わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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前原さんの政界再編力

このところ、衆議院選挙の動きを見ていて、一人で面白がっている。

1.解散の意図は、北朝鮮の有事にある。それも、その戦後処理をどう対応するか、、安倍さんは安定的基盤のもとに、米中露の中にコミットメントしていきたいのだ。

2.有事になれば、難民が出ることは必定。それをできるだけ抑えたいのだ。「国益」に反するからだ。国益の裏には、その是非に及ばず、国体思想がある、と思っている。

3.二大保守勢力による政権交代、間に中道勢力が入り、行ったり来たり、弥次郎兵衛的な機能をはたす。そこで公明党だけでなく、もうひとつ中道政党が出てくれば安定してくるのに、、と思う。

4.リベラルをうたう左翼は、この国の人びとから厭きられている。消えてなくなれとは思わないが、政権担当能力は、これから先も、ない。

選挙権をもつ私たちを、保守は「国民」と呼び、リベラルは「市民」と呼び、中道は「民衆、大衆、庶民」と呼称する。が、どの勢力も「人民」は使わない。最近の共産党が「国民」を使うのことに、少し驚いている。党の軸が溶け出しているのかもしれない。

5.最後の民進党代表の前原さんは、結果的にこうした振り分けをしたわけで、徳川慶喜や坂本龍馬級の歴史的貢献をしたことになる。選挙まで、その沈痛な表情をしっかり見つめていたい。影の主役デアリ、ポンコツ扱いはあたらない。小池さんの言質をとらなかったかどうかなどは、考えた上での演技だろう。

俯瞰してみて、こうした流れは、いい方向に向かっている。

政治の風景

すっかりブログから遠ざかってしまった。もとより、このブログは、備忘録として書いている。記憶の宮殿はとは言わないまでも、そうしたヨスガになればいいと。

1.我が家から直線で300メートル以内に住んでる小池都知事は、どこまで肩書きを変容させるのだろうか。このまま都知事で3年間留まるとは思えない。この1年間をみても、小池さんの実績と言えるものはない気がする。むしろ豊洲移転など、機会損失を膨らませ続けている。

2.小池さんは、きっと、衆議院選挙の東京の小選挙区の中で、かつて出た東京10区以外のどこかから、踊り出るだろう。現在の東京10区選出の若狭さんは、そのまままた出馬することになるのかな、、  

3.東京10区の選挙権者の一人として、補欠選挙の前回もそして今回も、若狭さんに投票したりは、しない。無所属としてでるのだろうか、鈴木庸介さんという元民進党の、ただの新人に入れる。かれはまた出馬するだろうか、、彼は前回の負けで坊主頭になっていたな、、

追記、自民党は東京10区から鈴木隼人という比例区の議員を出すようだ。同じ鈴木姓だなんて、鈴木庸介さんは一段と当選は難しくなった。

4.この選挙の影の主役は前原代表である。正確に彼が握っている何百億円かの政党助成金の采配する力にある。真価が問われる。 

5.戻る。小池さんを魚に例えると「黒潮の回遊魚」みたいなもので、腰を据えることはできないだろう。安倍さんは小池批判はできるだけ控えた方が得策だ。逆手に取られ、出馬への格好の理屈を与えるだけだからだ。それに、安倍さんはもっと正直に半島危機が動機だと叫んだ方がよい。おそらく、トランプさんから有事の行程を告げられているのではないか、、そして北朝鮮の、戦争を知らない、昔懐かしい黒の電話機を頭にのせている若者が、どのタイミングでロケットを発射させるか、、それによって選挙情勢は変わるだろう。 

6.わたしたち国民は、マスコミの過熱報道に踊らされることなく、俯瞰して投票した方がいいだろう。

7.ついでに、昨年か参議院選挙で当選した公明党の長沢議員は、議員宿舎に愛人の女性を泊めて生活していた。宿舎のルール違反で、議員を辞めたわけだが、当然のことだ。

税金で生計を立てていて、公共圏のど真ん中に政治家は、どこの政党であれ、街中の不倫はダメだろう。

前に、辞めた長沢議員の選挙ポスターを見たとき、なんだか口元のしまりない男だな、、と感じたが、その印象は当たっていたのかな。。

公共圏と政治家の立ち居振舞い

1.半年前に、工事解体会社に入っていたEさんが、28日の金曜日に、退職してしまった。そういう気配はあったが、先を越された感じだ。さて、どうするか、、

2.このところ、首相をはじめとして、政治家のテイタラクを国民の私たちは、見せつけられ続けている。かれらは、国民の税金で、食べている人間たちだ。

3.公共圏という言葉がある。検索すると、こうある。

公共圏(こうきょうけん、ドイツ語: Öffentlichkeit、英語: Public sphere)は、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス、フランスの哲学者ルイ・アルチュセール、ミシェル・フーコーなどヨーロッパ大陸の哲学や批評において盛んに使われる概念で、私圏(または私領域)の対語。人間の生活の中で、他人や社会と相互に関わりあいを持つ時間や空間、または制度的な空間と私的な空間の間に介在する領域のこと。公共性と訳すこともある。

安倍晋三氏が盛んに使われた「李下に冠をたださず」でいえば、公共圏は、李下にあたる。

4.もう一つ,法律用語で、外観主義という言葉がある。
それは、「外観と実体が一致していない場合に,外観を重視すること」をいう。 

上記の諺で言えば、冠がずれてもなおしたりせずに、李下にいることだ。

5.二つの言葉を自己流に使って、わたしは思う。

公共圏にたった人たち、典型的な例は政治家だが、そうした人たちは、外観主義をとことん遵守しなければならない存在なのだ、と思うのだ。

6.「わたしたちは一線を越えていない」と弁解する政治家の男女がいたが、思わず、笑ってしまった。そんな話聞きたくない。モラルも問わない。

そういう「負の外観」を作った事実こそ、問われなければならない。


そうした人たちは、公共圏に立っていることを自覚して、いったんは辞めて、再び、選挙民の審判を仰ぐべきではないか。

7.安倍晋三氏も、例外でなく、大きな「負の外観」をかかえ、かつその自覚がない。加計孝太郎氏と請託のようなものは一切ないと言っても、一年間で十数回のゴルフは異常であり、その件の会話はなかったとしても、、だ。

わたしはどちらかと言えば、安倍晋三氏の言葉を信じたいと思う人間だが、「負の外観」は払拭できない。還暦すぎ男同士なら、ゴルフの最中、話題にしなくたって、阿吽の呼吸で、認識しあえるものだ。でなければ、そんな地位に立てない。

安倍晋三氏の言動は、外観上、「わたしたちは一線を越えていない」と大差ないからだ。

もし本当に、国民目線を受け止め、支持率のダウンを止めたいなら、加計孝太郎氏とともに記者会見を開かれたほうがいい。

8.この国の不幸は、野党に政権担当能力が、全く、ないことだ。さらに、自民党の中を見ても、石破茂氏の一連の言動も、総理にふさわしくないな、と感じた。

単なる推測だが、石破氏は、やがて国政に出てくる都民ファーストと連携するのではないか、第二自民党はあってもいいかもしれない。

加計問題とハーボニー

1.昨日、一昨日と、加計問題の国会質疑を距離をおいてみていた。

マスコミの誘導も、野党の目論見も、はたまた安倍首相と加計氏の友人関係が役人の忖託を生んだかどうか、、
とかは、遠くに感じる。

2.元愛媛県知事の加戸 守行氏の言葉だけが、切実な気持ちが込められていて、心に残った。真実はそこにあるのではないか?

加戸氏の証言は、テレビではほとんど放送されていない。みな、YouTubeを見て、真剣さの度合いが、事務次官を罷免された前川某とは著しく違って、胸にせまって来るのだ。

国民の私たちは、どうも、ことの本質を知らされていない感覚に陥る。

この国の第一の権力者は、首相の安倍晋三氏ではなく、自在に国民世論を方向づけるマスコミではないか?

加戸氏は、動機も展望も明確であり、獣医学部の認可をもらうために、中軸になって、文科省の岩盤を10年にわたり、叩き続けてきたのだから。

3.わたしには、加戸 守行氏とハーボニーで慢性C型肝炎を治せた私たちとが、重なって見えた。

2015年秋、当初1錠8万円もしたハーボニー薬が認可されるまで、おそらくは、愛媛県今治市の獣医学部設置に劣らぬ岩盤があったと思うからだ。

マスコミは医療費の増大の旗印を掲げて潰しにかかる誘導は十分あり得たし、、苦慮する溝上先生の表情が浮かび上がってくる。

ただ、ハーボニーの場合は、
1﹚肝炎対策基本法が成立し、
2﹚厚労省内に、その対策室があったこと。
3﹚溝上先生を筆頭に患者の気持ちに寄り添う、優れた医師が、少なからず、おられたこと。
4﹚国会は超党派で支援する政治家が存在していたこと、
5﹚そして、最新の治療方法をしろうとする患者が多くいたこと、、
そうした要因が影響し、ラッキーがかさなりあって、パラダイムシフト、回天したのだと思う。

対して、獣医学部の創設は、文科省が壁がきつすぎるのだ。獣医師会の利権が重なってくるし。

C型ウィルスが発見されてから四半世紀、ようやくブレークスルーが始まったのは、「なんたってハーボニー」だったし、「ハーボニーありき」で何が悪い、、で進めてきたからであり、

同様に、狂牛病や鳥インフルエンザの対峙するライフサイエンスを「はじめに加計ありき」で始めていったって、いいではないか、、

都議選とか政治の話

1.米国にとって建国記念日である7月4日に、北朝鮮がICBMミサイル打ち上げに成功したようだ。

2.昨日は、東池袋の劇場で行われた芝居を見た。友人が出ていたから、いやいや、疲れた。戦中に、兵役拒否をしたキリスト教徒の青年を中心に話が進むが、全く私の腹に落ちなかった。

3.都議選の結果に対する一私見をつづる。こんなこと言うのは私だけだろうが、、

いやが上でも、23人全員当選した公明党は都議会与党の中核になった、と見る。理由は、
①まず都民ファーストの当選者は「小池都知事ファースト」を優先するだけで、東京都の公務員の人々と、実務で、どれだけ渡り合えるか、全くわからないからだ。50人のうなずきマンが生まれただけかもしれない。
②小池氏は、思いつきの人、それが真骨頂、、だけの人だ。これからも、神輿の乗って思いつきを語る可能性が高い。
いったい大風呂敷をいわくのは誰だろうか?たぶん、小池氏は公明党に依存してくるだろう。
③その公明党のキーマンは、ズバリ、東村都議会幹事長だ。公認会計士・税理士が生業で、公明党嫌いの石原慎太郎が東京都の公会計に手腕をふるった東村氏を高く評価していた。開票と同時に、党内で一番早く当確で議員だ。これからの4年間、東村氏は大車輪で働くだろうし、その哲人政治ぶりに都民は期待していいし、彼の言動を、注意深く、チェックして欲しい。
1971年に開学した、わが母校の人的成果の一つ象徴になるだろう。

たしかにわが母校から公明党の政治家になった人々は相当いるが、東村氏はダントツに、優れている。会ったことはないが、わかるのだ。

余談だが、東村氏があらわれる前の、公明党のキーマンは藤井富雄という人だった。かつて、清濁併せ持つ政治家と週刊誌に書かれていたと思う。藤井氏は、自民党の、あの千代田区から出ていたドンと渡り合っていた都議会公明党の幹事長だ。

一度だけ、東中野から大久保に向かう総武線の車内で、藤井氏に遭遇したことがある。面識はないが、互いに数秒見つめ合った。わたしは目礼して、大久保でおりた。思いのほか、澄んだ眼をしていた。あぁ、人物だなと感じた。

いじれにせよ、国政も都政も、公明党の責任は重くなった。公明党に多少、縁のある人間として、注意深く見守っていきたい。

気分一新、タイトルをシンプルに

タイトルを変えた。今まで「がんパラダイムシフト」とか「レジリエンス日記」とか、ダラダラ長めのタイトルにしていたが、短めの言葉にした。他人に検索されやすいかなんて考えてはいない。自分が、そのときそのとき、大事だと思うキーワードが表示されていれば、それでいい。なので、カメレオンのように、今後もまたタイトルは変わるだろうが、今までとおり、自己本位で書き続けることだけは一貫している。お約束できるのは一つ、このfc2がシャットダウンしない限り、死の間際まで、書くつもり、ということだ。それが、多くのがんや難病で亡くなられた、ブログを書かれていた方々への報恩になる、と思っているからだ。これは理屈でなく感情からくるものだ。

このタイトルへの思い入れはまた次回にする。

1.月曜に歯医者に行った。左に上の奥歯のかぶせ物がとれてしまったからだ。これで3回目。鶴岡先生はもう土台がくずれてしまっているから、接着の応急措置は無理と言われた。思案のすえ、両隣りの歯を使ってブリッジ入れ歯にすることに決めた。もとより相当悪い歯の持ち主だが、いよいよ入れ歯かとやや感慨ふかいものが、一瞬はしった。63歳なのだから仕方がないと覚悟した。また、反対の歯に虫歯がいくつかあるが、何か事情は、先生に言われた。毎日、歯磨きはしているし、これといって、虫歯発生の原因は思い浮かばないとこたえた。が、この半年で体重が増加していること、発泡酒を一缶、ほぼ毎日飲むようになったこととか、口内環境が悪化して来ているのかもしれない。

2.今、読んでいる本は
①藤田孝典「続・下流人間」(朝日新書) 下流、中流、上流と流れ字が入ることは啓示になった。
②金成隆一「ルポ トランプ王国」(岩波新書)
③室谷克実「悪韓論」(新潮選書)



乾癬、貞永式目その他雑感

1.今年はまだ四分の一を過ぎただけだが、今年の流行語大賞に「忖度(そんたく)」がノミネートされるのではないかな。もしかすると、民間もそうだが、中央官庁のような権力の集中する環境においては一段と、安倍首相をはじめ上司に気に入られたいと、忖度すること、そのことこそが、犯罪や逸脱に走らせる大きな原因なのではないか?と素朴に思えた。

それにしても100万円の寄付行為の有無がこれほど真っ向から対立することなんて、あるのだろうか、安倍さんの選挙区外であり、刑事訴追になるわけないわけで、「藪の中」には何もない。野党が安倍さんの道義的責任の追及に、躍起になっているだけだ。

2.ハーボニーを飲み終えたのが2016年2月8日で、1年以上経過したが、ここに来て体重が67kgと3kgくらい重くなっている。原因はまず、肝臓の正常化によると考えているが、歩かなくなっているから運動不足にも、あるだろう。。

胴回りにぜい肉ついている。還暦をすぎ、やたら体重が減ることは好ましいことではないとわかっている。65kgくらいがいい。

年をあけた頃から、やや乾癬が目立つ。体重の増加と少し関係があるのでは、と思っている。ヘパリン類似物質というクリームは、やはり塗らないといけないな。

3.長女は小学5年が終業し、4月から最終学年になる。担任の田代先生も、どうやら代わる感じがする。たぶん当初採用された品川区か、戻るのではないかと思う。その方がご自宅から近くなるだろうし、ご自分の子どもの、保育園の送り迎えがラクになるにちがいないと推察。

4.2歳の次女は、ずいぶん言葉を覚えてきた。「なんだこれ~」「じぶん、じぶん」「アンパンマン、書く~」「はんぶんこ」「あーさいよ(うるさいよ)」、、、今家でのお気に入りは、勉強用の椅子に乗り、回転させることだ。目が回るのがおもしろいらしい。

5.今、本は鎌倉時代の華厳宗の明恵という僧侶について、読んでいる。心理学者の河合隼雄が書いた「明恵、夢を生きる」が、おもしろいのだ。

明恵は清僧だった。それは死に際でわかる。その立ち居振る舞いが美しい。こうだ、、
「今ハ臥シヤスムベシ、ソノ期近ヅキタリト覚ユ、カキオコスベカラズ」と言い、右脇臥に臥した。

弟子の定真が「ソノ期スデニ近ヅキ給ヘリト見ユ」と告げると、目を見開いて 「其ノ事ミナ存知スルナリ、又年来習学シテ 思惟観察セシトコロノ法門 コトゴトクミナ心ニ浮ビテ 一事モワスレザルナリ」と言って目を閉じた。

弟子の喜海が枕元近くによってくると、かすかな声で明恵は「我、戒ヲ護る中ヨリ来ル」と告げた。これが最期の言葉だった。そうして

「其ノ後ソノ形チ 歓喜ヲヨソヲイ タチマチニ顕ハレ、 微咲ヲ含メルガゴトクシテ エンゼントシテ寂滅ス、春秋六十埃 、同廿一日夜、禅堂院ノ後ニ葬斂(そうれん)ス、ソノ間 形色 アヘテアラタマラズ、眠レルヨソヲヒニ コトナラズ、又十八日の夕方ヨリ異香恒ニ匂フ、諸人多ク嗅グ、葬斂ノ後両三日の間、異香猶ヲウセズ」


明恵は命懸けで、多くの人、とりわけ多くの女性たちをを助けた。法華経の行者でなくても、現象として、成仏相は疑いないだろう。陰徳あれば陽報ありの人生。

新鮮だったこと、貞永式目をつくった執権、北条泰時は明恵を、人格的に、心服していたことだ。貞永式目は「ただただ道理をあらわしたのだ」と北条泰時は、北条重時宛への手紙に書いている。くわしくはこうだ、、

多くの裁判事件で同じような訴えでも強い者が勝ち、弱い者が負ける不公平を無くし、身分の高下にかかわらず、えこひいき無く公正な裁判をする基準として作ったのがこの式目である。京都辺りでは『ものも知らぬあずまえびすどもが何を言うか』と笑う人があるかも知れないし、またその規準としてはすでに立派な律令があるではないかと反問されるかもしれない。しかし、田舎では律令の法に通じている者など万人に一人もいないのが実情である。こんな状態なのに律令の規定を適用して処罰したりするのは、まるで獣を罠にかけるようなものだ。この『式目』は漢字も知らぬこうした地方武士のために作られた法律であり、従者は主人に忠を尽くし、子は親に孝をつくすように、人の心の正直を尊び、曲がったのを捨てて、土民が安心して暮らせるように、というごく平凡な『道理』に基づいたものなのだ。

山本七平は貞永式目は日本的革命のエッセンスなのだと指摘している。世界的に見ても希な法制だったとし、思想的バックボーンに明恵がいたと山本七平は見切っている。実に新鮮。

明恵は、日蓮が10歳になったときに亡くなったが、二人には通底するものがあったと、わたしはみている。明恵が親鸞のように90歳まで生きていたなら、二人はきっと対面していたはず、、華厳は深淵であり、日蓮はさまざま引用されておられる。もし対面していたたら、にぎやかに、華厳対法華の、深くかつ真剣な宗論を交わしていたと思う。

これはわたしの勝手な史観だが、道理の一端である貞永式目が日蓮を法難から守ったのだとみる。
竜ノ口で、日蓮が首をはねられる法的根拠なぞ、貞永式目にはなっかったのだ。弟子の四条金吾に書いた「仏法は道理」という日蓮の言葉と、北条泰時の「道理」は響きあうものがある。明恵と北条泰時と日蓮という系譜はあるように、感じる次第。

25年の節目、雑感

1.先週火曜日、新宿歌舞伎町の「車屋」でランチを食べた。前の会社の同僚、川瀬氏と15時すぎまで、そこで話した。しゃべり足らず、新宿プリンスホテルのB1で、16時半まで話した。

歌舞伎町のコマ劇場の北側に「車屋」はあるが、お客は年配層の男女で、席はほぼ満席になっていて、いささか驚いた。料理は少量ずつ様々に出てきて、楽しませてくれる。人気がある理由がなんとなくわかる。

「車屋」のロビーで何度か話したことがあるミナト氏は、「車屋」の常務になっていて、新宿にはいなかった。なぜか、ミナトという名前をオボロゲに記憶していて、たずねたのだ。やぁ、立派になったんだなと感慨深いものがあった。

2.わたしの場合、1991年8月21日の夕方、かかりつけ医に電話し、C型肝炎とわかった。「倦怠感の原因がわかって良かったじゃないか」と医者に言われたが、、なんでオレが不治の病いに、、と奈落の底をみた感じがした。
その夜は、川瀬氏と「車屋」で宴する約束をしていて、、しかも私のおごりだった。返礼だったと思う。二人とも、気分は暗かった。それから25年がたち、C型肝炎ウィルスは消えた。川瀬氏はとうに忘れていたが、今日のランチは、私には大団円の宴だった。

3.川瀬氏は父親の遺産相続で、兄弟間の確執が尋常でなく、郷里に対する愛着は稀薄になってしまったようだ。母親の言動が「恩きさがましい」と言っていたことが、心にささった。母親はかなり前から徐々に認知症になっていたらしいが、様々な文書を大事に保存していて、それが兄の目にとまり、確執が始まったのだろう、、と想像した。

4.訃報を聞いた。同年代で、私たちがいた会社を1992年、早々に退職して、霞ヶ関ビルの中に会社を立ち上げた渡辺一三(私の記憶の中の名で実名かどうか不明)さんが、癌で亡くなっていたのだ。が、会社は存続した。後任の社長は知らない。渡辺さんの四半世紀は、満足した人生だったろうか?ペコペコと、よく頭をさげる光景が浮かんできた。そのストレスが癌を呼び寄せたのではないか、、

5.分かってはいたが、、C型肝炎治癒の大団円を喝采してくれる他者は、、いないのだと感じた。同じ患いをしたものでないと、共感をもとめても仕方がない。

だが、、それでいいのだ。
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