折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
TOP ≫ CATEGORY ≫ C型肝炎治療の話
CATEGORY ≫ C型肝炎治療の話
       次ページ ≫

ひとまず最後の診察を

1.先週19日の木曜日は、国府台病院でハーボニー投与終了から48周目の検査だった。朝食ぬきで、10時半に病院に到着した。この日は、採血→骨密度検査→エコー→診察の手順であり、何ら体の不安はなかった。

2.まず、いつものとおり採血室へ、看護師の吉田さんがおられたので、すぐ挨拶した。3月末で退職されることを知っていたからだ。私の次回検診は4月以降とわかっていたから、今日がお別れという思いがあった。吉田さんは八戸の出身の方で、、知り合いに何人か八戸や青森の人がいるので、顔の表情とか、なんとなく共通したものを感じていたし、、

3.なんといっても2015年7月初めて国府台病院に行ったとき、驚きの体験が印象に残っている。昭和っぽい古い病棟で、精神疾患の人々がいるとも聞いていたし、なんだかおどろおどろしい病院だった。医療事務の人々は、書類の山の中で、てんてこ舞いしていた。新しい病棟への引越し前夜だったから、そういう光景だったのかもしれないが、黒澤明監督の映画「生きる」の舞台、戦後の市役所のような光景と重なって見えた。なんじゃ、ここは、滅入るな。

4.それでも、溝上先生の診察は新しい病棟だったのは、救いだった。しかし、採血室はまだ古い病棟にあった。私の精密な血液検査を、こんな採血室でやるのかと、正直思った。そこにおられたのが吉田看護師さんだった。トラブル、、採血の試験管に貼るラベルの装置が故障していて30分近く待たされた。その装置は新しい装置だと言っておられたが、私には古く見えた。例えばNTT病院では、こんな装置は使っていないと思ったのだ。新しい病棟になって、今もその装置はあるが、不信感は拭えないな、、

5.ともあれ、吉田看護師さんとは、これが最後だなと思い、握手した。ホントは感謝の気持ちでハグしたいところだったが、、

6.エコーのとき、是永先生に「ミルク紅茶を飲むと、膵臓の画像が鮮明になると、NHKテレビでやっていたので、今から飲んでいいですか」とたずねたら「田中幸子先生の研究ですね」と言われ了解していただけた。その画像を見たが、どれほど鮮明になったのかは、素人にはわからなかった。けれど、次回もミルク紅茶を飲むつもりだ。

「ミルク紅茶 膵臓エコー」で、検索すると、大阪府立成人病センター検診部 田中幸子部長の説明として、こうあった。
膵臓は超音波検査では観察し難いとされている。また、通常の10分程度の腹部超音波検査では、肝臓、胆嚢、総胆管、膵臓、脾臓、腎臓など多くの臓器の病変を検査するため、たとえ膵臓の一部が見えなくとも検査が終了となる場合もある。そのため、開発したプロトコールでは、検査技師は一定の時間をかけて膵臓のみの検査をすることとなっている。また、膵臓を膵頭部、体部、体尾部、尾部の4つの部位に分けて精査し、あらかじめ撮る画像も決めている。そのため、撮りこぼしのリスクがないという。超音波検査の際はデンタルチェアのような椅子に深く腰掛けさせる。そのことにより、肝臓が下がり、また腹部の筋肉が弛緩され、膵臓の観察もしやすくなるという。また、特に超音波で検査が難しい胃の裏側にある膵尾部については、検査中、検診受診者にミルクティーを飲んでもらい、胃内のガスによる干渉をなくして描出するなどの工夫も行っている。 

7.12時すぎ、村田先生の診察で、骨密度は同年齢の平均値より上に位置してると知らされた。定点観測、これから毎年1回はやっていこう。あとはなんの問題もない検査結果だった。

8.大切なこと、再び、新たなC型ウィルスが身体に入ると、たちまち肝臓に寄宿し肝炎化することが、チンパンジーの実験によって確認されていると、村田先生は言われた。

昔、飯野四郎先生の講演で「C型肝炎ウィルスは比較的感染しやすいウィルスであり、すぐに排除できる人と肝臓に棲息しやすい人に分かれる」という話をされていた。だとしたら、SVRになった私たちは、再び侵入されないように、これからは感染症全般にわたって十分、注意しなければならないだろう。私見では、歯と口腔ケアは大事ではないか、と思っている。

9.ともあれ、SVRは確実.だな、と感じた。すると村田先生は「C型肝炎治療の研究は終焉した、これから、わたしはB型肝炎にフォーカスする」という話をされた。3月末で国府台病院を辞めて、次の道に転身されることを知らされた。4月から那須にある総合病院に、毎日東京から新幹線で通われることになる。「C型肝炎とともに去りぬか、、」という言葉が浮かんだ。

うがった見方だが、溝上先生の後任はK先生になったわけで、村田先生はその後塵をはいすることになったのでは、、心を揺らす複雑な思いがあったのではないか、、つぶやくように「いつまでもペイペイのままでは、、」と言われた。心にささった。大小を問わず、組織にいれば、思い浮かぶ言葉だからだ。

この病院は優秀な肝臓病専門医が集まっているメッカなのだから、ポストにつくのは大変なものがあるのではないか、、だが、こうした先生がたが参集していたからこそ、現実に、わたしたちはC型肝炎を克服できたのだ、とつくづく思う。

次回6月6日の診察は、お若い青木先生にしていただく予定だ。レスポンスの速い先生で、2015年10月、わたしのハーボニー助成の診断書を書いてくださった医師だった。もしかすると、溝上先生の秘蔵っ子といったポジショニングなのかもしれない。、

診察室を出る際、去年SVR達成したときに継ぎ、今ひとたび、村田先生に力強く握手していただいた。一期一会の余韻を感じながら、、

ハーボニーのニセモノ

1.ハーボニーのニセモノが出回っいるようだ。検索すると

奈良県内の薬局チェーンでニセのC型肝炎治療薬が見つかり、厚生労働省などが、注意を呼びかけている。

 見つかったのはギリアド・サイエンシズ社が販売するC型肝炎治療薬「ハーボニー」の偽造品。厚労省などによると、今月、奈良県内の薬局に、異変を感じた患者から相談があり、発覚。県内3か所から5つの偽造品が見つかったという。正規品は、だいだい色のひし形だが、偽造品は色や形が異なっていたという。

 これまでのところ健康被害はないということだが、厚労省などは、偽造が疑われる場合は服用せず、医療機関などに相談するよう呼びかけるとともに他にも出回っていないか調べている。


2.わたしの場合、ハーボニー治療は国府台病院で、院内処方であり、かつ分包で出された。ニセモノが混ざる余地はなかった。これ以上の安全、安心はない。飲み忘れのリスクがあるだけだった。

3.平成28年末までに、ハーボニー治療を76,000人が終えたようだが、またまだこれからが本番になる。だから必然的にニセモノも、これからは外見から見分けがつかない、巧妙なものになるだろう。お気を付け願いたい。

4.以前、クスリとしての製造方法は、他と比べそれほど難しいものではない、と聞いた記憶がある。ジェネリックは作りやすいのだ。けれど、正規のギリアド薬かどうか、、私たちは確認した方がいい。

このような注意喚起は、バンバンさんがよく発信されていたが、、及ばずながら、気になったので記事にした次第。

肝臓友の会のこと。

1,髪を切りに行ったあと、太宰治が心中した三鷹市牟礼4丁目あたりの玉川上水に行ってみた。明星学園の高校の近くらしいが、碑のようなものはなかった。武蔵境の方ではないかとイメージしていたが、実際は、普通の家家が川沿いの道に面していて、記念碑など訝られるだろう、と感じた。

2,ある方が、肝臓友の会を退会される方が増えていて、会の運営がきびしくなっているとコメントをくださった。
「要は2点です。
その1.ウイルス排除、と喜んでばかりいないで肝炎友の会の 活動を支援すること。 
その2 世界でも最も優れた健康保険制度を守るために 不必要な医者通いをしないこと、の2点です。 」
と、

投げかけられた。新鮮に驚き、悩ましい気持ちになった。

3.わたしの場合、友の会には入らなかったせいもあり、支援する意識は希薄だったからだ。
ただ、友の会が主催する講演会に3回ほど、参加したことがある。とりわけ2015年7月の八橋先生の講演後の質疑は、誠に、ありがたかった。八橋先生の回答を聞き、治癒を確信したからだ。

4.講演会で、いつも感じたことがある。B型肝炎とC型肝炎は似て非なるもので、B型肝炎の話になると外国語を聞いているような気分になることだった。核ウィルスとレトロウィルスの違いなのだろうが、違和感は如何ともしがたかった。正直言って、B型肝炎は眼中になかったし、今も、さして関心はない。

5.支援の仕方に、賛助会員みたいな工夫があれば、いいかもしれない。また、友の会をNPO法人化して、国や都道府県から大幅な助成金を受けられるような働きかけがあっても、いいのではないか?、もうやっているのかもしれないが、、

6.想像だが、結核の患者会があったとしたら、歴史的に、その伸張と退縮があったと思う。
支援を継続される方々を賞賛したい。けれど、うまくいえないが、退会される方々をとやかくいうのはいかがなものか?、と思う。それぞれの置かれた状況が、たとえば新たな病とかが、立ち上がってくることもあるわけで、、と。

訃報、ジョージ・マイケルが、2016年12月25日午後、イングランド南部オックスフォードシャー州の自宅で死去した。死因は心不全。ベッドに横たわったまま亡くなっているのが見つかった、と。53歳没。本当に、きのうが「ラストクリスマス」になった。

追記、、今、件(クダン)の方が新たにコメントをくださった。
SVRを喜ぶだけでなく、その治療情報の恩に報いることは、人として大事だろうし、その方の仰られることは、ごもっともだと感じつつ、こう思う、、
大掛かりな組織にしても、一つの集まりにしても、加わるなり、離れるなりは、個々の選択の自由でないと、いけないと。目的が達成されたなら、あるいは目的と違えていたならば、やめていい。念頭にあるのは、友の会ではない、全く別の組織なのだが、、

わたしの、選択の自由へのこだわりは、
病気はマクロに基づくエビデンス志向ではなく、ミクロというか、パーソナルなナラティブ志向であるべきと考えることと通底している。

今、もっとも心配している「他者」は、膵臓がん予後のMさんのことであり、具体的なやりとりができる方だ。また、肝炎のお仲間では自然耐性が二つある女性がどうなったか、が気になっているだけで、いずれもリアルに、フェイストゥフェイスの人だ。マクロ的なC型肝炎の母集団を思い馳せることは、苦手なのだ。わたしは、リアルな立ち位置で、十分。。

肝臓病教室の素描

先週の土曜日、国府台病院の肝臓病教室に行った。参加者は60人弱だった。後半の講師は溝上先生がなされることから、昨年9月のように、同じ教室は満席になっていてもおかしくないなと思っていたが、あにはからんや、今回は席に十分ゆとりがあった。

ハーボニー治療がはじまって1年4ヶ月がすぎ、ウィルスが消えた方々は、もうすっかり安心されてしまい、フォローアップの意識が薄らいでいるのかもしれない。けれど、本当は、ここからが大事になるのではないか。

全体レビューはどなたか書いてくださるだろうから、、私にとって収穫となった情報を2つ。

1.ウィルスが消えた人は、食べ物の鉄制限は中止して、普通の人々と同じ食生活でよい。

2..M2BPGiの数値が1.0以下の人は、5年以内に肝がんになるリスクはほとんどない、ということ。

早速、家に戻ると、検査表を見てみた。私の数値は直近が0.60であり、治療中の最高値でも0.80にとどまっていた。

ひとまず、肝がんのリスクは遠のいたと、見切ることにしよう。ただし半年の定期健診は怠らずにやろう。少なくとも65歳までは。とりわけ、すい臓と胆管に注意したい。「試してガッテン」でやっていたが、エコーの前に、市販のミルクティーを飲むと、すい臓の画像が鮮明になるようだ。1月、エコーを診ていただいている是永先生に相談してみよう。

溝上先生は、サウジアラビアからの帰国直後でお疲れのご様子、お酒が飲める国ではないのでお辛かったに違いない。講講演が終わるとすぐ退出されてしまい、、個人面談は村田先生が引き受けられておられた。

ひとこと、溝上先生に、SVRのお礼申し上げたかったが、それはまたの機会となった。。

帰りしな、お仲間の、造船スペシャリストのHさんの言葉が響いた。
「去年2月、品川で川西先生の講演会で、みんさんと知りあっていなかったなら、
このようにウィルスが消えることがなっかただろう」と言われたのだ。

わたしも、、全くそのとおり、と感じた次第。あの品川の出会いは、一つの大きな縁起だった。

その日お仲間の有志は屋形船の宴に向かわれたが、わたしは94歳の母親のもとへ。途中お茶の水で、毎年お決まりの日本能率協会№C229の卓上カレンダーと、初めての生産性出版№527「B6月間ブロック薄型・日曜始まり」手帳を買った。わたしの場合、手帳はB6サイズが一番馴染むようだ。

第24回「肝臓病教室」のお知らせ

すずめさんのブログにあったので、転載。

第24回「肝臓病教室」開催のお知らせ
とき:平成28年12月10日(土曜日)14:00~16:00
ところ:国際医療研究センター国府台病院・
肝炎・免疫研究センター研修室A

司会:
肝炎・免疫センター・肝疾患先端治療研究室長  
村田一素

1.C型肝炎ウイルス治療後における食事・栄養療法の進め方
東邦大学医療センター大森病院 
栄養部栄養管理室長  古田 雅

2.C型肝炎治療の現状と未来
~全員治療に向けて~
ゲノム医科学プロジェクト長 溝上 雅史

※予約は不要で 参加費は無料です。
※終了後に個別相談も行います。(肝炎・肝硬変・肝癌を中心に)
※ご相談のある方は血液検査・CTなどの資料をお持ちいただくと状態に応じた詳しい説明をお受けになれます。
(お問い合わせ先)千葉県市川市国府台1-7-1 国際医療研究センター国府台病院肝炎・免疫センター
    村田 一素 電話番号 047-375-4738

以上、、

溝上先生の講演は、深く響く何かがある。多くのC型肝炎患者の方々に、広く、聴講をオススメしたい。遠隔地にお住まいの方でも、ここは一つ足を運ぶスイッチを押していただきたい。来たかいがあったと思われるに違いない。

実際、講演終了後に個人面談を無料で、してくださる先生方は、ここ以外に、果たしてあるだろうか、、私は、この肝臓病教室しか体験したことがない。。

インスパイア⑴ 山本七平の「日本教」ほか思索行

どうやらトランプが次期大統領になるようだ。
安部首相の布石が功を奏すれば反射効で、一段と日露が近づく。さらに尖閣諸島に中国の漁民を装った軍が上陸したなら、日米同盟は揺らぐことになる、、という気がする。88年のスパンで恐慌もありえる。日本人は正気になる必要がある。

1.日本人の国民宗教は「日本教」である。仏教にとどまらず、儒教もキリスト教も、みな日本教になってしまうと小室直樹さんは指摘する。検索すると、、

日本教(にほんきょう)とは、「日本人のうちに無意識に染み込んでいる宗教」という意味の概念を表す山本七平による造語である。奥山実は日本教がすでに芥川龍之介によって語られていると指摘する。

山本七平は『日本人とユダヤ人』で日本人は自分が日本教徒であるという自覚を持っていないが、日本教という宗教が存在し、それは血肉として日本人自身も自覚しないほどになっているので、日本教徒の日本人を他の宗教に改宗させることが可能であると考えるのは「正気の沙汰ではない」という。山本七平によれば日本教とは、神ではなく人間を中心とする和の思想である。

奥山実は芥川龍之介の作品である『神神の微笑』で老人が神父に語ったことば「我々の力というのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」に注目し、「日本は外来のすべてを日本化してしまう」と指摘する。また、『おぎん』・『おしの』といった作品にも日本教が現れているとする。奥山によれば日本教に絶対はなく、絶対者を知らない日本教徒は相対の世界に生きており、日本教の最大の特徴は「相対化」であると述べる。


3.日本に入ってきた宗教は、戒律や規範が取り払われてしまい、簡略化がはかられ、仏教も儒教もキリスト教も、並立できる。典型的な例を二つ。一つは、儒教を宗教ととらえる日本人は、限りなく0に近いこと。もう一つは、内村鑑三の無教会主義も、簡略化の典型と言えまいか?ちなみに、新宿区の柏木公園近くにあった内村の集会所は、なんの記念碑もなく、場所は特定できず、100年で消えてしまうのかと、感慨深い散策をしたことがある。

3-1.検索すると、無教会主義の集会は今もあるようで、門外漢だが、ホッとした。
無教会の集会は、聖書集会・聖書研究会との名称を持つことが多い。その集会はそれぞれ独自の運営方法を採っており、その集会を発足した者が講義を担当する場合もあれば、平信徒同士が交代で講義をする集会など、さまざまである。無教会の集会は、組織化、形骸化を避ける傾向があるため、宗教法人ではない集会が大多数を占めているが、一部に法人化している集会も存在する。また、同様の理由から、全国の集会を統率するような本部を持たず、全国に散らばる集会の数や教勢を統計にまとめることもない。これには、個々人が制度的な縛りから自由になれるという良い点がある。しかし同時に、外部からの接触が困難であるという欠点もある。後者については、現代の無教会主義集会の問題となっているようである。

4.朝鮮半島の人たちは、葬儀のときに激しく泣く、わたしたち日本人から見たら大げさと思うほど泣く。これは儒教の規範、マニュアルに、何オクターブの声を出して、涙はこれくらいこぼせ、と細かく決まりがあるからだ。「泣き女」というビジネスがあるほど需要があるらしい。もしかすると、今度の朴大統領を糾弾する抗議デモも、日本の安保法制反対運動をはるかに上回る、あのエモーショナルは、潜在的な儒教の規範から起因しているかもしれない。

5.ところが日本では、そういう規範や基準は、全部消えてしまうのだ。

9200日と田中美知太郎

1.C型肝炎とわかった1991年8月21日より今日が9200日目の日だ。これから10000日まで100日ごとを目じるしにして、記事にしよう。自分なりの節度をたもちながら、包み隠さずに書こうと思う。その節度とは、わたしは、あるところの帰属意識はあるが、ステレオタイプではなく、トンデモ系の人間なので、ご迷惑になってもならないので、という節度だ。

2.さて、昨日、何気に、ギリシア哲学の田中美知太郎の「時代と私」を再読した。40年ぶりかもしれない。文章を読んでいて、やはり自分はこの人の文章が好きだし、気分が落ち着く。もう知る人は少ないだろうかわ、月刊誌の文藝春秋の巻頭言は、長いこと田中さんか書かれていた。

3.評論家の西部邁さんが、たいそうリスペクトされておられるが、その年代の方々が物故されたら、田中美知太郎さんを知る人は少なくなるだろう。田中さんは保守主義者になっているが、ご自身は主義など、問題にされなかったと思う。

4.わたしは、晩年の田中さんの講義を、一回だけ、聴いたことがある。神宮の日本青年館だった。「哲学と技術」についての話だったが、ノートはとったのだが、内容は覚えていない。秋だったと思う。なるべく近づいて見たいとおもったが、席は窓側を選んだ。たしか母も連れてきていたと思う。

5.田中先生は155cmくらいの身長だった。お顔は戦災による火傷でダメージがあったが、目を背くなるようなことはなかった。むしろ、ぎゃくで、全身哲学者というオーラが出ていて、なんとも美しい老人だな、感じ入っていた。わたしの勝手な潜在的な心理傾斜かもしれないが、

6.田中先生は、淡々と平板な、ゆっくりと話された。声は大きくはない。窓の外はパラパラと、イチョウの葉が落ちている。あぁ、悠久な時間の流れを感じていた。辻邦生の「背教者ユリアヌス」の新プラトン主義の学塾の光景が重なってきて、幸せなひとときだった。

7.追記、西部邁さんはエッセイ「清浄な魂」で、田中美知太郎さんのことを、こう書いている。

実際、お会いしたひとならば誰しも認めるところであろうが、田中先生が示される快活はすぐ背後に静寂があるためにいっそう際立つのであり、その諧謔(かいぎゃく)も含羞(がんしゅう)ゆえに彩りゆたかになり、さらにその論理の整合性も感情の自在性に裏打ちされているためにかえって引き立つのである。

難しい言い回しだが、、「静寂」の文字に、その通りだった、と思い当たったのだ。うまく言えないが、張りつめた空気、田中先生の声から、静かな磁気を感じていた。静かな声で、聴衆を引きつけるのだ。

田中先生は最後の著作の中で、たしか「空気中に光りが満ち溢れている」というような言葉を残された。
たぶん、生涯の中で何度か、プロティヌスが謂う「一なるもの」との合一を体験しておられたのではないか、、そういう気がする。ホンモノの哲学者は、体験話しは、まずしないし、書いてもボカしたコトバになる。

SVR24の確定(7月28日のデータ)

1.今、国府台病院からの帰り、市川駅の大戸屋から、、
7月28日のデータによりSVR24が確定した。村田先生の話では、SVR12のあとに再燃したとしたら、前代未聞で、脚光を浴びることになると言われた。SVR12のときに握手していただき、もう大丈夫といわれたが、SVR24でないと、どうにも腑に落ちなかったわけで、、ようやく納得できそうだ、、今朝は、みぞおちに、やや鈍い痛みがあるせいもあったので再燃かと訝ったが、見当違いのようだ。

2.エコーはいつもと同じ女性の是永先生だったが、ご主人の是永先生が現れた。やはり、お二人は似ている。「広島カープ、おめでとうございます。あとは日本一ですね」と言うと、「高望みはしません、リーグ優勝で、、」と言いながら嬉しそう、、そして、いまからインド、東南アジアのドクター7人が研修で検査を立ち会いたいのだが、了解を求められた。快諾した。

スカーフを巻いた女性が1人、計7人の医師は、みないい眼をしていた、志士の眼だ。JICAの招きだという。この世界は核実験やテロがあっても、いい方向に向かっていると感じた。検査中、英語とヒンディー語で会話していた。f1とか言っていた、軽い慢性肝炎と言っているようだった。雑談したかったが、英語が出て来ない。7人はフィブロスキャンに関心を持っていた。

3.フィブロスキャンは5.2だった。6未満なら問題ない。胆嚢ポリープも3ミリ程度で問題ないと是永先生の判断。すい臓も見えづらいが大丈夫とのことで、目でたし。

4.続いて皮膚科は、ドボペット軟膏30g1個、トプシムローション50g5個を処方してもらい、今回で診察は終わらせた。治癒に向かっていること、担当医に了解いただけた。

5.村田先生とは、骨密度や血管の健康度合いを次回検査をお願いした。腰痛を理由に対応いただけた。ホントは腰痛より肩こりなのだが、、
5-2.そうだ、村田先生に乾癬が治癒してきていることを話した。先生の論文のとおり、やはり、C型肝炎ウィルスと乾癬は、サイトカインとか何かで因果関係はあるのだ。すると、先生は、ハーボニーを始める前に、わたしの乾癬を写真をとっておけばよかったと、右手を頭の後ろに回して、残念がった。

6.すい臓がんの一般論もお聞きした。初期症状が黄疸なら、すい頭のがんだろうが、すい臓全体に飛んでいる場合があるから難しいだろう。自覚症状が出たときは手遅れなことが多い。すい臓がんの早期発見は、自覚症状ではなく、もっと前であり、定期的にエコー検査をやっていて、みつかることが一般的だと。そして、術後2年経過していれば、勝算あるかな、と。すい臓がんサバイバーになるのは至難だな。

7.次回は3ヶ月後の1月19日の診察となった。6ヶ月後の4月だとと、村田先生は苦笑いされた。年度をまたぐと異動もありうる、感じがした。溝上先生もトップから下りられたし、村田先生が次のステップに向かうことになっても、おかしくはないだろう、、ハーボニーの、革命的な薬効は、肝臓系の先生方の潮目をもたらしているのかもしれない。

8.すい臓がん予後のMさんに、昨日の夕方、食事療法など提案をメールしたが、返信がない。必ずリターンされる方だったので、、イヤな予感がする。

夕方、Mさんから次のメールが届いた。大丈夫そうだ、少し安心した。

メールありがとうございます。アドバイス、しかと受け止めましたょ。気功やったんですね。気を感じるということ、何となくわかりますょ。昨日の私は、貧血起きたみたいにふらっとして、その上お腹も痛み、寝てました。発熱は無し。お腹の痛いところに手を当てて、手当て手当てと思いました。そしたら、あなたから手を当てると良いとメールが、来たので、さらに納得しました。

私は、開腹手術でした。
みぞおちからお臍辺りまで、ガーッと切られました。すい臓は、胃の裏のほうにあるので、手術が、大変なようで、私は十二指腸全部となんとかいう腸と胃も少し切ったと思います。すい臓は、患部を切ったけど、残してあります。胆のうは、10年前に全摘出してました。あれば、これも摘出でした。

患部は血管がいりくんでいて、数センチずれていたら、手術は出来なかったらしいです。肝臓に転移があったら、開腹してもそのまま手術をやめますと、いわれました。11/10に黄疸で入院して、胆管に人工的な管を通す手術。これは、内視鏡でした。

12/4の手術までの間、どんどん元気になるので、若いドクターに言うと、それが、この病気の怖い所で、自覚症状がほとんどありません。だから、今回黄疸になったことで、すい臓がんが見つかり、結果的に手術することになったけど、ポジティブに受け止めて下さいねと言われました。

手術迄の間、外出してパソコンも持ち込みできたし、キンコーズで出力してやり残していた補正も済ませ、許可証も出してもらったのです。根性ですね。

手術前に、看護師さんとも話し合いました。患者の生きるモチベーションや、元気に回復するモチベーションをアップさせるために、その人のバックボーン等を聞いておきたいとのことでした。普通のひとなら、子供だったり孫の存在だったりするのでしょうけど、看護師さんには、○○○士という仕事をやっていて、このあと、1月12日に盛岡に行きたいって、言ったの。それに向かって頑張りたいって。

今の治療法や麻酔の進歩も素晴らしいね。開腹手術で管を外に何本も出して、体液管理をする。痛みは脊髄に直接麻酔を点滴で落とし、なお痛い時は、自分自身でボタンを押して投与する。手術が、終わった翌朝ドクターに気分はどうですか?と聞かれ、爽快ですと答えられました。本当に、青空が見えて、悪いところも取れて、スッキリした気分でした。ドクターは、結構、大手術だったんですよと、言ったけど、考えてみたら、結構ポジティブでしたね。

それが良かったのかもしれないし、隣のベッドに私より10日程前に同じ手術をした方がいたのだけど、回復も退院も私のほうが、早かった。

でも早ければ良いと言うもんじゃないとあとから思いしるのですが…
すい臓がんで、千代の富士が亡くなったのは、非常にショックだった。
食事も、本当はもっとコントロールしなければならない。ちょっと食べ過ぎ。栄養指導にも通っています。
今日は、実に、快適な天気ですね。

私もヤクルト飲むようにしています。今受けている抗がん剤は、副作用も少ないほうだそうです。昨日感じた口の中のビリビリがなくなりました。この薬によって、すい臓がんの予後が格段に良くなったとネットにありました。

しかし、わたしの主治医からは、これがどのくらい効くかなどの言葉はありません。発熱もなく、快適に過ごせた前回の2週間は、血液検査の数値も非常に良かった。ちゃんと出るんだね。お陰さまで富山にも金沢にも行って来れました。甥の結婚式にもでて、元気そうだと言われました。

あともう少しで、術後1年です。こうやって、1年1年を積み重ねていくんだね。これが、がんを患った人なんだなぁ。
あなたは、2010年に手術したならば、これは、寛解ですね。情報を集めながら、私も、頑張りますょ。ではでは☺


Mさんは、よくほほ笑む肝っ玉母さんみたいな人だ。
その強靭な生命力、旺盛な生活力のレベルに、自分も追いつかないと。
訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();