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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る

役者、樹木希林の見事さ

15日に亡くなられた樹木希林さんの立ち居振舞いを、しばらく、YouTubeで見ていた。

樹木希林さんの最期の口ぐせは、

『時が来たら誇りをもって脇にどけ』

だった。。

是枝監督が樹木希林さんをリスペクトする、その気持ちをカンヌ映画祭で淡々と吐露していた。

樹木希林さんは、いつも、正直な言葉を使われていた。「心こそ大切なれ」を地でやられていた。ただ者ではない、、だからその言葉が人の心に浸透する。

実は、聖教新聞2015年5月17日(日)8面に対談ゲストとして、樹木希林さんが登場されていた。学会系のものに出られたのは初めてではないかな。映画「あん」の公開前であり、主演女優として宣伝を兼ねておられただろうが、、ここでも、響く言葉を発信されていた。あらためて、見事な役者だった。

こちら側の対談相手は、中泉明彦さんという創価大学看護学部長で、その笑顔がいい、おそらく樹木希林さんは中泉さんに好印象をもたれたのではないか、、その新聞記事が、今、見つかったので、徐々に載せることにする。

《桜花爛漫の創価大学》

中泉 いよいよ映画「あん」が全国公開されますね。ドリアン助川さんの原作を読まさせていただきましたが、美しい桜の描写が印象的でした。

樹木 撮影の時も、本当に見事な桜でした。桜を最高の位置から撮影できる場所を、河瀬監督は見つけてきたんです。

中泉 創価大学にも、創立者池田先生が植樹された桜があります。「出発の庭」の「創大桜」が満開になりましたので、写真を撮ってきました。

樹木 うわー、すごい!

中泉 毎年、創大の春のキャンパスは桜花爛漫です。

樹木 創価大学もそうですが、創価学会の会館はとても素晴らしい建物が多いですね。一度、中に入ってみたかったのよ。

中泉 本日はようこそ(創価国際友好会館に)おいでくださいました。八王子の創価大学にも、ぜひお越しください。

樹木 八王子はちょっと遠いわね(笑い)。ところで、創価大学にはどんな学部があるんですか?

中泉 経済学部、法学部、文学部の3学部からスタートして、現在8学部。看護学部は、初の医療系の学部として、2013年4月に開設されました。『生命尊厳の理念』を掲げる大学ですので、とても大きな意義があると考えています。

樹木 病気で苦しむ人を支える、大変に重要な役割を担っているんですね。

中泉 患者の側に立って、真心の看護ができる人材を育成したいと思っています。

《患者に寄り添うような思いで》

樹木 この映画は、元ハンセン病患者で、ずっと強制的に「国立ハンセン病療養所」に収容されていた、徳江というおばあさんが主人公なんです。

中泉 演じる上で、どんなことに気を付けられましたか?

樹木




樹木希林さんは、マネジメントはご自分でやっていた。学会の建物に興味があったから、対談が実現したのかも
知れない。以下思いつくことを。

①樹木希林さんは、朝、法華経を読誦することを日課にしていると、久米宏さんとの20年前の対談で語っていた。

②樹木希林さんは、ただ質問に応える人ではない。必ず聞き返しくる人だ。たぶん、学会の誰かと真摯な対話をしていたのではないかな、、とそんな感じがする。

③もともと樹木希林さんには商才があった。不動産投資は相当やって、ひけらかさないが、成功されていたと思う。なので学会の建物には関心をもたれていたのは、わかる気がした。

④耳のいい人で、大女優杉村春子のprompterを勤め、杉村春子のイントネーションがおかしければ臆せず「違います」と指摘したという。耳のよさは最期まで衰えはしなかっただろう。もしかすると、夫の内田裕也さんの声が好きだったのではないかな。彼が歌う『朝陽のあたる家』が好きだったという。

樹木希林さんが、もし、我らの池田先生と対話されていたならば、同じ東京人、さぞかし自由自在な対話、、桜花爛漫な光景になっていただろう。

ギャッツビーとショーシャンクと、(1)

昨日は、午後の三時間、中野ZEROホールで行われた東京都行政書士会の倫理研修会に参加した。5年前には最初の倫理研修を受けたので、これで二回目だったが、、、内容はムダがなく、充実していた。行政書士のスキルは確実に上がっている。

もっとも、わたしの受講動機は、これを受講しないと『職務請求書』(説明は略す)を購入できなくなり、業務に支障が出るからでしかないのだが。

そこで、高校の同級生、中村和夫さんが30分講演した。高校のときは一度も話したことはなかったが、語り口が柔らかくフラットで、よく腹に落ちた。あぁ鷺宮、、彼も同時代の「鷺宮DNA」を持っているな、、と感じた。

ちなみに西武新宿線の都立家政駅は、鷺宮高校(中野区若宮)の旧名だが、、昨日、自転車で青梅街道や目白通り(十三間道路と昔は呼んでいた)を走っていて、ふと道路標示に「鷺宮」の文字を見ると、何故か母校を想い出し、嬉しくなる。たぶん、同じ31群だった隣の武蔵丘高校(アイロニーだが中野区上鷺宮にある高校)のOBには、こうした感覚はわかないだろう。

さて掲題のこと、、記事は長くなる。わたしの生きる根っこにある断想であり、前から書き留めておきたい想念だったからだ。

ズバリ、二つの映画はその主題とは関係なしに、わたしの宗教観とは密接につながっているのだ。

40年前に、ロバート·レッドフォード主演の『華麗なるギャッツビー』を観た。わたしののギャッツビーはレッドフォードであって、レオナルド・ディカプリオではない。

その映画の主題とは関係ないのだが、ギャッツビーが殺されて、終わりの方で、ギャッツビーの父親が現れ、物語の語り手に『貯金箱』を指し示す。日々細かく、硬貨の貯金をしていたと話す。ジーンと来る。

学歴詐称やさまざまなアコギな仕事もしたギャッツビーだが、根っこにあるはじめの
行動の一つは、チマチマした小銭貯金だったし、その持続だったのだ。

なぜか、そのシーンが一番印象深く残った。

今、その映画を観た後に読んだ新潮文庫、フィッツジェラルドの『華麗なるギャッツビー』(野崎孝訳)を開いてみた。

すると、終わりの方の話で、ギャッツビーが殺された後、誰も、弔問にも葬式にも、誰も来ないのだ。

ただ一人、ギャッツビーの父親があらわれて、語り手のキャラウェイと次のやりとりする。

この際、長くなるがコピペする。忘れたくない大事なギャッツビーのメモがあるからだ。

父親は言った。
「二年前に会いに来てくれました。そうしていまわしが住んでる家を買ってくれたんです。

あれが家をとびだしたときには、わしらは一文なしでした。

しかし、今にして思えば、とびだしたのにも、理由があったんですな。

あれは、洋々たる前途が自分の前にひらけていることを知っとったんですよ。そうして、あれが成功してからというもの、わしには、ほんとうによくしてくれました」

彼は、ポケットから『ホップアロング·キャシディ』というボロボロになった古い本を一冊引っ張りだした。
「ほら、これはあれが子どもの頃持っていた本ですがな。これを見るとよくわかります」

彼はその本の裏表紙を開け、ぼくが見やすいように回してみせた。巻末の見返しに、時間割という文字と、それから1906年9月12日という日付けが記されてあった。そしてその下には、、
起床  午前6:00
亜鈴体操(?)と塀乗り越え練習 6:15~6:30
電気その他学習  7:15~8:15
仕事  午前8:30~午後4:30
野球その他スポーツ 午後4:30~5:00
雄弁術、平静、ならびにその達成法の練習  午後5:00~6:00
創意工夫 午後7:00~9:00

誓い
シャフターズ(?)や○○にて時間を浪費せぬこと。
禁煙(噛み煙草を含む)
隔日入浴のこと
毎週一冊良書(雑誌も可)を読むこと
毎週5ドル、と書いて消し、3ドルと訂正、貯金をすること。
両親にもっと孝行をつくすこと。

「わしは偶然この本を見つけたんですがな」と老人は言った「これを見ると、よくわかるでしょうが、ジミーは出世するようにできていたのですよ。あれは、いつも、こういったような誓いだとかなんだとかやっている子どもでしてね。

あれが頭をよくするために、どんなことをしおったか、お気づきでしたか?

その点であれはいつも立派でしたな。
わしのことを、豚みたいに食うと言ったことがありましてな、それであれをひっぱだいてやったことがありますよ」

彼は、項目を一つ一つ、声に出して読んではしげしげとぼくを見つめ、その本を閉じるのがなかなか心残りなようすだった。

ぼくがその表を書き写して、ぼく自身のために活用したらいいのに、と思っていたのであろう。


ひとまず、以上だ。




日本人100歳統計と安藤久蔵さん

敬老の日の14日、厚生労働省は、100歳以上となる全国の高齢者は69,785人に上り、48年連続で増加した、と発表した。

昨年比で2,014人多い。
69,785人内訳は、
男性8,381人(前年比139人増加)の12%
女性61,454人(前年比1,875人増加)の88%

都道府県別では、
東京都5,973人が最多、続いて
神奈川3,877人
大阪府3,537人の順になる。

以上。
けれども、思う。
そのうち寝たきりでもなく、認知症でもない健康な毎日をおくられ、例えば歩いて銀行に行けている人は、果たして、何人おられるか、、そこん所が知りたいが、統計にはないようだ。

政府が健康寿命の重要性を強調するならば、そうしたデータも欲しいものだ。たぶん、そうした人はわずかではないか。

唐突だが、日蓮大聖人のお手紙二編を以下に掲げておきたい。

釈迦、多宝 十方の仏
来集して我が身に入りかはり
我を助け給へと
観念せさせ給うべし
『弥三郎殿御返事(1451頁)』

設(たと)い業病なりとも
法華経の御力(おんちから)たのもし、
阿闍世王は法華経を持(たも)ちて
四十年の命をのべ
陳臣は十五年の命をのべたり
『富木尼御前御返事(975頁)』


それにしても、100歳女性の88%には驚いた。日本は女性の国である。

追記、
ふと気になり検索した。やっぱしか、
西荻窪の安藤久蔵さんは2017年12月に亡くなられたようだ。1911年2月生、享年107歳。以下に、その告知文をコピペ

12月、「アロマフレッシュ」の珈琲翁・安藤久蔵さんが亡くなられたと連絡をいただきました。私と安藤さんとの出会いは、フリーペーパーの「西荻丼」で、安藤さんの波乱の人生を連載インタビューしたことから始まります。安藤さんとの出会いがいなければ、そもそも西荻案内所なんて始めていなかったでしょう。私のみならずいろいろな人の人生を変えていった安藤さんにあらためて感謝。

安藤久蔵さんは屹立した思想をお持ちだった。2014年4月、安藤久蔵さんは10分ほど、お話しをしてくださり、、今よぎったが、たしか『年金なんか、もらってない』と言っておられた気がする、、そうした言葉、忘れません。ありがとうございました。 

あっ、今、樹木希林さんの訃報を、見た。
享年75歳。見事な役者人生だった。深く祈る。

さらに追記、
画家 後藤はつのさんも2017年5月、113歳、誤嚥性肺炎で亡くなられていた。

2017年は、二人の偉大な、長寿の星が去っていった。

105歳の画家、篠田桃紅さんはご健在のようで、よろこばしい。喉の甲状腺がかなり腫れておられるが。

米国の太陽天文台が閉鎖

今、日本のテレビでは、一切、ニュースになっていないことを以下に。

米ニューメキシコ州サンスポットにある国立太陽天文台が、FBI(連邦捜査局)によって唐突に封鎖されたとのニュースが世界中を駆け巡っている。

米ニュース「ABC」の報道(9月10日付)によると、今月6日から、FBIが国立太陽天文台を封鎖、地元の郵便局員も近隣地域に異動させられたという。ずいぶんと物騒な話だが、FBIは封鎖理由を公開していないというからなお恐ろしい。

ここのところ太陽では巨大なコロナホールが形成されており、今月11日には、その影響でG2レベルの磁気嵐が地球に降り注ぐと「アメリカ海洋気象庁」(NOAA)が発表している。しかし、G2レベルの磁気嵐は11年間で600回ほど起こっており、緊急事態には程遠い……。

UFO研究家のなかには、同天文台が撮影した太陽の写真に写ってはいけないUFOが写り込んでしまったのではないかと推測する者もいる。

太陽に接近するUFOの画像や映像はインターネット上に溢れており、UFOが撮影されてしまったところで天文台を緊急封鎖する理由になるとは思えない。決して世間に知られたくないものが写ってしまったとしても、その場合は画像・映像編集をしてしまえば済む話であり、それは現にこれまで行われてきたことだろう。

真相は闇に包まれている。胸が高鳴る事件だけに、凡庸な結末にはなって欲しくない。今後の有力情報に期待しよう。



以上。私見だが、
編集する前の、なんらかの太陽にかかわる重要な情報が出てしまうことを抑えたのだろう。

その天文台関係者にエドワード・ジョセフ・スノーデン氏みたいな人がいるのかもしれない。

YouTubeで告知されたSINGENさんによると、もしかしたら、公にされたくない生命体が逃げているのではないか、と言われた。
映画のETの逃走シーンを彷彿とさせる話に聞こえた、、

いよいよ『未知との遭遇』の時代に入っているようだ。地球上はもとより、宇宙においても、こうした目に見える世界の話に「情報の格差」はあってはならない。

1938年10月の、オーソン·ウエルズのときのようなラジオドラマによるパニック騒動にはならず、わたしたちは、事態を淡々と受けとめることができるのではないか。

この動き、ヒラリー・クリントンが大統領になっていたなら、どう対応しただろうか。

国民年金の任意加入

こう思う『わたしたち庶民にとって最後の武器は、時間軸にたって、一つのことの単純な繰り返しと、その繰り返しを気にとめないことであり、、そうした「遠ざかりの醸成」こそが、武器になるのだ』と。

例えばだが、
「こまめに小銭を預けて、月一で某投信に振替、あとは長期的にうっちゃっておくスキーム」とかになる。これを『ギャッツビー投信』と命名しておこうかな、、全くの独り言だが。

(追記)相続手続きのお手伝いをしたの川上氏の奥様は、きっと若い頃から、秘密裏に、そうした蓄財方法で、一億円の基礎を作ったのかも。その通帳を見ておけば、もっと気付くものがあったかもしれない。

さて掲題のこと、、
来年、2019年11月で私は65歳になり、国民年金が支給開始される。今は、厚生年金の報酬比例分、二階部分が支給されているだけだが、その一階部分が始まるわけだ。

しかしその一階部分のことで、
現状、フルペンションである480月ではなく468月で12月分が納付していない状態なので、8月終わりに任意加入の手続きをしたた。これが二度目の任意加入で、前回は6月分で退却してしまった。再挑戦、しかも最後の、、

平成30年は保険料は月額16340円。それに付加年金を上乗せして納付する形にする。

付加年金は、国民年金保険料に400円/月上乗せして支払うだけで、もらえる年金額が、毎年200円 x (付加年金の納付月数) 増えるというものだ。しかもこの増額は一生涯続くから侮れない。

支払う保険料の総額 400円 x (納付月数)
つまり一年分の付加年金保険料4800円なのに対して、

もらえる年金の増加額は200円 x (納付月数)になる。したがって、保険開始から2年生きていれば元が取れるわけだ。

なので、これを選択しないことなど、普通あるえない年金給付といえる。けれど知らない人が意外と多い。ここにも「情報格差の放置」という問題がある。

というわけで16740円×12回=200880円を
来年10月までに納付する。11月に入って未納があると、それを納付しても認めてくれない。肝に銘じよう。

その納付を済ませれば、
国民年金は月額1623円+200円=1823円増える。年にすれば21876円の増加になる。

上記保険料200880円÷21876円=9.18年で
わたしが74歳になって、その2ヶ月後まで生きていれば、つまり2028年1月以降はリターンが生じる。死なないし、ガンとは無縁で健康な心身でいるに違いない。

チマチマした話かもしれないが、75歳以降の月額1823円は侮れないので、この任意加入は実行しよう。

あと、この国対して、年金のテーゼである世代間扶養の責任をフルペンションで果たすことが出来れば、一国民として、ささやかな満足感を懐けるだろうし。

以上、書いたことで、最後の挑戦、その完納の意識付けにする。

身体の司令塔としての「求道心」

ときおり、拍手のクリックを押してくださる方がおられる。病気の話は遠退き、つたない日々の断想にもかかわらず、、その一つが、不思議と励みに。感謝します。

昨夜は雨降るなか、近所の温泉銭湯·久松湯にいった。受付で、前に外国人三人がいて、帰り客の中年男性が、間に入って通訳をかって出ていた。

その三人はバックパッカーぽく、露天風呂に入りながら、30分以上、各国の旅行で感じたことなどを、ゆったりした英語で話し合っていた。英語圏でない人もいる感じだったが、なんとなくBGM的にしか、聞き耳を立てなかった。わたしの英語力はお粗末だし。

いつもそうだが、ここの温泉の露天風呂でよくしゃべっている若者たちが多い。特別な気分になるからだろう、外国人も例外ではないんだなと感じた。

前から予感していたが、
いよいよインバウンドが温泉銭湯にも押し寄せてきたな、、という感慨。
「もの」から「こと」へシフトしている。
大勢の中国人がこの銭湯に押し寄せて来はしないか、正直言って、懸念する。

たしかに日本の良さの一つに銭湯があると、世界は分かってきてるんだろうな。

三人は、借りた茶色のバスタオルを持ち込んできた。違うなと気づいたようで、ロッカーに戻しに行った。逆に、タオルは借りなかったようだ。英語の案内が必要なのでは、、

ここの温泉は、わたしの乾癬にはいい。毎日入れれば、かなりよくなるのだろが、、
わたしの乾癬は夏場はすこし悪化する。油断大敵なのだ。

さて、温泉につかりながら、掲題のことを考えていた。

下世話だが、オシャレ系ではない身体全体に刺青のある若い人を見ていると、あれはきっと「求道心」をかたちにしようとしているのだ、、見かけるたびに、そう思えてしまう。

とりわけ背中に龍とか、観音とかを見かけると一段と、そう思う。

ところが、だ。
刺青による刻印は、作家森敦の考えを踏まえると、身体の内と外の「境界」の外部に刻まれているだけで、内部には、残念だが生成しないんだよな、、とそう素朴に思えるのだ。まして心身の司令塔にはなんのヨスガにも、ならない。キズに過ぎない。

万人の内部にあるのは、南無妙法蓮華経のご本尊だけなのだという日蓮(尊称略)の確信を信じるわたしとしては、刺青青年を見ると、痛々しく感じる。いつも、そう感じる。

2010年5月に大腸がん手術後、高熱で苦しんでいたとき、たしかに南無妙法蓮華経のご本尊は、わが内部にあると実感する瞬間が何度か、あった。しかも、松果体とか、丹田とかいった特定部位ではなく、皮膚の内側に満遍なく、行き渡って存在し生成しているという感じかただった。

言葉はうまく言い尽くせないが、そうした感じるかたがあったのは、、事実だ。

大腸がん手術によって得た冥益(みょうやく:目には見えないが、知らないうちに得ている利益)かもしれない。たとえどん底にあっても、その感じから、はじめればいいのだ、、という気持ちになる。病によって得たわたしの求道心。

このことは、これからも、なんども書く。

1998年8月、66歳でガンでなくなられた福島源次郎さんは、そのような道心が現れだろうか、、

福島さんとの面識はなかった。二回見ただけだが、その印象は近いうちに書くことにしよう。その人生は、決して他人事ではないからだ。

一つの節目

昨日の昼、近所のガストで、石田ケンさんに昼食をご馳走していただいた。さしで二時間近く対話した。そんな石田さんとの対話は初めてだった。

わたしの状況を心配になられたようで、声がけしていただいたのだ。感謝。

石田さんは、わたしが信頼する学会人のお一人で、わたしは存念を語った。

この日、「新人間革命」の新聞掲載の最後の日だった。前作の掲載を合わせると50年の歳月に及ぶ長編になるわけで、、石田さんとの対話と重なり、記憶に残る日になるだろう。

石田さんは、リウマチなどの病気もどうにか克服し、仕事は順調のようで、全てはこの信心を中心軸にしてきたことによると言われていた。

この信心には、ヒッキョウ、ご本尊に向かって題目を唱える、そのことに深甚なものがある、とする簡潔さがある。日蓮大聖人はそのことを60年の生涯をかけて、ひろめられた。

創価学会はフレキシブルに中間を省いて、大聖人直結の信心で、今世紀中に、世界に広げようとしている、とわたしは見ているし、中華人民共和国が認容すれば世界で三億人のSGIは可能だと展望する。(ちなみに先生は周恩来に対して合法的な認容なく、布教はしないと約束した)

とりわけ大御本尊のことにふれた「新人間革命」の一節を見たとき、深くそう思った。

5495回、大道4で、池田先生はこう書かれた、その全文を載せる。

翌年七月二十五日午後、四国に草創の支部が結成されて二十二周年を迎えることから、その記念幹部会が四国研修道場で開催された。

この集いでも、四国の歌「我等の天地」を大合唱し、喜びの波動は広がっていった。

席上、山本伸一は、「阿仏房御書」(1304頁)
を拝して指導した。

本抄で日蓮大聖人は、「末法に入って、法華経を持つ男女の姿よりほかには宝塔はないのである。もしそうてあれば、身分の貴さや賎しさ、立場の上と下は関係なく、南無妙法蓮華経と唱える人は、その人自身が宝塔であり、またその人自身が多宝如来なのである」(通解)と御断言になっている。

宝塔とは、法華経に説かれた、金、銀、瑠璃など、七宝をもって飾られた壮大な塔である。

多宝如来とは、法華経こそ万人成仏の真実の教えであることを証明する仏である。

現実の世界で日々苦闘する生身の人間が、信心に励むことによって、そのままの姿で妙法の当体、すなわち宝塔として金色燦然と輝き、また、多宝如来として真の仏法の偉大さを証明していけるというのだ。

初代会長·牧口常三郎も随所に線を引き、深く拝していた御書である。

伸一は、そのあとにある、「阿仏房さながら宝塔·宝塔さながら阿仏房·これより外の才覚無益なり」の一節を引いて訴えた。

「ここでは、阿仏房を対告衆として、わが身そのままが妙法蓮華経の当体であり、宝塔とは、南無妙法蓮華経と唱える私たちにほかならないことを示されています。

これこそが、仏法の教えの結論であるといえます。したがって『此れより外の才覚無益なり』----“これだけ知っていればいいのですよ”と言われているんです。

本来、私たち自身が宝塔であり、大御本尊なんです。この己心の宝塔を顕現させるための生命の明鏡として御本尊がある。

ですから、いつ、どこにいようと、自分がいるところが宝塔の住処となり、常寂光土にすることができるんです。

なんの心配もありません」



この5495回は、学会がご本尊に対する新基軸を定めたころの新聞掲載であった。

後世の人たちよ、「大御本尊なんです」の「大」を決して消さないで欲しい。改竄してはならない。

池田先生は、学会の過去と未來において、究極の指導をされたのだ、と私は理解した。このような発言できる人は、これから先にも、現れはしない。究極の池田思想であり、人類への印綬に違いない。

50年前、1968年9月8日、両国日大講堂で行われた第11回学生部総会で、池田先生は「日中国交正常化提言」を発表された。

私は中学二年だったが、その聖教の記事を読んだとき、尋常でない身震いを感じた。
右翼に先生は暗殺されると思ったのだ。
日本全体が中華人民共和国に恐怖心をもっていて、正常化などあり得ないといった世論だったからだ。

実際にそういう動きは、車谷長吉の小説「塩壺の匙」の中で、池田大作を殺せという依頼の話が出てきていて、その名の登場にギョッとした瞬間、一気に中国提言の恐怖がよみがえった。

あぁ、そういえば1995年のオウムなんとか教からも、先生は命をねらわれていたな、、

とにかく、上記の、私たちにおいてコペルニクス的大転換の一節は、わたしにとっては、中国提言以来の身震いだったのだ。

余談を二つ

まず、初代会長の牧口常三郎に折伏された柳田国男は、学会の信心、唱題を「マジック」だと評し、全く宗教ではないと拒絶した。戦後も二代戸田城聖とも連絡を一切、たった。

思うに、マジックと侮っても結構だが、万人にとって、これに勝る仏事はない。

もう一つ、「人間革命」「新人間革命」を「信心の教科書」と現会長は評しておられるが、教科書という表現は、いかにも東大出の頭のいい人が思い浮かびそうなキャッチコピーに見え、私には違和感がある。
遠い昔、「現代の御書」と持ち上げていた福島某がいたな、、人間革命というタイトルだけで、十分であり、評価的コピーはいかがなものか。

ちなみに私は中国やフランスの革命という歴史的な出来事を賞賛できない。不幸な出来事とみている。なので、いつも「命をあらためる」ことと解している。

告知しないという立場はありか??

赤ちゃんを取り違えの始末、、
なんとも順天堂病院の方針が解せない。

50年前のことだからしょうがないでしょ、なし崩しの論理。

かりに5年前の取り違えだったとしても、双方に知らせない対応をとるのではないか。

今は管理体制はできているから大丈夫というが、震災のような不測の事態が重なったら、どうだろう。

暖房器具などの不具合がわかったときは、メーカーは長い期間をかけてリコールをやる。

取り違えは二人の子どもだけではないかもしれないと推測し、過去の全件をアンケート調査とか、DNA 検査をするとかが、本来のあり方だろうし、テレビでリコールを呼びかけてもいいはずだ。反響は尋常ではないだろうが、世間はその真面目さを評価するだろう。

文章の中の専門家ってどんな職種の人?

これは臭いものにふたをする行為だ。

そもそも順天堂に告知しないというカタチで、その人の人生を裁くことができる立ち位置にいるのだろうか。

昔、病院が本人にがん告知しなかったのと、なんだか発想が似てないか、、

情報の非対称性、情報の格差を解消させる気はない。主語が「当院」と「本学」と二つあることも、情報格差が二段構えになっているように、みえる。


これこそ第三者機関を設けて、順天堂はかやの外にいて、ひたすら詫びるという立ち位置にいるべきではないか。なんか頭が高い。


学校法人順天堂
順天堂NEWS
Juntendo News
2018.04.06 (FRI)
法人サイト
順天堂医院での新生児取り違え事案についてのお知らせ
学校法人 順天堂

 一部週刊誌にて順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下「当院」という。)において、約50年ほど前に、出生した新生児を取り違えた事案が発生していたという記事が掲載されました。
 本事案発生の概要、その後の当院での調査結果及び対応等を下記の如くご説明申し上げます。

■本事案発生の概要
 今から約50年ほど前に当院で出生されたお子様について、最近になって当事者の方及び当事者のお母様のご協力によりDNA検査を実施し、当事者の方とお母様との間に親子関係が存在しないことが判明しました。
 当院を退院された後に取り違えが発生することは考えにくいものと思われます。従って、当院にて取り違えが発生した可能性は極めて高いと判断致しました。
 当時の新生児確認は、分娩後、臍帯は医師が切断し、助産師が新生児を沐浴室に連れていき、沐浴後に新生児の足裏に母親の名前を記すという方法が採られていました。取り違えが発生したとすれば、新生児の足裏に母親の名前を記す前に起きたことなどが想定されます。
 しかしながら、当時出産された方々のカルテを確認いたしましたが、そこには取り違えを疑わせる記載は認められませんでした。

■当事者ご本人様及びお母様へのお詫びと協議の経緯
 当事者ご本人様及びお母様からは、ご相談を頂いて以降、出生時の状況等をお伺いしました。それらの内容と、当院での確認調査から、当院で取り違いがあった可能性が極めて高いと判断して、お詫びをし、解決に向けて、弁護士等の意見を踏まえ話し合いを行ない、ご了解して頂くことに至りました。

■取り違えの相手方当事者様の調査
 取り違えの相手方当事者様は、当院に保存してあった過去のカルテにより、確定ではありませんが、ある程度絞られました。しかしながら、退院後約50年に亘り親子関係や社会関係を築いておられると推測されることから、さらに調査し、ご本人様やその親である方にお知らせすることが適切かどうかについて、慎重に検討を行いました。この問題については、さまざまな考え方がありうるものと思料いたしますが、専門家の意見を基に、50年以上経過後にお知らせすることによって、現在の平穏な生活を乱し、取り返しのつかないことになるのではないかと考え、お知らせしないことといたしました。
 また、この事態を公表すること自体も、相手方当事者様にとって望まない結果になりうることを懸念して、当院からその時点での公表を差し控えることといたしました。
 しかしながら、本事案が週刊誌に掲載されたことを受けて、当のご本人様あるいはご家族からお問い合わせがある場合には、誠意をもって適切に対応する所存です。

■関係者の皆様へのお詫びと今後の対応
 当院において本事案を生じさせたことにつきまして、当事者ご本人様をはじめとする関係者の皆様に対し心よりお詫び申し上げます。
 本学では既にこうした取り返しのつかない事態が発生することのない体制を整備しておりますが、あらためて万全の態勢により細心の注意を払って参る所存です。

◆なお、当事者の方及びご家族に関する情報、当事者ご本人様とお母様との協議の詳細及び相手方当事者の方に関する一切の情報の開示は、本学としては控えさせていただきますことを何卒ご容赦下さいますよう、お願い申し上げます。

申し開きだけで、解決策はなく、穏便にやり過ごす狙いなのだろう。

順天堂病院が「取り返しがつかないことになる」かを思料することは余計なこと。順天堂病院は、本質的に、当事者の関係には、、ないはずだ。
順天堂はそういう状況を作った側であって、当事者である二つの家族の人生をおもんばかるのは、、おかど違いだ。なんで分かんないんだろう。。

是枝監督の映画を踏まえれば、二つ家族が緩やかな大家族になる可能性もあるわけで、順天堂病院がそれを疎外していいのだろうか。。

やっぱ、順天堂病院は、頭が高い。偉そうだな、、27年前のお茶の水の順天堂病院に入院の時のことを思いだした。微妙に上から目線だったなと。
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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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