FC2ブログ

わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP ≫ CATEGORY ≫ 生死と人生の記憶
CATEGORY ≫ 生死と人生の記憶
       次ページ ≫

財務省官吏の自死の行方

加島祥造『いまを生きる』の冒頭の詩を掲げたい。

あなたの命は
誰よりも
あなたを愛しているんだ
命はあなたが
夕暮の林のなかを
ひとりで歩いている時も
あなたと共にいる、、、
ほかのことは
忘れたっていいんだ
だが忘れないでほしい
命はいつもいつも
あなたを愛している


週刊文春が2週に渡って完売された。
森友学園に対する土地売却の行政文書について、その改ざんを指示され、実行した近畿財務局のノンキャリア、赤木俊夫さんは、重い鬱になり、自死された。そのときの遺書が週刊文春に載ったからだ。今、週刊文春サイトでも全文が読むことができる。

この国で最も頭のよい人たちである財務省には、国連の「誰も置き去りにしない」なんてないのだ。

相澤冬樹記者が赤木さんのプロフィールを伝えている。公僕として赤木さんの人となりは立派であり、感動した。

Chinaのような人治国家ではない法治国家の基本は、文書が命、文書管理の徹底が前提となる。当然、改ざんなどは言語道断、あってはならない。それを佐川理財局長が末端に実行させた。

唐突だが、俯瞰してみると、この事件は
籠池夫妻、安倍首相夫妻そして赤木夫妻という3組の夫婦のドラマだな、、と思えた。
しかも3組とも、夫が妻を深く愛していることに気づいた。正直、頭が下がる。

とりわけ、安倍晋三氏が昭恵夫人を守ろうとする意識は、度を越していた。あの、退路をたつような首相答弁が、赤木さんを死に追いやる引き金となった。これは誰が見ても明らかで、赤木遺書に「書いてない」とする首相答弁は詭弁である。たぶん、これは晋三氏の昭恵夫人に対する愛情の裏返しが通奏低音になっている。

あるいは佐川財務局長も、きついパワハラで改ざんを指示したのも、保身より夫婦愛、家族愛から、やったのかもしれない。

現在、佐川さんは何処ぞの天下り先に在籍しているわけでなく、ご自宅で過ごされていると聞く。相澤記者が赤木遺書を届けるため佐川宅を訪ねたという。ピンポンしたが、反応がないので、モニターごしに挨拶し、遺書を郵便受けに投函し帰ったと。

佐川さんはたぶん暗澹としているのではないか。赤木さんと同じ選択をする衝動が、佐川さんにも、起きるかもしれない。過去の映像をじっくり見て、佐川さんの面の皮は、さほど厚くない感じがして、彼の内部に変容が起きるかもしれない。

加島祥造詩の「命」から見つめ直すならば、佐川さんは民事裁判で、事実を証言すること、それが正しい選択だろう。

さらに、たぶん赤木夫妻、またあきらかに安倍夫妻には、子どもがおられない。そのことが微妙に影響している気がする。

昭恵夫人はある種の「極楽とんぼ」で、その極楽とんぼ性が森友学園事件を生んだのではないか。

つまり、
1.昭恵夫人は、籠池婦人と意気投合した。
2.安倍晋三氏の意志を宣揚できると夢想した。昭恵夫人は極楽とんぼ、有頂天になった。
3.籠池夫妻と共同で、小学校を立ち上げることを計画した。
4.安倍晋三氏は籠池泰典氏に、新設小学校での講演を約束する手紙を送った。
5.公人としての昭恵夫人の行動に対し、大阪府が安倍晋三氏の了解を忖度し、小学校設立を認可した。
6.認可に対応するカタチで、雪だるま式に忖度がふくらみ、国有地の売却スキームが動きだし、その設立意思にもはや歯止めがかからなくなった。
7.近畿財務局は、森友学園の資金調達が厳しいことが分かって、、埋蔵ゴミを8億と過大評価し、売却価格を9億円から1億円に圧縮した。国有財産8億円の損失が発生した。
8.実際の埋蔵ゴミの処理費用は1億円ほどで、8億円は森友学園の内部留保に転嫁される見込みだった。

以上、森友問題は、まさに「合成の誤謬」だった。
これが白日となれば、安倍晋三氏は贈収賄ではないが、国会答弁通り、退陣しなければならないだろう。余人をもってかえ難いが、もうどうにもならないだろう。

小泉前首相は2018年に、こう発言している。

小泉純一郎氏が安倍首相へ引導「もう引き際」「バレてる嘘をぬけぬけと…」独白55分 更新 2018/4/16 07:00 週刊朝日
「本件は首相案件」。嘘が次々と暴かれ、森友、加計疑惑が底なし沼になってきた。それでも居丈高に開き直る安倍晋三首相に「引き際だ」とついに引導が渡された。「本当ならとっくに辞めてなきゃいけないはず。なのに、バレている嘘をぬけぬけと今も言ってるなぁとあきれているんだよ、国民は――」。安倍氏の「政治の師匠」でもある小泉純一郎元首相の言葉だ。その思いの丈を週刊朝日に独白した。

最近見た陰陽師の動画

検索していたら、テレビ番組で石田純一さんが余命8年の宣告を受けていたようだ。

あぁ、やっぱしな。
慢性的酒飲み独特の、目がうつろな印象があったからだ。石田さんは肝機能数値が悪く、脂肪肝があるようだ。血管系も動脈硬化があり、脳にも問題があるようで、そうした病状は、北朝鮮の金正恩とよく似ている。暴飲暴食の顛末だ。

さて、それから石田純一さんは、今、どう体質改善をされているだろうか、やや関心がある。ただ、テレビは見ないので、すぐには分からないが。

本題、、最近
陰陽師橋本京明さんという方のユーチューブ動画を多く見た。いったんユーチューバーになると10万人の登録を目指して努力が求められ、無理やり感も出てくる。
老いた私が、のめり込む必要はないが、ある程度、集中して見たことで、霊の存在について、少し考え直すことができ、収穫があった。その結論は、
「見えるものは見える。それを時と場所と相手をわきまえて、表現するだけ」と。
私には霊は見えないが、気の存在は確認できたので、見えないものが見えた感覚はある、からだ。

ただ、橋本さんの神仏習合な修行や方法には、いささか違和感があったが。 

橋本さんの仕事は、四柱推命に基づく個人鑑定であるようで、一回30分で11000円の鑑定料らしい。四柱推命の知識はある人には、少し高く感じるのではないか?

むしろ橋本さんの本領は別のところにある。謙虚さとやさしさという人間性ゆたかさを保ちながら、さまざまな未解決の殺人事件にあたることができそうな、なのだ。

仮に警察と提携できれば、未解決事件に進展をもたらせるのでは、、小さい頃から霊が見える体質だったようだ。コストの問題でダメだろうが、テレビが企画すれば、かつて超能力者の米国人の立ち位置で、高視聴率がとれるかもしれない。きっと考えてる制作会社はいるだろう。
けれど、その世界に踏み込むと、TPOなんて度外視されるから、橋本さんの精神の軸がブレてしまう危惧があるな。

理容師の人が小さい頃は見えていたらしいことを両親から聞かされていたことを話してくれたが、もしかすると、そういう人たちは「遺伝子レベルで見えるスイッチがONになっているのではないか」な、、

何気に、未解決事件である東電OL事件が気になって検索したら、橋本さんの動画を見ることになったからだ。

いや驚いた。
亡くなってまだ、この娑婆世間にいる人たちが見えていて、フラットに交流ができる、ようなのだ。

橋本さんの語り口は、優しい。ウソはないゃうに見えた。心霊写真にビビるようなレベルにはいない。使命感があるようだ。その人たちと普通に対話が出来て、、相手が望めば、成仏させているのだ、、

その上で、驚いたことは
1.相手の服装とか、顔立ちが見える。
2.名前を聞き出せる。
3.その人たちが情報のやりとりをしていること。
4.その人たちが、さらにおそれる人たちがいること。
5.成仏するとき、上に上がって行き、手をふること。
6.最近の人たちだけでなく、昭和それも戦前の人、それも小さい男の子とか、やりとりされていること。

7.東電OLのとき、その近くで出合った若者は、名前を と名乗ったあと、就活に失敗し、飛び降りた、という。
そしていよいよ東電OLが殺された現場アパートまでまで行くのだが、同行の女性が頭が痛く、怖いと言って、、逃げるのだ。

なんだか生きている私たちた変わらない感じがした。無論、わたしは霊が見えたり、感じたりする人間ではない。
が、橋本さんたち?が狂言、たぶらかしている、ように見えないのだ、、

東電OLの殺人現場では、オレンジ色のワンピースの女性とほか何人かがいて、一筋縄ではいかないらしく、あらためて準備した上で、ふたたび訪れると橋本さんは、告げた。続編が待たれる。

前に、東電OL事件のことをモチーフに『グロテスク』を読んでいたので、なんだか迫るものがある。

霊の存在を信じるかという問があるが、、仏に成るかどうかはともかく「成る」前の状態でこの世に留まっている人は、いるんだと思う。

死んだら何かがわかる、というものでもないのかな、生きている中で、わからないとなと、あらためて思った。

ちなみに創価学会の生死観では、霊魂の存在に否定的にとらえていると記憶しているが、これは中道的に見た方がいいのかもしれない。中道的と言ったのは、占いや見えないものに対して、そこにとらわれる傾向を断じる「信心」を示す、私見にすぎない。

深く生きる

暮れの定例の納会で、役者の山本がわたしを「お前は50年間変わらない、薄っぺらい」と。たしかおととしの納会でも、似たようなことを、突拍子なく言い出したのを、思い出した。よほど、言いたくなる気持ちが、山本には到来するのだろう。

そうか、そんなに俺は薄っぺらいのか、、と。鏡をみるかのように俺はそう映っているのかと思ったが、、そのまま笑って応じた。

が、正直、しばらく引きずっていた、、
で、そう見えるのだとしたら、もう、そのままスルーしよう、、と決めた。ひとは、わたしの喋り方や態度から、そう感じるのだろう。だが、払拭など止めよう。
これからは、年賀状スルーと同じように。

65歳になって2ヵ月がすぎ、ここしばらく、自分の原点というか、ここから始めようとした状況を想い起こすようにした。

一つは、5歳の頃か、母子寮の門の前で、また保育園の滑り台の下で、考えたこと。
それは「また、この人生の坂を登るのか」という、参ったなという感慨だった。
アルベール・カミュの『シューシポスの神話』は、それを読んだとき、これは『日蓮存知のこと』という気持ちになったものだ。。

二つめは、20代の始め、仕事上の顧客、川崎市幸区のあるコーヒー豆卸売業の、老いた婦人が何気なく「長く生きて来たけど、人生の極意はわからないままね」と、しみじみとつぶやかれたことだ。時間がたってもその言葉が響いてきて、ならば、理屈でなく、現実の、わが直感そして直観を信じて生きよう、そう決めたのだ。

そして三つ目は、56歳、直腸がん手術後の「道心」である。言葉に表せない感覚だった。つくづく自分の境涯を実感した。

大事にしたのは、
文章であれ、実際の言動であり、わが身全身で捉えるということ。とりわけ眼の輝きと相手の声のトーンは大事だと。

とりわけ声は、そのひとが持っているもの、またやがて持つであろうものが、あらわに感じてくる。

さらにいえば、宗教を持つ人の場合、一段とあらわになっていく。とりわけ創価学会の人々の場合は、立場は関係なく、感じてくる。

その上で、悪い具体例として、かれこれ5年前の話、創価大学の宮田幸一という教授の講演がある。顔の表情はわからない、声だけだが、この人をどうして大学および学会執行部は、厚遇するのだろうか?会長たちと同じ東大閥だからか?同じ東大なら須田晴夫さんだろうにと。聖教新聞社を定年退職された須田晴夫さんは、学会系でない出版社から良書を何冊か出されておられる。

ともあれ宮田教授の声のトーン、笑い方にいささか呆気にとられ、ガッカリした。
この人の言説と、聖教新聞にあらわられる全国の多くの男女の幹部の確信ある表情とが、全然繋がってこない。宮田講演は以下の通りだ。

今日で65歳になりました

1.今日は朝から晴天で心地よい。でまずはブログからはじめよう。

今朝、いつもと同じように、次女を自転車の後部座席に乗せ、ミニ薬研坂を登って、左側の木造2階建ての2階ベランダを見上げたところ、左隅の縁に座ってこちらを見ている「ベランダ猫」のび太に遭遇できた。
久々のお目見えで、やぁ元気だったか?と親子二人で歓声を上げて、手を振った。のび太はとてもいいポーズをしていた。なので、いったん家に戻り、スマホをもって駆けつけてみたものの、もうのび太は家の中に入ってしまって後の祭り。「スマホを持っていたら、よかったじゃない」と次女。やや残念。

2.たまたま、昨日で50日出勤した監理団体から休日を貰ったが、、本日で、わたしは65歳になった。これからはフルの国民年金も支給されることになる。支給繰下げなど、しない。

法的には、前期高齢者のカテゴリーに入ったわけだが、実感がない。
でも、たしかに自律神経は疲れている。

でも、二つの大病を乗りこえ、二人の娘を持て、まぁ、よく生きてきたな、、と。

長女が学校に行く前、
「今日は誕生日だね」と言ってくれた。
その言葉だけで、十分だ。
もののプレゼントより言葉のそれで、
十分なのだ。

3.今しがたまで、
外国人実習生の作文コンクール、
優秀作品をいくつか読んでみたが、、
感動した。どの国の人も、
いい心根を持たれているな、
と感心した。

監理組合で実習生に、
わたしが教えることは、
ココロ、カラダ、オカネを軸に話している。その中で、ココロの話が難しい。
わたしとしては、
レジリエンスを伝えたいのだが、
彼らの腹にどれだけ落ちるか、
こころもとない。

そこで、前述の作文を教材にしようと、
今、決めた。

4.昔少し読んだだけで、
図書館に返してしまった
「禅とバイク」(ハヤカワ文庫から『禅とバイク修理技術』という、売れなさそうなタイトルで出ている。)
を再び、借りて読むことにしたい。

人類学者、長谷川眞理子さんが
この本をこう紹介していた。
これは、一言で言えば文学的な哲学入門のような本だ。
中年の男が小学生くらいの息子と一緒に、アメリカの荒野をバイクで、旅行する。
彼らの過去の人生の追憶などが断片的に語られる中、人生や自然や世界について、ソクラテス、パスカル、ポアンカレなど、主流の西欧哲学者たちが何を言っていたか、それがどういう意味なのかが、この男のバイク運転中の孤独な思索として分析される。東洋哲学と禅も出てくる。
さしはさまれるアメリカの美しい自然の描写と、男と息子の関係も、物語に起伏をつけている。私はそれまで、さまざまな哲学者の思索全体を俯瞰したりしたことはなかった。哲学の思考の全体に触れたのは、これが最初だった。
この本は何度も読み返した。捨てがたい思い出の本である

いかにハヤカワ文庫、その邦訳のタイトルに違和感があるか、、お気づきいただけるだろう。

なのために再読するのか、、それは
自分の思考をカタチにしたいからだ。
その方法として、まずは、
この本のマネから始めてみよう、、
そう思った次第。

すい臓がんのMさんが

昨夜、ある方からショートメールをもらい、先月お見舞いに行ったすい臓がん末期の女性、Mさんが、亡くなられたと、知らせてくれた。享年65歳か、66歳だろう。

すい臓がん末期なのだから、今の医学では、どうにも厳しい現実が待ち受けていたわけで、、Mさんはどう受け入れて、いかれただろうか、、

先月お見舞いのとき、
ここを退院したら、
高校野球を見まくる。
時代劇小説(作家の名前は忘れた)を読むとか
言われていたが、、

ずっと仕事をしていたい、
が本音だったろう。

果たして、
その最期の思いがどうだったかが、
気になる。

たぶん、せん妄の症状はなかったろう。

遅かれ早かれ、
いずれみな、死ぬのだから、、
とMさんは言われた。

そうです。わたしもまた、今までとは違う、
死に至る病いがやって来ると、思っています、、と応えた。

Mさんの病いは、決して他人事ではない、のだと。

真夏の断想、場所から思い出すこと

今朝、広島の平和記念式典で原爆ドームのレンガが映し出され、安倍総理のスピーチが流れていた。ほんの数秒見て、テレビをOFFにした。見入ることはもうない、すっかり、脱テレビ人間になっている。

日本の夏は、不思議と昔の、ふとした言葉や光景がよみがえる。ささやかな回帰、、

一つ目、、
安倍さんの声を聴いていて、彼の父、安倍晋太郎外務大臣の婚外子のことを思い出した。

大学の同じクラスに内城という男が、どういうわけか、八王子から遠く離れた駒込の古い木造アパートの2階に住んていた。

なぜ会いに行ったのかは、覚えていない。男は、文学青年で同人誌のようなものに加わっていた気がする。

雑談する中で、向かいの部屋に、誰か入っていく音がした。
「あっ、帰ってきたな。向かいの奴は安倍晋太郎の子さ、、愛人との間にうまれた、近くの大学に通っているようだ。会ってみるか?」と言われたが、
「別に、、いいよ」と応えた。

二つ目、、
荻窪駅の北口近く、杉並公会堂に向かう方に映画館があった。1972年頃か、「幸せパリで」という、カトリーヌ・ドヌーヴとジャック レモンの映画やっていて、バート バカラックの「エイプリルフール」という名曲が流れていた。

そうなのだ、わたしの高校時代は映画に目覚めた頃で、、「卒業」「明日に向かって撃て」とか見たものだが、、その音楽はサイモンとガーファンクルであり、バカラックだっだ。チェ・ゲバラと同じ1928年生まれ、91歳になっている。

そして、その時思った。映画は、見終わってすぐ、感想など、いわなくていい。「面白かった」は、要らない。にわか感想など、けっとばせ!
そうでなく、寝かせるのだ、、澱がたまるのを淡々と待てばいい、、そう決めたのだ。

三つ目は、
板橋区大山の母子寮があったところ。
今は、駐車場になっているが、その正門前の四つ角は、さまざまなことを考えた所だった。もう一つは大山保育園の滑り台の下で仰向けになったときのこと。

5歳か、6歳だった。理解しがたいだろうが、こう考えた、、

1.また、、この、人生を、やるのか、、

2.ここは、ほんとの居場所じゃ、ない、、
母親も、本当の母ではなく、という妄想。

3.すごく、まわりの出来事が、冴えざえとした青の世界で、みえて来る感覚。コトバはわからないが、わかるという感覚。

4.こう、考えていることを、心のどこかに入れてフタをして、そっとしておき、いつか、あけることにしよう、、

このブログを始めたころから、そのフタは開けていることに。

近隣の人の逝去

今朝は、夏本番を告げる真っ青な空だった。4歳の次女もわたしも、サングラスをして保育園に行った。

夕暮れの今しがた、ラインが届いた。

お世話様です。
鈴木シンジさんが、
今朝お亡くなりになりました。
急性虚血性心不全とのことで、
今朝急に具合が悪くなり、そのままお亡くなりになったそうです。

長くこの地域に住んでいた方ですので、
地域の皆さんに連絡をお願い致します。


最初、鈴木さんて誰だろうと、、
いろいろ調べて、あの人か、とわかった。

享年64歳、私と学年は一緒だったことも、今わかった。鈴木さんは地元だが、わたしは北町の小中学校だったので、彼の人となりは知らないのだ。

見ため、180センチ以上の巨体で、酒好きそうだった。

彼の奥さんと、母親とは、道ですれ違うと、挨拶してきた。お二人の印象はいいのだが、、

どうにも、鈴木さん本人とは、互いに目も合わせず、挨拶してこなかった。世の中、挨拶程度でも、なんか合わない人って、誰にでもいると思うが、、まさにそれ。

高圧的な感じが、嫌だったのだ。
わたしは、多少でも、マウンティングは嫌いなのだ。

ただ、数年前、わたしと同じ頃に、鈴木さんも大腸がん手術をした。

わたしと同じで、痩せもせず、順調に快癒したようで、、すれ違ったあと、(互いに良かったね)という思いがよぎったものだったが。

まさか、今朝、突然の逝去とは、、

これから町内会の掲示板に載るだろう。

考えたが、通夜にいくことにする。

生命力という言霊

昨日17時すぎ、膵臓がんステージ4の女性Mさんのお見舞いに、都心の真新しいA病院へ行った。

4人部屋の窓側のブースにMさんはおられた。
ちなみに、私の入院体験では、窓側ブースは落ち着いて居られる。入り口側だと、やがて閉所パニック症もどきがしのびよってくる、、のだ。

Mさんと目があったとき、さすがに痩せておられたが、全体が凛としていて、まだまだ大丈夫、と感じた。声のトーンもしっかりしていた。負けない、負けてない心を感じとった。

Mさんは創価学会員ではない。
が、知り合いに何人か学会員がいるようで、距離を保ちながら話は聞いていく、という人だった。
わたしは、もとより励ますだけで、説教くさいことは謹んだ。ただ、大腸がんサバイバーの体験から、しみじみ感じることは口にした。こんな感じのことを

1.「もういいや」と口にしたり、思ったり、
しないでください。
2.負けない心、負けじ魂が大事。
3.仕事を全部ひとに任せていけない。コミットしていってください。
4.糖鎖の話、サバイバルのヒントになるかもしれない。
5.これから、せん妄が現れるかもしれないので、転倒に気をつけて。

だいたいそんなことだが、コトバでは尽くせないので、横たわっているMさんの両足を
掛けものの上から、上下にマッサージをした。

すでに肝臓に多数の転移がんがあり、腹膜播種もある、、という。なので代謝がままならず、相当腹水があるし、足も膨らんいるなと、掛けもの上からでも、感触で分かった。

雑談をはさんで、二度マッサージした。
二度目は心の中で、題目を唱え、しみ込むようにと、祈った。

そうして、わかったこと。
Mさんは気づいてないかもしれないが、、

帰る際、握手をしたとき、
励まされているのは、実はわたしの方で、力づけてもらっていると、、そう感じたのだ。

落日の光芒のように、沈んで行きながらも、それでもなお、生きて生きて生ききるぞという命の強さを感じていた。

生命力というコトバは、昔のヤクルトのCMに渡辺謙が出て「生命力を強化する」というのがあったが、Mさんの生き様こそ、そうなのだ。

追記、渡辺謙のツィッターにこういうのがあった。無論、彼の宗教は別である。
渡辺謙
@harryken311·2015年5月31日
ヤクルトのCM秘話。10数年前まだ病気から復帰のイメージが強くCMは声がかかりませんでした。当時の宣伝部長が同じ病を克服され、「あの生命力が必要なんだ」と、僕を推薦して下さいました。以来お世話になっています。宗教上の理由から大阪の球団を応援することも、黙認して下さる懐の深さです。


「宗教上の理由から」阪神を応援するって、何なのだろう、意味不明だ。
訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();