わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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今、手元にある本のこと

本は、ほとんど図書館から借りて読むようにしている。いや違う、読むというより置いておくばかり。少し眺め読みして、返してしまうかのが、ほとんどだが、、それでいいと思っている。

先月、岩波文庫のコンラッドの小説を買ったが、行方不明になってしまった。返すことが念頭にないから、こうなるのかもしれない。

ただ、図書館からなにを借りたかを手帳に書いておくようにしている。

今借りてる本一覧は、
1.小林秀雄「感想1」(新潮社)長い間出版されなかった。これはベルグソン論だ。

2.アンリ·ベルグソン「思想と動き」(平凡社)

3.アンリ·ベルグソン「精神のエネルギー」(平凡社)

4.若松英輔「小林秀雄 美しい花」(文藝春秋)

5.永井龍男「青梅雨」(新潮文庫)、高等小学校を卒業しただけ、16歳で文壇に出た、言葉をきわめた作家だった。

6.デイヴット·ミッチェル「クラウド·アトラス」(河出書房新社)、映画を観たので。

7.山口真由「7回読み勉強法」賢いコメンテーターとして、最近よくTVに出ておられる。

8.熊谷頼佳「脳が若返る食事術」(ダイヤモンド社)、予約待ち本。何で知ったか、思い出せない。

以上だが、借り本とはいえ8冊並べた本を見て、気に入っている。

この中で、さっき8.を眺め読みしたが、「脳内糖尿病」がキーワードとわかったが、これは表紙のタイトルの下に「あなたも脳内糖尿病かもしれない」と出ていて、分かりやすい内容だった。

しかしながら、昨日読了したのは、
アンドレ·マルロー/池田大作「人間革命と人間の条件」(聖教文庫)だった。22年ぶりの再読だった。

二人の対話は、ケンカと思えるほど、ものすごい火花があった。機関銃のように話されていたであろう池田先生は、マルローに全く負けてない。先生と加藤周一との対話と重なるものがある。西洋知識人の小我と東洋の大我。

再読は収穫があった。私見だが、21世紀は、日蓮仏法が流布し、世界的地平で、法華経が新たに創られるということ。対談を通じて先生には、そうしたビジョンが見えておられる、、という気がした。
近々、その感想をブログに載せよう。

感想「人間の建設」

15日(日)16:50、豊玉リサイクルセンターのテーブルで、岡潔と小林秀雄の対談本「人間の建設」(新潮文庫)を読了した。

借り本だから、図書館に返さねばならない。また読みたくなったら、買うことにしよう。なので、今は雑感を掲げておきたい。

1.本の題名は、おそらく二人が出したものではなく、対談を企画した新潮の編集者が名前をつけた、と思うが、いいタイトルだ。

2.読むというより、対談話を聞いてる感じで、読後、心地よい余韻が残った。ずっと二人の語らいが続いている感覚になるのだ。互いの目線はフラットで、互いにリスペクトしあっているのがわかる。

3.さまざまなことが語られているが、一番響いたのは、天才数学者である岡潔の、次の言葉だった。言葉に強度があった。二人の対話をそのまんま載せると、、

44頁 
岡潔『そこをあからさまに言うためには、どうしても世界の知力が下がってきていることを書かなければなりません。さしさわりあることですが。
数学の論文を読みましても、あるいは音楽を聴き、ごくまれに小説を読みましても、下がっているとしか思えない。それにいろいろな社会現象にしても、だんだん明らかな矛盾に気づかなくなって議論している』

小林秀雄『間違いがわからないのです』
 
岡潔『情緒というものは、人本然のもので、それに従っていれば、自分で人類を滅ぼしてしまうような間違いは起きないのです。現在の状態では、それをやりかねないと思うのです』

小林秀雄『ベルグソンの、時間についての考えの根底は、あなたのおっしゃる感情にあるのです

岡潔『私もそう思います。時間といものは、強いてそれが何であるかといえば、情緒の一種だというのが、一番近いと思います。

以上だが、二人の対話には「客観」「主観」という言葉は、一切出てこない。

以下、断想の端々を、、

岡潔は、「小我」「無明」という言葉を多用されていたが、わたしはその言葉を、母校創立者池田先生から、おそわった。とりわけ「無明」は1974年11月に、直接face to faceでおそわった。信心の骨格になっている。

時間を知る。定義するのは難しいが、ベルグソンは果敢に挑み、珠玉の足跡を残してくれた。

時間を知るのは、頭ではなく、わが全身であると見ている。そこに、緊縛、足かせをはめてはならない。

病気は、その病名の共同幻想であって、本来は病いになった人が、個々におられだけであって、その方は直ちに「時間」の縁(ふち)に立ち、固有のナラティブが生まれる、とわかる。たとえ、難病と国がみなしても、それに囚われるのは小我にすぎない、勘違いと見切ろう。

よくよく吟味すれば、病を見つめる健全な大我は、必ず、現れてくる。四半期罹患していたC型肝炎、当初は都の難病指定で助成対象であったが、その後、助成ははずされ、平行して、その治療方法の変容ぶりは著しかった。なので、C型肝炎の時間軸を総覧して、吉本隆明の言葉を勝手に引用するのだが、病名は共同幻想の撒き餌、と感じるわけだ。

遠い昔、よく周囲から「情緒不安定」と言われたことがあったな、、

岡潔は、シンガポールの海辺にたったときに、その夜景をみて、なんともいえない懐かしさにとらわれたという。「春宵十話」の冒頭に出ていたかな、、

「時間は情緒に近い感情にある」というのは、わが生活のヒントになった。

もとより時計は、時間を計量するという形で、空間化したもので、時間そのものではない。

例えば、スポーツ選手がZONEに入るという情況があるが、そうしたときの感情が時間なのではないか、、

私たちの場合、それは、つまり時間という感情は、、題目を唱え続けているときに、忽然と、現れてくるのだ。そうして時間の経過を感じない状態になったとき、私たちは一人ももれなく、時間の中に入る。法華経こそ、情緒の深きところに流れているからだ。しかも、それは共同幻想ではない。

追記4/22
岡潔の晩年の主張は超高次元の理想である真善美妙を大切にせよというもので、真には知、善には意、美には情が対応し、それらを妙が統括し智が対応すると述べた。一方で日本民族は人類の中でもとりわけ情の民族であるため、根本は情であるべきとも語った。また日本民族は知が不得手であるため、西洋的なインスピレーションより東洋的な情操・情緒を大切にすることで分別智と無差別智の働きにより知を身につけるべきと提唱している。さらに現代日本は自他弁別本能・理性主義・合理主義・物質主義・共産主義などにより「汚染されている」と警鐘を鳴らし、これらを無明と位置付け、心の彩りを神代調に戻し生命の喜びを感じることで無限に捨てるべきと述べた

さまざまな断想

1.つらつら思うこと、、
正岡子規の「病牀六尺」を敷衍して、実は、私たち普通の人々の、日常生活においても、広がりと流れのある世界を持っている。それはTVやネットを見ることと同じではない。もっと内在的なものだ。

2.赤羽雄二「ゼロ秒思考」によると、、
その思考は「メモ書き」によって思考と感情の言語化をトレーニングすること。誰でも、どこでもできて、お金もほとんどかからないシンプルな方法だという。ま

具体的には、A4の紙に1件1ページで書く。ゆっくり時間をかけるのではなく、1ページを1分以内にさっと書く。毎日10ページ書き、フォルダに投げ込んで瞬時に整理する。それだけで、最も基本的な「考える力」を鍛えられる。

さぞかし、習得したら膨大なA4用紙の山になるのだろうが、そうすることで、深く考えることができるだけでなく、「ゼロ秒思考」と言える究極のレベルに近づける、、
のだと言う。

こりゃ、いわば「メモ道」だな、

メモの早書きを習慣化、それをすすめているわけだ。前に、ブログに取り上げた前野隆司さんの受動意識仮説に通底する。無意識を整える方法として、メモをとることをすすめていると見た。

3.かつて、大熊信行(1893〜1977)という経済学者がおられた。わたしが、はじめて大熊先生にお目にかかったのは1973年4月、、大学の入学式だった。壇上最前列に座られて、大学創立者の講演を聞いておられたのだが、手帳に書き込む姿をずっと続けられていて、他の教授陣とは明らかに雰囲気が違っていた。何を書いているのだろうと、不思議に思ったものだ。

もしかしたら、その姿も、ゼロ秒思考みたいなものだったのかもしれない。創立者の言葉を、聞き書きしている感じではなく、俳句か短歌か、書き連ねている感じがしたのだ。あの姿は虚心坦懐で、空に浮かぶ言葉を拾い上げていたのかも、、

しかしながら、あるとき、大熊先生はこんなことを学生たちに言われた、という。「君たちは創立者の偉大さに魅せられて入って来たのだろう、、だがね、本当の意味で、、その偉大さは、てんで、分かっちゃいないだろうな」と。

4.結局、ここで何が言いたいか、、諸法実相というか、虚空に浮かぶ言葉をつかみとり、それが内在することを確かめたい、、そう思うのだ。大腸がんの予後は、そういう作業をしていたのだ、と思う。健康になった今、経済的な、なりわいにおいて、今一度、それを確認したい、、あぁ全然、うまく言えてないな、、

5.先週金曜日に高田馬場で、久しぶり、仕事上の知り合い46歳のK氏に会った。20分ほど対話だったが、いろんな情報が見え、聞こえてきた。言葉にしてないこともわかってくる。彼が発するエネルギーはかつてより数段上回って感じられた。正直、うらやましかった。



わが手もとに置く文庫100冊

年をとるにつれ、手もとにおいてすぐひっぱり出せ、何度も読み返す、、そうしたもっとも必要な文庫を、あらかじめ、きちんと整理して、一箇所に固めておくことが大事だなと、気づいた。それを回すことで、わたしの脳内革命(そんな名の本があったな)の下地をつくるのではと。あとはいらない究極の文庫100冊を以下に掲げておくことにした。徐々に書き込むつもり。

1.マルティン・ブーバー「我と汝・対話」(岩波文庫)
2.スピノザ「知性改善論」(岩波文庫)
3.デカルト「省察」(岩波文庫)
4.デカルト「方法叙説」(角川文庫)
5.日蓮「三世諸仏総勘文教相廃立」(聖教文庫)
6.キルケゴール「死に至る病」(岩波文庫)
7.白川静「孔子」
8.プラトン「ソクラテスの弁明」
9.ベルグソン「思想と動くもの」(岩波文庫)
10.群ようこ「都立桃耳高校」(新潮文庫)2冊
(あらためて10.は、群ようここと本名、木原ひろみさんが、主に1970から73年にかけて在籍していた鷺宮の生徒に対して、を意識した四半世紀ごしの、ユーミンの「卒業写真」ようなの物語なのだと気づいた次第、、2000年に万感の思いで、そう書き下ろしてくれた作家のギフトに、同級生の一人として、感謝している)

11.辻邦生「背教者ユリアヌス」(中公文庫)3冊
12.森敦「意味の変容」
13.堀田善衛「方丈記私記」
14.山本七平「小林秀雄の流儀」(新潮文庫)
15.井筒俊彦「意識と本質」(岩波文庫)
16.宮本輝「錦繍」(新潮文庫)
17.宮本輝「春の夢」(新潮文庫)
18.安部公房「砂の女」(新潮文庫)
19.内村鑑三「代表的日本人」(岩波文庫)
20.S・キング「刑務所のリタヘイワース」

100.「岩波文庫解説目録」 若いころの羅針盤だった。


「春の夢」を読む

1.きのう日曜から、宮本輝「春の夢」を読んでいる。長いこと積ん読のままだったが、春になったしなと、犬の散歩に、読みだし、歩きながら、「しいのみ公園」のベンチでも15分近くは読んで、そしてまた歩きながら読んでみた。散歩に宮本さんの小説はあっている。

犬の散歩で、本を持ち歩いているのは、この辺では、私くらいだろう。昔だったら、歩きながら本を読むのは顰蹙、ヒンシュクものだったが、今は歩きスマホ、歩き電話が跋扈しているので、さして奇異な感じにはなっていない、、とみている。15年間、モモというコーギー犬の散歩をしていると、そうでもしないと、散歩に出る気になれないのだ。

2.その本「春の夢」が、思いあたることがいくつかあった。当初、小説の名は「棲息」だったが、「春の夢」に改題した。断然、その方がいい。棲息という名だと、無機質な、やや下卑た感じがしたからだ。

①偶然、柱に釘を打ち、その串刺しにされた蜥蜴との出会い、その蜥蜴を忽然と「キン」と名付けることによって、縁が生まれる。刺されたまま、キンは死なないのだ。

②40分間の夢、それは明恵の夢日記を思い出させた。

③歎異抄に対する評価




佐藤優「先生と私」を読了した

1.このブログは、長いことコメントをいただけてなかったが、今日、superpesonさん という、初めての方からコメントをいただいたとわかり、素直にうれしかった。C型肝炎治療の、武蔵野赤十字病院から国府台病院へと、最終段階の病歴が、私とよく似ておられた。多くの方々と同じように、superpeson さんもSVRになられている。あらためて、ハーボニーに感謝。

superpeson さん、いつか吉祥寺あたりで、お会いしたいものですね。わたしはいつも、立野町から成蹊大学わきにある半キロくらいの直線の道路を自転車で通り抜けると、吉祥寺に来た感じがします。

2.このところ、Amazonプライムで映画を見ることが多い。DVDで所有するという意味がどんどん希薄になる感じがする。
①「ミレニアム、ドラゴンタトゥーの女」を再び見たが、やはり小説の方がいい、
②「13時間」という、2002年9月11日リビアの米在外公館が襲撃された事件を扱った映画。傭兵の元軍人たちのアラモの砦のような話で、壊滅は免れた。
③「ビューティフル」・・・もう何がなんだか、美しくない映画だ。
④「エクスマキナ」・・・脇役で出ている日本人ハーフの女性が美しい。

3.元外務省主任分析官で、佐藤優さんという作家がおられる。この方のラジオのコメントはネットでチェックして聴くようにしている。そのインテリジェンスを聴きたくなるのだ。惹きつける何かが佐藤氏にはある。今佐藤氏は、曙橋あたり住んでおられるようだ。たしか、肺がんでなくなった戸井十月さんも曙橋に住んでおられたな、、実はわたしも半年ほど住んだことがあるので、その街の空気感はわかる。

4.今朝から、佐藤優氏が書かれた「先生と私」を読んでいる。大宮の公立中学から県立浦和高校に入るまでの話。義務教育時代に佐藤優という人間が、どう出来上がっていくのか?その根っこに、誰がいたのか知りたかった。中学1年の塾の国語教師と数学教師の出会いが決定的だった感じがした。教師の氏名は明らかにしていないが、その指導方法がいいのだ、、自分も受けてみたいと思った次第。

4-1.佐藤優氏と五木寛之の対談本で、その国語の塾教師は、岡部宏という人だった。但し、検索をかけても、あらわれない。市井の人として、無名を貫かれているのかもしれない?

5.追記、、5日に「先生とわたし」を読了した。落ち着き払っていて、もの怖じしない佐藤氏の目の力は、すでに、中学時代にはあらわれていたのではないか、、と思えた。私より6歳下だが、その時代の空気感は同じものだったに違いない。学生運動の最終局面、連合赤軍あさま山荘事件のころに、佐藤さんは中学に入っているわけだし。理系から文系への関心のシフト、、キリスト教とマルクスとロシア語に強い関心を持っていて、向学心はひたぶるなものがあって、こりゃ、脱帽だ。

6.あっ、思い出した。あさま山荘事件で殉職した機動隊員の一人が、わたしの中学の同級生の父親だった。家も覚えている。一度だけだが、挨拶したこともあった。リアルタイムのテレビ報道の画面でその名が出たとき、すぐに彼の父親だとわかった。クレーンで釣り上げたボーリングで、山荘の壁を破壊する様もを見ていて、なんともいえない「やるせなさ」を感じていた。あの過激な人たちを一方的に非難はできない自分がいた。あの異様な光景は、反体制にとって、流血革命の蹉跌だった、、

1990年代に、和美峠近くをツーリングしていて、忽然と、あさま山荘を見えたとき、思わず声を上げた。あそこにあったんだ、、最期の砦にした連合赤軍の心境が、わかる気がした。負の大団円、、騒擾の舞台にふさわしい、屹立した場所だった。

7.戻る。その先生とは、一人の師ではないのだ、両親、叔父、牧師、塾講師、大学教授、中学の担任教師みんなが、佐藤さんにはかけがえないの先生だったとわかった。それと、沖縄や北海道で出会った人、旅そのものもまた、偉大な先生だったとわかる。

8.塾の国語教師は、佐藤さんたち中学1年の塾生に、島尾敏雄の「出発は遂に訪れず」の授業をする。ホワイトボードに現実存在と書いて「実」と「存」に○をつけ、こう解説する。
「実は、“ある”ということは、とてもむずかしい概念だ。私自身の人生は1回しかない。また、いまこうして、みんなと勉強しているこの瞬間も1回しかない。そして繰り返すことができない。この1回、1回を大切にしていくことが実存なのです。島尾敏雄の小説、戦争の特攻のような経験をすると、誰もが実存について考えざる得なくなる。こういうことを中心に考える哲学で、実存哲学というものがあります。サルトルとカミュが中心人物です」と。すると、、ある女子生徒が「島尾敏雄の特攻体験は、ドストエフスキーの体験と重ね合わせて、理解することが適切でしょうか」と質問する、、のだ。P104も、ここのくだりは圧巻だった。

中一の生徒たちがそんな質問、、自分の中学時代を振り返って、、ありえない。
わたしの場合、島尾敏雄の、その小説は、高校出て10年後に母校の国語教師、北上先生を囲んで輪読会をやったときに、課題となった小説だった。28歳のときでさえ、島尾敏雄の文章のリアルさ、きな臭さを感じてはいたが、「実存」という言葉は思いも浮かばなかった、のだから。

そうして今、確信した。できるだけ「正確な質問をすること」、、人生は、いかに正しく問うかが大事になる。これから先、生き方の中心において、意識しよう、、実際そうしてきたわけだし、グーグルの検索にしても、どういうキーワードを入れて尋ねるかによって、結果は千差万別だし。。

するとカルロスゴーンがこういっているのが、検索でわかった。
正確な質問をすれば、正確な答えが返ってくる。
曖昧な質問をすれば、曖昧な答えしか返ってこない。

まぁ、月並み言葉ともいえるが、、それは、わたしの言いたいこととは、微妙に違う。正確な答えが直ちにかえってこなくてもいい、時間がかかってもいいのだ、、質問したことを記憶してさえいれば、、

宮本百合子とマルグリット・オードゥー

2月19日、長女の合唱団の発表の付き添いで帰りに、東府中駅にのったとき、反対側の席で、宮本太郎氏が新書本を読んでいるところに遭遇した。ずいぶん前に亡くなられた宮本顕治氏のご子息で、どこかの大学教授だが、顕治氏の政党を支持されてはいない。宮本太郎氏は細面で、身長は180センチくらいにみえた。宮本顕治氏の後妻のお子さんのようだ。先妻の宮本百合子さんとの間にはお子さんはおられなかったわけだ。

そのころキンドルで、宮本百合子の「知生の開眼」を読んでいたので、瞬間、ささやかな共時性を感じていた。で、その本の冒頭に、結論が出ている、、こう書かれている。
知性というとき、私たちは漠然とではあるが、それが学識ともちがうし日常のやりくりなどの悧巧さといわれているものともちがった、もう少し人生の深いところと関係している或るものとして感じとっていると思う。教養がその人の知性の輝きと切りはなせないように一応は見えるが、現実には、教養は月で、知性の光を受けることなしにはその存在さえ示すことが出来ないものと思う。教養ということは範囲のひろい内容をもっているけれども、そういう風な教養は外から与えられない環境のなかで、すぐれたいい素質として或る知性を具えているひとは、その知性にしたがって深く感じつつ生活してゆく間に、おのずから独特な人生に対する態度、教養を獲えてゆくという事実は、人間生活の尽きぬ味いの一つであると思う。
 この人生への愛。ひとと自分との運命を大切に思って、そこから美しい花を咲かせようとつとめる心。そのためには自然欠くことの出来ない落付いた理性の判断と、柔軟溌溂な独創性、沈着な行動性。それ等のものが、知性と云われるもののなかにみんな溶けこんでいて、事にのぞみ、場合に応じ、本人にとっては何か直感的な判断の感じ、或はどう考えてもそうするのが一番よいと思えるというような感情的な感じかたで、生活に作用してゆく。知性というものは抽象の何ものでもなく活々としてしなやかなダイナミックな生活力そのものにつけられた名である。


そうしてこの本の中で、マルグリット・オードゥー(フランス語:Marguerite Audoux)というフランス人女性作家をとりあげている。自分のためだけに小説を生涯で3冊、書いたという。1863年7月7日 - 1937年1月31日の一生だった。宮本百合子さんは、次のように紹介し、作家の知性のありようを示されている。

オオドゥウは中部フランスの寒村に生れた孤児みなしごであった。育児院で育てられて、十三歳からノロオニュの農家の雇娘で羊飼いをした。巴里へ出てからは十九歳の裁縫女として十二時間労働をし、そのひどい生活からやがて眼を悪くして後、彼女は自家で生計くらしのための仕立ものをしながらその屋根裏の小部屋の抽斗の中にかくして、「ただ自分一人のために」小説をかきだした。それが「孤児マリイ」であった。つづけて「マリイの仕事場」を書き、「光ほのか」は一九三七年彼女の死ぬ年脱稿された。どの作品でも、オオドゥウは寄るべない一人の貧困な少女がこの世の荒波を凌いで、俗っぽい女の立身とはちがう人間らしさの満ちた生活を求めて、健気けなげにたたかってゆく姿を描いているのであるが、最近出版された「マリイの仕事場」は、オオドゥウの人生に対するまともさ、暖かさ、健全な怒りと厭悪、働いて生きてゆく女、人間として現実を見ている眼の明晰さが、最も美しくあらわれている作品だと思う。オオドゥウの、そのままで一つの物語をなしているような生涯がそれだけで彼女にあのような作品を書かせているのではなく、物語のようでさえある生活の様々の推移の場面で、彼女がそこに何を感じ、何を身につけて生きて来たかという、その生きかたの窮局が、彼女に彼女にしかない生活のみのりをもたらしているのである。

この女性作家の存在は驚きだった。早速、図書館の検索をかけたが、単独では出てこなかった。堀口大学全集のどこかにあるのかもしれないが、、読みたくてたまらなくなり、Amazonの中古本で「孤児マリ-」を購入することにした。

ウィキペディアによると、彼女の最期は不遇のうちに亡くなったが、その素朴な作品は写実的で、「何故あんなに美しい物語を書けるのか?」と言う質問に対し「あたし、なんにも知りませんの。あたし、なんにも学んだことがないんですの。ただ、あたしは、夢想することが好きでした!」と答えるだけだった、とあった。ますます、読みたくなった。

映画「沈黙」の、外在と内在について

今朝10:10に、脳溢血で入院していたDさんが、亡くなった。詳細はわからない。入院は15日間だった。享年47歳、私より一回り以上若い、お子さんは小さい、、すこぶる、残念だ。

1.マーチン スコセッシ監督の「沈黙」を観た。2時間40分の大作。1971年に遠藤周作の「沈黙」を読んでいて、原作に近い感じがして、懐かしかった。篠田監督の「沈黙」は観ていない。初めてその本を読んだとき、単純に、人格神はいない、そう感じた。沈黙を破って、現前する神なんて、果たしているのだろうか?と。イエスも、釈迦と同じ人間でしょう、そう思った。

2.日本に来たイエズス会は、スペインとフランスにまたがる地方の、数名のバスク人によって創立した団体であり、軍隊のようなカトリックの結社だった。その布教は既成の宗教、神社仏閣に対して、戦闘的だったようだ。

3.映画の中で、霊操(れいそう、ラテン語: Exercitia spiritualia)という言葉が出てくる。鍵言葉だ。イエズス会の創設者イグナチオ・デ・ロヨラによって始められたイエズス会の霊性修行方法になる。岩波文庫から出ていて、なぜか持っている。霊操を検索すると、

「体操」で身体を鍛えるように「霊操」は霊魂を鍛えることを目的とする。修行の到達点においては神と深い人格的交わりを持つ=神の御意志を見出すことが目指される。

この映画の、ロドリゴの沈黙の内にあって、つぶやかれる言葉が「神と深い人格的交わり」によるものなのか?
その神は外在か内在か、、ここが、肝心なところだろう。「踏むがいい」の言葉は、私には、ロドリゴの内部にある気づきに、思えてならなかった。
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