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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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伊庭靖子展は発見だった

不忍池の池から東京都美術館まで、サントリー プレミアム モルツを飲みながら、長女は鰻重だけではもの足りず、菓子パンを食べながら、歩いた。

西洋美術館は常設の松方コレクション展で、やはり混雑していた。それはこれからでも、見れる。

東京都美術館は、長女が夏休みの宿題のために行くことにしたのだ。検索し、伊庭靖子さんは存命の画家と知り、現代絵画の方が、長女になにがしか、インスパイアがあるかも、と思っだけで、掲示版をポスターを観ても、さてさて、どうしたものか、と思いながら入った。大人800円、中学生以下無料とあり、ならいいか、、と。

まなざしのあわい 伊庭靖子展

最初の大きな壁紙のような絵画、ソファの絵画を見て、、すごい!じわじわくるものがあった。静物ばかりだが、これはフェルメールを超えている。

サイトの検索からは、こうあった。

画家の眼とモティーフのあわいにある世界に魅せられた伊庭靖子(1967-)は、触れたくなるようなモティーフの質感やそれがまとう光を描くことで、その景色を表現し続けてきました。

自ら撮影した写真をもとに制作するスタイルは変わりませんが、近年、それまで接近していたモティーフとの距離が少しずつ広がってきました。

空間や風景といったものへの関心が高まり、まわりの風景が広がることで、伊庭の絵画は新たな展開を見せています。


さらに、案内のレジュメにこうあった。

伊庭は、物の表面には「質感」が現れる場があると言います。
クッションの模様は、カンヴァスに貼りついた装飾のように見えてくると、画面から浮かび上がってきます。
見る人の視覚を揺さぶる模様の描写によって、クッションに反射する光やその周囲を
漂う空気といった、目に見えない「質感」が際立たされています。


私見だが、描かれた物に質感がある、はその通りだと思う。

「質感」を「空気感」「気」と置き換えると鮮明になる。
2Dから3Dへの変容が、観る側の内部に起きる。だまし絵とは違うのは、そうした錯覚ねらいではなく、質感を感じさせる力が、その絵画には、あるのだ。触らないのに、視覚だけで、その気を感じた。

そして多分、その気は、絵画にあるのではなく、わたしの内部にあるものが呼び起こされ、現れる。

ともあれ、カンヴァスの油彩画なのに、そう感じさせた質感は、いささか驚いた次第。

ただし、その質感には「風の流体」はなかった。写真がベースにあるからかも知れない。

流体力学を感じさせたのは長谷川等伯の「少林図屏風」だけだ。図屏風は動いていた。

宮本輝と俳人・塚本裕樹の対話

もう一つ、備忘のため 以下のコピペをご容赦あれ、

宮本輝「流転の海」完結記念インタビュー 大きな人間の、大きなドラマを書きたかった。 
聞き手/堀本裕樹

[文] 新潮社

執筆開始から37年、宮本輝「流転の海」ついに完結

自らの父をモデルにした松坂熊吾とその家族の波瀾万丈の人生を、戦後の時代を背景に描く自伝的大河小説「流転の海」。執筆開始から三十七年、第九部『野の春』の刊行で、ついに完結を迎えます。三十七年間を振り返っての感慨、そして作品に込められた想いを、長年宮本作品を愛読してきた俳人の堀本裕樹氏が伺いました。

 ***

──三十七年もの間、「流転の海」という大長編を書き続けられて、このたび完結を迎えられました。読者の一人として、本当にありがとうございました。そして、本当にお疲れ様でした。僕は最終巻を読み終えて、しばらく放心した状態でした。今風に言うと「流転の海ロス」みたいな状態で、充足感と共に、終わってしまったんだなあ、という喪失感が自分の中に渦巻いています。今はどのような心境でしょうか?

 人生何が起こるかわかりませんから、途中で私が倒れたりしたら、どうにもなりません。最後の数行は頭の中に出来ていましたけど、ノートにも付けてないし、とにかく未完で終わらせられないという思いでしたので、今は責任を果たせたという感じです。第一部の単行本が出た時に八十代の読者から、生きているうちに最後まで読みたいというお手紙を頂いたのですが、あれから三十五年ですから……。なんとかもう少し早く書けなかったか、申し訳なかったなあ、という気持ちもあります。

 ロスという言い方をするなら、私の中で一番ロスが起きなきゃいけないですが、三十七年間僕の中に住み続けた松坂一家とやっと別れられた、ちょっとつき合いも疲れたかな、というのもあります。

 しかし最後まで書けたのは、第一に自分が健康であり続けられたからですから、そのことに感謝したい。何か守られたなあ、という気持ちの後に、だんだん自分を褒め称える気持ちが湧いて高揚してきました。お前はえらい、よくやった、と。その時期が過ぎると、長い小説くらい誰でも書く、問題は中味だ、それはどうかな、と少し内省的になっているのが今の時期です。

──大長編だからこそ、作者の心境も波のように変わっていったんですね。

 書いている途中も常にそういう状態がありました。

「親父、仇を討ったで」

──『ひとたびはポプラに臥す』の中で、印象に残っているくだりがあります。【「お父ちゃん、俺が仇を討ったるで」父が死んだとき、二十一歳の私が胸のなかでつぶやいた言葉】ですけれど、僕は『野の春』を滂沱の涙で読み終えた時、「ああ、宮本先生はこの小説を完結させて、父君の仇を見事に討ちはった」と思いました。

 最後の三巻くらいは、親父の仇を討つという気持ちはなくなっていました。書いている間に自分も年齢を経て、内面的に変わったのを感じましたし、この小説に登場する全ての登場人物の、戦後の時代を懸命に生きてきた、それぞれの宿命というものをねぎらいたい、という気持ちに変わってきました。そして僕が生きてこうして小説家になり、この小説を完結させたということが、つまり父の仇を討ったということになりますよね。だから最後には、「親父、仇を討ったで」という心境になりましたね。

──いま「流転の海」を完結させて、父君に伝えたい言葉はありますか?

 伸仁のことを、「うまくいけば、偉大な芸術家になる」と言った易者の言葉がありましたが、「うまくいったやろ? 小説家になって、松坂熊吾という名前に託して、宮本熊市という男を俺は顕彰したぞ、これ以上の親孝行があろうか」と親父に言いたいです。親父には書かれたくないこともあるだろうから、いや、あそこが気に入らん、とか言われるかもしれませんが(笑)。

──お母様にお伝えしたい言葉はありますか。

 「流転の海」は前半は熊吾の物語ですが、『花の回廊』あたりからだんだんと房江の物語になっていきました。物陰で寂しそうに泣いていた母親が、自殺未遂事件を契機に一気に変わります。奇跡的に命を取り留め、人生の不思議というのを強く感じ、自分は生きなければならない人間なのだ、という考え方になったんだと思います。

──父君のたくさんの言葉や教えてくれた箴言などで、「流転の海」を書くにあたって、また人生において、励みになった言葉はございますか?

 それはもう、「なにがどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」という言葉です。小説にはあえて書かなかったんですが、僕が、「でもお父ちゃん、明日死ぬって言われたら、それはたいしたことやろ?」と聞いたら、「それは死ぬだけじゃ」と答えたんです。死もたいしたことじゃない、と。死は永遠の終わりではなく、もう少し違うような気がすると言うんですね。「それは何で?」と聞いたら、「お前も戦場に行ったらわかる」と答えました。

──『野の春』の最後の方で熊吾が戦争の場面を妄想するところもありますね。そして房江が熊吾の最期にやはり、「なにがどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」と熊吾に語りかけられている気がした、という一文にも僕はぐっと涙を堪えました。

 もう一つはやはり、「自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」ですね。だけどある時、「わしほど、自尊心のために生きてきた人間はおらん」と言ってました(笑)、書きませんでしたけどね。でもやっぱり一番忘れられないのは、『野の春』で書いた、寒い夜に屋台で言われた言葉ですね。あの言葉はこたえて、五十歳位になるまで消えなかったです。父への憎しみというより、申し訳なさです。あの時の寒さと、早く父から去りたいという気持ちも覚えています。だから絶対、小説に書こうと決めていました。

──たとえば第一部で柳田元雄の未来を見通す熊吾の言葉があります。「やがて巨大な城の主となるかもしれない。そのとき、自分はどうなっているだろう」。また海老原に対しても、「お前の臨終の顔は、目ェそむけるくらいに、歪んで汚ならしいことじゃろう」と。九部からなる大長編にもかかわらず、その第一部で既にこんな布石を打っている宮本先生の手腕に改めて驚きました。そもそもこの「流転の海」全体の構想は、どのように組み立てていかれたのですか?

 まったく組み立てずに書き始めました、こんなに長くなると思いませんでしたから。最初は長くて五年、全三巻と考えていましたけど、三巻書いても終わらない。全五巻に延ばさなければしょうがない、と思ったのに五巻でも終わらず、次は七巻にしようと決めたんですが、ついに九巻まで来てしまいました。しかし柳田と海老原、この二人は小説の終わり頃には必ず出てくるだろうな、という予感はあったんです。でも、これは小説ですから、実際に起こったことは三分の一くらい、あとは僕の創作です。虚実混じり抜いた全九巻です。

──『野の春』を読み終えたあと、すぐに第一部に帰って読み始めて感じたことは、この物語は永遠に終わらないのだということでした。永久に循環している。第九部で死んだ熊吾が、第一部に戻ると、バッと立ち上がって生き生きと闇市の中を歩いて、蘇っているんですね。これはすごい小説やぞ、と改めて思いました。

 いち早く読み終えた人からもそういう感想をいただきました。第一部「流転の海」の冒頭の大阪駅のシーンへと、また続いているようだというんですね。

──終わったけれど終わっていない、ずっと続いていて、まさに物語全体が流転している。こんな小説を読んだことはないなあ、と思いました。この小説の凄みを改めて感じたのですが、例えば『五千回の生死』でも、「死んでも死んでも生まれてくる」ことを一つのテーマに書かれていますが、それはなぜですか?

 生死というものほど、人間にとって大問題はない。それが僕の小説の大きなテーマなんです。生という一文字の中に生老病死ということが含まれていて、生きるということは楽しいことでもあるし、苦しくもあるし、様々なことが起きて、長い人生では病と戦う時期もある。僕自身、作家になった頃に結核で倒れましたし、その前のサラリーマンの時代にはパニック障害で会社へ行けなくなるし、子供の頃は体が弱くて二十歳まで生きられないだろう、と言われ、常に死というものが自分の中に大きな恐怖としてあったんです。でもある時から、死はそんなに怖いものではないんじゃないか、と思えるようになった。太平洋のど真ん中に万年筆のインクの一滴をポトンと落としたら、その色は一瞬で広がって元の海の色になるけれど、インクは消滅したわけじゃない。大海原の中に溶け込んでいった。死というものはそういうものだ、とその話を聞いた時、腑に落ちたんです。

──それは「流転の海」の「海」にもその意味合いはかかっているんでしょうか。

 そうです。「流転の海」という全体のタイトルをつけた時に、そういう大きな構想はあったんです。つけてしまってから、エライことになったな、そんなことをどう小説として表現していくんだ、と思いましたけどね。


星廻りと喧嘩していた頃

──「流転の海」を読み終えていろんな感慨に浸りましたが、一つの感慨として、「人間」というものは全く一筋縄ではいかない、生きるということは甘いものではない、ということでした。例えば最終巻でも、愚かな関係があったり、長年の約束を反故にしたりという裏切りを、読者として突きつけられて、改めて人間の複雑さ、恐ろしさを感じました。「流転の海」で人間の明るい部分だけではなく、暗部を痛烈にお書きになる理由は何でしょうか?

 人間というのは千変万化に心のありようが変わり続けている、そういう生き物であり、命というのは刻々と変わっていくものなんです。だから絶対に裏切らない男だと見極めるには、どうしたら良いのか、僕もいまだにわかりません。
 昔ある方から、「機を知れば心自ずから閑たり」という言葉を聞いたことがあります。人生において何が最も大切かということをわかってさえいれば、色んな悩みや厄介な問題があろうとも、心は閑かである、ということなのですが、人生で最も大切なものは何か、と言うと、それは人間は死んだらどうなるか、ということを知っているということ。それさえわかっていれば、何が起ころうが、心は閑かである、というふうにとるべきだと聞いたんです。その時にやっと、死というものをそれまでとは違うように受け取れるようになった。「機」とは何かということを、自分の中でしっかりと定めること、それが僕という小説家を何があろうと屹立させていくだろう、それだけが、僕の作家としての支えになるだろう、と思ったんです。だから、常にそういう目で人物を見る。そうすると、この人は機を知らないな、知っているな、というところで人物判断をするようになってきました。きっと、小説の登場人物にも自然に反映しているでしょうね。

──第一部で熊吾が辻堂に、「星廻りとケンカをしてこそ、ほんまの人生やとは言えんかのお」と言う場面がありますが、ご自身は星廻りとケンカしたことはございますか?

 やはり重症の結核とパニック障害との戦いですね。これらは自分の中に持って生まれたものですし、勝負つけてしまわなければ早死にしてしまうと思ったから、命懸けで療養しました。病気に勝とうという闘魂の気持ちを養っていくことを数年間経験したことが、自然に自己鍛錬になっていたと思います。
 医者がもう薬を飲まなくていい、と言ったのが三十四歳の時でした。やった、宿命を乗り越えた、と思ったらパニック障害が悪化しました。白いものと先が尖ったものがイヤで、原稿が書けなくなった。しかし良い医者と出会い、「これは天才がかかる病気です」なんて励ましてくれまして、何とか病と付き合いながら、取りかかっていた『錦繡』を書き終えました。その後『ドナウの旅人』のための海外取材にも行って、体力的にも精神的にも自信が出来てきた頃、「流転の海」に取り掛かったんです。ですから、自分の星廻りと喧嘩していたのは、「流転の海」を書き始めた三十四歳の頃です。

──熊吾は「人間はしあわせになるために生まれて来たんじゃ」と言っていますが、「流転の海」では「しあわせ」を、房江始め、何人かの登場人物が感じる場面があります。宮本先生にとって、または宮本文学にとって「幸せ」とは何でしょうか?

 まあそこそこ食べていけるだけのものがあって、家族がいて、ちょっと夜更かしして一杯飲んで、布団に入って、「ああ、幸せだなあ」と思う時もあります。人によってみんな違う、それぞれですね。何なんでしょうね、幸せって。言葉にできるなら、文学なんて必要ないですね。

──読むたび自分にとって幸せとは何か、と考えさせられる小説ですよね。


宇宙の闇と秩序とはいったい何か

──芭蕉の言葉に「高くこころをさとりて俗に帰るべし」というのがありますが、「流転の海」を読み終え、宮本先生はその言葉を体現されていると思いました。平易な言葉を以て俗世間を描きながら、宇宙のような壮大で深遠な物語を完成させられているのを読んで、この言葉が浮かびました。僕もこの言葉のような俳句を作りたいんですが、なかなかそうはいかない。「流転の海」はまさにこの言葉を表しています。

 それは僕のものすごく好きな言葉で、実に至言だと思っています。作家としてそういうふうにありたい、と思っているので、今、図らずも堀本さんの口からお聞きして、本当にうれしいです。

──かつて福武書店版の『流転の海』の「あとがき」に、「自分の父をだしにして、宇宙の闇と秩序をすべての人間の内部から掘り起こそうともくろみ始めたのです」と記されていましたが、完結されてそのもくろみは達成されたと思います。ご自身ではいかがですか?

 宇宙の闇と秩序って一体何なのだ、ということを考えてきて、『野の春』の「あとがき」で、「ひとりひとりの無名の人間のなかの壮大な生老病死の劇」であると書きました。だから最初に書いたあとがきを、僕はきちんと自分への誓いとして守ったということですね。

──僕も一読者として、最後に本当にそう思いました。

 自分でこんなこと言うと傲慢に聞こえるでしょうけれど、今は自分でどんなに褒めても褒めたりないので(笑)。

──僕のように、松坂家を自分の親戚のように見守りながら、読み続けてきた読者がたくさんいると思います。最後に読者へのメッセージをお願いいたします。

 長い間、松坂熊吾一家に寄り添って生きてきた読者がたくさんいらっしゃると思います。いつまでたっても終わらないので、宮本輝はちゃんと仕事しているんかいな、とおりのお手紙もいただきましたが、こうやって無事に書き終えることが出来ました。こんなに長く、まあ地味な小説ですが、そんな小説を三十七年間待ち続けて読み続けて下さり、本当にありがとうございました。おかげで、書き終えることが出来ました。どんなに御礼を言っても言い足りない、そんな心境です。

(2018年8月21日、軽井沢にて)

「流転の海」第一部の読後感

今しがた、宮本輝さんのサイトに、以下の書き込みをした。

輝先生、みなさま、こんにちは、久しぶりに、書き込みます。
先週「流転の海」第一部を読了し、今、第二部「地の星」を読んでおりま
す。10月5日までに第九部まで読み終えよう、、と決めました。

第一部で、文庫156頁にある柳田元雄に対する熊吾の思い、、
「それどころか、柳田を偉い男だと思った」に始まる一文が、とても心に響
響きました。熊吾は人の心を、一瞬にして、きちんととらえる鏡のような心
心を持たれていると感じ入った次第です。

あと、50年のひらきがある親子関係は、わたしの場合、切実であり、さま
ざまな思いが去来してきて、たびたび頁がとまってしまいます。
なので、予定通りに読み終えるかどうか、、


で、上記の一文を、あらためて以下に書き移しておきたい。

それどころか、柳田を偉い男だと思った。
17本の欠陥タイヤの値引きは絶対にしてもらいますと、
体を震わせながらも再議まで譲らなかった柳田という人間の来し方を
思いやり、自分とは性格も商売のやり方もまったく異なっている柳田に
何か不思議な魅力を感じた。立派だと思った。

自分よりはるかに多くの血涙にまみれた人生の修羅場をくぐって来た
小心な男があるいはやがて巨大な城の主となるかもしれない。


おそらくこれは布石、やがてきっと、そのとおりになっていくのだろう。

宮本輝と児玉清の対話

以下ネットからのコピペ。わが備忘のため、ご容赦あれ、、

『天の夜曲』が奏でる調べ

児玉清、宮本輝
『波』2002年7月号/新潮社

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児玉 : 今日は、宮本さんと『天の夜曲』のお話ができるというので、『流転の海』シリーズを最初から読み返してきたんです。

宮本 : ありがとうございます。第一部が出たのが随分前ですからね。

児玉 : この『流転の海』は、最初は五部作というお考えだったんですね。ところが今度のあとがきを拝見しますと、六部と。

宮本 : どうも六部になりそうなんですね。

児玉 : でも、六部で終わるんですか。

宮本 : それが、頭抱えてるところなんです。

児玉 : どうしてですか、頭を抱えるというのは。

宮本 : これを書き出したころ、一応五部になると書いたものですから、二部はまだかって、それも年配の読者の方々、八十何歳の方から手紙をいただきましてね。私はもう残り時間がないので、何とか早く五部を終わらせてくれと。まだ一部書き終えたばっかりなのに(笑)。何とか長生きしてくださいってお返事出したんですけど、第三部を書き終えたころから、詐欺だと言われるようになってね。いやもう一巻ふえて七巻になりますなんて、確かに読者に対して申しわけないという気持ちがありましてね。

児玉 : 僕も正直言って最初のうちは先が読みたいですから、苛立ちみたいなのがありましてね、確かに。ですけれども、ここまでくると、事ここに至ったら、もうこれは終わらないでもらいたいと(笑)。いや、正直な読者の感想だと思うんですけどね。

宮本 : これは千万人の味方を得たような気持ちです。

児玉 : ここまで読んでこられた読者にとっては、松坂熊吾なる人物、それに妻の房江さん、息子の伸仁にしても、みんな自分の親戚みたいなものになっているんですよ。生活の一体というか(笑)。

宮本 : 僕のホームページがあるんですが、そこでも、もうここまできたら終わらせないでくれと言う人がいるんですよ。この親子三人、いつまでもウロウロさせておいてくれ、と(笑)。

児玉 : 作者御自身はどうなんですか。やめたら大変な反動が来るんじゃないですか。

宮本 : どうでしょうね。終わってみないとわかりませんけど。ただ四巻書き終えて、まだ伸仁って子が九歳なんですよ。松坂熊吾は実は伸仁が二十一のときに死ぬんですけど、今もう四巻でしょう。僕は『天の夜曲』で富山の一年間を書く予定だったんですが、これでも半年分しか書いてないんです。それでも、原稿用紙で言うと、八百枚以上。一冊の分厚さとしてこれは限界ですね。
  それに今から思うと「流転の海」は、早く書き出し過ぎたと思っているんです。三十五歳のときに、この父、五十歳の男を書くというのは、余りにも僭越だったんじゃないか、なめてかかったんじゃないかと。

児玉 : そうかなあ。僕は、三十五歳の年で「流転の海」の第一部を書いたという、そのことが読者に与えた至福と衝撃というものは、大変なものだったと思いますよ。

宮本 : ありがとうございます。これは短編でも長編でも言えることなんですけれども、小説の種なんて、まあ、あっちゃこっちゃに転がっていましてね。それは私の両目が見なくても僕のどこかについているレンズがシャッターを切って、どこかに蓄積されているわけです。そのフラグメントを、そのまま張り合わせていったって、小説はできるんです。でも、そのたくさんのスライドになっているものを寝かさないと、別のものに変わらないんですね。

児玉 : 生なものがそのまま生で伝わっても何もならないわけですね。

宮本 : それは小説かもしれない。

児玉 : かもしれない、か。そうですね。

宮本 : 小説にはなるだろうけれども、それはやっぱり血ではないですね。

児玉 : すごいいいお話だなあ。

宮本 : それを我慢して待たなければいけない。待っているうちに、例えば松坂熊吾がこういうようなことを言い、このような行動をしたという、僕の中のメモが違うものに変わるときが来るんですね。それには、やっぱり時間が必要です。この時間というものだけは、早めることができないんです。

児玉 : 宮本さんは、今……。

宮本 : 五十五です。

児玉 : そうすると、今の松坂熊吾に大分近づいてきてますね。宮本さん御自身がやっぱり五十過ぎてなければ感じられないことが次第に盛り込まれてくる。

宮本 : 精神的にも生理的にも、いろんな意味でもね。

児玉 : そこで変ってくるものがあるでしょう。

宮本 : 調べがね。

児玉 : そう、調べというものが変ってくる。でもそれは、熊吾の人生と奇妙に合体していると思えてならないんです。最初の『流転の海』で、熱い、燃えるような衝撃を感じた人はたくさんいるんですけど、それがしみじみとした色濃いものに移り変わっていくさまというのは、素晴らしいことだと思うんです。

宮本 : 三十五歳のときから二十年たって、私自身の文体が変化することは当然ありますしね。

児玉 : 向こうの作家で二十五年ぶりに続編出した人がいるんですよ。ジャック・フィニイという人。たしか「タイム・アゲイン」というのと「タイム・トゥ・タイム」という題ですけどね。

宮本 : 題もまたすごいですね(笑)。

児玉 : それから、リオン・ユーリスという作家も、十八年たってから続編を書いてます。向こうが別にいいとは言わないですけど、作家が一つのものをつくられて、それがある程度機が熟して十何年たってから、新たにそれに対する思いというのが出てくるということは、あると思うんですよ。

宮本 : 『流転の海』で、熊吾は五十歳でしたが、今はもう還暦を迎える年になっています。その十年の間には、やっぱり大きなものが人間に変化を与えますね。

児玉 : そういう意味では、実にうまいところでスタートなさったんじゃないかという気がしますね。
  宮本さん御自身おっしゃっているでしょう、熊吾を裏切ってきた人たちに対して、小説の中で思い知らせてやると。これはどういう形で出てくるのか。今はまだやられっぱなしでしょう。ボクサーで言えば、めった打ちになって。

宮本 : あの熊吾が、黙っているはずがないと(笑)。今ちょっと静かにさせているんです。次の巻ぐらいから、ちょっと噴火させようという気持ちがあるんですね。

児玉 : 実はだんだんミステリアスな要素を帯びてきているわけですよ。

宮本 : 僕は『天の夜曲』を書き終えて、松坂熊吾という人がわからなくなってきたんです。わけのわからん人ですね。熊吾も房江も、今はもう僕の中では別のものになってしまったんです。松坂熊吾というモデルは確かにいた。それは確かに僕の父であった。房江という人もいた。それは紛れもなく私の母であった。伸仁という子供もいた。これはどうも僕らしい。でも今はもう僕から離れてしまった、私の中の空想の産物なんですね。そういうふうにしなければ、この小説は読む人を裏切ると思うんです。
  この男が本当に転がり落ちていくのは、これからなんです。そこをどう書くかですね。人の振る舞いということを知っていて、多少乱暴な、学のある人間ではないけれども、妙な教養があるという、要するに変な人ですが、この男がなぜ転げ落ちていくかということが、僕にはやっとわかってきたんです。人柄とか人徳とか、あるいは悪いことをしたかしなかったとかという問題ではないものが、やっぱり人生を支配している。それは、よそから来たものじゃない。熊吾自身が招き寄せたものなんですね。それが一体何だったのか、少しわかってきたんです。それをどう書くか。

児玉 : 今回のあとがきで、人間の運ということを書いていらっしゃいますね。ナポレオンは自分の将校を選ぶときに、成績優秀よりも運の強い人を選んだというけれど、宮本さんは、人生の流れに筆を及ばせながら、運というものに目を収斂させている。

宮本 : 運というのは最初から決まっている、与えられたものだ、だから仕方がないといって、それで済むのかというところへいくんですね。人間はそういうものを打ち破っていくことができないのかと。

児玉 : 例えば伸仁という息子を、熊吾は大変可愛がる。周りから見れば、そんな育て方でどうするんだと思うやつがいるかもしれない。しかし、自分も家内の房江もちっとも心配していない。健康であればいいんだ。これだけいろんなことを教えているのにそれでも悪いことをするようだったら、それはもうこの子の持って生まれたものだと。これは、すごいことだと思うんですよ。宇宙の闇や人間の心の不思議につながっていく。そこを引っ張り出そうとなさっているような気がして。

宮本 : もくろみはそうだったんですけど、私の力がどこまで及ぶかですね。

児玉 : 今回も、背景になる日本社会のいろいろな問題が出てきますね。医療問題や教育問題にしても。

宮本 : 健康保険の問題も出てきます。あの昭和三十年代の、「もはや戦後ではない」と言われかけた時代において、健康保険がない貧しい人って、お医者さんにかかれないんですよね。お医者さんにかかってたら助かる子が、みんな死んでいった時代ですよ。健康保険というのはいろんな問題があるだろうけれども、あの時代には必要だった。でも、そういうことを小説家が書いたって、それは小説じゃないですよね。だから、小谷医師の言っていることが正しいのか、それとも後継ぎの息子の主張が正しいのかは、僕は書かない。

児玉 : でも宮本さん、読者はそこに宮本輝という作家の確かさ、良識というものを見るんだと思う。この本には、得体の知れない給食を強制して食べさせる教師や、家庭教師に自分の後輩を差し向けて、ただ飯食って飲み食いしている連中も出てきます。僕はここを読んでいる人たちの声が聞こえてくるような気がしますね。ああいう、物を知らない人間が子どもを教えてきた日本は恐ろしい国だと思うんですよ。この間ある短大で話をしたとき、教育者は宮本輝を読めと言ったんです。何が正しくて何が悪いかという大事なことは、こういう本によって知るしかないと思うんです。

宮本 : これは解けない謎ですけど、どうして僕の父というのはあらゆるところに僕を連れて行ったのか。大事な商談に行くのに、僕を連れて行くんですよ。その横に座らされているのが、僕には不思議でね。

児玉 : 今回読んでいて、熊吾が本当に自分の心を吐露できるというのは伸仁なんだと思ったんですよ。この二人の会話というのは絶妙ですね。あるときは最高の掛け合い漫才的なところがあるでしょう。僕、何度笑ったか。実にけったいな親子やな(笑)。

宮本 : 五十の男にとって生まれた赤ん坊というのは、子供でもあると同時に……、そういえば僕、ことしの秋に初めておじいちゃんになるんですけども。

児玉 : それはおめでとうございます。

宮本 : それでまた何か変わるかもわかりませんね(笑)。

児玉 : 孫のかわいさは無責任だと言うけど、そうじゃないんですね。この中で熊吾は、生命力というものの衰えを感じる。以前は、悪運がやってきても、ブルドーザーみたいにそれをなぎ倒していった。だけど今、ちょっと歯車が狂い出すと、何かが消えていくような思いがするんです。急に闘えなくなってくる。その中で、伸仁の存在が熊吾にとってどれほど有難いものであったか、ここは読んでいる人間にはたまらないところですよ。

宮本 : 僕、人生には、ある種の極意ってあると思うんですよ。その極意のとおり生きたからといって成功するか不成功かというのは、別の問題です。何を成功と言うかという問題になるんですが、けれども松坂熊吾は何か極意を知っていた人だというような気がするんです。

児玉 : それは思います。熊吾という人は、ひょっとしたら実業の世界に生きちゃったから動きがとれなかった。

宮本 : そうです。

児玉 : この人が芸術家だとか虚業の世界に生きたら、大変な人になったと思う。

宮本 : 松坂熊吾という人には「虚業指向」がまるでなかったような気がします。もしそういうものに知恵を使う人なら、このおっさん、また別の生き方をした。それに時代も、「実業」に一途に向かっていましたしね。

児玉 : 時ですよね。

宮本 : 虚業の世界でなら、ひょっとしたら天下とってたかもわからない。

児玉 : この人は例えば房江にいつも言わしめているでしょう。人より機敏な点でも、機知の面でも、それから策略、あらゆる面で人よりすぐれている。だから物事をパッとつかんで、八合目まではサッと行ってしまう。これはだれよりも速い。

宮本 : しかし、そこであと二合目登るのに大変な力が要る。そのときに、別な方法を考えるんですね。

児玉 : そうすると、一挙にふもとへ行っちゃうんです。

宮本 : 血ですねえ。私のゴルフ仲間が、あなたは、せっかくうまくいっているときにもっとうまくなろうとして今までのやり方を全部捨てるというんです。

児玉 : わかりますよ。経験が生きているようで一つも生きてない(笑)。それは僕自身にも当てはまることだから言ってるんです。絶えず違うこと、夢みたいなことを考えている。

宮本 : そのまま行きゃいいのに、もっと行こうと思う。そこで全部のはしごが外れちゃってドスーンと落ちて、また下から。

児玉 : 宮本さんが小説家以外で生活できたとしたら、これは大変ですよ。

宮本 : 何でそう思うんですか(笑)。

児玉 : しかし熊吾にはいい女性が集まってくるなあ。女房の房江は勿論ですが、今回、大阪で再会した踊り子の西条あけみもそうですね。

宮本 : 女に恵まれるってのは、男の幸福の中のほとんど50%を占めますよね。

児玉 : 男の読者というのは熊吾に対して大変な憧れというのを持つと思いますね。男としても、雄としても。だけど人間怖いのは、ゆえなき嫉妬というか……。

宮本 : 男の嫉妬は、怖い。

児玉 : 怖い。しかも世の中嫉妬に満ちていますよ。この人は天衣無縫だから……。

宮本 : 自分が嫉妬されているということを考えてない。

児玉 : この人は、意図的な、作為的なもので生きてませんから。ところが周りに集まるのは、全部作為のある人たちでしょう。僕自身も嫉妬という問題に対しては決して恬淡としてられない。変な話、俳優していながら、決して僕自身は人をうらやむつもりはないんだけれども、時々その裏返しで、自分の同期の人間たちがやっている仕事に対してフッと批判しているときがありますよ。これを裏返せば、やはり嫉妬かもしれないんです。そこら辺のところを熊吾は伸仁に絶えず言いますよね。

宮本 : 自尊心よりも大切なものを持って生きなければいけないと。これは僕自身、父から与えられた最大の言葉です。

児玉 : それは身にしみますよ。

宮本 : 年とらないとわからないですよ、これは。自尊心なんか捨てられるかって、若いとき思いますもの。でも自尊心と誇りとは違うんですよね。

児玉 : だけど、熊吾はつらくなってくるね。今回のこのお話でも、熊吾が全く意図的じゃないにせよ言った言葉が、物すごい遺恨を招く。

宮本 : 言った熊吾の方はそんなつもりじゃないのに。

児玉 : ある程度自分に勢いがあるときは、恨む奴には勝手にさせておけと言っていたのが、だんだん生命力が細り、自分の境遇が細ってくると、そういう刺が刺さってくるんですね。僕がミステリーと言ったのは、実はその部分で、彼らが熊吾に報復する、その心の裏にあるのは一体何なんだろうと。それは宮本さんには、もう見えていらっしゃるところでしょうけれども。

宮本 : 五十五歳の段階では。でもこれが六十歳になったら、また少し変るかもしれない。やっぱり完結しちゃだめですね。

児玉 : 完結しちゃだめですよ(笑)。もう永遠に続いていいじゃないですか。

宮本 : じゃ、ゆっくり書きます。孫が生れてから書きます。こうなったら、八部でも九部でも(笑)。

児玉 : ぜひ、お嬢さんが生まれてから。

宮本 : お嬢さんかどうかわからないんですけど(笑)。熊吾のひ孫で、ヒグマだったらどうするんですか(笑)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上

「流転の海」の読書スタート

宮本輝『流転の海』全9部を10月5日までに読了しよう、と決めた。
そして10月6日、沼津市市民大学講座の宮本輝さんの特別講義
「『流転の海を書』き終えて」を受講することにした。

たぶん、そうでもしないと
『流転の海』を読まずに、終わってしまうだろうから。

最後の第九部まで、待望していたのに、
結局、読めずに、人生を終えられた方を何人か、知っている。

俳優の児玉清さんも、そのお一人だった。

漏れ聞くところによると、読者の投票で、一番、心に響いた松坂熊吾のコトバは
「何がどうなろうとたいしたことはありゃあせん」
だったという。

「そう考えられたら勝ちなのだ、と。
人生の勝者であると。
そして、そう思えるようになるには、やはり良い小説を読むことだ。
良い小説には生死が書いてある。
若い人たちには自分にとってちょっと難しいかなと思う作品を
1年に1回でもいいから読んで欲しい」と宮本輝さんは言った。

そして宮本さんは「たとえば、大学生なら、
1回生は「戦争と平和」を、
2回生は「夜明け前」を
3回生は「ファーブル昆虫記」を、
4回生は「レ・ミゼラブル」を

この4作を読んだら人生がわかる。
そして留年したら『流転の海シリーズ』を」

とも言われたようだ。

わたしの場合、
「ファーブル昆虫記」はフンコロガシの話しか
覚えていないし、あとの本は全て途中でやめてしまった。

さて、どうするか、、

そうだ、わたしは、逆から読んで行くことにしよう。

ギャッツビーとショーシャンクと、(1)

昨日は、午後の三時間、中野ZEROホールで行われた東京都行政書士会の倫理研修会に参加した。5年前には最初の倫理研修を受けたので、これで二回目だったが、、、内容はムダがなく、充実していた。行政書士のスキルは確実に上がっている。

もっとも、わたしの受講動機は、これを受講しないと『職務請求書』(説明は略す)を購入できなくなり、業務に支障が出るからでしかないのだが。

そこで、高校の同級生、中村和夫さんが30分講演した。高校のときは一度も話したことはなかったが、語り口が柔らかくフラットで、よく腹に落ちた。あぁ鷺宮、、彼も同時代の「鷺宮DNA」を持っているな、、と感じた。

ちなみに西武新宿線の都立家政駅は、鷺宮高校(中野区若宮)の旧名だが、、昨日、自転車で青梅街道や目白通り(十三間道路と昔は呼んでいた)を走っていて、ふと道路標示に「鷺宮」の文字を見ると、何故か母校を想い出し、嬉しくなる。たぶん、同じ31群だった隣の武蔵丘高校(アイロニーだが中野区上鷺宮にある高校)のOBには、こうした感覚はわかないだろう。

さて掲題のこと、、記事は長くなる。わたしの生きる根っこにある断想であり、前から書き留めておきたい想念だったからだ。

ズバリ、二つの映画はその主題とは関係なしに、わたしの宗教観とは密接につながっているのだ。

40年前に、ロバート·レッドフォード主演の『華麗なるギャッツビー』を観た。わたしののギャッツビーはレッドフォードであって、レオナルド・ディカプリオではない。

その映画の主題とは関係ないのだが、ギャッツビーが殺されて、終わりの方で、ギャッツビーの父親が現れ、物語の語り手に『貯金箱』を指し示す。日々細かく、硬貨の貯金をしていたと話す。ジーンと来る。

学歴詐称やさまざまなアコギな仕事もしたギャッツビーだが、根っこにあるはじめの
行動の一つは、チマチマした小銭貯金だったし、その持続だったのだ。

なぜか、そのシーンが一番印象深く残った。

今、その映画を観た後に読んだ新潮文庫、フィッツジェラルドの『華麗なるギャッツビー』(野崎孝訳)を開いてみた。

すると、終わりの方の話で、ギャッツビーが殺された後、誰も、弔問にも葬式にも、誰も来ないのだ。

ただ一人、ギャッツビーの父親があらわれて、語り手のキャラウェイと次のやりとりする。

この際、長くなるがコピペする。忘れたくない大事なギャッツビーのメモがあるからだ。

父親は言った。
「二年前に会いに来てくれました。そうしていまわしが住んでる家を買ってくれたんです。

あれが家をとびだしたときには、わしらは一文なしでした。

しかし、今にして思えば、とびだしたのにも、理由があったんですな。

あれは、洋々たる前途が自分の前にひらけていることを知っとったんですよ。そうして、あれが成功してからというもの、わしには、ほんとうによくしてくれました」

彼は、ポケットから『ホップアロング·キャシディ』というボロボロになった古い本を一冊引っ張りだした。
「ほら、これはあれが子どもの頃持っていた本ですがな。これを見るとよくわかります」

彼はその本の裏表紙を開け、ぼくが見やすいように回してみせた。巻末の見返しに、時間割という文字と、それから1906年9月12日という日付けが記されてあった。そしてその下には、、
起床  午前6:00
亜鈴体操(?)と塀乗り越え練習 6:15~6:30
電気その他学習  7:15~8:15
仕事  午前8:30~午後4:30
野球その他スポーツ 午後4:30~5:00
雄弁術、平静、ならびにその達成法の練習  午後5:00~6:00
創意工夫 午後7:00~9:00

誓い
シャフターズ(?)や○○にて時間を浪費せぬこと。
禁煙(噛み煙草を含む)
隔日入浴のこと
毎週一冊良書(雑誌も可)を読むこと
毎週5ドル、と書いて消し、3ドルと訂正、貯金をすること。
両親にもっと孝行をつくすこと。

「わしは偶然この本を見つけたんですがな」と老人は言った「これを見ると、よくわかるでしょうが、ジミーは出世するようにできていたのですよ。あれは、いつも、こういったような誓いだとかなんだとかやっている子どもでしてね。

あれが頭をよくするために、どんなことをしおったか、お気づきでしたか?

その点であれはいつも立派でしたな。
わしのことを、豚みたいに食うと言ったことがありましてな、それであれをひっぱだいてやったことがありますよ」

彼は、項目を一つ一つ、声に出して読んではしげしげとぼくを見つめ、その本を閉じるのがなかなか心残りなようすだった。

ぼくがその表を書き写して、ぼく自身のために活用したらいいのに、と思っていたのであろう。


ひとまず、以上だ。




映画「コラテラル」の対話

ずいぶん前に、ユナイテッドシネマで見たトム・クルーズ「コラテラル」(巻きぞいという意味)を、Amazonプライムで、あらためて見た。

トム・クルーズの映画で、彼は白髪の殺し屋の役。これほど抑制を効かせた演技はない。その表情の変容ぶりがいい。娯楽映画ではない。

第一印象、この映画のLAは、空撮とか、街の夜景、空気感が美しい。

その夜に5件の連続殺人を依頼された殺し屋と、たまたま出会って『巻きぞい』をくらうタクシードライバーとの壮絶な闘いの話なのだが、

トム・クルーズが扮する殺し屋のヴィンセントは、タクシードライバーのマックスを、簡単には殺そうとしなかった。

良質な対話があり、事の展開とともに影響しあって行く。そこで、グサッときたやり取り(1時間29分後あたり)を以下に。

ヴィンセン(V)「こっちも仕事だ」

マックス(M)「俺を殺して別のをひろえ」

V「お前は腕がいい。これも運命の巡り合わせだろう」

M 「やめろ、そんなたわごと」

V「たわごとだって、、」

(中略)

M「そんな理由、、」

V「そんなもこんなもない。生き死に、いいも悪いもない」

M「平気なのか、、」

V「無関心だ。広大な宇宙に比べたら、人間なんてチリみたいなもんさ。まばたきする間に消える。俺もお前も、、だれが気にする」

M「どうかしている」

V「何が、、」

M「人が何を考えているかなんて、あんたにはは到底わかりっこないだろうな。
あんたは殺されるね。人の気持ちなんかわかりっこしないんだから。
あんたは、そういう冷たい人間だよ、
どこで、どう育てば、そんなふうになるんだろう。心はないのか、人間なら誰でも持っているはずのものを、あんたは持っていない」

V「タクシーの運転手がフロイトみたいな分析をする。」

M「質問に答えろよ」

V「自分はどうだ? タクシーをこぎれいにしていて、夢はリムジンか?いくらためた? 」

M「あんたに関係ない。」

V「きっといつか夢がかなうって、、そうして、ある日、ふと気づくのさ、夢はかなわないまま、いつの間にか年をとった自分に。

かなわないのは、自分が何もやろうとしなかったからだ。
夢は記憶のかなたにおしやられ、ひじ掛け椅子にゆられ、一日中ぼんやりテレビを見て過ごす。
自分を殺しているのと同然だ。

リムジンなんか、頭金を作って踏み出せばよかったんだ。女のことにしてもそうだ。
なぜ、いつまでも、タクシーに乗っている? 」

M「なんとなく、流されて、、ちゃんと人生を考えてなかった。ギャンブルで金を作ろうとしたこともあるけど、あまりにも無謀だったし、失敗したくなかったんだ。完璧にしたかった。

始めようと思えば、いつからでも、始められると。

けど、そんなこと、何だっていうんだ。どうだっていいだろう。

そんなこと、一度も考えたことなかった。あんたのおかげだ。そうなんだ。ちっぽけことだ。」


ヴィンセントは「お前は本気でやろうとしていない」と、マックスの心の奥底にある確信へと突き刺したのだ。

これは他人事(ひとごと)ではない。

それと、ヴィンセントの最期のセリフ

I do this for living
(これが、俺の仕事なんだ、、)と呼応している。本気で仕事をしてきたと。マックスへの、贈る言葉だ。


今日は、いろいろやらねばならないことがあるのに、「コラテラル」以外にも、
「ノーカントリー」と「ミリオンダラーベイビー」もみた。

いづれも名作らしいが、心に残る言葉は、上記の対話だった。

今、手元にある本のこと

本は、ほとんど図書館から借りて読むようにしている。いや違う、読むというより置いておくばかり。少し眺め読みして、返してしまうかのが、ほとんどだが、、それでいいと思っている。

先月、岩波文庫のコンラッドの小説を買ったが、行方不明になってしまった。返すことが念頭にないから、こうなるのかもしれない。

ただ、図書館からなにを借りたかを手帳に書いておくようにしている。

今借りてる本一覧は、
1.小林秀雄「感想1」(新潮社)長い間出版されなかった。これはベルグソン論だ。

2.アンリ·ベルグソン「思想と動き」(平凡社)

3.アンリ·ベルグソン「精神のエネルギー」(平凡社)

4.若松英輔「小林秀雄 美しい花」(文藝春秋)

5.永井龍男「青梅雨」(新潮文庫)、高等小学校を卒業しただけ、16歳で文壇に出た、言葉をきわめた作家だった。

6.デイヴット·ミッチェル「クラウド·アトラス」(河出書房新社)、映画を観たので。

7.山口真由「7回読み勉強法」賢いコメンテーターとして、最近よくTVに出ておられる。

8.熊谷頼佳「脳が若返る食事術」(ダイヤモンド社)、予約待ち本。何で知ったか、思い出せない。

以上だが、借り本とはいえ8冊並べた本を見て、気に入っている。

この中で、さっき8.を眺め読みしたが、「脳内糖尿病」がキーワードとわかったが、これは表紙のタイトルの下に「あなたも脳内糖尿病かもしれない」と出ていて、分かりやすい内容だった。

しかしながら、昨日読了したのは、
アンドレ·マルロー/池田大作「人間革命と人間の条件」(聖教文庫)だった。22年ぶりの再読だった。

二人の対話は、ケンカと思えるほど、ものすごい火花があった。機関銃のように話されていたであろう池田先生は、マルローに全く負けてない。先生と加藤周一との対話と重なるものがある。西洋知識人の小我と東洋の大我。

再読は収穫があった。私見だが、21世紀は、日蓮仏法が流布し、世界的地平で、法華経が新たに創られるということ。対談を通じて先生には、そうしたビジョンが見えておられる、、という気がした。
近々、その感想をブログに載せよう。
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