わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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安倍首相は肺がんか?

最近の安倍晋三首相の顔がむくんでいる感じがして、少し気になっていたが、ネット上で「肺がん」だという情報が流れている。以下に、言い出しっぺのフリージャーナリストの記事を、、

本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」
安倍晋三首相は、慶応大病院で精密検査、「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節、脳幹に転移、余命3か月」と告知される

◆〔特別情報1〕
 「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節までに転移しており、脳幹までの転移するのは時間の問題、余命3か月」-安倍晋三首相は6月17日午前、母・洋子夫人(安倍晋太郎元外相の妻、岸信介元首相の長女)に付き添われて慶応大病院で精密検査(MRI検査など)を受けた。

この結果を、こう告知された。安倍晋三首相本人も、主治医も、「肺ガンが末期」になるまで気づかなかったのは、「潰瘍性大腸炎」に気を取られて、胸にまで気が回らなかったからだったという。

東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」内の「NAGOMⅠスパアンドフィットネス」の個室で主治医の診察を度々受けていても、ここでは、精密検査(MRI検査など)を受けることができなかった。

そのせいか、6月19日午後6時から、通常国会の閉幕を受けて首相官邸で記者会見したときの安倍晋三首相の表情は、精彩を欠き、覇気がなかった。

元気がなかったのは、主治医から「多臓器不全」(潰瘍性大腸炎)により、ドクターストップ(6月10日)をけられていたためではないかと受け止められていたけれど、「手遅れで、余命3か月」と告知されたのが、原因だった。

このことを耳にした麻生太郎副総理兼財務相が、「ポスト安倍」狙いで、自民党内に言いふらしており、衆参両院議員は、安倍晋三首相亡き後の身の振り方に悩み、右往左往しているという。


以上、「多臓器不全」は死因の病名であり、ジャーナリストにしては、言葉の使い方がおかしい。眉ツバの疑いはある。

今、ウィキペディアで「板垣英憲」を検索してみた。医療系に情報源がありそうだったが、言葉の表現は大仰であり、怪しい印象は拭えなかった。あまり信じない方がいい。ただ騒がれているのは事実なので、このままに、しておく。

安倍首相の持病、潰瘍性大腸炎は、薬物治療していても、治っているわけではなく、その薬によって腸内細菌のバランスが良くなり、免疫力がある身体になっていた、、とは到底、言えなかっただろう。

それにしても、62歳の男の病理検査結果を訊くために、母親が同行するとは、庶民感覚では、、あり得ない。

1928年生まれの89歳の母親が、診察に同行したことがホントだとしたら、ステージはともかく、、その「肺がん」はあり得て、、深刻な病状かもしれない。

ステージの確定は、採血やMRIではできないのでは、、
脳に転移が、画像で確認出来ているなら、ステージ4は決まりだが、、リンパに飛んでいるだけなら、ステージ4は確定できないはずだ、、、2010年直腸がんサバイバーとして、そう思う。

いずれにしても、肺がんだとしたら、安倍さんはきっと隠蔽して、ギリギリまで首相を続け、突然引退を発表すると予想する。第1次安倍内閣の終わり方そうだったし、すい臓がんでなくなった父親の安倍晋太郎氏も、ギリギリまで外務大臣をつとめたからだ。

外国のスパイは情報収集に動いているはず、、とりわけ中国政府は、、

そうして遅くとも、年内までに、病気の真偽は明らかになるだろうし、麻生太郎氏は、にわかに元気になるに違いない。

週刊新潮が安倍首相の病気を取り上げ出した。
はたしてニュースソースは大丈夫か、板垣某がソースだとしたら、その信憑性は疑わしい。

追記、、勝手な想像だが、
もし安倍首相が、ガンだとしても、肺がんではなく、父親からの遺伝で、すい臓がんではないか?
エコー検査ならば、「グランドハイアット東京」に機材を持ち込むことは、簡単にできるだろうし、、
咳き込むイメージはないし、肺がんはフェイクではないか?

検索すると、2014年9月「週刊実話」の記事が出てきた。板垣某よりは真面目な内容だった。長いがそのまま、、

難病に指定されている潰瘍性大腸炎に長年苦しんできた安倍首相は、特効薬とされる『アサコール』を服用して、何とか公務をこなしているのが現状だ。ただ「最近はトイレに行く回数が急に増えてきた印象がある」(全国紙政治部記者)といい、悪化している兆しがある。アサコールと併用しているステロイド剤の影響も大きいという。

「安倍首相は腹痛がひどい場合、ステロイド剤を9錠も飲むことがあるようです。その副作用で、最近は顔が満月のようにむくむ“ムーンフェース症状”が出たり、もともと良くない滑舌が悪化している場面によく出くわします。さらに、ステロイド剤の多用は歯の組織もボロボロにするらしく、歯医者通いが増えてきました」(首相側近)

確かに新聞に載っている安倍首相の動静記事を見ているだけでも、7月から歯科に通う回数が増えた。6月まで月1回ペースだが、7月は3回、8月に至っては4、6、11、12日の計4回。とりわけ12日は静養のため訪れていた地元の山口県で、各地であいさつ回りにいそしむ途中で、支援者の歯科医に診療を頼んだほどだ。「急な通院と称して、会議や宴席をドタキャンするケースも出てきた」(政府高官)という。

一時は「寛解宣言」までして完全復活をアピールした安倍首相だが、今も大腸、さらに口腔の状態に悩まされている姿が浮かぶ。

しかし、こうした問題はすべて潰瘍性大腸炎に起因するもので、ある意味では想定内といえる。本当は、もっと深刻な病が安倍首相を襲っていたのだ。

広島市が激しい土砂災害に見舞われた8月20日、夏休み中だった安倍首相は、別荘のある山梨県でゴルフに興じていたが、いったん帰京した。そして当日の午後7時半過ぎには、別荘にとんぼ返りしている。

「首相周辺は『書類を取り帰った』と釈明しているが、絶対に会わなければならない人物がいたのです。それは、慶応大学病院の主治医でした。いつものように大腸を診てもらうなら、わざわざ批判を浴びてまで別荘に引き返す必要はなかった。実は、すい臓に腫れが見つかったようなのです」(安倍首相に近い政治ジャーナリスト)

すい臓--。そういえば、安倍首相の父・晋太郎氏は首相の座を目前にして、すい臓がんで亡くなっている。晋太郎氏は当初、周囲から本当の病名を隠されていたが、「がんです」と告知したのは、当時秘書を務めていた次男の安倍首相だった。
「腫れが自己免疫性すい炎によるものであれば、ステロイド剤が非常に効果があるとされています。ただ、安倍首相は潰瘍性大腸炎でずっと服用しており、その中ですい臓が腫れたというのは、どうにも解せない。何より、すい臓がんは強い遺伝性があることで知られています。もしかすると安倍首相は、すい臓に公表できないような病気を抱えているのではないでしょうか」(同)

ちなみに、安倍首相が通う歯科医は、ほとんど永田町にある衆議院第1議員会館内の「歯科診療室」である。「国会議員お抱えだけに、歯科をカムフラージュにして別の医師の診察を受けていても、周囲は気付かない」(全国紙政治部デスク)のも事実だ。

首相の“本当の病状”は、国家のトップ・シークレット。側近として仕える官邸スタッフなら、兆候どころか、ある程度の説明は受けていても不思議ではない。そんな中で敢行された官邸の“封じ込め人事”は、何を意味するのだろうか。
永田町に、怪しい暗雲が漂い始めた。


菅官房長官にゆる首相の病気の隠蔽工作は、ネグレクトという形で徹底している。TVのニュースコメンテーターはともかく、虎の門ニュースやラジオのニュースにでる人びとまで、一応に、首相の病気話を避けている。ソースがはっきりしないから、というより、菅さんら官邸の圧力ではないかな、、

そこはかとなく徐々に、旗を立てよう

100分で名著、4月は三木清の「人生論ノート」で、1回目と2回目を見た。
解説者は岸見一郎氏、1956年生まれで61歳か。アドラーで評判になったが、再びの登場。本来は京大出の西洋古典哲学の研究者と知った。引き出しを複数お持ちのようだ。10年前に心臓病を患い、職を失ったと番組の中で言われた。

1970年代に、十代、二十代だった人は、高野悦子の「二十歳の原点」と同じように、三木清を読む人が少なからず、いたと思う。懐かしいのだ。法政で哲学を教えていて、田中美知太郎さんを講師に招聘されたりしたと記憶する。当時としては、三木清は大きな身体をされていて、若手の哲学リーダーだったとみる。

中断、、




脳溢血のDさんのこと

今夕、Dさんが脳溢血で緊急入院したという知らせが入った。先週15日の日曜午前中に、元気な声を聞いていただけに、メールを見ても、にわかには信じられなかった。Dさんは、わたしの地域の、ある意味リーダー的な存在で、、愚直、ひたむきな人だ。

病院に駆けつけた木村氏に、確認の電話をした。出血が止まったかどうか定かではなく、余談はゆるさない状況が続いていた。木村氏は、奥さんと会い、病室に入った。お子さんは女の子で、まだ小さい、この4月に小学1年生になる、、涙が出た、と知らせてくれた。

この試練をどうとらえたら、いいのだろう。いまは、その意味が、、まったくわからない。なんの落ち度がD氏にあったというのだろうか、、と問いたくなる、、

いや、落ち度は、あるな、、肝炎と直腸がんと二つの大病してきた目から見ると、Dさんは自分の身体をケアしなかった落ち度は、やはりあるな、用心が足りなかったと思えてきた、、さいさん励んできた自家薬籠中の、無意識を整える力を省察していれば、この事態は回避できたのではないか、、と。

Dさんは50歳くらい、どうやら日常の血圧180くらいあり、降圧剤は服用していなかったようだ。このところ頭痛が続いていたらしく、十分兆候があったようだ。無意識から意識への働きかけはあったはず、、気づきの有無、、結局は医者に行こうとしていなかったことが、この事態を招き寄せた。

看護師の家内に話すと、24時間たってこうした状況だと回復は厳しい、、と言っていた。

Dさんは、水面上の、意識の世界に出られず、あつい氷がはられた水面の下、無意識の世界に、今、いる。

あえて、、きっと、そこには光が見えてくるはずだ、、その暖かい光がある方に近づいていって欲しい。どうやって、、自家薬籠中のオールを使って、漕いでみて、欲しい。

たまたまだが、26日のその時間、私は沼袋の依頼人宅で、遺言公正証書の作成に立ち会っていた。依頼人の二人の子は、脳溢血で倒れている。部屋にその遺影があり、なんて無情なのだろう、非業なのだろう、と見つめていた。

人生は、無意識の知らせに気づくかどうか、、とても重要になる。

鳥みき忘年会

29日に「ミレニアム4」を読了した。ラーソンの遺稿の補筆ではなかった。著作権者と出版社の依頼のもと、ダヴィド・ラーゲルクランツが書き上げたものだった。リスベットが一段と屹立していて、かっこいい。ミレニアム4はハリウッド映画になるようだ。そらにミレニアム6まで構想はあるようだ。妹との対決もあるだろし、、楽しみだ。

きのう30日、19時に鳥みきで恒例の忘年会。パドルテニスの件で、典子さんの叱責あり、ごもっともと詫びた。右足の痛みで、ずっと参加を怠っていたからだ。

今年は長女を連れていかなかった。長女から断ってきた。正直、いない方が解放感があっていい。この二、三年がつまらなかったのも、そのせいかもしれなかった。

鈴木陽ちゃんが、ひさしぶりに来ていた。奥さんが親の介護で倒れてしまい、意識がないのだという。また克己の奥さんも、親の介護で岡山にいるらしい。私たちの世代は、親の介護でバタバタして、忙しい、とあらためて思った次第。

宮本家は、宮本さんはジョギングしていて不参加、奥さんと三男が、いた。三男も中二だという。長男は自動車学校に入社したと。月日はアッというまに、、流れるな、、


新宿御苑前の忘年会

28日、新宿御苑前のイタリアンRに、高校の同窓。9人が集まった。「君の名は。」のモデルになった店て、二階が吹き抜けになっていて。開放感がある店だった。川上と佐藤晴美さんが呼びかけ、奥村、テイ、西原さん、中村さん、松井さん、小田さん?、そして自分。2時間を超え、話し、飲み、食べた。卒業から44年は過ぎている。しだいに気分がフワフワしてきて、心地よい。卒業30周年で集まったときの気分も、フワッとした独特な感覚になった記憶がある。

浅沼という中退した人が話題になった。とんと忘れていた名前だが、不思議とわっと、面影がよみがえった。シンナーか何かをやり過ぎて、学校に警察が来て、浅沼は補導され、、退学した。それをみな覚えていて、テイは何かテレビドラマの少年を見ると、浅沼を思い出すと言っていた。45年前の出来事なのに、みんなの記憶に残っている不思議。

西原さんと話していて、突如、2年3組のとき、助けたことを思い出した。教室の後ろに席があり、わたしの隣に西原さんの席があった。授業が始まろうとしたとき、誰だか、わるい奴がいて、西原さんの椅子を後ろに引いたのだ。授業が始まり、全員が着席しようとして、そのままでは、尻もちをつくのは必至。当時は私服になっていて、女性はミニスカートのひとが多かった。とっさのことだったが、ヤバいと右手が出て、西原さんの背中を抑えたのだ。

タイミングが良かった、尻もちは免れたが、他の人の目線が気になり、焦って、とりつくろった。西原さんも、ドキンとした表情をして、少し、ほほえんだ。その出来事を、俯瞰した光景のように思い出したのだ。そのことを45年ぶりに、「覚えている?」とたずねたら、西原さんは覚えてくれていた、、あぁ、優しい子がいるなと思ったという。そのころだって、ふだんの自分は、優しくはなかったはずだが、、ささいな出来事を覚えている不思議。

基日出美さんの死は、ずいぶん前に聞いて知っていたが、肝がんだったと中村さんが話してくれた。いったんは。手術に成功したと連絡があったが、そのあと程なく亡くなったのだと。たぶんC型肝炎からの肝がんだろう。肝がんの8割方はC型肝炎からとわかっているからだ。

松井さんは、ある都立高校の家庭科教師をしていて、流山から世田谷の方まで、毎朝5時起きして、勤めていた。その高校を65歳まで働くようだ。立派だ。顔に自立する志が、現れていた。

二次会は、新宿三丁目の中で、どこも満席だったが、松井が探しあてた、その世界?の真ん中にある中華屋で、紹興酒とか、呑む。8人いて、8千円あまり、何という安さだ、店の人に礼をいった。。


追記、ふりかえると、高校の同級生同士で結婚したのは、分かっているだけで6組いた。堀口、内城、大岡、長谷川、猪狩、整形外科医の◯(名が出てこない)。群ようこ「桃耳高校」の物語の通り、恋愛結婚にいたる流れが、たしかに、あった。

突然の逝去

1.元公認会計士のエミコさんから、Facebookでコメントがあった。10月7日に、母親が急逝したという報せ。前週まで元気だった。心不全と肺炎が死因だったという。

2,阿佐ヶ谷の方に住んでいる。ここ何年も、エミコさんに会っていないが、心痛はいかばかりか、、相方の男性がいるから大丈夫だとは思うが。

3.そのFacebookを見て、井筒俊彦のCDを途中でやめたが、、「存在とはコトバである」が、その講演の結論だ。高野山、真言宗の本拠地で講演された、まことに不思議な人だ。



考えて選択する時代

1.バングラデシュの、ダッカのテロの犯人は比較的裕福な家庭の出身で、高学歴の人たちだった。1995年に起きたオーム真理教の事件を想い起こす。理系の村井某の顔がよぎった。

2.英国のEU離脱の投票結果は、後悔が渦巻いているようだ。直接民主制の危うさを感じた。離脱派の領袖の二人が、揃いも揃って、逃げてしまうなんて、国民を二階にあげてハシゴをはずすという卑劣なリーダーだった。とりわけ保守党の元ロンドン市長は、キャメロンに勝ちたいだけではなかったか。

3.民主主義の先達である英国が、こんなにデマゴーグに弱い国民だったか。英国はもはや模範にはならない。たぶん米国のトランプ現象も、根は同じで、一人ひとりが考えるという根幹が、溶解していっている気がする。わたしが米国人なら、サンダースに入れる。

4.そこにきて都知事選挙だ。小池百合子さんはわが選挙区の代議士だが、直近の衆議院選挙には入れなかった。任期途中で投げ出すなんて、、予感したわけではないが、彼女に入れないでよかった。都知事選挙はじっくり考えてみたい。

7/7追記、小池さんの「冒頭解散」がわからない。普通に、知事が会議の冒頭で解散と理解した場合、時系列として、ありえない。不信任案が可決した後に、知事の辞任か解散か選択となるわけで、手続きに時間が相当要する。それを「冒頭」という言葉を使うか?意味が、不明だ。都民のウケ狙いはしない方がいいのに。

5.たった1票だが、侮られたくない。主役である都民一人ひとりの政治を見るチカラが問われている。そこで、新しい都知事にやってもらいたいのは、2つ、

⑴猪瀬さんがやるはずだった「営団地下鉄と都営地下鉄の統合」だ。是非、新しい都知事には道すじを立てて欲しい。不便で、分かりづらく、バカ高い運賃になったまま放置していては、、いけない。

⑵都立中高一貫校を現状の11校から30校くらいに増やしてもらいたい。都立高校の学力低下は想像以上に深刻なんだと実感している。偏差値50以下の都立高校が驚くほど多い。文科省の寺脇某が唱導した「ゆとり教育」は、天下の愚策だった。

ちなみに、アメリカの場合だが、2011年に小学校の入った子どもたちが大学を卒業して社会に出るとき、2011年現在の職業の65%はなくなっている、という。AIが進展するからだ。たぶん、日本も同様になる。
例えば、流しのタクシーは無くなり、その運転手は削減されるだろうし、企業の経理部門の人員は不要になるだろう。社会でどんな仕事をするか、試行錯誤が個人に求められる。



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スキル性胃がんによる逝去

1.今日知った。8月1日20:30に、ツチノウツワさんが亡くなられたことを。享年50歳。2013年6月、スキル性胃がんの末期と告知される。抗がん剤治療は行わず、QOLを保ち、日々真剣に生きてこられた。美保さんというお名前とわかった。偉大な人だ。

2.ウツワさんのことは、このブログ機能の訪問者リストから知った。なんと潔い人なのだろうと驚いた。一度、コメントをくださったことがある。第二子の誕生直後のコメントであり、ありがたかった。以下のとおり

2014年12月18日
おめでとうございます
2人目のお嬢様の誕生、おめでとうございます!
人生を生き抜くすべての力を内に秘めた小さな生命の誕生…神秘ですね…。
小さな赤ちゃんのいる新しい生活を、奥様と上のお嬢様と3人でめいっぱい楽しんで下さい!


3.今、あらためて読み返すと、ずっと前から、誕生と死 を俯瞰してみておられたのではないか、、そうなのだ、美保さんは、俯瞰する力の高みにおられる気がする。

4.アメリカ人のご主人と、5人のお子さんの中の長女の方と、お二人による見事な弔辞がブログにつづられていた。いつの日か、美保さんはご家族と邂逅されることだろう。



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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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