税の還付申告することにしたので、住民税も戻るわけで、総額20万円近くが、振り込まれるか、相殺されるだろう。

Mさんは最近少し微笑むようになり、すこしは気分は明るくなったかもしれない。

さらに、ベトナム青年の送金証明の不備で、年末調整は未済となった。

12月の建設塗装会社の風景

元旦に映画ボヘミアンラプソディを長女を連れて、観た。

が、その前に、近況を綴る。
1.建設塗装会社は、やめずに3ヶ月が過ぎた。12月給与は何だかんだで40万円近く頂戴した。64歳には過分だと、ありがたく感じている。あえて書くが、今後、この会社の給与は月マックス34万円に留めようと思っている。でないと職人さんとのバランスが悪いからだ。社長自体の役員報酬も高くはないし。

ボーナスはない。しかし残業代は100%申告通り、いただけたから、その給与になった。おかげで、腰痛になったが、社長に感謝!

2.何で残業が増えたかと言うと、顧客へのカレンダー配りを210部、やったからだ。

3.さらに、なぜ郵送にしなかったかというと、郵便局の郵送料がカレンダー1本あたり、去年までは160円くらいだったが、今年一気に、500円と3倍になり、社長が自社で郵送すると決めたからだ。私も、宜なるかな、と賛成し、練馬区の東半分を自転車で配達することを決断したのだ。

4.お客様に手渡しすると半分近く、感謝される。社長に対する評価も高い。なので、心地よさを感じることができた。2019年は全部、自分一人で八割はやろうと、決めた。在籍していれば、だが。


近況雑感

すっかりここから遠ざかっていた。11月は何も書いていなかったわけで、FC2の広告が前面にたち現れいた。
この形はカンニサワル。何か書こう、箇条書きでも、いいだろうし、、

1.建物塗装会社の仕事は続けている。給料は2回いただいが、11月末の支給された給与は、64歳の私としては、ひとまず満足している。

2.平日の9時から18時までフルタイムで働いている。おかげさまで、週三日の工事解体会社のときの給与より、約3倍の給与をいただけるようになった。
実は、会社の給与計算は私がしている。
0月は11000円の日給で計算したが、11月は時給1800円に変えることにしたのだ。
社長が時給にしたほうがいいと言ってくれたので、いろいろ考え、自分で時給1800円と決めたのだが、社長から時給金額についてとやかく言われたりはしなかった。

3.当面は経理事務を正常にすることを優先させている。初歩的な複式簿記になっておらず、瑣末な状態だった。無造作に手提げ金庫が隅に放置されていて、中に15万円が入っていた。そこで、まず金庫を購入した。その上で、現金勘定のがま口を、社長口、職人口、金庫口に三区分にして、リアルタイムで帳簿をきちんとさせることにした。12月末が決算なので、それまでに現金過不足をできるだけ解決させようと思う。

4.今週弥生会計を導入することにした。そのカタログをみると、AIを活用し、記帳作業が自動化されるようになっているらしい。。普通預金も自動的に記帳できる仕組みになっているようで、新鮮な驚きだった。これで経理の単純作業は不要になる。
世間の、会計事務所のスタッフが余剰人員になる事態が、間近にせまっている感じがした。それでいいのだ。。


5.社長にこの会社での抱負を一言で書いて、、と言われたので
「営業事務として練馬という地域を中心に、塗装のコミュニティ ビジネスを展開したい」と書いて渡したが、説明を求められた。
「では、そういう時間を設けていただければお話しします」と回答した。イメージは出来ているが、まだ紙に書いてはいない、、



外壁塗装会社、1ヶ月の風景

1.この1ヶ月、自転車で次女を保育園に送り、そのあと光が丘の塗装会社に向かう。自転車で通勤時間は25分ほど。工事解体会社の時は15分の通勤時間だったので、10分伸びた。

2.塗装会社は社長のほかに職人が6名、内ベトナムから研修生の青年が4人いて、ユニークなところだ。

3.社長に同行し、お客様宅で建物の測定のやり方を教わったりした。社長は何でもない様に屋根に上るのには、」いささか驚き、
それはできないと感じたりした。ずいぶん前に、勤務先の親会社の人で自宅の屋根に補修のために上がり、転落して亡くなった人がいたな、、そのことを俄かに思い出したりした。


10月からの仕事場

しばらくここから遠ざかっていたが、、
10月1日から、地域密着型の外壁塗装の会社に勤務している。営業事務という立場になる。前職のときより、モチベーションは、はるかに、いい感じがする。

7月下旬に、ハローワーク経由で面接をし、受け入れていただいた。もうじき64歳になる私をだ。感謝。

事務の女性が妊娠で、職場を離れるので、ハローワークに求人票を出していて、わたしが応募した次第。55歳の社長は、30代の女性を求めていたようだが、、まぁ、いいかと受け入れてくれたわけで、この1ヶ月間、わたしが使える奴かどうか、見きわめられるだろう。事務と営業の両方をやることになる。勝負の一月。

この会社の営業は、ダイレクトレスポンスマークディングの、塗装業の世界での徹底で、2000年頃に一世風靡した神田昌典氏の考え方の系列にあると分かり、とても納得がいく、それが応募の動機だった。

職人としての社長の、パーソナルブランド力を上げること、社長はそうは言わないが、当然、分かっているようだし、わたしの役割は、その顕在化の演出をすることにある。HPはその方向性で努力されているが、事務方はわかっていない感じ、他のSNSは手つかずにある。とういうことは、のびしろはまだまだあるわけで、、面白いと感じている。

地域密着型でチラシのポスティングを毎月のように、シルバー人材センターに登録されている2名の方に、お願いしていて、、それをチラシの外枠に「ポスティングはシルバーさんにお願いしている」旨を小書きしていて、うまい工夫だな、と感心した。顧客のターゲットは50代、60代の戸建て建物の所有者であり、たぶん、チラシに対する不快感は抑えられるだろう。

ひょっとしたら、その仕事になっていた自分かもしれなかったのだが、これも入口の機微だな。

だが、わたしも自分の住む場所から半径5キロくらいを、そのチラシを配り、反応をみてみたいと、今、思っている。
お金をいただいて勉強させてもらっているのかもと、感じはじめている。食べ物系と違って、リホーム系のチラシ効果は侮れない、、反響があるんだと、この2週間で、感じはじめてきたからだ。この感覚は、新鮮だった。

以下、そこで生き残るためのメモ
1. 塗装剤のことを、あらまし調べること。

とりわけ、ガイナという塗装剤の断熱性能を体感すること。
実は、ガイナは、前にTBSの『夢の扉』で観たことがあったのだ。突然、私の記憶のかなたにあったものが、呼び戻された。
いい塗装材に違いない。早速、13日にガイナの断熱性を体験してみることにした。にわかに、今回の塗装会社で働く意味がつながった気がしている。

2.他の塗装業者との違いを調べ、自分なりに正しく言語化ができるようになること。
人は言葉とともに生きている。つまり、人の心は、清廉潔白な言葉によって、動かされるからだ。

3.軽自動車の運転に慣れること。

4.現場建物の測定をできるようになること。

5.初回の見積現調での立ち居振る舞いについて、話法にとどまらず、自分の型を作ること。

ひとまず、以上だ。

解雇予告手当請求の共同戦線

昨日、かつて解体工事会社の、私の前任者だったEさんと、常盤台「夢庵」で打ち合わせした。

ねらいは、工事解体会社に解雇予告手当を請求する共同戦線をはることにしたのだ。会社に対し二人それぞれ14万円を請求し振り込ませること、その打ち合わせだ。

わたしの請求書の内容を見せ、そのあとEさんの請求書(案)を作成した。ポイントは

1.Eさんの場合、去年7月28日(金)に解雇されたが、解雇予告手当請求の時効は2年であり、まだ時効成立前であり、請求は有効であること。

2.請求額の計算は事実が大事であり、給与明細と実労働日数を確認しながら、根拠を明確にしたこと。

3.解雇予告手当の計算は、たとえ週三日出のパート労働であっても、8月29日に解雇されれば、平均賃金×29として計算されるという定めになっていることで、新鮮に驚いた。

労働基準法は愉快な仕組みだな、月の給与より多いなんて、あのY社長は、さぞかしキレるだろうな。なぜなら、翌月1日に解雇すれば、同手当は1日で済むという法理ではないか?と思ったからだ。

4.Eさんの解雇事実の証人は、私がなると伝えた。わたしのそれは、LINEの二度の退職告知と「既読」という状況証拠だ。実際、退職予定日に退職できなかったわけで、解雇に相当すると労基署の相談員は判断してくれた。

ポイントは以上。
今後のスケジュールは8月18日に配達証明でY社長宅に請求書を郵送し、同日池袋労基署に「申告」し、労基署の対応とその担当者を確認する。

その後、Eさんも請求書を会社宛に配達証明で郵送し、池袋労基署に申告する。私と同じ担当者に話すようにする。その際、事実証明となる給与明細と出勤記録を提示させる。

池袋労基署とY社長のやりとりを見守る。

埒があかなければ、簡易裁判所に持ち込む。私たちの主張が認められ、判決が出たあとも、入金がなければ、会社の得意先に対し民法の先取特権の行使で請求する、、みたいな目論見。

いやまて、検索すると先取特権は裁判前にやる流れのようだ、、まっ、それは申告後に考えよう。

解雇の風景

1.昨日8月31日で解体工事会社をやめた。厳密に言うと29日に、31日で解雇する旨を告げられたのである。  

2.何んじゃそれ、、と釈然としなかった。
おまけに、残り2日間で8月の出面表を作成しろとY社長は要求してきた。

昔ならそこでブチキレていただろうが、、 ここであれこれ声をあらげてしまったら、今、30人近い職人の給与支給に支障をきたすのは必定。その事態は、わが「人生律」(造語)に反する。

なので、出面表の作成に集中した。職人の出入りが激しいので、結構めんどくさい。

カメルーン人の、クレバーな目をした英語教師アテさんは14日で辞めていたか、予想してたが、よく頑張った。所詮仕事のベクトルは違ってるわけだし、正しい選択だ。ここで、やり続ける意味はない。

出面表は31日の17:30に、どうにか完了した。現場別出面表は出来なかったが、それは給与支払とは関係ないから無視。

16:30すぎ、Y社長が事務所にきた。2ヶ月ぶりの対面。高圧的で、気分が悪くなる。ブチキレそうだったが、「立つ鳥跡を濁さず」で切り抜けた。

「わからないことがあるだろうから、あとで連絡したい」と言ってきた。冗談じゃない!と思いつつ「LINEでお願いします」と応えた。

もはや、Yさん、40歳のキミとは対抗関係にあるんだよ、、ずっと俯瞰してとらえ、怒らないでいる自分がなんだか不思議だった。

3.出面表は、マクドナルド出の講演家、鴨頭氏のYouTubeを流しながら、作成した。8本くらい聴いたかもしれない。

鴨頭氏は同じ練馬区民らしい。かなりハイトーンの声で、涙声の時もあった。
反応して共感の声を上げたり、魅了されている若者たちが多くいる感じがして、退職日の今日、その単調な作業の憂さ晴らしには、彼の声は丁度よかった。

鴨頭氏の講演の要は、潜在的な心中心主義?でり、リーダー教育主義?だったが、相当の自信家、だがその深さは、わからない。

ただ、消費者が求める3つの価値として、
⭕元気
⭕感動
⭕繋がり
と言われていた。その通りだ。解雇された解体工事会社には、いずれも欠落している。
Y社長の器量が反映して、そうなっているのだ。

また、鴨頭氏本人は意識してないだろうが、矢沢永吉的ロックンロール、島田紳助風の心で語るカタチが、少し入っている印象を持った。

鴨頭氏は本人も会員である実践倫理なんとか会の勧誘もされていた。朝起きの大切さは賛同できるが、そこが社団法人であって宗教法人ではない、宗教法人に対する優遇税制の恩恵はない。きちんと法人税を納付してることを力説していたのだが、、

「鴨頭さん、それは詭弁だ」と呟いた。
それは許認可の視点からの主張にすぎす、歴史的経緯を見れば、PL教団と同根、立派な宗教的な組織に違いないのだ。それにしても月1万円、年12万円の会費は高いな、、

鴨頭氏は、住む場所、職業そして「会う人」を変えれば、人生は変わると主張していたが、たしかに、もう「会う人」を変えないといけない時なのだと実感しつつ、作業した。

退職日に、鴨頭氏を聴いたことは忘れないでおこう。

4.やはり、Y社長はサイコパスだな、、
全く理不尽な解雇だった。なので29日の夜、わたしの前任者である女性Eさんに、退職の経緯をLINEすると、、

「私のときと同じだから、すぐ労働基準監督署に相談した方がいい。私は労基署に手遅れと言われたので、、」と助言してくれた。

5.私は労働基準監督署の存在価値を低くみていた。不要な官庁とまでは言わないが、企業寄りで、ことなかれは主義の役所であり、労働者の溜飲が下がることはない場所だろうと見切っていた。

6.しかし、この人生、解雇の体験は初めてだったし、相談したら、どのような指導がもらえるのか関心もあったので、30日の15:30頃、池袋労働基準監督署に行った。

7.そこはやや薄暗い。照度を法令通り守っているからかもしれない。一番奥に労働相談ブースがあり、事前に所定用紙に相談目的などを書き込み、近く職員に尋ねると一番奥にいたH相談員につないでくれた。

8.H相談員は労基署OBか社労士か、65歳くらいで私の年齢と大差ない人だ。

驚いた。東京労働局のH相談員は大正解だった。この方と事実確認や今後の方針についてやりとりできて、本当によかった。大収穫だった。

そのやりとりは、次回に記載する、、

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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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