わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る

漫画家 横山隆一の言葉

何気に読んでいて、はたと泣けた文章に出会った。フクちゃんという漫画をかいた横山隆一(1909/5/17~2001/11/8,92歳没)さんの文章だった。小林秀雄全集の付録をひとまとめにしたもので、小林秀雄と交流があった方たちの思い出みたいなものが集められた単行本「この人を見よ」の、186頁にある文章だった。

そのまま、以下に掲げておきたい。たぶん、話の場所は鎌倉であったろう。

それとは別に、僕が小林(秀雄)さんの親切について忘れられないことがある。
戦後のことだが、僕の娘が亡くなった。生まれて一か月もたたなかったので、誰にも知らさなかった。

会葬者は永井龍男氏と小林さんの二人だった。リヤカーに棺を乗せて僕が後から押していった。
桜が道路一杯に散っていて、それを踏みながら坂道を登った。登っている内、なんともよい音が聞こえてきた。

カロンコロンという妙なる音である。はっとして考えた。子供の棺の中から聞こえてくるのは、僕が放り込んであった玩具のオルゴールだった。

僕は、車を押すのをやめて、小林さんの方に走っていった。僕は笑い話のつもりで面白そうに話している内、小林さんの顔を見て、急に泣けて来た。

どうと云う訳でもない。小林さんと永井さんが、どんな事を云ったのか、どんな表情をしていたのかも、忘れてしまったが、其時の僕の心には二人が助け神の様に見えた。


自然体の文章だ。読後思った、小林秀雄は、自分の長女を育てて来たこととを重ねて、横山さんの幼女の死を悼んだのではないか、と。なぜって私は、すぐ3歳の次女が赤ちゃんだった頃のことを連想したからだ。

どんなに医療技術が進んでも、生まれて間もない幼子の夭折は他人事(ひとごと)ではない。

ちなみに、小林秀雄の娘は、成長し、白洲次郎、白洲正子夫妻の長男と結婚したわけだが、、

永井龍男の短編「蜜柑」を読んだ。宮本輝の編集「魂がふるえるとき」(文春文庫)におさめられいる短編小説だった。
永井龍男(1904/5/20~1990/10/12、86歳没)の学歴は中等教育だけだ。しかし、菊池寛に認めらるほどの、文章の力をもった作家なのだろう。

西城秀樹さんの死

5月16日の水曜日、西城秀樹さんが逝去した。63歳。私より、学年は一つ下だったが、
まぁ、同年みたいなものだ。彼の死に、さまざまな思いがよぎった。

とりわけ、、
四十代なかばで結婚され、お子さんは3人で、たぶん一番上の長女は、まだ中学生、14歳くらいではないか、、成長を見守れず、さぞかし、悔いが残るだろうな

私も、長女は51歳のときに生まれた子なので、とても他人事(ひとごと)とは思えないのだ。

急性心不全が直接の引きがねだったようだが、問題は、何年か前にラクナ梗塞が再発し、その進行が治まっていなかったことにあったと思う。ラクナ梗塞は治りにくいのではないか、、

西城さんは、脳梗塞になる前は、健康面はかなり自信をもっておられたようで、サウナが好きだったと記憶している。

たしかに、私たちの世代は、若いころ、運動しているときに水を飲まない、遠ざけるという精神論は、よくみかける光景だった。大きな勘違いとも知らされずに。

それにしても、西城さんはよく辛抱強く、リハビリの努力されていたなぁと敬服の念が湧き上がってくる。立派だった。人間として、深く大きい「命の器」になっておられたと思う。その生きざまは忘れない。。合掌

これから老いていくなかで、自分にとって、中庸あるいは中道はどんなものか、西城さんの死を通じて、しきりに考える次第。

追記、、近所に住んでいた菊地さんという壮年独身だった方も、ラクナ梗塞だったが、、
人づてに、最近、神奈川の方の介護施設に入られた、と知った。が、具体的な施設名は聞けなかった。お見舞いが出来ないでいる。

大腸がんのときに見舞いに来てくださったが、予後の闘病が続き、何の返礼もできていなかった。なので、、気になっている。

大雁塔から渭水は見えるか

前回からだいぶ月日が流れた。遠ざかると、一気に過ぎた。こうなると、書き始めることが億劫になる。

そこでリハビリ的に箇条書きで、からはじめよう。

①5月の連休中は、AmazonプライムでBOSHEという米国の刑事ものを見続けていた。原作者はマイクル・コナリーという1956年生まれのハードボイルド作家だった。全く知らない作家だった。原作を借りて、眺め読みしよう。

②小林秀雄の「感想」(ベルクソン論)とベルクソンの本を二冊、購入した。小林秀雄は「感想」を完結せず、断筆してしまったが、そのとき何が見えていたのか。それを知りたいのだ。

③小林秀雄も講演をCDやYouTubeで聞いている。これが古い落語の聞いているようで、その声の響きがいいのだ。言外の心を感じ取ることができる。

④わが大学の創立者は小林秀雄に会っておられる。しばらくして創立者は小林秀雄の、ご自宅の庭に植える桜の木を贈られている。小林秀雄はたいそう喜ばれたという。そういえば、井上靖のご自宅の庭にも贈られたという。大学は桜並木が美しい。

⑤宮本輝さんの講演も聴いた。これもいいのだ。決して偉ぶらない作家だ。

そこで掲題の「大雁塔から渭水は見えるか」ということについて、、

丹木町の風景

「100分で名著」の法華経4回目、録画撮りは消されていた。そうやったのは家内だろうが、騒ぎ立てるのはせず、いずれYouTubeに載ってくるのを待つことにしよう。

3月18日、八王子の丹木町にある創価大学で、セレモニーのあと、一期生の佐野さんにお会いした。同期の石戸さんが引き合わせてくれなければ、、わからなかっただろう。お会いできて、良かった。  

三人は明治牛乳の宅配をバイトしていたのだ。たしか一年間やったが、私がやめたあと、佐野さんがその地域を担当したようだ。

大学の新しい建物の中にある生協ちかくテーブルで、わたしはべらべらとしゃべっていたが、佐野さんの話を聞いていて、徐々に大学の頃の記憶がよみがえってきて、驚くことしきり。わたしは佐野さんから、

1.ドストエフスキーを選んだら、その全集をよむこと。
2.ベルグソンの岩波文庫「思想と動くもの」は読んだ方がいい。
3.「ロゴスとパトス」というサークルの存在
4.松島淑さんという論客のこと。
5.田中美知太郎という存在、、

さまざまなことを話してくれたことを思いだす。

いきなり、私に「そういえば、宮崎俊行さんのゼミだったよね。あの先生は良かった。当時、数少ないいい先生の一人だった。」と佐野さんは言われた。同じ法学部だったんだ、、

「宮崎先生は、たぶん2003年頃に、75歳で亡くなられたようです」とわたしは応じた。正確な日付を知らないのだ。多くの学恩を受けたわけで、忘恩の徒になってしまった。ついに学陽書房から「農業法」の基本書は上梓されなかったようだ。あらっためて学陽書房を検索してみて、やはりなかった。

思い出すこと多く、しばし中断、、

今、手元にある本のこと

本は、ほとんど図書館から借りて読むようにしている。いや違う、読むというより置いておくばかり。少し眺め読みして、返してしまうかのが、ほとんどだが、、それでいいと思っている。

先月、岩波文庫のコンラッドの小説を買ったが、行方不明になってしまった。返すことが念頭にないから、こうなるのかもしれない。

ただ、図書館からなにを借りたかを手帳に書いておくようにしている。

今借りてる本一覧は、
1.小林秀雄「感想1」(新潮社)長い間出版されなかった。これはベルグソン論だ。

2.アンリ·ベルグソン「思想と動き」(平凡社)

3.アンリ·ベルグソン「精神のエネルギー」(平凡社)

4.若松英輔「小林秀雄 美しい花」(文藝春秋)

5.永井龍男「青梅雨」(新潮文庫)、高等小学校を卒業しただけ、16歳で文壇に出た、言葉をきわめた作家だった。

6.デイヴット·ミッチェル「クラウド·アトラス」(河出書房新社)、映画を観たので。

7.山口真由「7回読み勉強法」賢いコメンテーターとして、最近よくTVに出ておられる。

8.熊谷頼佳「脳が若返る食事術」(ダイヤモンド社)、予約待ち本。何で知ったか、思い出せない。

以上だが、借り本とはいえ8冊並べた本を見て、気に入っている。

この中で、さっき8.を眺め読みしたが、「脳内糖尿病」がキーワードとわかったが、これは表紙のタイトルの下に「あなたも脳内糖尿病かもしれない」と出ていて、分かりやすい内容だった。

しかしながら、昨日読了したのは、
アンドレ·マルロー/池田大作「人間革命と人間の条件」(聖教文庫)だった。22年ぶりの再読だった。

二人の対話は、ケンカと思えるほど、ものすごい火花があった。機関銃のように話されていたであろう池田先生は、マルローに全く負けてない。先生と加藤周一との対話と重なるものがある。西洋知識人の小我と東洋の大我。

再読は収穫があった。私見だが、21世紀は、日蓮仏法が流布し、世界的地平で、法華経が新たに創られるということ。対談を通じて先生には、そうしたビジョンが見えておられる、、という気がした。
近々、その感想をブログに載せよう。

乾癬の現状

最近、乾癬の状況は改善してきている。
乾癬に罹患していることを忘れていたほどに、、改善した。

胸からお腹にかけての赤みは、ほとんど消えた。あとは、腰に近い両足のサイドと背中の、赤みだけである。

かゆみは、まだ背中とくに両肩甲骨にあたり感じる。ときおり孫の手?で掻いたりするが、我慢できなくはない。

たぶん、治る時が、今、来ている。

これから夏を向かえ、内部から湧き上がってくる微妙な熱さで、また悪化するかもしれないが、、もし、それをやり過ごすことができたなら、

年末までには、乾癬はさらに快癒する、、そんな気がする。

依然同様、「ドボネックスとトプシム」を混合した塗り薬と、近所の温泉銭湯を週一ペースで入り、

それとともに、毎日、たとえ長くなくても、ひたすら深く題目を唱え、
きちんと「乾癬治癒」を一念におき、祈れば、、

治る気がする。

創価学会を定義する大切さ

昨日、解体工事会社で事務作業をしていて、夕方、ふだん来ることのない社長が現れて、暫く雑談していると、、

すると、いきなり「公明党とは何か」そして「創価学会とは何か」とたずねて来られた。私の学歴を覚えていて、問いを発したのだ。あっけらかんとした、白い画用紙を差し出されたような問いかけだった。

いやー、迂闊だった。面食らった。

社長は40歳。なんでたずねるのかと思いが先立ち、自分の言葉で、即答できる力がなかったのだ。「折伏」という基本的行為に、如何に無縁でいる自分かと、慚愧の念が徐々に。

全く持って、すぐ切り返せないとは、おはずかしい。

今のままでは、わが人生は「声聞」の次元で終わってしまう。どんな場でも、尋ねられたら、しゃべらないと、日蓮大聖人そして池田先生に申し訳ない。

創価学会とは、、世間的に、ダークなイメージで十分に流布されているのではないか、、という先入観が、実は私にあって壁を自ら作っているのかも、、とあらためて気づかせていただいた。

とりあえず、1930年にできた日蓮系の宗教団体とか、と言ったが、これじゃ、なんの説明にもなってない。200字くらいで、近日中に自分なりのキャッチコピー、「わたしの中の創価学会とは」という定義を、長いのはダメ、短文で3つくらい、用意しておこう。

また、説明するときは、しなやかに、法華経の常不軽菩薩を範としよう。

訃報
元広島の衣笠祥雄氏が23日に死去した。
死因は上行結腸がん(大腸がん)、71歳だった。   

早期発見ができてれば、「鉄人」の人生がまだまだ持続しただろうに、、

前職社長の読書録に思うこと

13年前に辞めた会社の社内報のコピーが出てきた。豊田徳昭社長の1991年頃の読書録。思想信条は異なるが、さまざま影響を受けた社長だったので、コピーをどこかに残し、たまたま出てきた次第。

20年、C型肝炎もあり、辛酸の続くサラリーマン生活だった。その最後の方で、社長は、ほぼ決まっていた異動をひっくり返す人事の差配をしてくれた。そのとき人事部長らが苦みばしった眼で、わたしを見つめ「もう一度やり直しか、、」と私に聞こえるように言い、会議室に向かって行ったのを思い出す。

しかしながら、その差配は会社にとっても功を奏したと断言しよう。火災保険営業で、抜本的な成長をもたらす仕組みを、作り上げたからだ。4年前か、樋口彰さんがその劇的成長の淵源は私だとを言ってくださったとき、どれだけ溜飲が下がったことか、、

早期退職したとき、退職者十数人で、既に社長を退任されていたって豊田さんを囲んで宴をもうけたが、、くだんの人事の差配は確認はしなかった。ただ、お礼を申し上げたのに対し、元社長は、微笑みで返されただけだったが、、いい大団円だった。

当時、読書録は意味不明のものばかりだったが、、今みるとやや感じるところがあり、、原文のままを以下に載せておきたい。

精神のたべもの

達者で長生きしたいと思う時がある。どんなときかというと、一つは美味いものを食った後、もっと食べたいが腹一杯で、次また食べようと思う時である。

そういう時が頻繁にあるので、食べたいもののリストがあふれ、こりゃー長生きしないと全部喰えないなあとしみじみ思うのである。

もう一つも食いものに関するものであるが、精神の食べものというべき読書でも同じことがいえる。とくに今という時代が面白い。

人類社会の破局と地球生命体の破滅期を迎えあらゆる魂の参戦が始まったことが実感として分かる。いずれにしろ、食って飲んでその間に本を読んでいるのが自分の姿であることがよくわかる。

さてずっと今後読みたい人、もしくは書物の名前を書きつらねてみる。今まで約一万冊接して来た中からどうやらしぼられて来たようだ。それでもあと数回生まれ変わらなければ読み切れないが。

先ず
①ルドルフ・シュタイナーの著作、高橋巌の訳のイザラ書房発行のものが一番良い。難解だが何故現在読まれはじめたか分かる気がする。

②出口王仁三郎「霊界物語」(八幡書店)、これはもう面白い最高の謎である。破格の人物。

③バグワン・ラジネシー、少し食傷気味だが、めるくまーる社から昨年発刊の「大いなる挑戦―黄金の未来」は分かりやすい。相変わらず美しい訳語である。

④名前は知られていないが、太田竜と八切止夫。太田竜は本モノだ。著作には、「日本原住民序説」「日本原住民と天皇制」(新和泉社) 「たべもの学入門」(緑光出版)などがあるが、こんな本は余り売れないので書店から消えている。とくに「たべもの学入門」はすばらしい。

⑤八切止夫は知る人は知る。知らぬ人は全く知らない歴史学者、現在三井記念病院で生活をしているはずだが、もう亡くなったかも知れぬ。この人のも書店にはない。六万円送ったら余った著書を数十冊送ってくれた。戦国史専門だが独自の史観で、アカデミズムにない痛快さがある。私は、歴史は大学教授のものは殆ど信用しないことにしている。

⑥コリン・ウイルソン「アウトサイダー」からずっと追いかけている。もう少し東洋から学べば良いと思うのだが、東洋に媚びないのが、いいのかもしれない。

⑦「一遍上人語録」(岩波文庫)死ぬまで手が放せない書物の一つ。私は親鸞より一遍でス。

⑧南方熊楠・・・大きすぎて食べられない。いつも食いはじめるのですが、「十二支考」(平凡社・東洋文庫)で精一杯。後に残しておこうと思うものの大手。それはそうと東洋文庫を発行している平凡社は一番好きな出版社である。東洋文庫は宝の山、平凡社の歴史選書は中世の宝の山。

⑨今はやりの解読物、イメージリーディング叢書「異形の王権」「住まいの人類学」etcは一気に読んだ。これも平凡社、つぶれないで頑張ってほしい。

⑩現代作家では何といっても中上健次である。村上春樹、龍なぞは何を考えているのかと言いたくなる。

⑪それから森敦、堀田善衛、石川淳、とくに森敦の「われ逝くものの如く」の土着性と宇宙感覚が中上健次と共通しているように思う。女性では上野千鶴子「私探しゲーム」など・・・ 吉本ばななより、コミックの大島弓子の方が上と井上奈美さんが云っていたが、その通りだった。普通は小説の方がイメージが豊かにふくらむのだが、大島弓子の方がイメージが豊か。

⑫文体が好きなのは東海林サダオと椎名誠、そしてジャズピアニストの山下洋輔。その他ではシドニーシェルダン、「明日があるなら」「ゲームの達人」最近新しいのが出たが、書店で上巻が売り切れ。芹沢公治郎の話題作「神の微笑」ほか「神の・・・」シリーズ。


以上。まず、感じたのは、わたしも似たような書き方をするな、ということ。

私見だか、うまい下手関係なく、どんな文体であっても、書いた人の気が醸し出してくるという現象がある。さしづめ「気文」とでも、造語しようかな?

読みが一向に進まない文体もあれば、絵画のようにサァーと腹に落ちてくる文体もある。読解力とは関係ない。



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2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
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