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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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在職老齢年金制度のワナ

11月25日まで在職していた外国人技能実習団体は、雇用条件として、社会保険に入ることを義務付ていた。無論、基本的に正しい条件なのだが、、

但し、これは、外国人技能実習生は実習先企業で社会保険の加入を義務付けさせているにもかかわらず、「肝心の監理団体が社会保険に加入してないのは如何なものか」と技能実習機構の監査によって、社会保険加入の行政指導があったためで、設立から5年目の今年の春から、加入手続きをしたようだ。
社会保険料の事業者1/2負担は侮れない痛手だろうから、吝嗇な理事長にしてみれば、さぞかし、仕方なく対応したにすぎないのではないかなぁ、、

なので団体からは、正規雇用だから加入は当たり前という姿勢で切り出されたが、当初、わたしは即拒み、加入するとしても、12月からと先送りを求め、、3ヶ月間の額面給与から社会保険料を控除されることはなかった。幸いだった。あらためて私は、この団体を最初から低く、愚かに見ていたのかも知れない。実際、愚かだったし。

拒んだ理由は、月給の額面と既に支給されていた老齢厚生年金の特別支給金額を合わせると、28万円を超えてしまい年金支給が一部減額してしまう、と分かっていたからだった。

また、11月で満65歳になれば47万円の基準に上がることも知っていたからだ。

そもそもこの団体、時給が最低賃金プラス100円といささかチープな給与にもかかわらず、その上で社会保険料約3万円が控除されてしまうと手取りは悲惨になる。もとより賞与や退職金なぞないし、かなり正規社員?階層の底辺に横たわる感じになる。

つまり、それは外国人技能実習生の給与実態とさして差はないのだ。

そうした給与所得の階層に入ることは、相応の年金保険料を納付し終わった65歳のわたしの場合、要らない社会保険だし、選択の自由を失うだけ、と判断せざるえない。

なのでこの在職期間は半年くらいを目途にしていた。解雇に抗う気持ちは、さらさら無かった。

さて本題。在職老齢年金ことで、わたしが勘違いがしていたことを。

まず、65歳以上は、年金月額と月額給与が47万円を超えると、超過額の1/2が減額支給される。

大事なのは、いったん支給減額された年金は、以後、決して私たちの手元には戻らない、ということだ。

さらに、情報弱者の私たちは、
「どうせ年金額が減ってしまうくらいならば、在職中は年金は受け取らず、70歳以降に支給を繰下げればいい」と考えがちだ。

ところが、これもワナだ。
支給停止があるとその部分は、繰下げ増額の対象か外れてしまう。繰下げによる増額は、残りの支給部分に対してだけになる。

仮に全額停止になると繰下げ効果は全く得られない。

わたしもそうだが、60歳代の人たちは「働けるうちはいつまでも」という答えが最も多い、という。

なので、給与所得の底辺層へ、負のスパイラルからぬけるには、いったん、給与所得者ではなく事業所得にシフトすることだけしかないのでは、、

できるだけリスクのないスモールビジネスにシフトする、その知恵が大事になる。

たぶんだが、日本人は縮む志向をするとき、うまく活路を見いだせるのではないか、、

労働66日目で終了

外国人技能実習監理団体を今週25日で退職した。通算66日間の労働だった。
さしたる改善もできずに終了したが、悔いはない。仮にその提案したとしても、無視されるだけ、、だろう。
加齢によってか、ややサイコパスがかった理事長は聞く耳なぞ持たないだろうし。

結局、全く何も言わずに組合を去った。そして退職日から三日過ぎ、ようやく疲労感が薄らいできた。

で、つくづく思った。66日間の労働は、
1.自動車の運転時間が長く、知的生産性が著しく低かった。考える時間が短く、できても薄っぺらな思考にとどまっていた。
例えば、この団体がいう監査はメール対応で合理化できたはず、、運用次第なはずだ。

2.おそらく過去に、そう主張したスタッフもいたんだろうが、、実査を励行している。これなら組合費を上げざるえないだろう。
多分、この組合のキャッシュフローはあまり良くない感じが、、した。

3.労働時間はほぼ8時間だったが、疲労感は半端なかった。私の加齢によるのかもしれないが、8つの作業はきつかった。

4.かつ、理事長所有の組合建物前を走る水道道路には、大いに閉口した。嫌いな道路だ。
自転車通勤で、頻繁に大型トラックが行き交い、いつ交通事故が起きてもおかしくなかった。歩行者に配慮のない嫌な道だった。

いずれにせよ、知的資産経営にほど遠い組合で、異常なスタッフ採用と解雇を繰り返すだけの、インテリジェンスが構築不能な、知的チープな団体のまま、ダラダラ続くのだろう。たぶん、従前からそうしてきただけで、中途半端な団体に終わる。

車の運転は、、

沖縄の首里城が全焼してしまった。
魔の仕業か、何か因縁がある気がする。早速復旧を言い出した沖縄県知事にも、違和感がある。いささか拙速ではないか、責任の所在と原因究明が先だろう。

今年はパリのノートルダム寺院も火災にみまわれた。

外国人技能実習生監理団体の車を、頻繁に乗るようになって分かったが、、

車の運転は、わたしの場合、明らかに自律神経を痛める。目の奥が疲れる。
自転車のスピードは、ランニングのスピードの延長に留まり、目に疲労感はないが、、車のスピードはそうはいかない。
運転は時間認識が変容するのではないか。

マイカーなど要らない。まして高級車など、ステータスのような魅力を感じない。
軽自動車で十分だ。今、団体のダイハツのキャロルに乗っているが、ゴーカートみたいで、愉快だ。

うまく言えないが、カラダの分子レベルで、アインシュタインの相対性理論があてはまるような気がする。

突拍子もないが、UFOをドライブする知的生命体は、その身体は相当疲れるのではないか?と想像してしまう。

さらにうまく言えないが、一定のスピードを超えて運転すると、人は「車の内部空間を通じて、時間の中に入って行くのではないか?その状況は『持続』を求められるが、同乗者には『持続』はない」と。
多分、電車の運転手にも持続がやって来るが、私達乗客には持続はなく、車内という空間があるだけだ。リニア新幹線が開通したら、この現象はさらに如実になる。

持続とは時間の本性のこと。最近、ベルグソンを再読しているので、そんな思いがよぎるのだ。


さて、疲労感を生じないようにするには、どうしたらいいか?
深呼吸し、軽く体操してから乗る。焦らないこと。直前の黄色信号は慎重に、とか。

このブログは、ほとんど訪れる人がおられなくなったが、それで、、いいのだ。

週休二日制に

8月の終わりから外国人技能実習生の監理団体に勤務しているが、10月から週休二日制に変更した。

疲労感が尋常でないからで、このままでは年内までカラダが保たないと、わかったからだ。
31歳になったばかりの、「習近平とマシュマロマンをたして2で割った事務局長」が配慮してくれたわけで、同意したのだが、それは正しい判断だろう。仮に、彼がわたしを排除する布石をうったのだとしても、わたしの無意識の判断と呼応しているので、、それで構わない。

フラットな目線、これがわたしの半生を通じて、一貫した信条になっている。

年の差なんて、仕事に持ち出してはならない。

ベトナム人を、人として根っこところで、上から目線で見てはならない、、
、と思っている。

そもそも、上から目線なんて、知れているし、人としてアザトいし、自分のガラじゃない。

事務局長とも、そうしたスタンスでいる。年の差なんて気にしないで、丁寧語を使う。かと言ってヘリくだりもしない。

たんたんと、仕事を「行」とみて、課題をこなす。けれど、次につながる情報と人間関係は構築する目論見を懐いている。

ここはいい情報がたくさんある。なにより若いベトナム青年たちの、ある意味で「先生たち」が、いる。これは驚きであり、発見であった。

私にとって実習生は、逆に「先生たち」なのだ。わざわざ日本に来て、ほぼ最低賃金で働き、日本経済を支えてくれている。リスペクトせずにはいられない。

わたしの目論見は
1.この「行」はMAX1000日と、決めている。比叡山の千日回峰がイメージモデルだ。

2.情報は、団体には秘密でクラウド化して、
辞めるまでに、有意義で使い勝手の良いものにしてしまう。

3.フェイスブックをベトナム語で再開し、まじめな実習生との交流チャンネルを作る。失踪を防ぎたいからだ。実習生には言うが、団体にはひけらかすことはしない。

4.仕事中、ムダ口はたたかない。そんな余裕は、、ない。昨日やめた女性は、感情移入がやや強すぎて、バランス感覚がイマイチだった。理事長の評価が低いのも、その辺にあった。

もとより、理事長の評価など、わたしも気にしない。そんな時間はない。この理事長も職人ベースだから、前職の塗装会社の社長と、差はない。

ただスタッフがわたし以外に7人いるから、その人たちベクトルが混ぜ合って、わたしの存在感が稀薄なるのは、有り難いし、それが狙いでも、ある。ここで、65歳のジジイが矢面に立つことは、、しない。

それでもだが、わたしの業で、ベトナム語検定合格者の表彰制度は、提案しようと決めている。年内に 紙一枚の提案書を作り、理事長に時間をかけて、もんでもらうつもりだ。

千日回峰の如く働く

外国人技能実習監理団体で、毎日忙しく働いている。今日で34日目になった。

朝は、じきに5歳になる次女を保育園に送ったあと、練馬駅の駐輪場に自転車を置き、西武池袋線8:05発の準急で、ひばりが丘駅に行く。その後、ひばりが丘駅近くの駐輪場においてある青色の自転車にまたがり、監理団体をめざす。このとき8:25。そこからゆっくり25分間、自転車に乗る次第。

途中、川沿いの遊歩道を10分ほど走るが、ここが心地よい。わが無意識が整えられる感じがする。

この通勤は、毎日1万歩を超える。
そこで、こりゃ比叡山の千日回峰みたいだな、、阿闍梨にならなくても、市井で回峰してることになるな、、ならば、この監理団体で、千日間、働くことにしよう。そう決めた。

監理団体の仕事は、、
1.実習生に対する日本語等の授業
2.実習実施会社に対する監査
3.実習生の宿舎訪問
4.成田空港への実習生の送迎
5.技能検定試験の立ち会い
6.実習生の失踪した場合の警察署届け出

以上だが、2.と3.は報告書が必要となるが、これが面倒くさいのだ、、

しかもPCに向かっている時間は、、ない。
座っていると、突然「授業して」と差配されてしまう。これが苛立つ、、悩ましい。

けれどこれも、千日回峰行もどきととらえ、異議を言わず、授業に望むことに。

日々の多忙を、遠望する視座を心に持つのだ。ここであと、966日働こう!!

就職から20日が過ぎた

外国人技能実習生監理団体に勤め始めてから、20日が過ぎた。

昨日、給料日だったが、もらえなかった。
忘れられていたのだ。サラリーマンの人生で、過去に一度もなかった出来事だ。ありえない。

若かったら、怒り心頭になったことだろうが、笑って受け入れた。

ここは、わたしの給料など忘れるほど、誰もが忙しくしていて、職務分掌など、無いに等しい。

こうしたテイタラク、この監理団体の内情が、逆に監理されるべきなのであって、機構の監査は今後も、必須だろうし、個別にヒアリングをしてもらいたい。場合によっては、内部通報も、ありだな。

この監理団体の成長のために働くのは、やめた。次のステップに活かす、それだけだ。

追記、翌日26日、給与支払を仕切っている理事長夫人が、午前中に9日分の給与を持って、団体に見えた。

ひとまず微笑んで、受取ったが、
時間をおいてよく見ると、実費より4千円下回る「一定の通勤手当」が入っていなかった。

なんだかな、、ここは、、

直に65歳になるわたしなので、
次は自営で、やらねば、と。

良かったのは、雇用保険の再就職手当が
決定し、24日に振り込まれたことだ。これで、ひとまず当座の支払ができた。

ハローワークから団体に、わたしの在籍確認をしてきたようだ。回答してくれた女性スタッフと前職の塗装会社に感謝。

新たな仕事場

新たな仕事場となる外国人技能実習の監理組合に、前倒しで金曜日から働いている。

技能実習生はここでの一ヶ月研修を終えると、実習する会社に配属される。その送り出し、実習生を車で連れて行くのが、最初の仕事だった。

久々の車の運転、しかも軽自動車ではなく、HONDAのステップワゴンだったので、川崎市多磨区までの往復を、かなり緊張した面持ちで運転することに。

緊張のせいで、帰り道、アクセルとブレーキを踏む疲れからか、右足のスネがつって痛み出し、いささか、まいった。

そうした痛みのなか、武蔵境あたりで黄色信号の左折を思い留まったのは、正解だった。反対車線に白バイいたからだ。ささやかな僥倖。

研修生はベトナムからの二人の青年、24歳と23歳で、それぞれ家族が5,6人いるとのことで、遠い昔、地方から東京に出稼ぎにきた中学卒の若者たちに近いかもしれない。

日本人の若者は、ガテン系の仕事を忌避する現状から、その穴を埋めるために外国人実習生の名のもとに、労働力を確保する、そういう現実を、あらためて感じさせた。

わたしの方針は、
1.如実知見、あるがままを見る。
2.フラットな目線を保つこと。
3.研修生一人ひとりの望みがかなうように、できるかぎりのアドバイスをする。

という3点とした。

昨日は、30人近い実習生に自己紹介をすることになった。わたしを実年齢より10歳くらい若く見てくれていて、ほんの少し、嬉しかった。

ひとまず、ここに68歳まで、3年は在席したいものだ。驕らずに、サバイバルしよう。

満64歳10か月で次の就業が決定

今日は、わたしがC型肝炎に罹患していると判明した日から、丁度満28年になった。既に完治してから3年になるが、めでたしめでたしということで、忘れないように、わが記念日としている。

昨日、口頭だけだが、外国人技能実習監理団体の採用が決まった。じき65歳になるわたしだが、理事長は採用を即決してくださった。拍子抜けするくらいの決定だった。間に入っていただいた加藤さんのおかげた。ありがたい、、感謝。

安心せず、見習いとして来年3月までわが態勢、カタチを整えることにしよう。土休をやめて、出勤するのだ。ハードになるのは確かだ。

おまけに昨日はバタバタと予定がピッタリはまり、その出来すぎ観に、いささか驚いた。

こんな具合。
8/20にハローワークに行き、雇用保険受給資格決定日がその日となった。

待機期間が8/20から8/26までの7日間。

それを過ぎて、8月最終週に就業にくるように勤務予定先から要請があった。金曜日から就業することに。

なので、3日分の失業給付と再就職手当がもらえる見込み。8/28(水)には金額も確定し、おそらく9/5頃に支給される。

解雇なので、3か月の給付制限は、、ない。

当初、厚生年金の報酬比例部分の額が不支給になるらしいので、慎重に比較考量しようと思っていたが、報酬比例部分の5倍くらい失業給付等が多いことが分かり、あらためて雇用保険のありがたさを感じた。雇用保険料は毎月千円前後のわずかな金額だったのに。

おまけに、わたしは11月には満65歳になり、失業給付の恩恵は一気に激減してしまうことも、「雇用保険受給資格者のしおり」を読み、わかった。

10か月の間、さまざまな理不尽を感じてきた塗装会社だったが、ジワジワと、報われた感が湧き上がってきた。この国の労働保険制度に助けられたのだと。

ともあれ、
なんというタイミングで解雇されたことか、塗装工事会社の社長に、深甚なる感謝をする、、次第だ。
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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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